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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

塔の廃墟の自動車教習所・上

「やあ、よく来てくれた」


 ワイバーンを倒してパレアに戻って1週間ほど。
 のんびりとサンヴェルナールの夕焼け亭の手伝いをしながら、シビアな戦闘の疲れを取っていたら、前と同じくわざわざジェレミー公の使いがやってきた。
 ということで、また渋谷まで来ている。


「今日来てもらったのはほかでもない」


 セリフは前と一緒だけど。
 前回はいかにも秘密の話、という感じで人払いされていたから、セリエとユーカは外で待つ羽目になっていたけど、今日はそんなこともない。
 前はカーテンが閉め切られて薄暗かった部屋も、今日は大きめの窓から明るい光が差し込んできていた。ジェレミー公の表情にも深刻さはない。


 他にも前回と違うのは、ジェレミー公の後ろに見慣れない人がいることだ。
 坊主頭で顔に傷がある背の高い男だ。いかにも強面の戦士風。
 年は30半ばくらいだろうか。筋肉ムキムキで白地に簡単な紋章の刺繍が入った地味なシャツがパンパンになっている。たたき上げの戦士って感じだ。
 衣装を見る限り、アデルさんとかが着ていた従者の衣装じゃないから、ジェレミー公の直属とかではないようだけど。


 誰だろう、という僕の目線を察知してくれたのかジェレミー公が口を開いた。


「ああ、すまない。この者は、オルドネス家の旗下である、リエン家に仕える従士だ。名は……」
「ガレット・バルバロア・ガルフェイトと申します。お見知り置きを!」


 体のイメージそのまんまの大声で挨拶して頭を下げる。


「君たちにお願いしたいのはだな。
彼に、なんだ……君たちが動かしているあの4つの車輪がついている……」
「自動車、です」


「そう、それだ。あれの使い方を教えてほしいのだ」
「誰か動かせる人がいるんですか?」


 アデルさんは車を動かせなかったけど。もしかしてこの人は動かせるんだろうか。 


「この者は特殊スロットのみを持つ単独スロットシングルスなのだが。
先日スロットシートで調べたらだな、管理者アドミニストレーターの4階層をとれたのだよ」


 レナさんよりは上、僕が最初にこっちに来た時に録ったのよりは下か。


「そこで、管理者アドミニストレーター4階層でジドウシャが動かせないか確認してみたのだが。
どうもあの黄色い板をつけたものは動かせることがわかったのだ」


 黄色い板……はナンバープレートか。
 軽自動車なら4階層でも動かせるわけか。3階層で普通車、2階層で大型車って感じなのかな。


「あれを動かせるものは今のところスミト君、君しかおらんのでな。動かせるものは貴重なのだよ。リエン家もよい郎党を抱えていたものだ……と思ったのだがね」
「まったく、どのように動かせばいいのか分かりませんでした!ぜひお教えいただきたく!」


 どうやら、エンジンはかかったけど動かせなかったらしい。
 そんな難しいことか、と一瞬思ったけど。オートマ車なら簡単に動かせる、というのはよく考えれば僕等の感覚だ。


 そもそもオートマ車はブレーキ踏みながらでないとレバーは動かない。
 一度ドライブレンジに入れてしまえばあとはアクセルとブレーキを踏むだけなんだけど。
 アクセルを踏む、ブレーキを踏む、レバーをドライブレンジに入れる、どれもガルフブルグの乗り物には絶対にありえない。そりゃわからないだろうな。


「君たちがあまりに簡単に動かしていたのだが、これほどどうしようもないとは思わなかった。
だが、よく考えれば乗馬も適切な指導官について長く訓練しなくてはならない。
教えられるものは今は君たちしかいない。こいつにけいこをつけてもらえるだろうか」
「よろしくお願いします、スミト殿、スズ殿!」


 野太い声であいさつしてガレットさんが頭を下げる。なんというか、いちいち暑苦しいというか熱血体育教師のようだ。
 実はアーロンさんたちも一応運転はできるけど教えるのは無理か。そういえば最近あってない気がする。


「どうするの?」
「まあ、教えてもいいと思う」


 都笠さんが聞いてきたので答える。


「なんで?」
「……どうせ僕らが何もしなくてもいずれは動かせるようになると思うんだよね」


 ガルフブルグの人たちは文明レベルはさておき、非常に目ざといのは今まで何度も思い知らされている。まあお金とか実益に直結してるからってのもあるんだろうけど。
 オートマ車も試しているうちに動かせるようにはなるだろう。


「教えないと、動かせるようになるまで事故が起きてひどいことになると思うからさ」
「……まあそうかもね。なら、いいんじゃない?」


 都笠さんがうなづく。


「いいですよ。教えます」
「おお!それは助かる」


「よろしくお願いします!スミト殿!」


 ガレットさんがまた大声で挨拶して頭を下げた。





 とりあえず渋谷駅ロータリーで車を物色することにした。
 自動車は今は誰も動かせないので、道路に障害物のようにぽつぽつと置き去りにされている。軽ならなんでもいいんだけど、大きい方がいいかな。
 ちょうどよく、紺色の大きめのワゴンタイプの軽自動車があった。角ばったフォルムで、銀色のフロントマスクの飾りとかがちょっと豪華な感じだ。これにするか。


