僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
ホテルのエントランスにトラックで突撃する。
黒いトラックの近くでいったん合流した。
ドアには江戸橋運送なる会社名が入っている。むき出しの荷台には何も荷物は乗っていない。どこかに荷を下ろした後なのか、魔獣がかっさらって行ったのか。
「どうする?」
「風戸君、これ動かして。これで行こう」
都笠さんが運転席のドアを開けながら言う。
「これで強行突入?」
「ええ」
間近で改めて見るとトラックは結構大きい。4トントラック、というんだったかな、こういうのは。これを動かすことができるんだろうか。
管理者は階層があがるごとにだんだん大掛かりなものを動かせるようになっている。
ただ、トラックは試したことない。うまく行くか。まあやってみるしかないか。
「管理者、起動。エンジン始動」
不安もあったけど、トラックから低い音が響きエンジンが動き始めた。静かな六本木にディーゼルエンジン音が響く。
この音は完全に聞こえたようで、リザードマンの群れがこちらを向いたのが遠目に見えた。
此方を向いて何か話している、というかそんな感じだ。
「流石ね、風戸君」
都笠さんが軽く僕の肩を叩いて、高い位置にある運転席に軽やかに乗り込む。
しかしこっちはそれどころじゃなかった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ご主人様、顔色が悪いですが……」
トラックの稼働はかなり応えた。重たーい疲労感が襲ってくる。
この感覚はフロア全域の明かりをつけた時に近い。たぶんトラックというか大型車両のエンジン始動は二階層のものっぽいな
これで車を2台動かしたし、監視カメラも使った。魔法も何発か撃ったから相応に疲れている。
魔法を連発して消耗した時は、深酒をした時のような感じで、意識ははっきりしてるんだけど、気だるくなって、体が重くなり頭の回転も鈍ってる感じがする。
風邪で熱があるときの感じにも似てるかもしれない。
「悪いけど荷台に乗って」
都笠さんが運転席から声を掛けてくる。
「ジェム、一個使うよ」
一言断りを入れて、袋から取り出したパワージェムを飲む。やわらかいゼリーとかグミの様な触感だ。
ゲームでは最後まで貴重な回復アイテムをケチるタイプだったけど、自分の命がかかってる状態では、アイテムを惜しんで死ぬのは遠慮しておきたい。
飲み込むと、一瞬の間があって体の内側からふっと浮くような温かい感触がした。ぼんやりしていた頭が急激にすっきりする。気だる気分もなくなり、さわやかな朝のような感じになる。
これは便利だけど……なんかやばいクスリ飲んでるようだな。
「これに乗ればいいのかね?そもそもこれは何だね?」
「乗ってください。説明はまた後で」
リザードマンが何体かこっちに向かってくる。
ライエルさんが荷台によじ登った。僕もそれに続く。先の上ったセリエがユーカを引っ張り上げた。
アクセルを噴かしたらしく、エンジン音が一瞬大きくなった。
「ああ、そういえば。これ、貸しておくね」
キャビンの後ろの窓越しの都笠さんが渡してくれたのは、さっきも使った丸い手榴弾だった。しかも3個も。
「貸しとくって……」
「役に立つでしょ、それ。
大丈夫よ、ピンを抜かない限りまず爆発したりしないから。ポケットにでも入れておいて」
気軽に言ってくれるな。
確かに強い武器なのは分かるんだけど。大丈夫と言われても、僕みたいな素人で手榴弾をジャケットのポケットに入れておいて平気なんて奴はいないと思う。
とりあえず受け取ってポケットに入れておく。
「じゃ、準備はいい?突っ込むわよ」
「本気で行くの?」
「時間ないでしょ。まさか、撥ねるのは可哀そうだから一体ずつ倒すとか言うわけ?」
なんというか過激すぎる発言ではあるけど。でも確かに魔獣相手に運転マナーを語ってもしょうがないか。それに今は手段を選んでいる時間は無い。
「……了解。セリエ、ユーカ、ライエルさん。しっかりつかまってて」
「なんだね、これは?説明してくれ」
「馬車みたいなもんです。これで突っ込みます。少しでも前によって」
