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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

子供であっても異世界でも、男の意地って奴はある

 部屋の外に出ると、メイベルさんいた。僕を見て深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、スミト様」
「いえ、いいですよ。メイベルさんが謝ることじゃないでしょ」


「ありがとうございます……お連れしました」


 ひと声かけてドアを開けると、部屋の真ん中にゼーヴェンさんが立っていた。


「何の御用でしょうか?」
「よく来てくれ……いや、来たな。
メイベル。お前は下がって休んでいい」


 手で追い払うようなしぐさをすると、メイベルさんが一礼して部屋の外に出て行った。
 この辺もなんとも感じ悪い。


 上から目線が好きじゃない、というのと、こういうあからさまな身分差ってやつを見せつけられるのは気持ちがいいもんじゃない
 ガルフブルグではこんなものなのは分かっているけど。頭でわかっているのと感情はまた別物だ。


 ゼーヴェンさんがドアの方に行って外を伺っている。メイベルさんが寝るのを見届けてるらしい。
 しばらくしてドアを閉めると、ゼーヴェンさんが僕の方を向き直った。


「お前が塔の廃墟の宝石狩人ジュエルハンター、カザマスミトか。間違いないか?」
「そうですよ」


「この光るガラスの玉もお前のスロット能力か?」


 部屋の隅のスタンドを指さしながら言う。


「ええ」
「そうか、見たこともないスロット能力だが……」


 興味深そうにスタンドのシェードの裏側の電球を見ている仕草については年相応、という感じだ。


「……お前のスロット武器を見せてくれるか?噂の奇妙な手槍だ」
「別に……いいですけど」


 銃を出して渡す。
 丸腰になるのは緊張しなくもないけけど、彼も今はスロット武器は持ってないし、そもそもここで僕を手打ちにしても全然意味はない。


 それに、スロット武器の本来の力は持ち主でないと発揮されない。
 彼が持っていても、あれはただの銃の形をした槍だ……と思いつつ、一歩下がった。幸い、銃をいじるのに夢中で気付かれなかった。
 興味深そうに引き金や火皿をいじったり、銃身の彫刻を指でなぞったりしている


「ふむ」


 満足したのか、ゼーヴェンさんが銃を返してくる。そして、口元を抑えてうつむいてしまった。


「……ふふふ」


 黙って見ていると、うつむいたまま含み笑いをし始めた。大丈夫か、この人。


「あの……?どうかしました」
「まさか、お前が……」


「え?」
「……最高だ、最高だぞ、これは」


「はあ?」


 ゼーヴェンさんが顔を上げる。
 子供っぽい顔に、満面の笑みが浮かんでいた。さっきまでのしかめ面はどこへやら、という感じだ。


「考えてもみろ。
塔の廃墟の英雄、デュラハンを退けたものが俺のためにここまで来てくれたのだ。これを喜ばずにいられるか」


 なんというかよくわからん感じで見ていると、嬉しそうな笑顔のままでゼーヴェンさんが握手して来た。


「会えてうれしいぞ、カザマスミト」


 力強く手を握られる。なんというか、あまりにも唐突で展開について行けない。


「異世界から来た者、塔の廃墟の英雄。俺の為にここまで来てくれたこと、感謝する」
「……僕のことを知ってるんですか?」


「何故そんなことを聞く?知らないものがいると思うのか?」


 何をバカなことを言っている?という顔で僕を見る。


「単身でデュラハンと戦い、奴隷をバスキアの連中から攫い、連中に一泡吹かせた。
そして、塔の廃墟の未踏域に封緘シールを敷いた男だろう、お前は」
「はあ、まあ」


「楽師無き音楽堂カテドラル、サンヴェルナールの夕焼け亭を作ったのもお前だ、そうだな?」
「そんなことまで知ってるんですか?」


 あれはこっそり進めたから、僕がかかわったことまでは知られてないと思っていたんだけど。


「無論だ。
ここだけの話だがな、俺も2度ほど行っているのだ。メイベルと二人でな。
お前の姿も遠目にだが見ているぞ」
「あー、そうなんですね」


 サンヴェルナールの夕焼け亭に来るお客さんは結構多いし、掛ける曲によって客層も変わる。
 特にオーケストラとかをかけた時に来る貴族とか富裕な商人とかは顔をベールとかで隠している人も多い。
 ということで、来ても誰が誰だかわからない、というケースは多々ある。直接接客しているレナさんとかエルネストさんとかは詳しいかもしれないけど。


