僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
戦いは数だよ、という言葉の意味を逆の意味で実感する。
視線がアーロンさん達に集まって、人形たちも動きを止めた。
横で都笠さんが大きく息を吐いて膝をつく。
「なんでここに?」
アーロンさん達が馬を降りて、それぞれスロット武器を構えた。
アーロンさんは片手剣と盾、リチャードは斬撃鞭。二人で並んだ後ろにはレインさんが杖を構えている。
援軍が来てくれたのはとてつもなく有り難いんだけど。どう考えてもこの3人が夜の旧市街にたまたま通りがかったなんてことはありえない。
「お前な……」
僕の問いかけにアーロンさんが呆れたような顔をした。
「俺たちの宿の前の広場であんな大演説ぶった挙句、車を動かしてすっ飛んでいって、旧市街の門を破っていっておいてだな。何でも何もないだろ」
「ガルフブルグ広しっていってもよ、車動かせるのはお前らだけだろ。
なんかトンでもないことがあったんだろうなってよ」
なんでわざわざ助けに、という意味だったんだけど。
「言っただろ。シンジュクでの借りは返しておくぜ。スミト」
リチャードが僕を指さしながらドヤ顔で言う。
あの時の借りは原宿でのデュラハンとの戦いでチャラだと思ってたけど。わざわざ旧市街まで僕等を援護に来てくれたのか。感心するくらいのお人よしだ。
まあ、僕もきっと彼らに言わせれば人のことは言えないとか言われそうだけど。
「……何者だ、貴様ら」
「名乗るほどのものじゃない。ただの探索者さ、貴族様。そいつの仲間だ」
「……探索者風情が、貴族の領域たる旧市街に乗り込んできてタダで済むと思うのか?」
不機嫌そうにラクシャスがアーロンさん達を指さすと、魔法使いが飾り紐を握った手をアーロンさん達にむける。
何体かの人形がアーロンさん達の方を向いて剣を構えた。
「ほーう。人形遣いか」
「この数を使役出来るってのは結構珍しいんじゃないか」
アーロンさん達が場違いな感心したような声を上げる。魔法使いが合図すると、人形が3体、アーロンさん達の方へ突っ込んだ。
「はっ、こんなの俺の相手になるかよ」
リチャードが巻いたままで手に持っていた鞭を一振りした。鞭が金色の光を放ちながら空中を舞う。
薙ぎ払うように飛ぶ鞭が、踏み込もうとした人形の手足や首を断ち切ってバラバラの破片が飛び散った。金色の鞭が蛇のように舞い、リチャードの手元に戻る。
切り裂かれた3体がリチャードよりはるか前の石畳に倒れ伏した。
従士たちが驚嘆の声を上げる。
「ふむ。少しは腕が立つようだが……この数に、たかが3人増えたところで何かできると思っているのか?
