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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

塔の廃墟の自動車教習所・下

 目を開けると、心配そうなセリエとユーカが僕の顔を覗き込んでいた。
 あったかいものが頭の後ろにあるな、と思ったら膝枕されてる。手が熱いのはユーカが僕の手を握っているかららしい。


「あのね、ゆっくりって言ったでしょ?意味わかってるわよね」
「そう言われましても……馬の拍車をかけるときよりは柔らかくしたつもりなのですが」


 都笠さんの険悪な声が聞こえてくる。


「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」


 体を起こすと、近くの電柱につきささって大破しているワゴンが見えて、何が起きたかは全て察した。
 ゆっくり、の加減が分からずアクセル踏んで、飛び出したのに驚いてハンドル切ったんだろう。というか、シートベルトを締め忘れていたのはうかつだった。


 アクセルペダルを踏む、というより力の加減をしてペダルを踏むなんて生まれて初めてだろうし、加減が分からないのも仕方ないか。
 わずかに頭に痛みが残っていてすこしふらつくけど、治癒ヒーリングをかけてくれたのか、傷はなかった。


「生きてる、風戸君?」
「申し訳ありませぬ、スミト殿」


「ああ、大丈夫ですよ」


 ガレットさんが膝をついて頭を下げる。


「運転する人が下手すると、こういう風に一緒に乗ってる人も怪我するのよ」
「心いたします」


「あと、こういうブーツもやめなさい。あとでドライブ用の靴を探してきてあげるわ」


 改めて見ると、ガレットさんの靴は騎士風の編み上げたごつい革のブーツだ。これでは力の加減も難しいか。
 こっちも改めて教え方とかを考えないといけないな。





 練習が始まって1週間経った。
 3日間ほど毎日一日中運転の練習を続けるとわりと形になってきた。
 もともとオートマ車は操作自体はそこまで複雑じゃない。相変わらず踏み始めの力加減が出来てなくて怖い想いをすることもあるけど。流石に今はシートベルトは締めている。


「正直申し上げますが、予想より易しくありますな。乗馬に比べればたやすいものです」


 午前中の練習を終えて水を飲みながらガレットさんが言う。たしかに乗馬に比べれば簡単なのかもしれない。
 慣れてしまえば、アクセルで進む、ブレーキで止まる、ハンドルで方向を変える、というだけとも言えるわけだし。


「……あれだけ派手にぶつけておいて甘いこと言ってるわね」


 後部座席に座って乗客役をしてくれている都笠さんが、ガレットさんを睨んだ。


「一応言っとくけど、今のあんたは乗ってるだけよ。車は乗りこなさないと意味はないわ」
「乗りこなす……といいますと?」


「これは動かせているだけで乗りこなしてはいないのよ。
馬でいうなら、馬にまたがってるだけってこと。それを安易に簡単なんて言ってもらっちゃ困るわ」


 今はとにかく暴走しない様に基本重視の安全運転指向で教えているから、本当の意味で操作出来ているとは言えないとは思う。
 ただ、乗りこなすというのもなかなか定義が難しい。


「と言われましても……」
「そうね、口で言うより見本を見せる方がいいわね。
ガレットさん、あの車を動かしてもらえるかしら?」


 都笠さんが指さしたのは、渋谷駅のロータリーの隅にぽつんと止まっている赤黒ツートンの軽のスポーツワゴンだった。
 サイズが小さいからガレットさんは選ばなかった奴だ。ちょっと古い型だな。
 怪訝そうな顔というか微妙に不満げな顔でガレットさんがその車を動かす。 


「あたしが車ってものはどういう風に動かせるのかを見せてあげるわ」
「わかりました」


 都笠さんが運転席に乗り込み、ガレットさんが助手席に座った。


「風間君も乗らない?」
「……いや、やめとく」


 何が起きるか大体予想がついたので謹んで遠慮しておくことにする。


「そう。じゃ、行ってくるね」


 ゆっくり走り出した軽が、青山通りに出る。
 見守っていると、しばらくゆっくり走っていって、唐突にエンジン音が甲高く響いた。そのまま猛ダッシュで青山通りの坂を表参道方面に向かって駆けのぼっていく。
 まあ、ああなるだろうとは思ったけど。


