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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

強くなるためには、結局地道なトレーニングしかない。

 がつんと音がして、僕の持った木の棒とアーロンさんの木の剣ががっちりとかみ合った。
 押し負けないように、少し柔らかい土の地面を踏みしめて踏ん張る。


「いい顔になったな」


 汗まみれのアーロンさんが余裕の笑みを浮かべて言う。間近の顔から熱気が伝わってくる。
 頭の上には真昼の熱い太陽があって、足元を見ると緑の草と黒土の地面に濃い影が出来ていた。


 銃と同じ長さくらいに作った堅い木の棒で押すけど、アーロンさんの剣はびくともしない。
 もともと身長で負けてるし、歴戦の探索者の鍛えた体と僕では残念ながら力が違う。


 力じゃ押しきれない。
 足を半歩引いて、体を半身にしてアーロンさんの圧力を逃がす。少しアーロンさんが前のめりになったすきを狙って距離を空けた。


「やるな!」


 アーロンさんが剣を振りぬいてくる。
 いつもはスロット武器のおかげでゆっくり見えるけど、今はそんな恩恵はない。
 剣には布を巻いてはあるけど、当たればかなり痛い。最初は避けられなくて何度もひどい目に合ったけど、だいぶ目が慣れてきた。
 剣を棒で力いっぱい払いのける。


「くらえ!」


 払いのけた反動で体をターンさせる。
 背中を向けて、銃床で突きを食らわすように、棒の先で突きを繰り出した。
 がつんという堅い手ごたえが伝わってくる。盾でふさがれた。


「まだまだ!」
「いいぞ!」


 棒を横に構えて、そのまま体全体で棒を突き出す。吹っ飛ばしてやる。
 盾に棒がぶち当たって、棒が真ん中から音を立ててへし折れた。


「ありゃ……」
「いい気迫だったぞ」


 衝撃で痛む手の平を開くと、真っ二つに折れた棒が草の生えた地面にぽとりと落ちた。アーロンさんが盾を下す。
 線で押せば体勢を崩すこともできるかも、と思ったけど、当てがはずれた。スロット武器なら折れたりはしないんだけど。


「最後はちょっと攻めが強引だったな」 
「そうですね……」 


 木の棒が折れたってのを抜きにしても。体重差を考えれば力押しで崩すのは無理だっただろうか。 


「一か八かの勝負も悪くはないが、失敗すると形勢不利になる場合も多い。 
真剣勝負ではそれが致命的になることもある」 


 アーロンさんが汗を拭きながら言う。 
 シャツの袖から覗く腕や胸板はがっちりと鍛えられていて、さすがに歴戦の探索者という感じだ。
 年齢的にはそんなに差はないはずなんだけど、それ以上に年の差を感じるのは、身にまとう雰囲気や体格の影響が大きい。年齢の差以上に年上感が出てる。


「勝負に出る時は、防御プロテクションがかかっているか、敵はどんな攻撃をしてくるか、援護を期待できるのか、いろいろと考えることは多い。 
訓練を積めば引き出しも増え、判断も早く的確になる。まあ要は練習次第ってことだ」 


 そういいながら魔法瓶を渡してくれた。ふたを開けて飲むと、ひんやりした水が喉を潤してくれる。
 涼しい風が吹きぬけていって木の葉が揺れた。
 

 魔法瓶はいつのまにやら誰かが使い方を発見したらしい。文字通り温度を保つ魔法の壺として使われていて、それなりの数が出回っている。
 といっても、冷たいものを簡単には作れないから、そこまで利便性はないようだけど。それでも井戸水とかの冷えた感じは温い水を飲むよりもいい。 


「しかし、まさか竜殺しドラゴンスレイヤーさんから訓練のお誘いがあるとは、光栄だな」
「勘弁してくださいよ」


 アーロンさんがからかうような口調で言ってくる


「だが、どういう風の吹き回しだ?」


 アーロンさんはアーロンさん達で仕事が有って、ガルフブルグにいたり東京の方に居たりと、いまいち最近はあえてなかったけど。今回は訓練に付き合ってもらっている。


「……まあいろいろありまして……もっと強くならないとって思ったんですよ」
「なるほどな……まあ探索者は強くて損することはない。いい心がけだ」


 アーロンさんはペットボトルにいれた水を飲むと、残りを頭からかけた。
 ペットボトルも大量にこっちに持ち込まれ、中身が飲まれた後は水筒がわりになっているそうだ。革の水袋とか重い陶器の器と違って軽く、壊れにくく、保存性もいいということで、ずいぶん重宝されているらしい。
 すでに、同じような構造を木や他の素材で作れないかの研究を始めている工房もあるのだとか。





 今日はパレアの郊外の封緘シールの区域内の、少し街道から離れた草原に訓練のために来ている。


 探索者ギルドにも闘技場のような訓練施設はあるんだけど、変になれなれしく声を掛けられたり、遠巻きにしてひそひそ話をされたりして居心地が悪かったから引き上げた。
 こういう時は、ああ僕もなんか顔が売れてきたな、と思う。


