僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
闇の正体を知る。
一体のレブナントの脚を都笠さんの枴が薙ぎ払った。地面に倒れたレブナントの頭に銃剣を突き刺す。レブナントが溶けるように消えた。
もう一体、路地を追いかけてきたレブナントをユーカのフランベルジュが真っ二つに切り裂く。炎に包まれたレブナントの遺体が消えて、ようやく静けさが戻った。
「ふう」
都笠さんがため息をついて辺りを見回した。
レブナントの姿はもうない。追いかけて来た奴はこれでどうにか全滅させたか。
オルゾンさんとノエルさんで道を切り開けるかと思ったけど。あまりに数に押し切られて、いつの間にかみんなとはぐれてしまった。
パレアの旧市街で戦った時にも思ったけど、数が多いってのはそれだけでとんでもない脅威になる。
今回はノエルさんもオルゾンさんもいたけど、それでも洪水のような数のレブナントに押し流されてしまった。雑魚をバッタバッタとなぎ倒す、というのはゲームの中だけだな。
狭い路地の交差する十字路。隣り合ったコンビニと、少し向こうにはホテルの看板が見える。
周りにはケバブ屋やラーメン屋や焼き肉屋の看板が並んでいる。ここは見覚えがある。確かサンシャイン通りの近くだったはずだ。
角の赤いレンガのような色合いの雑居ビルからはレブナントが出てくる気配はない。サンシャインシティの近くに集中して潜ませていたんだろうか。
あの夜の戦いで相当減らしたと思ったけど、それでもあれだけの数のレブナントが待ち伏せしているとは思わなかった。
「まずいわね」
都笠さんがつぶやく。
僕ら以外はこの町の構造を知らない。僕らが逃げるだけなら車を動かしてっていうのでいいんだけど、さすがにそれは気が引ける。
「だれか、聞こえますか!」
通信機に呼びかけるけど反応がない。
壊れているってことは無いと思うから、使い方が分からないのか、戦っているところだから返事の余裕がないのか。
何度か都笠さんが銃を撃っている。銃声が聞こえているからこっちにきてくれるといいんだけど。
「作戦失敗だわ」
「まさか……誰かが作戦を漏らしたとか……」
なんとなく口を突いて出た。
まさか内通者がいるなんて……そういうことはあるんだろうか?
レブナントを潜ませる、バリケードを作る、とかあまりに用意周到すぎる。
自分の利益のために悪魔と取引して、悪魔が授けてくれる力を得るとか……まあよくある題材ではあるけど。
僕の言葉にセリエが首を傾げる。
「そんなことをしても……人間の側になにも得るものはありません。
魔獣にとっては私たちは糧でしかありませんし」
ガルフブルグでは、ヴァンパイアに魂を売って眷属になる、とかそういうのはないらしい。
ということは、準備万端で待ち伏せしていたところに飛び込んでしまったってことか。長期の見張りでもレブナントなら疲れてダレるなんてこともないだろうし。
いずれにしても、体勢を崩されたのは間違いない。
「だれか、聞こえますか?」
『はい、聞こえます』
とりあえず本部というか、目白の探索者ギルドの前線にはつながった。
「とんでもない数のレブナントに襲われました……オルゾンさん達やノエルさん達とも分断されてます」
通信機の向こうのみんなが息を呑むのが分かった。沈黙が流れる。
『……どう……なさいますか?』
どうする……か。都笠さんと目配せすると、都笠さんが首を振った。言いたいことはなんとなくわかる。
このまま相手が待ち構えているところに再突撃は無謀もいい所だ。一度逃げて仕切り直すべきだろう。
