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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

突入・下

 サンシャインシティでやることはいくつかある。事前の作戦通りに動かないと。


「急ごう!」


 都笠さんがサンシャインビルに向かって走りだした。エレベーターを動かすには僕がいかなければいけない。


「二人とも下がっていたまえ」
「俺たちが先行するぜ」


 都笠さんを制するように、ノエルさんとバスキア公の近衛の人が武器を構えて前に出た。
ノエルさんは今回単独行動になる都笠さんの護衛を買って出てくれた。
葬送曲レクイエムはヴァンパイアには通じなかったけど、レブナントの制圧ならこの人が一番頼れる。


 もう独り先導してくれているのはジェラールさんの旗下、ラヴルードさん、と言う人だ。
 30歳ほどの長い金髪が印象的な男性。ジェラールさんに似た金属のプロテクターのような部分鎧をつけている。見た目は軽戦士風だけど、武器は重たげな長めのウォーハンマーだ。
 ウォーハンマーを振り回して通路に群れを成すレブナントを次々と片づけていく。


 武器は重たげなんだけど、そのイメージとは正反対に身のこなしが風のように早い。羽根のように身軽なラティナさんとはまた少し違う、純粋に速い。
 壁のようなレブナントの群れに飛び込むように切り込んでウォーハンマーを振り回す。頭だの胴だのを打ち砕かれたレブナントが次々と倒れていった。
 撃ち漏らした相手やまだ完全に死んでいないレブナントをノエルさんの槍が貫く。


 白い大理石の床に、レンガ風の柱とショーウインドウが並ぶショッピングモールは、レブナントが徘徊したのか待機所代わりにされたのか、めちゃくちゃに踏み荒らされて、かつての華やかな姿は見る影もない。
 吹き抜けのようになった広場から上の階を見上げると、二つ上の階までレブナナントの群れがゾンビ映画宜しくひしめいているのが見えた。
 あれを全部相手にするのは……さすがに無理だ。なんとしてもこの作戦は成功させないと。


 ショッピングモールとカフェのエリアを抜けるとサンシャイン60ビルに入った。灰色っぽい石の壁の、ちょっと殺風景なビジネスビルだ。
 ここまでくるとレブナントはほとんどいない。ヴァンパイアがいるのはここじゃないからだろう。 わずかな数のレブナントをラヴルードさんとノエルさんの槍が討ち倒す。


 エレベータホールの壁には入居しているテナントの会社名が細いスペースに書かれていた。聞いたことのある会社も結構あるな。
 そして、階数によって何本ものエレベーターがあるらしい。階数を示す黒い看板に視線を走らせて、都笠さんが迷わず一本のエレベータ―の前に立った。


管理者アドミニストレーター起動オン電源復旧パワーレストレイション


 エレベーターのパネルのライトが灯った。都笠さんが上のボタンを押す。
同時にまた重い疲労感が襲ってくる。消耗が激しい。流石に階数が多いというか高いビルのせいなのか。
 エレベーターの駆動音がしてかごが降りてきているのが分かった。


「この扉の向こうのものが塔の上まで運んでくれるというわけか」


 ラヴルードさんがエレベーターのドアを軽くたたきながら言う。


「ええ」
「なるほど。過去の管理者アドミニストレーター使いは城を思うままに操ったというが、お前もそうなのだな。先ほどの光の魔法と言い、わが主が旗下に欲しがるだけある」
「風戸君、無事で。もし失敗したら、ごめんね……そしたら、どうにか逃げてね」


 そう言っているうちに、エレベーターのかごが付いた。ドアが開く。
 ノエルさんと都笠さん、ちょっと遅れて躊躇うようにラヴルードさんが乗り込んだ。


「でも……見ていてね、風戸君」


 エレベーターのドアが閉まり始める。


「あたしは外さない」


 そういって笑う顔がドアの向こうに消えた。しゅっと軽い音を立ててエレベーターが上がっていく。いつも思うんだけど、あの強気は何処からくるんだろう。でもそれに背中を押されている気がする。
 そして、思えば、なんだかんだでいつも一緒に戦っていた。離れるのは初めてかもしれない。きっと無事に会えると信じよう。
 持ってきていたポーションを飲みほして、階数表示が止まるのを見届けて、その場を離れた。





 ジェラールさんたちと合流するために、サンシャインシティの正面から出た。
 通りにはあの一度目の突撃の時が少なく感じられるほどの数のレブナントがあふれていた。


 レブナントは剣と鎧で武装しているから、まるで大勢の兵士の隊列を見ているみたいだけど。
 ジェラールさんの操る風がレブナントを薙ぎ払い、青白い光を纏って切っ先が倍くらいのサイズになったヴァラハドさんの斧槍ハルバードがレブナントを軽々と両断する。
 その後ろから立て続けに飛ぶ光弾や火球がレブナントをまとめて吹き飛ばしていく。
 一般論からいうと数は力だと思うんだけど……数の差をものともしない。さすがバスキア公の近衛か。


 ラティナさんが顔にとりつけたライブカメラとモニターの様子を確かめていた。足には登山用具のアイゼンのような爪、手にもかぎづめのようなものをつけている。


「じゃあボクも行くね」


 今回の作戦は完全な強襲。いちいちレブナントと戦っていては話にならない。
 だからビルの上に潜んでいるヴァンパイアにオルミナさんの門で直接攻撃を仕掛ける、ラストダンジョンの途中をショートカットするような作戦だけど。


