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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

青山公園、対空迎撃戦・下

「セリエ!」


 真上からワイバーンが迫る。セリエとメイベルさんが上を見て立ち尽くした。
 地面に引き倒すくらいの時間はあるか。走り出そうとした瞬間。


「メイベル!よけろ」
「【鍵の主が命ずるわ、門よ開きなさい】」


 ゼーヴェン君の悲鳴のような声に、オルミナさんの冷静な詠唱が重なった。
 棒立ちになっていた二人を飲み込むように黒い門が現れ、二人の姿がかき消える。


 オルミナさんの方を見ると、その横に、セリエとメイベルさんがぽかんとした顔で立っていた。
 あの一瞬で門をつないで二人を引き寄せたわけか。なんとまあ便利な。こんな使い方もできるのか


 獲物が突然消えて、ワイバーンが大きく羽を広げる。急ブレーキを掛けるようにワイバーンが失速した。地面すれすれでホバリングするように羽を羽ばたかせる。
 風が吹き付け、砂ぼこりが舞い上がった。


「逃がすか!」
「若!」


 ライエルさんが止める間もなく、ゼーヴェン君がロングソードを構えて突っ込んだ。
 ワイバーンがホバリングしたまま、威嚇するように短く吠えて長い首を蛇のように伸ばす。大きく開けた顎の中のサメのように並んだ牙がむき出しになった。


「【跪け!下郎】」


 ゼーヴェン君が吠えると、銀のロングソードに黒いオーラが纏いつく。
 凶悪な噛みつきを躱して踏み込み、黒いオーラを纏う剣で胴をなぎ払った。が、浅い。軽く血が噴き出す程度だ。


 ワイバーンが吠えて後ろ足で蹴りを放つ。後ろ足、といっても、3本の指には薙刀の刃のような爪がつき、足のサイズも1メートル近い。
 ゼーヴェン君が果敢に剣で迎撃する。硬いものがぶつかり合う音が響き、ゼーヴェン君の防御プロテクションの光が掻き消えた。
 小柄な体が軽々と吹っ飛び、そのまま地面を転がる。ワイバーンが足から血を流し怒りの声を上げた。


「若!」


「オルミナさん!」
「まかせなさい。【私の名において命じるわ、盾よ、あの子を守りなさい】」


 指示を出すまでもなく、オルミナさんが詠唱を追え、防御プロテクションの光が再びゼーヴェン君の体を覆う。


「大丈夫?」
「ああ、すまない」


 ゼーヴェン君が僕の手を取って立ち上がった。大きなけがはないらしい。


「無茶しすぎ」
「今が好機だったのだ。見ろ」


 ゼーヴェン君が指さす。黒い煙のようなものが、胸板と足にわだかまっていた。
 ワイバーンが羽ばたくけど、さっきより動きが鈍い。戸惑ったように首を振り、声を上げる。


碇剣アンカーブレードだ。
刺客に襲われた時の護身用に身に着けたスキルだが……こんな風に使う日が来るとは夢にも思わなかったぞ」


 出発前にスキルについては少し聞いた。切ると同時に錘のようなものをつけて敵の動きを封じるスキル、だったかな。


 だけど、完全に足を止めれるような便利なものではないらしい。ちょっと重たげな感じだけど、ワイバーンが大きく羽ばたくと体が浮き上がった。また上空に逃れようとしている。
 多少スピードが落ちても、上を取られて急降下突撃を繰り返されたら不利なのは変わらない。


「逃がさないわ!解放オープン!」
「【古より天にありしと伝わるもの、罪を照らす雷の神。高き処より我らを睥睨せん。地にありしは悪しき咎人】」


 メイベルさんが詠唱を始める。
 都笠さんが銃を構えた。手にしている銃はいい加減見慣れた89式より少し長くて、ストックが長い、ちょっとごついというか無骨な感じだ。
 足のスタンスを広く取ってストックを肩に当て、引き金を引く。


「このクソトカゲ!あたしのM2弁償しなさいよ!」


 立て続けに甲高い銃声が響き、飛び上がろうとしたワイバーンに銃弾が突き刺さった。血が噴き出しワイバーンが悲鳴を上げる


「【黒の世界より来るものは、白き光で無に帰るものなり、斯く成せ】」


 セリエがブラシを横になぐように振る。白い光の帯がワイバーンを捕らえた。
 もう一度悲鳴が上がり、羽ばたきが止まった。ワイバーンの巨大な体が地響きを立てて地面に落ちる。


