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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

谷町ジャンクションの近くで遭難者を発見する。

 しばらく身をひそめていたけど、ワイバーンが舞い戻ってくる気配はなかった。
 さすがに足一本吹き飛ばしたんだからそれなりのダメージにはなってるだろう。


 そして、改めてみるとランクルもワイバーンに負けず劣らずの無残な姿になっていた。
 ワイバーンのしっぽに殴られてバンパーは外れていて、左右のドアは壁にこすれたりガードレールを突き破ったため、塗装はボロボロ。ライトはカバーが割れ、ミラーも片方が無くなっていた。
 僕の魔弾の射手やユーカの炎の影響だと思うけど、後方には焦げ跡が残っている。
 おまけに前輪はパンクしていた。多分さっき壁にこするようにして止めた時にどこかにぶつけたんだろう。


「ごめんねぇ」


 都笠さんが車に手を添えて小さくつぶやく。


「どうする?もう一台動かす?」


 まだタイヤを変えればまだ走れなくはないだろうけど、この状況ならもう一台動かす方がいい。


「でもね、意外にエンジン音が響くのがちょっとね」
「はい。ワイバーンは目も耳もとても良いので……」


 セリエが不安げに空を見上げながら言う。
 東京にいるときは周り中で聞こえるから気にもならない車のエンジン音だけど、他に車が走っていないとかなり響く。あの音がワイバーンを招き寄せたってこともあるかもしれない。


「とりあえず歩こう」
「そうね」


 ランクルをその場に残して路地をあるくと、少し広い道に出た。
 車が何台あったけど、ひっくり返ったり、タイヤがパンクしていたりと使える状態じゃなかった。何かが荒らしたんだろう。
 なんとなくワイバーンではないような気がするけど、確かなことは分からない。


 左を見ると巨大な東京ミッドタウンがそびえたっている。
 遠目に見る感じ、ガラスが何枚か割れているのが見えるけど、大きな損害はない感じだ。きっと探索すれば持って行けるものがたくさんあるだろうな、と思う。今は関係ないけど。
 右は六本木交差点だ。首都高の高架がビルの間からのぞいている。


「とりあえず、あまり開けた所にはいない方がいいよね」


 空を見上げて安全を確認して、小走りに道を走る。正面の路地に入った。
 広い道でもう一度空中から襲われたら、今度は撃退できるか怪しい。気休め程度にしかならないかもしれないけど、とりあえず開けた場所よりは狭い所を行く方がまだいい、と思う。
 建物の陰に隠れるようにして路地を歩く。


 幸い、空からの襲撃は無かったものの、一度だけ路地でゲートが開いたときには肝を冷やした。
 目の前でゲートから出てきた魔獣というと、地下鉄のトンネルで僕の左手を切ってくれた背むし猿ハンチバックと、忘れもしないデュラハンと、嫌な思い出しかない。


 今回出てきたのは、ドラゴンのようなトカゲのような顔と長い首をもち、直立したトカゲのような姿で短い槍と小型の盾を持った魔獣、リザードマンだった。
 数はそれなりにいたけど大した敵ではなく、ユーカの炎と都笠さんの銃で態勢を崩したところで僕が切り込んで片が付いた。





 とりあえず、さっきまで走っていた都道412号線と首都高の高架と平行に進むように路地を歩く。
 裏道をあるくと、今さらながら六本木の違う顔が見える気がする。


 六本木というとなんというか、都心ど真ん中、高層ビルが立ち並ぶオシャレなショッピングエリアっていうイメージだったけど。
 今歩いている裏道の方は広々とした公園があったりするし、高層ビルの谷間の路地から一つ角を曲がると、背の低いマンションが立ち並ぶ普通の住宅街になったりする。


 元の東京にいた頃にはあまりこの辺には来なかったし、来ても精々で六本木交差点のあたりでご飯を食べたりするくらいだったけど。なんというか、結構イメージと違う町なんだな、と思う。
 ただ、空が広々と見えるのは今はちょっと怖いので、ビルの谷間の方がありがたい。


 路地裏を辿っているから正確ではないけど、そろそろ谷町ジャンクションのあたりだろうかってところまで来た。谷町ジャンクションまでこれれば、目的のホテルも目の前だ。
 幸いにも今のところワイバーンが戻ってくる気配はない。


 今は都笠さんが先頭で警戒しつつ先行し、僕が殿しんがりをやっている。
 しかし気を張り詰めながら歩くってのは想像以上に神経を使う。歩いた距離は大したことないのに随分疲れた感じがある。
 空を見上げながら歩いていると、前を行くセリエの獣耳がぴくっと動いた。


