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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ダナエ姫との会談でルノアール家の思惑を知る

「なるほどのう。突然何をしに来たのかと思ったらそんなことを妾に聞きにまいったのか」


 そう言って、ダナエ姫が細いグラスに入ったレモン炭酸を一口飲んだ
 ……屋敷の応接間らしきところに通されてまっていたら、出てきたのは何とダナエ姫だった。


 事前にアポを取る方法なんてないし、空振りも覚悟していたんだけど。まさかダナエ姫が応対してくれるとは思わなかった。
 というか、あなたに聞きに来たわけじゃないんですけどね。
 ダナエ姫はいつも通りの袴姿。藤四郎さんもいつもの和服姿でダナエ姫の後ろに控えている。


 ちょっとした会議室並みに広い部屋の中。壁の片方は金で縁取られた窓があって、向こうには綺麗な庭とベランダが見えている。
 壁には豪華な装飾入りの壁紙が貼られ、高い天井からはガラスか何かの燭台がつり下がっている。


 ただ、机やソファは東京からの持ち込み品らしく、量販店の家具屋で売ってそうな感じのものだし、かと思うと、立派な和風の壺とか扇子が暖炉の上に飾ってあったりするし。
 日本趣味ジャポニズムといえばそうな気もするけど、なんとも微妙にちぐはぐ感がある。


「なるほどのう。まあ、あのからくりは魅力的じゃからの。
妾も欲しい所であるが、ソウテンインはこの件ではとんと役に立たぬ」


 ダナエ姫が籐司朗さんをちらりと見て、籐司朗さんがやれやれという感じで首を振る。
 そもそも管理者アドミニストレーターを使えないだろうし、ぶっちゃけ、あんまりオーディオとかそういうのに詳しい感じはしないから無理だろう。


「お主らの同郷だというのにおかしなことじゃ。剣の腕は並ぶものは無いのじゃがな」
「姫、我々の世界はそれぞれの専門分野があったのですよ」


 籐司朗さんが苦笑いを浮かべながら言う。


「まあよい。まずは聞かれたことに応えておくとしようか。
サヴォア家の名誉回復と再興じゃが、できなくはないであろうな」
「あ、そうなんですか?」


「べつにルノアールに頼ることなぞない。妾であっても可能ぞ」


 ダナエ姫がこともなげに言う。別にかつての主でないとダメってことはないのか。


「名誉回復については、我が王に上奏してサヴォアの先代に罪がないことを述べて認めさせればよいだけだからの」
「簡単そうに言いますね」


 王様に物申すのはそんな簡単じゃない気もするけど。
 でも、この人はなんとなく普通に話しているけど、4大公家の大物だし。できなくはないのかもしれない。


「その上で旧領を回復できるのが理想であろうが、こちらは中々に難しいやも知れぬな。
どうじゃ?妾がやってやろうか?」


「出来るんですか?」
「まあの。じゃが無論、条件もある」


 ダナエ姫が意味ありげに微笑んで僕を見る。


「……この屋敷に演奏設備、設置しましょうか?」
「そんなもの、楽団を招けば事足りよう?」


「……仕官しろ、ですか?」


 ダナエ姫が満足げにうなづいた。


「無論ぞ。
ブルフレーニュ家はサヴォア家には何の縁もない故にな。じゃが竜殺しの放浪者のたっての願い、というなら名目も立つ」
「それはちょっと……」


 なんとなく宮仕えには抵抗感があるのは、サラリーマン時代のしんどい経験があるからなのか、どうなのか。
 今の、自分で自分の責任をとれる立場で居る方がなんとなくいい。


「ふむ、誰かに仕える気はない、ということか?」
「今は」


 ダナエ姫が、よくわからない、という顔で僕を見る。


「準騎士の名誉と俸禄より一介の探索者の方がよいというのは妾にはよくわからんがの。
だが同じことであると思うぞ。妾に使えるか、ルノアールに仕えるかの差にすぎぬ」
「え、そうなんですか?」


 意外というか、よくわからないというか。ルノアール家に仕官する気なんて全くないんだけど。


「当然であろうが。
ルノアールからすれば、すでに滅んだ家を名誉回復させることも、復興させることも利なぞない。
別邸にそのそのからくりを用意させたとしてもな。
バスキアとひと悶着起きるかもしれんからの」
「じゃあ何でです?」


 僕の言葉に、ダナエ姫が呆れたような顔を見せた。


「お主らがいるからに決まっておろうが。
塔の廃墟の竜殺しドラゴンスレイヤー、スミト、それにスズ」
「あら、あたしも?」


 とりあえずあたしは関係ない、と言わんばかりに、レモン炭酸を飲みながら暖炉の上の壺を眺めていた都笠さんが意外そうな声を上げてこっちを見る。


「有名なのは風戸君だけかと思ってたけど」
「謙遜せんでもよい。
婿殿が申しておったぞ。鉄車を手足のごとく操り、雷鳴のごとき矢弾を放つ弩でワイバーンを退けたとな」


 婿殿はゼーヴェン君だろう。どういう風に僕等のことを話しているか気になる。


「有名になったわね」
「お互いにね。いつかあだ名がつくかもよ」


 都笠さんがちょっと嫌そうな顔をする。
 僕の、宝石狩人ジュエルハンターもなんだけど、妙な二つ名で呼ばれるのはなんか居心地が悪い。竜殺しドラゴンスレイヤーはなんとなく響きがいいからまだ我慢できる。