「【天と地を結べ!雷鳴の柱ピリエ・ド・トォゥネル!此処は断罪の法廷!怯えよ!審判の時は来たれり!】」


 最後に長目のメイベルさんの詠唱が終わった。
 パッと真っ白い光がして、何もない空から落雷のように、柱の様な太い雷が落ちる。
 目を開けると、ワイバーンの左の羽の薄い皮膜が吹き飛ばされるようにちぎれ飛んでいた。あれならもう飛べまい。


 ワイバーンが憎々し気な目で僕等を睨みつけて、大きく羽を広げた。胸板が膨らむ。


「エアロブレス!」


 全員が左右に飛びのく。直後に後ろで鉄柵がへし折れる音がした。振り返ると、頑丈な黒い鉄柵が根元からなぎ倒されていた。あの威力だと防御プロテクションがかかっていても無事じゃすまないな。


 予備動作が大きいのが救いだけど、見えない空気の弾の上に、弾速が恐ろしく速い。今当たらなかったのは単なる運だ。
 見えない攻撃はかわせない。それなら使わせないのが最善だ。


「おおお!!」


 ゼーヴェン君が雄たけびを上げる。
 声を張り上げるってのは、空元気ではあるのかもしれないけど、恐怖心とかを吹き飛ばしてくれるのは僕も経験ある。


「その首は!俺が貰う!」


 ゼーヴェン君が剣を構えて突っ込んだ。
 近距離で乱戦に持ち込んで、あの空気を圧縮するような予備動作さえさせなければエアロブレスは撃てないだろう。
 無茶だけど今はこれがベストか。


「よし、行くぞ!」
「あたしもいくよ、お兄ちゃん!」
「若!御気を付けて!」


 ゼーヴェン君に続いて、僕が飛び出し、その後ろにユーカとライエルさんが続く。
 ばらばらに突っ込めばエアロブレスを狙いは絞りにくい。うろたえるようにワイバーンが僕等を見る。
 四対一だけど悪く思うな。


 ワイバーンが丸太のような太い尻尾が振り回した。ゼーヴェン君がジャンプして避けて胴体に一太刀加えるのが見える。
 いつも通り、ゆっくり見える攻撃。銃剣突撃するように銃を腰だめに構えて、突っ込んできた尻尾に銃剣を突き刺した。
 ゴンと強烈な振動が伝わって、吹き飛ばされそうになるのを足を踏ん張ってこらえる。


「お兄ちゃん!」


 ユーカが右に回り込んでフランベルジュを振りぬく。火を噴く赤い刀身が翼を切り裂いた。肉が焦げる音と、強烈な匂いがする。
 視界の端でワイバーンの頭が振り回されるのが見えた。ユーカを狙ってる。
 あのサイズと硬い頭蓋骨じゃあ、頭突きを食らうだけでハンマーで殴られるようなもんだ。


「ユーカ!」
「任せい!」


 ライエルさんが左手の籠手でワイバーンの頭突きを殴りつけるように跳ねのけた。
 ワイバーンがよろめいた隙に、ユーカのフランベルジュが羽を切り裂く。
 ライエルさんの斧がワイバーンの足をざっくりとえぐった。堅いものがぶつかり合う嫌な音がして、ワイバーンの体が片膝をつくように傾く。


「これで終わりだ!」


 そして、ゼーヴェン君のロングソードの切っ先がワイバ-ンの胸に深々と突き刺さった。





 ひときわ大きい悲鳴が上がり、ワイバーンの首が硬直した。
 噴き出したどす黒い血がゼーヴェン君に降りかかる。アンフィスバエナのような酸の血ではないらしい。というかそうだったらシャレにならんのだけど。
 長い首と羽がぐったりと力を失う。ゼーヴェン君が剣を抜くと、巨大なワイバーンの体がゆっくりと前に倒れた。


 ゼーヴェン君の前でワイバーンの体がボロボロと崩れていって消え、後にはコアクリスタルが残される。
 手の平に乗るくらいの大きさ。水晶のように向こうが見えそうなほど透明さだけど、澄んだ青い光が時折きらめく。一目で普通の魔獣のコアクリスタルとは違うことが分かる綺麗さだ。
 青山公園に静寂が戻って、立ちすくむゼーヴェン君の荒い吐息だけが妙に大きく聞こえた。


