僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
宴会は出会いの場。ただしもめ事が起こることもある。
六本木通りを渋谷に向けて進むと、渋谷に近づくにつれて探索者の数も多くなっていった。
車での移動を隠すべきかと思ったけど、さすがに今は誰も下りて歩こうとは言わない。
見慣れた渋谷駅近くの複雑に絡み合う歩道橋と首都高の高架。
そこををくぐり東急前に出た所で、出迎えが待っているらしい。確かに探索者の人混みができている。
車が止まると、人混みが左右に割れた。
「あら」
都笠さんが驚いたような声を上げたので座席越しに前をみると。出迎えはジェレミー公だけではなかった、というよりそこにいたのは何とも予想外の顔がいた。
久しぶりのダナエ姫と籐司朗さんだ。
「ダナエティア姫!」
ライエルさんが驚いて声を上げる。
ダナエ姫は今日も淡い緑色の袷に藍色の袴の弓道選手みたいな姿だ。
水色の地に鶴を染めた着物をマントのように羽織っていて、それを飾り紐で止めている。綺麗なブロンドを団子状に結い上げている前と同じだ。
藤四郎さんは前と変わらない、地味な感じの白い袷に頃の袴。腰に刀を差している。僕等の顔を見てフロントガラス越しに軽く手を上げて挨拶してくれた。
左右には揃いの水色のマントと紋章付きのプレートメイルを着こんだ騎士っぽいひとが6人並んで控えている。鎧は重そうで装飾過剰気味なので、実戦向けじゃなくて儀礼用だろうな。
後ろにはジェレミー公と、そのお着きらしい揃いの短めのマントに白いドレスシャツのようなものを着た人達が10人ほども見える。
総勢20名近くのお出迎え、野次馬の探索者も含めれば40人近いだろうか。結構壮観だ。
「……降りた方がいいよね」
「勿論だ!」
ライエルさんが慌てたようにいうけど。どうもスライドドアが開けられないらしくレバーをガチャガチャやっている。
古い型の商用バンだからボタン一つで開く電動スライドドアなんて機能は着いてない。とりあえず降りて僕がスライドドアを開ける。
慌ててライエルさんが飛び降り、それにメイベルさんが続いた。助手席のドアを開けて二人が膝をついて頭を下げる。ちょっと高い助手席からゼーヴェン君が飛び降りてきて同じように頭を下げる。
僕等もやはり下げるべきだろう。
「面を上げよ、皆」
相変わらず澄んだ、それでも威厳のあるダナエ姫の声が頭の上から降ってきた。言われた通り顔を上げる。
「称えよ……竜殺しの帰還であるぞ」
ダナエ姫が命じると、左右に控えていた騎士が列を作って抜刀し、剣を合わせてアーチのようなものを作ってくれた。太陽に剣がきらめく。
アーチの向こうにはあでやかな振袖のような着物を着たかわいい金髪の女の子がいた。
背が低くて気づかなかった。綺麗なブロンドがダナエ姫にどことなく似ている雰囲気を漂わせている。
「セーヴェン様……おかえりなさいませ」
女の子が頭を下げた。ゼーヴェン君がその姿を見て硬直する。
どうやらあの子が噂の婚約者らしい。何度か深呼吸して、アーチをくぐりその女の子に歩み寄って行った。
懐からワイバーンのコアクリスタルを取り出して見せて何か話しているけど。ちょっと距離があるので、何を話しているかは聞こえない。
コアクリスタルを手に取りあって見つめ合っている。
完全に二人だけのラブ空間が出来ていて、なんというか、あそこに一発打ち込みたい気分に駆られるんだけど。
「スミト、それにスズ。見事な手柄で会った。褒めて遣わすぞ」
二人の方を見ていたら、ダナエ姫と籐司朗さんがこちらに歩み寄ってきた。
あいかわらず偉そうなんだけど、この人の場合はなんというかあまり高慢な感じ悪さを感じない。
美人だから……というわけじゃなく、言葉にはしにくいんだけど、まあこの人ならいいか、という雰囲気がある。
多分こういうのがカリスマ性があるってことなんだろう。生まれながらの貴族ってやつか。
「あのセーヴェンはわが従妹クロエの婚約者であり、ブルフレーニュとオルドネスの橋渡しになる者でな。よくぞ救ってくれた」
「ああ、そうなんですね」
格上の家絵の婿入りって話は、ブルフレーニュ家の直系への婿入りなわけだ。だからこの人も出迎えに来てくれたのか。
