僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
手の届かない場所で
吹き抜けを囲む回廊は、折れた手摺だの、剥がれ落ちた壁の破片だのの残骸がそこら中に散らばり、床は砕けたガラスの破片で覆われていて、まさに瓦礫の山という感じだった。無残に焼けただれた壁は、高級ホテルの面影もない。
アンフィスバエナの巨体が何度もぶつかっている上に酸の吐息をうけ、メイベルさんの雷撃に焼かれているわけだから当然ではあるけど。
回廊を走るうちに、いつの間にかライエルさんはいなくなっていた。
多分ゼーヴェンさんと合流しに行ったんだろう。向こうは向こうで今はいい。向こうに都笠さんの姿が見えた。
「早く!こっちよ!」
都笠さんが手を振る。都笠さんは無事だ。となると……吐き気のようなものがこみ上げてくる。
慌てて駆け寄ると……覚悟はしていたけど見たくなかった光景。
2階の床にセリエが横たわっていた。
◆
この時の気持ちをどう言えばいいのか。奈落につき落とされるような感覚があるとしたら、紺なのかもしれない。
いつものメイド衣装っぽいロングスカートは焼けたかのように溶け崩れていて、服の裂け目から覗く手や体は火傷をしたかのようにひどく変色している。
傍らには長いライフルが転がっている。前に見せてもらった、対物ライフルってやつだっけ
「セリエ!」
「風戸君、早くジェム貸して」
「セリエ、やだ!」
ユーカがセリエに駆け寄ろうととするのを都笠さんが制した。
「死んでない。風戸君、早く」
「やだぁーーーー、セリエ、しんじゃやぁ」
僕も叫びだしそうになるのを歯を食いしばってこらえた。
ジャケットの内ポケットからジェムの入った袋を取り出して渡す。
「酸のブレスからあたしをかばったのよ、この子」
都笠さんが手早くセリエの上体を起こした。ジェムを口に含ませて水をのませる。
息を詰めて見守っていると、セリエの酸で爛れた細い喉がこくりと動いた。
ジェレミー公がいうにはヒーリングジェムは強力な回復魔法のようなものだ、ってことらしいけど、効くのか、ホントに。もし効かなかったら……セリエ以外は誰も回復魔法は使えない。どうしよもうないぞ。そうなったら……
すこしの間があって、ぽうっとセリエの体が光りはじめた。かさぶたがはがれるように傷が消えていく。元の白い肌が現れた。
都笠さんがセリエの口元に耳をやり、首筋の指をあてて様子をうかがう。そして安心したようにため息をついた
「……魔法ってすごいわね。自衛隊にもほしいわ、こういうの」
ほっとした口調に、張りつめていた空気が少し緩んだ。
「お姉ちゃん、セリエは?」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「ええ。嘘はつかないわ」
都笠さんの言葉を聞いて、ユーカがぺたんと座り込みしゃくりあげるように泣き始めた。
窓から差し込む光はもう弱くなっていた。もう日が沈む。張りつめたテンションのまま戦っていたから時間の感覚がないけど結構長いこと戦ってたのか。
元より今日中に渋谷に戻るのは無理なわけだし、とにかく今は一刻も早く安全な場所を確保したい
「客室に行こう、エレベータを使って」
「そうね」
エレベーターを動かせるのは僕だけだ。ゲートがそのフロアに開かなければ、もしくは窓からワイバーンに強襲を受けたりとかしなければ、とりあえずは安全なはずだ。
エレベーターシャフトに前みたいに蜘蛛が巣食っていないとも限らないけど、今はぜいたくは言えない。意識を失ったセリエをおんぶする。エレベーターは向かい側だ。
「そういえばライエルさんは?」
「スミト殿!」
気分的には長くは待ちたくない所だったんだけど。タイミングよく、というか、ライエルさんが二人を連れて回廊の向こうから歩いてきた。
一人は立派な白いマントとライエルさんのような銀の胸当てを着けた少年剣士って感じの男の子だ。いまはマントや刺しゅう入りの衣装はあちこち汚れていて、顔にも疲れた感じが見える。
