僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
人の上に立つものの資質。
ブレーメンさんが出て行って、そのままなし崩しに会議はお開きになった。というか、ダナエ姫が連れてきた人を加えて強襲部隊を編成する、という感じになって、なんとなく結論が出たって感じかな。
ジェレミー公やフェイリンさんがダナエ姫に頭を下げて一言二言言葉を交わして会議をしていた部屋を出て行く。
「久しいの、スミト、スズ。
変わりないようで何よりじゃ」
「ありがとうございます」
ダナエ姫が、いつも通りの透明感のある美貌に涼やかな笑みを浮かべる。
「紹介が遅れたな、こやつはノエル。
ノエル・アンクルー・サンクテラス。我が準騎士じゃ」
ダナエ姫が後ろの大柄な人にちらりと視線をやって、男が軽く会釈してくれる。
「でも……わざわざ来てくれたんですか?」
ガルフブルグの貴族の事情というか、しきたりは僕にはわからないことも多いけど。
ただ、ブルフレーニュ家には積極的にこの件に絡む理由はない気がする。少なくともダナエ姫が頭を下げてまで。
何か得るものがあるんだろうか?
「ふ……無論妾にもブルフレーニュの家のものとして思うところはある。
じゃがの、君子の九思にもいうであろう。得るを見ては義を思う、じゃな」
ダナエ姫がちょっと得意げに言うけど……聞いたことが無い言葉だ。都笠さんも何それって顔をしている。
「お主等の国の言葉であろうが?」
「いや……知りません」
君子って言葉くらいはさすがに知ってるけど。九思ってのは聞いたことがない。
僕等の反応を見てダナエ姫が呆れたような顔で籐司朗さんを見た。
「ソウテンイン。本当にこ奴らはお主の同郷なのじゃろうな?」
「若い方にはなじみがない言葉なのですよ」
籐司朗さんが苦笑いをしている。
「立派な人は道義に反した利得を追わない。という意味さ」
「ブレーメン殿の懸念も分からなくはないのじゃがの。妾は苦境に付け込んで利を得ようなどとようなつもりはない」
ダナエ姫が真顔で言う。
「先ほども申した通りじゃ。ヴァンパイアは本来は4大公家が総がかりで当たるべき相手よ
その為なら妾が頭を下げることくらいどうということはないな」
こともなげに言うけど。そうできることじゃないぞ、これは。
今回だけじゃないけど、僕より若いはずなのに老成してるよな、と思う。
この辺は貴族の帝王学というか、人の上に立つ者として育てられてきた環境の成せる業なのか。それとも籐司朗さんとの交流の産物なのか。
「しかし、よくこんな都合のいい人がいましたね」
さっきのフェイリンさんの話を聞くに、かなり珍しいタイプの人材だと思うんだけど。よく旗下にこんな人がいたもんだ。
「まあ、そうじゃの。これもソウテンインの言葉の賜物よ」
「というと?」
籐司朗さんが何か言ったんだろうか?
「ソウテンインが申しておったのじゃ。
こういう特殊なスロット能力を持つものは庇護せねばその技が絶えてしまう故にの……妾のようなものが召し抱えておくべきじゃ、とな」
そう言ってダナエ姫が藤四郎さんを見る。
「はじめは半信半疑じゃったが。今回の事を見るに正しかったと言わざるを得んな」
「……古流の剣術は時代の流れに押されてほとんどが失伝してしまった。もはや取り戻すことはできないだろう。
時代に取り残された技術は、保護せねば消えてしまう。そして、それができるのはある程度経済力がある者だけだからね」
籐司朗さんが付け加えてくれた。
なるほど。当事者の言葉は実感がこもっている。
経済理論というか、効率性だけに任せておくと、探索者や立身出世を目指す人は、使いでのいいものばかり使って、使われにくいけどある状況では役に立つっていうスロット能力は絶えてしまうってことだろう。
貴族の立場でそういうスロット能力を守っているってことか。
管理者もそういえば使い道がないスロット能力として忘れ去られた能力だったわけだし。
たまたま僕が使い方を理解して、塔の廃墟では便利だってことが分かったから使い手も増えたんだろうけど。
それが無ければ忘れらた能力のままだっただろうし、そうなれば塔の廃墟というか東京に残された電化製品とか車とかは完全な無用の長物になってしまっていただろうな。
「ともあれ、こやつは役に立つ。お主等の力になってくれるであろう。
流石に立場上、妾が先陣に立つことはブレーメン殿は許さぬであろうからの。頼むぞ、スミト、スズ」
ノエルさんがにやりと不敵な笑みを浮かべて頭を下げて僕等を見る。
