僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ユーカの決意

 都笠さんを見送って、とりあえず一旦目白まで戻った。
 太陽がビルの谷間に沈んでいく。目白は夜通しかがり火が焚かれていて、ジェレミー公の準騎士や探索者たちが見張りをしている。
 こちらの戦力が増えることは期待できないけど、レブナントは増える。時間は僕等の味方じゃない。





 翌日。
 目視できれば上まで門を開けてもらえることを言うと、バスキア公の近衛たちの雰囲気が少し緩んだ。最精鋭とはいえど、レブナントの群れとの正面からの激突は気が進まなかったんだろう。
 次の問題はどうやってサンシャインまで行くかってことだ。


「で、どうするのだ?」


 ジェラールさんが言って、みんなの注目が僕に集まった。
 バスキア公の近衛の人はほとんどが僕より年上だし、多分皆がそれぞれ地位がある人たちだろう。ちょっとした立ち居振る舞いにも威厳とか自信とか、そういうものを感じる。
 それぞれ立派な鎧やマントで身を固めていて、そういう人たちの注目を集めるのはなかなかにプレッシャーだ。


 オルミナさんが言うには、近くまで行って目視できれば高い所にも門を開けられる、ということだった。となれば、サンシャインの近くまで行かなければいけない。
 その侵入経路を考えるのは、東京の地理を知っている僕の仕事か。


 机に広げた池袋周辺の地図を見る。
 サンシャインにいるのはどうやら確定らしい。セリエの使い魔で偵察した結果、サンシャインシティの周りや池袋駅周辺には大量のレブナントがいる。
 駅からのルートを中心的に固めているのは、一度僕等がそこから来たからだろう。


 ただ、うっかり地上から行って見つかってしまえば。池袋駅からサンシャインシティまではそこまで遠くはないから、移動できない距離じゃない。見つかって足止めを食らうのじゃ意味がない。


 都笠さんは、最初の一撃のための手配と称してガルフブルグに行ってしまった。
 一応自信ありげだったし、そっちは任せるしかない。


「地下鉄から行きます」


 レブナントの警戒は主に池袋駅方面だ。状況次第な部分もあるけど、目白から大きく回って護国寺駅あたりから東池袋まで線路を歩く。
 地下道までは地図に載ってないけど、確か東池袋駅からは地下道がサンシャインシティまで通っていた気がする。前に一度仕事であの辺を何かで行ったことがある。


 道については僕の階層地図表示フロアマップインディケイションでなんとかなるだろう。地上から行くより地下から行く方がまだ見つかりにくいはず。
 サンシャインシティまでいければ、あとはオルミナさんに門を開けてもらえる。


 ただ、計画を話しても、そのことを分かってくれる人は誰も居なかった。
 都笠さんがいれば補足してくれたかもしれないけど都笠さんは今はいないし、ラティナさんはそこにはいったことが無いらしい。


「地下道だと?それは確実なのか?」


 ジェラールさんの横に立っている50歳くらいの男がいぶかしげな顔で言う。
 年を感じさせない鍛えた長身で、短く整えられた髪と髭がいかにも貴族って感じの雰囲気を醸し出している。たしかヴァラハドさん、と言うはずだ。
 ここ数日観察していてわかったんだけど、多分副官クラスなんだろう。常にジェラールさんに付き従っている。年はジェラールさんよりかなり上なんだけど、あまりその辺に蟠りはないらしい。


「ええ。あることは間違いないです」
「その途中に魔獣が出たりはしないのですか?」


 聞いてきたのは、まだ若いというか僕と同じくらいの年の近衛の人だ。この人は確かエレンさん、だったかな。
 赤毛を背中でみつあみにした、近衛では2人しかいない女性。鎧が他の人と比べると軽装で魔法剣士らしい。


「確実とは言えません。でも、一度僕等は渋谷から新宿までその道を歩いています。その時はさほど危険はありませんでした」


 あの時は何度か魔獣と戦って怪我もしたけど。経験を積んだ今となれば、もっとうまく切り抜けれると思う。
 ここも同じかは分からないけど、ここで不安をあおってもしょうがないから黙っておくことにする。


