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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

高級ホテルのロビーで巨大蛇と戦闘開始

 アンフィスバエナの尻尾側の顔が鎌首をもたげた。
 ていうか、どっちが本当の頭なんだろう。両方とも頭として機能するものなのか。魔獣生態学者みたいな人が居るなら聞いてみたい。


 顔をすっと後ろひくと、威嚇するように口を開けた。真っ赤な口の中がむき出しになる。人間位は一呑みにできそうだ。大きいってのはそれだけでかなりプレッシャーがある。
 でも、さっきの口を閉じる動きは見えた。落ち着いて戦えば相手の動きが見えないことはない。


「セリエ!僕とライエルさんに防御プロテクションを……」
「はい」


「気をつけろ!スミト殿」


 警告の声と同時に、アンフィスバエナの巨体がまるで丸太が降ってくるかのように落ちてきた。
 慌てて左に飛ぶ。ずしんと地響きが立ち、踏みつぶされた瓦礫が音を立てた。


「くそ!」


 僕とライエルさん、ユーカは左。セリエと都笠さんは右に飛んだ。
 アンフィスバエナが寝そべるように胴を地面につけて再び鎌首をもたげる。黄色い無機質な目が僕を睨む。
 アンフィスバエナの胴はせいぜい1mほどだけど。うねるようにうごめく、青黒い鱗に覆われた胴体はその倍も高い壁に見える。乗り越えることはちょっとできそうにない。
 分断された。


「セリエ!」


 防御プロテクションはまだかかっていない。
 防御プロテクションはこういうデカい魔獣との戦闘ではほぼ必須だ。
 リチャードは一応鎧を着ているし、ライエルさんも鎧は着ている。まあライエルさんの鎧はどっちかというと装飾過剰で儀礼的なものに見えるけど。


 鎧を着たことはないけど、アンフィスバエナのような大型の魔獣の攻撃や魔法の前には人間の手で作った革や金属の鎧は気休め程度にしか立たなないと思う。僕の着ているロングコートにジャケットはいうまでもなく防御効果なんてものは無い。
 だからなのか、探索者は割と軽装が多い。かわりに防御プロテクションをかけて戦う。あれがないと裸で戦っているようなもんだ。


「申し訳ありません、ご主人様!
そこまでは届きません!もう少し近くに寄ってください!」


 アンフィスバエナの胴の向こうからセリエの声が聞こえる。 
 マジデ?効果範囲外ってやつか。言われてみると今まで防御プロテクションを掛けてもらったときはいつもセリエが近くにいた。


 一歩近寄ろうとした瞬間。アンフィスバエナの胴が突然横にうねった。
 目の前に鱗に覆われた胴が突然大きくなったかのように迫る。


「うわっ」


 とっさに銃身で受け止めて同時に後ろに飛んだ。格闘技の漫画とかでは定番の衝撃を逃がす動作だけど、見よう見まねは奇跡的に成功した。
 ただ、手がしびれる。でかいハンマーで殴られたって感じだ。


 アンフィスバエナからすればちょっと身じろぎした、という程度かもしれないけど、人間からすれば巨体をぶつけられるだけで十分にダメージになる。
 人間相手ならこれで十分だ、と思っているなら意外に知恵が回るな。


「【正しきものに加護よ、有れ】」


 ライエルさんの声が響くと僕とユーカ、ライエルさんの体に青白い光が纏いついた。
 防御プロテクションだ……助かった。


「ありがとうございます!」
「従者の務めよ。
だが、魔法は費やしたスロットによって強さが変わるが、私のははっきり言うがタカが知れている。
それに、3人同時にかけたからな。過信しないでくれ」


 確かに、ライエルさんの防御プロテクションよりセリエの方が光が強い。セリエのは射程を絞って効果を増している、ということかもしれない。
 そういえばぼくの魔法も威力だの射程だのをセットするときに決めた気がする。何事もトレードオフってことか。


 吹き抜けの上の方でまた大きな音がした。
 見上げると、アンフィスバエナのもう一つの顔が壁に噛みつくようにして二人を狙っている。断続的に金属音がして、通路の残骸やガラスが砕けて振ってくる。


「若!」


 隣で斧を構えているライエルさんには焦りがありありと見えた。しきりに上を気にしている。
 後ろを振り返るとエレベーターが見える。あそこまで走れれば上に行けるかもしれないけど。蛇の瞳がこちらを睨みつけているこの状況では……こっちの頭にうかつに背を向けるわけにはいかない。