身長差20センチ以上だからすごく上から見下ろされる感じだ。
「ほーう。あんたが噂の塔の廃墟の竜殺しってわけか
俺はノエルだ、よろしくな、ボウズ」
体格のイメージに近い野太い声が降ってくる。大柄な手がバンバンと僕の肩を叩いた。
「で、あんたが雷鳴、スズちゃんか。勇ましい二つ名持ってるからどんな女かと思ったけど可愛いじゃねぇか
なんでも塔の廃墟のすげぇ武器を持ってるんだってな、よろしく頼むぜ」
「あ……はぁ」
都笠さんがあっけにとられたって感じで返事をする。
なんか……聖堂騎士の家の出で、ダナエ姫の直属で、服装もきちんとしてるけど。口を開くと何とワイルドな風貌そのまんまのラフな感じで、なんともギャップがある。
ただ、尊大という感じは無くて、ちょっと太めの体格も相まって、酒場とかにいる気のいいオッサンって感じだ。
「ああ、俺は傭兵稼業が長くてよ。堅っ苦しいのは苦手なんだ、勘弁してくれよな」
僕等の視線を受けてノエルさんが人懐っこい感じの笑みを浮かべる。
「はい、よろしくお願いします」
聖堂騎士の家の人が傭兵か。この人も色々と苦労したんだろうな、と思う。
「……その言葉遣いは何とかならぬのか、お主」
「いえ、どうにもなりません、姫様」
ダナエ姫が顔をしかめて言うけど。
ノエルさんが真面目腐った顔で返事する。さすがに主のダナエ姫にはきちんと返すのか。
かなり破天荒というか型破りな人っぽいけど、なんか悪気はなさそうで、嫌な感じはしないな。
「では、ノエル。役目を果たし、妾の名に恥じぬように務めよ」
「まあ、俺に任せとけ。レブナントくらいは一ひねりよ。
ヴァンパイアとは戦ったことがねぇからなぁ。そっちはどうなるか分からねぇが」
そう言ってノエルさんが豪快に笑う。
ダナエ姫があきらめ気味な顔でこめかみを押さえた。
◆
ダナエ姫がノエルさんと一緒に部屋を出て行った。ブレーメンさんとオルドネス公にもう一度挨拶をするらしい。
「なんというか……」
「なんだね?」
「あんなにいい人でいいんですかね」
わざわざ自分で此処まで出向いて、旗下の多分優秀なスロット持ちを他家の為に貸してくれる。しかも特に見返りは求めないようだし。
腹の中でどういう思惑を巡らしているのかは勿論わからないんだけど。
貴族社会ってなんというか、権謀術数渦巻く勢力争いの場ってイメージがある。サラリーマン社会よりはるかに。
なんというか、裏表がないというか、正々堂々で立派だと思うけど。これは前も思ったんだけど、あんな純粋で、そういう権力争いの場を渡っていけるんだろうか。
「まあ……賢いとは言えんかもしれないな」
僕の言葉に、籐司朗さんがあっさりと認めた。
「……ですよねぇ」
「だが、だからこそ、あの姫君はお仕えするに値する」
「そういうもんですか?」
「知恵も武力も周りが補うことはできる……だが、人の上に立つものの心根は誰にも補えない。
確かに損得勘定だけを見ればあの方は賢明とは言えないかもしれないが……あの心根は得難い資質さ」
そういう考え方もあるわけか。
「君にも経験はないかね?スミト君」
「というと?」
「この人のためなら手助けしよう、と思う相手はいなかったかな?」
「ああ……」
大学時代のサークルのリーダーはよく言えばリーダーシップがあって周りを引っ張るタイプだったけど、色々と抜けているところもあって危なっかしい部分もあった。
でも、なんだかんだでみんながその人に協力して、結果的にサークルは上手く回っていたように思う。
「……そうかもしれませんね」
確かに。
僕の人生で、この人はいい人だ、とか、ついていこうと思う相手は今まで何人かいたけど。
思い返すと、そういうのは理屈じゃないというか、優秀さとはあんまり関係なかったかもしれない。
ジェレミー公やフェイリンさんがダナエ姫に頭を下げて一言二言言葉を交わして会議をしていた部屋を出て行く。
「久しいの、スミト、スズ。
変わりないようで何よりじゃ」
「ありがとうございます」
ダナエ姫が、いつも通りの透明感のある美貌に涼やかな笑みを浮かべる。
「紹介が遅れたな、こやつはノエル。
ノエル・アンクルー・サンクテラス。我が準騎士じゃ」
ダナエ姫が後ろの大柄な人にちらりと視線をやって、男が軽く会釈してくれる。
「でも……わざわざ来てくれたんですか?」
ガルフブルグの貴族の事情というか、しきたりは僕にはわからないことも多いけど。
ただ、ブルフレーニュ家には積極的にこの件に絡む理由はない気がする。少なくともダナエ姫が頭を下げてまで。
何か得るものがあるんだろうか?
