僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
迫りくる敵意。
さすがに銃声は音楽が鳴っていても聞こえる。
ホールの全員が三階を見上げた。空耳じゃない。
「管理者、起動!電源制御!電源オフ!」
オーディオの電源が切れて、スピーカーから流れていた音楽が止まった。広間が唐突に静かになる。
と同時にまた二発。いくら何でもユーカの部屋で銃の試し撃ちなんかするわけがない。
「お嬢様!」
「ユーカ!」
カウンターの中から出ようとした瞬間。
「危ない!!」
誰かの声がしてとっさに頭を下げた。
すぐ真上でガンという音がする。とっさに床を転がって膝立ちになった。
さっきまで陽気に踊っていたはずの男が振りまわした剣が、カウンターの出口の柱に深々と食い込んでいた。まさに僕の頭の高さ。
誰が声をかけてくれたのか分からないけど。言われてなければ危なかった。
「なんのつもりだ!」
「ご主人様!左!」
左を向くと、もう一人の男がこれまた槌矛を振り下ろしてきていた。後ろに飛びのく。木の床に槌矛の尖った先端が突き刺さり、床板が大きく割れた。
速い。それに、あんなもの持っていた奴は居なかった。多分スロット武器だ。後転して距離を取る。
「発……」
銃を出そうとしたけど、それより早く剣の男が柱に食い込んだ剣を抜いて振り回してきた。
もう一歩飛び下がるけど、切っ先が掠った。胸元にやけどをした時のような熱さを感じる。白いシャツに血がにじんだ。
間髪入れず切りかかってくる男の剣の切っ先をかろうじてかわした。
今更ながら、何で籐司郎さんがスロット武器を持っているのに、それとは別に刀を佩いていたのか分かった。
スロット武器は発現するまでにラグがある。刺客に襲われたりしたときには、即使える武器を持っている方がいいんだ。
踊っていた男たちが次々に懐の短剣を抜く。全員がスロット武器持ちではないらしいけど。
こっちは丸腰、相手はスロット武器持ちがいて、しかも一対多数。
「戦いになったら不利な状況になることもある。そんな時は大きく深呼吸しろ。
頭は冷静に、心は強くだ。気圧されたら……死ぬぞ」
アーロンさんの言葉を思い出して、浅くなりそうな呼吸を整える。
とりあえず背中を取られるのは不味い。少し下がってカウンターを背にする。
スロット武器持ちはおそらく3人ほどだろうか。でもさっきの攻撃は目で追えたから、おそらくそこまで武器の性能は高くない。銃さえ抜ければ……
「動くな!スミト殿!」
突然後ろから声が聞こえて、僕の顔の横を何かが飛んだ。黒い塊が剣を構えた男の頭に命中して、男が顔を覆って後ずさる。床に音を立ててフライパンが転がった。
不意を打たれて、男たちの動きが止まる。チャンス。
「発現!」
空中に光が瞬きいつものマスケット銃が現れる。銃を取った瞬間、もう一人の男が槌矛を振り下ろしてきた。
でも、スロット武器さえ使えれば。いつも通りゆっくりと見える武器を銃身で受け止めて、体を反転させる。ステップの勢いそのままに銃床で腹に突きを入れた。
柔らかいものにぶつかる鈍い手ごたえがあって、男がうずくまった。
「何のつもりだ!」
僕の誰何にご丁寧に答えてくれる奴は居なかった。一人は足元で腹を抑えて這いつくばっているけど、まだ10人以上が周りにいる。
鎌のような湾曲した奇妙な剣を持っている男とフライパンを顔に受けた男が、僕をはさむように無言で距離を詰めてきた。
両方に目配りする。二人相手でも、スロット武器さえあればそうは負けない。
「風戸君!」
にらみ合いをした時。音を立てて、三階のドアが開いた。
「ユーカが……!」
「ユーカが?」
「……連れていかれた!」
