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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

分水嶺で都笠さんの思いを知る。

 旧市街は人混みが酷くてスピードが出せない。
 そもそも東京のように車道と歩道が厳密に分かれているわけじゃない。馬車用のレーンもあるけど、馬車もそんなにたくさんは走ってないから普通に歩行者が歩き回っている。


 クラクションを鳴らしながらハンマーが走る。
 あわてて歩いている人たちが道を空けてくれるけど、どうしてもアクセル全開でカーチェイスとはいかない。
 ようやくハンマーがドゥーロン河に面した道に飛び出した。川の湿った風が頬に当たる。


「お嬢様……」


 僕の腕の中で、セリエが苦し気につぶやいた。


「どうしたの?」
「馬車が……橋を渡っています」


 人混みをかき分けるように走ってようやくハンマーが橋の入り口にたどり着いた。
 何日か前に渡った旧市街と新市街を結ぶ長い橋。旧市街を隔てる門の前で馬車が止まっている。遠目に御者が門衛と話して何かを見せているのが見えた。
 普段の時間なら閉められている門が半分ほど開いている。
 その隙間を抜けるように馬車が入って行った。


 ハイビームが門を照らし、門衛の鎧姿の何人かの男がこちらをみて何かを言っている。 


 セリエが僕の手の中で震えている。
 使い魔ファミリアで門の向こうの馬車が見えているんだろう。僕の肩に噛みついて歯を立ててきた。怖がっているときのセリエの癖だ。


 ここで逃がしたら……どうなるだろうか。
 使い魔ファミリアで空から追跡すれば、馬車がどこに行ったは分かるかもしれない。
 でも写真撮ったりとかするならともかく、完璧な証拠もなしでその家に押しかけてユーカを出せなんて言っても、返してくれるお人よしはいないだろう。
 完璧な証拠があっても黙殺されるかもしれないけど。今、身柄を抑えないと。


 運転席を覗き込むと、都笠さんがこっちにちらりと見る。


「追いかける……んで、いいのよね?」
「ああ……もちろんだけど」


 ここから先、都笠さんを巻き込むのはいいんだろうか。 


「運転……替わろうか?」


 この世界の法律はしらないけど、この間の話を聞くかぎり夜は門が閉まって通行は許されなくなるのは確からしい。目の前で門が開いているんだから例外はあるんだろうけど。
 ただ、僕らにその例外が適用される可能性はありえない。特別な通行許可証とかなんて持ってないんだから。


 旧市街にこの時間に突入してどうなるか、この世界の法律は分からないけど、何の咎めもないってことはありえないだろう。
 一応ユーカは法律的には僕の物ではあるはずだ。だから、泥棒を追いかけた、という理屈も通用する……かもしれない。


 ただ、貴族相手にその理屈が通るかは分からない。貴族の権力の前に法は捻じ曲がる。籐司郎さんが言っていたことだ。
 今までの探索とはわけが違う。そんな無茶に都笠さんを付き合わせていいのか。


「……は?」
「いや、つまり」


 何言ってんだ、こいつってかんじの不思議そうな顔をした都笠さんの表情が険しくなった。


「ああ、なるほど。風間君、気を使ってくれてるんだ」


 にっこりと都笠さんが笑う……けど目が笑ってない。


「ありがとう。つまり、こう言いたいわけね。
僕らはユーカを助けに行くから、このあたしはここらへんで酒でも飲みながら待ってろ、と」
「いや……そういう」


 と言ったところで襟首をつかまれた。引っ張られて荷台から落ちそうになって、慌てて手で体を支える。


「ちょっと、危な……」
「全く嬉しいわねぇ……風戸君」


 強く引っ張られて都笠さんの顔が額が当たるくらい間近に迫った。


「……も、う、一、度!言ってみなさいよ……」


 今まで見たこともない、恐ろしい目が僕を睨んでいる。
 いつもわりと飄々としている都笠さんの目の中に本当の怒りの色が見えた。それなりに長い付き合いになりつつあるけど、ここまで怒った顔は見たことがない。


「……ごめん」


 都笠さんが息を吐いて僕の襟首を握る力が緩んだ。


「あのね、風戸君。あたしは自衛官。守るのが仕事よ。
捕虜が連行されていくときに指をくわえて見逃せなんて言われてないの、いい?」
「……はい」


「それに、友達が碌でもない扱いされそうなのに、黙って見送るなんてありえないでしょ?
あたしは、風間君の奴隷を助けに行くんじゃない。あたしの友達を助けに行くのよ」


 そう言って都笠さんが手を離して前を向き直った。これ以上聞くこともないと言いたげだ。
 危ないからあたしは行かないわ、というタイプじゃないのは知ってたけど、此処まで怒るとは思わなかった。


「なに、それとも風戸君は日和りたいわけ?なら下りてその辺で飲んでなさい。
あたしは一人でも行くけどね」


 橋の向こうにそびえたつ門を見る。まだ何人かの門衛がこちらを見ている。
 月明かりに照らされた城壁は昼より随分高く見えた。


「いや……」


 自分の人生の分かれ道が今だってのが分かるなんてことはなかなかないと思う。
 今追わなければ、たぶんユーカにはもう会えないだろう。それが嫌ならやることは一つしかない。


「そんなつもりはないよ」


 昔なら。
 犯罪者なんかになったら、クビになるかもしれない、会社にもいろんな人にも迷惑がかかる、とかそんなことを思ってただろう。
 でも今は違う。迷惑をかけるような組織もない。僕の行動の責任は僕自身が負えばいいだけだ。