貴族の微妙な力関係までは僕にはわからないけど、ゼーヴェン君の家はオルドネス家の分家って話だから、4大公直系の家相手なら確かに格上への婿入りだ。
しかし、あんなかわいい婚約者がいるとはまったく。
政略結婚とかいうから意にそわない相手と気の進まない結婚をするのかと思ったけど、なんかイメージと違うな。
「しかし……助けに来てくれなかったんですね」
こっちでこんな出迎えをできるくらいだから援軍を組織してくれるくらい出来たと思うけど。ただ、ゼーヴェン君は嫌がったかもしれない。
「まあ婿殿の顔を立てた、ということじゃな」
「もし死んだらどうするつもりだったんです?」
「何を言う。武名高きお主らが助けに参ったと聞いたのでな、何の心配もしておらなんだわ」
平然とダナエ姫が言う……相手がワイバーンだったんだけど、本気て言ってんのか、この人は。
まじまじと目を見るけど、嘘を言ってる感じではない。
信じていた、といえば聞こえはいいけど。こんなんで権謀術数渦巻く貴族の世界を渡っていけるのかな、と他人事ながら心配になってしまった。
「なんじゃ?」
「いえ、なんでも」
「今日はゆっくり休め。明日、宴を催す。お主らも参加せよ」
口を閉じた僕等を見て、ダナエ姫と籐司朗さんや騎士たちを連れて去って行った。
◆
次の日の夜は渋谷スクランブルの下の酒場は宴会場になった。
竜殺しを祝福する、というのもあるけれど。
それより、オルドネス一門の名門の子息がブルフレーニュの姫君の婿になる、というののお披露目、というのもあるらしい。
太っ腹なことに探索者の参加も自由の食べ放題ということで、こっちに来ている探索者はほぼ全員参加、というくらいの人数が集まっている。天幕下に入りきれない探索者たちが外にもあふれていた。
中央には低めのステージのようなものが設えられていて、そこにはゼーヴェン君と、クロエ姫が立っている。
ライエルさんとメイベルさんやジェレミー公はステージの後ろで控えていた。
「オルドネスに連なるものとしてこの地の探索の力になれたこと、誇りに思う」
完璧な礼装に身を固めたゼーヴェン君がグラスを掲げる。
どことなくスーツを思わせるタイトな銀色の上着と緑色に染められたマント。マントの留め具にはワイバーンの蒼いコアクリスタルをあしらった飾りがつけられている
ちょっと癖のある長い金髪も綺麗に整えられていて、非の打ちどころのない貴族の子弟という感じだ。昨日までの血まみれのマントと連戦で汚れた感じはまったく面影はない。
その横には緑色のローブのようなドレスを着たクロエ姫が立っていた。
綺麗なブロンドは飾り紐で止められて背中に流されている。水色のドレスに和装の帯、肩にはダナエ姫の真似らしく、着物をローブを羽織るように肩にかけていた。
ブロンドや和装のお嬢様で、顔もダナエ姫と似ているけど、遠目にも雰囲気は結構違う。
背が低いのも相まって、ダナエ姫の凛とした感じとは違って、落ち着いた箱入りお嬢様風だ。
「では妾も話させてもらうぞ」
ゼーヴェン君の後に、ダナエ姫が台に上がった。
4大公の直系の超絶美人なんて普通は会う機会なんてないんだろう。周りを取り巻く探索者たちからため息が上がった。まあ美人だから気持ちは分かる。
「喜ばしいことに……この竜殺しの勇者と、わが従妹が縁を結ぶこととなった。今宵はその前祝でもある。
塔の廃墟の探索に挑む勇気ある者たちとこの喜びを分かち合えること、うれしく思うぞ」
ダナエ姫がグラスを掲げる。大きな歓声が上がって、探索者たちもグラスを掲げた。
「では、皆。たのしむがよい」
その声を合図に宴が始まった。
◆
主賓のお偉方は挨拶がおわるとスクランブル交差点から退席していった。
たぶんスタバビルあたりで正式なディナーになるんだろう。結婚前の両家顔合わせみたいなものなのかな。
酒場の真ん中には、ステージのかわりにバカでかいテーブルが置かれて白いテーブルクロスがかけられ、これまたきれいな皿に料理が山のように盛られてる。
それなりに高価なはずのレトルトカレーだのもおかれていて、かわいいメイドさんが金の鋏で封を切って皿に注いでいた。
「お金かかってそうだね」
「そうね。カレーパーティっていうと、あんまりそんな感じじゃないけどね」