今は細かい説明をしている暇はない。キャビンの後ろに近寄って、フレームを掴む
しかしトラックで高級ホテルのロビーに突撃とは、いったいどこのテロリストだって感じだ。
ディーゼルエンジンがうなりをあげた。トラックの大きな車体がゆっくり動き出し、一気に加速していく。
「おお、なんだこれは?」
自動車に乗るのは初体験なライエルさんが驚いた声を上げて、荷台の枠につかまった。
入り口前の群れからこちらに向かってきたリザードマンを、加速したトラックが容赦なく跳ね飛ばす。リザードマンも人間よりは大きくて体格もいいけど、加速したトラックを止めることはできない。
トラックが縁石を乗り越えてバウンドする。そのまま轟音を立てて走り、ロータリーの植え込みをなぎ倒した。
入り口前に群れを成していたリザードマンがトラックに蹴散らされる。跳ね飛ばされたリザードマンの体が黒い渦に吸い込まれコアクリスタルが散らばった。
ホテルのガラスのエントランスが間近まで迫る。ブレーキを踏んだのか、タイヤがタイルと擦れ合って音を立てる。
「顔を覆って!姿勢を低くして!」
ユーカを抱き寄せて、顔を覆って息を詰める。セリエが頭を抱えるようにして荷台に伏せたのが見える。
一瞬の後にガラスが砕ける音がして、ガラスの破片が荷台に降り注いだ。
◆
つんのめるようにしてトラックが止まった。
目を開ける。セリエもライエルさんも無事だ。運転席のドアが開いて都笠さんが銃を構えて降りてくるのが見えた。
「みんな、降りて!」
僕もトラックの荷台から飛び降りる。ガラスの破片が靴の下でかちゃかちゃと音を立てる。転んだら大変なことになりそうだ。
「何が何だかわからんが、塔の廃墟の戦車のようなものなのだな、これは」
ライエルさんも軽やかに飛び降りる。鎧が重そうだけど身のこなしは軽い。
右手には蔦のような文様入りの長めの戦斧が握られている。左手には手の甲から手首を覆うような銀の籠手のようなものをつけていた。これもスロット武器なのかな。
カメラで見た通り、ロビーは吹き抜けになっている。窓から入ってきてる西日が豪華なホールを照らしていた。
窓から明かりは入ってきているけど薄暗い。夕方、というのもあるけど、そもそも電気をつけて明かりをとるのが前提の建物なんだから当然といえば当然だ。
そして、カメラで見た通り、大きな蛇のような影がホールのど真ん中に陣取っていた。窓から差し込む光が逆光になっていて姿が見えにくい。
電気をつけるか?正体不明の敵と戦うのは不利、そして暗い中で戦うのは二重の不利だ。幸いさっき飲んだジェムのおかげで気力はある。
「【光よ、正しきものの行く道を照らしたまえ】」
管理者を使うより早く、ライエルさんの声が上がり、眩く輝く光の球がふわりと浮かび上がった。
ホールの天井のシャンデリアにあたりで止まってホールを照らす。
ちょうどスポットライトのように上から降り注ぐ光に照らされて、広いホールのの真ん中にいたのは、やっぱり巨大な蛇だった。
◆
青みがかった黒い鱗に覆われた蛇が、ホール中央に柱のようにそそり立っている。黄色っぽい背びれが生えていた。
ていうか、デカい。今まで戦ったアラクネより、デュラハンより、ワイバーンより。
頭を持ち上げた鎌首が吹き抜けの3階を超えて天井近くまで届いている。魔獣というよりここまでいくと怪獣だ。
解像度の低い監視カメラではわからなかったけど、背中に小さな蝙蝠のような翼がついている。あれじゃ飛べないだろうけど。こいつ蛇ではなくて竜族なんだろうか。
しかし、新宿ではやたらと蜘蛛の魔獣であるアラクネとぶつかったけど。六本木は竜を引き寄せるなにかがあるんだろうか……
そして、ちょうど蛇の顔のある3階の吹き抜けの通路。そこには白いマントを羽織った男の子と、ちょっと背の高めの女の子がいた。
こっちを見ているのが分かる。表情までは分からないけど。
「若ぁ!」
ライエルさんが大声で叫ぶ。
「ライエルか!」
「ご無事で何よりです!」
巨大な顔がこちらを一瞥した。
角とかは控えめで、顔はどっちかというと竜というより蛇を思わせる。黄色く輝く目がこちらをにらみ、そのまま回廊の方に向き直った。
無視する気か?