でもまずはみんなと合流したい。
「みんなと合流しつつ一旦逃げます。
そちらからも呼びかけてみてください。応答がないんで」
『はい……ご無事で』
通信を切って、セリエ達を見る。二人はこっちをちょっと不安げに見ていた。
僕は二人の指揮官、堂々としなさい、という都笠さんの言葉を思い出す。
「今言ったとおり、逃げる算段をしよう。車を探して……みんなと合流する。それでいいかな?」
「ええ、いいわ」
「うん、お兄ちゃん」
都笠さんが頷いて、セリエ達が安心したような顔をした。
とりあえず周りにはレブナントの気配はない。
一旦道が分かる場所に出て、それから考えよう。サンシャイン通りを目指して路地の角を曲がったところに……一人の男が立っていた
◆
背格好から、オルゾンさんかと思った。でも違った。
オールバックのようにした黒い長い髪と、雪のような白い肌、能面のような表情のない顔。
古風な鎧のような一枚板の白い胸当てを着けて、髪と同じ漆黒の外套を纏っている。白目がない、真っ赤に充血したような目が僕らを見た。
一瞬で分かった。人間じゃない。
見た目は人間だけど……雰囲気が違う。霊感スポットで背筋が冷える感覚の何百倍って感じだ。
ワイバーンやアンフィスバエナは大きな見た目で分かりやすい圧迫感だったけど……なんというか、あの大きさはアトラクションの怪獣を見ているような非現実感があった。
でもこいつは違う。血の気が引く、という表現が実感できた。
そいつが一歩前に出てきた。押されるように一歩下がる。
同時に甲高い銃声が響いた。それの頭からパッと血がしぶく。都笠さんが腰に差していたハンドガンを抜いて撃っていた。
立て続けに銃声が響いて、鎧や服に次々と穴が穿たれる。赤い血煙が吹き上がった。
レブナントにさえ警告を発した都笠さんが警告なしに打つのは初めて見た。撃ち尽くすと即弾倉を入れ替えて構え直す。
「ほう……これは……」
全弾を撃ち込まれたけど、被弾したそいつは倒れなかった。
「……鉄の矢玉を打ち出す武器か……久しぶりの実体化だが……人間は面白いものを作り出しものだな」
全身に開いた銃創から赤い煙を吹き上がり消えていく。まるで映画の巻き戻しでも見ているかのようだ。効いてないのか……
って、あっけにとられてる場合じゃない。銃剣を構える。ユーカがフランベルジュを振りかぶった。
「ああ、待て待て、待ちたまえ」
そいつが僕らを制するように手を挙げた
「ああ、そういきり立つな、探索者諸君
私が実体化するのは84年と243日ぶりなのだ、少しは配慮したまえ」
そういって手を広げた。ちょっとした動作の一つ一つに冷風を吹きつけられるような凄みがある。
都笠さんが油断なく89式を構え、ユーカと僕でそれぞれ武器を構えて、囲むようにそいつの周りに立つ。
間合いは5歩分、5メートルほどある。この距離なら、いきなり踏み込まれてもなんとかさばけるだろう。
「よし。先ほどの者たちは話も聞かない無粋ものだったからね」
赤く光る眼と白い肌の顔に満足げな、寒気がするような笑みが浮かんだ。
「私はクドゥラ。君たち人間が言うところのヴァンパイアだ」
リッチーかヴァンパイアか。分からなかったけど、これで確定か。
「かつて……この私はガルフブルグの探索者共に敗れた。
流石のこの私も8人相手にするのは無理だった……たかが人間風情と侮りすぎたよ」
そういってクドゥラとやらがやれやれって感じで手を振る。仕草は人間に似てるけど……猛獣と向かい合っているようなプレッシャーだ。
「……ところで人間よ。8人なんていう少人数ではなく、なぜもっと数を揃えてこないのだね?