都笠さんがエールを入れたビアマグを煽りながら言う。
都笠さんはガルフブルグの酒の方がお気に入りだ。僕はワインの方がいいので、フランスのワインを頂いている。
グラスが空になった都笠さんが中央の酒だるの方に歩いて行った。
「……あなたも祝福を受ければよかったんじゃないの?」
入れ替わるようにオルミナさん声を掛けてきた。ゴブレットのような足の短いグラスにワインを手に持っている。
今日は普段のタイトな革鎧は来ていなくて、細い肩紐のキャミソールのような感じの服の裾を伸ばしたようなドレスを着ていてる。映画の女優さんとかが着ているのを見たことがあるけど……シュミーズドレスっていうんだったと思うけど。
ハリウッド女優みたいな格好だけど、長い髪から飛び出す尖った耳はエルフのものだ。
肩には東京のものらしき薄いスカーフを羽織っている。
スカーフで被われているとはいっても白い肌は透けて見えるし、胸元や細い腕はむき出しで、相変わらず目のやり場に困る格好なので勘弁してほしい。
「まあそうなんですけど」
一応僕等も竜殺しなので、台に上って祝福を受けても良かったらしい、というか、ゼーヴェン君から誘われたんだけどどやめておいた。
柄じゃない、ってのもあるんだけど。
「……あんまり目立ちたくないんですよ」
「……いまさら遅いと思うけどね」
オルミナさんが呆れたように笑ってグラスに口をつける。
サラリーマン処世術じゃないけど、半端に目立ってもあまりいいことはないと思う。少なくとも逆恨みっぽいとはいえ恨みを買っていそうだし。
「オルミナさんだってそうでしょ?」
オルミナさんも竜殺しなわけだし、上っても良かったはずだけど。オルミナさんもパスしている。
「……Chi, y dyn a phlannu coed, ni fyddech yn dweud ei fod yn uchel, dylech gadw'r balch i chi eich hun ac wedi dim ond wrth eu bodd.
Chi, y dyn a phlannu coed, os na fyddech yn dweud ei fod yn uchel, y goedwig mwyaf yn edrych arno ac yn chwythu'r gwynt o bendithio.」
軽くほほ笑んだオルミナさんが、聞きなれない言葉で何かをつぶやいた。
「なんです、それ?」
「エルフの言い伝えよ」
「今のはエルフ語なんですね。意味は?」
「……木を植えしもの、其を談る勿れ。唯育つ木を愛でよ、天に届く日まで。
木を植えしもの、其を談らずとも。万象なる森、嘉き風を運ばん」
「へぇ」
「自分のしたことは宣伝しないで黙って胸に秘めなさい、きっといいことが有るわ、ってこと。
……あたしは名誉には興味はないのよ。貴方を見ていたいと思っただけよ」
そういって頬を寄せてくる。今日は避ける気もなかった。
僕を見ていたい、という言葉にどういう意図があるのか計り知れないけど、セリエやメイベルさんを助けてれたし、あの危険にあえて来てくれたわけだし。
酒が入っているからか、ちょっと火照ったあったかい頬が僕の頬に触れる。
「……報酬も大事だけどね」
「そうですよね」
オルミナさんがちょっといたずらっぽく笑う。
ジェレミー公から言われた報酬は結構な額だった。オルミナさんもそれなりに貰っているんだろうし。そりゃ報酬は大事だよね。
「じゃあね、スミト。また会いましょう」
オルミナさんが艶やかに微笑んで宴の人ごみの中に消えた。
周りを見渡すと。都笠さんはエールを飲みながらギルドの人と何か話している。
ユーカがテーブルに並んでいる料理を眺めて、セリエがユーカに言われるままに皿に料理を少しづつ取っていた。
僕の側のテーブルの上に置いた器には、さっきセリエが取ってきてくれた肉を煮込んだスープにクスクスを思わせる粒粒のものが入っている。器が日本のどんぶりなのはなんとも違和感があるんだけど。
スプーンですくって口に入れると、独特の香りがする肉の脂を吸い込んだ粒粒が柔らかくておいしい。羊の煮込みソースをかけたパスタみたいな感じだ。肉が大きめに切られているあたりはご馳走感があるな。
