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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ガルフブルグの屋台めぐりツアー・下

「次はこちらです」


 セリエが次に連れて行ってくれたのは大きめの鉄板を供えた屋台だった。
 なんというかお祭りの焼きそばの屋台っぽい。というか、匂いが屋台そのまんまだ。香ばしいソースが焦げる匂いが漂ってくる。


 カレーの匂いも強烈に魅力的だけど、ソースの匂いも謎の魔力があると思う。
 大好きってわけじゃないけど、カップのソース焼きそばも時々猛烈に食べたくなるし。


 ここもさっきの揚げ物屋台と同じように、店の前に簡単なテーブルと椅子が並べられていて、7割がた席が埋まっていた。
 白っぽい生地を伸ばしたホットケーキのような感じのものが鉄板の上で焼けている


 ちょうど列に並んだお客さんがいなくなってすぐに注文できるような状態だけど、既に店主の人が焼き始めていた。
 多分種類は無くて、同じものをどんどん焼いてるんだろう。この辺も屋台的だな。店の前に立つと、鉄板の熱気が伝わってくる。


「一つくださいな」
芋のパンケーキトレンザットといいまして。これもガルフブルグではよく食べられてるものです」


 セリエが説明してくれる。
 鉄板の前で黙々と焼いているのは、料理人らしく髪を短く刈り込んで、ハチマキとマフラーのように額と首筋に布を巻いた40歳くらいの太めの男の人だ。僕を一瞥して頷く。
 眺めていると、慣れた手つきで白っぽい生地を熱い鉄板の上に広げて厚めのホットケーキのように形作っていく。


 両面に焦げ目が出来たあたりで、横で焼いていたベーコンのような塩漬け肉をパンケーキの上に載せる。そして、後ろの棚から二つの容器を取り出した。
 まず黒いソースがパンケーキの上に何本も平行な線を描く。鉄板の上に落ちたソースが香ばしい匂いを上げた。
 次に白いソースでそれと交差するように線を引いて、白と黒の格子模様を描く。また鉄板から煙が上がった。
 というか、これはお好み焼きだ、僕等の感覚だと。ガルフブルグにも似たような料理があったってことかな。


「はい、お待たせぇ!」


 店主が、威勢よく焼きあがったパンケーキ、というか、お好み焼きを木の皿にのせてくれた。さすがに海苔やカツオ節は無いらしい。


「20エキュトだよ」
「えー、それってちょっと……」


 都笠さんが不満そうな声を上げる。
 これについては割と同感だ。物価水準が色々違うから一概には言えないけど、僕の適当な換算だと1エキュトは150円。20エキュトで3000円。
 サイズ的にもいわゆる日本のお好み焼きに比べると厚みはあるけど結構小さい。かなり割高感がある。


「おいおい、お姉さんよ。このソースは塔の廃墟のものなんだぜ」


 不満げに店主が言って、そういってずいと目の前に突き出されたののは、オタフクのマークが入ったソースと、マヨネーズのボトルだった。


「見ての通り、これを使ってるんだからさ。うちのは特別なんだよ」


 ちょっと憮然とした顔で言う。
 塔の廃墟、というか東京の食材の持ち込み分がどれだけ高いかはよく分からないけど。日本で言うところの本場の食材を輸入して使ってますとか考えればまあ仕方ないのか。


「すみません、じゃあこれで」


 財布から20エキュト銀貨を出して渡すと、木の皿と木のへらを渡された。流石にコテは無いらしい。
 ただ、このソースとマヨネーズで格子を描く演出はどう見ても東京の写真か何かを見たものだろうし。コテもいつかできるかもしれない。


 テーブルに座って、四等分にした一つを頬張る。
 生地は、想像していたお好み焼きのもっちりした触感じゃなくて、ちょっとサクッとした歯触りだった。その後芋の風味がふんわりと漂う。
 ソースとマヨネーズにもよく合ってる。焼けたソースの味は何ともいえず食欲をそそる。


 厚い生地の中はキャベツじゃなさそうだけど、刻んだ葉野菜やニンニクかなにかの香味野菜とがペースト状になって入っていた。熱がしっかり通っていて熱い。
 さっくりした生地と柔らかい内側、葉野菜の歯触りと香味野菜のピリッとした味が、それぞれ良いアクセントになってるな。