 この作戦にラティナさんが志願してくれた。ライブカメラを持って階上まで上る。それをモニターでオルミナさんが見る。つまりオルミナさんの目となってくれるってことらしい。
 高い所へのピンポイントの門を開けるためには少しでも条件と言うか、目的地のことが分かる方がいい。
 実際、ラティナさんがカメラをもってビルに侵入して、そこに門を開ける。この実験は出発前に何度かやってみて成功した。成功率を上げてくれるのは助かるんだけど。


「……あのさ、一つ聞いていい?」


「何、スミトさん」
「怖くないの?」


 今回は実験の時とは違う、たった一人でヴァンパイアのいるビルを上ることになる。僕等が行くまではラティナさんは一人だ。


 あの異様な身の軽さ、スロット能力によるものらしいけど。あれを使って上る以上、一人で行くしかない。というか誰もついてはいけない。
 ただ、こんな無茶な任務に志願するって理由は何なんだろう。籐司朗さんとも深い関係があったわけじゃなし、僕等のように助けられたわけでもない。
 オルドネス公への恩義なんだろうか。


「怖くナイかって言ったらサ、ちょっと怖いよ、デモね」


 ラティナさんがカメラの角度を整えながら言う。


「病院でズット怖かった。明日病状が悪化して誰にも知られずに死ヌンじゃないかって……そう思ってた……ねえ、スミトさん、ゲームは好き?」
「あー、ちょっとだけやるけど」


「みんなで戦うんだよ、強いボスキャラ相手にはさ。
……怖いけど。こういうの夢見てた。みんなで力を合わせて戦う、いつかボクもその輪に入るんだって」


 そういってラティナさんが僕を見る


「……ね、スミトさん、ボクが居ないと困るヨネ?」


 ……何か言って、とその目が言ってるのは分かったけど……なんて答えればいいのか。


「スミト……お主、分かっておらぬの」


 言葉に詰まってしまって何となく気まずい沈黙があって、ラティナさんが不満げな顔で僕を見た。
ダナエ姫がやれやれって感じで首を振ってラティナさんの前に立つ。


「ラティナ、勇気あるものよ……お主の働き無くして我らの勝利は無い」


 ダナエ姫がちょっと大仰な口調で言った。ラティナさんがにやっと笑う。


「妾たちがお主を一人にすることはない。お主が開いてくれた道を行き、疾くお主のもとに参るぞ」


 ……つまらないことを考えずに直球で励ませばいわけか。小難しいことを考えてたのがばかばかしくなるな。


「ラティナさん、ありがとう。必ず勝つよ、僕等はね」


 ラティナさんと拳を合わせる


「ぶっ倒そうね!みんなで!仇をとるんだよ!」


 そういってラティナさんが飛びはねるように軽くジャンプした。アイゼンがコンクリートに触れて軽い音を立てる。


「行くよ!【雪待流奧伝、術式薄花うすはな弋掛巣とびかけす】!」


 そういうと、ラティナさんが軽々と飛び上がった。庇のようにせり出した首都高の高架にひとっ飛びで飛び乗る。
 首都高の無人の道路を風のように駆け抜けたラティナさんが防音壁を飛び越えて、並んで屹立するビルのうち、サンシャインホテルの壁にとりついた。
 モニターに映るラティナさんの視点が上下して、そのまま白い壁に窓が並ぶ高いビルをまるで普通の地面を走るかのように駆け上がっていく。空が近づいているような、現実感の無い景色だ。


 ライブカメラに映る映像の中で、見る見るうちに屋上が迫ってきた
 モニターの映像を見ながらオルミナさんが何かを唱える。黒い水面のような門が空中に浮かんだ。


「ユーカ……あなたも行くの?」 


 ユーカを見ながら不安げにオルミナさんが言う。行ってほしくない、というのが言葉から伝わってくるけど。


「オルミナお姉ちゃん……ありがとう」


 ユーカがオルミナさんを見上げた。


「でもね。あたし、もう子供じゃないの……もう少しで15歳なんだよ」


 ユーカの言葉にオルミナさんが衝撃を受けたような顔で固まって、小さくちょっとさびしそうなu嬉しそうな笑みを漏らした。


「強くなるの……子供じゃないから」
「そうね……子供じゃない……か」


 そういってオルミナさんがユーカを抱きしめた。ユーカも抱きしめ返す。門に近づくと、オルミナさんがセリエを軽く抱きしめた。次に僕。
 背中に手が回されて、コート越しに温かい体温を感じる。黙っているけど……本当に心配してくれているんだろうな、というのが触れ合う頬から伝わってきた。


 必ず倒す。そして生きて帰る。
 目的を果たすためなら死をもいとわない、というのは正しくない。誰かの心の傷を残したくなければ生きて帰らないといけない。
 ダナエ姫が袖を留める襷を直した。弓道のような白い袷に黒い袴。今日はいつもの華やかさは無い。弔い合戦の衣装だ。


「では参るぞ!」
「無事で帰りなさい!【鍵の主が命ずるわ。門よ、開きなさい】」





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