僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
池袋に潜むものは
一通りグールを退けた後は周辺の警戒をしたけど、これと言って何もいなかった。
あれだけの群れだったし、残りもいたみたいだし、第二陣がくるかも、と思ったけど。そういうことはなかった。
しかし、あれはたまたま大規模な群れと遭遇したってことなんだろうか。
何人かの探索者とジェレミー公の従士の人たちが来たから、入れ替わりでいったん高田馬場に引き上げることにした。
アデルさんはバイクを押してその横にミルザさんが歩いている。そろそろ夜も白み始めて太陽の光が薄く出てき始めていた。
歩きながらミルザさんを観察する。
子供っぽいかわいらしい顔立ち、というか実際にもかなり若いように見える。ぱっちりしたつり目と長いまつ毛とはっきりした眉が印象的だ。こちらをちらりと見る仕草は猫のような雰囲気がある。
コアクリスタルの明かりの下だけど肌がすこし浅黒いというか褐色なのが分かる。なんというか、エキゾチックな顔立ちだ。
金髪、というより光の当たり方にとよって金色っぽく見える黒って感じの髪を短めの三つ編みにしていて、バンダナを巻いている。
身長は結構ある。都笠さんよりは低いけど、多分170センチ弱くらいはありそうだ。
スタイルの良さがタイトな服越しになんとなく見える。すらりと背が高いけど、胸は結構大きめっぽい。
あんまりじろじろ見るのは失礼だし、セリエとユーカに睨まれるからほどほどにして視線を逸らす。
ハーフパンツにちょっと長めの作務衣のような前合わせの和服を着ていて、腰に太いベルトを巻いている。ベルトには鉄の釘みたいなナイフが何本かとワイヤーフックというか鉤付きワイヤーのようなものが提げられていた。
背負っていた短めの刀のようなものはいつの間にか消えている。あれがスロット武器かな。
インナーにはスポーツ選手が来ているようなタイトなサポーターみたいなのを着ていた。
なんとなく、BMXとかスケボーのようなストリート系のスポーツをやってそうな雰囲気だ。どう見てもガルフブルグの探索者の格好じゃない
「ところで……ミルザさん……でっしたっけ?」
「ソウだよ」
独特の、というかちょっと片言っぽいイントネーションで答えてくれる。
「失礼ながら……ガルフブルグの人じゃないですよね?」
「え?何をイッテルのかな?ボクはガルフブルグの探索者ダヨ」
ミルザさんが僕等から目を逸らしながら言う。
「やはりわかるものか?その通りだ。こちらは、貴様らと同じ塔の廃墟の住人だ」
ミルザさんの代わりにアデルさんが答えてくれた。やっぱりそうか。
「アデルちゃん、そういうコト、言っちゃだめダヨ。無粋ダヨ。
ニンジャの正体をばらすナンテ」
ミルザさんの抗議をアデルさんがプイっと無視した。
「ショウがナイなぁ。もう。
ラティナ・ラニー・ミルザ。17歳、インド系イギリス人ダヨ、ラティナって呼んデネ。よろしく」
屈託ない笑顔で言う。
インド系イギリス人か。肌の色や独特の目元、あと妙なイントネーションは何だと思ってたけど、そういうことならわかる。
「塔の廃墟の方なのですか?」
ミハエルさんが驚いたようにミルザさん改めラティナさんに聞く。
「そうだヨ。珍しくもないでしょ。スミトさんもそうナンだし」
もはや僕と都笠さんのことは公然の秘密、というか、塔の廃墟の探索者では知らない人はいないと思うけど。
でも、衛人君が帰ってしまって、ラティナさんが増えたとしても、籐司郎さんを入れて日本人は4人だ。
珍しくもない、ということはないと思う。
「いえ、私はまだこちらに来て日が浅いもので……ほかにも党の廃墟の出身の方はおられるのですか?」
「サア?」
ラティナさんが首をかしげる。
「僕ら3人とガルフブルグにもう一人だけじゃないですかね」
「……なるほど」
ミハエルさんが僕らの顔を探るように見て何かを考えるように黙り込んだ。どうかしたかな。
「そういえば……雪待ってなんです?」
なんかさっき魔法かスロット能力使う時にそんなこと言ってた気がするけど。名前かと思ったけど違うのかな?