噂の龍殺しも我らの前に這いつくばる寸前だぞ」
数ではまだまだ勝っているから、ラクシャスはまだ余裕の笑みを浮かべている。
ラクシャスの言葉に二人が顔を見合わせる。
「だとよ、旦那」
「……笑わせるなよ」
リチャードとアーロンさんが不敵に笑った。
「何がおかしい?」
「あんたには分からないだろうがな。
敵地で、しかも誰かを守りながら戦うってのは大変なもんなんだ」
「普通の状態ならそいつらがこんなのに遅れをとるわけないぜ」
「なんだと?無礼者め」
ラクシャスが石畳を杖で叩いて一歩前に出ようとする。慌てたように従者と魔法使いがそれを静止した。
「おっと、どうも貴族様はお分かりじゃないようだぜ、旦那」
「おやおや、それは大変だ。勘違いを訂正して差し上げないとな」
リチャードとアーロンさんがおどけたように言う。
「下賤な者が。口の利き方に気をつけろ」
人形たちの壁がアーロンさん達を囲むように移動していく。人形の数はさっきより増えていて30体は軽く超えていた。
「どうだ?この数は。
下らぬ感情に流されてこんなところに来たことを後悔しているんじゃないか?」
ラクシャスが余裕の顔でアーロンさん達に向かって言う。
アーロンさん達の強さは知っている。でも数が多いってのはそれだけで厄介なのはまさに今思い知らされた。
この数を相手に大丈夫なんだろうか。
◆
人形が壁のようにアーロンさん達を鶴翼の陣のように取り囲む。かなり重圧がかかる状況のはずだけど、まったく二人の表情は変わらない。
「さて、リチャード。蹴散らすか」
「ああ、そうだな」
顔を見合わせて、こともなげにリチャードが言う。同時に、地面に垂れ下がっていた鞭が恐ろしいスピードで跳ね上がった。
僕の目から見ても、目にも止まらない、ってレベルだ。光を放つ鞭が一体の人形を真っ二つに切りさいて空中に飛ぶ。
リチャードの鞭が金色の残光を残して夜空に円を描いた。斬撃鞭が薙ぎ払うように走り人形の首を次々と跳ね飛ばす。
鞭の死角から突進してきた人形の前にはアーロンさんが立ちふさがった。
突き出された剣をものともせずにシールドをたたきつけると、剣がへし折れて人形がばらばらになった。
剣を振り回すと、2体まとめて胴が真っ二つになる。重い一撃が人形を次々と打ち倒す。
「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に返せ!】」
レインさんが空に伸ばした杖の先に炎の塊が生まれる。
夜の闇を切り裂くように飛んだ赤い火球が人形の列の中心に着弾した。火柱が上がって、火に包まれた人形がバタバタと倒れる。
もう一発が放物線を描くように人形の壁の上を抜けて、人形の召還をしようとしていた魔法使いの方に飛んだ。
あわてて魔法使いが詠唱をやめて後ろに飛び退く。炎の塊が石畳ではじけた。
召喚が遅れる隙に、縦横無尽に飛ぶ鞭が見る見るうちに人形の数を減らしていく。
魔法使いが手を動かすと、人形が下がって包囲網を少し大きくするけど、それを追うようにリチャードの鞭が飛んで、さらに2、3体を切り倒した。
「はあー」
都笠さんが横でため息をついた。
「どうしたの?」
「あのオジサマたち、強いのね……すごいわ」
「いや、本当に」
そういえば、都笠さんはアーロンさんたちの戦いを間近で見るのは初めてか。
僕も東京で何度か一緒にパーティを組んだけど、戦いを見るのは久しぶりだ。
空中を自在に飛ぶリチャードの鞭が広範囲の敵を牽制する。
スロット武器の性能がいいんだろうけど、動きが恐ろしく速い。そして、訓練の時にも見たけど、まさに変幻自在の動きだ。
威力は必殺ってほどでもないみたいだけど、長くて扱いにくいはずの鞭が手の延長のように空中を舞って、人形に何度も斬撃を浴びせて切り裂いていく。
人形は恐れを知らないからそれでも無理に突っ込んでくるけど。鞭の死角からくる敵はアーロンさんが盾と剣でシャットアウトする。
大きめの盾で隙なく攻撃を止め、そのまま盾をたたきつける。剣が振られるたび、盾で叩かれるたびに次々と人形が倒れていった。
そして、二人の壁の後ろからはレインさんの火球が飛んでくる。