「かかってこい!俺は逃げも隠れもせんぞ!」
「若!お下がりください!」
ゼーヴェンさんが剣らしき武器を構える。勇ましいのは結構だけど、今は逃げてくれ、と思った瞬間。
蛇の口が大きく開いた。
「危ない!」
「若!」
蛇が壁に突っ込むかのような勢いで吹き抜けの回廊に噛みつく。
壁から煙がもうもうと吹きあがり、金属やガラスが砕ける音が響く。壁を飾っていた木の板やガラスの破片がキラキラと落ちてくる。
「若!」
「大丈夫だ!」
ガラガラと瓦礫が落ちる音の中から声が聞こえた。どうにか避けてくれたらしい。
「あたしたちを無視してるんじゃないわよ、この!」
都笠さんが89式の引き金を引く。乾いた銃声がホールに立て続けに響き火線が飛び、蛇の顔にあたって火花が飛び散る、が。
「くそ。この距離じゃだめだわ」
悔し気に言って都笠さんが銃を下ろす。
普通の人間なら十分な威力のある自衛隊のライフルも、この距離じゃ魔獣の鱗を貫けないらしい。
蛇の顔がうざったそうにこちらを一睨みした。
「若!今参りますぞ!」
ライエルさんが叫ぶ。と同時に、ガシャンというガラスが割れる音と何かが倒れる音がした。
見ると、蛇の胴体が陣取っている、一段低いすり鉢の様になっているラウンジで、豪華な椅子が吹っ飛ばされたように宙を舞った。
音を立てて机やいすをなぎ倒しながら何か大きなものがこっちに迫ってくる。蛇の尻尾か?
「ちっ、来い!」
「相手になるぞ!」
銃を構えて前に出る。戦斧を構えたライエルさんが僕の横に並んだ。
少し沈んだラウンジから尻尾の先端がバウンドするように飛び出してきて、上から押し潰すかのように襲ってきた。
いつも通り、動きはスローに見える。落ち着いて迎え撃てば大丈夫だ。銃を握る手に力を込めて、銃身を後ろに振りかぶる。
と、その瞬間。突然視界が真っ赤なものに埋め尽くされた。
「え?」
何が起きたか一瞬分からなかったけど、その赤いものがまるで僕を飲み込もうとするかのように閉じてきたのはわかった。
慌てて銃を縦に構える。閉じてきた何かに銃剣の切っ先が突き刺さった。上から押し潰すように銃剣に重さがのしかかる。
「なんだ、このやろ!」
銃剣を切り裂くように横に薙ぎ払う。それと同時に硬い音が響き、赤い何かに占められていた視界が元に戻った。
「大丈夫か、スミト殿」
「ええ、ありがとう」
ライエルさんが戦斧を構えながら言う。
蛇の尻尾が血をまき散らしながらずるずると一度ラウンジのほうに下がり鎌首を持ち上げた。
尻尾と思っていたけど、そうじゃなかった。尻尾の先にもう一つ蛇の顔がある。さっきのあれは口を開けた時の口の中か。
これも双頭の蛇と言っていいのだろうか。黄色い目が僕らを見下ろし、威嚇するように口を大きく開く。
「……アンフィスバエナか」
ライエルさんがつぶやいた。
聞いたことがない魔獣だけど、かなりの難敵なのはその反応を見て分かった。というか、これだけデカけりゃその時点で難敵なんだけど。
「……竜族ではありませんが、酸の毒を持っていると聞きます。ご注意ください」
セリエが警告を発する。
半開きになった口と顎の横から血のような紫色の液体が滴り、ホールの床から白い煙が上がった。
口には刀のような長い牙が見える。人間位なら一呑みって感じだな
もう一方の顔はまだゼーヴェンさんを狙っている。さっきの様子じゃ、はやく援護に行かないと危ない。
ドアには江戸橋運送なる会社名が入っている。むき出しの荷台には何も荷物は乗っていない。どこかに荷を下ろした後なのか、魔獣がかっさらって行ったのか。
「どうする?」
「風戸君、これ動かして。これで行こう」
都笠さんが運転席のドアを開けながら言う。
「これで強行突入?」
「ええ」
間近で改めて見るとトラックは結構大きい。4トントラック、というんだったかな、こういうのは。これを動かすことができるんだろうか。
