僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
高慢の報い。そして僕等は決断を迫られる。
バスキア公。
ガルフブルグの4大公だかの一角の当主か。正真正銘の大物がまさかこんなところに出てくるなんて全く思わなかった。
というか、何しに来たんだ?
ジェラールが一礼して後ろに控えた。しかし、さっきの礼への対応とか、立ち居振る舞いの端々になんというか、自信満々な雰囲気を感じる。
以前一度だけ東京のパーティになぜか上司と言ったときに会った若いどこかのベンチャーの社長っぽい。
今まで出してきた結果と、それに支えられた自信とか確信というか、そんな感じだ。
襟の間から覗く顔は鼻筋が通っていて眉も濃い。髭は生えてないけど精悍な顔立ち。整っているけど、美男子、というよりベテランのトップアスリートのような印象を受ける。
「これを動かしたのが、噂のお前の管理者の力か?」
バスキア公がハンマーの車体を手で叩く。
よく見ると、車体が傾いていた。タイヤが一個壊されているらしい。これで強行突破はかなり厳しくなったか。
「まあそうですけど」
「ひとつ、聞くが……」
「なんです?」
「お前ら塔の廃墟の連中はバカばかりなのか?」
「は?」
藪から棒にバカとは随分な言われようだな。
「お前らは今日、奴隷を取り戻すために旧市街の門を破ってきた、そうだな?」
「そうで……だけど」
敬語を使いそうになったけど、やめた。
敬語を使うってことは、相手を上に見るってことだ。でも、この場面、気圧されるわけにはいかない。
バスキア公はあまり気にしてないらしく話し続ける。
「そして、目的を達したらすぐ逃げればいいものを、わざわざもう一人の奴隷をラクシャスの屋敷まで取りに来た、と」
「まあ」
僕の返事を聞いて、バスキア公が首を振った。
「ラクシャスが何かやるのは知ってた。
だが、お前らが旧市街の門を破って今日来るのは完全に予想外だった。噂を聞く限り、いずれ何かしてくるとは思っていたがな」
まあそうだろう。自分で言うのもなんだけど無茶してるとは思う。
「……一応教えておいてやるが、すぐに逃げれば恐らく門をくぐって逃げることもできただろうよ」
ああ、そうなのか。でもそれをいまさら聞いても仕方ない。
「で、後先考えずにこんなことをやるとは、バカなのか?お前ら」
「たかが奴隷のために、って言いたいのか?」
この手の話ははもう何度も聞いたのでいい加減辟易しているんだけど。
僕の言葉にバスキア公が首を振った
「違うな。
お前は塔の廃墟の住人、そして、おそらくガルフブルグ、大陸中探してもおそらくほとんどいない上位の管理者使いだ。
あの奴隷どもはスロット持ちなんだろうが、所詮は単なる魔法使いにすぎん。替えがきく。だがお前はきかない」
「なんだって?」
「分かるか?スロット持ち100人よりお前等は価値がある。
奴隷がどうなんて関係ねぇよ。それが分からずに無駄に危険に突っ込むお前はバカだと言ってるんだ」
「……大事なものを守るのに理由は居るか?」
僕の言葉にバスキア公があきれ果てた、という顔をする。
「塔の廃墟の住人はお前らみたいなバカばかりなのか?」
「バカバカって、失礼ね、あんた。何が言いたいのよ」
都笠さんが食ってかかる。確かにさっきから何回バカって言われてんだろうか。
「おっとすまん。だが勘違いするな。俺はお前等を高く評価している。
だからこそこんな馬鹿な真似をするのが……」
「偉大なる大公よ」
バスキア公の言葉をラクシャスの声が遮った。
◆
ラクシャスが屋敷の方から歩いてきた。さっきと同じく礼装っぽい服を着ているけど、色が違う。
わざわざ着替えて来たのか。
「御自ら御出馬とは、光栄の至りです」
バスキア公の前に進み出て優雅に礼をしてそのまま跪いた。
これが多分正式な礼なんだろうか。そういえばあ、たしか、こいつは礼法を司る貴族なんだっけ。
バスキア公がラクシャスを見下ろす。
「……こいつを助けに来たのか?」
そういえば、さっきから散々バカバカと言われるけど、バスキア公が何をしにここに来たのかは分からない。
バスキア公がちらりと僕等を見て首を振った。
「いや、違うな……まあいろいろあるが、最大の目的はお前らに会うことだ……だがその前に」