「ボクは1/4は日本人ナンだヨ。雪待はソノ名前。
パパがイギリス人、ママは日本人とインド人のハーフ」
どうやら母方の日本人の名前らしい。
「……で、その雪待家とやらは忍者の家系とかだったんですか?」
「ぜーんゼン、関係ナイよ」
あっけらかんと言われた。
「じゃあ何で?」
「格好いいジャン。
ゲームとかでもソウでしょ?やっぱり必殺技を出すときは格好イイこと言わナイと」
いたずらっぽい笑顔で言ってくれる。なんだかなぁ。
「今はどういう立場なんですか?探索者?」
都笠さんが聞くとラティナさんが首を振った
「エミリオ君にお仕えするニンジャ」
「……オルドネス大公の準騎士だ」
アデルさんがちょっと棘のある口調で口をはさむ。
「ダカラさ、アデルちゃん。真面目過ぎダッテ。ニンジャって言ってよ」
準騎士か。
年はたぶんアデルさんの方が上だろうけど。やたらとなれなれしいのにアデルさんが怒らないのは、立場的にこの人の方が上だからってことかな。
準騎士がらみだと僕も絡まれたことが有るし、色々と思うところがありそうだけど。
「オルドネス公は東京への門を開けられるのは知ってます?」
「モチロン」
当たり前って感じの返事が返ってくる。
「戻りたいとか思いません?」
「ぜーんぜん、今のこの環境、サイコウだもん」
あっさりとした返事が返ってきた。なんというか、ひたすら軽い。
「ニンジャになれるなんて思ってもみなかったヨ。アコガレだったんだよね」
異世界というか、全然違う環境に来たっていう深刻さの欠片もない。
僕等の何とも言えない微妙な雰囲気を感じ取ったのか、すこし真剣な表情をする。
「まあ、真面目な話をスルとさ……」
「ええ」
「ボクはずっと病気で入院シテタんだよ。治るかどうかも分からナクテさ
……ママもパパも会いに来てクレなくなって」
ラティナさんが目を伏せていう。
「でも、仕方ナイと思うヨ……手の施しようのナイ娘に会うなんてユウウツだよね」
「それは……」
「毎日、ずっと病室の天井を見てタ……そこに来たのがエミリオ君
始めは驚いたケド……一緒に来タラ病気を治してアゲルって」
なんか、そのセリフだけ切り取ると、悪魔が人間に契約を持ちかけているかのようだ。
「……エミリオ君がボクに新しい人生をクレタ。
約束通り、えらい治癒術師に魔法をかけてモラッテ、病気は治ったヨ」
そういって軽くその場で跳ねる。今の姿だけ見ると、病気で寝ていた、なんていう感じは全くしない。
「ミルザ卿。オルドネス大公とお呼びください」
「エミリオ君が畏まらナクテ良いって言ってくれたモン」
アデルさんが怒ったように口を挟むけど、ラィテナさんが意に介してないようだ。
まあこの間会った感じだと、オルドネス公はその辺は別に気にしなそうではある
「話を戻すとサ、パパやママに会いたくないワケじゃないヨ
それに、色々不便もアルし。インターネットもないし、ゲームもできないしネ」
「ええ」
「………デモ、あの病院に毎日イル日には戻りたくナイ。
もう一度同じコト言われても、同じコトするよ」
なるほどね。こうしてみるといろんな人が居る。
自分の目指すもののために戻ることを望んだエイト君
僕は親には一言挨拶はしたいから一度は戻っておきたいけど……親や元の環境に未練はない、迷わずこっちに来たいって人もそりゃいるか。
未練を感じる僕は、ある意味では恵まれた環境にいたのかもしれない。
「で、今はオルドネス公の準騎士なんですか」
「ニンジャだって。
ニンジャは主に忠誠を尽くスものでしょ。ボクの主はエミリオ君。恩は必ず返スよ」
ラティナさんが真剣な感じで言う。
「それに、ニンジャには主君が必要でショ。そうじゃナイと抜け忍になっちゃうシ」
と思ったら、口調が元の気軽な感じ戻った。
なんかいろいろと違う気もするけど。都笠さんが呆れたように小さく首を振る。もう突っ込みいれる気もなくなった。
「ところで、敬語ヤメテよ、ボクの方が年下なんだし」
「ああ、まあ……わかったよ」
