僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
縄張り争いと会議が紛糾するのはどこでも変わらない。
警戒を強めているものの特に大きな変化もなく、数日が過ぎた。
今日は新宿からジェレミー公、オルドネス公、ブレーメンさん、それにギルドの責任者格としてフェイリンさん達が来て対策会議的なものすることになったんだけど。
何故か僕等も参加することになった。
「何で僕等が?」
「当然だ、スミト殿。君たちは塔の廃墟の探索者では屈指の戦力だからな」
ジェレミー公が当然だろって感じの顔で言う。
都笠さんがやれやれって感じで首を振るけど、まあ仕方ないかって顔だ。この辺は何か大変なことが有った時にそれに立ち向かう責任感というか、自衛隊員の義務感的なものが働くんだろうか。
僕も、関係ないんで逃げますとかいうつもりはないんだけど。
「戦闘になったら報酬とかもらえるんです?」
「おいおい、竜殺しともあろうものが……そんな駆け出しの探索者のようなことを言うのか?」
ジェレミー公が顔をしかめる。
名を揚げたものは名誉のために戦うものだ、ということなのかもしれない。
その見解も分からなくはないけど、一応僕等は探索者扱いだから気分だけでもこういう形はとっておきたい。名誉のため、とかいってタダ働きはちょっと抵抗があるのだ
「大丈夫だよ。お兄さん。オルドネス家が払うからさ」
ジェレミー公と並んで歩いているオルドネス公が明るく笑って言う。
今日も前と同じような紺色のブレザーにネクタイ姿で、見た目だけなら留学してきた中学生って感じだ。
セリエとユーカは今日は同席していない。
これはべつに奴隷だから排除された、というわけではなく、セリエが使い魔で見張りを担当しているからだ。ユーカはセリエに付き添っている。
空からの偵察ができるってのは便利だ。まあ魔力の問題で使い続けるわけにはいかないという欠点はあるのだけど。
ラティナさんも偵察に出ている。
こっちは使い魔じゃなくて目白駅の封緘を張ったホテルから監視しているのだそうだ。
独りじゃ危ないと思うんだけど、本人曰く、一人ナラどうとでも逃げレルよ、ということらしい。
あの夜に見た異様な身の軽さはスロット能力だろうけど、まああれなら変に何人かで動くよりも危なくなったら一人で全力で逃げる方が安全かもなと思う。
ただ、望遠鏡や双眼鏡をアウトドアショップから持ち出して偵察はしてるけど。正直言って東京はあまり見晴らしがいい街じゃない。
ちなみに、望遠鏡自体はかなり旧式のものがガルフブルグにもあったけど、現代日本のものと比べるとお話にならない性能なので、便利に使われているのだそうだ。
◆
高田馬場の駅近くの角のコンビニ跡地が会議の間になった。
緑と赤のラインが入った看板だけが面影を残している。中に会ったものは全部持ち去られて棚も撤去されて、長机とソファが運び込まれていた。
会議が始まったけど、どうにも話が進まない。というか誰も口を開こうとしない。重苦しい沈黙が続いている。
折角お偉方が集まったのにこれでいいのかって気もするけど、それだけ深刻ってことでもあるんだろうな。
「ヴァンパイアとかリッチーってどんな奴なんですか?」
とりあえず、話題がないのではどうにもならないから誘い水を掛けてみる。それに万が一戦いになるとしたら、どんな相手かってのは知りたい。
黙りこくっていたみんなが僕の方を見る。
フェイリンさんが、後ろに控えているフードをかぶってローブを着た男性に目配せした。なんとなく学者風って感じで探索者っぽくない人だ。
男が一礼して何かを唱えると、大きな本が空中に現れた。それをぱらぱらとめくる。
これも、兵器工廠とかのような空間に何かをしまい込むタイプのスロット能力かな。
「リッチー、ヴァンパイア、いずれも不死系の最上位の魔獣であり、すべての魔獣の中でも高位に属する魔獣です。
リッチーは魔法、ヴァンパイアは戦闘全般に長けているのが特徴と言われてます」
「……どちらも死霊遣いによりレブナントを召喚使役できること、人間の魂を吸い取ることにより眷属のハーフヴァンパイアを作ることができますぅ」
はっきりとした口調でその男の人が説明してくれて、その後を相変わらず緊張感のないホンワカした口調でフェイリンさん引き取る。
