僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

分かれ道に立つ時

 翌日の昼過ぎ。スタバビルの2階にみんなで行くと、ジェレミー公が出迎えてくれた。 
 そういえば、こっちに来て当初からオルドネス公の名前は何度も聞いていたし順騎士にも誘われていたけど直接会うのは初めてだ。
 今日はセリエやユーカも来ていいらしいから一緒だ。


 スタバビルの3階はたしかレンタルDVDのフロアだったと思うけど。
 今は棚は撤去されてできた広い空間を紋章入りの布で仕切って、縦長の部屋のようになっている。
 スクランブル交差点側のガラスから差し込む光が薄手の布越しに部屋の中を照らしているから結構明るい。布に織られた紋章の影が床に映り込んだりしてる。意図的にやってるならうまい演出だな


 天井にも布を張って目隠ししてるけど、ところどころから配管とかが見えた。
 奥には1段高いところには王様の椅子のかわりに立派なソファが置いてある。いわゆるゲームで見るような、謁見の間のような感じになっていた。


 部屋には僕らとジェレミー公の5人だけだ。
 お偉方に招かれた形だから、どういう服装をしようか悩んだけど、今回はとりあえずスーツにネクタイにすることにした。
 ジェレミー公はいつも通りの礼装だけど、緊張した面持ちで襟を直していた。


 都笠さんは、今日はビジネススーツみたいな紺のスーツを着ている。
 けど、表情にはあまり緊張感がない。まあ最近、4大公家のバスキア公にもあったし、ブルフレーニュのダナエ姫にもあっているし。なんというか慣れてきたというか。
 それに、今日は少なくとも剣を突きつけられたりはしないだろうから気楽なものかもしれない


 セリエとユーカはなんだかんだいいつつ緊張した顔つきで二人で寄り添っている。
 ダナエ姫やバスキア公に会ったとはいっても、セリエやユーカにとっては4大公は雲の上の存在なわけで。
 僕らと違って慣れるってわけにはいかないのかもしれないな。


 こういう待っている時間は妙に長く感じる。雑談しているのも気が引けるし。
 手持無沙汰のまま待っていると、スーツのような礼装をきた侍従の人が入ってきた。


「エミリオ・ティレニエンテ・オルドネス公のおなりです」


 侍従の人が言うと同時に、正面の段の横の幕が差し上げられた。
 ジェレミー公がさっと跪いた。僕と都笠さんもそれに倣う。


 頭を下げて床のじゅうたんを見ていると、二つの足音がした。壇上のあたりで止まる。
 二人いるんだろうか。顔を伏せたままだからわからないけど。


「皆、顔を上げたまえ」


 落ち着いた低い声がした。ちょっと年配っぽい、すこししゃがれた声だ。
 こういう場合、普通に顔を上げてもいいものなんだろうか。


「いいから、顔を上げてよ、お兄さん、お姉さん」


 続いて聞こえたのは、子供の声だった。
 ダナエ姫よりも若そうな明るい男の子の声。だけどどこかで聞いたことがある声。
 膝をついたまま顔を上げる。


 段の上には二人の男、というか、男の人と男の子がいた。
 片方は頭頂部が寂しくなった男の人だ。年は50歳は越えてるだろうか。最初の声はこの人のだろう。


 温和そうな目元ともみあげから顎までつながった髭が、気がいいオジサン風の雰囲気を出しているけど。
 肩幅が広くてガタイがいい。戦士と言われても通るくらいの体格で、顔と今一つマッチしてない感じがする。
 タイトな礼装を着て、紋章入りのマントを肩の片方にひっかけている。 


 でも、そんなことより。もう一人の男の子。
 椅子に深々と腰かけて足を組んでいる、その男の子。


「あ……あんた」


 都笠さんが男の子の顔を見て。


 東京のどこかの私立高校のものっぽい紺色のブレザーとパンツに紺のネクタイ。
 短く整えられてるけど、ところどころ跳ねるような金色の癖っ毛。
 人懐っこいような、心安らぐような不思議な雰囲気をたたえる吸い込まれるような青い瞳……忘れもしない、あのときの新宿であった少年。