 それに、いろいろ話しかけられると訓練が進まなくて面倒くさい。
 別に横のつながりを広げたくないわけじゃないけど。トレーニングするぞ、って気分の時に水を差されるのも微妙なので郊外で訓練することにした。


 あと、都笠さんの銃は騒がしすぎてあまり街中で練習するのには適してないってのもある。
 そんなわけで、たまたま、深淵の止まり木亭にいたアーロンさん達に頼んで訓練に付き合ってもらっているわけだ。


 魔法瓶を置いて、タオルで汗を拭きながら周りを見る。


 リチャードは長い鎖を使って、自分の周りに立てた棒を打つ訓練をしている。
 普段はチャラい感じがするけど、こうしてみると見事な身のこなしだ。
 蛇のように舞う鎖が近い棒をかいくぐって遠い棒を打ち据えたかと思えば、近くの棒を裂くように絡みつく。
 ステップも鮮やかでダンスを見ているかのようだ。


 その向こうでは、セリエ、レインさんの魔法使い組とユーカが魔法の練習をしていた。というかイメトレをしているらしい。
 威力を絞って魔法を発動させて、イメージ通りにコントロールできるかを試しているようで、光や炎が空中にぱっと飛び散る。


 都笠さんはさっきから89式を構えたまま200mほどダッシュして伏せて何発か撃ち、また立ち上がってダッシュするというのを繰り返している。
 自分でやってみるとわかったんだけど、銃を構えたままだと腕が振れないから走りにくい上に、走って息が上がった状態だと狙いが全く定まらない。
 僕のスロット武器でさえそのざまなんだから、僕の銃より重い89式をもって走っている都笠さんのタフさは半端じゃないと思う。


 そして。なぜか、静かな原っぱには似合わない断続的にエンジン音が聞こえていた。音の主はアデルさんのバイクだ。
 少し離れた所では、アデルさんと衛人君がバイクの練習をしている。たまたま、パレアの新市街を出る時にあったんだけど。


「貴様がどのような訓練をしているか見極めねばならぬ。
口では気のないふりをしながら、こっそりと準騎士を目指して腕を磨いているとも限らんからな 」


 などと言って着いてきた。


 バイクはトライアルバイクってタイプだ。
 ショートダッシュをしてターンしたり、ウィリーしたりと、アクロバットのような乗り方をしていて、トリックのような動作をするたびに土の塊が飛び散る。しかし、あんなことして役に立つんだろうか。
 見ているとターンに失敗して、アデルさんがバイクごと地面に倒れた。派手な倒れ方ではなかったけど、地面に突っ伏したまま起き上がろうとしない。


「おいおい、お嬢ちゃん。ドレスを着て紅茶でも飲んでた方がいいんじゃないか?」
「……黙れ、エイト」


 衛人君が声を掛ける。この間のちょっと軽い感じとは全然違う。表情も真剣で、スパルタな感じだ。
 革のツナギのような衣装にプロテクターとヘルメットをつけたアデルさんが立ち上がる。
 それをお付きの人らしきメイドさんや侍従さんがはらはらした顔で眺めていた。





 しばらく休んでまたアーロンさんと組み討ちをしていると、疲れ切った感じで都笠さんがこっちに歩いてきた。
 アーロンさんが僕の棒を剣先で払って、バックステップして距離を取る。一息入れよう、という顔だ。
 僕も棒を下ろすと、アーロンさんが剣を顔の前で縦に構えてお辞儀をしてくれた。僕も頭を下げる


「お疲れ。一休みする?」
「ありがと、そうするわ」


 魔法瓶を渡すと、都笠さんが中身を一気に飲み干した。
 セリエ達の魔法使い組や、アデルさんと衛人君もこちらに集まってきて、水を飲んだりしている。もう2時間近く動きっぱなしだし、少し遅いけど昼ご飯の時間だ。今日はこの辺でいいかもしれない。
 都笠さんが体の土を払いながら顔をしかめる。


「……ちょっと川で水浴びしてくるわ……」


 都笠さんは汗びっしょりだし、体も伏せ撃ちをしていたから土埃まみれだ。僕もシャワーがあったら浴びたい。


「それはいいな。私も行こう」


 アデルさんも同じ感じで、何度も転倒したせいか、顔には黒い土がついている。ヘルメットを脱ぐと、前は突っ立っていた赤い短い髪が汗で濡れてぺったり額に張り付いていた。


 地球の古い町とかもそうだけど、パレアも大きめの川が流れる街で、その近郊には支流の小川がいくつも流れている。この近くにもあるらしい。
 この辺はパレアのすぐそばで封緘シールの効果が届いている。まず魔獣が現れることはないから大丈夫か。


「じゃあ僕等は待ってるよ」
「すみません、ご主人様」


「エイト、一応言っておくが」
「大丈夫だぜ、わが主マイマスター。さすがに俺もシャレにならない一線くらいは分かってる」


 都笠さんとアデルさん、それにセリエとユーカとレインさんがタオルを何枚か持って川の方に歩き去っていった。


「さて、どうする?」


 アーロンさんが聞いてくる。
 もちろん覗きに行こう、という意味ではないだろう。リチャードか衛人君が言ったら何か別のニュアンスになりそうだけど。


「僕らは僕等で楽しみましょう。先に初めていてもいいでしょ」


 馬車の中に今日はこっそりと隠してきたものがある。
 馬車の荷物入れから小さ目のクーラーボックスをだす。アーロンさん達にはなんだかわからなかったようだけど、衛人君にはわかったらしく、表情がパッと明るくなった。