しかし口調とは裏腹に嫌な内容だな。血を吸って下僕を増やす的な能力があるわけか。
「非常に厄介なのは、ヴァンパイアやリッチーが知性をもっていることです。
ただの本能に従って動く野獣ではないのです」
男の人が言う。
言われてみると、今まで戦った魔獣はどれも動物的な本能で急所を庇ったりとかはしていたけど、知性を持っているって感じはしなかった。
強い上に知恵が回るとすれば……ワイバーンとかとは別の意味で手ごわい相手なのは間違いない。
「それ以外の能力とかは?」
「分かりませんねぇ」
僕の質問に男の人が首を振って、フェイリンさんがあっさりと答えた
「分からんって……」
「恐ろしく稀な魔獣な上にきわめて強力なのです。
あんなものが具体的な記録がとれるほど多く現れたら……世界が滅んでいてもおかしくありません」
「うーん。
なにせ、ガルフブルグの歴史でもヴァンパイアやリッチとの戦いは1回づつしか起きてないんですよぉ。
昔からの資料にも限界があって……」
フェイリンさんが申し訳なさそうに言う。
「今回は……どっちなんですかね」
「推測ですが……ヴァンパイアでしょう」
男の人が少し考え込んで言う。
「なぜ?」
「他国の記録等によれば……いずれも死霊遣いを使えますが、レブナントを作るのはヴァンパイアの方が多い傾向があるのだそうです
個体の戦闘力ではリッチーの方がかなり高いからかもしれませんが……リッチーは単独での行動が多いとされてます」
「うーん……嫌な感じよね」
都笠さんが渋い顔をしてつぶやく
「なにが?」
「敵の正体がはっきり分からないってのはね。敵を知り己を知ればって諺知ってるでしょ?」
「まあね」
ゲームのようにモンスターデータを記載した攻略本が出回ってればいいんだろうけど、そんな便利なものはあるわけもない。
「銀の武器は効果がある、とかそういうのないですか?」
「なんですか、それは?」
「僕らの世界での言い伝えです」
いわゆるゲームでは血を吸って下僕を作り出す能力もゲームのヴァンパイアとかではお馴染みの能力だけど。
ヴァンパイアは銀の武器に弱い、というのは定番の設定だ。こっちの世界ではどうなんだろう。
弱点も共通だったりしないだろうか。
「……スミトさんの世界には魔獣は居ないと聞いていますけどぉ?」
「まあ、いませんけど……そういうおとぎ話はあったんですよ
十字架に弱いとかニンニクに弱いとか、太陽に弱いとか」
「十字架?」
「……それはキリスト教がらみだから関係ないんじゃないかしらね」
都笠さんが突っ込みを入れてくる。
まあ確かに。ガルフブルグにも宗教はあるけど、十字架はシンボルじゃないらしいってことくらいは知ってる。
そういえば、ヴァンパイアがニンニクに弱いっていうのはなんでなんだろう。
「太陽に弱い、というほどではないが夜に活動することが多い、とは言われています
ただ、昼に動けないわけではないはずですよ」
「蝙蝠や狼に変身するとか」
「そういう記録はありません」
男の人が首をかしげる。
「じゃあ、倒し方とかは?少なくともガルフブルグで一回は討伐されてるんですよね」
「探索者ギルドの書物に記録されたものによればぁ、ヴァンパイアは高い再生能力を持ち、魔法やスロット武器の攻撃でも致命傷を与えるのは困難を極める、という事らしいのでぇ」
「レブナントの群れを抑えている間に、精鋭のスロット持ちが強襲を掛けて、多重に魔法をかけて殲滅した、とされています」
男の人が言うけど。
それって戦術っていうんだろうか。単なるゴリ押しではなかろうか……とは言わないでおいた。
シンプルに再生能力を超えるダメージを与えて叩き潰すしかないってことかな。
「強襲部隊を編成するとしても、此処の人だけでやるんですか?どこかから援護をもらうとかは?」
自分で言うのも情けない話かもしれないけど、僕等が最大戦力っていうなら……ガルフブルグにはもっと強い人はいるだろうし援軍を求めた方がいいと思う。
「そうですねぇ……でも、それは」
「馬鹿なことを言うな!」
黙っていたブレーメンさんが強い口調で口を開いた。
「ここ、塔の廃墟は我々が管理を任された地だ。我々の力で問題は解決する」
そう言ってブレーメンさんが、余計なことを言うなと言いたげな目で僕を睨んだ。
「でも、叔父さん、そういうことを……」