「大公よ!それは一体?」
ラクシャスが悲鳴のような声を上げて顔を上げた。バスキア公が跪いたままのラクシャスを見下ろす。
「……ラクシャス家当主、アルマ・カルティレア・ラクシャス、先にお前への裁定を下す」
「裁定とは!いかなるおつもりでしょうか!?」
「バスキア家の典礼侍従長の地位、およびラクシャス家当主の地位を解く」
「………え?」
「お前には無期限の蟄居を命じる。ラクシャス家をどうするかは追って沙汰する」
「そんな……バカな……」
ラクシャスが愕然とした顔でバスキア公を見上げる。
「ですがこ奴らへの咎めは?こやつらは大公の市街で……」
「それはお前が余計なことをしたからだろ?サヴォア家への裁定は下っている、何年も前にな」
バスキア公がぴしゃりと言い返して、ラクシャスが言葉に詰まる。
「無茶をやるならせめて成功させろ。
しかも、俺の街区の衛視に今夜は何もしないように根回ししていたらしいな、俺の名を使って」
ラクシャスの横顔から血の気が引くのが、薄暗がりのなかでもはっきりわかった。
どっちの味方をする、とかそういう話を抜きにしてもあまりにも静かすぎると思ったら、そういうことか。
「お前ともあろうものがそれがどういう意味を持つのか、分からないわけはないよな」
「ですが……それは……あんまりな仕打ちです!」
ラクシャスが土下座のような姿勢でバスキア公を見上げる。
バスキア公が、憐れむような目でラクシャスを見下ろした。
「俺は……必要ならどんな場であっても、主家の俺にであっても諫言することを躊躇わない、昔のお前は嫌いじゃなかったよ。高慢だのなんだのと言われてたがな」
「大公よ!お慈悲を!」
「……だが、私怨にかられて旧市街で騒動を起こしたあげく、序列を無視した行動をされちゃ許すわけにはいかねぇ。残念だ」
「そんな……」
「諦めろ」
バスキア公が有無を言わさぬ口調で言った。無情な宣告に、ラクシャスが意味不明のうめき声をあげる。がっくりうなだれてそのまま地面に突っ伏した。
今度こそ、完全に最後の希望が尽きた瞬間だな。
◆
芝に突っ伏しているラクシャスをヤンヌさんが抱えるようにして屋敷に連れて行った。
貴族という地位を背景に傍若無人をやってきたあいつからすれば、官位を剥がれて、当主の座を追われ、主家に見捨てられるってのは、そのすべてが失われるってことだろう。
文字通り地獄に突き落とされたようなもんだ。ここまで悲惨だと、いっそ死んだ方がましかもしれない。
呆けた顔で、糸の切れた操り人形のように、引きずられるように連れていかれる姿は、さっきまでの偉そうに背を伸ばしていた面影は無かった。
何というか、溜飲は下がったような気もするけど。ただ、それはそれとして、僕らの状況は変わってない。
連れていかれるラクシャスを一瞥して、バスキア公がこっちを向いた。
「ああ、すまんな。話の腰が折れちまった……そう、俺はお前等を高く評価している」
「それって、どういう意味よ?」
都笠さんが聞く。
さっきの話だと僕等に会いに来たってことらしいけど。また仕官しろとか、そういう話だろうか。
「準騎士になれ、とかそういう話か?」
「準騎士なんてケチなこと言うのは、ブルフレーニュのお嬢ちゃんかオルドネスの所の坊主だろ。
俺はそんなつまんねぇことは言わん」
つまんないこと言わないって、どういう意味だ?と聞き返す前にバスキア公が話をつづけた。
「カザマスミト、お前、年はいくつだ?」
「は?」
突然の質問に思考が止まりかけた。話があまりに脈絡がなさすぎるんだけど。
「年だ」
「25歳だけど」
この環境になって1年くらいは経っているから26歳かもしれないけど、まあいいか。
「そいつは都合がいい。俺の旗下の貴族に跡取りがいない家があってな。
娘がいる。18歳。かなりの美女だ。頭も切れる」
「はあ、それで?」
「引く手数多だから竜殺しのお前にも釣り合うだろう。お前はそいつを娶れ」
「は?」
「そうすればお前は貴族の跡継ぎだ。いずれは2つの城と80の村を束ねる領主になる。
バスキアの内務を担う家だ。そこでお前は俺と国の為に力を尽くせ」
「………何言ってんだ?」
娶れって何のことかと思ったけど、結婚しろってことか?
