僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
生きることの意味。
トラックが走り出して、ようやく一息ついた。
ノエルさんやフェイリンさんも少し安心した表情をしている。さすがに不敵だったダナエ姫も顔が青い。籐司朗さんだけはなにやら深刻な顔だ。
「風戸君、ナビして」
「了解。
管理者、起動、周辺地図接続」
ワイヤーフレームで形成されたような周辺の地図が現れる。
トラックが唸るようなエンジン音を立てて、立て続けに短い地下道を抜けた。線路の下をくぐったらしい。
来た時と違う道に入ってしまった。来た時と同じように街路樹とビルが並ぶ4車線だ。位置関係を掴むのが難しい。
地図を広げるイメージを頭に描く。地図が少し広がって池袋駅が映って、大体の位置が分かった。
このまままっすぐ行って、あとはどこかで左に入れば目白駅に着くはずだ。来た時よりは少し遠回りになりそうだな。
とりあえずさっきサンシャイン近くでみたような妙な警告表示は出ていない。このまま戻れるといいんだけど。
「甘く見ておったわ……まさか妾とソウテンインの斬撃を受けても死なぬとは、信じがたい。
……ノエル」
そう言って、ダナエ姫がノエルさんの方を向く。
「お主の聖堂騎士の記録を調べよ。
妾とソウテンインでもダメならば……あれは単純な力押しではどうにもならぬぞ」
「すぐにでも」
ノエルさんが神妙な顔でうなづく。
確かに、あれだけ打たれて切られてしても、少なくとも死ななかった。まったく効果が無かったのか、ある程度はダメージがあったのか、それは分からないけど。
ダメージを与えて叩き潰すにしても、もっと大火力が必要になるんだろうか。さっぱりわからない。先人はどうやって倒したんだろうか。
ただ、とりあえず、エンジン音を聞いていると少し気分が落ち着いてきた。
周りを見てもレブナントの姿も見えない。ここは縄張りの外なんだろうか。
いかにも池袋のオフィス街って感じの街並みから、だんだんマンションとかがならぶ住宅地に入っていって、すこし道幅が狭くなった。
「そういえば、籐司朗さん」
「……ああ、なんだね?」
何かを考え込んでいた籐司朗さんに声を掛ける。
「ああいうスロット能力を使った剣はありなんですか?」
さっきの斬撃はすごかった。当りどころが良ければ文字通りビルを切り倒すことさえできたと思う。
多分あれはリチャードのと同じ、スロット武器の威力を強化するスロット能力だろう。リチャードが教えてくれたけど、確か、武装強化というんだっけな。
衛人君はスロット武器とかを活用はしてなかったらしい。多分いずれ日本に戻る時のことを考えるとそれに甘えていてはいけない、と思ったからなんだろうけど。
籐司朗さんはその辺はあまり気にしていない感じだ。
「ああ、なるほどね。
……最初は私も魔法など邪道と思ったがね」
籐司朗さんがいつもの温和な表情に戻る。
「しかし考えても見たまえ。もし日本に魔法があれば、それに応じた剣術が発展しただろう」
「まあ確かに」
「ならば、それがある世界なら、それに応じて我が剣も進歩すると言うわけだ
道だのなんだのといおうと、所詮剣術は人殺しの技さ。まあ……燃費が悪いのが難点だな」
なるほど。なんというか、もっとお堅い人かと思ってたけど、結構柔軟だな。
かなりの威力だったけど、どうやらいわゆる消費MPが大きい技らしい。だからこそ、出し惜しみしていたのか。ちょっと疲れた顔なのはそれが原因かな。
「この年でまだ学ぶことがあるというのは楽しいことなのだが……
鈴君、少しいいかな?」
籐司朗さんが運転席の都笠さんに声を掛ける
「はい、なんです?」
「このまま逃げ切れればいいが……またあいつが出たら私が相手する。
君たちは逃げろ」
◆
「は?」
「何を申しておる」
籐司朗さんが袖に隠すようにしていた手を黙って見せた。
右手には肌色とは違う、黒ずんだ黄色のあざのようなものが広がっていた。
「攻撃を受けた時にやられた。どうもさっきから動かしにくい。おそらく……」
この色はレブナントの肌の色と同じだ。さっきあの霧みたいなのに絡まれていた部分。
ヴァンパイアは魂を吸い取ってしもべを作る能力がある、という話だったけど。牙で血を吸うとかじゃなくて、あの赤い霧みたいなのでやってくるのか。
ということは……レッサーヴァンパイアになってしまうんだろうか。
なんて声を掛ければいいのか分からなかった。でも、こんな状況なのに籐司朗さんは恐ろしいほどに泰然としている
「下らぬことを申すな。
解呪を使うものがわが旗下に居るのは知っておろうが。
すぐに呼び寄せよう」
「……人は何かを伝えるために生きている」