ホールの様子をちらりと見て状況を察したんだろう。
「あたしは上から行くわ!そっちも急いで!」
都笠さんが部屋に戻る。
連れていかれたって?どういうことだ。誰がこんなことを、なんてことを考えていても今は意味がない。
仕事してた時もそうだったけど。予期せぬ事態が起きた時にまずしなければいけないことは、それに対応することだ。追わないと。
ドアの方には他にも5人ほどがドアへの道を阻んでいる。酔っている気配がないけど、飲むふりをしていたのか。
「おりゃあ!」
突然、ヴァレンさんの気合の声が響いた。鈍い音を立てて一人の体が軽々と宙に浮く。
アクション映画さながらに空中を舞った体が机に突っ込んで、上に乗っていたグラスやら皿やらが飛び散った
ヴァレンさんがエプロン姿のまま、カウンターの中から出てきた。手には巨大なウォーハンマーが握られている。
ブラシを構えたセリエが僕に寄り添ってきた。
「スミト殿、私が血路を開く。セリエ、お嬢様を頼む。必ずやお助けせよ」
「はい」
セリエが唇をかみしめて頷く。
「いいな、すぐ行け。私には構うな」
「しかしですね」
「主のために血路を開く。主の為に城を守る。それがサヴォアの筆頭騎士たるわが務めよ!いいな!」
有無を言わせぬ雰囲気に気圧される。それにここでもたもたしているのは何の益もない
ヴァレンさんが足音を立てて一歩踏み出し、男たちが押されたかのように一歩下がった。
「【戦場の屍の山、その頂に一人立つ汝、戦の申し子。
その力、その御霊、ここに参れ。我は戦場の王なり!】」
詠唱が終わると、ヴァレンさんの目が赤い光を放った。体もオーラのような赤い光に包まれる。
「下がれ!ザコども!」
重たげなウォーハンマーが片手で振られる。
ハンマーを剣で受け止めた男が人形のように吹っ飛んだ。横にいたもう一人を巻き込み、そのまま壁にたたきつけられる。なんてパワーだ。
「ぐおらぁ!」
獣のような叫び声をあげてヴァレンさんがウォーハンマーを突き出す。
ハンマーをスロット武器らしき曲刀受けた男の体が車にはねられたかのように飛んだ。ドアが蝶番ごと吹き飛び表に転がり出る。
雄たけびを上げてヴァレンさんが突進した。
ご丁寧に、外にも武器を構えた男たちがいた。さっき店の中にいた連中だ。10人以上いる。
そして、その周りを、他の店の客が取り巻いている。
この人数はさすがに……
「大丈夫ですか?」
「行け!!……絶対に見失うな!見失えばおしまいだ!頼むぞ!」
ヴァレンさんが僕を真っ赤な目でにらみつける。
オオカミか何かのように牙をむくその顔は野獣の様だ。殺気が伝わってきて一歩引く
「ご主人様、お早く!」
セリエが僕の袖を引く。
「狂戦士です。ああなるとヴァレン様はおひとりの方が」
「なるほど、了解」
気合いの声をあげて切りかかった男がハンマーで殴られた。鈍い音を地面を転がり、壁にぶつかって動かなくなる。
一歩下がった男達に、ヴァレンさんのハンマーが一閃した。二人がまとめてなぎ倒される。
ヴァレンさんが獣のような吠え声を上げてまた僕を睨んだ。
確かに完全に振り切られて、どこかの屋敷とかに連れ込まれたら追いかける方法はない。いま僕がやるべきことはユーカを追う事だ。
◆
サンヴェルナールの夕焼け亭の3階を見上げる。連れていかれた、と言ってもどっちに逃げたのか。
迷ったその時、また銃声が聞こえた。広場の方だ。都笠さんはそっちに行ってる。
「行くよ!」
「はい」
人ごみを縫うように広場に向けて走ると、前の方に袋を肩に担いで走っていく男が見えた。4人だ。
何かを叫びながら走っていって、男たちに進路を譲るように人混みが分かれる。