 「おい、お前」
独りで食事をしていた僕に声を掛けてきたのは、赤い短髪に身ぎれいな衣装をまとった男だった。
◆
どこかでみたな、と思ったら。
たしか、管理者使いだ。渋谷を出るときに会ったな。ランクルは動かせなかった人か。
「なんですか?」
ハンカチで口を拭って返事する。
年下でも偉い人っぽいから敬語から入るあたりは、未だに何となくサラリーマン時代の癖が抜けてない。
年は僕より下だろう、セリエと同じくらいだろうか。
「見事な手柄だった。それは褒めておく」
グラスに一口口をつけると、こちらに差し出してくる。
思わずグラスを当てそうになったけど、それはこっちの乾杯では礼儀違反だ。相変わらず慣れないな。
グラスを受け取って一口ワインに口をつける。
「だがひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
初対面の人に聞かれることってなんかあるだろうか。
「ジェレミー公が仰るには、貴様、オルドネス公の準騎士にと望まれたそうだが……」
「ええ」
そういえば今回出発する前にも言われたな。
「なぜお受けしない?」
「……なんでって言われましても……今のところはあんまり興味がないっていうか」
「興味がない、だと?」
「今のところは」
険悪な目で男が僕を見て、唇をかみしめる。歯ぎしりが聞こえるかのようだ。
「貴様……それを目指して得られぬ者がどれだけ……」
今のところ宮仕えをする気がないのだから、僕としてはそうとしか言いようがないんだけど。これは取り方によっては失礼だったかもしれない。
というかその前に名前くらい名乗ってほしいんだけど。
「済みません。悪気はないんです。今は誰かに仕えるつもりがないだけですよ」
「……まあいい。次だ。
その格好はなんだ?いつまでも放浪願望者の格好をしおって」
「それが何か?」
「それはなんだ?元の世界への未練か?」 
「あのね……」
「男であろうが。女々しいとは思わんのか?」
「……そりゃ、ないはずないでしょ」
流石にこれにはちょっとカチンときた。
日本の生活が最高に満ち足りていたわけじゃない。仕事に行き詰まってなんとなく日々を過ごし、彼女には振られ、転職したいな、とか思っていたところでこうなったわけだし。
だけど、日本には親だっている。友達だっている。いた、と過去形にはしたくない気持ちはあるのだ。
戻ることについては籐司朗さんが言うように難しいかもしれないし、戻る術については全然情報がないから、あきらめ気味ではある。
でも未練があるのとないのとは話が違う。
「じゃあ逆に聞きますけどね、あなたは突然明日別の世界で生きることになったら、何も感じないんですか?」
僕が聞くと、その人がフンと言わんばかりに顔を逸らした。
「何も感じないということはない。
だが、その世界で誰かに認められ、出世の道が開ければその世界で生きる覚悟をするだろう」
「はあ……」
「自分の力を認められ引き立てられれば、それは誇るべきことだろう。
私はいつまでも未練がましくなどせん」
勝ち誇ったような顔で言われるけど。
正直言って、同じ状態にならないとこの感覚は分からないと思う。口だけなら何とでも言える。
「……はいはい、ご立派ですね、分かりましたよ。あなたは本当に男らしいと思います」
「……なんだと?」
「あなたは男らしいですよ。僕は女々しいんで放っておいてください」
何というか、ガルダとは別の意味で無茶苦茶高飛車というか、お高く留まった貴族様って感じだ。
もう付き合ってられん。都笠さんかセリエ達と合流しよう。
周りを見回した時に突然胸をドンと押された。
男の拳が僕の胸に突き付けられていて、その手には金で装飾を施されている革の鞘におさめられた短剣が握られている。
「……取れ」
「は?」
「貴様は私を侮辱した。決闘を申し込む」
「はあ?」
冗談……かと思ったけど、どうやら目がマジだ。
「ちょっと待って。僕、何か失礼な事言いました?」
「貴様、分かっておらんのか?」
「興味がないって言ったことですか?」
「それもあるが……それだけではない」
そういって、真正面から僕を睨む。
「わからぬのか?」
「はい」
「私は女だ」