「ふ……無論妾にもブルフレーニュの家のものとして思うところはある。
じゃがの、君子の九思にもいうであろう。得るを見ては義を思う、じゃな」
ダナエ姫がちょっと得意げに言うけど……聞いたことが無い言葉だ。都笠さんも何それって顔をしている。
「お主等の国の言葉であろうが?」
「いや……知りません」
君子って言葉くらいはさすがに知ってるけど。九思ってのは聞いたことがない。
僕等の反応を見てダナエ姫が呆れたような顔で籐司朗さんを見た。
「ソウテンイン。本当にこ奴らはお主の同郷なのじゃろうな?」
「若い方にはなじみがない言葉なのですよ」
籐司朗さんが苦笑いをしている。
「立派な人は道義に反した利得を追わない。という意味さ」
「ブレーメン殿の懸念も分からなくはないのじゃがの。妾は苦境に付け込んで利を得ようなどとようなつもりはない」
ダナエ姫が真顔で言う。
「先ほども申した通りじゃ。ヴァンパイアは本来は4大公家が総がかりで当たるべき相手よ
その為なら妾が頭を下げることくらいどうということはないな」
こともなげに言うけど。そうできることじゃないぞ、これは。
今回だけじゃないけど、僕より若いはずなのに老成してるよな、と思う。
この辺は貴族の帝王学というか、人の上に立つ者として育てられてきた環境の成せる業なのか。それとも籐司朗さんとの交流の産物なのか。
「しかし、よくこんな都合のいい人がいましたね」
さっきのフェイリンさんの話を聞くに、かなり珍しいタイプの人材だと思うんだけど。よく旗下にこんな人がいたもんだ。
「まあ、そうじゃの。これもソウテンインの言葉の賜物よ」
「というと?」
籐司朗さんが何か言ったんだろうか?
「ソウテンインが申しておったのじゃ。
こういう特殊なスロット能力を持つものは庇護せねばその技が絶えてしまう故にの……妾のようなものが召し抱えておくべきじゃ、とな」
そう言ってダナエ姫が藤四郎さんを見る。
「はじめは半信半疑じゃったが。今回の事を見るに正しかったと言わざるを得んな」
「……古流の剣術は時代の流れに押されてほとんどが失伝してしまった。もはや取り戻すことはできないだろう。
時代に取り残された技術は、保護せねば消えてしまう。そして、それができるのはある程度経済力がある者だけだからね」
籐司朗さんが付け加えてくれた。
なるほど。当事者の言葉は実感がこもっている。
経済理論というか、効率性だけに任せておくと、探索者や立身出世を目指す人は、使いでのいいものばかり使って、使われにくいけどある状況では役に立つっていうスロット能力は絶えてしまうってことだろう。
貴族の立場でそういうスロット能力を守っているってことか。
管理者もそういえば使い道がないスロット能力として忘れ去られた能力だったわけだし。
たまたま僕が使い方を理解して、塔の廃墟では便利だってことが分かったから使い手も増えたんだろうけど。
それが無ければ忘れらた能力のままだっただろうし、そうなれば塔の廃墟というか東京に残された電化製品とか車とかは完全な無用の長物になってしまっていただろうな。
「ともあれ、こやつは役に立つ。お主等の力になってくれるであろう。
流石に立場上、妾が先陣に立つことはブレーメン殿は許さぬであろうからの。頼むぞ、スミト、スズ」
ノエルさんがにやりと不敵な笑みを浮かべて頭を下げて僕等を見る。
身長差20センチ以上だからすごく上から見下ろされる感じだ。
「ほーう。あんたが噂の塔の廃墟の竜殺しってわけか
俺はノエルだ、よろしくな、ボウズ」
体格のイメージに近い野太い声が降ってくる。大柄な手がバンバンと僕の肩を叩いた。
