僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
僕の剣の主を選択する。
「じゃあ……いいですか?」
「待たせやがるな。で、どうするんだ?まあ答えは決まってるだろうが」
バスキア公が待ちくたびれた、という顔で僕を見る。
ダナエ姫は普段通りの澄ました顔だ。
「バスキア公。
貴方の懸念は僕等が誰にも仕えていないから、どこかほかの国に行ってしまうんじゃないかってことでいいですか?」
「ああ……そうだ」
「じゃあ、どこかの家に仕官すればいいわけですか?」
「まあ……そうだな」
バスキア公が怪訝そうな顔をする。
「だが、当てなんてねぇだろ。一応言っておくが、俺よりいい条件の仕官口はねぇぞ」
「いえ……なら、サヴォア家を復興させてくれませんか?」
「はあ?」
「そうしてくれたら僕はサヴォア家に仕えます」
バスキア公、ダナエ姫、どっちに仕えるっていっても角が立つなら……多少強引でもそれ以外の道を行くしかない。
どうせそういう話は出ていたんだから、それに乗っかろう。
「……復興させるにも当主が居ねえはずだ。
そこのサヴォアのお嬢ちゃんも奴隷だろ。そいつを当主にすんのか?」
「いえ、違います」
そう言って、シェイラさんを改めて見た。
「シェイラさん。サヴォア家の当主になってもらえますか?
ユーカのお父さんの奥さんなら、多分あなたが一番ふさわしいと思います」
「え?……でも……私は」
シェイラさんが何が何だか分からない、という顔をする。
シェイラさんには重荷かもしれないけどここは申し訳ないけど、受けてもらわないと困る。
「おい、そいつも奴隷だろうが」
バスキア公が言う。
懐に入れていたシェイラさんの所有証明書の巻紙を取り出した。芝生でまだ小さく燃えているユーカの炎に近づける。
油を含ませていた紙なのか、紙の端についた火がパッと燃え広がった。地面に落とすと、薄黄色の紙はすぐ黒い灰になる。灰が風に吹き散らされてった。
「これでいいでしょ。この人の所有者は居なくなった」
奴隷解放の制度は無いって話だけど、これでいいんだろうか。
バスキア公が精悍な顔に似合わない、顎が外れそうなほど唖然とした表情で僕を見る。
「おい、お前……今、命がけで取った奴隷の所有を放棄するってのか?」
「ええ。
というか、奴隷が欲しかったわけじゃない。ユーカのお母さんを取り戻すためですから」
「しかも、その奴隷……お前が所有を放棄するなら元奴隷だが……そいつに仕えると?」
「何か問題ありますか?」
前例はないって話だけど、違反ではないはずだ、多分。
「サヴォア家の旧領っていっても確か大した広さじゃねえし、地位もそんな高いもんじゃないぞ。わかってんのか?
広大な領土と上位貴族の地位と美しい妻より、落ちぶれ貴族に仕える方がいいってのか?」
「ええ」
バスキア公が複雑な顔で僕を見る。
怒鳴りつけたい、というようでもあり、理解不能だ、といいたいようでもあり。何か言いかけては口を閉ざし、うつむいて独り言を言う。
しばらくの間があって顔を上げた。
「……待て、もう一つあるぞ。塔の廃墟の知識をお前一人で秘めるのは許さん」
「サヴォア家が復興できればサンヴェルナールの夕焼け亭の秘密を守る必要性も無くなりますから。
そうなったら、僕が出来る範囲で協力しますよ」
サヴォア家の旧領が回復できて、そこで生活できるなら。
サンヴェルナールの夕焼け亭の秘密を守る必要性はかなり低くなる。そうなれば別にオーディオの使い方とかは多少世間に知れても問題はない。
まあ、管理者使いがそこまでたくさんいるとも思えないし。教えたからと言って即座にその辺に音楽酒場が出来るとも思えないけど。
「……結局じゃあ同じじゃねえか。なぜ俺に仕えてそうしない?」
バスキア公が不満げに聞いてくるけど。
「評価してくれるのは有り難いんですけど……そんな貴族の当主は僕には務まらないと思います」
「お前、25だろ。もういっぱしの貴族の当主になってもおかしくねぇんだぞ
そこのロヴァールの坊主を見ろや。15だろ、あいつは」
そういわれると返す言葉もないけど。
25歳で貴族の当主って、突然明日から社長になれって言われてるようなもんだ。とてもじゃないけど無理だと思う。
「僕等の世界じゃそんなの無理ですよ」
「お前も男だろうが、竜殺し。腹くくれや」
「無理です。それに、そこに住んでいる人にも迷惑がかかる。それは嫌です」
貴族の生活ってのも興味ないわけじゃないけど。でも、どう考えてもできないことを気安く受けるわけにはいかない。僕一人の問題じゃなくなってしまう。
重すぎる責任は手に負えないし、それに、組織に縛られて自分の意思を曲げなくちゃいけなくなるのは嫌だ。
僕の言葉にバスキア公が苦々し気に僕を見る。さすがにここで流されるわけにはいかない。目を逸らさずに睨み返す。
しばらくのにらみ合いの後、これ以上は言うだけ無駄、と思ったのか、バスキア公が都笠さんの方を向いた。
「おい、スズ、お前はいいのか?