僕だけじゃなく、相手のこともあるだろうに、当事者の意思を無視したことを当たり前と言わんばかりに言う。
いきなり出てきた結婚話について行けない僕を無視して、バスキア公が今度は都笠さんの方を向いた。
「で、雷鳴、スズ。
お前だが、お前のその雷鳴の弩は察するに塔の廃墟の武器だな?
スロット武器じゃないなら誰にでも使えるとみたが、どうだ?」
「まあ……そうだけど。
ていうか、その雷鳴とかいう名前止めてくれない?」
どうやら都笠さんにも二つ名がついたらしい。
ただ、僕等の感覚だとなんというか中二病っぽいからかなり抵抗がある。
「なんだ?気にいらねぇのか?他の名が良ければ自分で名乗っていいぞ」
「だから、そういうのじゃなくて、止めて」
「戦士にとって二つ名を持つのは名誉だぞ。
誰もが認める強さの持ち主だからこそ、二つ名がつくんだ」
「でも辞めて」
都笠さんが心底嫌そうな顔で言う。
バスキア公も心底不思議そうな顔をした。まあ二つ名がつくのはガルフブルグでは名誉なことなんだろうな。
「分からんな……まあいいだろう。
スズ、お前には50人の騎士を付ける。塔の廃墟からその武器を持ってきてそいつらに使い方を仕込め。
訓練のやり方は任せる。事が終われば千人隊長として正騎士の称号と一師団を任せよう」
「ちょっとまって?」
「お前のスロット能力を考えれば騎士を指揮する立場の方がいいと判断した。
領地が欲しいのなら後で聞いてやる」
都笠さんの言葉を遮って、バスキア公が話を続ける。
「俺は準騎士なんてつまらんことを言うつもりはない。
言っただろう。俺はお前らの力を高く評価している、とな」
◆
降ってわいたというか、予想もつかない話に正直言って頭がついて行かない。貴族だって?
都笠さんも似たような感じだ。黙ってしまった僕等にバスキア公が話を続ける。
「そもそも、お前等には何度も準騎士の誘いがあったはずだ。何故応じなかった?」
都笠さんと顔を見合わせる。
僕は正直言って、組織に縛られて自分で負いきれない責任を背負いたくなかったってのはある。
都笠さんも籐司郎さんからの誘いを断っているけど、そういえば理由は聞いたことがないな。
「お前らの国じゃ誰かに仕えるのは恥だったのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
というか、誰かの個人に仕える、という概念自体は日本ではほとんどないと思う。
でも、社会人になったらほとんどの人はどこかの会社とか組織には所属する。それを、仕えると表現していいかはわからないけど。
「お前らがどんな世界にいたのかは知らねぇがな。
お前らのような有能な人間はそれにふさわしい地位に就き、その能力を発揮して国と民の為に働く義務がある。
一匹狼で出来ることなんてたかが知れてるからな」
「なんつーか、無茶言うな……」
突然、そんな大仰な話をされても困るんだけど。
「そして、その代わりに、相応しい地位と名誉、富を得る」
僕の言葉をスルーしてバスキア公が話を続ける。この辺はなんというか、お偉方って感じだ。人の話を聞こうとしないというか、マイペース。
「有能な人間が民を導いてこそ、国は栄える。優れた知識は世に還元しろ。
その鉄車にしても、サンヴェルナールの夕焼け亭の楽師無き音楽堂もそうだがな。塔の廃墟の知識を個人で独占するなんぞ罪悪だ」
自分だけに渡せ、ではなくて、世の中に広く知らせろってことか。それはちょっと意外だ。
「それにだ、お前みたいなやつがふらふらした挙句、ソヴェンスキやイーレルガイアに引っこ抜かれちゃかなわねえだろうが」