「しかし……」
「地下を行くのは……」
「そもそもこの男のいうことは正しいのか?」


 バスキア公の近衛たちがひそひそと何かささやき合っている。
 彼らからすれば塔の廃墟と言うか東京は初めて来る場所で、しかもまったくガルフブルグとは違う風景が広がっている。不安を感じるのは当然だろう。
 ただ、これ以上のアイディアは思いつかない。車で行っても地上を行けばどこかで見つかる可能性はある。でも、このルートならうまく行けば、サンシャインシティの直下まで直行できる。


「……戦場で」


 ざわついた雰囲気を断ち切ったのは、低いジェラールさんの声だった。


「地元の斥候が言う事を信じられない、などと言うつもりか、諸君」


 ジェラールさんが眼光鋭く近衛を見回すと皆が押し黙った。


「議論は無意味だ。ここの地理に最も通じているのはスミトだろう。ならばそれを信じるのが最善だ。ちがうか?」


 そういうと、近衛が皆押し黙った。無言の肯定か。


「我らの命運はお前の判断にゆだねる。頼むぞ、カザマスミト」


 全員が僕を見る。
 命を預かるってことの責任を感じた。指揮官の重みか……





「で、切り込みは誰がするのだ?」


 ジェラールさんが聞いてきた。そう言われると少し考え込んでしまう。
 精鋭を揃えてサンシャインビルの下まで行って、そこで門を開けてもらい切り込むところまではいい。オルミナさん曰く、門で飛ばせるのは4人まで。


 討伐のメンバーはバスキア公の近衛が12人。それに僕等とノエルさん、ダナエ姫。
 オルドネス家の討伐ということで、ラティナさんやアデルさん達のジェレミー公の準騎士が何人か。後はオルミナさん。


 探索者ギルドから人を出してもらって頭数を揃えるのはジェラールさんが拒否した。
 人出が増えれば傷を負った時に回復役に負担をかける、防御プロテクションを掛けるときも数が多くなれば消耗が激しくなる、ということらしい。


 ジェラールさんが黙って僕を見る。頭の中で考えを巡らせた。
 都笠さんの「計画」は少し聞かせてもらっている。
 計画がうまく行くとしたら、今回は直接戦闘には不参加になるはずだ。というかうまく行ってもらわないと困るんだけど。


 ダナエ姫は火力を考えれば参加してもらわないと困るけど。それ以前に、籐司朗さんのこともあるからそもそも絶対に席を譲らないだろう。
 僕も降りるわけにはいかない。それに戦場がサンシャインビルなら僕の管理者アドミニストレーターが役に立つこともあるかもしれないし。 


 そして、治癒ヒーリング防御プロテクションを兼任するセリエには外れてもらうわけにはいかない。
 どうやら、片方だけ使える人は少なくないけど、両方使える人ってのは結構少ないらしい。バスキア公の近衛も、自己治癒ヒーリング・ザ・セルフ自己防御プロテクション・ザ・セルフ防御プロテクションをそれぞれに習得しているけど、両方を使える人はいなかった。 


「僕と、ダナエ姫とセリエ……あとはジェラールさんでいいんじゃないですかね?」


 僕とダナエ姫、セリエで3人となると、あとはジェラールさんになるんだろうか
 単純に火力だけを重視するならバスキア公の近衛3人とダナエ姫の方がいいかもしれないけど、さすがにそれはストップがかかっている。
 最低でもオルドネス家の誰かが参戦するようにってことらしい。僕等もオルドネス家の旗下、と言うカウントなのだそうだ。


「それで構わん」


 ジェラールさんが頷いたところで


「あの!すみません!」


 不意に声が上がった。





「あの!あたしを行かせてください!」


 みんなが声の主に……ユーカに注目した。


「あたしが行きたい、いかないと……だって、おじいちゃんはセリエの為に死んじゃったんだから」
「すまぬがユーカよ。妾は譲らぬぞ」


 ダナエ姫がそっけなく言う。ジェラールさんがユーカを見て、その後に僕とセリエを見た。


「……成程、私の代わりに行きたいというわけか」


 ジェラールさんが言って、ユーカがおずおずとうなづいた。


「貴様!」


 何か言おうとしたヴァラハドさんをジェラールさんが手で制した
 ジェラールさんがユーカを見下ろす。ユーカが眼をそらさず見つめ返した。ジェラールさんが軽く頷く。


「サヴォア家の息女、ユーカよ。戦場において弱さは罪だ。特に今回のような場合はな。
私の代わりに行きたければ……力を示してみせろ」





 目白の駅から少し離れたと交差点に移動して、ジェラールさんがスロット武器の大刀を抜いた。
 コンクリの地面に切っ先が突き刺さって、ふわりと風が舞う。


「ヴァンパイアと相対した時にどういう攻撃をぶつけるか、私をヴァンパイアだと思って切って来い……さもなくば私がお前を認めることはない」
「え……でも?」


 ユーカが戸惑うような顔で僕を見る。
 力を示して見せよ、というのがどういうことなのか分からなかったけど……スロット武器でガチの切り合いをするってことなのか?