「ねえ、お兄ちゃん」
「どうしたの?」


「お兄ちゃんもあんなふうに走れる?」
「……いやー無理だね」


 ユーカが聞いてくる。
 あれをできるのは都笠さんの趣味なのか自衛隊の訓練の賜物かはわからないけど、僕にまねできないのは間違いない


「すごく速くて、すごいなって」


 ユーカが目を輝かせて僕を見上げる。
 小さい子供が速く走る乗り物に魅かれるのは、世界が代わっても共通なんだろうか


「都笠さんに頼んでみなよ」


 多分喜んで乗せてくれると思う。学生時代の車好きの友人もそんな感じだったし。


「お姉ちゃん、乗せてくれるかな。ね、セリエも乗ろ?」
「……いえ、お嬢様、私はちょっと……」


 セリエはどうもああいうアクション映画のような運転は好きじゃないらしい。


 そんなことを言っているうちに、遠くからエンジン音がした。見ると六本木通りの方から帰ってくる派手な赤のスポーツワゴンが見える。


 僕等から50mほどの所で車がドリフトのように横を向いて、ドリフト状態のまま突っ込んできた。助手席のガラス越しにガレットさんのひきつった顔が見える。
 そのままUターンするかのように曲がると、フロントノーズを中心にしてその場で円を描くように3回転して止まった。
 タイヤのゴムの焦げた匂いがあたりに漂う。スピンターンっていうんだっけ、これは。


「すっごいね……」


 ユーカが感心したような声を上げるなか、颯爽と都笠さんが車から置いてきた。
 ちなみにその日以降、ガレットさんは都笠さんの指導をよく聞くようになった。





 翌日から教官役が僕から都笠さんに変わった。


「わかる?これはそんなに強く踏まなくてもいいの。優しく踏みなさい」
「はい!」


「ブレーキを強く踏みすぎよ!偉い人を乗せるんでしょ。
止まるときにブレーキをはなして、止まったのを感じさせないくらい静かに止まりなさい」
「わかりました、スズ殿!」


「ハンドルさばきが荒い。馬だってそうでしょ?ラインを意識して優しく曲がるの。いい?」
「申し訳ありません!」


 最近の教習所はずいぶん親切なもんで、ぼくもこんなのでいいのかなって思うくらいに簡単に免許が取れたけど、昔はいろいろすごかったらしい。
 脚色された教習所の教官の伝説は僕も先輩からいろいろ聞いているけど、大体こんな感じだったのかな、と思いながら後ろから見ていた。


 これだけやると待遇が悪いとか共感が厳しいとかネットで書かれそうだけど、ガレットさんにめげる様子はない。
 騎士というか戦士のノリは体育会系なんだろうか、


 最近の軽自動車は仲が広くて快適だなぁ。きっとこれなら偉い人も気に入るだろう
 馬車と自動車が混在するってのは交通ルール的に大変そうだなぁ
 などと、現実逃避している僕の前で、司さんの鬼のような指導が続いている。とりあえず、僕は都笠さんの前では運転しないことを心に誓った





 運転の練習を始めて2週間が過ぎた。
 いつも通り天幕下の酒場で晩御飯を食べて宿に引き上げようとしたら、酒場の隅でガレットさんが一人で飲んでいた。
 連日かなりきつく絞られていたし、落ち込んでるかもしれない。セリエに先に戻るように促して声を掛けてみた。


「こんばんわ」
「スミト殿」


 ガレットさんが椅子から立ち上がって頭を下げる
 年上の人、しかも自分よりデカい人に頭を下げられるのはやっぱり慣れない。
 一緒のテーブルに座ると、ウェイトレスさんが注文を取りに来てくれたのでエールを注文する。 


「どうですか?」
「素晴らしいものでありますな、あのクルマというものは。
馬車と比べ物にならぬ乗り心地。音も小さく中で話すこともできます。
椅子もやわらかい。さぞかしわが主もお喜びになるでしょう」


 厳しすぎませんか、と聞いたつもりだったんだけど、車に関する感想が返ってきた。


「いや、そういう意味じゃなくて。大変過ぎませんか?」
「いえ。
従士になるための騎乗の訓練も厳しいものでありました。落馬して怪我をしないだけでも気楽なものであります」


 と言ってから、ガレットさんの表情が一瞬ひきつって、周りを見回す。


「いえ、違いますぞ、スミト殿。
簡単に考えすぎるな、とは毎日スズ殿に言われておりますからな。安易に考えているわけでは……」
「ああ……大丈夫ですよ」


 散々、簡単に考えるなとお説教されてるからこの反応もわかる。
 都笠さんは、今日は先に宿に戻ってしまっている。周りを見回して都笠さんがいないことを確認すると、いかつい顔にちょっと安心した表情が浮かんだ。


「……正直申しますと、私の序列はリエン家では決して高いものではありませぬ。
スロット武器もありませんからな」
「ああ、そうなんですか」


「しかし、あの自動車を動かせれば、わが主の側近としてお仕えできます。
そうすれば我が地位も上がり、妻にも少しは楽をさせてやれます。そのことを思えば苦労など何ほどのものでもありませぬ」


 そもそも管理者アドミニストレーターが使えないと車を動かせないから、必然的に貴族の専属ドライバーになるわけだし。
 そうなれば確かに地位は上がるだろう。


「一人で馬に乗っているのとは違います。あれの操作を誤れば、わが主や奥様を危険にさらすことになりますからな。
責任ある地位につこうとする者には相応の試練が与えられて然るべきであります」