「……ソヴェンスキ?イーレルガイアって何?」
都笠さんが口を挟む。
話の腰を折られてバスキア公がしかめ面をした。
「ガルフブルグの隣国です。あまり関係はよくありません」
セリエが後ろからささやいてくれる。つまり、他に国に行かれちゃ困っるってことか。
日本ではフリーのエンジニアとかは別におかしな立場じゃなかったけど
ガルフブルグでは、だれにも仕えないと、どこかに行ってしまいかねない危険人物とかそういう風に見られるってことなんだろうか。
「まあそういうことだ。
もし、あくまで誰にも仕えないっていうなら……」
そこでバスキア公が一瞬間をとって僕等をぎろりと睨む。
「……お前は危険だ。
優秀な猟犬は有益だが、つながれていない野良犬は危険だ……そいつが優秀であればこそな」
犬扱いってのはちょっとイラつく。悪気はないんだろうけど。
「俺に仕えろ。野良犬ではなく猟犬になれ」
「こうやって取り囲んで仕えろっていうのか?」
「……気に食わないか?」
「無理強いされて気分がいいわけ無いだろ」
「それはすまんな」
バスキア公が言うけど、悪びれた感じはまったくない。
「こう考えろ。ここまでしてでもお前を旗下に収めたい、俺の熱意の現れだ」
随分と勝手なこと言うな。
そこまで言ったところで、バスキア公の目つきが鋭くなった。僕等を睨みつける。
「だが言っておく……これは警告でもある。
あくまで拒むなら……俺の権限でここで処刑する。
旧市街の門を吹き飛ばして貴族の館に乱入したんだ。処刑するには十分な理由になる」
ジェラールが一歩前に進み出てきて長刀を構える。風がまたふわりと吹いて髪が靡いた。
正直言ってさっき剣を交えた限り、勝てる気が全くしない。
都笠さんもかなり弾を使ってしまってるし、僕も万全じゃない。万全なら勝てるか、と言われるとそれはそれでまた別なんだけど。
アーロンさんが舌打ちをして剣を構えた。都笠さんも89式を抜く。
「……ここを力ずくで切り抜けれると思うほど馬鹿じゃないだろ。
お前らに相応しい名誉と地位を用意したと思うがな。迷う必要はあるか?」
実は、バスキア公のいうことも分からなくはない。
サヴォア家、ユーカやセリエ、ヴァレンさん達の住むところが無くならないために、サンヴェルナールの夕焼け亭のオーディオの仕組みについては秘密にしている。
でも、支配者クラスから言わせれば、その知識を広く世間に還元しろ、というのは分かる。自分だけの独占物にさせろ、と言わないだけむしろ良心的だ。
高圧的で上から目線ではあるけど、こいつはこいつなりに国のことを考えているってわけか。
ただ、脅されて誰かに仕えることを強制されるのはやっぱり納得いかない。
「さて、答えを聞こうか」
バスキア公が言って、ジェラールがさらにもう一歩前に出てきた。
周りには10人以上の騎士もいる。バスキア公に従ってこの場に来ているってことは、それぞれが相応のスロットを持っているだろう。
アーロンさんを巻き添えにするわけにもいかないし、腹は立つけど、ここは従うしかないのか。
「ちょっと……」
待て、と言おうとしたところで。
白い光の線が二本、夜空を切り裂くように降ってきた。僕とジェラールの間の芝生に突き刺さる。ジェラールが慌ててバックステップした。
見ると、白く輝くサーベルのような細長い剣が芝生から生えていた。
「強引なのは感心せんぞ、アストレイ殿」
静かな庭に澄んだ女の声が聞こえた。
ガルフブルグの4大公だかの一角の当主か。正真正銘の大物がまさかこんなところに出てくるなんて全く思わなかった。
というか、何しに来たんだ?