次々と人形が立ち上がるけど、減るスピードの方が速い。
「何をしている!たかが3人だぞ!」
ラクシャスがヒステリックな声を張り上げて、僕等の前に陣取っていた10体ほどの人形もアーロンさん達の方に移動していく。
僕等の前に居るのは、ラクシャスとその側に控える三人の従士だけになった。でも、一人はさっき都笠さんに撃たれて戦闘不能だ。
二人の従士が僕等に睨みをきかせている。あの従士を倒せば形勢はこっちのもんだ。
「……さて、都笠さん」
「ええ、分かってるわ。踏ん張りどころよね」
都笠さんがうなづいて立ち上がった。
突然状況が変わってしまったけど、ギャラリー気分で見とれてる場合じゃない。都笠さんが枴を、僕は銃を構え直す。
僕等の動きを見て従士たちがそれぞれ剣を構えた。
◆
疲れが重く体にのしかかっているけど。
「いくぞ!」
自分を鼓舞するために一声叫ぶ。防御の光ももう薄い。切られるわけにはいかない。
「大人しくしていろ!」
従士が、盾をぶつけるかのようにそのまま突っ込んでくる。
盾と言えば攻撃を止めるための物、と思っていたけど、実戦じゃ盾は防具ってより武器に近い。面で叩きつける攻撃は剣よりも躱しにくいし、剣だろうが盾だろうが当たれば痛いことには変わりない。
ただ、盾を持つ相手との戦いはアーロンさんと散々練習した。
うかつに突きを繰り出して何度もぶっ叩かれて返り討ちにされたけど、痛い目に合えば流石に対応法も学習する。
従士の盾のチャージを銃身を横にして線で受け止める。ガンと衝撃が伝わった。歯を食いしばって足を踏ん張って押し負けないようにする。
トレーニングの成果か、受け止められた。以前ならそのまま吹っ飛ばされてたかもしれない。
「ちっ!
【我が敵よ、退け】!」
一歩下がった従士の鉈のような剣に赤い光が纏いつく。
さっきくらった衝打か。ライエルさんも使っていたあれは、ぶつかったときに衝撃を発するらしい。
振り上げられた赤く光る剣。だけど僕にはゆっくりと見える。さっきは3対1だったから避けきれなかったけど、1対1ならどうってことはない
ギリギリまで引き付けて飛びのく。
剣が振り下ろされて、石畳と剣がぶつかる。衝打の赤い光が輝き、ゴゥンという轟音が響いた。
石畳にひびが入り、白い破片が跳ね上がる。
「避けた?」
「貰った!」
銃剣突撃のように銃を槍のように構えて突っ込む。
銃剣の切っ先が剣を振り降ろして無防備になった腕に突き刺さった。防御の光がきらめく。
これだけじゃ貫通はしなかったか。でも、構わない。
「【貫け!魔弾の射手】!」
映画で見たことがある、銃剣を突き刺してそのまま引き金を引いた。これなら狙いを付ける必要もない。
超至近距離から放った魔弾の射手の弾丸が、従士の防御を消し飛ばして、腕を貫通した。
悲鳴が上がって血が石畳に飛び散る。腕を抑えた従士が剣を取り落とした。
「とどめだ!」
銃床で動きが止まった従士の顎を跳ね上げる。兜が脱げて、糸が切れた人形のように従士が石畳に倒れた。
◆
隣ではもう一人の従士が都笠さんと切り結んでいた。枴と剣が絡み合って鋭い音を立てる。
「小娘が!」
「1対1なら負けないわ!」
都笠さんが気合の声を上げて、枴で顔を狙って突きを繰り出す。従士が盾を上げて受け止めた。
それを待っていたかのように都笠さんがくるりと一回転して枴で下段を薙ぎ払うようにして振る。足に一撃を受けた従士が後退した。
「ちっ、死ねい!」
後ろに一歩下がった従士が、体勢を立て直して剣を振り上げて踏み込む。
都笠さんが鮮やかな手つきで枴を滑らせて取っ手を掴む。トンファーのように枴を構えなおした。また体を一回転させて振り下ろされる剣を枴で払いのける。
剣を弾かれた従士が一歩下がった。都笠さんが中国武術の演武さながらに、もう一回転しながら枴から手を離す。
「これで終わりよ!解放!」
身を翻した都笠さんの左手にハンドガンが握られていた。普段のやつより一回り大きい別の銃だ。スタンスを広げて射撃姿勢を取る。
「最後の45ACPよ!あんたに全部上げるわ!」