 ダナエ姫が手を上げると、メイドさんがレモン炭酸を入れたガラスのデキャンタからダナエ姫のグラスに注いだ。


「例えばじゃ、サヴォア家の再興がなったとしようか。
その場合、当主は無論唯一のサヴォア家の息女、ユーカであろうな」
「そうなりますかね」


 ユーカの現状を見ている分には貴族家の当主って感じは全然しない、年相応の女の子だけど。
 でも家の再興となれば、サヴォア家の当主はユーカしかいないだろう。


「その時、お主は如何するのじゃ?
貴族に仕えるのはいやだ、とユーカやセリエと袂を分かつか?」
「うーん」


 言われてみれば……もしそうなったら、僕はどうするんだろう。


「……そうはしないでしょうね」
「正直、お主とユーカやセリエとの接し方は、他にガルフブルグで類を見ぬが……
少なくとも、スミト、お主はユーカの側を離れぬと思われておる。
そして、ユーカもお主の側を離れぬであろう」
「まあ……そうかもしれません」


 と曖昧に言っては見たものの。あの二人と別れるか、と言われるとちょっとそれは考えたくない。


「だからサヴォア家を復興させて旗下に置けば、間接的にじゃがお主も旗下に収められる、というわけじゃな」
「そこまでうまく行きますか?準騎士とかじゃないのに」


「ユーカの年が若いからという名目で、代官を送り込めばよい。さすればサヴォア家にお主を貸すようにすることも思いのままじゃ。
お家再興まで行かずとも、恩を売っておけばそれはそれで悪くない」


 そういう意図もあるのか。
 自分と関係ない所で妙な思惑に巻き込まれているようで、ちょっと嫌な感じだ。





 昼も少し回ったあたりでダナエ姫が軽食を出してくれた。
 メイドさんが運んできてくれたのは、握りこぶしより一回りくらい大きいパンだ。


「塔の廃墟の料理本とやらをソウテンインに訳させて、我が家の料理人に作らせたものじゃ」


 ダナエ姫が自慢げな笑みを浮かべる。
 手で触れると、生地はちょっと硬くてハード系のパンを思わせる。
 かじりつくと、中にはとろみのある香草のソースとひき肉のペーストが入っていた。濃い香草の味と食べごたえのあるしっかりしたパンがよく合っている。
 どことなくカレーパンとかクリームパンのような感じがするけど、菓子パンのような軽い感じはない。これ一つか二つで十分お腹いっぱいになるな。


「美味しいけど、カレーパンじゃないのが残念よね」
「残念じゃがカレーはまだ再現できておらぬな。それにパンに入れるにはあれは贅沢すぎる」


 都笠さんにダナエ姫が答える。
 軽食が終わると、メイドさんがポットから紅茶をいれてくれた。机の上に置かれた紅茶のポットからは黄色のラベルの有名メーカーのティーパックが覗いている。


「もうひとつ聞いていいですか?」
「なんなりと申せ」


「セリエとユーカを奴隷身分から解放することってできますか?」


 これを聞くから、セリエとユーカを留守番で置いてきたってのもある。


 今後どうなるか分からないけど、領主の最後の血筋が奴隷ってのはあまりに問題あると思う。
 それに、いまの僕らの関係を考えると殆ど奴隷にしている意味がない。


 パレアでそこそこ長く過ごして、だんだんガルフブルグにおける奴隷の位置づけってのがある程度分かってきた。
 スロット持ちの奴隷は、かなり値段が高くて、希少価値も高い。だから主もそれなりに大切に扱う。奴隷、と聞いてイメージされるものとは結構違うのだ。
 ただ、それでも疎まれる場面はある。身分の差というか奴隷の立場的なものを見せられるのは、あまりいい気分はしない。


 今のところ、ガルフブルグの奴隷で枷をはめられて鞭うたれて強制労働、ってことはあまり見かけない。
 ただ、地方の鉱山とか、農園とか行くとまた話は変わるようだけど。
 見ない方がお前のためだ、とアーロンさんは言っていたからそういうのもあるんだろう。


 ともあれ、奴隷制度があるなら、それを解放する制度もあっていい気がする、と思ったんだけど。


「ふむ。そういうものはないな」


 予想と正反対のあっさりとした返事が返ってきて、紅茶のカップを取り落としそうになった


「ないんですか?」
「ないな」


「……あまりにひどすぎませんか?」


 奴隷制の倫理的な問題についてガルフブルグで語っても仕方ないのは分かっているけど。
 自分に長く仕えてくれた奴隷に自由を与える、とかいうことを考える人もいてもいいんじゃないだろうか。