ジェラールが一礼して後ろに控えた。しかし、さっきの礼への対応とか、立ち居振る舞いの端々になんというか、自信満々な雰囲気を感じる。
以前一度だけ東京のパーティになぜか上司と言ったときに会った若いどこかのベンチャーの社長っぽい。
今まで出してきた結果と、それに支えられた自信とか確信というか、そんな感じだ。
襟の間から覗く顔は鼻筋が通っていて眉も濃い。髭は生えてないけど精悍な顔立ち。整っているけど、美男子、というよりベテランのトップアスリートのような印象を受ける。
「これを動かしたのが、噂のお前の管理者の力か?」
バスキア公がハンマーの車体を手で叩く。
よく見ると、車体が傾いていた。タイヤが一個壊されているらしい。これで強行突破はかなり厳しくなったか。
「まあそうですけど」
「ひとつ、聞くが……」
「なんです?」
「お前ら塔の廃墟の連中はバカばかりなのか?」
「は?」
藪から棒にバカとは随分な言われようだな。
「お前らは今日、奴隷を取り戻すために旧市街の門を破ってきた、そうだな?」
「そうで……だけど」
敬語を使いそうになったけど、やめた。
敬語を使うってことは、相手を上に見るってことだ。でも、この場面、気圧されるわけにはいかない。
バスキア公はあまり気にしてないらしく話し続ける。
「そして、目的を達したらすぐ逃げればいいものを、わざわざもう一人の奴隷をラクシャスの屋敷まで取りに来た、と」
「まあ」
僕の返事を聞いて、バスキア公が首を振った。
「ラクシャスが何かやるのは知ってた。
だが、お前らが旧市街の門を破って今日来るのは完全に予想外だった。噂を聞く限り、いずれ何かしてくるとは思っていたがな」
まあそうだろう。自分で言うのもなんだけど無茶してるとは思う。
「……一応教えておいてやるが、すぐに逃げれば恐らく門をくぐって逃げることもできただろうよ」
ああ、そうなのか。でもそれをいまさら聞いても仕方ない。
「で、後先考えずにこんなことをやるとは、バカなのか?お前ら」
「たかが奴隷のために、って言いたいのか?」
この手の話ははもう何度も聞いたのでいい加減辟易しているんだけど。
僕の言葉にバスキア公が首を振った
「違うな。
お前は塔の廃墟の住人、そして、おそらくガルフブルグ、大陸中探してもおそらくほとんどいない上位の管理者使いだ。
あの奴隷どもはスロット持ちなんだろうが、所詮は単なる魔法使いにすぎん。替えがきく。だがお前はきかない」
「なんだって?」
「分かるか?スロット持ち100人よりお前等は価値がある。
奴隷がどうなんて関係ねぇよ。それが分からずに無駄に危険に突っ込むお前はバカだと言ってるんだ」
「……大事なものを守るのに理由は居るか?」
僕の言葉にバスキア公があきれ果てた、という顔をする。
「塔の廃墟の住人はお前らみたいなバカばかりなのか?」
「バカバカって、失礼ね、あんた。何が言いたいのよ」
都笠さんが食ってかかる。確かにさっきから何回バカって言われてんだろうか。
「おっとすまん。だが勘違いするな。俺はお前等を高く評価している。
だからこそこんな馬鹿な真似をするのが……」
「偉大なる大公よ」
バスキア公の言葉をラクシャスの声が遮った。
◆
ラクシャスが屋敷の方から歩いてきた。さっきと同じく礼装っぽい服を着ているけど、色が違う。
わざわざ着替えて来たのか。
「御自ら御出馬とは、光栄の至りです」
バスキア公の前に進み出て優雅に礼をしてそのまま跪いた。
これが多分正式な礼なんだろうか。そういえばあ、たしか、こいつは礼法を司る貴族なんだっけ。
バスキア公がラクシャスを見下ろす。
「……こいつを助けに来たのか?」
そういえば、さっきから散々バカバカと言われるけど、バスキア公が何をしにここに来たのかは分からない。
バスキア公がちらりと僕等を見て首を振った。
「いや、違うな……まあいろいろあるが、最大の目的はお前らに会うことだ……だがその前に」
「大公よ!それは一体?」
ラクシャスが悲鳴のような声を上げて顔を上げた。バスキア公が跪いたままのラクシャスを見下ろす。