カスのような連中でも捨て駒には使えるだろう。そう思わないか?」
クドゥラが小ばかにするような笑みを浮かべる。答えを分かっているんだろうな。
都笠さんが舌打ちする。セリエが険しい顔でクドゥラを睨みつけた。
「まあ、人間の愚かしさを語っても詮無きことだな。
この私も少し反省してね、少し策を練ることにしたわけだが……簡単なことだ、分断してしまえばいい。レブナントを使ってね」
やっぱり策を持って待ち伏せしていたのか。
大量にレブナントを送り込んで倒されたのも、こっちを誘いこむための布石だったってことなんだろうか。そうだとしたら、強いだけじゃない、かなり知恵も回る。
「所詮、精鋭と言っても人間は人間。分断してしまえば私の敵ではない
そして、最初に投入される戦力は人間たちの切り札なら、それが尽きればもはや打つ手はない。
ああ、ちなみに……」
そして、張り付いたような薄笑いを浮かべた口から衝撃的な言葉が出てきた。
「……君たちの大事な切り札はすでに二人死んだぞ。あと6人だな」
都笠さんが息を呑む。
二人死んだ……だって?オルゾンさん達か、フェイリンさんか、それともノエルさんか。
しかし。
「……そんなことを……ペラペラしゃべっていいのか?」
えらく口が軽いんだけど、何なんだ、こいつは。
僕に言葉に、クドゥラが怪訝な顔をした。
「例えばだが。君が竜族だとしようか……目の前にトカゲが居て、それを恐ろしいと感じるかね?」
「は?」
「トカゲに対して、大事な秘密を教えてしまった、大変だ、と考えるかね?」
「どういうことだ?」
「君達と私の間にある差はそれほどだ、ということだ。竜とトカゲほどの差だよ」
◆
こいつがどのくらい強いのか……本当にそれだけの差があるのか。
でも、生半可なことじゃダメージを与えられないことは分かる。逃げようにも……流石に背中を向けて走ってってわけにはいかない。どうする。
「しかし……ここは実に素晴らしい街だ、そう思わないか?」
こっちが考えていると、クドゥラが薄笑いを浮かべた……どういう意味だ?
「実体化したのは久しぶりだがね。これほど人の魂であふれた町はそうはない」
そういって手を大きく広げた。
「【人間よ、光栄に思え、我が首輪を受けることを。跪け。人形となってな】」
ぼんやりとし人魂のような白い光がつぎつぎと空中に生まれた。光のなかにいろんな人の顔が浮かぶ。
スーツを着たサラリーマン風の男の人、ランドセルを背負った子供、和服を着たおじいさん、ブレザーを着た女子高生……みんな見慣れた顔……懐かしい日本人の顔だ。その顔が苦しげにゆがんだ。
呻くような悲鳴のような、なにかが軋むような音を立てて、その姿が粘土のように崩れて形を変えていく。そして、剣を携えた、黄色いオーラをまとったうつろな顔をした30体近いレブナントに変わった。
死霊遣いは死者の魂を冒涜する禁忌の能力……死者の魂を素材にして手下を作り出す能力なのか。
アデルさんが言っていた意味が分かった……クソ野郎。
「普通ならこれだけは作れないんだがな。実に素晴らしいよ」
クドゥラが満足げに言う。
これだけの数をこれだけ簡単に作れるんなら……そりゃあの大軍勢も納得がいった。
◆
「さて、君たちには選択肢を与えよう。私は気分がいい」
レブナントはこっちには向かってくる気配はない。ただ、剣を構えて、突撃命令を待っているって感じだ。
「一つは、私にその身を捧げることだ。我が側に侍れ。レッサーヴァンパイアとして飼ってやろう。
……ああ、男は要らん。君は死んでいいぞ」
「そりゃどうも御親切に」
クドゥラが余裕な仕草で外套をひらめかせる。
「二つ目は……レブナントに切り殺される、だ。さあ選びた……」
「答えは!これよ!」
「【あんたなんて!大っ嫌い!消えてよ!】」
話し終わるのを待たずに、都笠さんの89式が火を噴いた。
いつもの三連射じゃない。フルオートで撃ちだされた銃弾が、ニヤついた笑みを浮かべたクドゥラに突き刺さった。ハンドガンとはケタが違う威力に、クドゥラが吹っ飛んでレブナントの群れに突っ込む。
一瞬遅れて炎の渦が立ち上がった。炎がレブナントごとクドゥラを包み込んだ。
「流石は愚かな人間だ、そういうだろうと思ったよ。
力づくで従えてやろう、かかれ従僕ども!」
炎に巻かれているはずなのに、平然としたクドゥラの笑い声が聞こえる。同時にレブナントが剣を構えて突撃してきた。
「逃げるわ!」
踏み出してきたレブナントの前に手榴弾が転がる。立て続けに爆発が起きてレブナントが吹き飛んだ。
……甘く見過ぎていた。火力を集中させればなんとかなるんじゃないか、と。
とんでもない。僕とユーカと都笠さんの最大火力を同時に食らわせても倒せる気がしない。
ワイバーンもアンフィスバエナも、デカくて強力で恐ろしい相手ではあった。
でも、殴ればダメージが行く、強力な魔法を当てれば倒せる、という生き物を相手にしているという、ある種の安心感というか、同じルールの上に居る相手って感じがあった。
でもこいつは違う。そういう常識の埒外にいる。
前の討伐の時には、本当に大ダメージを与えて押しつぶすなんてことができたのか?