この計算のできないバカは置いておいて、お前だけでも俺に仕える気はねぇか?」
「……お姉ちゃん」
都笠さんは僕等の仲間だけど、あくまで一個人だし。どうするんだろう。ユーカが都笠さんの方を不安げな目で見る。
都笠さんが僕等を見て、肩をすくめた。
「あなたの言ってることは必ずしも理解できないわけじゃないけど。
あたしは風戸君やセリエやユーカが好きなのよ。だから一緒に行くわ。ごめんね」
素気無い都笠さんの返事にバスキア公ががっくりと肩を落とした。
なんというか、色々高圧的ではあったけど、僕等を旗下に加えたいってのは本気だったんだろう。なんかちょっと申し訳ない。
「だが……お前のその雷鳴の弩はだな」
「うーん。
あのね、塔の廃墟、というか東京というか、そこにこの武器がいくらでもあるってわけじゃないのよ」
「そうなのか?」
「ええ。だから、貴方の言うように50人の騎士に……これは銃っていうんだけどね、銃を行き渡らせるのは難しいわ」
都笠さんの言葉に、バスキア公が残念そうな顔をする。
たしかに現代の銃を配備できれば、騎兵とか相手ならほぼ一方的に圧倒できるかもしれない。
防御がかかっていても銃弾の前にはそこまで長くは持たないのはさっきの戦いで分かったし。
ただ、銃には弾切れとかの弱点もあるし、扱いも簡単じゃない。何度か撃たせてもらったけどまったく当たらなかった。映画みたいにはいかない。
ガルフブルグの人から見れば、雷鳴の弩なんて名前がついて、恐ろしい武器に見えるんだろうけど、使いこなすには相応の訓練が必要だ。
銃が強いのは、都笠さんが扱いに慣れているから、ということの方が大きいと思う。
それに、実際の所、自衛隊の基地か米軍基地にでも行けない限り、大量の銃を獲得することはできない。大量配備は現実的じゃないだろうな。
ハンドガンとか拳銃くらいは警察署に行けばある……かもしれない。というか、ああいうところの銃の管理ってどうなってるんだろうか。
「なるほどな。選ばれし者のみに与えられる神聖な武具だったってことか?」
「まあ……ちょっと違うような気もするけどね」
都笠さんが苦笑いする。
まあ確かに日本で銃を正規に扱える人は、選ばれし者、かもしれない。神聖というのは関係ないけど。
「それと、安心して。あたしは自衛官。無暗に銃を人に向けたりはしないわ」
「ジエイカン?なんだそりゃ」
言葉の意味が通じなかったバスキア公が首をひねる。
「あたしはあたしや仲間を守るために銃を使うってこと」
「……それほど強力な武器を持っているのに、自分からはその武器を使わないってことか?」
「ええ、そういうこと。守ること。それがあたしの流儀よ」
都笠さんがきっぱりと言い切る。
日本とは全然違う環境になったけど、それでも都笠さんの中で自衛官というのは大きな意味を持っているんだろうな、と思う。
バスキア公が押し黙った。
「こんないい話を断るとは……お前ら二人のことはまったく理解できねぇ。
塔の廃墟の住人はバカばかりだ」
1分ほどの間のあとに、バスキア公が疲れたような顔で首を振る。
「が、まあいい。
お前等がサヴォア家に仕えて、ガルフブルグから出ないんなら……まあ俺としても妥協できる、が」
バスキア公が眼光鋭く僕を見る。
「スミト、偽りはないだろうな?偽りであった場合は……」
「嘘はつきません」
さっきの感じだと、嘘をついたら軍隊を繰り出してでも潰しに来そうだ。まあ嘘をつく気はないけど。
バスキア公が舌打ちして地面を蹴った。
「だが、覚えておけよ。お前等は落ちぶれ貴族に従うべき人間じゃねぇ。
そして、お前らに相応しい地位を用意できるのは俺だけだ。気が変わったらいつでもこい」
「……ありがとうございます」
というべきなんだろうか。
もういいや、とばかりにバスキア公が回れ右して馬車の方に歩き出そうとする。
「そういえば、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
僕の言葉に、バスキア公が不機嫌そうに振り返った。
「なんで……サンヴェルナールの夕焼け亭の仕組みが知りたいんです?」
銃や車の使い方が知りたいのは分かる。