 それに、誓ったはずだ。貴族と対立してもユーカとセリエを助けたあの日。覚悟を決めてガルダを刺したあの日。
 大事な物は自分で守る。自分で取り返す。
 後悔は残したくない。自分の正しいと思う道を進もう。


「じゃあ……あの門をくぐれば僕等は犯罪者になるかもしれない。
覚悟はいい?……僕はできてる」
「あたしもできてる」
「お嬢様のためなら、あの門の向こうが地獄の果てでも参ります」


「OK!」


 都笠さんがアクセルを踏んで、ハンマーが弾かれた様に前に飛びだした。
 クラクションの甲高い音が響き渡る。猛スピードでハンマーがまっすぐの橋を駆け抜け、門が迫ってきた。
 慌てたように門衛が何かを叫び門が閉まり始める。通り抜けられないか。


「風戸君!」
「了解!
【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王、ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる!】」


 セリエを横抱きにしたまま、ルーフに銃を固定して狙いを定める。


「撃ち砕け!魔弾の射手デア・フライシュッツ!」


 黒い弾丸が銃口から飛び閉まりかけた門に命中した。
 大きく膨れた黒い鉄球のような弾丸が、鉄の枠がはめられた巨大な木の門を押し開ける。
 もう一度クラクションが響いて、門の前で斧槍ハルバードを構えていた衛兵が左右に散った。


 門の隙間にねじ込むようにハンマーが門をすり抜けた。ひっかかったサイドミラーが砕けて飛ぶ。
 もう後には引けない。





 ハンマーが旧市街に突入した。
 数日前に見た門の前の広場。広場の真ん中の植え込みと石像が白いコアクリスタルの街灯と月明りに照らされている。
 広々とした広場には人影はない。


「ナビして!」
「セリエ、どっち?」


「左の道に入っています。そう離れてはいません」


 新市街の入り口の広場は3方向に道が伸びている。
 正面が王城、右がこの間行ったダナエ姫の邸宅だったけど、今日は左か。
 門衛が走り寄ってくるけど、ハンマーの太いタイヤが石畳を削って音を立てると、驚いて立ちすくんだ。


 ハンマーが後輪を軸に方向転換して、左の道に飛び込んだ。
 街灯と街路樹が整然と並び、きれいに石畳が敷かれている。幅も三車線程あってデカイ車体でも余裕で走れる広さだ。
 新市街の人混みであふれていた道と違って、人っ子一人いない。
 普段なら寒々としてるとか思うんだろうけど、今は有り難い。ハンマーのスピードが一気に上がる。


「捕まえたわ!」


 見ると、通りの向こうに先を行く馬車がハイビームに照らされていた。
 こっちに気付いたのか馬車がスピードを上げたけど、遮蔽のない場所での追いかけっこなら車と馬車じゃ比較にならない。
 ハンマーが猛然と追い上げる。向かい風が吹き付け、コアクリスタルの街灯の光が後ろに飛んでいく。馬車が一気に近づいた。


 荷台に乗っている男たちがこっちをみて何か言ってるのが見える。
 意外に差がなかったけど、多分馬車を追ってくるとは思わなかったんだろう。しかも、旧市街まで。
 しかし、この後どうする、アクション映画のように馬車に飛び乗って立ち回り、なんて言うのはさすがに出来る気がしない。


「馬車を停めるわ。ユーカを頼むわね」


 都笠さんの大声がエンジン音越しに聞こえる。
 でも停めるってどうやるつもりなんだ。


「どうやって?」


 僕の質問には答えず、ハンマーが加速して馬車を一気に並びかけた。
 荷台には二人の男。足元には大きめの袋が転がっている。
 サンヴェルナールの夕焼け亭で見た商人風に衣装そのままだ。状況が理解できない、と言いたげな引きつった顔をしている。
 追いかけてくるのも予想外、走っている車は間違いなく見るのは初めてだから当然だろうけど。
 風切り音とエンジン音の向こうから、なんでここに、だの、どうするだのという声がかすかに聞こえる。


 一人がスロット武器らしき斧を取り出した瞬間、追い抜きざまにハンマーがクラクションを鳴らした。
 突然鳴った聞きなれない甲高い音に男が硬直し、馬が嘶いて棹立ちになる。馬具がぶつかり合う音がして、馬車が失速した
 同時にハンマーが急ブレーキをかける。タイヤの音をきしませながら止まった。


「セリエ!」
「はい。
【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】!」


 使い魔ファミリアを戻したセリエが呪文を唱える。防御プロテクションの青白い光が体に纏いついた。
 ハンマーの荷台から飛び降りて馬車の方に向けて走る。
 御者は急に止まった時に御者台から転げ落ちたらしく、地面に転がってうめき声をあげている。敵は荷台にいる二人だけだ。


「【貫け!魔弾の射手デア・フライシュッツ!】」


 荷台の男の斧を持った男の肩を魔弾の射手が打ち抜く。もんどりうって男が荷台から落ちた。
 もう一人が杖のようなものを掲げた。魔法使いか?
 銃で狙いをつけて詠唱をしようとするより早く、立て続けに銃声が響いた。男が手を抑えて杖を取り落とす。


 振り返ると、都笠さんがハンマーから降りてハンドガンを構えていた。
 もう一人を無力化したのを確認して、手綱を掴んで馬を鎮めている……いつの間に馬の扱いなんてできるようになったんだろうか。


「降伏しろ」


 銃剣を突きつけると、起き上がろうとした御者が観念したように手を上げた。



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