◆
走ったらすぐに見慣れたサンシャイン通りに出た。黒い石畳の狭い道。真っ赤な壁のゲーセンがある。
周りを見回すけど、車は一台も無かった。此処はたしか普段歩行者天国の通りだからか。
レブナントが足音を立てて追ってくる。レブナントと戦っている間にあいつに追いつかれたら勝ち目はない。
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル、彼の者を生贄に捧げる!】」
左のビルに狙いを定めて、レブナントの群れを見る。タイミングを合わせて引き金を引いた。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
赤い光弾が靴屋のビルの側面に命中した。爆発が起きて、壁に取り付けられていたメーカーのロゴ入りの巨大なパネルがビルの壁から外れて落ちる。
降ってきたパネルと瓦礫がレブナントの先頭を押しつぶして、壁のように道をふさいだ。もうもうと粉塵が吹き上がる。これで、少しは時間が稼げるか。
どこかで車を探して……どうにか誰か一人でも拾えればいいんだけど。でも今はそんなことを考えている余裕が僕にあるんだろうか。
その時、突然、通信機が呼び出し音を鳴らした。誰だ?慌ててポケットから通信機を取り出す。
『だれか、聞こえる!?こちらはメジロよ!返事なさい!』
女の人の声だ。フェイリンさんじゃない。
「……オルミナさんですか?」
『スミト、無事だったのね。今、地図を見ているわ。
街道線路の東側の広い場所に門を開ける。全員、そこまで逃げなさい!』
街道線路は山手線だ。ということは、東口ロータリーか。
『距離も遠いから長くは維持できない、急ぐのよ』
「助かります」
僕ら以外の応答の声は聞こえなかった……聞いていることを祈るしかない。
もう一体、路地を追いかけてきたレブナントをユーカのフランベルジュが真っ二つに切り裂く。炎に包まれたレブナントの遺体が消えて、ようやく静けさが戻った。
「ふう」
都笠さんがため息をついて辺りを見回した。
レブナントの姿はもうない。追いかけて来た奴はこれでどうにか全滅させたか。
オルゾンさんとノエルさんで道を切り開けるかと思ったけど。あまりに数に押し切られて、いつの間にかみんなとはぐれてしまった。
パレアの旧市街で戦った時にも思ったけど、数が多いってのはそれだけでとんでもない脅威になる。
今回はノエルさんもオルゾンさんもいたけど、それでも洪水のような数のレブナントに押し流されてしまった。雑魚をバッタバッタとなぎ倒す、というのはゲームの中だけだな。
狭い路地の交差する十字路。隣り合ったコンビニと、少し向こうにはホテルの看板が見える。
周りにはケバブ屋やラーメン屋や焼き肉屋の看板が並んでいる。ここは見覚えがある。確かサンシャイン通りの近くだったはずだ。
角の赤いレンガのような色合いの雑居ビルからはレブナントが出てくる気配はない。サンシャインシティの近くに集中して潜ませていたんだろうか。
あの夜の戦いで相当減らしたと思ったけど、それでもあれだけの数のレブナントが待ち伏せしているとは思わなかった。
「まずいわね」
都笠さんがつぶやく。
僕ら以外はこの町の構造を知らない。僕らが逃げるだけなら車を動かしてっていうのでいいんだけど、さすがにそれは気が引ける。
「だれか、聞こえますか!」
通信機に呼びかけるけど反応がない。
壊れているってことは無いと思うから、使い方が分からないのか、戦っているところだから返事の余裕がないのか。
何度か都笠さんが銃を撃っている。銃声が聞こえているからこっちにきてくれるといいんだけど。
「作戦失敗だわ」
「まさか……誰かが作戦を漏らしたとか……」
なんとなく口を突いて出た。
まさか内通者がいるなんて……そういうことはあるんだろうか?