「久しぶりだね、お兄さん、お姉さん」
「まさか……」


「そう。僕がエミリオ・オルドネスさ……ようやく会えたね」





 とりあえず謁見の間での対面が終わって、2回の以前ジェレミー公と食事をした円卓が置いてある部屋に移った。
 オルドネス公の指示でジェレミー公は退出して、僕らとオルドネス公と、もう一人のさっき壇上にいた男の人だけになった。
 メイドさんがお茶を入れたカップをみんなの前に並べてくれると、頭を下げて部屋から出て行った。


「先に紹介しておくね。こちらはブレーメン・オレント・オルドネス。僕の叔父さん。
僕は忙しいからさ、僕の代わりにオルドネス家の執務をしてもらってる」


 年配のその男の人が軽く会釈をしてくれた。
 正直言って、こんな子供が当主と言われてもピンとこない。
 ダナエ姫はなんか年に似合わない雰囲気があるけど、このオルドネス公にはあまりそんな感じがないというか、年相応の子供っぽい雰囲気がある。


 ブレーメンさんのほうは、もちろん年のせいもあるんだろうけど、なんというか落ち着いていて貫禄がある。
 年の事を抜きにしてもこっちの方が圧倒的に当主っぽい。


「じゃあ、説明してもらいましょうか」


 メイドさんが出ていくや否や沈黙を破って都笠さんが言う。僕も聞きたいことはいろいろある。


「何から聞きたいのかな、お姉さん」
「……ここにあたしたちを引っ張り込んだのはあんたなの?」


 口調は砕けているけど、真剣な感じだ。
 一応お偉方だし敬語を使うべきなんじゃないか、と思ったけど、本人はあまり気にしてないらしい。
 ブレーメンさんは苦々しい顔をしているのが気になるけど。


「まあそうだね。じゃあ順を追って説明しようかな」


 オルドネス公がお茶を一口飲むと話し始めた。


「事の発端は、ガルフブルグに東京への門が開いたことさ。
ガルフブルグに限らず、僕らの世界では時々異界への門が開く。最初はそのケースだったんだよ。
オルドネス家は代々空間を操るスロット能力を持つものが多くてね。その門の向こうを見る役目が僕らに回ってきたわけ」


 空間魔法の使い手。そういえば籐司郎さんがそんなことを言っていた気がする。
 ただ、オルドネス公は、どうみてもこまっしゃくれた少年、という感じで、あんまりそんな感じはしないけど。この子がその強力な空間魔法の使い手ってことなんだろうか。


「じゃあ、この東京はなんなんです?」


 僕の言葉にオルドネス公が苦笑いする。


「敬語はいいよ、お兄さん」
「エミリオ、あまり気安くするな。大公の威厳というものが」


 ブレーメンさんが顔をしかめて口をはさむけど、オルドネス公が手でそれを制した。


「気にしないでいいよ。
ここについてはぼくも正確なところはわからないけど……お兄さんたちの世界のある時点が、時間の流れのはざまに取り残された場所みたいだね。
まあ神の御業は人間の理解が及ぶところじゃないよ」


 時間のはざまに取り残された場所。
 ある時間の流れの一部が切り取られて残ったとか、そんな感じなんだろうか。でも結局何でこうなったのかはわからないか。


「続けていいかな?」


 都笠さんが考え込んで静かになったところでオルドネス公が言う。
 都笠さんがうなづくと、オルドネス公が話をつづけた。


「まあというわけで、東京への門が開いたときにまずは僕が視察したんだ。
僕のスロット能力なら、万が一のことがあっても門を閉めることもできるからさ」
「やけに……仰々しいんだね」


 正直言って、新しい世界の門ができたなら、ダンジョンに乗り込むような感じで探索者を送り込むんじゃないかと思ってたけど。
 僕の言葉にオルドネス公がぱたぱたと手を振る