「なんだ、それ?」


 リチャードが訝し気な顔で白と青のクーラーボックスを見る。
 電子機器もぼちぼちとこっちの世界に入り込んできていて使われているものもある。その一つが冷蔵庫だ。
 オーディオ機器のように複雑というか複合的なものではなく、管理者アドミニストレーターで電源を入れればすぐに用途がわかるからだろう。


 サンヴェルナールの夕焼け亭にも小型のものを一台持って来てある。
 ただ、ずっと稼働させ続けるのはレナさんや僕の負担が大きいので、 野菜とか肉とかを冷蔵して保存、という使い方はできていない。この点では電気に負けてるな。


 今は使うときだけ稼働させて、飲み物を冷やしたり、氷を作ったりしている。
 こういう風に使って初めて知ったけど、冷え始めるのには結構時間がかかる。
 お客さんが来る時間に冷えてなかったなんてことも最初はあったから、いまはちょっと余裕をもって早めに稼働させて冷やすようにしている。


 今日はせっかくなんで冷やしたエールやワインを氷と一緒にクーラーボックスに詰めてきた。
 冷蔵庫で冷やしたのは僕だし、多少の優先権はあるだろう。どうせしばらく帰ってこないだろうし。


 もちろんユーカのためのジュースとかも持ってきているけど。僕ら用の、大きめの徳利のような素焼きの壺に入ったエールや、瓶に入れたワインを取り出す。
 氷はあらかた溶けてしまっていたけど、瓶はひんやりと冷たい。


「飲みましょう。冷えてますよ」


「おお!スミト先生、気が利くね。さすが竜殺しの英雄様だぜ、マジで」
「関係ないよね、それ」


 壺の封を切って、持ってきた木のカップにエールを注ぐ。
 日本のビールと比べると、ガルフブルグのエールは炭酸や泡が少し控えめで、味が濃い。


 実を言うと冷やしたエールを飲むのは初めてなんだけど。カップに注いだエールを飲むと、そんなエールも冷やすと飲みやすくなるのが分かった。
 運動のあとは冷たいビール、というかエールが身に染みる。


「冷やしたビールをこっちで飲める日が来るなんてなぁ」


 衛人君がグラス片手にしみじみという。
 氷室で冷やした飲み物もあるらしいけど、施設自体がかなり高価で、僕等庶民にはそもそも飲む機会がほとんどない。


 アーロンさんとリチャードは一口目の冷たさには驚いたようだけど、飲み口の心地よさに気づいたらしく、あとは一気に飲んでしまった。
 今日はいい天気で、しかも運動の後だから、そりゃ美味しいに決まってる。


「どうやって作ったんだ、これは?」
「僕等の世界の魔道具で、物を冷やす箱があるんですよ。それを使いました」


 少しづつこっちに入ってきているようだけど、動かせる管理者アドミニストレーター使いも含めてまだ冷蔵庫は貴重品だ。あまり知名度は無いらしい。


「上手いもんだな、これ。エールを冷やすなんて考えたことなかったぜ」
「最近、新市街の広場で冷たいフルーツやジュースを売る屋台があるが……」


「多分、その人もこれを使ってるんだと思いますよ」
「もう一杯くれよ、スミト」


 リチャードのカップにエールを注いて、自分のカップにも注ぐと、半分くらいでなくなってしまった。
 2つ目の壺をクーラーボックスから持ち上げて封を切ったところで。


「風戸くーん」


 冷ややかな声が振り返ってみると、都笠さんとアデルさんが戻ってきていた
 都笠さんはラフなTシャツにハーフパンツ、アデルさんは灰色の裾の長めのワンピースのような貫頭衣に着替えて、大きめのバスタオルで上半身をすっぽり包んでいる。
 二人とも笑顔だけど、それが怖い。


「……早いね?」


 15分も経ってない気がするけど……


「お風呂じゃないからね。水浴びはそんなに長くはできないわよ」
「なるほど……セリエ達は?」


「髪を拭いてるわ。もうしばらくしたら来ると思うわよ……そんなことより」


 そういえば、アデルさんと都笠さんはどっちも髪が短い。だから少し早かったのかな


「そんなの隠してた上に、先に酒盛り始めるとはいい度胸よね。そう思わない?アデルさん」
「まったくだな。許しがたい。
エイト。貴様、主より前に酒に口をつけるとは無礼だとは思わんのか、ん?」


 都笠さんの言葉にアデルさんが薄い笑みを浮かべながら頷く。


「いや、同卓してるわけじゃないしよ、固いこと言うなよ、我がマイ……」


 と言ったところで一睨みされて衛人君が口を閉じた。


 残りのエールの壺は女性陣に取り上げられてしまった。一応ワインを残してくれたのは武士の情けなんだそうで。









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