「……ラクシャス家当主、アルマ・カルティレア・ラクシャス、先にお前への裁定を下す」
「裁定とは!いかなるおつもりでしょうか!?」
「バスキア家の典礼侍従長の地位、およびラクシャス家当主の地位を解く」
「………え?」
「お前には無期限の蟄居を命じる。ラクシャス家をどうするかは追って沙汰する」
「そんな……バカな……」
ラクシャスが愕然とした顔でバスキア公を見上げる。
「ですがこ奴らへの咎めは?こやつらは大公の市街で……」
「それはお前が余計なことをしたからだろ?サヴォア家への裁定は下っている、何年も前にな」
バスキア公がぴしゃりと言い返して、ラクシャスが言葉に詰まる。
「無茶をやるならせめて成功させろ。
しかも、俺の街区の衛視に今夜は何もしないように根回ししていたらしいな、俺の名を使って」
ラクシャスの横顔から血の気が引くのが、薄暗がりのなかでもはっきりわかった。
どっちの味方をする、とかそういう話を抜きにしてもあまりにも静かすぎると思ったら、そういうことか。
「お前ともあろうものがそれがどういう意味を持つのか、分からないわけはないよな」
「ですが……それは……あんまりな仕打ちです!」
ラクシャスが土下座のような姿勢でバスキア公を見上げる。
バスキア公が、憐れむような目でラクシャスを見下ろした。
「俺は……必要ならどんな場であっても、主家の俺にであっても諫言することを躊躇わない、昔のお前は嫌いじゃなかったよ。高慢だのなんだのと言われてたがな」
「大公よ!お慈悲を!」
「……だが、私怨にかられて旧市街で騒動を起こしたあげく、序列を無視した行動をされちゃ許すわけにはいかねぇ。残念だ」
「そんな……」
「諦めろ」
バスキア公が有無を言わさぬ口調で言った。無情な宣告に、ラクシャスが意味不明のうめき声をあげる。がっくりうなだれてそのまま地面に突っ伏した。
今度こそ、完全に最後の希望が尽きた瞬間だな。
◆
芝に突っ伏しているラクシャスをヤンヌさんが抱えるようにして屋敷に連れて行った。
貴族という地位を背景に傍若無人をやってきたあいつからすれば、官位を剥がれて、当主の座を追われ、主家に見捨てられるってのは、そのすべてが失われるってことだろう。
文字通り地獄に突き落とされたようなもんだ。ここまで悲惨だと、いっそ死んだ方がましかもしれない。
呆けた顔で、糸の切れた操り人形のように、引きずられるように連れていかれる姿は、さっきまでの偉そうに背を伸ばしていた面影は無かった。
何というか、溜飲は下がったような気もするけど。ただ、それはそれとして、僕らの状況は変わってない。
連れていかれるラクシャスを一瞥して、バスキア公がこっちを向いた。
「ああ、すまんな。話の腰が折れちまった……そう、俺はお前等を高く評価している」
「それって、どういう意味よ?」
都笠さんが聞く。
さっきの話だと僕等に会いに来たってことらしいけど。また仕官しろとか、そういう話だろうか。
「準騎士になれ、とかそういう話か?」
「準騎士なんてケチなこと言うのは、ブルフレーニュのお嬢ちゃんかオルドネスの所の坊主だろ。
俺はそんなつまんねぇことは言わん」
つまんないこと言わないって、どういう意味だ?と聞き返す前にバスキア公が話をつづけた。
「カザマスミト、お前、年はいくつだ?」
「は?」
突然の質問に思考が止まりかけた。話があまりに脈絡がなさすぎるんだけど。
「年だ」
「25歳だけど」
この環境になって1年くらいは経っているから26歳かもしれないけど、まあいいか。
「そいつは都合がいい。俺の旗下の貴族に跡取りがいない家があってな。
娘がいる。18歳。かなりの美女だ。頭も切れる」
「はあ、それで?」
「引く手数多だから竜殺しのお前にも釣り合うだろう。お前はそいつを娶れ」
「は?」
「そうすればお前は貴族の跡継ぎだ。いずれは2つの城と80の村を束ねる領主になる。
バスキアの内務を担う家だ。そこでお前は俺と国の為に力を尽くせ」
「………何言ってんだ?」
娶れって何のことかと思ったけど、結婚しろってことか?