管理者は階層があがるごとにだんだん大掛かりなものを動かせるようになっている。
ただ、トラックは試したことない。うまく行くか。まあやってみるしかないか。
「管理者、起動。エンジン始動」
不安もあったけど、トラックから低い音が響きエンジンが動き始めた。静かな六本木にディーゼルエンジン音が響く。
この音は完全に聞こえたようで、リザードマンの群れがこちらを向いたのが遠目に見えた。
此方を向いて何か話している、というかそんな感じだ。
「流石ね、風戸君」
都笠さんが軽く僕の肩を叩いて、高い位置にある運転席に軽やかに乗り込む。
しかしこっちはそれどころじゃなかった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ご主人様、顔色が悪いですが……」
トラックの稼働はかなり応えた。重たーい疲労感が襲ってくる。
この感覚はフロア全域の明かりをつけた時に近い。たぶんトラックというか大型車両のエンジン始動は二階層のものっぽいな
これで車を2台動かしたし、監視カメラも使った。魔法も何発か撃ったから相応に疲れている。
魔法を連発して消耗した時は、深酒をした時のような感じで、意識ははっきりしてるんだけど、気だるくなって、体が重くなり頭の回転も鈍ってる感じがする。
風邪で熱があるときの感じにも似てるかもしれない。
「悪いけど荷台に乗って」
都笠さんが運転席から声を掛けてくる。
「ジェム、一個使うよ」
一言断りを入れて、袋から取り出したパワージェムを飲む。やわらかいゼリーとかグミの様な触感だ。
ゲームでは最後まで貴重な回復アイテムをケチるタイプだったけど、自分の命がかかってる状態では、アイテムを惜しんで死ぬのは遠慮しておきたい。
飲み込むと、一瞬の間があって体の内側からふっと浮くような温かい感触がした。ぼんやりしていた頭が急激にすっきりする。気だる気分もなくなり、さわやかな朝のような感じになる。
これは便利だけど……なんかやばいクスリ飲んでるようだな。
「これに乗ればいいのかね?そもそもこれは何だね?」
「乗ってください。説明はまた後で」
リザードマンが何体かこっちに向かってくる。
ライエルさんが荷台によじ登った。僕もそれに続く。先の上ったセリエがユーカを引っ張り上げた。
アクセルを噴かしたらしく、エンジン音が一瞬大きくなった。
「ああ、そういえば。これ、貸しておくね」
キャビンの後ろの窓越しの都笠さんが渡してくれたのは、さっきも使った丸い手榴弾だった。しかも3個も。
「貸しとくって……」
「役に立つでしょ、それ。
大丈夫よ、ピンを抜かない限りまず爆発したりしないから。ポケットにでも入れておいて」
気軽に言ってくれるな。
確かに強い武器なのは分かるんだけど。大丈夫と言われても、僕みたいな素人で手榴弾をジャケットのポケットに入れておいて平気なんて奴はいないと思う。
とりあえず受け取ってポケットに入れておく。
「じゃ、準備はいい?突っ込むわよ」
「本気で行くの?」
「時間ないでしょ。まさか、撥ねるのは可哀そうだから一体ずつ倒すとか言うわけ?」
なんというか過激すぎる発言ではあるけど。でも確かに魔獣相手に運転マナーを語ってもしょうがないか。それに今は手段を選んでいる時間は無い。
「……了解。セリエ、ユーカ、ライエルさん。しっかりつかまってて」
「なんだね、これは?説明してくれ」
「馬車みたいなもんです。これで突っ込みます。少しでも前によって」
今は細かい説明をしている暇はない。キャビンの後ろに近寄って、フレームを掴む
しかしトラックで高級ホテルのロビーに突撃とは、いったいどこのテロリストだって感じだ。
ディーゼルエンジンがうなりをあげた。トラックの大きな車体がゆっくり動き出し、一気に加速していく。
「おお、なんだこれは?」