「それに、二輪鉄馬の製造にもかかわって、ブルフレーニュのダナエティア姫から直々に仕官を求められたと聞くぞ」
「……よく知ってますね」


 あの話も、ダナエ姫とかくらいしかしらないはずだけど。
 ここまで知られてるのは正直言って驚く。というか、知らないところでそこまで知られているのはちょっと怖いぞ。


「……どっちかというと貴族様には嫌われてると思いましたよ」


 ぶっちゃけ、貴族に一泡吹かせた形になっているから、貴族からは嫌われててもおかしくないんだけど。


「……まあそういうことを言うやつもいるな。
お前はバスキアの連中に一泡吹かせているからな。我々オルドネスの一門にとってはまあ溜飲が下がる話なのだ。知らんのか?」
「貴族の事情なんてそこまで知りませんよ」


 そういえば、オルドネス家とバスキア家は仲がよろしくない、とかいう話だった気がする。フェイリンさんが言ってたな。
 ただオルドネス家の関係者が高評価してくれているということは、バスキアの方からは相応に恨みを買っていそうなのが嫌だ。結果的に仕方ないとはいえど。


「まあともかくだ、会えて嬉しいぞ」


 嬉しそうに笑うその顔は、子供っぽい年相応の笑顔だった。





 ゼーヴェン君がソファに腰を下ろした。僕もベッドの隅に腰掛ける


「一つ聞いていいですか?」
「敬語など使う必要はない。俺のこともゼーヴェンと呼んでくれ、スミト」


「はあ……じゃあ、ゼーヴェン?」


 なんとなく、年下とはいえほぼ初対面の、しかも偉い人相手にタメ口はどうも抵抗がある。
 けど、タメ口で話した方が嬉しそうなので、まあいいか、と思うことにした。


「なんというか、さっきからと全然雰囲気違うよね」


「見てのとおり俺は子供だ。
貴族たるもの堂々としていなくてはならぬ、子供では侮られやすい、と言われているからな。
まあ許してくれ」
「なるほどね」


 あの偉そうな、というか高圧的な態度はどうやら演技であるらしい。


「だが、このことはライエルやメイベルには絶対に言わないでくれ。威厳が失われる」


 個人的には好感度が上がりそうな気がするけど。さっきの強がってる感じよりは余程いい。
 ただ、偉い貴族様にはいろいろとあるんだろう、と思うことにした。


「……ところで、本気でワイバーンを倒そうと考えてる?」
「もちろんだ」


 きっぱりとした返事が返ってくる。どうもあの時だけの気の迷いじゃないらしい。


「ライエルが申すところによれば、お前はワイバーンの足を吹き飛ばしたというではないか。出来るだろう」
「あれはかなり運が良かっただけだよ。もう一度やるのは多分無理だ。
本当に倒そうとするなら一度出直して、正式に討伐部隊を派遣した方がいいと思う」


 少なくとも帰路に僕等だけで少人数で厳しい戦いに挑むメリットは薄い、というか下手をすれば返り討ちで全滅エンドになりかねない。
 僕の言葉にゼーヴェン君が押し黙った。


「どうかした?」


「……それではダメなんだ」
「なぜ?」


 討伐部隊の指揮を取れば、貴族の義務ってやつも果たせると思うし、ワイバーンに倒された従者の仇も取れると思うけど。


「それでは……俺自身が戦うことができない。
そうなってしまえば、俺は単に後ろの安全なところで見守るだけになってしまう」
「それじゃだめなわけ?」


 正直言ってワイバーンのプレッシャーは半端じゃない。
 デカい図体と、それに似合わないとんでもない機動力。
 獰猛な牙とごつごつとした角。頑丈そうな鱗。コンクリの壁にクレーターを穿つほどのエアロブレス。
 追いかけられてるときは気が気じゃなかった。


 あんなのと戦いたいっていう気が知れない。名誉とか英雄物語に憧れるのはいいけど、相手は選ぶべきだと思う。
 しかし、アンフィスバエナとの戦いがしんどかったせいか遠い昔な気がするな。たった半日前のことなんだけど。