銃は強力な武器であることは明らかだし、車も軍事用に使うにせよ、単に荷物運びに使うにせよ、役に立つ。
でも、オーディオはそこまではっきりと役に立つものじゃない。あくまで娯楽用品だ。まさかバスキア家で音楽酒場を経営して稼ぎたいなんてことは無いと思うんだけど。
バスキア公が黙りこくった。なんか聞いてはいけないことを聞いたかな
「……お前はガルフブルグの地方に行ったことはあるか?パレア以外の所だ」
「いえ、ないですけど」
そう言えば、まだパレアと東京への門があるラポルテ村以外に行ったことはない。
僕の言葉を聞いて、バスキア公が言うだけ無駄、と言わんばかりに首を振った。
「……門衛には通すように伝えておいてやる。さっさと帰れ」
バスキア公が手をひらひらさせて踵を返した。結局何が言いたかったのかわからない。
「サヴォア家の復興については手配してやる。いずれサンヴェルナールの夕焼け亭に使いをやるからな」
結局、僕の質問には答えてくれずに、バスキア公がコートの裾をはためかせて、そのまま馬車の方に歩いて行った。
◆
僕等を包囲するように庭に展開していたバスキア公の旗下の従士たちが撤収準備を始めた。
馬車の周りに戻って隊列を組み始める。
ジェラールさんが一人でこっちに歩いてきた。
長刀はもう仕舞われていて、さっきまでの臨戦態勢の息苦しいような圧力はない。
「竜殺しよ」
「僕はスミトです。カザマスミト」
面頬越しだからなのか、少しくぐもった声だ。
間近で見ると、顔の下半分は面頬のようなものに覆われているからわからないけど、額や頬、目じりに古傷がある。いかにも歴戦の戦士って感じがするな。
スポーツ刈りのように短く刈り込んだ頭にも一筋の長い刀傷があった。背が高くて見下ろされているのも含めて、中々に迫力がある。
「そうか。スミト。
我が主相手にあそこまでの口上を述べるとは、大した胆力だ。流石だな」
「いや……まあ、なんというか」
この国のどう少なく見積もってもトップ5位以内の権力者相手に我ながら好き勝手言ったもんだ。
無事に収まったのはダナエ姫がいてくれた、というのもあるけど。バスキア公が絶対に認めない、といわずに妥協して引いてくれたのもある。
正直言って冷や汗ものだったけど……流されていくのは嫌だった。
この環境になって、なるべく自分で正しいと思う道を歩いてきたと思う。これからもそうしたい。
「仲間のために剣を振える勇気を持つことは戦士として得難い資質だ」
「ありがとうございます」
「だが……お前の太刀筋は速く、思いきりは良いが、攻撃に偏り過ぎてなんとも危うい……今日のお前の行動すべても含めてな」
確かに、アーロンさん達がお人よしにも助けに来てくれなけば、どうなっていたかは分からない。
バスキア公としては、僕等を仕官させたかったのかもしれないけど、仮に死んだとしてもそれはそれで構わないと思っていた節もあるわけだし。
いろんな意味で紙一重だった。
「……仲間を大事に思い、仲間の為に今日のような危険を冒すのならば……鍛えろ。
他人を守ることは自分を守ることよりはるかに難しい。覚えておけ」
そういってジェラールさんが僕の肩を叩いた。
「ガルフブルグにいればともに戦う日もあるかもしれん……ではな、また会おう。スミト」
「ありがとうございます」
そういうと、ジェラールさんが踵を返して、従士の一人が連れた馬にまたがる。
騎士達が隊列を作って、馬車を先導していった。
「待たせやがるな。で、どうするんだ?まあ答えは決まってるだろうが」
バスキア公が待ちくたびれた、という顔で僕を見る。
ダナエ姫は普段通りの澄ました顔だ。
「バスキア公。
貴方の懸念は僕等が誰にも仕えていないから、どこかほかの国に行ってしまうんじゃないかってことでいいですか?」
「ああ……そうだ」
「じゃあ、どこかの家に仕官すればいいわけですか?」
「まあ……そうだな」
バスキア公が怪訝そうな顔をする。
「だが、当てなんてねぇだろ。一応言っておくが、俺よりいい条件の仕官口はねぇぞ」
「いえ……なら、サヴォア家を復興させてくれませんか?」
「はあ?」
