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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

長い夜の始まり。

 結局のところ、ユーカの意思確認ができないまま数日が経った。
 なんというかあまりにシビアな、というか、決断を強いる話なので切り出しにくい。


 多分ヴァレンさんも同じ考えなんだろうと思う。ヴァレンさんも何も言ってないようで、食事時とかに目が合うと、目でどうしようか、と訴えてくる。
 僕としてもなんとなく踏ん切りがつかない。問題の先送りはあまりいいことじゃないんだけど。 





 そんなことをしていても、時間は流れるし、日々の仕事もしなくてはいけない。


 今日も今日とてサンヴェルナールの夕焼け亭のホールには賑やかな音楽が流れている。
 今かかっているのは……たしか、エルビス・プレスリーの曲だった気がするけど。あまり詳しくないから聞いたことが有る、という程度だ。


 今日は貸し切り営業になっている。最近は時々そういうのも出てきた。
 今日の昼に突然入った予約だ。何処かの商店の若旦那というかそういう人のパーティ的なものらしく、客層が若い。曲も楽し気で踊れるような曲、というお客さんの希望のチョイスに従っている。


 1階は半分くらいにテーブルが並び音楽に合わせて手拍子を打ちながら酒を飲んでいて、残りの半分では足をリズミカルに踏み鳴らしてダンスをしている。
 二階の吹き抜けの回廊にもお客さんがいて歌を聴いてる。全部で20人くらいは居そうだな。
 賑やかな歌声と笑い声と鳴り響く音楽、いかにも繁盛店て感じだ。


 今日も含めてサンヴェルナールの夕焼け亭の音楽酒場としての経営は順調そのもので、二号店を出すか、それとも広いところに移るかってレベルになりつつある。
 実際のところ、何処かの商人さんから広い場所を移転しないかと誘いがかかっているというのをヴァレンさんが言っていた。


 商売繁盛しているのは、これはこれでいいことなんだけど。このままでいいのかという感じはする。
 このままだとユーカはミュージックバーのオーナーになってしまいそうだ。
 まあそれが悪いわけでは必ずしもないのかもしれないけど。





 最近はウェイターはやらなくていいけど、基本的には僕は厨房に詰めている
 といっても料理をするわけじゃなく、レナさんの管理者アドミニストレーターの効果が万が一切れたりした時の予備要員だ。
 周りが忙しそうなのに、自分がなにもしてないのはどうも居心地が悪い。僕の隣では都笠さんも暇そうにしている。


「そういえば今日はユーカは?」
「もうお休みになられました」


 今日は、予約が入った後にセリエやヴァレンさんとこのパーティの為に市場に買い出しに行っていたはずだし、疲れたのかもしれない。


 セリエは今もウェイトレスをしていて、今日もいつものメイド衣装で、ワインやエールを入れた器をホールに出したりしている。
 パーティが始まって2時間ほど。そろそろ8時くらいってあたりになって、一通りの料理はもう出したので、厨房の中も一息ついた空気になった。


「食事はここに置いておくから、皆食べておいてくれ」


 ヴァレンさんが厨房の机の上に賄いを並べてくれる。
 今日の宴会メニューであるお手製のラヴィオリ、ガルフブルグ風に言うと包み煮パピロットや、豆とひき肉を煮たようなものや、野菜多めのサンドイッチとかだ。
 サンドイッチは、だんだん分厚くなってる気がする。まさか、東京のどこかの写真でも見たなんてことはないだろうけど。


「お嬢様にお食事をお持ちしないと」


 セリエがちょっと疲れた顔で言って、トレイに器を並べる。
 トレイの上には包み煮パピロットを入れたスープ皿とこんがり焼いたパンが載せられている。


「じゃあ、あたしが持って行ってあげるわ」


 厨房の中で賄いをつつきつつ暇そうにしていた都笠さんが声を掛けて、セリエからトレイを受け取った。


「ありがとうございます、スズ様」
「いいって。暇すぎるのも嫌なもんだしね」


 トレイをもった都笠さんが厨房からカウンターの外に出ていって、お客さんの邪魔にならないように壁際を辿って階段を上がっていく。 


「お嬢さん、一緒に飲まない?」
「あたし、お酒飲めないんですよ」


「えー。本当に?」
「本当ですよ」


 飲めないというのはまあ嘘としても。なんか二階でからまれているけど、にっこり笑ってあしらっている。あの辺は本当に如才ないというかなんというか。


 サンドイッチを食べていると、ホールからガシャンと音がした。
 顔を出してみると、二階の客がグラスを一階の吹き抜けに落としたらしい。慌ててウェイトレスの女の子がホウキと雑巾のようなものをもって出ていく。


「いやー、ごめんごめん!」
「すみませんねぇ」


 悪びれないというか、いかにも酔っ払い、という感じのふわふわした声がする。大学時代に居酒屋でバイトしてた時によく聞いたなって感じの声だ。
 なんというか、サンヴェルナールの夕焼け亭のいつもの日常だな。


 サンドイッチを頬張っていたセリエがカウンターの中から吹き抜けの上を見上げる。


「どうかした?」
「いえ……スズ様の声がしたような……?」


 セリエが三階を見上げる。ホールには相変わらず賑やかな音楽と手拍子が響いている。この中で部屋の中の声まで聴きとれるのか?


 カウンターの中に戻ろうとしたセリエがまた三階を見上げる。  
 僕もちょっとカウンターから乗り出して眺めてみるけど、特に変わった様子はない。都笠さんは帰ってこないけど、なんかおしゃべりでもしてるのかな。


「何か気になるの?」
「いえ……」


 セリエが首を傾げて、カウンターの中に戻った。
 包み煮パピロットをスプーンですくって口に運ぶ。前にアデルさんが振る舞ってくれたものよりちょっと柔らかくて薄めの皮と野菜中心の具の優しい味だ。コンソメか何かのようなスープとよく合っている。それぞれの店で個性があるな。
 3つ目の包み煮パピロットを口に入れたその時。突然、にぎやかに響く音楽を切り裂くような音が2度響いた。
 これは……さすがに僕でもわかった。




 銃声だ。







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