「スズ様、少しお待ちください」
「どうかした?」


 都笠さんが振り向く。


「人の声が……します」
「人の声?」


 僕も耳を澄ましてみる。
 幸い周りは静かで邪魔な音は無い。ただ、そもそもこんなところに誰かいるとは思えないんだけど、と思っていたら。


「……頼む……くれ……」


 確かに静かな路地に小さく声が聞こえた。
 ホントに人がいるのか。しかし、一体こんなところに誰がいるんだ。


「……待ってくれ!」





 路地の向こうから姿をあらわしたのは、銀色に輝く胸当てのような鎧を着た男だった。赤茶けたまだら模様の白いマントを着ている。
 都笠さんが油断なく銃を構える。


「待ってくれ!頼む」


 必死の形相で手を振りながらこっちに歩いてきた。
 怪我をしているのか、杖がわりに鉄パイプのようなものを持ち、足を引きずっている。


「君たちは探索者か?」
「ええ、そうですけど」


 息を切らしながら男が聞いてくる。
 40代後半ってところだろうか。がっちりした体格で背が高い。
 オールバックにした長い金髪を背中で縛っている。目つきは優し気な感じだけど、頬に大きく縦に入った刀傷が厳つい印象を醸し出している。


「すまないが手を貸してもらいたいことがある。無論、十分な報酬は支払う」


「あの……それより、あなた誰ですか?」


 武器は持っていないし、怪我をしているから、とりあえず危険な相手ではなさそうだ。銃剣を下ろした。
 しかし、こんなところで一人でいるなんて考えられないけど。と思ったところで、あの伝文を思い出した。この人はもしかして……


「あなた、ゼーヴェンさんって人の護衛ですか?」


 そもそも、単独でこんなところをうろつく探索者がいるとは思えない、っていうのもあるけど。
 身なりが明らかに探索者の物じゃない。豪華なマントと紋章を彫り込んだ鎧、身分の高い騎士とかそんな感じだ。
 どうも図星だったようで、男が驚いたような顔をする。 


「そうだが……まさか……君たちは、ジェレミー公の遣わした救援か?」
「ええ」


 僕の言葉を聞いて、緊張で強張った顔が一気に緩む。


「助かったぞ……」
「そちらもご無事で何よりですよ」


 確か、ゼーヴェンさんとやらが消息を絶ってから3日経ったって話だった。
 ということは孤立無援のままで3日間過ごしたのか。正直言ってよく生き残ってたもんだと感心する。


「来てくれると信じていた。
私はライエル・ピレニーズ・オルランド。ゼーヴェン様の守役を務めている。
救援が来ているということは、若はご無事なのか?」
「ええ」


 今のところは、とは言わないでおいた。
 さっきの通信では弱い魔獣と交戦中らしいって話だったけど、その後の音沙汰がないのはどうなんだろう。知らせが無いのは良い知らせ、だと思いたい。
 とりあえずジェレミー公からの依頼の話だけはしておく。


「ところで、どうやってここに?ワイバーンと戦ったんですか?」


 僕の問いにライエルさんが首を振った。


「戦い、というほどではない。
私一人ではとても対抗できんよ。なんとか若の逃げる時間を稼がなくては、と思っただけだ」


 さっきのワイバーンの機動性や強さを見る限り、馬じゃまず逃げ切れないだろうし、足を止めて戦っても勝ち目はないだろう。
 時間稼ぎができただけでも十分スゴイ。


「追い詰められて浮回廊から飛び降りたら、あの鉄の箱の上に落ちてな。かろうじて死なずにすんだんだ」


 首都高から飛び降りるとは無茶をやるな。
 車の上に落ちたからいいものの、コンクリの上に落ちてたらまず助からなかったはずだ。


「で、そのあとは、手近な建物に逃げ込んで身を潜めていたのだ。
ジェレミー公は必ず救援を出してくださると思ったので、浮回廊に近くにいれば会えるのではないかと思っていた」


 疲れたというか安心したという感じで塀に体を持たれかけさせる。


「……ところで、すまないが。誰か治癒術師はいないかね」


 よく見るとマントの赤茶けた模様は血だ。
 というか、ワイバーンと単独で戦って、首都高から飛び降りてるんだから怪我してないはずない。


「あっと、失礼しました。セリエ、頼める?」
「はい、ご主人様」


 セリエが進み出て、手をかざし呪文を唱える。白い光がライエルさんを包んだ。悪かった顔色が少し良くなる。


「済まない。血止めはできたのだが、脚が折れていてね」


 ライエルさんが言いながら、足の着けていた添え木代わりの棒と紐を外す。足踏みするようにして体の具合を確かめているが問題なさそうだ。
 こちらを見ると礼儀正しい感じで頭を下げてくれた。