「そうしてくれたら僕はサヴォア家に仕えます」
バスキア公、ダナエ姫、どっちに仕えるっていっても角が立つなら……多少強引でもそれ以外の道を行くしかない。
どうせそういう話は出ていたんだから、それに乗っかろう。
「……復興させるにも当主が居ねえはずだ。
そこのサヴォアのお嬢ちゃんも奴隷だろ。そいつを当主にすんのか?」
「いえ、違います」
そう言って、シェイラさんを改めて見た。
「シェイラさん。サヴォア家の当主になってもらえますか?
ユーカのお父さんの奥さんなら、多分あなたが一番ふさわしいと思います」
「え?……でも……私は」
シェイラさんが何が何だか分からない、という顔をする。
シェイラさんには重荷かもしれないけどここは申し訳ないけど、受けてもらわないと困る。
「おい、そいつも奴隷だろうが」
バスキア公が言う。
懐に入れていたシェイラさんの所有証明書の巻紙を取り出した。芝生でまだ小さく燃えているユーカの炎に近づける。
油を含ませていた紙なのか、紙の端についた火がパッと燃え広がった。地面に落とすと、薄黄色の紙はすぐ黒い灰になる。灰が風に吹き散らされてった。
「これでいいでしょ。この人の所有者は居なくなった」
奴隷解放の制度は無いって話だけど、これでいいんだろうか。
バスキア公が精悍な顔に似合わない、顎が外れそうなほど唖然とした表情で僕を見る。
「おい、お前……今、命がけで取った奴隷の所有を放棄するってのか?」
「ええ。
というか、奴隷が欲しかったわけじゃない。ユーカのお母さんを取り戻すためですから」
「しかも、その奴隷……お前が所有を放棄するなら元奴隷だが……そいつに仕えると?」
「何か問題ありますか?」
前例はないって話だけど、違反ではないはずだ、多分。
「サヴォア家の旧領っていっても確か大した広さじゃねえし、地位もそんな高いもんじゃないぞ。わかってんのか?
広大な領土と上位貴族の地位と美しい妻より、落ちぶれ貴族に仕える方がいいってのか?」
「ええ」
バスキア公が複雑な顔で僕を見る。
怒鳴りつけたい、というようでもあり、理解不能だ、といいたいようでもあり。何か言いかけては口を閉ざし、うつむいて独り言を言う。
しばらくの間があって顔を上げた。
「……待て、もう一つあるぞ。塔の廃墟の知識をお前一人で秘めるのは許さん」
「サヴォア家が復興できればサンヴェルナールの夕焼け亭の秘密を守る必要性も無くなりますから。
そうなったら、僕が出来る範囲で協力しますよ」
サヴォア家の旧領が回復できて、そこで生活できるなら。
サンヴェルナールの夕焼け亭の秘密を守る必要性はかなり低くなる。そうなれば別にオーディオの使い方とかは多少世間に知れても問題はない。
まあ、管理者使いがそこまでたくさんいるとも思えないし。教えたからと言って即座にその辺に音楽酒場が出来るとも思えないけど。
「……結局じゃあ同じじゃねえか。なぜ俺に仕えてそうしない?」
バスキア公が不満げに聞いてくるけど。
「評価してくれるのは有り難いんですけど……そんな貴族の当主は僕には務まらないと思います」
「お前、25だろ。もういっぱしの貴族の当主になってもおかしくねぇんだぞ
そこのロヴァールの坊主を見ろや。15だろ、あいつは」
そういわれると返す言葉もないけど。
25歳で貴族の当主って、突然明日から社長になれって言われてるようなもんだ。とてもじゃないけど無理だと思う。
「僕等の世界じゃそんなの無理ですよ」
「お前も男だろうが、竜殺し。腹くくれや」
「無理です。それに、そこに住んでいる人にも迷惑がかかる。それは嫌です」
貴族の生活ってのも興味ないわけじゃないけど。でも、どう考えてもできないことを気安く受けるわけにはいかない。僕一人の問題じゃなくなってしまう。
重すぎる責任は手に負えないし、それに、組織に縛られて自分の意思を曲げなくちゃいけなくなるのは嫌だ。
僕の言葉にバスキア公が苦々し気に僕を見る。さすがにここで流されるわけにはいかない。目を逸らさずに睨み返す。
しばらくのにらみ合いの後、これ以上は言うだけ無駄、と思ったのか、バスキア公が都笠さんの方を向いた。
「おい、スズ、お前はいいのか?