従士が剣をもう一度振り下ろすより都笠さんが引き金を引く方が早かった。
立て続けに銃声が響く。打ち出された弾丸が盾に当り、防御がその威力を相殺して青白い光を放つ。
至近距離からのフル装填の連射相手に、防御の光がひとたまりもなく消えた。
木の盾じゃ銃弾は防げない。盾に穴が穿たれ、従士が吹き飛ばされるように地面に倒れた。
「何をしている、貴様ら!下民どもに後れをとるなど!」
従士が倒れたのを見たラクシャスが流石に焦ったような声を上げた。
魔法使いが慌てたように僕らの方とアーロンさん達の方を交互に見る。コントロールが乱れたのか、人形が何体か迷うように足を踏み鳴らした。
壁の様だった人形の数ももう10体程度しかいなくなっている。
「【俺の鞭は変幻自在。よけれるもんならよけてみな!】」
「【来たれ黒狼、荒野を独り征くもの。
弱きものは糧と成せ。狩りの時だ。狙うは喉笛、汝の牙を】」
リチャードの鞭が長く伸びて渦を巻くように旋回した。
竜巻のような金色の光が人形を薙ぎ払い、周りを囲んでいた人形が全て崩れさる。
魔法使いが慌てて飾り紐をかざして呪文を唱えようとするけど。
「朱に染めろ!ブラックハウンド!」
アーロンさんが剣を突き出すと、アーロンさんの影からさっき見た黒い犬が一匹飛び出した。
石畳から立ち上がろうとする人形の間を風のように駆け抜けて、犬が魔法使いにとびかかる。
「ひいっ」
魔法使いが慌てて振り払おうとした腕に犬が噛みついた。
堅いものが砕ける嫌な音がして魔法使いの悲鳴が上がる。召喚の途中の人形が形を失って崩れていった。
ラクシャスがいまさら状況を悟ったように周りを見回すけど。もうあいつの護衛は一人も残っていなかった。
横で都笠さんが大きく息を吐いて膝をつく。
「なんでここに?」
アーロンさん達が馬を降りて、それぞれスロット武器を構えた。
アーロンさんは片手剣と盾、リチャードは斬撃鞭。二人で並んだ後ろにはレインさんが杖を構えている。
援軍が来てくれたのはとてつもなく有り難いんだけど。どう考えてもこの3人が夜の旧市街にたまたま通りがかったなんてことはありえない。
「お前な……」
僕の問いかけにアーロンさんが呆れたような顔をした。
「俺たちの宿の前の広場であんな大演説ぶった挙句、車を動かしてすっ飛んでいって、旧市街の門を破っていっておいてだな。何でも何もないだろ」
「ガルフブルグ広しっていってもよ、車動かせるのはお前らだけだろ。
なんかトンでもないことがあったんだろうなってよ」
なんでわざわざ助けに、という意味だったんだけど。
「言っただろ。シンジュクでの借りは返しておくぜ。スミト」
リチャードが僕を指さしながらドヤ顔で言う。
あの時の借りは原宿でのデュラハンとの戦いでチャラだと思ってたけど。わざわざ旧市街まで僕等を援護に来てくれたのか。感心するくらいのお人よしだ。
まあ、僕もきっと彼らに言わせれば人のことは言えないとか言われそうだけど。
「……何者だ、貴様ら」
「名乗るほどのものじゃない。ただの探索者さ、貴族様。そいつの仲間だ」
「……探索者風情が、貴族の領域たる旧市街に乗り込んできてタダで済むと思うのか?」
不機嫌そうにラクシャスがアーロンさん達を指さすと、魔法使いが飾り紐を握った手をアーロンさん達にむける。
何体かの人形がアーロンさん達の方を向いて剣を構えた。
「ほーう。人形遣いか」
「この数を使役出来るってのは結構珍しいんじゃないか」
アーロンさん達が場違いな感心したような声を上げる。魔法使いが合図すると、人形が3体、アーロンさん達の方へ突っ込んだ。
「はっ、こんなの俺の相手になるかよ」
リチャードが巻いたままで手に持っていた鞭を一振りした。鞭が金色の光を放ちながら空中を舞う。
薙ぎ払うように飛ぶ鞭が、踏み込もうとした人形の手足や首を断ち切ってバラバラの破片が飛び散った。金色の鞭が蛇のように舞い、リチャードの手元に戻る。
切り裂かれた3体がリチャードよりはるか前の石畳に倒れ伏した。
従士たちが驚嘆の声を上げる。
「ふむ。少しは腕が立つようだが……この数に、たかが3人増えたところで何かできると思っているのか?