 拾わないのかなと思っていたけど。
 ……僕にも経験がある。
 初めてアラクネを切り倒した時、デュラハンを倒した時にも感じた。戦いの凍り付くような恐怖感、それを吹き飛ばすような炎のような高揚感。
 そして、生き延びた実感と勝利の余韻。いろんなものであふれてるんだろう。


 しばらくして、ゼーヴェン君が震える手でワイバーンの残したコアクリスタルを拾い上げた。誇らしげに両手で捧げるように持ちあげる。


「お見事でしたぞ、若」


 マントを脱いだライエルさんがゼーヴェン君の顔の血を拭った。
 顔の血は少し取れたけど、マントも体も髪も血まみれでなかなかヒドイ格好だ。風呂に入らないとダメだな。


「ありがとう。すまないな。ライエル」
「旦那様、お怪我はありませんか?」


 メイベルさんが心配げに声を掛ける。


「大丈夫だ。メイベル。お前もよくやってくれた」


 ゼーヴェン君がまっすぐにメイベルさんを見て言う。メイベルさんが嬉しそうな恥ずかしそうな表情で目を逸らした。


「ありがとう、スミト。礼を言う。皆のお陰だ」


 ゼーヴェン君が僕等を見る。満足げな笑顔だ。ちょっと硬いというか突っ張っていた感じの昨日の表情とは全然違うな。 


「よかったね」
「……余韻に浸ってるところ悪いんだけどさ」


 M2の残骸を兵器工廠アーセナルに回収しながら都笠さんが。


「3体目が来たらもう持たないわ。早く逃げましょ」
「流石にもういないでしょ」


 と言いたいところだけど、確実とは言えない。


「そうだな、すまない」
「うむ、参ろう」


 ゼーヴェン君がコアクリスタルを改めて眺めると、大事そうに懐に入れた。





 幸いにも近くの道に商用のバンが止まっていたので、それを動かして戻ることにした。


 乗り心地も、シートの座り心地も最初のミニバンとは天と地の差だったんだけど、今の戦いの余韻に浸っているゼーヴェン君にはどうでもよかったらしく、文句は出なかった。
 満足げに手の中のコアクリスタルをなでまわしている。


 7人乗りの所を無理やり8人で乗っているので狭い。2列目にオルミナさんと、僕とライエルさんが乗り込んでいる。


「あまり役に立てなかったわねぇ」
「そんなことないですよ」


 オルミナさんが物憂げな口調で言うけど。
 でも、あの門が無ければセリエやメイベルさんがどうなっていたか分からないし、防御プロテクションをかけてくれる人が一人増えるってのは結構効果がある。
 それに全滅寸前で何人か逃がすような最悪の展開も想定していたことを考えれば、無事に皆で帰れるのはよかった。


「あら、嬉しいわねぇ。じゃあまた呼んでくれるかしら?」
「ええ、まあ、機会があったら」


 オルミナさんがしなだれかかってくる。やわらかい肩が触れ合って、戦いでテンションが上がったのかすこし熱い吐息と乱れた髪が頬に触れる。
 新宿三丁目駅でも似たシチュエーションがあって、あの時は距離を置けたけど。今日は横に逃げようにも、車のドアがあるだけだ。


 都笠さんが面白げに笑っている顔がルームミラーに映っている。後ろの席からセリエとユーカの視線が刺さってくるのが分かった。
 針の筵状態のままでバンが赤坂通りを走って行った。


 ジェレミー公に連絡を入れると渋谷に戻ってほしい、とのことだったから、美術館前で曲がらず赤坂通りを直進した。
 青山6丁目を抜けて少し走ると首都高の高架が見える。そこを歩く探索者たちの姿も。昨日と同じように、のんびりと馬車で戦利品の箱を運んでいる。


「はあ……」


 都笠さんが大きくため息をつく。車がゆっくりとスピードを落として十字路の真ん中で止まった。
 ナビがないから今どの辺かわからないけど。南青山6丁目、いう標識が信号に取り付けられている。


「どうかした?」
「……帰ってこれたわねって」


 都笠さんがしみじみした口調で言う。たった二日間だけど、何度も死にかけた。恐ろしく長い二日間だったと思う。


「そうだね……」


 止まったままの僕らの車を怪訝そうに探索者のパーティが覗き込んでくる。
 それを見て、ようやく無事に帰ってこれたことを実感した。





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