「……へ?」
車での移動を隠すべきかと思ったけど、さすがに今は誰も下りて歩こうとは言わない。
見慣れた渋谷駅近くの複雑に絡み合う歩道橋と首都高の高架。
そこををくぐり東急前に出た所で、出迎えが待っているらしい。確かに探索者の人混みができている。
車が止まると、人混みが左右に割れた。
「あら」
都笠さんが驚いたような声を上げたので座席越しに前をみると。出迎えはジェレミー公だけではなかった、というよりそこにいたのは何とも予想外の顔がいた。
久しぶりのダナエ姫と籐司朗さんだ。
「ダナエティア姫!」
ライエルさんが驚いて声を上げる。
ダナエ姫は今日も淡い緑色の袷に藍色の袴の弓道選手みたいな姿だ。
水色の地に鶴を染めた着物をマントのように羽織っていて、それを飾り紐で止めている。綺麗なブロンドを団子状に結い上げている前と同じだ。
藤四郎さんは前と変わらない、地味な感じの白い袷に頃の袴。腰に刀を差している。僕等の顔を見てフロントガラス越しに軽く手を上げて挨拶してくれた。
左右には揃いの水色のマントと紋章付きのプレートメイルを着こんだ騎士っぽいひとが6人並んで控えている。鎧は重そうで装飾過剰気味なので、実戦向けじゃなくて儀礼用だろうな。
後ろにはジェレミー公と、そのお着きらしい揃いの短めのマントに白いドレスシャツのようなものを着た人達が10人ほども見える。
総勢20名近くのお出迎え、野次馬の探索者も含めれば40人近いだろうか。結構壮観だ。
「……降りた方がいいよね」
「勿論だ!」
ライエルさんが慌てたようにいうけど。どうもスライドドアが開けられないらしくレバーをガチャガチャやっている。
古い型の商用バンだからボタン一つで開く電動スライドドアなんて機能は着いてない。とりあえず降りて僕がスライドドアを開ける。
慌ててライエルさんが飛び降り、それにメイベルさんが続いた。助手席のドアを開けて二人が膝をついて頭を下げる。ちょっと高い助手席からゼーヴェン君が飛び降りてきて同じように頭を下げる。
僕等もやはり下げるべきだろう。
「面を上げよ、皆」
相変わらず澄んだ、それでも威厳のあるダナエ姫の声が頭の上から降ってきた。言われた通り顔を上げる。
「称えよ……竜殺しの帰還であるぞ」
ダナエ姫が命じると、左右に控えていた騎士が列を作って抜刀し、剣を合わせてアーチのようなものを作ってくれた。太陽に剣がきらめく。
アーチの向こうにはあでやかな振袖のような着物を着たかわいい金髪の女の子がいた。
背が低くて気づかなかった。綺麗なブロンドがダナエ姫にどことなく似ている雰囲気を漂わせている。
「セーヴェン様……おかえりなさいませ」
女の子が頭を下げた。ゼーヴェン君がその姿を見て硬直する。
どうやらあの子が噂の婚約者らしい。何度か深呼吸して、アーチをくぐりその女の子に歩み寄って行った。
懐からワイバーンのコアクリスタルを取り出して見せて何か話しているけど。ちょっと距離があるので、何を話しているかは聞こえない。
コアクリスタルを手に取りあって見つめ合っている。
完全に二人だけのラブ空間が出来ていて、なんというか、あそこに一発打ち込みたい気分に駆られるんだけど。
「スミト、それにスズ。見事な手柄で会った。褒めて遣わすぞ」
二人の方を見ていたら、ダナエ姫と籐司朗さんがこちらに歩み寄ってきた。
あいかわらず偉そうなんだけど、この人の場合はなんというかあまり高慢な感じ悪さを感じない。
美人だから……というわけじゃなく、言葉にはしにくいんだけど、まあこの人ならいいか、という雰囲気がある。
多分こういうのがカリスマ性があるってことなんだろう。生まれながらの貴族ってやつか。
「あのセーヴェンはわが従妹クロエの婚約者であり、ブルフレーニュとオルドネスの橋渡しになる者でな。よくぞ救ってくれた」
「ああ、そうなんですね」
格上の家絵の婿入りって話は、ブルフレーニュ家の直系への婿入りなわけだ。だからこの人も出迎えに来てくれたのか。
貴族の微妙な力関係までは僕にはわからないけど、ゼーヴェン君の家はオルドネス家の分家って話だから、4大公直系の家相手なら確かに格上への婿入りだ。
しかし、あんなかわいい婚約者がいるとはまったく。