なんとなく初対面だと敬語になる癖があるな。
「そういえば、あの投げナイフはスロット能力なの?」
「ソウだよ。ナイフじゃなくて手裏剣ネ」
都笠さんが聞いて、ミルザさんがうなづく。あまりにも正確だと思ったけど、やっぱりそうか。
なんか、映画ではナイフを投げて敵を制圧するなんて場面が結構あるけど、現実はほとんど当たらないって聞いたことがある。
でもスロット能力なら納得だ。
「見てテネ」
ミルザさんが腰のベルトからナイフというか棒手裏剣を一本抜く。くるりと手の中で一回転させて刃の方を持った。
「【雪街流中伝、術式茜!連ね緋針!】」
軽く投げた棒手裏剣が空中で加速して、スライダーのように鋭く曲がる。閉まったままのシャッターにガキンと音を立てて深々と突き刺さった。
「投射。
魔獣と戦うには威力はイマイチなんだけどネ……結構便利なんダヨ」
シャッターには15センチくらいの棒手裏剣が半分ほど突き刺さっていた。
人間に当たれば十分に威力ありそうだけど……大きめの魔獣、例えばアンフィスバエナとかにはこれでは対抗できなそうだな。
「ほかのスロット能力は秘密。ニンジャは奥の手をバラさないカラね」
得意げに笑ってラティナさんが言う。
なんというか屈託がないというか、本当に今の状況を楽しんでるっぽいな
◆
高田馬場の天幕のところまで戻ってきた。
ラィテナさんはどこかに行ってしまって、天幕下のテーブルに座るとギルドの係官の人がお茶を出してくれた。温かい飲み物を飲むと緊張が少しほぐれる。
夜もあけはじめて、ビルの谷間から明るい朝日が差し込んできている。今のところ特に、防衛ラインからの連絡もない。
セリエはいつも通りすました顔をしてるけど、目元が何となく眠そうなのが分かる。眠くならないように時々体を身じろぎさせていた。
都笠さんとミハエルさんも眠気覚ましなのか、そこらを歩き回ったり、屈伸したりしている。
ユーカはうとうとしてセリエに体を預けていた。
僕もいい加減眠くなってきた。
僕とセリエは午前2時ごろから起きてるわけだし、戦った後のテンションがあったから眠気も飛んでたけど、眠気がぶり返してきた。
「いったん休んでいいですか?」
「うむ。さすがに此処までこれば何もないだろう。朝になればシンジュクから増援もくるからな」
アデルさんがうなづく。
「仮眠するための場所がある。誰かに案内させよう」
そういってアデルさんが立ち上がったところで、ギルドの係官が慌ただしく駆け寄ってきた
◆
駆け寄ってきたギルドの係官がアデルさんに何か耳打ちした。アデルさんの顔がこわばる
「なんだと?確かか?」
「はい、間違いなく」
「……レブナント、さっきのあれは蘇りし者だと?」
その言葉を聞いてセリエの顔色が変わった。
「レブナントって、さっきの奴?」
アデルさんが頷く。
やっぱりグールとは違うのか。ただ、グールよりは強かったけど、きちんと人数を揃えて体勢を整えていけば、そこまで恐ろしい相手でもなさそうだけど。
「説明してくださいよ。僕等には分からない」
「レブナントは……死霊遣いで作られる下僕だ……魔獣ではない」
重い口調でアデルさんが話し始める。
あれは魔獣じゃないのか。スロット能力で作られるってことは、ゴーレムみたいなものなのかな。
「だが……死霊遣いのスキルは……禁忌だ。人の魂を冒涜する業だからな
それにそもそも、ここより北は未踏地域だ、人間がいるとは思えん」
「ということは?」
「おそらく……」
そう言って苦しげな顔をしてアデルさんが押し黙った。その先を言いたくない、とでもいう雰囲気だ。
「……ヴァンパイアか……リッチーが居ます、ここより北のどこかに」
セリエが話を続けて、アデルさんがうなづいた
「まずいことになった」
呻くように言うアデルさんの顔色が青ざめていた。普段の強気な感じの雰囲気はない。ギルドの係官の顔も蒼白だ。
ヴァンパイアにリッチー。どっちも聞いたことがある名前ではあるけど……いずれも高レベルのモンスターってイメージだ。