レブナントを潜ませる、バリケードを作る、とかあまりに用意周到すぎる。
自分の利益のために悪魔と取引して、悪魔が授けてくれる力を得るとか……まあよくある題材ではあるけど。
僕の言葉にセリエが首を傾げる。
「そんなことをしても……人間の側になにも得るものはありません。
魔獣にとっては私たちは糧でしかありませんし」
ガルフブルグでは、ヴァンパイアに魂を売って眷属になる、とかそういうのはないらしい。
ということは、準備万端で待ち伏せしていたところに飛び込んでしまったってことか。長期の見張りでもレブナントなら疲れてダレるなんてこともないだろうし。
いずれにしても、体勢を崩されたのは間違いない。
「だれか、聞こえますか?」
『はい、聞こえます』
とりあえず本部というか、目白の探索者ギルドの前線にはつながった。
「とんでもない数のレブナントに襲われました……オルゾンさん達やノエルさん達とも分断されてます」
通信機の向こうのみんなが息を呑むのが分かった。沈黙が流れる。
『……どう……なさいますか?』
どうする……か。都笠さんと目配せすると、都笠さんが首を振った。言いたいことはなんとなくわかる。
このまま相手が待ち構えているところに再突撃は無謀もいい所だ。一度逃げて仕切り直すべきだろう。
でもまずはみんなと合流したい。
「みんなと合流しつつ一旦逃げます。
そちらからも呼びかけてみてください。応答がないんで」
『はい……ご無事で』
通信を切って、セリエ達を見る。二人はこっちをちょっと不安げに見ていた。
僕は二人の指揮官、堂々としなさい、という都笠さんの言葉を思い出す。
「今言ったとおり、逃げる算段をしよう。車を探して……みんなと合流する。それでいいかな?」
「ええ、いいわ」
「うん、お兄ちゃん」
都笠さんが頷いて、セリエ達が安心したような顔をした。
とりあえず周りにはレブナントの気配はない。
一旦道が分かる場所に出て、それから考えよう。サンシャイン通りを目指して路地の角を曲がったところに……一人の男が立っていた
◆
背格好から、オルゾンさんかと思った。でも違った。
オールバックのようにした黒い長い髪と、雪のような白い肌、能面のような表情のない顔。
古風な鎧のような一枚板の白い胸当てを着けて、髪と同じ漆黒の外套を纏っている。白目がない、真っ赤に充血したような目が僕らを見た。
一瞬で分かった。人間じゃない。
見た目は人間だけど……雰囲気が違う。霊感スポットで背筋が冷える感覚の何百倍って感じだ。
ワイバーンやアンフィスバエナは大きな見た目で分かりやすい圧迫感だったけど……なんというか、あの大きさはアトラクションの怪獣を見ているような非現実感があった。
でもこいつは違う。血の気が引く、という表現が実感できた。
そいつが一歩前に出てきた。押されるように一歩下がる。
同時に甲高い銃声が響いた。それの頭からパッと血がしぶく。都笠さんが腰に差していたハンドガンを抜いて撃っていた。
立て続けに銃声が響いて、鎧や服に次々と穴が穿たれる。赤い血煙が吹き上がった。
レブナントにさえ警告を発した都笠さんが警告なしに打つのは初めて見た。撃ち尽くすと即弾倉を入れ替えて構え直す。
「ほう……これは……」
全弾を撃ち込まれたけど、被弾したそいつは倒れなかった。
「……鉄の矢玉を打ち出す武器か……久しぶりの実体化だが……人間は面白いものを作り出しものだな」
全身に開いた銃創から赤い煙を吹き上がり消えていく。まるで映画の巻き戻しでも見ているかのようだ。効いてないのか……
って、あっけにとられてる場合じゃない。銃剣を構える。ユーカがフランベルジュを振りかぶった。
「ああ、待て待て、待ちたまえ」
そいつが僕らを制するように手を挙げた
「ああ、そういきり立つな、探索者諸君
私が実体化するのは84年と243日ぶりなのだ、少しは配慮したまえ」
そういって手を広げた。ちょっとした動作の一つ一つに冷風を吹きつけられるような凄みがある。
都笠さんが油断なく89式を構え、ユーカと僕でそれぞれ武器を構えて、囲むようにそいつの周りに立つ。
間合いは5歩分、5メートルほどある。この距離なら、いきなり踏み込まれてもなんとかさばけるだろう。
「よし。先ほどの者たちは話も聞かない無粋ものだったからね」
赤く光る眼と白い肌の顔に満足げな、寒気がするような笑みが浮かんだ。
「私はクドゥラ。君たち人間が言うところのヴァンパイアだ」
リッチーかヴァンパイアか。分からなかったけど、これで確定か。
「かつて……この私はガルフブルグの探索者共に敗れた。
流石のこの私も8人相手にするのは無理だった……たかが人間風情と侮りすぎたよ」
そういってクドゥラとやらがやれやれって感じで手を振る。仕草は人間に似てるけど……猛獣と向かい合っているようなプレッシャーだ。
「……ところで人間よ。8人なんていう少人数ではなく、なぜもっと数を揃えてこないのだね?