「黙れ、エミリオ!オルドネスの名を無さしめる気か?」
ブレーメンさんがオルドネス公を一喝する。
迫力のある声に、部屋に重い沈黙が降りた。
「ジェレミー、オルドネス旗下の各家に命じて強襲の戦力を整える。それまでは警戒を厳にしておけ。
フェイリン。探索者のうち腕の立つものには、ここに移動するように依頼を出せ」
ジェレミー公とフェイリンさんが頭を下げる。
ブレーメンさんの口調は有無を言わせぬ、という感じで口を挟める感じではなかった。
◆
結局そのまま会議はお開きになった。
ブレーメンさんとジェレミー公やフェイリンさん達が出て行って、僕等だけが取り残される。
直立不動で立っていたオルドネス公のお付きの従士がちらちらとこちらを見るけど。オルドネス公が、手で外に出るように促すと一礼して出て行った。
「……こんなんでいいんですかね?」
ブレーメンさんは他家への援護要請は断固拒否した。
たしかに塔の廃墟には結構な数の探索者がいるし、ジェレミー公に仕えている準騎士候補もそれなりの人数がいる。
ただ、相手の戦力がわからない状況でこれで足りるかは分からない。相当強力な魔獣なのは間違いないだろうし、貴族の意地なんて張ってる場合じゃないと思うんだけど
オルドネス公がため息をつきながら言う
「敬語じゃなくていいってば、お兄さん。
……まあそれはさておいて、どこの世界にも縄張り争いってのはあるってことだよ」
諦め気味な口調でオルドネス公が言う。
普段は明るい感じなんだけど、今は物憂げな表情だ。
「でも、なにもあんなに過激な反応しなくてもいいと思うんだけどね」
「うーん。
四大公家は原則として互いに干渉しないって不文律があるんだよ。昔勢力争いでガルフブルグ自体が傾きかけたんでね」
オルドネス公が説明してくれる。
そういえば、バスキア公がダナエ姫に自分の街区に入ってきたことを咎めていたな。それもその一環というか、不文律とやらなんだろうか。
まあ実際は色々と水面下でやってはいるんだろうけど。
「だからね、他家に援護を頼む時はこちらから頭を下げないといけないってわけ。
叔父さんはまあいい人なんだけどね……ちょっと考え方が古いんだよね」
要は他家に頭を下げて援護を要請するのはプライドが許さないってことか。
「でもさ……」
「お兄さんたちの世界だってそうでしょ?
……あれだけ進んだ世界でもクリアできてない問題なんだからさ。そりゃ無理ってもんだよ」
オルドネス公が僕の言葉を遮る。
まあ、僕の会社は小さいところだったけど、それでもささやかならが派閥争いはあった。
貴族社会なんて会社員の何百倍も見栄というか形式というか、そういうのが大事だろうってのはわかる。
生死をかけた強敵相手にそんなことしてる場合じゃないと思うけど、これはもう理屈じゃないんだろうな。
「……笑えないけどさ、ご尤もなのよねぇ」
都笠さんが肩をすくめた。
「世界大戦とかやってるときにも同盟国同士とか身内の陸軍海軍で足引っ張り合ってたからね。
縄張り争いはどうしようもないのかもね」
都笠さんがぼやく。
「じゃあ、当面は僕等は待機って感じなのかね」
僕等だけで池袋に突撃するわけにもいかないし、今のグダグダな状態じゃ前の討伐の時のような精鋭のスロット持ちの強襲部隊を編成するのもまだ先だろう。
「そうだね……お兄さん達には申し訳ないけど、そうしてもらいたいな。戦力としてはお兄さん達より上の人はあまりいないからね。
オルドネス家の旗下の家から戦力を募るにしても少し時間が……」
といったところで。オルドネス公の言葉を遮るようにドアが勢い良く開けられた。アデルさんがコンビニというか会議の間に飛び込んでくる。
僕等の方を見て、オルドネス公を見て慌てて跪くけど。オルドネス公が合図して立つように促した
「どうしたの?」
「はい、今スミト卿の奴隷から連絡がありました。ミルザ卿からもです」
「なにが?」
「レブナントの大群がメジロに集結しているとのこと。スミト卿も迎撃に加わってください」
いつものトゲトゲした口調と違って違和感があるけど。さすがのアデルさんも、オルドネス公の前では口調が変わるらしい。
しかし大群か。先日戦ったのもかなりの数だったけど……
「お兄さん、頼んでいいかな?」
オルドネス公がため息をついて僕等を見る。都笠さんが少し伸びをして頭を掻いた。
