僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
譲りたくない気持ちを貫けるという事。
ラクシャスの独演会は続いていたけど、そんなことはどうでもよくなった。
母親の前で、だって?
「ちょっと待て……
サヴォアの奥さんがあんたの所にいるのか?」
僕の問いかけをラクシャスが無視したけど。
でも、狂気を感じさせる薄笑いがそれを肯定していた。
よく考えればあり得ない話じゃなかった。
サヴォア家のへの報復に此処まで異様な執念を燃やすんだから。ユーカのお母さんを買っていてもおかしくない。
「そもそも、貴様が分をわきまえずに邪魔をしなければ……すでにその二人は我が手の内に居たのだ。それを……」
セリエにとっての奥様、ユーカにとってのお母さん、ヴァレンさんにとってのかつての主。それぞれにとって大事な人なのは僕にだってわかる。
ヴァレンさんも相当手を尽くして探したらしいけど、どうしても見つからなかったらしい。それが、まさかこんなところで手掛かりが転がってるとは。
貴族に買われて旧市街の屋敷に幽閉されていたなら、そりゃ噂も流れないのは当然か。
「……僕はさ、なんか……すごくやる気が出てきたよ」
「奇遇ね、風戸君。あたしもだわ」
ここを切り抜ければ。もしかしたらユーカのお母さんに会えるかもしれない。
ユーカがお母さんを恋しがって泣いていることがあるって、セリエが言っていた。生き別れたお母さんに会えれば、どんな幸せな事だろう。
「……さあ、その証文を拾って、その二人を渡せ。それが賢明だぞ」
少し落ち着きを取り戻した感じのラクシャスが言う。
「ていうかさ、こんなことしているうちに衛兵が来るんじゃないのか?」
此処まででかなり時間が経っている。時間稼ぎはそれなりにできた。
旧市街の治安維持システムがどうなっているのか分からないけど、衛兵とかそういう警備の仕組みがないとも思えないんだけど。
「そんなことを期待してたのか?ならば特別に教えてやろう」
自分の優位を確信したって感じのニヤついた笑みを貼り付けた顔でラクシャスが言う。
「ここは、偉大なるバスキア公にお仕えするものが住まう場所。無論、衛視も我らの手の内だ。
助けが来るなどという希望を持っているのなら……浅はかだな」
旧市街の仕組みがどうなっているのか分からないけど。どうやら、それぞれの大公家ごとに居住エリアが違っているらしい。
ここはバスキア公の勢力エリアで、衛視とかもバスキア公の管理下ってことか。
「そもそも、気高き貴族と野良犬風情がいたとして、野良犬を助けると者がいると思っているのか?
分を弁えろ」
勝ち誇ったような顔で僕等を見る。
どうやら公的な警察が駆けつけてくれるという展開は期待できそうにないか。
◆
ラクシャスが側に従っている従士に目配せした。
3人のうち二人が、それぞれ剣を構えて歩み寄ってくる。もう一人はラクシャスの護衛のように、側に付き従っていた。
「さて。あくまで我が命に従わないのならば……力づくになるが、いいのか?」
前に進み出てきた二人の手には鉈のようなちょっと短めに片刃の剣と、長めの直刀が握られていた。盾は普通の装備で、剣だけがスロット武器らしい、
兜で顔の上半分を隠しているから表情までは分からないけど、油断ない足取りだ。
「そこで止まりなさい」
2人があと5メートルほどまで近寄ってきたところで、都笠さんが89式を構えて厳しい口調で警告を発した。
銃なんてもちろん見たことないはずだけど、警戒はしたんだろう。二人が足を止める。
「一応言うけど、一歩でも前に出たら撃つわ」
「何をしている?行け」
二人が顔を見合わせるけど、ラクシャスが促すと、一歩前に出た。
「警告したわよ!」
都笠さんの声とともに、容赦なく89式が火を噴いた。
立て続けに銃声が響き、火線が片方の従士の胴と足に命中する。防御の青白い光が瞬いた。従士が慌てて後ろに飛びのく。
防御で弾は止まったらしいけど、青い光は掻き消えていた。
数発でも防御の効果を一気に消し飛ばせるあたり、さすがに近代兵器は偉大だ。
「……それが……噂の竜殺しの武器か」
「……雷鳴の弩だな」
従士が盾を構えて言う。
「……あたしの89式に妙な名前つけないでほしいんだけど」
都笠さんが顔をしかめた。