「風戸君、あたしとセリエであの上の坊やの援護に行くわ」


 都笠さんの声がした。


「どうやって?」
「こっちに階段がある」


 丸太のような蛇の胴で分断されてしまったけど、あっちの方にはロビーの中二階を形成している通路への階段があるのが見える。


「高い位置のほうが狙撃もしやすいわ。上の頭はあたしが何とかする」


 ゼーヴェンさんの援護に回らないとヤバいのは確かだ。二手に分かれるのはリスクがあるし、心配だけど、今は仕方ないか。


「OK!都笠さん、気を付けて」
「任せなさい!」


「ご主人様……あの、私、ご主人様のお側に……」
「こっちは僕等で何とかする。カタがついたらすぐそっちに行くから」


 アンフィスバエナの胴の向こうで不安げな顔をしているセリエが見える。


「都笠さんのフォローをしてあげて。僕等は大丈夫」
「……はい……ご主人様、ご武運を!お嬢様、お気をつけて!」


「セリエも!後で会おう!」
「すまないが若をよろしく頼むぞ、スズ殿、セリエ」


 アンフィスバエナの胴の向こうで走り去っていく二人の背中が見える。セリエが何度もこちらを心配そうに振り返る。
 とりあえずあっちは二人に任せるしかない。一刻も早くこいつを倒して援護に向かうことを考えよう





 あらためてアンフィスバエナに向き合う。
 首を揺らしながらさっきのようにとびかかるタイミングを図っているようだけど。落ち着くと、いつもと同じようにその動きがゆっくり見えてくる。 
 パニックになってはいけない。


 アンフィスバエナが鎌首をもたげてわずかに口を開く……噛みついてくるな。息を詰めて動き出しを見極める。
 一瞬の間を置いて巨大な頭が弾かれたように飛んできた。


 確かに速いけど、でも僕には見える。タイミングを合わせて踏み込んだ。低く下げた頭の上を重たげな胴がすり抜けていく。
 顔の下に潜り込んで白い腹に銃剣を突き立てた。切っ先が深く突き刺さり、腹がざっくりと裂ける。


 噴き出してきた血が肩に触れて、僕の体を覆う防御プロテクションの光が瞬いた。床に落ちた血の跡から煙が吹き上がる。慌てて距離を取った。


「こいつ、血も毒なのか?」
「注意しろ、スミト殿」


 ダメージはあったようで、アンフィスバエナの太い胴体がうねるように暴れ回り柱や床にぶつかって鈍い音がする。
 酸の血が飛び散ってあちこちから煙が上がった。というか、攻撃してこなくても暴れ回られるだけで近づけない。やっぱりデカいってのはそれだけで厄介だ。


 黄色い目がこちらを睨む。
 魔獣の気持ちなんてわからないけど、怒っているのはなんとなくわかった。どうせなら怯えてくれるとありがたいんだけど。


 此方を睨んだアンフィスバエナが、今度は床を這うようにもうこちらに向かって突進してきた。これじゃ腹は狙えない。
 大きく口を開けて迫るアンフィスバエナを引き付けてサイドステップで避ける。そのまま無防備な首元に銃剣を突き刺した。


「ぐっ、これは……」


 切っ先が突き刺さるけど、なんというか、砂の塊に刃物を刺したような感じだった。
 そんなことをしたことは勿論ないんだけど、深く刺さってないことくらいは分かる。さっきの腹の部分は柔らかかったけど、鱗の部分はかなり硬い。


「くそ、硬い」


 スピード重視のスロット武器にしたことは何度も僕の命を救ってくれている。でも、本当に硬い相手には威力不足ってことか。


「おりゃあ!」
「えいっ」


 ジュゼルさんの斧がヘビの顔の横面をはたき、ユーカのフランベルジュが突き刺さった。刺さったところから炎が噴き出しアンフィスバエナが悲鳴を上げる。
 どう見てもユーカの方がダメージを与えている……火力では僕はユーカ以下か。


「何をしている、スミト殿。
一度で倒せなければ、相手が死ぬまで何度でも切るのだ!」


 ライエルさんが斧を構えなおしての叱咤の声をあげる。
 たしかに。相手は魔獣、人間より強いんだ。一撃で倒せるなんてのが甘い。蛇の目をにらみ返す。


 うねるように動いて僕の横に回り込んでくる。さっきの攻撃を受けてか、鎌首をもたげなくなった。
 高さのある攻撃は無くなったけど、弱点ぽい腹は床に這りついて完全にガードされてしまった。動物的な本能だろうか


 もう一度、口が大きく開いた。赤い口の中と鋭い牙が見える。また噛みついてくるか?