 ベーコンを一口かじって食べると、肉の甘い脂と熱がしっかり通った野菜と絡み合う
 お好み焼きとはかなり違うけど、なかなかいける。


「でもさ、これって、ソースとかはいつか無くなるんじゃないのかな?」


 都笠さんが小さく切ったお好み焼きを大事そうに食べながら言う。
 たしかに。東京からの持ち込み品は相当な量だし、探索範囲も広がってるけど。でも、商品が補充されたりはしないからいつかは無くなる。


「今は独自に研究中なんだよ」


 客が引けてちょっと時間ができたって感じの店主が手を止めて言う。


「黒い方のソースは何とかなりそうなんだけどね、その白いソースが見当もつかないんだよな」


 白いソースというか、マヨネーズか。
 マヨネーズはスーパーで買う物であって自分で作る物じゃないから僕には作り方は分からない。


 でも、なんせガルフブルグの商人は、商魂たくましいというか、抜け目ない。いつかは無くなることを分かっているようだし。
 いずれ似たようなものは作ってしまうかもしれないな。  





「ここが最近の私の贔屓です」


 最後に連れていかれたのは、広場の隅の角の店だった。ただ、他の屋台とかと違っていすや机がない。


 壁に大きな窓のような穴があけられていて店の中が見える。
 覗くとカウンターと作業台らしき大きめのテーブルと奥に大きな窯があって、その前で椅子に座った男の人が暇そうにしていた。
 店内には食べるスペースはない。持ち帰り専門だな。


 中にいるのは、さっきのちょっと太めのお好み焼き屋の店主とは違った、すらりとした細身の人だ。
 白い帽子をかぶってるあたり、なんとなくシェフっぽいイメージがある。エプロンには小麦粉らしき白い粉がついている。
 セリエの顔を見ると、表情が明るくなった。


「いつもありがとうございます」


 にこやかに挨拶してくれる。顔なじみになるとは、どれだけ来てるんだろう。 


「4ついただけますか?」
「はいはい。しばらくお待ちくださいね」


 男の人が作業台に置いてあった大きな鉄板に手際よく四角い生地を並べて、その上にトマトソースっぽい赤いソースと、緑色の香草のペーストとチーズを乗せる。
 そのまま鉄板を窯の中に入れた


「あれって……」
「どう見てもピザだよね」


 待っていると窯の中から鉄板を取り出してナイフで何かを切っている。1分ほどの作業を終えるとまた鉄板を窯に戻した。
 しばらくして鉄板を窯から取り出して、焼きあがったものを取り上げる。


包みパイの窯焼きアンフォラ・ダンサックだ。熱いから注意して」


 セリエがハンカチを出してそれを受け取ってハンカチごと僕に渡してくれる。布越しに熱が伝わってきた。
 見た目はピザ生地で巻かれた春巻きって感じだろうか。クレープよりは少し小さい。


 一口食べると、薄手だけどしっかりしたの生地から、火傷しそうなほど熱いトマトのような酸味のあるソースとひき肉とチーズがこぼれ出てきた。直後に唐辛子とかとは違う独特の野菜の辛みが追いかけてくる。
 生地を上手く巻くように折り込んで、四角い袋のように仕立てられているから、ソースがこぼれなくて、立ったままでも食べやすい


「懐かしいなぁ、この味」
「トマトソースよね。ちょっと辛みがあるのがいいわね」


「トマト?これはライチェっていうんだぜ」


 暇そうな店主が僕等に声を掛けてくる。
 店主がそう言って見せてくれたのは、トマトより一回り小さいちょっと細長い赤い実だった。まあ味はほぼトマトなんだけど。


「どうだい?お客さん」
「美味しいですよ」


「これはさ、塔の廃墟の本を見て思いついたんだよ」


 店主が満足げに笑って教えてくれた。ピザっぽいガルフブルグの料理かと思ったら、本当にピザなのか。 


「その本だと、これって丸くなかったですか?」
「ああ。よく知ってるね。初めは俺も丸く焼いてたんだよ。
でもさ、丸い形だと窯のスペースがもったいないだろ?四角い方がたくさん焼けるしな」