先頭を走る二人はさっきの店にいた、商人風の服を着ていて、片方が大きな袋を肩に担いでいる。あの中にユーカが入れられてるんだろうか。
その後ろに黒い外套を着た二人が付いている。店にはあんなのいなかった。
どこのだれか知らないけど、かなり用意周到に人員を配置してたらしい。
都笠さんはどこにいるんだろう、と思った時、左の路地から銃声が立て続けに響いた。
と同時に一人の男の体が路地から転がり出てくる。肩と足から血が噴き出していた。男の体を踏みつけるように、都笠さんが路地から飛び出してくる。
「待ちなさい!」
都笠さんがハンドガンを構えて撃とうとして、銃を下ろした。舌打ちを一つすると、銃を構えたまま走り出す。
「何で撃たないの?」
「この距離で9ミリを必中させるのは、ジェイソン・ボーンかジェームズ・ボンドじゃないと。
あたしには無理よ」
「くそっ」
確かに距離もあるし、相手は走っているし、周りに人もいる。それに、肩に担いでいる袋にユーカが入れられているとしたら。さすがに撃てないか。
「逃がすか!」
「追うわよ!」
都笠さんが走る。
逃げる男のうち、黒い外套を着た二人がこっちを向き直った。それぞれが剣を抜く。足止めか。
「発現!」
都笠さんが走りながらハンドガンを仕舞って、長拐を構える。
剣を構えた男に枴を突きだす。枴の先端を剣が受け止めた受け止めて金属音が響いた。枴が剣に絡みつくように動いて剣を取っ手で引っ掛ける。
都笠さんが枴を手元でひねると、剣が男の手からあっさりと飛んだ。
「邪魔すんじゃないわよ!」
そのまま枴を棍のように突き出す。喉と胸板に二段突きを食らった男が吹っ飛んで石畳に転がった。
もう一人が僕に切りかかってくるけど。遅い。
銃剣を横に薙ぎ払う。マントが裂けて血が噴き出した。そのまま一歩踏み込んで銃床で顎を跳ね上げる。
堅いものが砕ける嫌な感触が伝わってきて、男が血をまき散らしながら地面に倒れた。
広場に駆け込んだ二人が、広場の隅にいた馬車に飛び乗った。幌のついてない簡易な2頭立ての荷馬車だ。
馬車まで待機させていたのか。御者が鞭を入れて馬車が走り出した。
◆
まだ9時前位だから、広場は人もたくさんいて賑やかだ。
馬車が、馬車の走行レーンを通って広場から出ていく。走って馬車に追いつくのはとてもじゃないけど無理だ。辻馬車に追ってもらうか。周りを見回した。
「風戸君」
都笠さんが僕の手を引く。
「あれ、借りよう」
都笠さんが指さしたのは、広場の真ん中に飾ってあったピックアップタイプのハンマーだ。真っ黒く塗られた車体と日本車と一線を画す大柄で角張った強靭そうな車体が目を引く。
二カ月程前に持ち込まれてから露天商の看板替わりになっていて、いまや新市街の広場の名物だ。今日も周りにはたくさんのお客さんがいる。
走って追うのが無理なら……もう迷っている暇はないか。
「どいてくれ!」
お客さんの人垣を押しのけてハンマーのボンネットに飛び上がった。
「おいおい、困るよ」
「なにするんだ、あんた?」
怒ったように店の人が抗議してくる。本当に申し訳ない。大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。
「僕の名はカザマスミト!竜殺しの放浪者!」
大声で名乗ると、周りの人たちが大きくどよめいて僕を見上げた。
とっさにハッタリをかましてみたけど結構効果はあるらしい。なんというか、本当に我ながら有名になったもんだ。周りにいる買い物客や酔客の注目が一気に集まる。
周りが静まり返って、ステージの上に上がった役者のように、周りの視線が突き刺さってくるのが分かった。ここでビビっているわけにはいかない。
「申し訳ないが、この車、借り受ける!