 ジェラールさんの風を操る剣の強さは少し切りあった時に思い知ったけど、ユーカのフランベルジュの炎も決して弱いとは思わない。
 こんなところで切りあってどちらかが怪我したりしたら……それこそ無駄だと思うんだけど。
 僕等の雰囲気を感じたのか、ジェラールさんが首を振った。


「やれやれ、私も老いたか?こんな若造と小娘に心配されるとはな」


 ジェラールさんがヴァラハドさんを見ながら言う。ヴァラハドさんは少し顔をしかめただけだけど……ジェラールさんの雰囲気が変わったのが僕にも分かった。
 気軽なセリフだけど……静かな怒りが僕にも伝わってくる。


風纏う騎士シュヴァリエ・ド・ラファールを侮るなよ、小僧ども」


 吹き付ける風のように威圧感が肌を刺す。 
 よく考えれば、ユーカはまだ子供と言っていい年だし、僕だって分不相応な称号は貰ったけど客観的には駆け出しの探索者に過ぎない。対してジェラールさんは二つ名を持つガルフブルグ屈指の剣士なんだ。
 格的にはそれこそプロスポーツのトップ選手を無名のアマチュア選手が心配するようなもんだ。舐めているのか、と思われても仕方ない。


「あの……すみま」
「一応言っておくが私を殺すつもりで来い……腑抜けた斬撃なら切り返す。竜殺しよ。お前の奴隷を切り殺すことになっても恨むなよ」


 慌てて謝ろうとしたけど遅かった。口調は真剣で、脅しとかそういう感じじゃない。
 ジェラールさんの言葉に改めて背筋が冷えた……僕に対してならともかく、この人がユーカに手加減する理由はないんだ。
 ダナエ姫が止めてくれないかと思ったけど、ダナエ姫は表情を変えずに成り行きを見ているだけだ。


「ユーカ……止めた方が」
「お嬢様!」


 セリエの静止にユーカが静かに首を振る。


「セリエと……お兄ちゃんと一緒にいたいの。独りぼっちで待っていたくない……」


 そういってユーカがジェラールさんの方を向いた。


「……そのためには強くなきゃダメなの。そうでしょ?」


 ユーカが決然と言う……説得は出来そうにない。


「ジェラールさん……せめて防御プロテクションを」
「好きにするがいい。無事でいれる保証はしないがな」


 こともなげに言うけど、その言葉は大げさでもなんでもない。
 確かに防御プロテクションは使い手のスロット能力にもよるけど、かなりの部分まではダメージを防いでくれる。でも、それを一撃で吹き飛ばすこともできるんだ。
 ユーカが青ざめて震えているセリエを促す。


「ごめんね……セリエ。でも、お願い」


 セリエが涙ぐんだままユーカを軽く抱きしめるようにして呪文を詠唱した。青白い防御プロテクションの光がユーカに纏いつく。
 呪文を唱え終わった後、もう一度ユーカを強く抱きしめて、一礼してセリエが離れた。


 大刀を地面にさして待っていたジェラールさんが、準備が整ったユーカに応じるように肩に大刀を担ぐように構えた。
 ユーカがジェラールさんを睨みつけて、いつも通りフランベルジュを後ろに下げるように構える。
 なにか言おうと思ったけど……しびれるような緊張感が伝わってきて、もう口を挟める雰囲気じゃなくなった。





 息もできないほどの緊張感の中、向かい合っておそらく10秒ほど。
 ジェラールさんの前で炎が前触れなく炸裂した。ジェラールさんの体が火球に包まれる。あぶられるような熱気が此方まで吹き付けた。手で顔を覆う。


 同時にユーカがフランベルジュを構えて飛び上がるように切りかかったのが見えた。
 振りかぶったフランベルジュから波打つような炎が噴き出す。赤く尾を引くような軌跡を残してフランベルジュが振り下ろされた。