僕だけじゃなく、相手のこともあるだろうに、当事者の意思を無視したことを当たり前と言わんばかりに言う。
いきなり出てきた結婚話について行けない僕を無視して、バスキア公が今度は都笠さんの方を向いた。
「で、雷鳴、スズ。
お前だが、お前のその雷鳴の弩は察するに塔の廃墟の武器だな?
スロット武器じゃないなら誰にでも使えるとみたが、どうだ?」
「まあ……そうだけど。
ていうか、その雷鳴とかいう名前止めてくれない?」
どうやら都笠さんにも二つ名がついたらしい。
ただ、僕等の感覚だとなんというか中二病っぽいからかなり抵抗がある。
「なんだ?気にいらねぇのか?他の名が良ければ自分で名乗っていいぞ」
「だから、そういうのじゃなくて、止めて」
「戦士にとって二つ名を持つのは名誉だぞ。
誰もが認める強さの持ち主だからこそ、二つ名がつくんだ」
「でも辞めて」
都笠さんが心底嫌そうな顔で言う。
バスキア公も心底不思議そうな顔をした。まあ二つ名がつくのはガルフブルグでは名誉なことなんだろうな。
「分からんな……まあいいだろう。
スズ、お前には50人の騎士を付ける。塔の廃墟からその武器を持ってきてそいつらに使い方を仕込め。
訓練のやり方は任せる。事が終われば千人隊長として正騎士の称号と一師団を任せよう」
「ちょっとまって?」
「お前のスロット能力を考えれば騎士を指揮する立場の方がいいと判断した。
領地が欲しいのなら後で聞いてやる」
都笠さんの言葉を遮って、バスキア公が話を続ける。
「俺は準騎士なんてつまらんことを言うつもりはない。
言っただろう。俺はお前らの力を高く評価している、とな」
◆
降ってわいたというか、予想もつかない話に正直言って頭がついて行かない。貴族だって?
都笠さんも似たような感じだ。黙ってしまった僕等にバスキア公が話を続ける。
「そもそも、お前等には何度も準騎士の誘いがあったはずだ。何故応じなかった?」
都笠さんと顔を見合わせる。
僕は正直言って、組織に縛られて自分で負いきれない責任を背負いたくなかったってのはある。
都笠さんも籐司郎さんからの誘いを断っているけど、そういえば理由は聞いたことがないな。
「お前らの国じゃ誰かに仕えるのは恥だったのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
というか、誰かの個人に仕える、という概念自体は日本ではほとんどないと思う。
でも、社会人になったらほとんどの人はどこかの会社とか組織には所属する。それを、仕えると表現していいかはわからないけど。
「お前らがどんな世界にいたのかは知らねぇがな。
お前らのような有能な人間はそれにふさわしい地位に就き、その能力を発揮して国と民の為に働く義務がある。
一匹狼で出来ることなんてたかが知れてるからな」
「なんつーか、無茶言うな……」
突然、そんな大仰な話をされても困るんだけど。
「そして、その代わりに、相応しい地位と名誉、富を得る」
僕の言葉をスルーしてバスキア公が話を続ける。この辺はなんというか、お偉方って感じだ。人の話を聞こうとしないというか、マイペース。
「有能な人間が民を導いてこそ、国は栄える。優れた知識は世に還元しろ。
その鉄車にしても、サンヴェルナールの夕焼け亭の楽師無き音楽堂もそうだがな。塔の廃墟の知識を個人で独占するなんぞ罪悪だ」
自分だけに渡せ、ではなくて、世の中に広く知らせろってことか。それはちょっと意外だ。
「それにだ、お前みたいなやつがふらふらした挙句、ソヴェンスキやイーレルガイアに引っこ抜かれちゃかなわねえだろうが」