自動車に乗るのは初体験なライエルさんが驚いた声を上げて、荷台の枠につかまった。
入り口前の群れからこちらに向かってきたリザードマンを、加速したトラックが容赦なく跳ね飛ばす。リザードマンも人間よりは大きくて体格もいいけど、加速したトラックを止めることはできない。
トラックが縁石を乗り越えてバウンドする。そのまま轟音を立てて走り、ロータリーの植え込みをなぎ倒した。
入り口前に群れを成していたリザードマンがトラックに蹴散らされる。跳ね飛ばされたリザードマンの体が黒い渦に吸い込まれコアクリスタルが散らばった。
ホテルのガラスのエントランスが間近まで迫る。ブレーキを踏んだのか、タイヤがタイルと擦れ合って音を立てる。
「顔を覆って!姿勢を低くして!」
ユーカを抱き寄せて、顔を覆って息を詰める。セリエが頭を抱えるようにして荷台に伏せたのが見える。
一瞬の後にガラスが砕ける音がして、ガラスの破片が荷台に降り注いだ。
◆
つんのめるようにしてトラックが止まった。
目を開ける。セリエもライエルさんも無事だ。運転席のドアが開いて都笠さんが銃を構えて降りてくるのが見えた。
「みんな、降りて!」
僕もトラックの荷台から飛び降りる。ガラスの破片が靴の下でかちゃかちゃと音を立てる。転んだら大変なことになりそうだ。
「何が何だかわからんが、塔の廃墟の戦車のようなものなのだな、これは」
ライエルさんも軽やかに飛び降りる。鎧が重そうだけど身のこなしは軽い。
右手には蔦のような文様入りの長めの戦斧が握られている。左手には手の甲から手首を覆うような銀の籠手のようなものをつけていた。これもスロット武器なのかな。
カメラで見た通り、ロビーは吹き抜けになっている。窓から入ってきてる西日が豪華なホールを照らしていた。
窓から明かりは入ってきているけど薄暗い。夕方、というのもあるけど、そもそも電気をつけて明かりをとるのが前提の建物なんだから当然といえば当然だ。
そして、カメラで見た通り、大きな蛇のような影がホールのど真ん中に陣取っていた。窓から差し込む光が逆光になっていて姿が見えにくい。
電気をつけるか?正体不明の敵と戦うのは不利、そして暗い中で戦うのは二重の不利だ。幸いさっき飲んだジェムのおかげで気力はある。
「【光よ、正しきものの行く道を照らしたまえ】」
管理者を使うより早く、ライエルさんの声が上がり、眩く輝く光の球がふわりと浮かび上がった。
ホールの天井のシャンデリアにあたりで止まってホールを照らす。
ちょうどスポットライトのように上から降り注ぐ光に照らされて、広いホールのの真ん中にいたのは、やっぱり巨大な蛇だった。
◆
青みがかった黒い鱗に覆われた蛇が、ホール中央に柱のようにそそり立っている。黄色っぽい背びれが生えていた。
ていうか、デカい。今まで戦ったアラクネより、デュラハンより、ワイバーンより。
頭を持ち上げた鎌首が吹き抜けの3階を超えて天井近くまで届いている。魔獣というよりここまでいくと怪獣だ。
解像度の低い監視カメラではわからなかったけど、背中に小さな蝙蝠のような翼がついている。あれじゃ飛べないだろうけど。こいつ蛇ではなくて竜族なんだろうか。
しかし、新宿ではやたらと蜘蛛の魔獣であるアラクネとぶつかったけど。六本木は竜を引き寄せるなにかがあるんだろうか……
そして、ちょうど蛇の顔のある3階の吹き抜けの通路。そこには白いマントを羽織った男の子と、ちょっと背の高めの女の子がいた。
こっちを見ているのが分かる。表情までは分からないけど。
「若ぁ!」
ライエルさんが大声で叫ぶ。
「ライエルか!」
「ご無事で何よりです!」
巨大な顔がこちらを一瞥した。
角とかは控えめで、顔はどっちかというと竜というより蛇を思わせる。黄色く輝く目がこちらをにらみ、そのまま回廊の方に向き直った。
無視する気か?