カスのような連中でも捨て駒には使えるだろう。そう思わないか?」
クドゥラが小ばかにするような笑みを浮かべる。答えを分かっているんだろうな。
都笠さんが舌打ちする。セリエが険しい顔でクドゥラを睨みつけた。
「まあ、人間の愚かしさを語っても詮無きことだな。
この私も少し反省してね、少し策を練ることにしたわけだが……簡単なことだ、分断してしまえばいい。レブナントを使ってね」
やっぱり策を持って待ち伏せしていたのか。
大量にレブナントを送り込んで倒されたのも、こっちを誘いこむための布石だったってことなんだろうか。そうだとしたら、強いだけじゃない、かなり知恵も回る。
「所詮、精鋭と言っても人間は人間。分断してしまえば私の敵ではない
そして、最初に投入される戦力は人間たちの切り札なら、それが尽きればもはや打つ手はない。
ああ、ちなみに……」
そして、張り付いたような薄笑いを浮かべた口から衝撃的な言葉が出てきた。
「……君たちの大事な切り札はすでに二人死んだぞ。あと6人だな」
都笠さんが息を呑む。
二人死んだ……だって?オルゾンさん達か、フェイリンさんか、それともノエルさんか。
しかし。
「……そんなことを……ペラペラしゃべっていいのか?」
えらく口が軽いんだけど、何なんだ、こいつは。
僕に言葉に、クドゥラが怪訝な顔をした。
「例えばだが。君が竜族だとしようか……目の前にトカゲが居て、それを恐ろしいと感じるかね?」
「は?」
「トカゲに対して、大事な秘密を教えてしまった、大変だ、と考えるかね?」
「どういうことだ?」
「君達と私の間にある差はそれほどだ、ということだ。竜とトカゲほどの差だよ」
◆
こいつがどのくらい強いのか……本当にそれだけの差があるのか。
でも、生半可なことじゃダメージを与えられないことは分かる。逃げようにも……流石に背中を向けて走ってってわけにはいかない。どうする。
「しかし……ここは実に素晴らしい街だ、そう思わないか?」
こっちが考えていると、クドゥラが薄笑いを浮かべた……どういう意味だ?