アデルさんやギルドの係官の顔を見るに相当な難敵っぽい。
「スミト、この街にはどれほどの人が住んでいた?」
アデルさんが唐突に僕の方を見て聞いてくる。
「東京のことを言ってるんですか?」
「ああ、そうだ。塔の廃墟のことだ」
「人口は全部で1000万人……くらいだったと思います」
「1000万人だと?」
パレアの住人は周辺の町とかを含めても20万人くらいらしいから、けた外れではあるだろう。この辺は文明レベルの差は大きい。
アデルさんの顔色がさらに悪くなる。
「何か問題でもあるんですか?」
「レブナントは死者の魂を核に作られる。死者が多い場所ほど作りやすいのだ
……ヴァンパイアやリッチは迷宮や古戦場、廃都に居を構えることが多いのはそれが理由だ」
「つまり……たくさんの人がいる場所の方が、たくさんの人が死んでいる。
だからレブナントも作りやすい、ということですか?」
アデルさんは黙っていたけど……無言の肯定だ。
「ともかく、ジェレミー公にお伝えしよう。対策を立てねば」
アデルさんがギルドの係官と一緒に出ていった。
この世界におけるヴァンパイアやリッチーがどのくらいの序列の魔獣なのか分からないけど。アデルさんやセリエの反応でただ事ではないことくらいは分かった。
ユーカが不安げな顔で僕の手を握る。眠気が一気に飛んだ。
都笠さんは緊張した面持ちで立ちすくんでいて、ミハエルさんは何か考え込むように口元に手を当てている。
あのレブナントというのは、今日戦った数だけで100体は居た気がする。戦っても単独ならたいして強くはなかったけど、数は力ってのは何度も経験した話だ。
今日のような大群で押し寄せられたら……
にわかに慌ただしくなった周りを見回す。
新宿も渋谷ももちろんここも、探索者の拠点であって、大軍を迎撃出来るような施設じゃない。
どうすればいいんだろうか。
あれだけの群れだったし、残りもいたみたいだし、第二陣がくるかも、と思ったけど。そういうことはなかった。
しかし、あれはたまたま大規模な群れと遭遇したってことなんだろうか。
何人かの探索者とジェレミー公の従士の人たちが来たから、入れ替わりでいったん高田馬場に引き上げることにした。
アデルさんはバイクを押してその横にミルザさんが歩いている。そろそろ夜も白み始めて太陽の光が薄く出てき始めていた。
歩きながらミルザさんを観察する。
子供っぽいかわいらしい顔立ち、というか実際にもかなり若いように見える。ぱっちりしたつり目と長いまつ毛とはっきりした眉が印象的だ。こちらをちらりと見る仕草は猫のような雰囲気がある。
コアクリスタルの明かりの下だけど肌がすこし浅黒いというか褐色なのが分かる。なんというか、エキゾチックな顔立ちだ。
金髪、というより光の当たり方にとよって金色っぽく見える黒って感じの髪を短めの三つ編みにしていて、バンダナを巻いている。
身長は結構ある。都笠さんよりは低いけど、多分170センチ弱くらいはありそうだ。
スタイルの良さがタイトな服越しになんとなく見える。すらりと背が高いけど、胸は結構大きめっぽい。
あんまりじろじろ見るのは失礼だし、セリエとユーカに睨まれるからほどほどにして視線を逸らす。
ハーフパンツにちょっと長めの作務衣のような前合わせの和服を着ていて、腰に太いベルトを巻いている。ベルトには鉄の釘みたいなナイフが何本かとワイヤーフックというか鉤付きワイヤーのようなものが提げられていた。
背負っていた短めの刀のようなものはいつの間にか消えている。あれがスロット武器かな。
インナーにはスポーツ選手が来ているようなタイトなサポーターみたいなのを着ていた。
なんとなく、BMXとかスケボーのようなストリート系のスポーツをやってそうな雰囲気だ。どう見てもガルフブルグの探索者の格好じゃない
「ところで……ミルザさん……でっしたっけ?」
「ソウだよ」
独特の、というかちょっと片言っぽいイントネーションで答えてくれる。