 耳を貫くような金属音が響く。同時に、重なり合った刀身から爆発するように炎が噴き出してジェラールさんを包み込む。地面からも大波が立つかのように炎が吹き上がった。
 もう一度熱風が吹き付ける。大きな火の粉が落ち葉のように宙を舞って、慌てて近衛の人たちが後ずさった。


「お嬢様!」
「ジェラール卿!」


 燃え盛る赤い炎が二重の幕のように視界を遮っていて様子が分からない。さすがにバスキア公の近衛の人たちも流石に不安げに炎を見ている。
 どうなったかと思ったけど、一瞬の間を置いて今度は台風の時の様な風鳴りの音がした。
 二人に向かって吸い込まれるように風が巻いて、赤い竜巻が天に向かって立ち上がる。竜巻が炎を吹き飛ばしていった。
 幕のように渦巻いていた炎が完全に吹き散らされて、そこには大刀でフランベルジュを受け止めたジェラールさんの姿があった。





 ジェラールさんが大刀を軽く押した。ユーカがよろめくように下がってしりもちをつく。


 しりもちをついたままユーカがその姿を見て、唇をかんでうつむいた。
 ジェラールさんの髪や衣装にはあちこちに焦げ目がついているけど、本人は無傷だ。あれだけの炎を浴びたのに。風で散らしたんだろうか。
 誰かの安堵の溜息が聞こえた。


 ジェラールさんがユーカを静かに見下ろしてしゃがみ込む。ユーカの耳元で何かささやいて、僕を見た。


「竜殺し……いや、スミトよ」
「はい」


「不死属の魔獣は炎に弱い。私よりこの娘の方が適任かもしれん」


 そういってジェラールさんがもう一度ユーカを見る。


「私は塔の下で拠点を守ろう。お前らがヴァンパイアを倒しても退路がなければ話なるまい……武運を祈るぞ」


 そう言ってジェラールさんがバスキア公の近衛の方に歩き去って行った。
 真っ青な顔で固まっていたセリエがようやく金縛りが解かれた様に息を吐く。張りつめていた緊張感が解けた。
 交錯はわずか10秒足らずだったと思うけど……正直言って、その10倍近い長さに感じたし、自分で戦うのの100倍は心臓に悪かった。


「お怪我はありませんか、お嬢様」
「大丈夫だよ、セリエ」


 ユーカがちょっとひきつった笑みを浮かべて僕等を見上げる。声は震えているけど、怪我とかそういうのは全くなさそうだ。
 かなり派手に炎が上がったけどケガ一つなかったのは、炎を風を操って留めたんだろうとは思うけど。あの一発目の爆発をしのいでフランベルジュを受け止める余裕があったんなら、その時に切り返すくらい簡単だっただろうし。
 あんなことを言いつつも手加減してくれたんだろうと思う。


「見事であったぞ、ユーカよ」


 そういってダナエ姫がユーカに手を伸ばす。
 ユーカがその手をとって立ち上がった。まだ顔から血の気が引いていて白い。


「ユーカ、ジェラールさんはなんて?」
「えっとね……誇りを持つ奴隷よ、主に恥じぬよう務めを果たせ……って」


「成程のう……」


 それを聞いたダナエ姫が小さくうなづいた。


「ジェラール卿も奴隷じゃ、恐らくまだ制約コンストレイントがかかっておるはずじゃ」


 ユーカの手を取ったまま、ダナエ姫が僕の方を見てちょっと信じられないことを言った。
 バスキア公の最側近っていうからどこかの大貴族かと思ってたけど……違うのか。
 というか、最側近に奴隷を置いてるってのは、僕もガルフブルグでは変わったやつ扱いされるけど、バスキア公も大概だな。


「噂ではあるが、アストレイ殿はあのものを旗下に収めるためにジェラール卿が使われていた傭兵団を買い取った、とのことよ。よほど気に入ったのであろうな」


 主に恥じぬように、か。そういえばジェラールさんがバスキア公にそんなことを言っていた気がする。
 なんで譲ってくれたのか分からなかったけど……同じ立場というわけではないけど、似ているからこそ気持が分かるのかもしれない、となんとなく思った。





 数日後、都笠さんが戻ってきた。攻撃手段の方は準備ができたらしい。
 オルミナさんは宣言した通り、ずっと新宿に居てくれた。ギルドの係官が呼びに行ってくれてさほど間を置かずに目白まで来た
 これで準備は整った。



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