僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

自分の道を自分で選ぶことは、それはそれで難しい。

 門の方を向くと、馬に乗った人が4騎入ってくるところだった。
 入り口をふさいでいたバスキア公の従士が道を開ける。


「しかし、途中から聞こえていたがの、ずいぶんと好き勝手申してくれたな」
「スミト、無事か?」


 ダナエ姫と、ゼーヴェン君だ。
 いつも通りの袴姿に、外套のように白い着物を羽織って白馬にまたがったダナエ姫。
 その周りを取り巻くように、白く輝くサーベルが10本ほど浮かんでいた。ダナエ姫のスロット能力だろうか。


 その横にはこれまた白のマントを着たゼーヴェン君。夜の闇に白い衣装がコントラストを描いている。マントの留め具にはあの時の蒼いワイバーンのコアクリスタルが輝いていた。
 後ろには籐司郎さんとリチャードが続いている。
 リチャードが僕等に向かって、軽く手を挙げた。どうやら援護要請が間に合ったらしい……助かった。


「ジェラール卿にスミト、スズ。いずれも得難い人士であろうが。
こんなところでかみ合わせていずれかが死んだらそれこそ損失ではないか、アストレイ殿」


 ダナエ姫が馬を進めて堂々と庭に入ってくる。
 騎士たちが恐れをなすかのように道を開けた。


「バスキアの街区に入ってくるとは、呆れたもんだな」


 バスキア公が首を振る。


「で、そっちは……誰かと思えばロヴァールの所の坊やか。ブルフレーニュに婿入りしたって聞いてたが……」


 バスキア公がゼーヴェン君をまじまじと見て感心したように息を吐いた。


「……ほーう」
「いかがされましたか、バスキア公。私の顔になにかついておりますか?」


 年齢は倍以上離れているだろうに、気圧されることなく、ゼーヴェン君が堂々と聞き返す。


「前は人形みたいなツラした腑抜け小僧だったが、少し見ない間にちっとは好い面構えになったな。
流石は竜殺しってわけか?」
「ええ。得難い経験をしました」


 ゼーヴェン君は僕より10歳も年下で15歳。日本で言うなら高校1年生だ。
 それでもう婚約者がいて、ガルフブルグでもトップクラスの家に婿入りするんだから、改めて考えるとスゴイ。僕は唐突に降ってきた結婚話に頭がついて行かないってのに。
 そういえば、なんか顔も精悍な感じになっているような気がするな。


「まあ結構なことだ。
ブルフレーニュ家の奴なのは気に入らねぇが、腑抜けな貴族が上に立ってるようじゃ話にならねぇからな」


 どことなく嬉しそうなというか満足げな口調でバスキア公が言う。


「が、そんなことはどうでもいい。
何をしに来た?ここは俺の街区だってことを知らないわけじゃねえだろ。それぞれの街区以外に立ち入るのはご法度だぜ」


 すぐにバスキア公の口調が張り詰めたものに替わる。
 それぞれの貴族の縄張りには入るなってことなんだろうか。


「それとも、こいつはブルフレーニュの旗下だとか言うつもりか?」
「いや、違うな」


 ダナエ姫が首を振る。
 というか、ダナエ姫も確か18歳くらいで、バスキア公と比べれば文字通り親子並みの差があるけど、それでも怯む様子はない。
 ダナエ姫の返事に、バスキア公が怪訝そうな顔をする。


「じゃあ何をしに来やがったんだ?」
「……妾はこやつ等に好きに選ばせよ、と言いにきたのじゃ。
剣で脅すのではなくな」





「は?」


 バスキア公がダナエ姫の方を見て首を傾げる。


「何言ってやがる、てめぇ、そんなことの為にわざわざ来たのか?」


 僕としても、正直言って意外な言葉だ。どんな意図があるんだろう。


「……聞いておったがの。そもそも、勇み足ではないか、アストレイ殿?」
「何がだ?」


「こやつが金や地位でソヴェンスキやイーレルガイアに転ぶような男ならば、さっさとオルドネスの準騎士でも拝命しておるじゃろうよ」


 ダナエ姫が落ち着いた口調で言う。
 諭すようなダナエ姫の言葉にバスキア公が黙り込んだ。ダナエ姫が話を続ける。


「それにじゃ、こやつらの国には、士は己を知る者の為に死す、なる言葉があると聞く」
「なんだそりゃ?」


 籐司郎さんが教えたんだろうと思うけど、よく知っているな。


「自分の剣を預ける主は自分で選ぶ、ということじゃよ」
「仕える側が主を選ぶっていうのか?
主は相応しい地位と名誉と責務を与え、家臣はそれに尽くすもんだろうが」


 御恩と奉公というか、日本の封建時代っぽい話だ。
 人間の考えることなんてどこでもあんまり変わらないのかもしれない


「そのようなものに剣を突きつけて選択を迫るのは如何なものかの?」


 ダナエ姫の言葉に、ちょっとうつむいたバスキア公が長い髪をくしゃくしゃと掻いて顔を上げた。今までの余裕を感じさせる顔じゃなくて、かなり険しい表情を浮かべている。


「……俺の意図を全く分かってねえな、このクソガキ。甘っちょろいこと言ってんじゃねぇぞ」


 口調もさっきまでの鷹揚な口調から一転した。


「こいつらが持っているのを何だと思ってんだ?飛んでくるワイバーンを撃ち落とす武器だぞ。しかも詠唱も無しでだ。
並みのスロット持ちじゃ歯も立たねぇ。ロヴァールのガキ、お前が一番わかってんだろ」


