僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

文明の利器の恩恵を改めて思い知る。

 その後、ヴァンパイアの追撃もなく。僕等は無事に目白に着いた。
 セリエとユーカは抱きしめ合って無事を喜んでいたけど、籐司朗さんが居ないことにすぐにユーカも気づいたんだろう。二人で何処かに消えてしまった。


 籐司朗さんは結局戻ってこなかった。
 援軍を出すことはダナエ姫が止めた。レブナントならともかくヴァンパイアを相手にする戦力は今はない、共倒れになるだけだ、と。
 冷たいと思ったけど、朝になるまでダナエ姫は目白の駅前で夜を徹して待っていた。その後ろ姿を見ていると何も言うことはできなかった
 朝まで待って、ダナエ姫はノエルさんを連れて新宿に引き上げていった。


 いろいろと言いたいことはあった。でも何も言えなかった。
 ご愁傷様とか言うのか?気の毒でした、とか言えばいいんだろうか。気持ちは分かりますとか言えばいいんだろうか。
 何を口にしても陳腐で上滑りになるんだろうってことくらいは分かった。黙っていた方がいいこともある。
 朝になって、線路を馬に乗って歩みさるダナエ姫を目白駅前の橋から見送った


「あたしさ、風戸君」


 隣に立っていた都笠さんが口を開いた。


「うん」
「死ぬならさ……誰かを助けて格好よく、とか思ってたんだ
大事な人を助けてね」


 僕もそういう風なのに憧れないわけじゃない。
 昔、とある漫画を読んだ。
 敵に囲まれて味方は魔力が尽きて絶体絶命、そのとき一人のキャラが自分の命を犠牲にした魔法を使って仲間を救う場面だ。
 どうせ死ぬならば、こんな風に、って子供心に思ったのを覚えている。大事な人のために戦って死ぬ。


「でも……それじゃだめよね。生き残らないとね」


 確かに。今は思う。命を投げ出す側はそれでいいかもしれない。
 でも残された側の気持ちはどこへ行くんだろう。僕が死んだらセリエやユーカはどう思うだろう。死んじゃいけないんだ。





 ノエルさんとダナエ姫が一度ガルフブルグに戻り、探索者ギルドの腕利きであるオルゾンさん達が倒された今、池袋を強襲する戦力はない。
 それに、弱点が確定しないともう一度力押しをするのは正にバカげた自殺行為だ。


 セリエの使い魔ファミリアを飛ばしてもらったけど、とりあえずレブナントの群れが襲ってくる気配はないらしい。
 ただ、もう隠すつもりはないのか、相当の数のレブナントがサンシャインの周辺にいることが分かった。
 早めに手を打たないといけないんだろうけど。


 警戒しつつもなにも起きない、不穏な日々が続いた5日目。ノエルさんとダナエ姫が戻ってきた。たくさんの本を馬車に積んでいる。
 籐司朗さんが言っていた聖堂騎士ホーリーオーダーの記録というやつだろう。2トントラック並みの大きな馬車に、皮で装丁された本から、紐で簡単に綴じられた束まで山積みになっていた。


「手を貸してもらいたい」


 ダナエ姫が指示して、探索者ギルドの係官が総出で書類のチェックを始めた。





 東京にいる時は、調べ物は結構簡単だった。
 図書館には膨大な本が、それぞれに分類されて並べられていて、何処にあるかはすぐに分かるようになっていた。
 それに、紙の本を見なくても。パソコンの検索エンジンに検索ワードを入力すれば大体のことは分かったし、デジタル化された書類も文言検索や索引があって、みたいものはすぐ調べられた。


 あの時はそれが当たり前で、その便利さのありがたみをあまり分かっていたなかったけど。そんなものがない時代の調べものがいかに大変だったかを見せられた。


 ガルフブルグには検索エンジンなんてものはないわけで、積み上げられた本や紙束を人海戦術で読んで調べるしかない。
 読み込みが始まって2日目になるけど。未だに有益な手掛かりはないらしい。
 下手すれば記録が散逸していて、何もつかめないなんてこともありえる。


 ダナエ姫は勿論だけど、僕等も調べ物は免除されている。 
 その代わり、今は目白の駅前で待機している。地図をもとにして周辺の路地には探索者やジェレミー公の従士たちが配置されて警戒に当たっていて、僕等やダナエ姫は万が一の時にフォローすることになっている。


 あの日以降、特に何も起きてはいないけど。
 今日も何事もなく、手掛かりもなく。日が沈み始めて、空が青から紫色に染まっていた。


「実は……一つ気になってたことがあるんですよ」
「なんじゃ?」


 いつも通りの格好をしたダナエ姫が僕の方をむく。


「あいつ、ほとんどの攻撃も魔法も避けようとしなかったけど……籐司朗さんのあの一撃だけは避けたんですよね」


 僕等の攻撃を避けようともしなかったけど。
 籐司朗さんが武装強化ウェポンレインフォースでつかった横薙ぎの斬撃、あいつはあれだけは避けた。


「よく見てるわね、風戸君」
「まあ、最前列にいたからね」


断風たちかぜ。あれはソウテンインの切り札じゃな。
あ奴の二つ名の、塔を断つ剣エペ・クープ・ラトゥールの由来じゃ」
「籐司朗さんにも二つ名があったんですか?」
「ああ、どうも嫌がって自分では名のらなんだがの……お主等は皆そうじゃな」