 どうだ、俺の発想は、と言わんばかりに自慢げなのは良いけど。
 お客さんがあんまりいないから正直言ってスペースを有効活用する工夫は今のところは意味がなさそうだ。


「昔、潜水艦でピザを焼くときは四角くしてたそうよ」


 都笠さんがピザを頬張りながら言う。


「狭いスペースを有効に使うためなんだって。人間、考えることは同じよね」


「……そういえば、ピザってなんで丸いんだろ」
「あたしも知らないわ……」


 日本では当たり前のように食べてたけど、なんで丸いんだろう。謎だ。


「それに、本のままだと持ち歩きにくいんだよ。
うちはこの通り、テーブルが無いんでねぇ。だからそんな形にしたのさ」


 店主の人が話を続けてくれる。
 言われてみると、ピザはテーブルで食べるときでもチーズがこぼれそうになったりして結構食べにくい時がある。
 でも生地を折り返して巻き込んだ袋みたいな形になってるからなのか、ソースとかもこぼれにくい。色々と工夫してるな。


「そこらに座って食べちゃダメなの?」
「テーブルはそれぞれのお店の持ち物なので……」 


 セリエが教えてくれる。
 フードコート的な共有スペースかと思ったけど、それぞれ縄張り的なものがあるらしい。 


「あ……」
「どうかした?」


 半分くらい食べたところで、セリエが首をかしげて僕を見た。


「失礼します、ご主人様」


 セリエがすっと手を僕の顔に伸ばしてきた。指で口元を拭ってくれる。


「ソースが」
「ああ、ありがと」


 パレアでは案外紙は珍しくない。東京から大量のコピー用紙だのなんだのが持ち込まれたってのもあるけど。
 ただ、さすがにペーパーナプキンとして使い捨てで使えるほどじゃないから、その点は不便だ。


 セリエが指先についた赤いソースをちょっと眺めて、指を口に含んだ。辛そうに口をすぼませる。


「……辛いですよね。それが美味しいんですが」


 セリエがにっこりと僕に向かってほほ笑む。


 ……一連の動作をあまりに自然にやられた……僕としては赤面ものなんだけど、なんというかセリエは気にしてないんだろうか。
 目を逸らすと、ユーカはいつも通りだけど、都笠さんがバカップルでも見るかのような目で僕等を見ていた。


「ところでさ……お客さん……あんた」


 店主が僕の顔をじろじろとみて、セリエ、ユーカ、都笠さんの顔を順番に見る。


「まさかとは思うんだけど……」


「……行こうか?」
「ええ、そうね。ご馳走様でした」


 都笠さんが慌てて手を振る。僕もピザの残りを口に押し込んだ。
 ここは探索者にはあまり縁がない街区だし、僕等はここにはほとんど来たことがない。
 でも都笠さんも僕もいつの間にか知名度があがってしまってるらしいし。ここは変に騒ぎになる前に退散した方がいいな。


 その後は、腹ごなしにサンヴェルナールの夕焼け亭まで1時間ほど歩いて帰った。
 途中でセリエが色々とお店を教えてくれた。結構あちこち行ってるな。





 数日後。


「風戸君、こんなの見た?」


 都笠さんが微妙な表情で差し出してきたのはチラシだった。
 ちょっと黄ばんだ厚手の紙には、塔の廃墟の竜殺しが認めた料理。包みパイの窯焼きアンフォラ・ダンサック、とでかでかと書いてある
 ……どうやらこの間のお店か。というか、僕等のことが分かったのか。


「別の広場で配ってたのよ。なんかあの店、行列できてるらしいわよ」


 確かに美味しかったけど、認めてないし、そもそも僕等のことを正式に知ってるわけでもないんだけど。もし違ってたらどうするつもりだったんだろう。
 なんというか、あまりに無責任な気がするけど。誇大広告で取り締まる、なんて法律も多分ないか。


「あたし達って思ってたより有名人なのかしらね」
「……どうやらそうらしいね」


「しっかし商魂たくましいわよね。風戸君、宣伝料取りにいこうか?」


 都笠さんが開き直ったのか面白そうに笑う。
 なんというか、宣伝料はいらんけど……今度御馳走させようと思った。



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