「……スミト、男と男として聞いてほしい」
「……うん?」


「俺は……竜殺しドラゴンスレイヤーになりたい……頼む。協力してくれ」
「でも、それなら討伐隊の指揮を取れば……」


 僕の言葉を首を振ってゼーヴェン君が遮る。


「自分で戦わなければならないんだ
確かに俺が呼びかければワイバーンを討伐することはできるだろう。
俺は安全に後ろで指揮を執り、止めだけは俺が刺すこともできるだろう。
だが、それではだめなんだ」
「なんでそこまでこだわるの?」


 ゼーヴェン君が突然ソファから立ち上がって、僕に背を向けて窓の方を向いた。


「……俺は」
「うん」


「俺は……15歳になったら結婚する」
「え?」


「あと半年だ。もう決められている」


 いきなりな話が出てきた。
 というか、その発言は死亡フラグっぽいからやめてほしい


「15歳で結婚するの?早過ぎない?」
「いや、貴族では別に早くはない。半年前に婚約した。
とある男児がいない貴族、わがロヴァール家より格上の家への婿入りだ」


 ジェレミー公とライエルさんが言っていた、大事な役割ってのはこれのことか。政略結婚なんだろう。
 日本でも戦国時代とかは15歳で結婚は珍しくなかったし、ガルフブルグでもそんなものなのかもしれない。


「それは構わないんだ。
俺もロヴァール家の者、オルドネスに連なる者として果たすべき義務があることは分かっている。
我が家と家臣、民のためならそれに不満はない」


 黙って聞いていると、ゼーヴェン君が続けた。


「……だが、そうなればもうここに来ることもないし、武勲を立てることもできない」
「もしかして、塔の廃墟にきたのも?」


「ああ。婚姻の前に一度来てみたかったのだ」


 ゼーヴェン君のロヴァール家自体かなり高位の貴族ってことだったし、それより格上の家に嫁ぐのだ。
 塔の廃墟に来ることはできても護衛に囲まれて渋谷駅前からちょっと散策する程度だろう。探索者まがいのことをして自分で魔獣と戦うなんて絶対に許されないのは僕にでもわかる。


「……俺にあるのは。ただ、家柄だけだ。ロヴァールの血だけだ。今までそうだった。
俺が婚姻をすれば、もうこのような探索にも戦にも出ることはないだろう。
なにか、そうなる前に自分に誇れるものが欲しかったんだ」
「……」


「この手で!自分の手でつかんだと俺自身が納得できるもの!そうでなくては意味がない」


 拳を握ってゼーヴェン君がこっちを見る。


「それに、サージはそんな俺の我儘のために死んでしまった。
あいつの仇は俺がこの手で取らねば」
「そっか……」


「だが、これはお前には何の関係もない。俺のわがままなのは分かっている。
その上で頼む。俺に協力してほしい」


 ゼーヴェン君が、しっかりとした目で僕を見詰める。
 なんというか、久しぶりにすごく熱い情熱ってやつに触れた気がした。


 社会人になって、大人になって、淡々と生きるようになってしまった気がする。
 一人っ子で、子供と接する機会もなかったから、こういうまっすぐな感覚をぶつけられたのは久しぶりだ。
 身分や向ける方向性は違うけど、ベル君やシャルちゃんにも同じものを感じたな。


「……命令する、とかは言わないんだね」


 この部屋で二人になってからは、最初から一貫して命令はしてこなかった。ゼーヴェン君がため息をつく。


「……ここはガルフブルグではなく、塔の廃墟の魔獣の生息域だ。
パレアで皆が俺の命令を聞くのは、俺の後ろにあるロヴァール家やオルドネス家の意向があってのこと。
それがない今は俺はただの一人だ。そんな俺がお前に命令しても滑稽なだけだろう?」


 確かに僕に命令を聞く義務も義理もない。けど、本人が此処まで率直にそれを認めるとは思わなかった。


「ふん。その程度わかっているさ。俺もそこまでバカではない」


 ちょっと自虐的というか、投げやりな口調で言う。
 立派な家系に生まれて、人に傅かれ何不自由なく生活して来たんだろうけど。
 家の為に、15歳でレールを敷かれて定められた結婚をして、堅苦しくて窮屈な暮らしを送るんだとしたら。それはそれで大変なのかもしれない。