政略結婚とかいうから意にそわない相手と気の進まない結婚をするのかと思ったけど、なんかイメージと違うな。
「しかし……助けに来てくれなかったんですね」
こっちでこんな出迎えをできるくらいだから援軍を組織してくれるくらい出来たと思うけど。ただ、ゼーヴェン君は嫌がったかもしれない。
「まあ婿殿の顔を立てた、ということじゃな」
「もし死んだらどうするつもりだったんです?」
「何を言う。武名高きお主らが助けに参ったと聞いたのでな、何の心配もしておらなんだわ」
平然とダナエ姫が言う……相手がワイバーンだったんだけど、本気て言ってんのか、この人は。
まじまじと目を見るけど、嘘を言ってる感じではない。
信じていた、といえば聞こえはいいけど。こんなんで権謀術数渦巻く貴族の世界を渡っていけるのかな、と他人事ながら心配になってしまった。
「なんじゃ?」
「いえ、なんでも」
「今日はゆっくり休め。明日、宴を催す。お主らも参加せよ」
口を閉じた僕等を見て、ダナエ姫と籐司朗さんや騎士たちを連れて去って行った。
◆
次の日の夜は渋谷スクランブルの下の酒場は宴会場になった。
竜殺しを祝福する、というのもあるけれど。
それより、オルドネス一門の名門の子息がブルフレーニュの姫君の婿になる、というののお披露目、というのもあるらしい。
太っ腹なことに探索者の参加も自由の食べ放題ということで、こっちに来ている探索者はほぼ全員参加、というくらいの人数が集まっている。天幕下に入りきれない探索者たちが外にもあふれていた。
中央には低めのステージのようなものが設えられていて、そこにはゼーヴェン君と、クロエ姫が立っている。
ライエルさんとメイベルさんやジェレミー公はステージの後ろで控えていた。
「オルドネスに連なるものとしてこの地の探索の力になれたこと、誇りに思う」
完璧な礼装に身を固めたゼーヴェン君がグラスを掲げる。
どことなくスーツを思わせるタイトな銀色の上着と緑色に染められたマント。マントの留め具にはワイバーンの蒼いコアクリスタルをあしらった飾りがつけられている
ちょっと癖のある長い金髪も綺麗に整えられていて、非の打ちどころのない貴族の子弟という感じだ。昨日までの血まみれのマントと連戦で汚れた感じはまったく面影はない。
その横には緑色のローブのようなドレスを着たクロエ姫が立っていた。
綺麗なブロンドは飾り紐で止められて背中に流されている。水色のドレスに和装の帯、肩にはダナエ姫の真似らしく、着物をローブを羽織るように肩にかけていた。
ブロンドや和装のお嬢様で、顔もダナエ姫と似ているけど、遠目にも雰囲気は結構違う。
背が低いのも相まって、ダナエ姫の凛とした感じとは違って、落ち着いた箱入りお嬢様風だ。
「では妾も話させてもらうぞ」
ゼーヴェン君の後に、ダナエ姫が台に上がった。
4大公の直系の超絶美人なんて普通は会う機会なんてないんだろう。周りを取り巻く探索者たちからため息が上がった。まあ美人だから気持ちは分かる。
「喜ばしいことに……この竜殺しの勇者と、わが従妹が縁を結ぶこととなった。今宵はその前祝でもある。
塔の廃墟の探索に挑む勇気ある者たちとこの喜びを分かち合えること、うれしく思うぞ」
ダナエ姫がグラスを掲げる。大きな歓声が上がって、探索者たちもグラスを掲げた。
「では、皆。たのしむがよい」
その声を合図に宴が始まった。
◆
主賓のお偉方は挨拶がおわるとスクランブル交差点から退席していった。
たぶんスタバビルあたりで正式なディナーになるんだろう。結婚前の両家顔合わせみたいなものなのかな。
酒場の真ん中には、ステージのかわりにバカでかいテーブルが置かれて白いテーブルクロスがかけられ、これまたきれいな皿に料理が山のように盛られてる。
それなりに高価なはずのレトルトカレーだのもおかれていて、かわいいメイドさんが金の鋏で封を切って皿に注いでいた。
「お金かかってそうだね」
「そうね。カレーパーティっていうと、あんまりそんな感じじゃないけどね」
都笠さんがエールを入れたビアマグを煽りながら言う。
都笠さんはガルフブルグの酒の方がお気に入りだ。僕はワインの方がいいので、フランスのワインを頂いている。
グラスが空になった都笠さんが中央の酒だるの方に歩いて行った。