「注意しろ!」


 ライエルさんの声と同時に、突然視界が紫色に染まった。


「なんだ?」


 とっさに顔を覆う。
 体に纏いついていた防御プロテクションの光が一瞬で消えた。顔を覆ったコートの袖から煙が吹きあがる。むき出しになった頬が火傷するように熱くなった


「うあっちい!」


 酸の煙かなにかだ、これ。
 慌てて煙を噴き上げる薄手のロングコートを脱ぎ捨てる。結構高いブランド物を貰って来たというのに。
 しかし、毒を吐くって聞いてたけど。毒液を飛ばすというより毒霧を吐くのか。しかも、こんな広範囲に。


 床のじゅうたんやひっくり返った机が煙を上げて表面が爛れた様に溶ける。プロテクションがなければ……
 アンフェスバエナの口が再び大きく開かれる。また来るか?


「【燃えちゃえ!】」


 噴き出された紫色の酸の霧が炎の壁で吹き飛ばされた


「【貫け!魔弾の射手!】」


 大きく開いた口に黒い光弾が食い込む。紫色の血が噴き出しアンフィスバエナが悲鳴というか怒りというかそんな声を上げて、ずるずると下がる。


 不意に吹き抜けの方で銃声が連続して響いた。通路を走りながら都笠さんが89式を撃っている。
 続いてセリエの魔法の光の帯がちょっと暗いホールを照らし、アンフィスバエナの胴を捕らえた。


 塔のように立つアンフィスバエナの胴から血が噴き出す。腹なら銃でも通るらしい。突っ立っていれば腹を隠すこともできない。
 3階を向いていた顔が鬱陶し気に2階の都笠さん達の方を向く。


「あのスズ殿の使っているあれは何だ?スロット武器なのか?」


 二階を見上げたライエルさんが感心したかのようにいう。


「僕等の世界の魔道具みたいな武器です」


 今は細かい説明をしている暇はない。
 とりあえずゼーヴェンさんの方から目を逸らすことはできたけど、今度は都笠さんとセリエが危ない。速くこっちを片付けなくては。





「きゃっ」


 ユーカがアンフィスバエナの噛みつきを後ろに飛び退って躱した。


 何度か三人で戦っているけど、どうにもらちが明かない
 鱗のあちこちから血が流れていて効いてはいるようだけど致命傷には程遠い。
 ワイバーンにしてもデュラハンにしてもそうだったけど、チマチマ切ってもあまり効果がない。強力な一発をねじ込まないと。


 それにこいつと近距離で戦っているのはかなり不利だ。
 こっちはいくら切っても致命傷になりにくいのに、相手の攻撃は一発で手ひどいダメージになる。距離を取って魔法を叩き込むか、なんとか腹の方に攻撃を当てないとだめだ。
 ポケットの手榴弾に手を触れる。一つ試してみるか。


「下がるよ、ユーカ。
ライエルさん、あの壁まで下がって。上に逃げます」


 銃剣の切っ先をアンフィスバエナの顔に向けながら一歩下がる。


「馬鹿なことをいうな。上に逃げるも何も……下がっても壁際に追い詰められるだけだぞ」
「大丈夫です。僕が何とかします」


 ライエルさんが僕を見る。


「よくわからんが、策がある、ということか?」
「ええ」


「……あそこまで下がれれば良いのだな?」
「そうです」


「よし、ならば私がその時間を稼ごう。
【邪悪なるものよ、正義の使徒の一撃の前にひれ伏せ】」


 ライエルさんが呪文らしきものを唱えながら斧を構えて進み出る。
 赤っぽいオーラのような光が斧の刃の部分を覆った。


「くらえぃ!」


 ライエルさんが斧が振りぬく。
 衝突のような派手な音が響き、アンフィスバエナの顔が大きく後ろに弾き飛ばされた。
 何かのスキルなんだろうか。致命傷とかそういうのではないけど、距離を稼ぐには十分だった。


「下がるぞ!」


 ライエルさんが真っ先に走りだした。それにユーカが続く。
 ポケットに入れた手榴弾を床に散らばった瓦礫にひっかけるように固定してエレベーターに駆け寄った。
 アンフィスバエナが頭痛を振り払うかのように頭を振ってこちらを見た。


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 エレベーターの上昇ボタンを押す……がドアが開かなかった。壁の下方向の矢印マークに明かりが灯っている。ということかエレベーターは上にいるのか。
 階数表示を探したけどどこにもない。当世のエレベータは階数表示がないんだっけ?