「だから一人の男として頼む。俺にお前の力を貸してくれ」


 貴族の義務に付き合うのはご勘弁だったけど。
 世界が違っても男の意地ってやつは分かる。気持ち的には手を貸してあげたいんだけど。


「一ついいかな?」
「なんだ?」


「僕たちは簡単にここまでこれたわけじゃない。
ライエルさんも死にかけたって話だし、セリエもだ。それは分かってる?」


「ああ……すまない。浮かれ過ぎていた」


 ゼーヴェン君が項垂れる。
 その辺の責任は分かっているらしい。彼の身近な従者が彼を守って死んでいるし、どうやらそれに胸を痛めないようないけ好かない貴族様じゃないのは分かった。


「……とりあえず、この戦いが終わったら結婚するんだ、は僕等の世界じゃすごく縁起が悪い言葉だから。
花嫁を抱くまで俺は死なないぜ、とでも言っておいて」
「なんのことだ?」


 ガルフブルグの人に死亡フラグの話をしてもわかるわけもないか。


「とりあえず、明日、都笠さんやセリエ達に話をしてみるよ。もうみんな寝てるだろうし」
「なぜだ?お前が受けてくれればいいだけだろう?」


 ゼーヴェン君が不思議そうな顔をする。


「なんとなく僕がリーダーみたいになってるけど、都笠さんは奴隷じゃないからどのみち話さないといけないよ」
「そうなのか……まあそれは仕方ないが、奴隷にも話すのか?いう必要はないだろう?」


「僕のいた世界には奴隷はいなかったってもいうのもあるけどね。
僕にとってセリエやユーカは仲間だよ。言わないわけにはいかない」


 セリエは僕よりはるかに博識だし、単純な火力では僕はユーカに勝てないと思う。近づく前に火達磨にされるだろう。


「だが……主人は堂々と命令をし、奴隷はそれに従う。そういうものだ」


 この辺の奴隷に対する感覚は言っても仕方ない、というのはもう分っている。
 僕等にとって奴隷なんてものがあり得ないように、彼らガルフブルグの住人にとっては奴隷はモノであり、命令する対象なわけだから。


「誰だってプライドを持ってる。奴隷でも、貴族でも。
それに、奴隷だって意思を持つ人間だよ。上から押さえつけて言う事を聞かせるより、しっかりと話をして納得してもらう方が力を発揮してくれるよ」


 経営学じゃないけど、無理やり命令するよりは自由意志がある方がモチベーションは上がると思う。


「それがお前の世界の流儀か?」
「うーん……まあそんな難しいものんじゃないけど、そうかな」


「むう、まあお前がそういうなら仕方ないが……ならばお前から伝えてくれ」


 ゼーヴェン君がちょっと癖のある髪をわしゃわしゃとかきむしりながら言う。


「というか、多分自分で言う方がいいと思うけど。
多分、さっき僕に言ったのをそのまま言えば、みんな聞いてくれると思うよ」


 僕の言葉を聞いたゼーヴェン君が驚愕の表情を浮かべて、目を見開いた。


「俺に言えというのか?奴隷にか?」
「うん」


「ライエルやメイベルにもか?」
「うん。多分僕が言うよりその方がうまく行くと思う」


「だが……あの二人は……我が命を聞くはずだ
お前とは立場が違う」


 顔をしかめてゼーヴェン君が言う。抵抗があるようだ。まあわからなくもない。
 高圧的というか舐められない様に尊大な仮面をかぶってきた彼からすれば、奴隷や従者に本音を言うのは嫌なんだろうけど。


 ただ……都笠さんは僕が言っても納得してくれるかもしれない。セリエやユーカは着いてきてくれると思う。
 でも、ライエルさんは彼の忠誠心故に断固としてゼーヴェン君を止めるだろう。
 熱い想いは僕が言うより自分で伝えたほうが伝わる。というか、僕がどんなテンションで言っても、彼自身の熱さは半分も伝わらない。
 ライエルさんを説得するとしたら、彼が自分で言うしかないと思う。


「……それは……明日までに考えておく」


 苦し気に声を絞り出してゼーヴェン君がベッドに顔を伏せる。


「じゃあ僕はもう休むよ」


 返事はなかった。
 黙ったままのゼーヴェン君を置いて暗い廊下に出た。







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