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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

二度とないその時。

 8歳のころから妾は剣においては無敵だった。
 練習用の刃を潰したサーベルでの立ち合いで負けたことは一度もなかった。


 13歳のころ、スロット武器を持った。同年代の従士も、訓練相手の大人の騎士も、その動きは止まって見えた。打ち倒すのは花を手折るのと同じくらいに簡単だった。
 剣聖の戦列レヴァンテインを使いこなせるようになったときには、妾にはもはや並ぶものは居なかった。
 妾と剣を交えるどころか、だれも近づくことさえできなかった。妾は剣に選ばれし者、と思った。


 だが、ある日。領内を視察していた時に会った、奇妙な格好をした男。
 もはや老人の域に差し掛かりつつあるその男の振るった剣は衝撃だった。妾の側に仕える騎士が見たこともない太刀筋で、いとも簡単に倒された。


「まったく口ほどにもない……喧嘩を売るなら相手を選ぶことだ」


 投げやりな口調で、その男は言った。
 ガルフブルグの武術は、人間と戦うためのものと、魔獣と戦うためのものと二つに分かれる。妾の側近は皆がそれを修めた騎士達。だが、その老人の相手にはならなかった。


 その日、この世には自分が全く知らない剣があることを知った……世界の広さも。





 ソウテンイン・トウシロウと名乗るその男を、妾は剣術指南役に望んだ。
 しかし、得体の知れない者を妾の剣術指南役とするにはかなりの悶着があった。だが男の強さに誰もが最後には折れた。
 スロット武器ですらない、普通の鉄のサーベルで、スロット武器を持つ騎士達を男はことごとく退けた。


 ガルフブルグの剣術のうち、妾の学んだ剣術は人と戦うためのものだった。妾が魔獣と対峙することなどありえない……とその時は思っていたのであるが。
 その技術系統は、間合いを取り、武器の長さを活かして相手の攻撃を封じて、相手の隙に切っ先を突き立てる、そういうものであった。


「児戯ですな」


 妾の剣を見たソウテンインは言った。


「……では妾を倒せるというのか?」
「失礼でなければ……ですが」


 まるで、テーブルの上のパンを取り上げるかのような気楽さでソウテンインが言った時には、少し苛立たしい気分になった。
 剣聖の戦列レヴァンテインを使わなくとも、妾の剣の技はガルフブルグでも屈指。そう容易いことではない。


「ならばやって見せるが良い」
「お望みとあらば」


 そう言ってソウテンインが練習用のサーベルを構える。妾も構えた。
 ソウテンインが見慣れない、サーベルを下げて、切っ先を地面に触れさせるような構えを取る。


 一瞬だった。必殺と思ったサーベルの突きは、弾かれるように跳ね上がった太刀に防がれた。
 下がるより早くソウテンインの体が目の前にあった。ぶつかるほど近くに。そして剣の切っ先が妾の額のすぐそばで止まっていた。
 サーベルを落とすと、ソウテンインもサーベルを下げて一歩下がり、深々と頭を下げた。


「お分かりですか?退く足より追い足の方が速い。
武器の長さを活かして距離を取る、ということがわかっていれば、追うことは容易いことです」


 ガルフブルグの剣術は、大まかに分けると、サーベルやレイピアを使う突きを主体にした剣術、ロングソードを使う切ることを主体にした剣術だ。
 両手持ちの大剣グレートソードを扱う流派は主に魔獣との闘いを想定した技術となっている。


 ただ、系統の違いはあれど、いずれも長さを活かして間合いを保つことが要諦だ。スロット武器の重さが負担にならない故に、このように長さを活かす技になったと聞くが。
 このような、相手の懐に切り込む、捨て身のような刀術は短剣の使い手以外には見たこともない。


 そして、改めて分かった。ソウテンインが持つ技術は妾より遥かに高みに達していることも。
 だが屈辱は感じなかった。超えるべき高い山が目の前に現れたことに不思議な高揚を感じたのを覚えている。
 剣に選ばれしもの、そしてブルフレーニュの剣聖の戦列レヴァンティンの使い手として、その技は学ばねばならない。その山を越えなければならない。