 ゼーヴェン君を指さして、とげとげしい口調でバスキア公が言う。
 そういえば、この中で銃の威力を本当の意味で知っているのはゼーヴェン君だけだ。


「この鉄車もそうだ。これで騎兵隊列に突っ込まれてみろ、どうやって防ぐ?」


 そう言いながら、バスキア公がハンマーをバンバンと叩いた。


「これを使いこなせる人間が他に行ってみろ、どんな危険な事か分かんねぇのか、バカ共が。
こいつらの知識はあまりにも重要過ぎる。
その可能性は万が一であっても摘み取っておくのが4大公たる俺の義務だ。
そもそも、こいつらには相応の対価は用意しているぜ、俺は」


 一しきりバスキア公がしゃべって、庭にまた静けさが戻った。


「……まあ、お主の懸念もわからんではない」


 ダナエ姫が静かに言う。


「……じゃが妾には妾の考えもあっての」
「お前な……人の話を……」


「別に国外に行かせて構わん、と言っておるわけではない
さっきも申した通りじゃ。こやつらがやすやすと他国の誘いに乗るようなものなら、とっくにオルドネスの準騎士に収まっておるじゃろう
いずれの道を歩むにせよ、自由に選ばせよ、というだけじゃ」


 バスキア公が苛立たし気に口を開くのをダナエ姫が遮った。


「ここは妾のわがままを通させてもらうぞ。
お主とてスミトに剣で決断を迫ったのじゃ。文句はあるまいな」


 ダナエ姫が強い口調で言う。バスキア公の表情がわずかに強張った。


「てめぇ……正気か?」 
風纏う騎士シュヴァリエ・ド・ラファール、ジェラール卿とはいえど、妾の剣聖の戦列レヴァンティンには及ぶまい」


 ダナエ姫の言葉に、周りの騎士達がわずかにざわめいた。ジェラールも少し表情が変わって、ちょっと張り詰めた雰囲気になる。
 どういうスロット能力を持っているか分からないけど。あのジェラールを恐れさせる、ってことは、実はこの人、かなり強いんだろうか。





 ざわめきが引いて行って、また庭に沈黙が戻った。


「さあ、スミト」


 ダナエ姫が僕を促す。
 バスキア公が渋い顔をするけど、何も言わなかった。無言の肯定か。


 皆の注目が僕に集まった。
 この質問に対する答えは余りにも重いというか。今後、ガルフブルグでどう生きていくのか、という文字通りの人生の決断だ。
 無理強いされるのは腹が立つけど、好きに決めていい、と言われると、それはそれで難しい。
 都笠さんはどう思ってるんだろうか。視線が合った。


「風戸君に任せるわ」


 僕が聞く前に、都笠さんが口を開いた。


「あいつはセリエやユーカに乱暴しようとか、そういうことは考えてないみたいだしね」


 まあそんなことはしないだろう、というかする意味がない。
 都笠さんがラクシャス相手に降伏を絶対拒否したのはそれが理由だったのかな。


「それに、前も言ったでしょ?セリエやユーカにとっては貴方が指揮官なのよ。
あたしのことより、そっちのこと、考えなさい」


 都笠さんが真剣な顔で言う。
 確かに、僕の身の振り方はセリエやユーカの今後にも影響する。


「どうするんだ、オイ」


 バスキア公が答えを促してくるけど。


「あー……ちょっと待って……ください」


 頭の中で考えを整理する。
 とりあえず、もう強行突破だのをする必要は無くなったと思う。意図は分からないけど、仲介者のような感じで来てくれたダナエ姫には感謝だな。


 ただ、このままフリーの探索者で居続けるってのも難しそうだってことは分かった。
 誰にも仕えずないで居続けることは無用な疑惑を生んでしまうんだろう。トラブルを招くのは本意じゃない。


 誰かに仕えるのが嫌ってわけじゃない。でも、ここでどっちに仕えると言っても角が立ちそうではあるけど。 
 バスキア公の提案は横暴ではあるけど、悪気はないというか、示してくれた厚遇はバスキア公なりの誠意なんだろう。それこそ、俺に従って社長になれって言われてるようなもんだし。


 ただ、なんというか、正直言って重すぎる。
 会社でも一番下っ端で部下なんて持ったこともなく、精々部活で後輩の指導をしたことが有るって程度の僕が、いきなり貴族になって何千人とかの人が住む領地を統治しろとか言われても。まったくできる気がしない。


 都笠さんはさっき言った通り、僕の好きにしなよって顔で僕を見ている。
 まあ都笠さんは仲間ではあるけど、僕の判断に従う必要はないわけで。どうしても納得いかなければ自分の意思と判断で行動するだろう。


 アーロンさんとレインさんはスロット武器は消していないけど、とりあえず戦闘にならなそうでほっとした空気を出している。
 僕としても巻き添えを食わせることにならなそうで安心した。


 セリエと目が合うと、いつも通りの落ち着いた顔で、セリエが小さく僕に一礼した。
 わずかに唇が動く。小さく、どこまでもお仕えします、と聞こえた。


 ユーカはシェイラさんにぴったり寄り添ったままで僕を不安げに見上げている。
 シェイラさんはユーカを抱き寄せているけど、その顔には、話について行けない、と書いてあった。
 まあついさっきまで屋敷の一室で籠の鳥だったのに、突然娘と再会して、騎士に囲まれ、目の前にはガルフブルグの4大公がいて、なんて状態なんだから、何が何だか分からないだろうな。


 角を立てず、それでいて妙なトラブルを起こさないようにするには。さてどうするか。
 不安げなシェイラさんと目が合って……一つ思いついた。


 ただ、それは……おそらくガルフブルグの常識からすると前代未聞だろう。果たして通るんだろうか。





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