噂の龍殺しも我らの前に這いつくばる寸前だぞ」
数ではまだまだ勝っているから、ラクシャスはまだ余裕の笑みを浮かべている。
ラクシャスの言葉に二人が顔を見合わせる。
「だとよ、旦那」
「……笑わせるなよ」
リチャードとアーロンさんが不敵に笑った。
「何がおかしい?」
「あんたには分からないだろうがな。
敵地で、しかも誰かを守りながら戦うってのは大変なもんなんだ」
「普通の状態ならそいつらがこんなのに遅れをとるわけないぜ」
「なんだと?無礼者め」
ラクシャスが石畳を杖で叩いて一歩前に出ようとする。慌てたように従者と魔法使いがそれを静止した。
「おっと、どうも貴族様はお分かりじゃないようだぜ、旦那」
「おやおや、それは大変だ。勘違いを訂正して差し上げないとな」
リチャードとアーロンさんがおどけたように言う。
「下賤な者が。口の利き方に気をつけろ」
人形たちの壁がアーロンさん達を囲むように移動していく。人形の数はさっきより増えていて30体は軽く超えていた。
「どうだ?この数は。
下らぬ感情に流されてこんなところに来たことを後悔しているんじゃないか?」
ラクシャスが余裕の顔でアーロンさん達に向かって言う。
アーロンさん達の強さは知っている。でも数が多いってのはそれだけで厄介なのはまさに今思い知らされた。
この数を相手に大丈夫なんだろうか。
◆
人形が壁のようにアーロンさん達を鶴翼の陣のように取り囲む。かなり重圧がかかる状況のはずだけど、まったく二人の表情は変わらない。
「さて、リチャード。蹴散らすか」
「ああ、そうだな」
顔を見合わせて、こともなげにリチャードが言う。同時に、地面に垂れ下がっていた鞭が恐ろしいスピードで跳ね上がった。
僕の目から見ても、目にも止まらない、ってレベルだ。光を放つ鞭が一体の人形を真っ二つに切りさいて空中に飛ぶ。
リチャードの鞭が金色の残光を残して夜空に円を描いた。斬撃鞭が薙ぎ払うように走り人形の首を次々と跳ね飛ばす。
鞭の死角から突進してきた人形の前にはアーロンさんが立ちふさがった。
突き出された剣をものともせずにシールドをたたきつけると、剣がへし折れて人形がばらばらになった。
剣を振り回すと、2体まとめて胴が真っ二つになる。重い一撃が人形を次々と打ち倒す。
「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に返せ!】」
レインさんが空に伸ばした杖の先に炎の塊が生まれる。
夜の闇を切り裂くように飛んだ赤い火球が人形の列の中心に着弾した。火柱が上がって、火に包まれた人形がバタバタと倒れる。
もう一発が放物線を描くように人形の壁の上を抜けて、人形の召還をしようとしていた魔法使いの方に飛んだ。
あわてて魔法使いが詠唱をやめて後ろに飛び退く。炎の塊が石畳ではじけた。
召喚が遅れる隙に、縦横無尽に飛ぶ鞭が見る見るうちに人形の数を減らしていく。