「失礼ながら……ガルフブルグの人じゃないですよね?」
「え?何をイッテルのかな?ボクはガルフブルグの探索者ダヨ」
ミルザさんが僕等から目を逸らしながら言う。
「やはりわかるものか?その通りだ。こちらは、貴様らと同じ塔の廃墟の住人だ」
ミルザさんの代わりにアデルさんが答えてくれた。やっぱりそうか。
「アデルちゃん、そういうコト、言っちゃだめダヨ。無粋ダヨ。
ニンジャの正体をばらすナンテ」
ミルザさんの抗議をアデルさんがプイっと無視した。
「ショウがナイなぁ。もう。
ラティナ・ラニー・ミルザ。17歳、インド系イギリス人ダヨ、ラティナって呼んデネ。よろしく」
屈託ない笑顔で言う。
インド系イギリス人か。肌の色や独特の目元、あと妙なイントネーションは何だと思ってたけど、そういうことならわかる。
「塔の廃墟の方なのですか?」
ミハエルさんが驚いたようにミルザさん改めラティナさんに聞く。
「そうだヨ。珍しくもないでしょ。スミトさんもそうナンだし」
もはや僕と都笠さんのことは公然の秘密、というか、塔の廃墟の探索者では知らない人はいないと思うけど。
でも、衛人君が帰ってしまって、ラティナさんが増えたとしても、籐司郎さんを入れて日本人は4人だ。
珍しくもない、ということはないと思う。
「いえ、私はまだこちらに来て日が浅いもので……ほかにも党の廃墟の出身の方はおられるのですか?」
「サア?」
ラティナさんが首をかしげる。
「僕ら3人とガルフブルグにもう一人だけじゃないですかね」
「……なるほど」
ミハエルさんが僕らの顔を探るように見て何かを考えるように黙り込んだ。どうかしたかな。
「そういえば……雪待ってなんです?」
なんかさっき魔法かスロット能力使う時にそんなこと言ってた気がするけど。名前かと思ったけど違うのかな?
「ボクは1/4は日本人ナンだヨ。雪待はソノ名前。
パパがイギリス人、ママは日本人とインド人のハーフ」
どうやら母方の日本人の名前らしい。
「……で、その雪待家とやらは忍者の家系とかだったんですか?」
「ぜーんゼン、関係ナイよ」
あっけらかんと言われた。
「じゃあ何で?」
「格好いいジャン。
ゲームとかでもソウでしょ?やっぱり必殺技を出すときは格好イイこと言わナイと」
いたずらっぽい笑顔で言ってくれる。なんだかなぁ。
「今はどういう立場なんですか?探索者?」
都笠さんが聞くとラティナさんが首を振った
「エミリオ君にお仕えするニンジャ」
「……オルドネス大公の準騎士だ」
アデルさんがちょっと棘のある口調で口をはさむ。
「ダカラさ、アデルちゃん。真面目過ぎダッテ。ニンジャって言ってよ」
準騎士か。
年はたぶんアデルさんの方が上だろうけど。やたらとなれなれしいのにアデルさんが怒らないのは、立場的にこの人の方が上だからってことかな。
準騎士がらみだと僕も絡まれたことが有るし、色々と思うところがありそうだけど。
「オルドネス公は東京への門を開けられるのは知ってます?」
「モチロン」
当たり前って感じの返事が返ってくる。
「戻りたいとか思いません?」
「ぜーんぜん、今のこの環境、サイコウだもん」
あっさりとした返事が返ってきた。なんというか、ひたすら軽い。
「ニンジャになれるなんて思ってもみなかったヨ。アコガレだったんだよね」
異世界というか、全然違う環境に来たっていう深刻さの欠片もない。
僕等の何とも言えない微妙な雰囲気を感じ取ったのか、すこし真剣な表情をする。
「まあ、真面目な話をスルとさ……」
「ええ」
「ボクはずっと病気で入院シテタんだよ。治るかどうかも分からナクテさ
……ママもパパも会いに来てクレなくなって」
ラティナさんが目を伏せていう。
「でも、仕方ナイと思うヨ……手の施しようのナイ娘に会うなんてユウウツだよね」
「それは……」
「毎日、ずっと病室の天井を見てタ……そこに来たのがエミリオ君
始めは驚いたケド……一緒に来タラ病気を治してアゲルって」
なんか、そのセリフだけ切り取ると、悪魔が人間に契約を持ちかけているかのようだ。