籐司朗さんがその言葉には答えず、誰かに言っているというより自分に言い聞かせるかのように口を開いた。
「私はもう死んでいたんだ。息子が死んだあの日……私は死んだも同然だった」
そういって籐司朗さんが清々しいような表情を浮かべる。
「だが今は……ここで死んでも心残りはない……我が技は姫が継がれた」
籐司朗さんが僕を見た。
「我が名は君が覚えていてくれ、スミト君。
……いつか日本に戻ったら、息子の墓に花を供えてくれ」
何を言っているんですか、とか言いたかったけど。それを言える空気じゃなかった。
「はい……」
「ノエル、お前の退魔の剣はおそらく効果がある。スミト君の銃剣で刺されたときや私があいつを切った時、嫌がるそぶりがあった。
弱点は必ずある。突き止めるんだ」
「分かった、必ず調べて見せますぜ」
籐司朗さんが満足げに笑った。
「……すみません」
「若者を三人助けて一人老人が減るだけなら……この救援は成功だ。詫びる必要がどこにある?」
ノエルさんは黙っていて、フェイリンさんが唇を噛んで俯いた。
ふと籐司朗さんが何かに気付いたように顔を上げて、あざが広がる右手を握った。
「やはり……散り際はここか」
「なんなのよ、あいつ!」
同時にマップに三角の警告マークが出た。都笠さんの悪態が聞こえる。
「なんなの、あのクソ!」
トラックが減速した。
立ち上がると、キャビン越しに二車線道路の真ん中にヴァンパイアが居るのが見えた。それと20体ほどのレブナント。
あれで倒せたとは思ってなかったけど……一体どうやって先回りして来たんだ。
ダナエ姫のいつものすました顔がこわばったのが分かった。
籐司朗さんがわずかに微笑む。
「姫、ではこれにてお暇します」
「……長らく大儀であった。お主のことは忘れんぞ」
「待って……」
止めるより早く籐司朗さんが荷台から飛び降りた。
トラックが歩道に乗り上げて強引にUターンする。そのまま近くの路地に入った。トラックでは道幅ギリギリの狭い住宅街に飛び込む。
「風戸君!ナビして」
都笠さんの声で我に返った。
犠牲を無駄にするな。オルミナさんの言葉を思い返した。地図を見なおす。狭い道だけど、このまままっすぐ抜ければ、目白駅前の道に出れる。
「まっすぐで大丈夫。このまま行って」
「了解」
都笠さんが答えてトラックが加速する。
遠くから、剣のぶつかり合う金属音がかすかに聞こえた。
ノエルさんやフェイリンさんも少し安心した表情をしている。さすがに不敵だったダナエ姫も顔が青い。籐司朗さんだけはなにやら深刻な顔だ。
「風戸君、ナビして」
「了解。
管理者、起動、周辺地図接続」
ワイヤーフレームで形成されたような周辺の地図が現れる。
トラックが唸るようなエンジン音を立てて、立て続けに短い地下道を抜けた。線路の下をくぐったらしい。
来た時と違う道に入ってしまった。来た時と同じように街路樹とビルが並ぶ4車線だ。位置関係を掴むのが難しい。
地図を広げるイメージを頭に描く。地図が少し広がって池袋駅が映って、大体の位置が分かった。
このまままっすぐ行って、あとはどこかで左に入れば目白駅に着くはずだ。来た時よりは少し遠回りになりそうだな。
とりあえずさっきサンシャイン近くでみたような妙な警告表示は出ていない。このまま戻れるといいんだけど。
「甘く見ておったわ……まさか妾とソウテンインの斬撃を受けても死なぬとは、信じがたい。
……ノエル」
そう言って、ダナエ姫がノエルさんの方を向く。
「お主の聖堂騎士の記録を調べよ。
妾とソウテンインでもダメならば……あれは単純な力押しではどうにもならぬぞ」
「すぐにでも」
ノエルさんが神妙な顔でうなづく。
確かに、あれだけ打たれて切られてしても、少なくとも死ななかった。まったく効果が無かったのか、ある程度はダメージがあったのか、それは分からないけど。
ダメージを与えて叩き潰すにしても、もっと大火力が必要になるんだろうか。さっぱりわからない。先人はどうやって倒したんだろうか。
ただ、とりあえず、エンジン音を聞いていると少し気分が落ち着いてきた。
周りを見てもレブナントの姿も見えない。ここは縄張りの外なんだろうか。
いかにも池袋のオフィス街って感じの街並みから、だんだんマンションとかがならぶ住宅地に入っていって、すこし道幅が狭くなった。
「そういえば、籐司朗さん」
「……ああ、なんだね?」
何かを考え込んでいた籐司朗さんに声を掛ける。
「ああいうスロット能力を使った剣はありなんですか?」
さっきの斬撃はすごかった。当りどころが良ければ文字通りビルを切り倒すことさえできたと思う。