「……ソヴェンスキ?イーレルガイアって何?」
都笠さんが口を挟む。
話の腰を折られてバスキア公がしかめ面をした。
「ガルフブルグの隣国です。あまり関係はよくありません」
セリエが後ろからささやいてくれる。つまり、他に国に行かれちゃ困っるってことか。
日本ではフリーのエンジニアとかは別におかしな立場じゃなかったけど
ガルフブルグでは、だれにも仕えないと、どこかに行ってしまいかねない危険人物とかそういう風に見られるってことなんだろうか。
「まあそういうことだ。
もし、あくまで誰にも仕えないっていうなら……」
そこでバスキア公が一瞬間をとって僕等をぎろりと睨む。
「……お前は危険だ。
優秀な猟犬は有益だが、つながれていない野良犬は危険だ……そいつが優秀であればこそな」
犬扱いってのはちょっとイラつく。悪気はないんだろうけど。
「俺に仕えろ。野良犬ではなく猟犬になれ」
「こうやって取り囲んで仕えろっていうのか?」
「……気に食わないか?」
「無理強いされて気分がいいわけ無いだろ」
「それはすまんな」
バスキア公が言うけど、悪びれた感じはまったくない。
「こう考えろ。ここまでしてでもお前を旗下に収めたい、俺の熱意の現れだ」
随分と勝手なこと言うな。
そこまで言ったところで、バスキア公の目つきが鋭くなった。僕等を睨みつける。
「だが言っておく……これは警告でもある。
あくまで拒むなら……俺の権限でここで処刑する。
旧市街の門を吹き飛ばして貴族の館に乱入したんだ。処刑するには十分な理由になる」
ジェラールが一歩前に進み出てきて長刀を構える。風がまたふわりと吹いて髪が靡いた。
正直言ってさっき剣を交えた限り、勝てる気が全くしない。
都笠さんもかなり弾を使ってしまってるし、僕も万全じゃない。万全なら勝てるか、と言われるとそれはそれでまた別なんだけど。
アーロンさんが舌打ちをして剣を構えた。都笠さんも89式を抜く。
「……ここを力ずくで切り抜けれると思うほど馬鹿じゃないだろ。
お前らに相応しい名誉と地位を用意したと思うがな。迷う必要はあるか?」
実は、バスキア公のいうことも分からなくはない。
サヴォア家、ユーカやセリエ、ヴァレンさん達の住むところが無くならないために、サンヴェルナールの夕焼け亭のオーディオの仕組みについては秘密にしている。
でも、支配者クラスから言わせれば、その知識を広く世間に還元しろ、というのは分かる。自分だけの独占物にさせろ、と言わないだけむしろ良心的だ。
高圧的で上から目線ではあるけど、こいつはこいつなりに国のことを考えているってわけか。
ただ、脅されて誰かに仕えることを強制されるのはやっぱり納得いかない。
「さて、答えを聞こうか」
バスキア公が言って、ジェラールがさらにもう一歩前に出てきた。
周りには10人以上の騎士もいる。バスキア公に従ってこの場に来ているってことは、それぞれが相応のスロットを持っているだろう。
アーロンさんを巻き添えにするわけにもいかないし、腹は立つけど、ここは従うしかないのか。
「ちょっと……」
待て、と言おうとしたところで。
白い光の線が二本、夜空を切り裂くように降ってきた。僕とジェラールの間の芝生に突き刺さる。ジェラールが慌ててバックステップした。
見ると、白く輝くサーベルのような細長い剣が芝生から生えていた。
「強引なのは感心せんぞ、アストレイ殿」
静かな庭に澄んだ女の声が聞こえた。
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