「……エミリオ君がボクに新しい人生をクレタ。
約束通り、えらい治癒術師に魔法をかけてモラッテ、病気は治ったヨ」
そういって軽くその場で跳ねる。今の姿だけ見ると、病気で寝ていた、なんていう感じは全くしない。
「ミルザ卿。オルドネス大公とお呼びください」
「エミリオ君が畏まらナクテ良いって言ってくれたモン」
アデルさんが怒ったように口を挟むけど、ラィテナさんが意に介してないようだ。
まあこの間会った感じだと、オルドネス公はその辺は別に気にしなそうではある
「話を戻すとサ、パパやママに会いたくないワケじゃないヨ
それに、色々不便もアルし。インターネットもないし、ゲームもできないしネ」
「ええ」
「………デモ、あの病院に毎日イル日には戻りたくナイ。
もう一度同じコト言われても、同じコトするよ」
なるほどね。こうしてみるといろんな人が居る。
自分の目指すもののために戻ることを望んだエイト君
僕は親には一言挨拶はしたいから一度は戻っておきたいけど……親や元の環境に未練はない、迷わずこっちに来たいって人もそりゃいるか。
未練を感じる僕は、ある意味では恵まれた環境にいたのかもしれない。
「で、今はオルドネス公の準騎士なんですか」
「ニンジャだって。
ニンジャは主に忠誠を尽くスものでしょ。ボクの主はエミリオ君。恩は必ず返スよ」
ラティナさんが真剣な感じで言う。
「それに、ニンジャには主君が必要でショ。そうじゃナイと抜け忍になっちゃうシ」
と思ったら、口調が元の気軽な感じ戻った。
なんかいろいろと違う気もするけど。都笠さんが呆れたように小さく首を振る。もう突っ込みいれる気もなくなった。
「ところで、敬語ヤメテよ、ボクの方が年下なんだし」
「ああ、まあ……わかったよ」
なんとなく初対面だと敬語になる癖があるな。
「そういえば、あの投げナイフはスロット能力なの?」
「ソウだよ。ナイフじゃなくて手裏剣ネ」
都笠さんが聞いて、ミルザさんがうなづく。あまりにも正確だと思ったけど、やっぱりそうか。
なんか、映画ではナイフを投げて敵を制圧するなんて場面が結構あるけど、現実はほとんど当たらないって聞いたことがある。
でもスロット能力なら納得だ。
「見てテネ」
ミルザさんが腰のベルトからナイフというか棒手裏剣を一本抜く。くるりと手の中で一回転させて刃の方を持った。
「【雪街流中伝、術式茜!連ね緋針!】」
軽く投げた棒手裏剣が空中で加速して、スライダーのように鋭く曲がる。閉まったままのシャッターにガキンと音を立てて深々と突き刺さった。
「投射。
魔獣と戦うには威力はイマイチなんだけどネ……結構便利なんダヨ」
シャッターには15センチくらいの棒手裏剣が半分ほど突き刺さっていた。
人間に当たれば十分に威力ありそうだけど……大きめの魔獣、例えばアンフィスバエナとかにはこれでは対抗できなそうだな。
「ほかのスロット能力は秘密。ニンジャは奥の手をバラさないカラね」
得意げに笑ってラティナさんが言う。
なんというか屈託がないというか、本当に今の状況を楽しんでるっぽいな
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ラィテナさんはどこかに行ってしまって、天幕下のテーブルに座るとギルドの係官の人がお茶を出してくれた。温かい飲み物を飲むと緊張が少しほぐれる。
夜もあけはじめて、ビルの谷間から明るい朝日が差し込んできている。今のところ特に、防衛ラインからの連絡もない。
セリエはいつも通りすました顔をしてるけど、目元が何となく眠そうなのが分かる。眠くならないように時々体を身じろぎさせていた。
都笠さんとミハエルさんも眠気覚ましなのか、そこらを歩き回ったり、屈伸したりしている。
ユーカはうとうとしてセリエに体を預けていた。
僕もいい加減眠くなってきた。
僕とセリエは午前2時ごろから起きてるわけだし、戦った後のテンションがあったから眠気も飛んでたけど、眠気がぶり返してきた。