ワイバーンとの戦いを知っているのはゼーヴェン君とかライエルさん位だけど、どういう風に話して、どういう風に噂が伝わっているんだろうか。
「あくまで抵抗する気か?」
もう一人の従士がラクシャスをかばうように盾を構えていた。
大きな盾の後ろからラクシャスの声が聞こえる。護衛の後ろに隠れているのに、相変わらず口調は偉そうだ。
返事替わり、と言わんばかりに都笠さんが89式をすっと下げて引き金を引いた。
銃弾が地面に転がった巻紙を撃ち抜く。
「これが答えよ、貴族様」
「探索者風情が貴族の命に従えぬというわけか。これだけ寛大さを示してやっているというのにな」
盾の向こうのラクシャスが大げさに首を振る。この辺の仕草はガルダに似てるな。
「これも当世の礼節の乱れだな……まったく嘆かわしいことだ」
「ご主人様……スズ様……あの……えっと……」
僕の後ろにいるセリエが僕の服の裾をきゅっと握ったのが分かった。
でも、多分セリエの為じゃない。ユーカの為でもない。まあそれもないわけじゃないんだけど。
改めて自覚したけど、僕はこういう上から高圧的に押し付けられるのが多分すごく嫌なんだ。こんな奴の言いなりになりたくない。
サラリーマン時代から嫌だったけど、その時はどうしようもなかった。立場とかそういうものがあった。
でも今は自分の意思でそういう理不尽にノーを叩きつけられる。
「この二人が欲しけりゃ力づくでこい。僕等から渡すことはありえない」
「そもそも、あたしたち竜殺し相手にそんな人数でやる気?」
敵は従士らしき男が3人と魔法使い。ラクシャスはどう見ても戦えるって感じじゃない。
こっちはセリエと僕と都笠さん。
人数では負けているけど、よほどのスロット武器を持ってない限り、というかガルダとかアーロンさんクラスじゃないならそう簡単には負けない。
いくら何でもワイバーンより強いなんて奴はいないだろう。死ぬような思いもしたけど、お陰で多少は腹も座った気がする。
「ならば仕方ないな、愚か者に身の程を教えてやろう」
ラクシャスが魔法使いらしき男に目配せした。
男が一礼してマントの前袷から手を出す。その手には細い飾り紐のようなものが数珠のように巻き付いていた。
同時に、前に出ていた従士がすっと後ろに下がった。代わりにラクシャスの側に控えていた従士が前に出てくる。
何か仕掛けてくるか。
「させるか!【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる】!」
「【高く聳えよ、北天の城壁。壁の中に悠久の安息よ、在れ】」
銃を構えて呪文を唱える。何をする気か知らないけど、この一撃で主導権を握る。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
引き金を引く。
赤い銃弾が飛び、真っ赤な火球が膨れ上がるとともに、重い爆発音が響いた。ずしんと空気が震え、石畳の欠片が飛び、街灯がへし折れる。
もうもうと白い煙が吹き上がり、宙に舞った石畳の破片が地面に落ちてパラパラと音を立てた。これならどうだ。
「ほほう、さすがは竜殺し、といったところか」
立ち込める煙の向こうからラクシャスの声が聞こえた。白い煙が夜風に吹き散らされる。
その向こうに見える奴らは、信じられないことに無傷だった。まるで境界線を引いたかのように従士の後ろの石畳には傷一つない。
「……マジで?」
なにかの防御系のスキルとかだろうか……ワイバーンにもダメージを食らわせた最大火力を止められたのは結構ショックだ。
「大した威力だが。城壁を破ることはできんな」
「【忘れられし劇場。その暗き棚に並びたる数多の傀儡達よ。
我が繰糸に従い、古の剣の舞を踊れ。幕は今再び上がれり】」
フードの男が何かを唱えると、ヒビと煤で汚れた石畳に淡い光を放つ小さな円が次々と現れた。そこから生えるようにデッサン人形のようなものが次々と立ち上がる。
軽く20体くらいは居そうだ。それぞれが片手剣と盾を携えていた。
かちゃかちゃと足音を立てて僕等を取り囲むように左右に広がっていく。
舌打ちして都笠さんが僕に下がるようにジェスチャーをした。
下がってご立派な屋敷の白い漆喰の壁を背にする。
周りを完全包囲されるのは不味い。今はユーカが動けないし、セリエは武器での戦いでは全然当てにならない。乱戦になるのは不利だ。
「状況が分かったか?