 ウェイトレスのネコミミのお姉さんがエールのジョッキを置いてくれたので一口飲む。


「それに……スミト殿は馬に乗ったことはありますかな?」
「いえ、ないですね」


「馬には馬の気持ちがありまして、常に乗り手の意思に従うとは限らないのです。
ですが、クルマは魔道具であり、使い手である私の意思と行動がすべてであります」
「なるほどね」


 確かに馬は生き物だけど、車は機械で、何かに驚いて暴走したりとかそういうことはない。


「無論、責任は重いのですが、自分を律すれば自分の意思通りに動くのでありますからな
その点では楽であると感じるのです」


 どこかの本で読んだけど、馬は練度の低い乗り手をバカにするってことがあるらしい。一方で馬が乗り手を助けてくれるってことがあるというのも聞いたことが有る。
 機械である車にはそういうのに振り回されることはないけど、車が自分の意思で乗り手を助けてくれることもない。
 僕は馬に乗ったことはないからはっきりしたことは言えないけど。両方に乗ったガレットさんとしては、車の方が、より自分次第というか乗り手次第な感じなんだろうな。


「それに、スズ殿に見せていただいたあの動き。
便利な馬車という程度の思いでしたが、馬よりはるかに速く、方向転換も自由自在でありました。
ああいう走りができれば、事が起きた時に我が主や奥様を無事に逃がすこともできましょう」


 かなり手厳しくやられてるからへこんでいるかと思ったけど、そうでもないらしい。厳しい訓練を積んできている人って感じだな。
 ただ、あの運転を再現するのはなかなか難しい、というか、今練習に使っている快適志向のワゴンでは無理だろうけど。
 まあ落ち込んでないならいいか。エールの残りを飲ん席を立つ。


「そういえば僕から一つ」
「なんでありますか?」


「酒飲んだら動かしちゃダメですよ」
「そういうものでしょうか?」


 ガレットさんが怪訝そうな顔をする。


「酒を飲んで酔ったら判断力も落ちるでしょ?」
「そうですが……少しくらいなら良いのではないでしょうか。私は酒には強いほうでありますが」


「僕らの世界では、酒飲んで運転したのがばれたら一発で従者を馘になるんですよ」
「……そうなのですか?」


 酒飲んで馬に乗ったり馬車を操ったりすることがガルフブルグではあるんだろうか。映画とか見てるとありそうな気もするけど。


「危ないことはしてないけないってことです。さっき自分で言ってたでしょ?」
「うむ。その通りでありますな。心いたします」


 異世界で飲酒運転されるのもまずいので釘を刺しておいてもいいだろう。
 ガレットさんが頷いたのを見て宿に戻った。





 最初の運転から3週間ほどが過ぎた日。
 今日は都笠さん曰く卒業検定の日、ということらしい。僕は、乗客役で広めのワゴンの後部座席に座って乗客役をして、渋谷駅ロータリーに戻ってきたところだ。


「風戸君、どう?」


 都笠さんが聞いてきた。緊張した面持ちでガレットさんが僕を見る。


「いいと思うよ」


 もちろんシートベルト装備だったけど、今の状態を考えればあまり必要はないかもしれない、と思うほど安心感がある運転だった。
 細い道でも安定したハンドルさばき、ブレーキやアクセルの操作。六本木通りを抜けるときは探索者の馬車とかともすれ違ったけど、うまく間を取っていてぶつかったりすることもなかった。


 スピードは多分東京を走ると遅すぎて迷惑と言われるだろうけど、ガルフブルグ市内を走り回る分にはこんなもんだろう
 馬車と歩行者の社会で時速60キロとか出す方がむしろ危ない。


「よし、合格」


 都笠さんの一言を聞いて、ガレットさんが深いため息をつく。お疲れ様でしたって感じだ。
 同時にギャラリーから歓声が上がった。


「ありがとうございます!スズ殿、スミト殿!」
「おめでとう」
「よくやったぞ!」


 文字通り卒業検定を終えて免許取った状態なんだけど、周りをジェレミー公とかお付きの人とかが取り囲んで祝福しているのがなんというか、随分大げさな感じだ。
 でもガルフブルグの免許取得の記念すべき第一号、と考えれば結構すごいのかもしれない。オートマ限定だけど。


「では早速、わが主に報告をいたそうと思います」
「今すぐ?」


「ええ、勿論です。許可が出ればこのままガルフブルグに向かおうかと考えております」


 随分気が早い、と思ったけど。30分もしないうちに、本当にガレットさんの乗る軽自動車はゲートの向こうに消えていった。
 管理者アドミニストレーター持ちが増えればパレアの道を軽自動車が走り回る日は来るかもしれない。









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