「いったん休んでいいですか?」
「うむ。さすがに此処までこれば何もないだろう。朝になればシンジュクから増援もくるからな」
アデルさんがうなづく。
「仮眠するための場所がある。誰かに案内させよう」
そういってアデルさんが立ち上がったところで、ギルドの係官が慌ただしく駆け寄ってきた
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駆け寄ってきたギルドの係官がアデルさんに何か耳打ちした。アデルさんの顔がこわばる
「なんだと?確かか?」
「はい、間違いなく」
「……レブナント、さっきのあれは蘇りし者だと?」
その言葉を聞いてセリエの顔色が変わった。
「レブナントって、さっきの奴?」
アデルさんが頷く。
やっぱりグールとは違うのか。ただ、グールよりは強かったけど、きちんと人数を揃えて体勢を整えていけば、そこまで恐ろしい相手でもなさそうだけど。
「説明してくださいよ。僕等には分からない」
「レブナントは……死霊遣いで作られる下僕だ……魔獣ではない」
重い口調でアデルさんが話し始める。
あれは魔獣じゃないのか。スロット能力で作られるってことは、ゴーレムみたいなものなのかな。
「だが……死霊遣いのスキルは……禁忌だ。人の魂を冒涜する業だからな
それにそもそも、ここより北は未踏地域だ、人間がいるとは思えん」
「ということは?」
「おそらく……」
そう言って苦しげな顔をしてアデルさんが押し黙った。その先を言いたくない、とでもいう雰囲気だ。
「……ヴァンパイアか……リッチーが居ます、ここより北のどこかに」
セリエが話を続けて、アデルさんがうなづいた
「まずいことになった」
呻くように言うアデルさんの顔色が青ざめていた。普段の強気な感じの雰囲気はない。ギルドの係官の顔も蒼白だ。
ヴァンパイアにリッチー。どっちも聞いたことがある名前ではあるけど……いずれも高レベルのモンスターってイメージだ。
アデルさんやギルドの係官の顔を見るに相当な難敵っぽい。
「スミト、この街にはどれほどの人が住んでいた?」
アデルさんが唐突に僕の方を見て聞いてくる。
「東京のことを言ってるんですか?」
「ああ、そうだ。塔の廃墟のことだ」
「人口は全部で1000万人……くらいだったと思います」
「1000万人だと?」
パレアの住人は周辺の町とかを含めても20万人くらいらしいから、けた外れではあるだろう。この辺は文明レベルの差は大きい。
アデルさんの顔色がさらに悪くなる。
「何か問題でもあるんですか?」
「レブナントは死者の魂を核に作られる。死者が多い場所ほど作りやすいのだ
……ヴァンパイアやリッチは迷宮や古戦場、廃都に居を構えることが多いのはそれが理由だ」
「つまり……たくさんの人がいる場所の方が、たくさんの人が死んでいる。
だからレブナントも作りやすい、ということですか?」
アデルさんは黙っていたけど……無言の肯定だ。
「ともかく、ジェレミー公にお伝えしよう。対策を立てねば」
アデルさんがギルドの係官と一緒に出ていった。
この世界におけるヴァンパイアやリッチーがどのくらいの序列の魔獣なのか分からないけど。アデルさんやセリエの反応でただ事ではないことくらいは分かった。
ユーカが不安げな顔で僕の手を握る。眠気が一気に飛んだ。
都笠さんは緊張した面持ちで立ちすくんでいて、ミハエルさんは何か考え込むように口元に手を当てている。
あのレブナントというのは、今日戦った数だけで100体は居た気がする。戦っても単独ならたいして強くはなかったけど、数は力ってのは何度も経験した話だ。
今日のような大群で押し寄せられたら……
にわかに慌ただしくなった周りを見回す。
新宿も渋谷ももちろんここも、探索者の拠点であって、大軍を迎撃出来るような施設じゃない。
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