「実体化したのは久しぶりだがね。これほど人の魂であふれた町はそうはない」
そういって手を大きく広げた。
「【人間よ、光栄に思え、我が首輪を受けることを。跪け。人形となってな】」
ぼんやりとし人魂のような白い光がつぎつぎと空中に生まれた。光のなかにいろんな人の顔が浮かぶ。
スーツを着たサラリーマン風の男の人、ランドセルを背負った子供、和服を着たおじいさん、ブレザーを着た女子高生……みんな見慣れた顔……懐かしい日本人の顔だ。その顔が苦しげにゆがんだ。
呻くような悲鳴のような、なにかが軋むような音を立てて、その姿が粘土のように崩れて形を変えていく。そして、剣を携えた、黄色いオーラをまとったうつろな顔をした30体近いレブナントに変わった。
死霊遣いは死者の魂を冒涜する禁忌の能力……死者の魂を素材にして手下を作り出す能力なのか。
アデルさんが言っていた意味が分かった……クソ野郎。
「普通ならこれだけは作れないんだがな。実に素晴らしいよ」
クドゥラが満足げに言う。
これだけの数をこれだけ簡単に作れるんなら……そりゃあの大軍勢も納得がいった。
◆
「さて、君たちには選択肢を与えよう。私は気分がいい」
レブナントはこっちには向かってくる気配はない。ただ、剣を構えて、突撃命令を待っているって感じだ。
「一つは、私にその身を捧げることだ。我が側に侍れ。レッサーヴァンパイアとして飼ってやろう。
……ああ、男は要らん。君は死んでいいぞ」
「そりゃどうも御親切に」
クドゥラが余裕な仕草で外套をひらめかせる。
「二つ目は……レブナントに切り殺される、だ。さあ選びた……」
「答えは!これよ!」
「【あんたなんて!大っ嫌い!消えてよ!】」
話し終わるのを待たずに、都笠さんの89式が火を噴いた。
いつもの三連射じゃない。フルオートで撃ちだされた銃弾が、ニヤついた笑みを浮かべたクドゥラに突き刺さった。ハンドガンとはケタが違う威力に、クドゥラが吹っ飛んでレブナントの群れに突っ込む。
一瞬遅れて炎の渦が立ち上がった。炎がレブナントごとクドゥラを包み込んだ。
「流石は愚かな人間だ、そういうだろうと思ったよ。
力づくで従えてやろう、かかれ従僕ども!」
炎に巻かれているはずなのに、平然としたクドゥラの笑い声が聞こえる。同時にレブナントが剣を構えて突撃してきた。
「逃げるわ!」
踏み出してきたレブナントの前に手榴弾が転がる。立て続けに爆発が起きてレブナントが吹き飛んだ。
……甘く見過ぎていた。火力を集中させればなんとかなるんじゃないか、と。
とんでもない。僕とユーカと都笠さんの最大火力を同時に食らわせても倒せる気がしない。
ワイバーンもアンフィスバエナも、デカくて強力で恐ろしい相手ではあった。
でも、殴ればダメージが行く、強力な魔法を当てれば倒せる、という生き物を相手にしているという、ある種の安心感というか、同じルールの上に居る相手って感じがあった。
でもこいつは違う。そういう常識の埒外にいる。
前の討伐の時には、本当に大ダメージを与えて押しつぶすなんてことができたのか?
◆
走ったらすぐに見慣れたサンシャイン通りに出た。黒い石畳の狭い道。真っ赤な壁のゲーセンがある。
周りを見回すけど、車は一台も無かった。此処はたしか普段歩行者天国の通りだからか。
レブナントが足音を立てて追ってくる。レブナントと戦っている間にあいつに追いつかれたら勝ち目はない。
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル、彼の者を生贄に捧げる!】」
左のビルに狙いを定めて、レブナントの群れを見る。タイミングを合わせて引き金を引いた。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
赤い光弾が靴屋のビルの側面に命中した。爆発が起きて、壁に取り付けられていたメーカーのロゴ入りの巨大なパネルがビルの壁から外れて落ちる。
降ってきたパネルと瓦礫がレブナントの先頭を押しつぶして、壁のように道をふさいだ。もうもうと粉塵が吹き上がる。これで、少しは時間が稼げるか。
どこかで車を探して……どうにか誰か一人でも拾えればいいんだけど。でも今はそんなことを考えている余裕が僕にあるんだろうか。
その時、突然、通信機が呼び出し音を鳴らした。誰だ?慌ててポケットから通信機を取り出す。
『だれか、聞こえる!?こちらはメジロよ!返事なさい!』
女の人の声だ。フェイリンさんじゃない。
「……オルミナさんですか?」
『スミト、無事だったのね。今、地図を見ているわ。
街道線路の東側の広い場所に門を開ける。全員、そこまで逃げなさい!』
街道線路は山手線だ。ということは、東口ロータリーか。
『距離も遠いから長くは維持できない、急ぐのよ』
「助かります」
僕ら以外の応答の声は聞こえなかった……聞いていることを祈るしかない。
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