これが最後の機会だ。跪け。そして、その奴隷を差し出すのだ」
周囲を完全に取り囲まれるのはかなり圧迫感があるけど。
都笠さんと顔を見合わせる。どうしようか、なんて聞くまでもなく、降伏なんて絶対にしない、とその表情が言っていた。
「だが、断る」
旧市街に強行突入した時点でトラブルは覚悟の上だ。
此処であっさりごめんなさいとかして降伏するくらいなら、初めからやめとけって話だな。
「あきれるほどの愚か者だな。まあ、痛い目を見れば少しは現実が分かるだろう」
ローブの男が手を前に差し出すと、デッサン人形のようなものが剣を振り上げて襲ってくる。けど。
「舐めんじゃないわよ!」
まずは都笠さんの銃が火を噴いた。
89式の弾が盾を貫いて人形を打ち砕く。腰だめに構えたまま、左右に掃射すると、銃弾を浴びた人形たちが次々と吹き飛び手足がばらばらになって倒れた。
カシンと音がして発砲が止まる。弾が切れた。
「行くよ!」
「宜しくね!」
都笠さんが一歩下がって、僕が前に出る。
人形が踏み込んで剣を振り降ろしてくるけど。スローモーションのようなゆっくりとした剣は避けるまでもない。
銃剣で一体目の細い胴体を突き刺す。ちょっと硬い感触があって、胴が真っ二つに割れた。
横から4体が迫ってくるけど、あまりに遅い。銃剣を横薙ぎにすると三体の胴が真っ二つになった。上下に分かれた体の木片が飛び散る。
体を反転させて、最後の一体の頭に銃床を叩き込んだ。
のっぺりした顔が砕けちる。人形の体が、文字通り糸が切れたように力を失って石畳に崩れた。
「……なんだと?」
バラバラになった残骸が、魔獣を倒した時に用にボロボロと形を失って消えていった。
さすがにラクシャスや周りを固める従士も驚いたような表情を浮かべる。
「……人間を切り倒すなら気が引けるけどさ、人形なら遠慮はいらない」
「こんなザコ、あたしたちの敵じゃないわよ」
20体のうち、もう半分以上は残骸になってしまった。
さっきの遅い動作や89式で撃たれた様子を見る限り、数は多いけど大した強さじゃない。ちょっと安心した。
それに、こういうのなら叩き壊そうが、銃剣で突き刺そうが罪悪感がない。
銃身を一回転させて銃剣の切っ先をラクシャスに向ける。
都笠さんも兵器工廠から取り出した予備弾倉を89式に嵌めて、再装填を済ませていた。
「そうか。なるほど。流石は竜殺し、というわけか……では」
魔法使いの男が何かをつぶやくと、また次々とデッサン人形が立ち上がった。マジか?