年は14~15歳くらいって感じだろうか、ユーカよりは年上っぽい。
ちょっと長めのくすんだような色の金髪。巻き毛の癖っ毛とちょっと目つきが鋭いというか悪い感じが、なんとなく勝気そうな雰囲気を醸し出している。どことなく、新宿で会ったあの少年を思わせる感じだ。
手にはスロット武器らしき銀色のロングソードを持っていた。
その後ろにいたのは、きれいな栗色の髪をツインテールにした女の子だった。生真面目そうというな雰囲気だ。こっちはセリエよりは少し年上っぽい。20歳位だろうか。背が高い、都笠さんより高くて、僕と同じくらいだ。
こっちも男の子ほどではないけど立派な仕立ての白いマントを羽織っている。鎧は着ていなくて、裾の長いワンピースのようなものを着て腰には綺麗な帯を締めている。
武器は持っていない。さっきの雷撃の魔法をつかったのがこの子だとしたら魔法使いなんだろうな。
「スミト殿。早速だがわが主を紹介させてほしい」
ライエルさんは安心したという感じで少し表情が緩んでいる。
若様と合流できたんだからそりゃそうなんだろうけど、ちょっとこっちはそれどころじゃない
「今はいいです。済みませんけど、あとにしてください」
セリエをおんぶしてエレベーターの方に走る。都笠さんがユーカの手を引いてついてきてくれた。
一瞬不満げな顔をしたけど状況を察してくれたのか、ライエルさんはそれ以上何も言わなかった。
◆
アンフィスバエナに壊されなかった方のエレベーターで7階の客室まで上がった。
どうせならスイートルームでも使おうか、などとと思ったけど。あまり高い所にいるメリットがまったくない。
上に上がりすぎると逃げにくくなるだけだ。僕等は空を飛ぶことはできないわけだし。
フロアマップを見る限り7階が一番低い客室だった。エレベーターについていた案内によると4階はチャペル、5階はフィットネスルーム、6階は会議室、7階以降が客室らしい。
エレベーターで昇った7階は静かで、暗闇が支配していた。
都笠さんが慎重にエレベーターから出て、ライト付きのハンドガンで通路を照らす。眩いライトの光が白く暗い廊下をなぞって行った。
「誰も居ないみたいね」
「【光よ、正しきものの道を照らせ】」
続いて、ライエルさんが光の魔法で呼び出した光の玉がふわりと通路を舞う。
白い壁にブラウンのラインが入った、いかにも高級ホテルって感じの上品な壁や、敷き詰められた赤いじゅうたんが引かれた床には傷一つなかった。
通路に置かれた壺やローテーブルが時が止まったままのように置き去りにされている。
どうやら魔獣は此処には表れていないらしい。
電気が通っていないからか、並んでいるドアはほとんどが開いていた。とりあえず手近な部屋に入る。
「管理者、起動。電源復旧」
いつも通り部屋の中に明かりが点いた。落ち着いた雰囲気の部屋が電気で照らされる
おんぶしていたセリエをベッドに寝かせた。
「スミト殿、若にご挨拶をだな」
「申し訳ないんですけど、もう少し待ってもらえますか?」
「……奴隷のことだろう?少しは時間を貰えんかね?」
ちょっと苛立たし気な口調だ。わからなくもないけど。
「……僕の仲間です。大切な」
悪いけど、自己紹介は後でもできる。
ていうか、あんたの主人を助けるために戦って怪我をしたんですが、と言いかけたけど、さすがにこらえた。ここで口論をしてもしょうがない。
「だが……」
「少し待ってください」
パーティ唯一の回復魔法使いなんですよ、と言えば納得してくれたのかもしれないけど。そういう気持ちの余裕が出てこなかった。
隣の部屋に行って、そこにも電気をつける。
「ここで待っていてください。後で必ずご挨拶しますから」
空調のパネルを操作してエアコンをつけておいた。
ライエルさんがちょっと渋い顔をして僕の顔を見て、ため息をついた。後ろにいるゼーヴェンさんに何か耳打ちする。
明かりがついた部屋にライエルさんがまず入ってきて、その後ろにゼーヴェンさんとメイベルさんが続く。