魔法使いが手を動かすと、人形が下がって包囲網を少し大きくするけど、それを追うようにリチャードの鞭が飛んで、さらに2、3体を切り倒した。
「はあー」
都笠さんが横でため息をついた。
「どうしたの?」
「あのオジサマたち、強いのね……すごいわ」
「いや、本当に」
そういえば、都笠さんはアーロンさんたちの戦いを間近で見るのは初めてか。
僕も東京で何度か一緒にパーティを組んだけど、戦いを見るのは久しぶりだ。
空中を自在に飛ぶリチャードの鞭が広範囲の敵を牽制する。
スロット武器の性能がいいんだろうけど、動きが恐ろしく速い。そして、訓練の時にも見たけど、まさに変幻自在の動きだ。
威力は必殺ってほどでもないみたいだけど、長くて扱いにくいはずの鞭が手の延長のように空中を舞って、人形に何度も斬撃を浴びせて切り裂いていく。
人形は恐れを知らないからそれでも無理に突っ込んでくるけど。鞭の死角からくる敵はアーロンさんが盾と剣でシャットアウトする。
大きめの盾で隙なく攻撃を止め、そのまま盾をたたきつける。剣が振られるたび、盾で叩かれるたびに次々と人形が倒れていった。
そして、二人の壁の後ろからはレインさんの火球が飛んでくる。
次々と人形が立ち上がるけど、減るスピードの方が速い。
「何をしている!たかが3人だぞ!」
ラクシャスがヒステリックな声を張り上げて、僕等の前に陣取っていた10体ほどの人形もアーロンさん達の方に移動していく。
僕等の前に居るのは、ラクシャスとその側に控える三人の従士だけになった。でも、一人はさっき都笠さんに撃たれて戦闘不能だ。
二人の従士が僕等に睨みをきかせている。あの従士を倒せば形勢はこっちのもんだ。
「……さて、都笠さん」
「ええ、分かってるわ。踏ん張りどころよね」
都笠さんがうなづいて立ち上がった。
突然状況が変わってしまったけど、ギャラリー気分で見とれてる場合じゃない。都笠さんが枴を、僕は銃を構え直す。
僕等の動きを見て従士たちがそれぞれ剣を構えた。
◆
疲れが重く体にのしかかっているけど。
「いくぞ!」
自分を鼓舞するために一声叫ぶ。防御の光ももう薄い。切られるわけにはいかない。
「大人しくしていろ!」
従士が、盾をぶつけるかのようにそのまま突っ込んでくる。
盾と言えば攻撃を止めるための物、と思っていたけど、実戦じゃ盾は防具ってより武器に近い。面で叩きつける攻撃は剣よりも躱しにくいし、剣だろうが盾だろうが当たれば痛いことには変わりない。
ただ、盾を持つ相手との戦いはアーロンさんと散々練習した。
うかつに突きを繰り出して何度もぶっ叩かれて返り討ちにされたけど、痛い目に合えば流石に対応法も学習する。
従士の盾のチャージを銃身を横にして線で受け止める。ガンと衝撃が伝わった。歯を食いしばって足を踏ん張って押し負けないようにする。
トレーニングの成果か、受け止められた。以前ならそのまま吹っ飛ばされてたかもしれない。
「ちっ!