 ソウテンインの技はサーベル……本人が言うところのニホントウなる片刃のサーベルを両手で持つ構えが基本であり、妾の片手用サーベルとは使い方がかなり異なる。
 ソウテンインの技を妾の武器や妾の技術に合わせて二人で改良を加えた


「ところで、一つ聞くが」
「なんでしょうか?」


 ある日の稽古を終えた後聞いた。


「お主の流派にも奥義はあろう。それはどのような技なのじゃ?」


 ソウテンインが、ニホンなるところで、ヤツカベ・イットウリュウなる剣術流派の師範をしていたことは本人が教えてくれた。


「……奥義はありませんな」


 ソウテンインが汗をぬぐいながら言った。


「どういうことじゃ?」


 いかなる剣術流派にも奥の手は存在する。そして、それを伝授されることがその流儀を極めることだ。
 ソウテンインの流派にも我々の国で培われた技術とは全く異なる技法、思いもつかない技があるはず。いずれはそれを学びたい。


「誰をも切り倒せる必殺の一刀など、夢想ですよ……物語の中だけのものです」
「じゃが、奥義に類するものはあろうが」


 そういうと、ソウテンインが少し考え込んだ


「最短で、最適な一撃を持って敵を無力化する。それこそが奥義です、姫」
「……そんなことは剣術を習いたての6歳の小僧でも習うことぞ」


 切るときは敵の急所を狙え。そんなことは誰もが知っている。


「そう。それこそが奥義への道です」


 ソウテンインとは暇さえあれば様々なことを話す。
 ソウテンインが住んでいたニホンとやらには、ガルフブルグとは全く違う文化と価値観があることを、ソウテンインの話を通じて知った。


 ソウテンインは普段は実に明瞭に話すが、剣術に関してはなぞかけのようなことを言う。
 剣術を習いたての小僧でも分かることが奥義への道というのだろうか。


 妾が不満げな顔をしているのを察したのか、ソウテンインがスロット武器を構えた。
 本人は鉾杉ほこすぎという、太刀を高く掲げる構え。似たような構えはガルフブルグの剣術にもある。


「この間合いでどうなさいますか?」


 ソウテンインのスロット武器は両手剣グレートソードのような長い刀身を持つサーベル。その長さは妾のサーベルの倍近くだ。


「後ろには活路はありませぬぞ」
「……妾がお主と戦うことはないであろう。故にそれを考える必要もない」


 ソウテンインの言いたいことは無論分かっていた。
 それに、こんなことを自分で言いたくはない。負けを認めるようで癪ではある。踏み込まねば勝てないのは分かっている。槍や大刀使いと戦うときにも必要なことだ。
 だが、ソウテンインとはケタが違う。こやつの懐は、まるで王座の謁見の間のように長い。
 踏み込んだ、と思っても、急所ははるか遠く、柄で撃ち倒されるのがいつものことであった


 今のところ、妾が一対一で勝てない相手はソウテンインしかいない。そしてソウテンインは妾に忠誠を誓っている。
 しかも妾には剣聖の戦列レヴァンテインがあるのだ。そんなことをする必要があるとは思えない。
 すこしソウテンインが顔をしかめたのを今も覚えている。


「姫……貴方は強い、技も、スロット武器も、剣聖の戦列レヴァンテインも。姫にかなう相手はそうはいないでしょう」
「当然じゃ」


「ですが、世界は広く、上には上がいる。貴方の前に立ちふさがる強者は必ず現れます。
剣を極めんとするなら、いざとなれば死地に踏み込むを気構えはお持ちになるべきだ」


 そういってソウテンインがスロット武器を消した。


「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ……踏み込み見れば、後は極楽」
「なんじゃ、それは?」


「我が国の剣豪が残した言葉です。切りあっている時こそ地獄……踏み込んだ先には」


 そう言ってソウテンインが言葉を切る。


「……私の懐に飛びこんで一本取って頂きましょうか。
それをもって免許皆伝の証としましょう。奥義の意味もお教えします」


 ソウテンインがスロット武器を納めた。
 結局、その後、何度戦ってもソウテンインの懐に飛び込んで一本取ることはできなかった。





 そして、今目の前にソウテンインがいる。長い太刀をあの時のように高く掲げて。
 最後の時だ……次の機会はない。


 そう、今しか。



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