ゼーヴェンさんがこちらをちょっと冷たい目で睨んで、部屋の中をみて驚いたような顔をした。この辺のわかりやすい反応はちょっと子供っぽい。
その後ろを着いていくメイベルさんが軽く頭を下げる。
とりあえずあっちはもういいだろう。セリエのいる部屋に戻った。
このフロアの部屋はおそらくこのホテルでは一番グレードが低い部屋だと思うけど、改めて見ると、それでも立派だった。僕が出張で泊ったことがあるようなホテルとは格が違う。
壁には飾りの木が象嵌のようにあしらわれ、巨大な鏡が設えられてる。部屋の隅には木のシックななテーブルと茶色の軟らそうなソファと、モダンなスタンドライトが立っていた。
白い巨大なダブルベッドが部屋の中央に鎮座し、白いシーツにはベージュの飾り布がかけられている。少し埃っぽいけど休む分には問題ない。
セリエは意識は失っているけど、とりあえず今は息遣いも安定しているし、怪我も消えている。強力な回復魔法とはよく言ったもんだ。
ただ自分でも体験したことではあるけど痛みまでは完全に消えない。しばらくは休まんでもらおう。どうせもう夜だ。今から戻ることはできないわけだし。
窓にはレースで縁取られた白い薄手のカーテンがかかっている。
窓の向こうからは六本木の夜景が見えた。アンフィスバエナと戦っているうちに、もう外は真っ暗になっていた。
いつもの東京なら電気で彩られた美しい夜景が見えるんだろうけど、今は明るい月に照らされたビルの輪郭と首都高の高架の漆黒の陰が見えるだけだった。
「とりあえず、この階を見て回りましょ。付き合ってよ、風戸君」
都笠さんがハンドガンを構えて声を掛けてきた。
確かに、突然魔獣が出てこないとも限らないし、非常口くらいは見ておいた方がいいな。
構えた銃はよく見るといつも使っているのとちょっと違う。銃口の下にライトが取り付けられていて、普段のよりちょっと大きい。
「ユーカ……?」
ベットの横で座るユーカに声を掛けたけど、ユーカは首を振った。
都笠さんが黙ったままジェスチャーで、行こう、と促してきたので二人で部屋を出た。
アンフィスバエナの巨体が何度もぶつかっている上に酸の吐息をうけ、メイベルさんの雷撃に焼かれているわけだから当然ではあるけど。
回廊を走るうちに、いつの間にかライエルさんはいなくなっていた。
多分ゼーヴェンさんと合流しに行ったんだろう。向こうは向こうで今はいい。向こうに都笠さんの姿が見えた。
「早く!こっちよ!」
都笠さんが手を振る。都笠さんは無事だ。となると……吐き気のようなものがこみ上げてくる。
慌てて駆け寄ると……覚悟はしていたけど見たくなかった光景。
2階の床にセリエが横たわっていた。
◆
この時の気持ちをどう言えばいいのか。奈落につき落とされるような感覚があるとしたら、紺なのかもしれない。
いつものメイド衣装っぽいロングスカートは焼けたかのように溶け崩れていて、服の裂け目から覗く手や体は火傷をしたかのようにひどく変色している。
傍らには長いライフルが転がっている。前に見せてもらった、対物ライフルってやつだっけ
「セリエ!」
「風戸君、早くジェム貸して」
「セリエ、やだ!」
ユーカがセリエに駆け寄ろうととするのを都笠さんが制した。
「死んでない。風戸君、早く」
「やだぁーーーー、セリエ、しんじゃやぁ」
僕も叫びだしそうになるのを歯を食いしばってこらえた。
ジャケットの内ポケットからジェムの入った袋を取り出して渡す。
「酸のブレスからあたしをかばったのよ、この子」
都笠さんが手早くセリエの上体を起こした。ジェムを口に含ませて水をのませる。
息を詰めて見守っていると、セリエの酸で爛れた細い喉がこくりと動いた。
ジェレミー公がいうにはヒーリングジェムは強力な回復魔法のようなものだ、ってことらしいけど、効くのか、ホントに。もし効かなかったら……セリエ以外は誰も回復魔法は使えない。どうしよもうないぞ。そうなったら……