「で、あんたが雷鳴、スズちゃんか。勇ましい二つ名持ってるからどんな女かと思ったけど可愛いじゃねぇか
なんでも塔の廃墟のすげぇ武器を持ってるんだってな、よろしく頼むぜ」
「あ……はぁ」
都笠さんがあっけにとられたって感じで返事をする。
なんか……聖堂騎士の家の出で、ダナエ姫の直属で、服装もきちんとしてるけど。口を開くと何とワイルドな風貌そのまんまのラフな感じで、なんともギャップがある。
ただ、尊大という感じは無くて、ちょっと太めの体格も相まって、酒場とかにいる気のいいオッサンって感じだ。
「ああ、俺は傭兵稼業が長くてよ。堅っ苦しいのは苦手なんだ、勘弁してくれよな」
僕等の視線を受けてノエルさんが人懐っこい感じの笑みを浮かべる。
「はい、よろしくお願いします」
聖堂騎士の家の人が傭兵か。この人も色々と苦労したんだろうな、と思う。
「……その言葉遣いは何とかならぬのか、お主」
「いえ、どうにもなりません、姫様」
ダナエ姫が顔をしかめて言うけど。
ノエルさんが真面目腐った顔で返事する。さすがに主のダナエ姫にはきちんと返すのか。
かなり破天荒というか型破りな人っぽいけど、なんか悪気はなさそうで、嫌な感じはしないな。
「では、ノエル。役目を果たし、妾の名に恥じぬように務めよ」
「まあ、俺に任せとけ。レブナントくらいは一ひねりよ。
ヴァンパイアとは戦ったことがねぇからなぁ。そっちはどうなるか分からねぇが」
そう言ってノエルさんが豪快に笑う。
ダナエ姫があきらめ気味な顔でこめかみを押さえた。
◆
ダナエ姫がノエルさんと一緒に部屋を出て行った。ブレーメンさんとオルドネス公にもう一度挨拶をするらしい。
「なんというか……」
「なんだね?」
「あんなにいい人でいいんですかね」
わざわざ自分で此処まで出向いて、旗下の多分優秀なスロット持ちを他家の為に貸してくれる。しかも特に見返りは求めないようだし。
腹の中でどういう思惑を巡らしているのかは勿論わからないんだけど。
貴族社会ってなんというか、権謀術数渦巻く勢力争いの場ってイメージがある。サラリーマン社会よりはるかに。
なんというか、裏表がないというか、正々堂々で立派だと思うけど。これは前も思ったんだけど、あんな純粋で、そういう権力争いの場を渡っていけるんだろうか。
「まあ……賢いとは言えんかもしれないな」
僕の言葉に、籐司朗さんがあっさりと認めた。
「……ですよねぇ」
「だが、だからこそ、あの姫君はお仕えするに値する」
「そういうもんですか?」
「知恵も武力も周りが補うことはできる……だが、人の上に立つものの心根は誰にも補えない。
確かに損得勘定だけを見ればあの方は賢明とは言えないかもしれないが……あの心根は得難い資質さ」
そういう考え方もあるわけか。
「君にも経験はないかね?スミト君」
「というと?」
「この人のためなら手助けしよう、と思う相手はいなかったかな?」
「ああ……」
大学時代のサークルのリーダーはよく言えばリーダーシップがあって周りを引っ張るタイプだったけど、色々と抜けているところもあって危なっかしい部分もあった。
でも、なんだかんだでみんながその人に協力して、結果的にサークルは上手く回っていたように思う。
「……そうかもしれませんね」
確かに。
僕の人生で、この人はいい人だ、とか、ついていこうと思う相手は今まで何人かいたけど。
思い返すと、そういうのは理屈じゃないというか、優秀さとはあんまり関係なかったかもしれない。
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