「門の向うは必ずしも平和とは限らないのさ。
100年ほど前に開いた門は20人の腕利きの探索者と騎士を送り込んだらしいけど、半日で壊滅してね。
門を閉じるのが遅れて瘴気がガルフブルグに侵食した。いまもその場所は誰にも入ることはできないんだ」


 そう言ってオルドネス公が肩をすくめる


「だから、新しい門が開くことは必ずしもいいことじゃないんだよ」


 そういってオルドネス公がまたお茶を一口飲んで手元においたベルを鳴らした。
 澄んだ音がして、部屋にメイドさんが入ってくる。ポットのお茶を替えて、僕らにお茶を注ぐと、また一礼して出て行った。


「でも、一目見て直感したよ。ここはそんな危険な場所じゃない。むしろ宝の山だってね。
何が何だかわからないものばかりだったけど、建物を見るだけで圧倒的に高度な文明のものだってことくらいはわかったからさ。
……と、喜んだのもつかの間」


 一呼吸置いて間を置くように僕らをみる。
 なんというか芝居がかっていて、子役の演劇を見ているようなかんじだ 


「一部はなんとか僕らでも分かったけど、ほとんどは僕らには理解不能だったんだ。
パソコン、スマートホン、テレビ、映画、自動車、電車、インターネット。
僕は時々東京に行って見分を広めてるけど。技術格差がありすぎだよね」
「まあね」


 方やコアクリスタルを動力とする技術やスロット能力や魔法。方や日本の科学技術。
 ガルフブルグが今後どういう発展をしていくか見当もつかないけど、現時点では技術格差は500年分くらいはあるだろう。


「人間がこんなすごいものを作れるってのは希望を持てる話だけどさ、ガルフブルグでこれを再現することができるのは、いつになるのやらって感じだよ」


 オルドネス公が、やれやれ、という感じで首を振る。


「ということで、塔の廃墟の事を理解するためには、東京の人がどうしても必要だった。
どうせなら、スロット能力を持つ人が望ましい。そういう人をこっちに引っ張ることにしたってこと」
「はあ……」


「で、それがお兄さんたちだったってわけ。
日本人はどうやらスロット持ちが多いみたいだったけど、お兄さんとお姉さんはその中でも屈指だったんだよ」


 オルドネス公がにっこりと晴れやかな笑顔を浮かべる。
 ていうか、気軽に言ってくれるけど……こっちの都合ってやつを考えたんだろうか……考えてないよな。
 僕と都笠さんの視線をはぐらかすようにオルドネス公がまた笑った。


「一応言っておくけどね」
「うん」


「僕がこっちに呼べるのは、来てもいい、と思っている人だけなんだ。
そうでない人をこちらに無理に連れてこようと思ったら、門をくぐるときに次元の狭間で迷子になってしまうんだよ」


 オルドネス公が僕らを見返しながら言う。


「だからお兄さんたちはここにいる。もちろん、心当たりはあるよね?」


 それを言われると返す言葉がない部分もある。
 でも、確かにあの時は、どこかに行ってしまいたい、環境を替えたい、とは思っていたけど。さすがに、モンスターと戦ったりとかしたいとか、こういうこととは思ってなかったぞ。





「なんで今更僕らに声をかけてきたのさ?」


 疑問はいくつもあるんだけど、次に聞きたいのはこれだ。
 オルドネス公の都合で僕らをこっちに引っ張ったのは百歩譲ってまあいいとしても。なんで今更声をかけてきたんだろう。


「うーん。本当はさ、もっと早く会いたかったんだけどね」
「じゃあ、なんで?」


「僕のスロット能力は日食の門エクリプスゲート奈落の門アビスゲート
日食の門エクリプスゲートは他の世界に通じる簡易的な門を開く能力。お兄さんたちを呼んだのもこれ」
「うん。それで?」


「この東京とガルフブルグをつないでいる門を維持しているのが奈落の門アビスゲートなんだよ。
僕がいないと門が閉じてしまうんだ」


 あのスクランブル交差点のガルフブルグとの門を維持しているのはオルドネス公のスロット能力なのか。


「普段は、僕は奈落の門アビスゲートで門を維持しながら、日食の門エクリプスゲートで東京に行って情報を集めてるんだよ。
魔力を使い果たしたら休まなきゃいけないし。これでも結構忙しいのさ」