嫌だっていうわけにはいかないか。
「まあ仕方ないわね」
「報酬、しっかりくださいよ」
今日は新宿からジェレミー公、オルドネス公、ブレーメンさん、それにギルドの責任者格としてフェイリンさん達が来て対策会議的なものすることになったんだけど。
何故か僕等も参加することになった。
「何で僕等が?」
「当然だ、スミト殿。君たちは塔の廃墟の探索者では屈指の戦力だからな」
ジェレミー公が当然だろって感じの顔で言う。
都笠さんがやれやれって感じで首を振るけど、まあ仕方ないかって顔だ。この辺は何か大変なことが有った時にそれに立ち向かう責任感というか、自衛隊員の義務感的なものが働くんだろうか。
僕も、関係ないんで逃げますとかいうつもりはないんだけど。
「戦闘になったら報酬とかもらえるんです?」
「おいおい、竜殺しともあろうものが……そんな駆け出しの探索者のようなことを言うのか?」
ジェレミー公が顔をしかめる。
名を揚げたものは名誉のために戦うものだ、ということなのかもしれない。
その見解も分からなくはないけど、一応僕等は探索者扱いだから気分だけでもこういう形はとっておきたい。名誉のため、とかいってタダ働きはちょっと抵抗があるのだ
「大丈夫だよ。お兄さん。オルドネス家が払うからさ」
ジェレミー公と並んで歩いているオルドネス公が明るく笑って言う。
今日も前と同じような紺色のブレザーにネクタイ姿で、見た目だけなら留学してきた中学生って感じだ。
セリエとユーカは今日は同席していない。
これはべつに奴隷だから排除された、というわけではなく、セリエが使い魔で見張りを担当しているからだ。ユーカはセリエに付き添っている。
空からの偵察ができるってのは便利だ。まあ魔力の問題で使い続けるわけにはいかないという欠点はあるのだけど。
ラティナさんも偵察に出ている。
こっちは使い魔じゃなくて目白駅の封緘を張ったホテルから監視しているのだそうだ。
独りじゃ危ないと思うんだけど、本人曰く、一人ナラどうとでも逃げレルよ、ということらしい。
あの夜に見た異様な身の軽さはスロット能力だろうけど、まああれなら変に何人かで動くよりも危なくなったら一人で全力で逃げる方が安全かもなと思う。
ただ、望遠鏡や双眼鏡をアウトドアショップから持ち出して偵察はしてるけど。正直言って東京はあまり見晴らしがいい街じゃない。
ちなみに、望遠鏡自体はかなり旧式のものがガルフブルグにもあったけど、現代日本のものと比べるとお話にならない性能なので、便利に使われているのだそうだ。
◆
高田馬場の駅近くの角のコンビニ跡地が会議の間になった。
緑と赤のラインが入った看板だけが面影を残している。中に会ったものは全部持ち去られて棚も撤去されて、長机とソファが運び込まれていた。
会議が始まったけど、どうにも話が進まない。というか誰も口を開こうとしない。重苦しい沈黙が続いている。
折角お偉方が集まったのにこれでいいのかって気もするけど、それだけ深刻ってことでもあるんだろうな。
「ヴァンパイアとかリッチーってどんな奴なんですか?」
とりあえず、話題がないのではどうにもならないから誘い水を掛けてみる。それに万が一戦いになるとしたら、どんな相手かってのは知りたい。
黙りこくっていたみんなが僕の方を見る。
フェイリンさんが、後ろに控えているフードをかぶってローブを着た男性に目配せした。なんとなく学者風って感じで探索者っぽくない人だ。
男が一礼して何かを唱えると、大きな本が空中に現れた。それをぱらぱらとめくる。
これも、兵器工廠とかのような空間に何かをしまい込むタイプのスロット能力かな。
「リッチー、ヴァンパイア、いずれも不死系の最上位の魔獣であり、すべての魔獣の中でも高位に属する魔獣です。
リッチーは魔法、ヴァンパイアは戦闘全般に長けているのが特徴と言われてます」
「……どちらも死霊遣いによりレブナントを召喚使役できること、人間の魂を吸い取ることにより眷属のハーフヴァンパイアを作ることができますぅ」
はっきりとした口調でその男の人が説明してくれて、その後を相変わらず緊張感のないホンワカした口調でフェイリンさん引き取る。
しかし口調とは裏腹に嫌な内容だな。血を吸って下僕を増やす的な能力があるわけか。
「非常に厄介なのは、ヴァンパイアやリッチーが知性をもっていることです。