ラクシャスが薄笑いを浮かべる
「……数で押しつぶすとしよう」
母親の前で、だって?
「ちょっと待て……
サヴォアの奥さんがあんたの所にいるのか?」
僕の問いかけをラクシャスが無視したけど。
でも、狂気を感じさせる薄笑いがそれを肯定していた。
よく考えればあり得ない話じゃなかった。
サヴォア家のへの報復に此処まで異様な執念を燃やすんだから。ユーカのお母さんを買っていてもおかしくない。
「そもそも、貴様が分をわきまえずに邪魔をしなければ……すでにその二人は我が手の内に居たのだ。それを……」
セリエにとっての奥様、ユーカにとってのお母さん、ヴァレンさんにとってのかつての主。それぞれにとって大事な人なのは僕にだってわかる。
ヴァレンさんも相当手を尽くして探したらしいけど、どうしても見つからなかったらしい。それが、まさかこんなところで手掛かりが転がってるとは。
貴族に買われて旧市街の屋敷に幽閉されていたなら、そりゃ噂も流れないのは当然か。
「……僕はさ、なんか……すごくやる気が出てきたよ」
「奇遇ね、風戸君。あたしもだわ」
ここを切り抜ければ。もしかしたらユーカのお母さんに会えるかもしれない。
ユーカがお母さんを恋しがって泣いていることがあるって、セリエが言っていた。生き別れたお母さんに会えれば、どんな幸せな事だろう。
「……さあ、その証文を拾って、その二人を渡せ。それが賢明だぞ」
少し落ち着きを取り戻した感じのラクシャスが言う。
「ていうかさ、こんなことしているうちに衛兵が来るんじゃないのか?」
此処まででかなり時間が経っている。時間稼ぎはそれなりにできた。
旧市街の治安維持システムがどうなっているのか分からないけど、衛兵とかそういう警備の仕組みがないとも思えないんだけど。
「そんなことを期待してたのか?ならば特別に教えてやろう」
自分の優位を確信したって感じのニヤついた笑みを貼り付けた顔でラクシャスが言う。
「ここは、偉大なるバスキア公にお仕えするものが住まう場所。無論、衛視も我らの手の内だ。
助けが来るなどという希望を持っているのなら……浅はかだな」
旧市街の仕組みがどうなっているのか分からないけど。どうやら、それぞれの大公家ごとに居住エリアが違っているらしい。
ここはバスキア公の勢力エリアで、衛視とかもバスキア公の管理下ってことか。
「そもそも、気高き貴族と野良犬風情がいたとして、野良犬を助けると者がいると思っているのか?
分を弁えろ」
勝ち誇ったような顔で僕等を見る。
どうやら公的な警察が駆けつけてくれるという展開は期待できそうにないか。
◆
ラクシャスが側に従っている従士に目配せした。
3人のうち二人が、それぞれ剣を構えて歩み寄ってくる。もう一人はラクシャスの護衛のように、側に付き従っていた。
「さて。あくまで我が命に従わないのならば……力づくになるが、いいのか?」
前に進み出てきた二人の手には鉈のようなちょっと短めに片刃の剣と、長めの直刀が握られていた。盾は普通の装備で、剣だけがスロット武器らしい、
兜で顔の上半分を隠しているから表情までは分からないけど、油断ない足取りだ。
「そこで止まりなさい」
2人があと5メートルほどまで近寄ってきたところで、都笠さんが89式を構えて厳しい口調で警告を発した。
銃なんてもちろん見たことないはずだけど、警戒はしたんだろう。二人が足を止める。
「一応言うけど、一歩でも前に出たら撃つわ」
「何をしている?行け」
二人が顔を見合わせるけど、ラクシャスが促すと、一歩前に出た。
「警告したわよ!」
都笠さんの声とともに、容赦なく89式が火を噴いた。
立て続けに銃声が響き、火線が片方の従士の胴と足に命中する。防御の青白い光が瞬いた。従士が慌てて後ろに飛びのく。
防御で弾は止まったらしいけど、青い光は掻き消えていた。
数発でも防御の効果を一気に消し飛ばせるあたり、さすがに近代兵器は偉大だ。
「……それが……噂の竜殺しの武器か」
「……雷鳴の弩だな」
従士が盾を構えて言う。
「……あたしの89式に妙な名前つけないでほしいんだけど」
都笠さんが顔をしかめた。
ワイバーンとの戦いを知っているのはゼーヴェン君とかライエルさん位だけど、どういう風に話して、どういう風に噂が伝わっているんだろうか。