「ふむ。そうかな?
ソウテンイン、お主等の国は余程気前のいいものばかりに思えるが、そうなのか?」


 籐司朗さんがダナエ姫の言葉に肩をすくめる。


「どういうことです?」
「お主、あの二人を買うのに幾らかけたのじゃ?」


「確か120000エキュト……だった気がします」


 そのための資金を稼ぐのに、原宿でデュラハンに追い回されたのももう遠い昔な気がする。


「なるほど。スロット持ち2人としては高い買い物ではないが……パレアで2年は優雅に遊び暮らせるな。
ガルフブルグではそれなりの大金であるが、お主等の国のものは、それだけの金をかけたものを気軽に放り捨てる物ばかりなのか?」
「うっ…………それは」


 言われてみると確かにそうかもしれない。


「まあそういうことだ、風戸君。
使わなくなった奴隷を売ることはあっても、解放することは主にとって何の益もない」
「まあ全くいないとは言わんがの。それもあくまでスロット持ち以外の場合じゃな。
いずれにせよほとんどあり得ぬ話故に、それに関する法は存在しない」


 確かに言っていることは間違ってないとは思うんだけど、なんとも釈然としない。


「人権とか自由とか、そういう概念はないんですかね」
「まあ主次第で待遇もピンキリだ。それがこの世界の現実だよ」


 籐司朗さんが表情を変えずに言う。


「妾もスロット持ちの奴隷は居るが、解放はせぬであろうの。
というより、解放したくない能力の持ち主のみを召し抱えておるのでな」


 ダナエ姫が言うけど。当然、というような顔で言われるとなんか引っかかる。


「そう睨むな。準騎士並みとは言わぬが、相応に遇しておるぞ。
俸禄を与え、家も与えておる。皆、喜んで妾に仕えてくれておるぞ。妾は無理強いなどせぬ」


 それなら正式な騎士に取り立てようとか思わないんだろうか。


「納得できぬようじゃがな、恐らく待遇だけなら、セリエやユーカよりもよほど良いと思うぞ」
「そうですか?」


「スミト……どうもわかっておらぬようじゃの。
お主が、例えばじゃがな、次の探索で足を失ったとしようか。その時にセリエとユーカはどうするのじゃ?」
「それは……」


 六本木でのワイバーンとの戦いは幸いにも誰にも犠牲も出なかった。でも次もそうとは限らない。僕が大けがをする可能性も勿論ある。


「そうなったとして、もし窮してセリエとユーカを売ることになれば……今度はあの二人がともに居られるかは分らぬぞ」


 今はサンヴェルナールの夕焼け亭の経営が順調だから、そんなことにはならないとは思うけど。
 ただ、この世界は、けがをした時保険がおりる社会でもなければ、身分保障があるわけでもない。
 今の立場には、とても危うい部分があるというのは間違ってはいない。


「じゃが、少なくとも妾の奴隷であれば、忠誠を誓う限り飢える心配も家を追われる心配もない。
突然売られることも、探索のついでに慰み者にされることもな……どう思う?」


 そういわれるとまあ返す言葉もない。しっかり仕えれば、身分を保証して相応に遇するってことか。
 嫌になるほどビジネスライクというかなんというか。僕より余程シビアだ。


 今の話を聞く限り、準騎士を金を払って買う、というような感じなのかもしれない。
 優秀なスロット持ちで裏切らない奴を金で旗下に抱えるようなもんか。


「ローマ時代の奴隷に近いのだよ。
奴隷はモノであり、必要が無くなったり、主に疎まれれば売られる。身分の差も確かにある。
だが、優れたものは敬意を払われ、相応に扱われることもあるということだ」


 籐司朗さんが補足してくれる。
 どこかの本で読んだけど、ローマ時代は奴隷が貴族の家庭教師をしていたこともあったっていうし。どうも、奴隷という単語はイメージが悪いことこの上ないけど、そう単純でもないな。


「そもそもの、お主は特殊すぎるのじゃ、スミト」
「そうなんですか?」


「探索者がスロット持ちの奴隷を借りることはあっても買うことはまずありえぬ。
そんなことせずとも探索者ギルドで仲間を募ればよいからの」
「まあ確かにそうかもしれませんけどね」


 アーロンさんもレインさんという奴隷を連れてるからというのもあるから、そんなに珍しい話ではないと思ってたんだけど。どうやら僕等はレアケースらしい。


「値も探索者が手を出すには高過ぎるしの。
それを手放そうなどというものなぞ、ガルフブルグどころか、大陸中を探してもおらぬであろう」
「はあ……」


「まあ、ともあれじゃ、奴隷を開放するという制度は存在せぬ。
お主が言う分には好きにすればよいと思うがの……と言いたいところなのじゃが」


 ダナエ姫がお茶を一口飲んで少し言葉を濁した。
 まだ何かあるんだろうか。







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