ただの本能に従って動く野獣ではないのです」
男の人が言う。
言われてみると、今まで戦った魔獣はどれも動物的な本能で急所を庇ったりとかはしていたけど、知性を持っているって感じはしなかった。
強い上に知恵が回るとすれば……ワイバーンとかとは別の意味で手ごわい相手なのは間違いない。
「それ以外の能力とかは?」
「分かりませんねぇ」
僕の質問に男の人が首を振って、フェイリンさんがあっさりと答えた
「分からんって……」
「恐ろしく稀な魔獣な上にきわめて強力なのです。
あんなものが具体的な記録がとれるほど多く現れたら……世界が滅んでいてもおかしくありません」
「うーん。
なにせ、ガルフブルグの歴史でもヴァンパイアやリッチとの戦いは1回づつしか起きてないんですよぉ。
昔からの資料にも限界があって……」
フェイリンさんが申し訳なさそうに言う。
「今回は……どっちなんですかね」
「推測ですが……ヴァンパイアでしょう」
男の人が少し考え込んで言う。
「なぜ?」
「他国の記録等によれば……いずれも死霊遣いを使えますが、レブナントを作るのはヴァンパイアの方が多い傾向があるのだそうです
個体の戦闘力ではリッチーの方がかなり高いからかもしれませんが……リッチーは単独での行動が多いとされてます」
「うーん……嫌な感じよね」
都笠さんが渋い顔をしてつぶやく
「なにが?」
「敵の正体がはっきり分からないってのはね。敵を知り己を知ればって諺知ってるでしょ?」
「まあね」
ゲームのようにモンスターデータを記載した攻略本が出回ってればいいんだろうけど、そんな便利なものはあるわけもない。
「銀の武器は効果がある、とかそういうのないですか?」
「なんですか、それは?」
「僕らの世界での言い伝えです」
いわゆるゲームでは血を吸って下僕を作り出す能力もゲームのヴァンパイアとかではお馴染みの能力だけど。
ヴァンパイアは銀の武器に弱い、というのは定番の設定だ。こっちの世界ではどうなんだろう。
弱点も共通だったりしないだろうか。
「……スミトさんの世界には魔獣は居ないと聞いていますけどぉ?」
「まあ、いませんけど……そういうおとぎ話はあったんですよ
十字架に弱いとかニンニクに弱いとか、太陽に弱いとか」
「十字架?」
「……それはキリスト教がらみだから関係ないんじゃないかしらね」
都笠さんが突っ込みを入れてくる。
まあ確かに。ガルフブルグにも宗教はあるけど、十字架はシンボルじゃないらしいってことくらいは知ってる。
そういえば、ヴァンパイアがニンニクに弱いっていうのはなんでなんだろう。
「太陽に弱い、というほどではないが夜に活動することが多い、とは言われています
ただ、昼に動けないわけではないはずですよ」
「蝙蝠や狼に変身するとか」
「そういう記録はありません」
男の人が首をかしげる。
「じゃあ、倒し方とかは?少なくともガルフブルグで一回は討伐されてるんですよね」
「探索者ギルドの書物に記録されたものによればぁ、ヴァンパイアは高い再生能力を持ち、魔法やスロット武器の攻撃でも致命傷を与えるのは困難を極める、という事らしいのでぇ」
「レブナントの群れを抑えている間に、精鋭のスロット持ちが強襲を掛けて、多重に魔法をかけて殲滅した、とされています」
男の人が言うけど。
それって戦術っていうんだろうか。単なるゴリ押しではなかろうか……とは言わないでおいた。
シンプルに再生能力を超えるダメージを与えて叩き潰すしかないってことかな。
「強襲部隊を編成するとしても、此処の人だけでやるんですか?どこかから援護をもらうとかは?」
自分で言うのも情けない話かもしれないけど、僕等が最大戦力っていうなら……ガルフブルグにはもっと強い人はいるだろうし援軍を求めた方がいいと思う。
「そうですねぇ……でも、それは」
「馬鹿なことを言うな!」
黙っていたブレーメンさんが強い口調で口を開いた。
「ここ、塔の廃墟は我々が管理を任された地だ。我々の力で問題は解決する」
そう言ってブレーメンさんが、余計なことを言うなと言いたげな目で僕を睨んだ。
「でも、叔父さん、そういうことを……」
「黙れ、エミリオ!オルドネスの名を無さしめる気か?」
ブレーメンさんがオルドネス公を一喝する。
迫力のある声に、部屋に重い沈黙が降りた。