この計算のできないバカは置いておいて、お前だけでも俺に仕える気はねぇか?」
「……お姉ちゃん」
都笠さんは僕等の仲間だけど、あくまで一個人だし。どうするんだろう。ユーカが都笠さんの方を不安げな目で見る。
都笠さんが僕等を見て、肩をすくめた。
「あなたの言ってることは必ずしも理解できないわけじゃないけど。
あたしは風戸君やセリエやユーカが好きなのよ。だから一緒に行くわ。ごめんね」
素気無い都笠さんの返事にバスキア公ががっくりと肩を落とした。
なんというか、色々高圧的ではあったけど、僕等を旗下に加えたいってのは本気だったんだろう。なんかちょっと申し訳ない。
「だが……お前のその雷鳴の弩はだな」
「うーん。
あのね、塔の廃墟、というか東京というか、そこにこの武器がいくらでもあるってわけじゃないのよ」
「そうなのか?」
「ええ。だから、貴方の言うように50人の騎士に……これは銃っていうんだけどね、銃を行き渡らせるのは難しいわ」
都笠さんの言葉に、バスキア公が残念そうな顔をする。
たしかに現代の銃を配備できれば、騎兵とか相手ならほぼ一方的に圧倒できるかもしれない。
防御がかかっていても銃弾の前にはそこまで長くは持たないのはさっきの戦いで分かったし。
ただ、銃には弾切れとかの弱点もあるし、扱いも簡単じゃない。何度か撃たせてもらったけどまったく当たらなかった。映画みたいにはいかない。
ガルフブルグの人から見れば、雷鳴の弩なんて名前がついて、恐ろしい武器に見えるんだろうけど、使いこなすには相応の訓練が必要だ。
銃が強いのは、都笠さんが扱いに慣れているから、ということの方が大きいと思う。
それに、実際の所、自衛隊の基地か米軍基地にでも行けない限り、大量の銃を獲得することはできない。大量配備は現実的じゃないだろうな。
ハンドガンとか拳銃くらいは警察署に行けばある……かもしれない。というか、ああいうところの銃の管理ってどうなってるんだろうか。
「なるほどな。選ばれし者のみに与えられる神聖な武具だったってことか?」
「まあ……ちょっと違うような気もするけどね」
都笠さんが苦笑いする。
まあ確かに日本で銃を正規に扱える人は、選ばれし者、かもしれない。神聖というのは関係ないけど。
「それと、安心して。あたしは自衛官。無暗に銃を人に向けたりはしないわ」
「ジエイカン?なんだそりゃ」
言葉の意味が通じなかったバスキア公が首をひねる。
「あたしはあたしや仲間を守るために銃を使うってこと」
「……それほど強力な武器を持っているのに、自分からはその武器を使わないってことか?」
「ええ、そういうこと。守ること。それがあたしの流儀よ」
都笠さんがきっぱりと言い切る。
日本とは全然違う環境になったけど、それでも都笠さんの中で自衛官というのは大きな意味を持っているんだろうな、と思う。
バスキア公が押し黙った。
「こんないい話を断るとは……お前ら二人のことはまったく理解できねぇ。
塔の廃墟の住人はバカばかりだ」
1分ほどの間のあとに、バスキア公が疲れたような顔で首を振る。
「が、まあいい。
お前等がサヴォア家に仕えて、ガルフブルグから出ないんなら……まあ俺としても妥協できる、が」
バスキア公が眼光鋭く僕を見る。
「スミト、偽りはないだろうな?偽りであった場合は……」
「嘘はつきません」
さっきの感じだと、嘘をついたら軍隊を繰り出してでも潰しに来そうだ。まあ嘘をつく気はないけど。
バスキア公が舌打ちして地面を蹴った。
「だが、覚えておけよ。お前等は落ちぶれ貴族に従うべき人間じゃねぇ。
そして、お前らに相応しい地位を用意できるのは俺だけだ。気が変わったらいつでもこい」
「……ありがとうございます」
というべきなんだろうか。
もういいや、とばかりにバスキア公が回れ右して馬車の方に歩き出そうとする。