管理者、起動!動力復旧!」
足元でハンマーのエンジンがかかる。
エンジンがかかった自動車を見るのは多分初めてだろう。エンジン音に周りの人が一歩下がる。
「ごめんね、後で返すからさ」
都笠さんが運転席に入り込んでアクセルを大きく吹かすと、車の前にいた人達が一斉に道を空ける。
ボンネットから飛び降りると、店主らしき恰幅のいい男が僕の肩を掴んだ。
「塔の廃墟の遺物を操れるって……あんた、本物の塔の廃墟の竜殺しなのか……?」
「ええ、その通りです。この借り、必ず返しますから。今はこれを貸してもらえませんか」
男が一瞬考え込む。
店の看板を突然貸してくれといってるわけだし、運んでくるのも簡単じゃなかっただろうし、無茶言ってるのは分かる。
さすがに無理やり掻っ攫うわけにはいかないけど……ダメと言われたら打つ手がない。
わずかな間があって、店主らしく人が顔を上げた。
「本物か……なら、あんたに恩を売っておくのは悪くなさそうだ」
「すみません」
慌てて頭を下げる。
申し訳ないけど、今は手段を選んでいられない。万が一壊してしまうようなことになったら、東京から一台、車を持ってくることにしよう。
荷台に飛び乗ってセリエを引っ張り上げる。
「行くわよ!」
都笠さんの声が聞こえて、ハンマーが唸るような低いエンジン音とともに走り出した。
「セリエ!」
「はい」
セリエが身を寄せてくる。片手で荷台のバーを掴んで体を固定して、セリエを抱き寄せた。
「【境界なき空を舞うものに告ぐ!しばしわが輩となれ!汝の目は我が目、我が耳は汝の耳、斯く成せ】」
セリエが呪文を唱えると、淡く白く輝く使い魔が高々と空に舞い上がった。
「三つ先の路地を左に。おそらく……旧市街に向かっています」
「三つ先を左だって!」
旧市街ってことは……予想できてたこととはいえ、こんな無茶をするのは貴族がらみか。
「OK!」
運転席から都笠さんの返事が返ってくる。
大広場に通じる道だからこの辺の道は結構広いのは幸いだった。それに向こうも馬車だ。狭い路地には逃げ込んで振り切られることはない。
絶対に逃がすものか。
ホールの全員が三階を見上げた。空耳じゃない。
「管理者、起動!電源制御!電源オフ!」
オーディオの電源が切れて、スピーカーから流れていた音楽が止まった。広間が唐突に静かになる。
と同時にまた二発。いくら何でもユーカの部屋で銃の試し撃ちなんかするわけがない。
「お嬢様!」
「ユーカ!」
カウンターの中から出ようとした瞬間。
「危ない!!」
誰かの声がしてとっさに頭を下げた。
すぐ真上でガンという音がする。とっさに床を転がって膝立ちになった。
さっきまで陽気に踊っていたはずの男が振りまわした剣が、カウンターの出口の柱に深々と食い込んでいた。まさに僕の頭の高さ。
誰が声をかけてくれたのか分からないけど。言われてなければ危なかった。
「なんのつもりだ!」
「ご主人様!左!」
左を向くと、もう一人の男がこれまた槌矛を振り下ろしてきていた。後ろに飛びのく。木の床に槌矛の尖った先端が突き刺さり、床板が大きく割れた。
速い。それに、あんなもの持っていた奴は居なかった。多分スロット武器だ。後転して距離を取る。
「発……」
銃を出そうとしたけど、それより早く剣の男が柱に食い込んだ剣を抜いて振り回してきた。
もう一歩飛び下がるけど、切っ先が掠った。胸元にやけどをした時のような熱さを感じる。白いシャツに血がにじんだ。
間髪入れず切りかかってくる男の剣の切っ先をかろうじてかわした。
今更ながら、何で籐司郎さんがスロット武器を持っているのに、それとは別に刀を佩いていたのか分かった。
スロット武器は発現するまでにラグがある。刺客に襲われたりしたときには、即使える武器を持っている方がいいんだ。