多分あれはリチャードのと同じ、スロット武器の威力を強化するスロット能力だろう。リチャードが教えてくれたけど、確か、武装強化というんだっけな。
衛人君はスロット武器とかを活用はしてなかったらしい。多分いずれ日本に戻る時のことを考えるとそれに甘えていてはいけない、と思ったからなんだろうけど。
籐司朗さんはその辺はあまり気にしていない感じだ。
「ああ、なるほどね。
……最初は私も魔法など邪道と思ったがね」
籐司朗さんがいつもの温和な表情に戻る。
「しかし考えても見たまえ。もし日本に魔法があれば、それに応じた剣術が発展しただろう」
「まあ確かに」
「ならば、それがある世界なら、それに応じて我が剣も進歩すると言うわけだ
道だのなんだのといおうと、所詮剣術は人殺しの技さ。まあ……燃費が悪いのが難点だな」
なるほど。なんというか、もっとお堅い人かと思ってたけど、結構柔軟だな。
かなりの威力だったけど、どうやらいわゆる消費MPが大きい技らしい。だからこそ、出し惜しみしていたのか。ちょっと疲れた顔なのはそれが原因かな。
「この年でまだ学ぶことがあるというのは楽しいことなのだが……
鈴君、少しいいかな?」
籐司朗さんが運転席の都笠さんに声を掛ける
「はい、なんです?」
「このまま逃げ切れればいいが……またあいつが出たら私が相手する。
君たちは逃げろ」
◆
「は?」
「何を申しておる」
籐司朗さんが袖に隠すようにしていた手を黙って見せた。
右手には肌色とは違う、黒ずんだ黄色のあざのようなものが広がっていた。
「攻撃を受けた時にやられた。どうもさっきから動かしにくい。おそらく……」
この色はレブナントの肌の色と同じだ。さっきあの霧みたいなのに絡まれていた部分。
ヴァンパイアは魂を吸い取ってしもべを作る能力がある、という話だったけど。牙で血を吸うとかじゃなくて、あの赤い霧みたいなのでやってくるのか。
ということは……レッサーヴァンパイアになってしまうんだろうか。
なんて声を掛ければいいのか分からなかった。でも、こんな状況なのに籐司朗さんは恐ろしいほどに泰然としている
「下らぬことを申すな。
解呪を使うものがわが旗下に居るのは知っておろうが。
すぐに呼び寄せよう」
「……人は何かを伝えるために生きている」
籐司朗さんがその言葉には答えず、誰かに言っているというより自分に言い聞かせるかのように口を開いた。
「私はもう死んでいたんだ。息子が死んだあの日……私は死んだも同然だった」
そういって籐司朗さんが清々しいような表情を浮かべる。
「だが今は……ここで死んでも心残りはない……我が技は姫が継がれた」
籐司朗さんが僕を見た。
「我が名は君が覚えていてくれ、スミト君。
……いつか日本に戻ったら、息子の墓に花を供えてくれ」
何を言っているんですか、とか言いたかったけど。それを言える空気じゃなかった。
「はい……」
「ノエル、お前の退魔の剣はおそらく効果がある。スミト君の銃剣で刺されたときや私があいつを切った時、嫌がるそぶりがあった。
弱点は必ずある。突き止めるんだ」
「分かった、必ず調べて見せますぜ」
籐司朗さんが満足げに笑った。
「……すみません」
「若者を三人助けて一人老人が減るだけなら……この救援は成功だ。詫びる必要がどこにある?」
ノエルさんは黙っていて、フェイリンさんが唇を噛んで俯いた。
ふと籐司朗さんが何かに気付いたように顔を上げて、あざが広がる右手を握った。
「やはり……散り際はここか」
「なんなのよ、あいつ!」
同時にマップに三角の警告マークが出た。都笠さんの悪態が聞こえる。
「なんなの、あのクソ!」
トラックが減速した。
立ち上がると、キャビン越しに二車線道路の真ん中にヴァンパイアが居るのが見えた。それと20体ほどのレブナント。
あれで倒せたとは思ってなかったけど……一体どうやって先回りして来たんだ。
ダナエ姫のいつものすました顔がこわばったのが分かった。
籐司朗さんがわずかに微笑む。
「姫、ではこれにてお暇します」
「……長らく大儀であった。お主のことは忘れんぞ」
「待って……」
止めるより早く籐司朗さんが荷台から飛び降りた。
トラックが歩道に乗り上げて強引にUターンする。そのまま近くの路地に入った。トラックでは道幅ギリギリの狭い住宅街に飛び込む。
「風戸君!ナビして」
都笠さんの声で我に返った。
犠牲を無駄にするな。オルミナさんの言葉を思い返した。地図を見なおす。狭い道だけど、このまままっすぐ抜ければ、目白駅前の道に出れる。
「まっすぐで大丈夫。このまま行って」
「了解」
都笠さんが答えてトラックが加速する。
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