【我が敵よ、退け】!」
一歩下がった従士の鉈のような剣に赤い光が纏いつく。
さっきくらった衝打か。ライエルさんも使っていたあれは、ぶつかったときに衝撃を発するらしい。
振り上げられた赤く光る剣。だけど僕にはゆっくりと見える。さっきは3対1だったから避けきれなかったけど、1対1ならどうってことはない
ギリギリまで引き付けて飛びのく。
剣が振り下ろされて、石畳と剣がぶつかる。衝打の赤い光が輝き、ゴゥンという轟音が響いた。
石畳にひびが入り、白い破片が跳ね上がる。
「避けた?」
「貰った!」
銃剣突撃のように銃を槍のように構えて突っ込む。
銃剣の切っ先が剣を振り降ろして無防備になった腕に突き刺さった。防御の光がきらめく。
これだけじゃ貫通はしなかったか。でも、構わない。
「【貫け!魔弾の射手】!」
映画で見たことがある、銃剣を突き刺してそのまま引き金を引いた。これなら狙いを付ける必要もない。
超至近距離から放った魔弾の射手の弾丸が、従士の防御を消し飛ばして、腕を貫通した。
悲鳴が上がって血が石畳に飛び散る。腕を抑えた従士が剣を取り落とした。
「とどめだ!」
銃床で動きが止まった従士の顎を跳ね上げる。兜が脱げて、糸が切れた人形のように従士が石畳に倒れた。
◆
隣ではもう一人の従士が都笠さんと切り結んでいた。枴と剣が絡み合って鋭い音を立てる。
「小娘が!」
「1対1なら負けないわ!」
都笠さんが気合の声を上げて、枴で顔を狙って突きを繰り出す。従士が盾を上げて受け止めた。
それを待っていたかのように都笠さんがくるりと一回転して枴で下段を薙ぎ払うようにして振る。足に一撃を受けた従士が後退した。
「ちっ、死ねい!」
後ろに一歩下がった従士が、体勢を立て直して剣を振り上げて踏み込む。
都笠さんが鮮やかな手つきで枴を滑らせて取っ手を掴む。トンファーのように枴を構えなおした。また体を一回転させて振り下ろされる剣を枴で払いのける。
剣を弾かれた従士が一歩下がった。都笠さんが中国武術の演武さながらに、もう一回転しながら枴から手を離す。
「これで終わりよ!解放!」
身を翻した都笠さんの左手にハンドガンが握られていた。普段のやつより一回り大きい別の銃だ。スタンスを広げて射撃姿勢を取る。
「最後の45ACPよ!あんたに全部上げるわ!」
従士が剣をもう一度振り下ろすより都笠さんが引き金を引く方が早かった。
立て続けに銃声が響く。打ち出された弾丸が盾に当り、防御がその威力を相殺して青白い光を放つ。
至近距離からのフル装填の連射相手に、防御の光がひとたまりもなく消えた。
木の盾じゃ銃弾は防げない。盾に穴が穿たれ、従士が吹き飛ばされるように地面に倒れた。
「何をしている、貴様ら!下民どもに後れをとるなど!」
従士が倒れたのを見たラクシャスが流石に焦ったような声を上げた。
魔法使いが慌てたように僕らの方とアーロンさん達の方を交互に見る。コントロールが乱れたのか、人形が何体か迷うように足を踏み鳴らした。
壁の様だった人形の数ももう10体程度しかいなくなっている。
「【俺の鞭は変幻自在。よけれるもんならよけてみな!】」
「【来たれ黒狼、荒野を独り征くもの。
弱きものは糧と成せ。狩りの時だ。狙うは喉笛、汝の牙を】」
リチャードの鞭が長く伸びて渦を巻くように旋回した。
竜巻のような金色の光が人形を薙ぎ払い、周りを囲んでいた人形が全て崩れさる。
魔法使いが慌てて飾り紐をかざして呪文を唱えようとするけど。
「朱に染めろ!ブラックハウンド!」
アーロンさんが剣を突き出すと、アーロンさんの影からさっき見た黒い犬が一匹飛び出した。
石畳から立ち上がろうとする人形の間を風のように駆け抜けて、犬が魔法使いにとびかかる。
「ひいっ」
魔法使いが慌てて振り払おうとした腕に犬が噛みついた。
堅いものが砕ける嫌な音がして魔法使いの悲鳴が上がる。召喚の途中の人形が形を失って崩れていった。
ラクシャスがいまさら状況を悟ったように周りを見回すけど。もうあいつの護衛は一人も残っていなかった。
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