「でもさ、もっと早く声をかけれたんじゃないの?勝手に呼んでおいて、1年以上放置とか、あまりに無責任でしょ」


 都笠さんが突っ込みを入れる。
 そもそもの話として、アーロンさんたちに会ってたまたま探索者のこととかを知れたからよかったものの、ああいう出会いがなければ野垂れ死にした可能性もあるし。
 そもそも、新宿地下でアラクネに食い殺されることもあり得た。
 都笠さんも奥多摩に放り出されて新宿まで一人で来たわけだし。


「うーん。
日食の門エクリプスゲートは消耗が激しくてね。お兄さんについてはその場にいた探索者の近くに飛ばすのが精いっぱいだったんだよ。
それは申し訳ないと思ってる」


 あんまり申し訳ないと思ってなさそうな口調でオルドネス公が言う。
 若干引っかかるけど。なるほど、アーロンさんたちとの遭遇は偶然じゃなかったわけか。


「僕が起きたらすぐにお兄さんを迎えに行くつもりだったんだよ、これは本当」
「じゃあ何でそうしなかったのさ?」


 オルドネス公が僕を呆れたような顔で見る


日食の門エクリプスゲートはさ、使ったら何日かは休まないといけないんだよ」
「それって関係ある?」


「あのね……僕が休んでるわずか数日の間に、貴族に喧嘩売りつけて、アーロンと一緒にデュラハンを倒して奴隷を買ったのは誰だったかな?」
「ああ……」


「流石にこっちに来て早々、あんなに無茶をするとは思ってなかったね。
起きたときはびっくりしたよ。まったく死ななくてよかったよ、本当に」
「そりゃ失礼」


「それに、すぐにジェレミーを通じて準騎士の誘いをかけたのに断られるし」
「そういえば……そんなこともあったね」


 スタバビルで食事をしたときにそういえば誘われたな。拒否して、かわりに宿と食事の保証を求めたのも随分昔な気がする。


「東京流に言うなら、大企業からのヘッドハンティングでしょ?あれを断られるとは思ってなかったよねぇ」
「まあ、色々とね」


 そういわれると。オルドネス公の誘いを無視したのは僕の方か。たいがい好き勝手やってるな、と言われればそうかもしれない。


「まあそのあとは、放っておいてもなんか勝手に東京の物資とかについて周知してくれてたからね。まあいいかなって思ったんだよ。
途中から、無理に仕官させるより好きにさせておいた方が役に立ちそうだと思ったしね」
「なるほどね」


「じゃあ、あたしはどうなのよ。奥多摩の山奥に放り出しておいて」


 都笠さんがちょっと険悪な口調で聞く。
 オルドネス公がかわいい顔に済まなそうな表情を浮かべた。組んでいた足をほどいて背もたれから体を起こす


「お姉さんには……ごめんっていうしかないな」
「はあ?」


「いやね、本当はもっと新宿に近いところに門を開きたかったんだけど、あの時の僕だと無理だったんだ。
兵器工廠アーセナルにお姉さんが使えそうな武器を入れておくくらいしか」


 オルドネス公が気まずそうな顔で言う。
 さっきのあんまり悪びれない口調とは違う。どうやらこれは本気でそう思っているらしい。


「ああ、あの銃はあんたが入れてくれたの?」
「それくらいしかできなかったんだよ。本当にごめん」


「あきれたわね……まあ今更言っても仕方ないんだけどさ」


 都笠さんが首を振る。


「ところでさ、あなたが東京に行けるってことは、あたしたちも行けるわけ?」


  都笠さんがお茶をちょっと飲んで聞く。
 まあ当然の疑問か。行くというか、帰るというか、どう表現すべきかわからないけど。  


「うーん……」


 口ごもったオルドネス公が、テーブルの上のクッキーを一枚かじった。


「……行けなくは……ない」





 行けなくはない。ってことは東京に帰れるのか?
 正直言って……ごめんね、帰れないんだよ、という返事が返ってくるとしか思ってなかった。
 この身勝手な貴族め、と言おうと思ってた。想定外の答えだな。