すこしの間があって、ぽうっとセリエの体が光りはじめた。かさぶたがはがれるように傷が消えていく。元の白い肌が現れた。
都笠さんがセリエの口元に耳をやり、首筋の指をあてて様子をうかがう。そして安心したようにため息をついた
「……魔法ってすごいわね。自衛隊にもほしいわ、こういうの」
ほっとした口調に、張りつめていた空気が少し緩んだ。
「お姉ちゃん、セリエは?」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「ええ。嘘はつかないわ」
都笠さんの言葉を聞いて、ユーカがぺたんと座り込みしゃくりあげるように泣き始めた。
窓から差し込む光はもう弱くなっていた。もう日が沈む。張りつめたテンションのまま戦っていたから時間の感覚がないけど結構長いこと戦ってたのか。
元より今日中に渋谷に戻るのは無理なわけだし、とにかく今は一刻も早く安全な場所を確保したい
「客室に行こう、エレベータを使って」
「そうね」
エレベーターを動かせるのは僕だけだ。ゲートがそのフロアに開かなければ、もしくは窓からワイバーンに強襲を受けたりとかしなければ、とりあえずは安全なはずだ。
エレベーターシャフトに前みたいに蜘蛛が巣食っていないとも限らないけど、今はぜいたくは言えない。意識を失ったセリエをおんぶする。エレベーターは向かい側だ。
「そういえばライエルさんは?」
「スミト殿!」
気分的には長くは待ちたくない所だったんだけど。タイミングよく、というか、ライエルさんが二人を連れて回廊の向こうから歩いてきた。
一人は立派な白いマントとライエルさんのような銀の胸当てを着けた少年剣士って感じの男の子だ。いまはマントや刺しゅう入りの衣装はあちこち汚れていて、顔にも疲れた感じが見える。
年は14~15歳くらいって感じだろうか、ユーカよりは年上っぽい。
ちょっと長めのくすんだような色の金髪。巻き毛の癖っ毛とちょっと目つきが鋭いというか悪い感じが、なんとなく勝気そうな雰囲気を醸し出している。どことなく、新宿で会ったあの少年を思わせる感じだ。
手にはスロット武器らしき銀色のロングソードを持っていた。
その後ろにいたのは、きれいな栗色の髪をツインテールにした女の子だった。生真面目そうというな雰囲気だ。こっちはセリエよりは少し年上っぽい。20歳位だろうか。背が高い、都笠さんより高くて、僕と同じくらいだ。
こっちも男の子ほどではないけど立派な仕立ての白いマントを羽織っている。鎧は着ていなくて、裾の長いワンピースのようなものを着て腰には綺麗な帯を締めている。
武器は持っていない。さっきの雷撃の魔法をつかったのがこの子だとしたら魔法使いなんだろうな。
「スミト殿。早速だがわが主を紹介させてほしい」
ライエルさんは安心したという感じで少し表情が緩んでいる。
若様と合流できたんだからそりゃそうなんだろうけど、ちょっとこっちはそれどころじゃない
「今はいいです。済みませんけど、あとにしてください」
セリエをおんぶしてエレベーターの方に走る。都笠さんがユーカの手を引いてついてきてくれた。
一瞬不満げな顔をしたけど状況を察してくれたのか、ライエルさんはそれ以上何も言わなかった。
◆
アンフィスバエナに壊されなかった方のエレベーターで7階の客室まで上がった。
どうせならスイートルームでも使おうか、などとと思ったけど。あまり高い所にいるメリットがまったくない。
上に上がりすぎると逃げにくくなるだけだ。僕等は空を飛ぶことはできないわけだし。
フロアマップを見る限り7階が一番低い客室だった。エレベーターについていた案内によると4階はチャペル、5階はフィットネスルーム、6階は会議室、7階以降が客室らしい。
エレベーターで昇った7階は静かで、暗闇が支配していた。
都笠さんが慎重にエレベーターから出て、ライト付きのハンドガンで通路を照らす。眩いライトの光が白く暗い廊下をなぞって行った。
「誰も居ないみたいね」
「【光よ、正しきものの道を照らせ】」