「そういえば、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
僕の言葉に、バスキア公が不機嫌そうに振り返った。
「なんで……サンヴェルナールの夕焼け亭の仕組みが知りたいんです?」
銃や車の使い方が知りたいのは分かる。
銃は強力な武器であることは明らかだし、車も軍事用に使うにせよ、単に荷物運びに使うにせよ、役に立つ。
でも、オーディオはそこまではっきりと役に立つものじゃない。あくまで娯楽用品だ。まさかバスキア家で音楽酒場を経営して稼ぎたいなんてことは無いと思うんだけど。
バスキア公が黙りこくった。なんか聞いてはいけないことを聞いたかな
「……お前はガルフブルグの地方に行ったことはあるか?パレア以外の所だ」
「いえ、ないですけど」
そう言えば、まだパレアと東京への門があるラポルテ村以外に行ったことはない。
僕の言葉を聞いて、バスキア公が言うだけ無駄、と言わんばかりに首を振った。
「……門衛には通すように伝えておいてやる。さっさと帰れ」
バスキア公が手をひらひらさせて踵を返した。結局何が言いたかったのかわからない。
「サヴォア家の復興については手配してやる。いずれサンヴェルナールの夕焼け亭に使いをやるからな」
結局、僕の質問には答えてくれずに、バスキア公がコートの裾をはためかせて、そのまま馬車の方に歩いて行った。
◆
僕等を包囲するように庭に展開していたバスキア公の旗下の従士たちが撤収準備を始めた。
馬車の周りに戻って隊列を組み始める。
ジェラールさんが一人でこっちに歩いてきた。
長刀はもう仕舞われていて、さっきまでの臨戦態勢の息苦しいような圧力はない。
「竜殺しよ」
「僕はスミトです。カザマスミト」
面頬越しだからなのか、少しくぐもった声だ。
間近で見ると、顔の下半分は面頬のようなものに覆われているからわからないけど、額や頬、目じりに古傷がある。いかにも歴戦の戦士って感じがするな。
スポーツ刈りのように短く刈り込んだ頭にも一筋の長い刀傷があった。背が高くて見下ろされているのも含めて、中々に迫力がある。
「そうか。スミト。
我が主相手にあそこまでの口上を述べるとは、大した胆力だ。流石だな」
「いや……まあ、なんというか」
この国のどう少なく見積もってもトップ5位以内の権力者相手に我ながら好き勝手言ったもんだ。
無事に収まったのはダナエ姫がいてくれた、というのもあるけど。バスキア公が絶対に認めない、といわずに妥協して引いてくれたのもある。
正直言って冷や汗ものだったけど……流されていくのは嫌だった。
この環境になって、なるべく自分で正しいと思う道を歩いてきたと思う。これからもそうしたい。
「仲間のために剣を振える勇気を持つことは戦士として得難い資質だ」
「ありがとうございます」
「だが……お前の太刀筋は速く、思いきりは良いが、攻撃に偏り過ぎてなんとも危うい……今日のお前の行動すべても含めてな」
確かに、アーロンさん達がお人よしにも助けに来てくれなけば、どうなっていたかは分からない。
バスキア公としては、僕等を仕官させたかったのかもしれないけど、仮に死んだとしてもそれはそれで構わないと思っていた節もあるわけだし。
いろんな意味で紙一重だった。
「……仲間を大事に思い、仲間の為に今日のような危険を冒すのならば……鍛えろ。
他人を守ることは自分を守ることよりはるかに難しい。覚えておけ」
そういってジェラールさんが僕の肩を叩いた。
「ガルフブルグにいればともに戦う日もあるかもしれん……ではな、また会おう。スミト」
「ありがとうございます」
そういうと、ジェラールさんが踵を返して、従士の一人が連れた馬にまたがる。
騎士達が隊列を作って、馬車を先導していった。
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