「かかってこい!俺は逃げも隠れもせんぞ!」
「若!お下がりください!」
ゼーヴェンさんが剣らしき武器を構える。勇ましいのは結構だけど、今は逃げてくれ、と思った瞬間。
蛇の口が大きく開いた。
「危ない!」
「若!」
蛇が壁に突っ込むかのような勢いで吹き抜けの回廊に噛みつく。
壁から煙がもうもうと吹きあがり、金属やガラスが砕ける音が響く。壁を飾っていた木の板やガラスの破片がキラキラと落ちてくる。
「若!」
「大丈夫だ!」
ガラガラと瓦礫が落ちる音の中から声が聞こえた。どうにか避けてくれたらしい。
「あたしたちを無視してるんじゃないわよ、この!」
都笠さんが89式の引き金を引く。乾いた銃声がホールに立て続けに響き火線が飛び、蛇の顔にあたって火花が飛び散る、が。
「くそ。この距離じゃだめだわ」
悔し気に言って都笠さんが銃を下ろす。
普通の人間なら十分な威力のある自衛隊のライフルも、この距離じゃ魔獣の鱗を貫けないらしい。
蛇の顔がうざったそうにこちらを一睨みした。
「若!今参りますぞ!」
ライエルさんが叫ぶ。と同時に、ガシャンというガラスが割れる音と何かが倒れる音がした。
見ると、蛇の胴体が陣取っている、一段低いすり鉢の様になっているラウンジで、豪華な椅子が吹っ飛ばされたように宙を舞った。
音を立てて机やいすをなぎ倒しながら何か大きなものがこっちに迫ってくる。蛇の尻尾か?
「ちっ、来い!」
「相手になるぞ!」
銃を構えて前に出る。戦斧を構えたライエルさんが僕の横に並んだ。
少し沈んだラウンジから尻尾の先端がバウンドするように飛び出してきて、上から押し潰すかのように襲ってきた。
いつも通り、動きはスローに見える。落ち着いて迎え撃てば大丈夫だ。銃を握る手に力を込めて、銃身を後ろに振りかぶる。
と、その瞬間。突然視界が真っ赤なものに埋め尽くされた。
「え?」
何が起きたか一瞬分からなかったけど、その赤いものがまるで僕を飲み込もうとするかのように閉じてきたのはわかった。
慌てて銃を縦に構える。閉じてきた何かに銃剣の切っ先が突き刺さった。上から押し潰すように銃剣に重さがのしかかる。
「なんだ、このやろ!」
銃剣を切り裂くように横に薙ぎ払う。それと同時に硬い音が響き、赤い何かに占められていた視界が元に戻った。
「大丈夫か、スミト殿」
「ええ、ありがとう」
ライエルさんが戦斧を構えながら言う。
蛇の尻尾が血をまき散らしながらずるずると一度ラウンジのほうに下がり鎌首を持ち上げた。
尻尾と思っていたけど、そうじゃなかった。尻尾の先にもう一つ蛇の顔がある。さっきのあれは口を開けた時の口の中か。
これも双頭の蛇と言っていいのだろうか。黄色い目が僕らを見下ろし、威嚇するように口を大きく開く。
「……アンフィスバエナか」
ライエルさんがつぶやいた。
聞いたことがない魔獣だけど、かなりの難敵なのはその反応を見て分かった。というか、これだけデカけりゃその時点で難敵なんだけど。
「……竜族ではありませんが、酸の毒を持っていると聞きます。ご注意ください」
セリエが警告を発する。
半開きになった口と顎の横から血のような紫色の液体が滴り、ホールの床から白い煙が上がった。
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