 まあ、わかる気がする。


「あの太刀で封緘シールを置いた塔を切り倒したのじゃよ。
それであ奴の力を皆が認めて妾の側役となったのじゃ」


 封緘シールを置いた塔はガルフブルグだとよく見る建造物だ。レンガでくみ上げられた細い煙突の様な塔で、かなり頑丈につくられている。
 あれを切り倒せるのは凄いな。


「確かに回復力というか耐久力は異常だけど……無限じゃないってことじゃないですかね」
「そうじゃないと困るわよ」


 都笠さんが言う。
 何度切っても魔法を当てても平然としてたけど、全く効果がないってことは無いんだろうか。少なくとも一度は倒されている以上、倒す方法は必ずあるはずなんだけど。


「どうやらそういうことらしいぜぇ」


 そんなことを話していると、疲れた感じの声が聞こえた。





 振り向いてみると、疲れた顔をしたノエルさんが立っていた。


「どうじゃ、ノエル。なにか手掛かりは見つかったか?」
「ええ、なんとか」


 如何にも徹夜明けで勉強しましたって顔で、目の下にクマが出来ていた。手には本を一冊持っている。茶色の簡素な表紙がつけられたA4サイズくらいの本だ、


「俺のひい爺さんの日記だ。ヴァンパイアの討伐について書いてあったよ」


 そういって本を開く。黄ばんであちこちが欠けた紙にびっしりと文字が並んでいた。


「では、説明いたせ」
「ええ、姫。前の討伐の時は騎士と探索者の8人で挑んだんだそうです。
で、初めは俺たちの時と同じで切っても燃やしても全く効果が無かったらしいですね」
「ふむ。それで?」


「結局、6人がヴァンパイアを抑えて、俺のひい爺さんともう一人の魔法使いで魔法を食らわせたようですね」


「それでどうなったのじゃ?」
「そうすると、それまでスロット武器での攻撃にも平然としていたヴァンパイアに、有効に傷を負わせることが出来るようになったと。
そして、そのまま8人で制圧したんだそうです」
「なるほどのう」


 ダナエ姫が軽く息を吐く。


「弱いダメージは無効化するというか、すぐに直してしまうけど……極端にデカいダメージは直し切れないってことなんですかね」 


 だとしたら籐司朗さんのあの太刀を避けたのも辻褄が合う。


「そういう魔獣は確かにいるなぁ
核へダメージを与えないと無限に回復するってやつはいるぜ」


「ノエルさん、そのお爺さんが使った魔法とやらは使えないんですか?」
神罰ディヴァイン・リトリビューションか?俺は肉体派だからなぁ。無理だぜ」
「……そうですか」


 まあ確かにそんな魔法が使えればとっくに使ってるだろうし、それにスロット能力にそもそもなければ話にならない。


「銀の武器とか、そういうのの記述はなかったですか?」
「……ああ、そういえばあったな、しかしよく知ってるな、スミトよ」


「僕らの世界にもそういう伝説はあったんですよ」


 銀の武器に弱い、というのはヴァンパイアとかライカンスロープの弱点としては定番ではあるけど
 ……当たり前なんだけど、それを試した人はいないし、効果は分からない。どのくらいの効果があるもんなんだろうか。


「だがよ、言うのは簡単だけどやるのは簡単じゃないぜぇ」


 ノエルさんが難しい顔をして言う。なぜかと思ったけど……ちょっと考えてわかった。
 銀の武器を使うってことは、もちろんスロット武器は使えないってことだ。スロット武器なしであのヴァンパイアと戦うのはさすがに辞めておきたい。
 ナイフみたいな小さいものなら別だけど、それじゃあ多分たいして大きな効果はないだろうし。


「矢とかはどう?」


 都笠さんが言う。ダナエ姫が考え込むように顔を伏せた。


「……難しいであろうな。矢の射程距離はたかが知れておる。
うまく開けたところにおびき寄せられれば、そこに弓兵が矢を浴びせるということも出来るかもしれぬがの」


 そのお膳立てがまず相当難しい。
 人間なんてトカゲみたいなものだ、とか言って油断してくれればチャンスはあるかもしれないけど。
 罠を張って僕等をおびき寄せてきたことを考えると、そう上手く行くとは思えない。


「それに矢が当たったくらいで効くのか?
退魔の剣ホーリーウェポンも多少は効果有ったみたいだが致命傷には程遠かったしな」


 ノエルさんが言って、みんなが黙った。
 弱点が変わらないとしたら。銀でも魔法でもなんでもいいけど……その回復能力を超える一撃をどうやってたたきこむか、が最大の問題ってことになるのか。


 自分で言うのもなんだけど、僕の魔弾の射手は火力としては低くないと思う。
 ダナエ姫の斬撃と僕の魔弾の射手、都笠さんの銃撃を同時に浴びて、それでもあいつは倒れなかった。
 最初の一撃がどのくらいの威力を必要とするのか、見当もつかない。


「強力な魔法使いとかはブルフレーニュ家には居ないんですか?」
「そこまで都合のよいものはおらぬの。アストレイ殿の旗下には居るやもしれんが……」
「あの頑固そうなオルドネスの旦那がそれを許すと思うかい、スミトよ」


 ノエルさんが首を振って言う。
 確かに、なんとなくダナエ姫が塔の廃墟に滞在しているのはなんとなく黙認されているけど。
 ノエルさんを討伐部隊に参加させるときの権幕を思い出すと……バスキア公の旗下の魔法使いとかを介入させるなんて、とてもじゃないけど認めてくれる気がしない。
 この状況ならそんなことを言ってる場合じゃないと思うんだけど。


「いずれにせよ、すぐに手配できるようなものは居るまい」


 ダナエ姫が言って重たい沈黙が降りる……そこへ、蹄の音が聞こえてきた。
 顔を上げると、目白駅前に一人の従士が馬で駆けてきているのが見えた。僕等を見ると慌てて馬から飛び降りる。


「大変です」
「どうかしましたか?」


 ダナエ姫を見て、その人が一瞬口ごもる。


「如何した?」
「……ソウテンイン様が!」



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