踊っていた男たちが次々に懐の短剣を抜く。全員がスロット武器持ちではないらしいけど。
こっちは丸腰、相手はスロット武器持ちがいて、しかも一対多数。
「戦いになったら不利な状況になることもある。そんな時は大きく深呼吸しろ。
頭は冷静に、心は強くだ。気圧されたら……死ぬぞ」
アーロンさんの言葉を思い出して、浅くなりそうな呼吸を整える。
とりあえず背中を取られるのは不味い。少し下がってカウンターを背にする。
スロット武器持ちはおそらく3人ほどだろうか。でもさっきの攻撃は目で追えたから、おそらくそこまで武器の性能は高くない。銃さえ抜ければ……
「動くな!スミト殿!」
突然後ろから声が聞こえて、僕の顔の横を何かが飛んだ。黒い塊が剣を構えた男の頭に命中して、男が顔を覆って後ずさる。床に音を立ててフライパンが転がった。
不意を打たれて、男たちの動きが止まる。チャンス。
「発現!」
空中に光が瞬きいつものマスケット銃が現れる。銃を取った瞬間、もう一人の男が槌矛を振り下ろしてきた。
でも、スロット武器さえ使えれば。いつも通りゆっくりと見える武器を銃身で受け止めて、体を反転させる。ステップの勢いそのままに銃床で腹に突きを入れた。
柔らかいものにぶつかる鈍い手ごたえがあって、男がうずくまった。
「何のつもりだ!」
僕の誰何にご丁寧に答えてくれる奴は居なかった。一人は足元で腹を抑えて這いつくばっているけど、まだ10人以上が周りにいる。
鎌のような湾曲した奇妙な剣を持っている男とフライパンを顔に受けた男が、僕をはさむように無言で距離を詰めてきた。
両方に目配りする。二人相手でも、スロット武器さえあればそうは負けない。
「風戸君!」
にらみ合いをした時。音を立てて、三階のドアが開いた。
「ユーカが……!」
「ユーカが?」
「……連れていかれた!」
ホールの様子をちらりと見て状況を察したんだろう。
「あたしは上から行くわ!そっちも急いで!」
都笠さんが部屋に戻る。
連れていかれたって?どういうことだ。誰がこんなことを、なんてことを考えていても今は意味がない。
仕事してた時もそうだったけど。予期せぬ事態が起きた時にまずしなければいけないことは、それに対応することだ。追わないと。
ドアの方には他にも5人ほどがドアへの道を阻んでいる。酔っている気配がないけど、飲むふりをしていたのか。
「おりゃあ!」
突然、ヴァレンさんの気合の声が響いた。鈍い音を立てて一人の体が軽々と宙に浮く。
アクション映画さながらに空中を舞った体が机に突っ込んで、上に乗っていたグラスやら皿やらが飛び散った
ヴァレンさんがエプロン姿のまま、カウンターの中から出てきた。手には巨大なウォーハンマーが握られている。
ブラシを構えたセリエが僕に寄り添ってきた。
「スミト殿、私が血路を開く。セリエ、お嬢様を頼む。必ずやお助けせよ」
「はい」
セリエが唇をかみしめて頷く。
「いいな、すぐ行け。私には構うな」
「しかしですね」
「主のために血路を開く。主の為に城を守る。それがサヴォアの筆頭騎士たるわが務めよ!いいな!」
有無を言わせぬ雰囲気に気圧される。それにここでもたもたしているのは何の益もない
ヴァレンさんが足音を立てて一歩踏み出し、男たちが押されたかのように一歩下がった。
「【戦場の屍の山、その頂に一人立つ汝、戦の申し子。
その力、その御霊、ここに参れ。我は戦場の王なり!】」
詠唱が終わると、ヴァレンさんの目が赤い光を放った。体もオーラのような赤い光に包まれる。
「下がれ!ザコども!」
重たげなウォーハンマーが片手で振られる。
ハンマーを剣で受け止めた男が人形のように吹っ飛んだ。横にいたもう一人を巻き込み、そのまま壁にたたきつけられる。なんてパワーだ。
「ぐおらぁ!」
獣のような叫び声をあげてヴァレンさんがウォーハンマーを突き出す。