続いて、ライエルさんが光の魔法で呼び出した光の玉がふわりと通路を舞う。
白い壁にブラウンのラインが入った、いかにも高級ホテルって感じの上品な壁や、敷き詰められた赤いじゅうたんが引かれた床には傷一つなかった。
通路に置かれた壺やローテーブルが時が止まったままのように置き去りにされている。
どうやら魔獣は此処には表れていないらしい。
電気が通っていないからか、並んでいるドアはほとんどが開いていた。とりあえず手近な部屋に入る。
「管理者、起動。電源復旧」
いつも通り部屋の中に明かりが点いた。落ち着いた雰囲気の部屋が電気で照らされる
おんぶしていたセリエをベッドに寝かせた。
「スミト殿、若にご挨拶をだな」
「申し訳ないんですけど、もう少し待ってもらえますか?」
「……奴隷のことだろう?少しは時間を貰えんかね?」
ちょっと苛立たし気な口調だ。わからなくもないけど。
「……僕の仲間です。大切な」
悪いけど、自己紹介は後でもできる。
ていうか、あんたの主人を助けるために戦って怪我をしたんですが、と言いかけたけど、さすがにこらえた。ここで口論をしてもしょうがない。
「だが……」
「少し待ってください」
パーティ唯一の回復魔法使いなんですよ、と言えば納得してくれたのかもしれないけど。そういう気持ちの余裕が出てこなかった。
隣の部屋に行って、そこにも電気をつける。
「ここで待っていてください。後で必ずご挨拶しますから」
空調のパネルを操作してエアコンをつけておいた。
ライエルさんがちょっと渋い顔をして僕の顔を見て、ため息をついた。後ろにいるゼーヴェンさんに何か耳打ちする。
明かりがついた部屋にライエルさんがまず入ってきて、その後ろにゼーヴェンさんとメイベルさんが続く。
ゼーヴェンさんがこちらをちょっと冷たい目で睨んで、部屋の中をみて驚いたような顔をした。この辺のわかりやすい反応はちょっと子供っぽい。
その後ろを着いていくメイベルさんが軽く頭を下げる。
とりあえずあっちはもういいだろう。セリエのいる部屋に戻った。
このフロアの部屋はおそらくこのホテルでは一番グレードが低い部屋だと思うけど、改めて見ると、それでも立派だった。僕が出張で泊ったことがあるようなホテルとは格が違う。
壁には飾りの木が象嵌のようにあしらわれ、巨大な鏡が設えられてる。部屋の隅には木のシックななテーブルと茶色の軟らそうなソファと、モダンなスタンドライトが立っていた。
白い巨大なダブルベッドが部屋の中央に鎮座し、白いシーツにはベージュの飾り布がかけられている。少し埃っぽいけど休む分には問題ない。
セリエは意識は失っているけど、とりあえず今は息遣いも安定しているし、怪我も消えている。強力な回復魔法とはよく言ったもんだ。
ただ自分でも体験したことではあるけど痛みまでは完全に消えない。しばらくは休まんでもらおう。どうせもう夜だ。今から戻ることはできないわけだし。
窓にはレースで縁取られた白い薄手のカーテンがかかっている。
窓の向こうからは六本木の夜景が見えた。アンフィスバエナと戦っているうちに、もう外は真っ暗になっていた。
いつもの東京なら電気で彩られた美しい夜景が見えるんだろうけど、今は明るい月に照らされたビルの輪郭と首都高の高架の漆黒の陰が見えるだけだった。
「とりあえず、この階を見て回りましょ。付き合ってよ、風戸君」
都笠さんがハンドガンを構えて声を掛けてきた。
確かに、突然魔獣が出てこないとも限らないし、非常口くらいは見ておいた方がいいな。
構えた銃はよく見るといつも使っているのとちょっと違う。銃口の下にライトが取り付けられていて、普段のよりちょっと大きい。
「ユーカ……?」
ベットの横で座るユーカに声を掛けたけど、ユーカは首を振った。
都笠さんが黙ったままジェスチャーで、行こう、と促してきたので二人で部屋を出た。
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