「開かないぞ?」


 ライエルさんが言う。
 都合よく1階で待っていたりはしてくれなかった。というか、急いでいるときに限ってエレベーターで待たされるなんてマーフィの法則はこんなところまで有効なのか。
 降りてくる時間がもどかしい。20階とかだったらシャレにならないぞ。
 蛇の目がこちらを見て、瓦礫を蹴散らすように這ってくる。


「私が迎え撃つ」


 ライエルさんが斧を構えて前に出ようとするけど。
 今は途中の階で止まったりはしない。そこまで遅くはないはずだ


「ダメです。もうじきそこの扉が開きますから、開き次第飛び込んで」
「なんだと?本当なのか?」


「大丈夫です」
「【あっち行って!こっち来ないでよ】」


 ユーカがフランベルジュを振ると炎の壁が吹きあがった。
 顔を真下から焙られて、アンフィスバエナが悲鳴のような甲高い声を上げて再び下がる。


「ナイス!」


 同時に、ポンと音がしてエレベーターのドアが開いた。
 縦長の鏡が張られた金色の豪華なエレベータの籠が見える。天の助け。


「入って」


 慌てて駆け込むと2階のボタンと閉まるのボタンを押す。閉じていくドアの向こうで迫ってくるアンフィスバエナの顔が見えた。


 エレベーターがすっと上昇すると同時に足元で硬いものがぶつかりあう音がした。間一髪だ。
 籠が揺れて電気が点滅する。一瞬、止まるんじゃないかと心配したけど、エレベーターはかろうじて2階にたどり着いた。ドアが開く。
 アンフィスバエナの突撃にも耐えるとは、さすがメイド・イン・ジャパン。


 エレベーターから出て、吹き抜けに身を乗り出す。
 おあつらえ向きなことに、アンフェスバエナの顔がエレベーターシャフトに突っ込んでいた。
 太い体が食い込む。上に来ようとしているのか。エレベーターシャフトがきしむ音が響く。壁に貼られた飾り石が剥がれて落ちた。
 あれなら逃げられない。


「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王、ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる!】」


 狙うは一点。


「焼き尽くせ!魔弾の射手デア・フライシュッツ!」


 銃口から光弾が飛び、フロアにぶつかって爆発した。
 赤い火球が広がり、一瞬の間をおいて続けさまに三つの爆発音が轟く。床にばらまいておいた手榴弾が、同時に誘爆した。火球の中から手榴弾の爆炎が吹き上がる。
 アンフィスバエナの太い胴が下から突き上げられように飛び上がり、血煙が飛び散った。血と肉片が手すりのガラスの覆いに張り付いて煙を噴き上げる。


 もう一つの頭のほうが咆哮を上げて、柱のようなにそそり立っていた体が大きく揺らいだ。
 さすがに胴を吹き飛ばされてダメージがないと困る。もう一方の頭があるから生きているとしても。
 アンフィスバエナの太い胴が吹き抜けを囲む通路を薙ぐようにしてうごめき、巨体が壁にあたって建物全体が揺れる。


「あの爆発も?」
「ええ、僕等の世界の魔道具です」


 なんかもう説明が全部こうなっている気がするけど、知識に違いがありすぎるんだからしょうがないか。


 煙が晴れると、流石にちぎれてはいないけど、ボロボロに裂けた胴が赤いじゅうたんに横たわっているのが見えた。
 鱗の薄い腹を下から手榴弾三発で吹っ飛ばされたら持たなかったらしい。ただ、気を抜いている暇はない。これでようやく普通の蛇の状態になっただけだ。もう一つの頭を潰さないと。


 こちらからはセリエ達やゼーヴェンさんは、ちょうど吹き抜けの向こう側にいるような感じだ。僕の魔弾の射手やユーカの炎ではあそこまでは届かない。


「よし……援護にいくよ」


「うん、お兄ちゃん!」
「参ろう!」









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