ハンマーをスロット武器らしき曲刀受けた男の体が車にはねられたかのように飛んだ。ドアが蝶番ごと吹き飛び表に転がり出る。
雄たけびを上げてヴァレンさんが突進した。
ご丁寧に、外にも武器を構えた男たちがいた。さっき店の中にいた連中だ。10人以上いる。
そして、その周りを、他の店の客が取り巻いている。
この人数はさすがに……
「大丈夫ですか?」
「行け!!……絶対に見失うな!見失えばおしまいだ!頼むぞ!」
ヴァレンさんが僕を真っ赤な目でにらみつける。
オオカミか何かのように牙をむくその顔は野獣の様だ。殺気が伝わってきて一歩引く
「ご主人様、お早く!」
セリエが僕の袖を引く。
「狂戦士です。ああなるとヴァレン様はおひとりの方が」
「なるほど、了解」
気合いの声をあげて切りかかった男がハンマーで殴られた。鈍い音を地面を転がり、壁にぶつかって動かなくなる。
一歩下がった男達に、ヴァレンさんのハンマーが一閃した。二人がまとめてなぎ倒される。
ヴァレンさんが獣のような吠え声を上げてまた僕を睨んだ。
確かに完全に振り切られて、どこかの屋敷とかに連れ込まれたら追いかける方法はない。いま僕がやるべきことはユーカを追う事だ。
◆
サンヴェルナールの夕焼け亭の3階を見上げる。連れていかれた、と言ってもどっちに逃げたのか。
迷ったその時、また銃声が聞こえた。広場の方だ。都笠さんはそっちに行ってる。
「行くよ!」
「はい」
人ごみを縫うように広場に向けて走ると、前の方に袋を肩に担いで走っていく男が見えた。4人だ。
何かを叫びながら走っていって、男たちに進路を譲るように人混みが分かれる。
先頭を走る二人はさっきの店にいた、商人風の服を着ていて、片方が大きな袋を肩に担いでいる。あの中にユーカが入れられてるんだろうか。
その後ろに黒い外套を着た二人が付いている。店にはあんなのいなかった。
どこのだれか知らないけど、かなり用意周到に人員を配置してたらしい。
都笠さんはどこにいるんだろう、と思った時、左の路地から銃声が立て続けに響いた。
と同時に一人の男の体が路地から転がり出てくる。肩と足から血が噴き出していた。男の体を踏みつけるように、都笠さんが路地から飛び出してくる。
「待ちなさい!」
都笠さんがハンドガンを構えて撃とうとして、銃を下ろした。舌打ちを一つすると、銃を構えたまま走り出す。
「何で撃たないの?」
「この距離で9ミリを必中させるのは、ジェイソン・ボーンかジェームズ・ボンドじゃないと。
あたしには無理よ」
「くそっ」
確かに距離もあるし、相手は走っているし、周りに人もいる。それに、肩に担いでいる袋にユーカが入れられているとしたら。さすがに撃てないか。
「逃がすか!」
「追うわよ!」
都笠さんが走る。
逃げる男のうち、黒い外套を着た二人がこっちを向き直った。それぞれが剣を抜く。足止めか。
「発現!」
都笠さんが走りながらハンドガンを仕舞って、長拐を構える。
剣を構えた男に枴を突きだす。枴の先端を剣が受け止めた受け止めて金属音が響いた。枴が剣に絡みつくように動いて剣を取っ手で引っ掛ける。
都笠さんが枴を手元でひねると、剣が男の手からあっさりと飛んだ。
「邪魔すんじゃないわよ!」
そのまま枴を棍のように突き出す。喉と胸板に二段突きを食らった男が吹っ飛んで石畳に転がった。
もう一人が僕に切りかかってくるけど。遅い。
銃剣を横に薙ぎ払う。マントが裂けて血が噴き出した。そのまま一歩踏み込んで銃床で顎を跳ね上げる。
堅いものが砕ける嫌な感触が伝わってきて、男が血をまき散らしながら地面に倒れた。
広場に駆け込んだ二人が、広場の隅にいた馬車に飛び乗った。幌のついてない簡易な2頭立ての荷馬車だ。
馬車まで待機させていたのか。御者が鞭を入れて馬車が走り出した。
◆