「ジェレミー、オルドネス旗下の各家に命じて強襲の戦力を整える。それまでは警戒を厳にしておけ。
フェイリン。探索者のうち腕の立つものには、ここに移動するように依頼を出せ」
ジェレミー公とフェイリンさんが頭を下げる。
ブレーメンさんの口調は有無を言わせぬ、という感じで口を挟める感じではなかった。
◆
結局そのまま会議はお開きになった。
ブレーメンさんとジェレミー公やフェイリンさん達が出て行って、僕等だけが取り残される。
直立不動で立っていたオルドネス公のお付きの従士がちらちらとこちらを見るけど。オルドネス公が、手で外に出るように促すと一礼して出て行った。
「……こんなんでいいんですかね?」
ブレーメンさんは他家への援護要請は断固拒否した。
たしかに塔の廃墟には結構な数の探索者がいるし、ジェレミー公に仕えている準騎士候補もそれなりの人数がいる。
ただ、相手の戦力がわからない状況でこれで足りるかは分からない。相当強力な魔獣なのは間違いないだろうし、貴族の意地なんて張ってる場合じゃないと思うんだけど
オルドネス公がため息をつきながら言う
「敬語じゃなくていいってば、お兄さん。
……まあそれはさておいて、どこの世界にも縄張り争いってのはあるってことだよ」
諦め気味な口調でオルドネス公が言う。
普段は明るい感じなんだけど、今は物憂げな表情だ。
「でも、なにもあんなに過激な反応しなくてもいいと思うんだけどね」
「うーん。
四大公家は原則として互いに干渉しないって不文律があるんだよ。昔勢力争いでガルフブルグ自体が傾きかけたんでね」
オルドネス公が説明してくれる。
そういえば、バスキア公がダナエ姫に自分の街区に入ってきたことを咎めていたな。それもその一環というか、不文律とやらなんだろうか。
まあ実際は色々と水面下でやってはいるんだろうけど。
「だからね、他家に援護を頼む時はこちらから頭を下げないといけないってわけ。
叔父さんはまあいい人なんだけどね……ちょっと考え方が古いんだよね」
要は他家に頭を下げて援護を要請するのはプライドが許さないってことか。
「でもさ……」
「お兄さんたちの世界だってそうでしょ?
……あれだけ進んだ世界でもクリアできてない問題なんだからさ。そりゃ無理ってもんだよ」
オルドネス公が僕の言葉を遮る。
まあ、僕の会社は小さいところだったけど、それでもささやかならが派閥争いはあった。
貴族社会なんて会社員の何百倍も見栄というか形式というか、そういうのが大事だろうってのはわかる。
生死をかけた強敵相手にそんなことしてる場合じゃないと思うけど、これはもう理屈じゃないんだろうな。
「……笑えないけどさ、ご尤もなのよねぇ」
都笠さんが肩をすくめた。
「世界大戦とかやってるときにも同盟国同士とか身内の陸軍海軍で足引っ張り合ってたからね。
縄張り争いはどうしようもないのかもね」
都笠さんがぼやく。
「じゃあ、当面は僕等は待機って感じなのかね」
僕等だけで池袋に突撃するわけにもいかないし、今のグダグダな状態じゃ前の討伐の時のような精鋭のスロット持ちの強襲部隊を編成するのもまだ先だろう。
「そうだね……お兄さん達には申し訳ないけど、そうしてもらいたいな。戦力としてはお兄さん達より上の人はあまりいないからね。
オルドネス家の旗下の家から戦力を募るにしても少し時間が……」
といったところで。オルドネス公の言葉を遮るようにドアが勢い良く開けられた。アデルさんがコンビニというか会議の間に飛び込んでくる。
僕等の方を見て、オルドネス公を見て慌てて跪くけど。オルドネス公が合図して立つように促した
「どうしたの?」
「はい、今スミト卿の奴隷から連絡がありました。ミルザ卿からもです」
「なにが?」
「レブナントの大群がメジロに集結しているとのこと。スミト卿も迎撃に加わってください」
いつものトゲトゲした口調と違って違和感があるけど。さすがのアデルさんも、オルドネス公の前では口調が変わるらしい。
しかし大群か。先日戦ったのもかなりの数だったけど……
「お兄さん、頼んでいいかな?」
オルドネス公がため息をついて僕等を見る。都笠さんが少し伸びをして頭を掻いた。
嫌だっていうわけにはいかないか。
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