「あくまで抵抗する気か?」
もう一人の従士がラクシャスをかばうように盾を構えていた。
大きな盾の後ろからラクシャスの声が聞こえる。護衛の後ろに隠れているのに、相変わらず口調は偉そうだ。
返事替わり、と言わんばかりに都笠さんが89式をすっと下げて引き金を引いた。
銃弾が地面に転がった巻紙を撃ち抜く。
「これが答えよ、貴族様」
「探索者風情が貴族の命に従えぬというわけか。これだけ寛大さを示してやっているというのにな」
盾の向こうのラクシャスが大げさに首を振る。この辺の仕草はガルダに似てるな。
「これも当世の礼節の乱れだな……まったく嘆かわしいことだ」
「ご主人様……スズ様……あの……えっと……」
僕の後ろにいるセリエが僕の服の裾をきゅっと握ったのが分かった。
でも、多分セリエの為じゃない。ユーカの為でもない。まあそれもないわけじゃないんだけど。
改めて自覚したけど、僕はこういう上から高圧的に押し付けられるのが多分すごく嫌なんだ。こんな奴の言いなりになりたくない。
サラリーマン時代から嫌だったけど、その時はどうしようもなかった。立場とかそういうものがあった。
でも今は自分の意思でそういう理不尽にノーを叩きつけられる。
「この二人が欲しけりゃ力づくでこい。僕等から渡すことはありえない」
「そもそも、あたしたち竜殺し相手にそんな人数でやる気?」
敵は従士らしき男が3人と魔法使い。ラクシャスはどう見ても戦えるって感じじゃない。
こっちはセリエと僕と都笠さん。
人数では負けているけど、よほどのスロット武器を持ってない限り、というかガルダとかアーロンさんクラスじゃないならそう簡単には負けない。
いくら何でもワイバーンより強いなんて奴はいないだろう。死ぬような思いもしたけど、お陰で多少は腹も座った気がする。
「ならば仕方ないな、愚か者に身の程を教えてやろう」
ラクシャスが魔法使いらしき男に目配せした。
男が一礼してマントの前袷から手を出す。その手には細い飾り紐のようなものが数珠のように巻き付いていた。
同時に、前に出ていた従士がすっと後ろに下がった。代わりにラクシャスの側に控えていた従士が前に出てくる。
何か仕掛けてくるか。
「させるか!【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる】!」
「【高く聳えよ、北天の城壁。壁の中に悠久の安息よ、在れ】」
銃を構えて呪文を唱える。何をする気か知らないけど、この一撃で主導権を握る。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
引き金を引く。
赤い銃弾が飛び、真っ赤な火球が膨れ上がるとともに、重い爆発音が響いた。ずしんと空気が震え、石畳の欠片が飛び、街灯がへし折れる。
もうもうと白い煙が吹き上がり、宙に舞った石畳の破片が地面に落ちてパラパラと音を立てた。これならどうだ。
「ほほう、さすがは竜殺し、といったところか」
立ち込める煙の向こうからラクシャスの声が聞こえた。白い煙が夜風に吹き散らされる。
その向こうに見える奴らは、信じられないことに無傷だった。まるで境界線を引いたかのように従士の後ろの石畳には傷一つない。
「……マジで?」
なにかの防御系のスキルとかだろうか……ワイバーンにもダメージを食らわせた最大火力を止められたのは結構ショックだ。
「大した威力だが。城壁を破ることはできんな」
「【忘れられし劇場。その暗き棚に並びたる数多の傀儡達よ。
我が繰糸に従い、古の剣の舞を踊れ。幕は今再び上がれり】」
フードの男が何かを唱えると、ヒビと煤で汚れた石畳に淡い光を放つ小さな円が次々と現れた。そこから生えるようにデッサン人形のようなものが次々と立ち上がる。
軽く20体くらいは居そうだ。それぞれが片手剣と盾を携えていた。
かちゃかちゃと足音を立てて僕等を取り囲むように左右に広がっていく。
舌打ちして都笠さんが僕に下がるようにジェスチャーをした。
下がってご立派な屋敷の白い漆喰の壁を背にする。
周りを完全包囲されるのは不味い。今はユーカが動けないし、セリエは武器での戦いでは全然当てにならない。乱戦になるのは不利だ。
「状況が分かったか?