まだ9時前位だから、広場は人もたくさんいて賑やかだ。
馬車が、馬車の走行レーンを通って広場から出ていく。走って馬車に追いつくのはとてもじゃないけど無理だ。辻馬車に追ってもらうか。周りを見回した。
「風戸君」
都笠さんが僕の手を引く。
「あれ、借りよう」
都笠さんが指さしたのは、広場の真ん中に飾ってあったピックアップタイプのハンマーだ。真っ黒く塗られた車体と日本車と一線を画す大柄で角張った強靭そうな車体が目を引く。
二カ月程前に持ち込まれてから露天商の看板替わりになっていて、いまや新市街の広場の名物だ。今日も周りにはたくさんのお客さんがいる。
走って追うのが無理なら……もう迷っている暇はないか。
「どいてくれ!」
お客さんの人垣を押しのけてハンマーのボンネットに飛び上がった。
「おいおい、困るよ」
「なにするんだ、あんた?」
怒ったように店の人が抗議してくる。本当に申し訳ない。大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。
「僕の名はカザマスミト!竜殺しの放浪者!」
大声で名乗ると、周りの人たちが大きくどよめいて僕を見上げた。
とっさにハッタリをかましてみたけど結構効果はあるらしい。なんというか、本当に我ながら有名になったもんだ。周りにいる買い物客や酔客の注目が一気に集まる。
周りが静まり返って、ステージの上に上がった役者のように、周りの視線が突き刺さってくるのが分かった。ここでビビっているわけにはいかない。
「申し訳ないが、この車、借り受ける!
管理者、起動!動力復旧!」
足元でハンマーのエンジンがかかる。
エンジンがかかった自動車を見るのは多分初めてだろう。エンジン音に周りの人が一歩下がる。
「ごめんね、後で返すからさ」
都笠さんが運転席に入り込んでアクセルを大きく吹かすと、車の前にいた人達が一斉に道を空ける。
ボンネットから飛び降りると、店主らしき恰幅のいい男が僕の肩を掴んだ。
「塔の廃墟の遺物を操れるって……あんた、本物の塔の廃墟の竜殺しなのか……?」
「ええ、その通りです。この借り、必ず返しますから。今はこれを貸してもらえませんか」
男が一瞬考え込む。
店の看板を突然貸してくれといってるわけだし、運んでくるのも簡単じゃなかっただろうし、無茶言ってるのは分かる。
さすがに無理やり掻っ攫うわけにはいかないけど……ダメと言われたら打つ手がない。
わずかな間があって、店主らしく人が顔を上げた。
「本物か……なら、あんたに恩を売っておくのは悪くなさそうだ」
「すみません」
慌てて頭を下げる。
申し訳ないけど、今は手段を選んでいられない。万が一壊してしまうようなことになったら、東京から一台、車を持ってくることにしよう。
荷台に飛び乗ってセリエを引っ張り上げる。
「行くわよ!」
都笠さんの声が聞こえて、ハンマーが唸るような低いエンジン音とともに走り出した。
「セリエ!」
「はい」
セリエが身を寄せてくる。片手で荷台のバーを掴んで体を固定して、セリエを抱き寄せた。
「【境界なき空を舞うものに告ぐ!しばしわが輩となれ!汝の目は我が目、我が耳は汝の耳、斯く成せ】」
セリエが呪文を唱えると、淡く白く輝く使い魔が高々と空に舞い上がった。
「三つ先の路地を左に。おそらく……旧市街に向かっています」
「三つ先を左だって!」
旧市街ってことは……予想できてたこととはいえ、こんな無茶をするのは貴族がらみか。
「OK!」
運転席から都笠さんの返事が返ってくる。
大広場に通じる道だからこの辺の道は結構広いのは幸いだった。それに向こうも馬車だ。狭い路地には逃げ込んで振り切られることはない。
絶対に逃がすものか。
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