「さすがに今すぐってわけにはいかないけどね」


 オルドネス公が言う。


「戻りたいのかい?お兄さん、お姉さん」


 オルドネス公の問いに都笠さんが沈黙いた。僕もどう答えていいものか。ちょっと何とも言えない。


「ただね……一つ問題があってさ」
「なにが?」


 オルドネス公がポットからお茶を注ぎながら話を続ける。


「僕の日食の門エクリプスゲートは認識した別の世界に一時的な門をつなぐことが出来る。
だから東京に門をつないでお兄さん達を送ることはできるんだ」
「うん」


「でも、今の僕じゃあ日食の門エクリプスゲートは長くは維持できないし、つなげる場所や時間もピンポイントってわけにはいかない。
山手線みたいに定刻通りにホーム停車位置にピッタリってわけにはいかないんだよね」


 なんか例えがガルフブルグの貴族っぽくないな。


「だからね、お兄さんを送り返したとしてさ。
次に僕が日食の門エクリプスゲートを開けたところにお兄さんがいてくれればいいけど。そんな偶然は難しいのはわかるでしょ?
メールで連絡して待ち合わせってわけにもいかないしさ」


 言葉の端々から、東京にいていろいろ知識を増やしているんだろうなってことが感じられる。
現代用語が普通に出てくる
 けど、そんなことはどうでもいい。ということはつまり。


「そういうわけだから、僕としては……」


 オルドネス公の話を遮るように、ガタンと音がした。





 振り向くとずっと黙って聞いていたユーカが立ち上がっていた。椅子が倒れている。セリエも青ざめた顔で僕を見てる


「お兄ちゃん……言ったよね」
「え……」


「ずっと一緒だよって……言ってくれたよね」


 ユーカがこわばった表情で僕を見つめていう。
 そうだ。いまのオルドネス公の言っていること……狙った時間と場所に門を開くことはできない、ということは。
 一度東京に行ったら、おそらくこっちには戻ってこれない、そういうことだ。


「どこにも行ったりしないよね。ね。お兄ちゃん。セリエとあたしとずっと……」


 大丈夫だよ、ずっと一緒だ、と言えればよかったんだろう。
 でもとっさにその言葉が出なかった。


 この東京に来て1年間ほど経って、その間、戻るのになんの手がかりもなかった。だからもうどうしようもないんだろうなと思うようにしていた。


 もう一度親や友達に会いたくないわけじゃない。
 でも……情報もない、方法もわからない、どうしようもないのだろうか。まあ仕方ない、あきらめるしかないんだ、という気持ちを少しずつ積み重ねてきていた。


 でも帰れるかもしれない、といわれて最近は記憶のかなたに追いやっていた親や友達の顔が頭に浮かんでしまった。
 何も言えなくなった僕を見るユーカの眼から涙があふれ出した。


「あのね……ユー」
「やだ!聞きたくない!」


 ユーカがぽろぽろと涙をこぼしながら僕を睨むように見た。


「言ったもん!お兄ちゃん、ずっと一緒にいてくれるって言ったもん!
お兄ちゃん、ウソなんて付かないんだもん!」


 絞り出すような声で叫んで、ユーカがそのまま椅子を蹴倒すようにして部屋を飛び出して行った。
 セリエが立ち上がって扉の方と僕の方を見る。迷うような顔をして、頭を下げてそのままユーカを追っていった。
 扉が閉まって足音が遠ざかっていく。


 ブレーメンさんは表情を変えず、オルドネス公はちょっと困ったような顔をして、都笠さんは気まずいというか、しまった、という表情で顔を伏せた。
 部屋に沈黙が戻った。


 運命の分かれ道はこちらの都合に関係なくやってくる、というのはどこのセリフだっただろうか。
  突然自分がその分かれ道に立っていることが分かった。











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