「じゃあまず動かしてみて」
「はい!それでは」


 ガレットさんがに車に手を触れる。


「【目覚めよ!我に従うべし!】」


 詠唱が終わると、軽自動車にエンジンがかかった。


「じゃあ、最初は風戸君、お手本見せてよ」
「え、僕がやるの?」


 都笠さんの方が運転が上手いのは分かり切ってるし、今回も都笠さんが教えればいいと思ってたけど。


「風戸君も免許持ってるんでしょ?それに風戸君がいいだしっぺなんだからさ」
「まあ……そうか」


 言い出しっぺ、と言われると返す言葉もない。
 とりあえず僕が運転席に乗り込む。ガレットさんが助手席に乗り込んできて、都笠さんは後部座席に座った。
 なかは天井が広くてゆとりがあるけど、ガレットさんは190センチ近くある巨漢なので狭そうだ。


 しかし、最近の軽自動車は随分広々としている。それに、内装も黒と銀を基調にした洗練された感じだ。会社の普通車の営業車よりよっぽど豪勢というか、格好いい。
 センターメーターの下には大型のカーナビ用のディスプレイがついているけど今は何も映っていない。
 僕の管理者アドミニストレーターなら映るんだけど、4階層ではカーナビは使えない。


「じゃあ、まずは手本を見せますんで」
「はい!よろしくお願いいたします!」


 都笠さんの楽し気な顔がミラーに映っている。
 自分より明らかに運転が上手い人を乗せて運転するのは結構プレッシャーがかかるから勘弁してほしいんだけど。
 とりあえずドライブレンジにレバーをいれてアクセルを踏む。


 どういう風に走るか迷ったけど、渋谷駅からスタートして首都高の高架下を走る国道246号を通って道玄坂上まで抜けることにした。
 道玄坂上からマークシティの方に向かって行って、途中で右折する。


「へえ、上手いじゃない、風間君」


 都笠さんが後ろからちょっと感心したような、というか、意外そうな声で言う。


「まあそりゃあね。営業車位は走らせてたしさ」


 都笠さんのようなワイバーンから逃げ切るような運転はできないけど、普通の運転なら問題なくできる。
 ハンドルはゆっくり切る。アクセルは柔らかく踏みこむ。止まるときにはブレーキを緩めてショックを和らげる。


 大学で免許を取った時、自動車部の友人にダメだしされまくってあちこち運転の仕方を直した。
 面倒なこと言うな、と当時は思ったけど。営業車を運転するようになって先輩に褒められたから練習の甲斐はあったと思う。


 まっすぐ走ると首都高の高架が見えて、また246号線に合流する。ほどなくスタート地点の渋谷駅ロータリーに戻れた。





 15分ほどのドライブを終えて渋谷駅に戻ってきた。


「じゃあ交代です」
「はっ!」


 ガレットさんが運転席に座る。
 体格が大きいせいか、ハンドルを抱えこむような姿勢になってしまって窮屈そうだ。


「椅子の下にレバーがあるでしょう?それをひくと椅子が後ろに下がります」
「おお!これは便利ですな」


 座席を目いっぱい後ろにさげてようやくまともなドライビングポジションが取れるようになった。 普通車を動かせれば一番いいんだろうけどね。


「じゃあ、足元に二つのペダルがあるでしょ?」
「はい」


 ガレットさんが身をかがめるようにして足元を覗き込む。


「右側のほうを踏むと前に進んで、左のほうを踏むと止まるんです」
「そうなのですか?」


 よくわからない、という顔で僕を見る。
 まあ馬車とかとは全然違うから口で言ってもわからないだろう。実践あるのみだ。


「で、その丸いのを動かすと左右に動きます」
「先ほどスミト殿が動かしておられましたな。手綱のようなものでありますな」


「まあそんな感じです」


 馬なんて乗ったことはないけど、多分方向転換は手綱でするんだろうと思うし、そういう理解でいいと思う。


「で、このレバーは左のペダルを踏んで、ボタンを押しながら動かしてください。ペダルはしっかり踏んだままにしていてください」
「……こうですかな?」


 ガレットさんが慎重にフロントパネルにつけられたレバーを動かす。


「おお!」


 レバーが下に下がり、ガレットさんが感心したような声を上げた。
 Rレンジに入ると、ナビのパネルに後ろの景色が映る。バックモニターは使えるらしい。
 荒い画質のカメラに、車の外で見守っているセリエとユーカとジェレミー公やお付きの人たちが映る。


「レバーをここにしておくと、後ろに下がれます」
「真後ろにもさがれるのですか?」


「ええ」
「しかも、この鏡に後ろが映るのですか?
……これならば後ろから刺客に追われても対応できますな」


「……一応言っておきますけど、これは後ろに下がるときしか使えませんよ」


 僕の言葉を聞いてガレットさんが驚いたような顔でこっちを見る。


「では後ろから誰かに追われているとき、逃げながら後ろを伺うことは?」
「……できません」


 そもそもそういう用途じゃないから仕方ないんだけど、ガレットさんはちょっと残念そうだ。
 まあそれは置いておいて、とりあえずバックの練習よりはまずは普通の運転の練習からしよう。


「じゃあ、そのまま、レバーを一番下までおろしてください」


 レバーがドライブレンジに入る。車の振動が少し変わった。


「ハンドルを優しく握って。左のペダルから足を離して、右のペダルをゆっくり踏んでください」
「こうでありますかな?」


 ガレットさんが足元を覗き込んでアクセルペダルの位置を確認して足の位置を変える。
 踏んだ瞬間、車が前にはじかれたように飛び出した。


「うわっ!」
「なんだ!?」


「ブレーキ!」


 後ろから都笠さんの叫び声が聞こえた。
 車が右にグルンとまわって、ガラス越しの景色がスクロールする。体が前に放り出されて、ガシャンと音がして。そのまま意識が暗転した。





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