これが最後の機会だ。跪け。そして、その奴隷を差し出すのだ」
周囲を完全に取り囲まれるのはかなり圧迫感があるけど。
都笠さんと顔を見合わせる。どうしようか、なんて聞くまでもなく、降伏なんて絶対にしない、とその表情が言っていた。
「だが、断る」
旧市街に強行突入した時点でトラブルは覚悟の上だ。
此処であっさりごめんなさいとかして降伏するくらいなら、初めからやめとけって話だな。
「あきれるほどの愚か者だな。まあ、痛い目を見れば少しは現実が分かるだろう」
ローブの男が手を前に差し出すと、デッサン人形のようなものが剣を振り上げて襲ってくる。けど。
「舐めんじゃないわよ!」
まずは都笠さんの銃が火を噴いた。
89式の弾が盾を貫いて人形を打ち砕く。腰だめに構えたまま、左右に掃射すると、銃弾を浴びた人形たちが次々と吹き飛び手足がばらばらになって倒れた。
カシンと音がして発砲が止まる。弾が切れた。
「行くよ!」
「宜しくね!」
都笠さんが一歩下がって、僕が前に出る。
人形が踏み込んで剣を振り降ろしてくるけど。スローモーションのようなゆっくりとした剣は避けるまでもない。
銃剣で一体目の細い胴体を突き刺す。ちょっと硬い感触があって、胴が真っ二つに割れた。
横から4体が迫ってくるけど、あまりに遅い。銃剣を横薙ぎにすると三体の胴が真っ二つになった。上下に分かれた体の木片が飛び散る。
体を反転させて、最後の一体の頭に銃床を叩き込んだ。
のっぺりした顔が砕けちる。人形の体が、文字通り糸が切れたように力を失って石畳に崩れた。
「……なんだと?」
バラバラになった残骸が、魔獣を倒した時に用にボロボロと形を失って消えていった。
さすがにラクシャスや周りを固める従士も驚いたような表情を浮かべる。
「……人間を切り倒すなら気が引けるけどさ、人形なら遠慮はいらない」
「こんなザコ、あたしたちの敵じゃないわよ」
20体のうち、もう半分以上は残骸になってしまった。
さっきの遅い動作や89式で撃たれた様子を見る限り、数は多いけど大した強さじゃない。ちょっと安心した。
それに、こういうのなら叩き壊そうが、銃剣で突き刺そうが罪悪感がない。
銃身を一回転させて銃剣の切っ先をラクシャスに向ける。
都笠さんも兵器工廠から取り出した予備弾倉を89式に嵌めて、再装填を済ませていた。
「そうか。なるほど。流石は竜殺し、というわけか……では」
魔法使いの男が何かをつぶやくと、また次々とデッサン人形が立ち上がった。マジか?
ラクシャスが薄笑いを浮かべる
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