「……あなたも祝福を受ければよかったんじゃないの?」
入れ替わるようにオルミナさん声を掛けてきた。ゴブレットのような足の短いグラスにワインを手に持っている。
今日は普段のタイトな革鎧は来ていなくて、細い肩紐のキャミソールのような感じの服の裾を伸ばしたようなドレスを着ていてる。映画の女優さんとかが着ているのを見たことがあるけど……シュミーズドレスっていうんだったと思うけど。
ハリウッド女優みたいな格好だけど、長い髪から飛び出す尖った耳はエルフのものだ。
肩には東京のものらしき薄いスカーフを羽織っている。
スカーフで被われているとはいっても白い肌は透けて見えるし、胸元や細い腕はむき出しで、相変わらず目のやり場に困る格好なので勘弁してほしい。
「まあそうなんですけど」
一応僕等も竜殺しなので、台に上って祝福を受けても良かったらしい、というか、ゼーヴェン君から誘われたんだけどどやめておいた。
柄じゃない、ってのもあるんだけど。
「……あんまり目立ちたくないんですよ」
「……いまさら遅いと思うけどね」
オルミナさんが呆れたように笑ってグラスに口をつける。
サラリーマン処世術じゃないけど、半端に目立ってもあまりいいことはないと思う。少なくとも逆恨みっぽいとはいえ恨みを買っていそうだし。
「オルミナさんだってそうでしょ?」
オルミナさんも竜殺しなわけだし、上っても良かったはずだけど。オルミナさんもパスしている。
「……Chi, y dyn a phlannu coed, ni fyddech yn dweud ei fod yn uchel, dylech gadw'r balch i chi eich hun ac wedi dim ond wrth eu bodd.
Chi, y dyn a phlannu coed, os na fyddech yn dweud ei fod yn uchel, y goedwig mwyaf yn edrych arno ac yn chwythu'r gwynt o bendithio.」
軽くほほ笑んだオルミナさんが、聞きなれない言葉で何かをつぶやいた。
「なんです、それ?」
「エルフの言い伝えよ」
「今のはエルフ語なんですね。意味は?」
「……木を植えしもの、其を談る勿れ。唯育つ木を愛でよ、天に届く日まで。
木を植えしもの、其を談らずとも。万象なる森、嘉き風を運ばん」
「へぇ」
「自分のしたことは宣伝しないで黙って胸に秘めなさい、きっといいことが有るわ、ってこと。
……あたしは名誉には興味はないのよ。貴方を見ていたいと思っただけよ」
そういって頬を寄せてくる。今日は避ける気もなかった。
僕を見ていたい、という言葉にどういう意図があるのか計り知れないけど、セリエやメイベルさんを助けてれたし、あの危険にあえて来てくれたわけだし。
酒が入っているからか、ちょっと火照ったあったかい頬が僕の頬に触れる。
「……報酬も大事だけどね」
「そうですよね」
オルミナさんがちょっといたずらっぽく笑う。
ジェレミー公から言われた報酬は結構な額だった。オルミナさんもそれなりに貰っているんだろうし。そりゃ報酬は大事だよね。
「じゃあね、スミト。また会いましょう」
オルミナさんが艶やかに微笑んで宴の人ごみの中に消えた。
周りを見渡すと。都笠さんはエールを飲みながらギルドの人と何か話している。
ユーカがテーブルに並んでいる料理を眺めて、セリエがユーカに言われるままに皿に料理を少しづつ取っていた。
僕の側のテーブルの上に置いた器には、さっきセリエが取ってきてくれた肉を煮込んだスープにクスクスを思わせる粒粒のものが入っている。器が日本のどんぶりなのはなんとも違和感があるんだけど。
スプーンですくって口に入れると、独特の香りがする肉の脂を吸い込んだ粒粒が柔らかくておいしい。羊の煮込みソースをかけたパスタみたいな感じだ。肉が大きめに切られているあたりはご馳走感があるな。
 「おい、お前」
独りで食事をしていた僕に声を掛けてきたのは、赤い短髪に身ぎれいな衣装をまとった男だった。
◆
どこかでみたな、と思ったら。
たしか、管理者使いだ。渋谷を出るときに会ったな。ランクルは動かせなかった人か。
「なんですか?」
ハンカチで口を拭って返事する。
年下でも偉い人っぽいから敬語から入るあたりは、未だに何となくサラリーマン時代の癖が抜けてない。
年は僕より下だろう、セリエと同じくらいだろうか。
「見事な手柄だった。それは褒めておく」
グラスに一口口をつけると、こちらに差し出してくる。
思わずグラスを当てそうになったけど、それはこっちの乾杯では礼儀違反だ。相変わらず慣れないな。
グラスを受け取って一口ワインに口をつける。
「だがひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
初対面の人に聞かれることってなんかあるだろうか。
「ジェレミー公が仰るには、貴様、オルドネス公の準騎士にと望まれたそうだが……」
「ええ」
そういえば今回出発する前にも言われたな。
「なぜお受けしない?」
「……なんでって言われましても……今のところはあんまり興味がないっていうか」
「興味がない、だと?」
「今のところは」
険悪な目で男が僕を見て、唇をかみしめる。歯ぎしりが聞こえるかのようだ。
「貴様……それを目指して得られぬ者がどれだけ……」
今のところ宮仕えをする気がないのだから、僕としてはそうとしか言いようがないんだけど。これは取り方によっては失礼だったかもしれない。
というかその前に名前くらい名乗ってほしいんだけど。
「済みません。悪気はないんです。今は誰かに仕えるつもりがないだけですよ」
「……まあいい。次だ。
その格好はなんだ?いつまでも放浪願望者の格好をしおって」
「それが何か?」
「それはなんだ?元の世界への未練か?」 
「あのね……」
「男であろうが。女々しいとは思わんのか?」
「……そりゃ、ないはずないでしょ」
流石にこれにはちょっとカチンときた。
日本の生活が最高に満ち足りていたわけじゃない。仕事に行き詰まってなんとなく日々を過ごし、彼女には振られ、転職したいな、とか思っていたところでこうなったわけだし。
だけど、日本には親だっている。友達だっている。いた、と過去形にはしたくない気持ちはあるのだ。
戻ることについては籐司朗さんが言うように難しいかもしれないし、戻る術については全然情報がないから、あきらめ気味ではある。
でも未練があるのとないのとは話が違う。
「じゃあ逆に聞きますけどね、あなたは突然明日別の世界で生きることになったら、何も感じないんですか?」
僕が聞くと、その人がフンと言わんばかりに顔を逸らした。
「何も感じないということはない。
だが、その世界で誰かに認められ、出世の道が開ければその世界で生きる覚悟をするだろう」
「はあ……」
「自分の力を認められ引き立てられれば、それは誇るべきことだろう。
私はいつまでも未練がましくなどせん」
勝ち誇ったような顔で言われるけど。
正直言って、同じ状態にならないとこの感覚は分からないと思う。口だけなら何とでも言える。
「……はいはい、ご立派ですね、分かりましたよ。あなたは本当に男らしいと思います」
「……なんだと?」
「あなたは男らしいですよ。僕は女々しいんで放っておいてください」
何というか、ガルダとは別の意味で無茶苦茶高飛車というか、お高く留まった貴族様って感じだ。
もう付き合ってられん。都笠さんかセリエ達と合流しよう。
周りを見回した時に突然胸をドンと押された。
男の拳が僕の胸に突き付けられていて、その手には金で装飾を施されている革の鞘におさめられた短剣が握られている。
「……取れ」
「は?」
「貴様は私を侮辱した。決闘を申し込む」
「はあ?」
冗談……かと思ったけど、どうやら目がマジだ。
「ちょっと待って。僕、何か失礼な事言いました?」
「貴様、分かっておらんのか?」
「興味がないって言ったことですか?」
「それもあるが……それだけではない」
そういって、真正面から僕を睨む。
「わからぬのか?」
「はい」
「私は女だ」
「……へ?」
「僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
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