「改めて感謝する。助けられた。名は聞かせてもらえるか?」
「ああ、僕は風戸澄人です。こっちは鈴さんとセリエと、ユーカ」


 僕の言葉を聞いてライエルさんが考え込む。


「どうかしました?」
「君は……まさか塔の廃墟の宝石狩人ジュエルハンターか?」


 ベル君たちにもこの名前は呼ばれた気がする。何か恥ずかしい二つ名だ。
 案外有名になってて、非常に気まずい。


「まあ、そうらしいですよ」
「……君が若を救いに来てくれた、というのか……まさに百万の味方を得た思いだ」


 がっちりと握手される。
 しみじみ言われると、なんか非常に居心地が悪い。過度な期待は勘弁願いたいところだ。


「相変わらず有名だね、風間君」
「すごいね、お兄ちゃん」


 都笠さんが茶化すように言う。


「そういえば、君たちはワイバーンとは会わなかったかね?」
「ついさっきまで戦ってました。どうにか追い払いましたけど、倒してはいません」


 とりあえずさっきまで起きたことを簡単に説明する


「ワイバーンの足を吹き飛ばして撃退しただと。それは素晴らしいな。噂通りだ。
ジェレミー公も飛び切りの者を救援に出してくれたものだな」


 嬉しそうにライエルさんが頷く。
 4人で逃げながら辛うじて何とかなった、というレベルで、あれを撃退と言っていいのかは微妙ではあるんだけど。





「とりあえずさ、ジェレミーさんに連絡した方がいいんじゃない?」
「そうだね」


 都笠さんが言う。確かにこれは報告した方がいい話だろう。
 それに今のゼーヴェンさんの状況も知りたい。ポケットからレシーバーを取り出して通話ボタンを押す。


「こちらスミト。ジェレミー公、聞こえますか?」


 ノイズがスピーカーから響く。


『こちらジェレミーだ。無事か?もう公とは合流できたかね?』


 わずかな間があって返事が返ってきた。まだこの辺は通話圏内らしいけどすこしさっきより声が小さくなっている気がする。


「いえ、まだです」
『そうか……』


 あからさまに落胆したって感じの声だ。まあ無理はないけど。


「ただ、代わりにライエルさんっていう人に会いました」


『なんだと?生きていたのか?話せるかね?』
「ええ。かわりますね」


 ライエルさんにレシーバーを渡す。


「なんだね、これは?」
「ここを押して、この網の部分に向かって話してください」


「私はライエルだ……こうかね?」


 不思議そうな顔で通話ボタンを押して話す。またノイズが響き、一瞬の間があった。


『ライエルか!?』
「うわっ」


 唐突にスピーカーからジェレミー公の声が響く。ライエルさんが驚いてレシーバーを落としそうになったので、慌ててキャッチした。
 一応都笠さんも予備は持っているけど。今は落として壊れたりしたらそこらで買いなおすってわけにはいかない。


「なんだ?これは?」
「声を伝え合う塔の廃墟の魔道具です。落としたら壊れるかもしれないんで注意してください」


 注意してもう一度レシーバーを渡した。


「……ああ、すまない」


 ライエルさんがガラス細工でもあつかうよう手つきで慎重にレシーバーを受け取る。
 もう一度ボタンを押して、恐る恐るという感じでマイクに向けて話しかけた。


「……ジェレミー公ですか?」
『ライエル。無事だったか。何よりだ』


 スピーカーから聞こえる声に驚いたようだけど、今度はさすがに落とさなかった。


「ご心配をおかけしております、ジェレミー公」
『よく生きていたな。ゼーヴェン様はご無事だぞ』


 一度使い方が分かると後は特に問題なく使えるようで、普通に話し始める。なかなか順応性が高いな。


「最高の者を救援を出してくださったこと、感謝いたします」
『うむ。ゼーヴェン様は今は大事な時期であるからな……』


「その通りです。何としてでもお助けせねば」


 しばらくは真剣な話をしていたけど途中から雑談のようになっていく。無線機のすごさについて話が続き、一しきり話し終わると、満足した顔でスイッチを切った。
 話し終わっても、手の中にある小型の通信機をいろいろ触っている。
 ごっつい騎士って感じのオッサンがちいさいレシーバーをいじっているのは、なんか面白い構図だ。なんとなくスマホに乗り換えたばかりの人に似てる。


「……すばらしい。
この言葉をやり取りできる魔道具は……信じられんな。こんなものが塔の廃墟にあったとは。
これを魔法で実現できるものはおそらくガルフブルグ中を探してもそうは居るまい」


 感心した感じで言って、レシーバーを返してくれる。
 技術レベルの差を考えれば、無線通信機は文字通り魔法にしか見えないだろう。


「これは魔道具と聞いたが……どういう仕組みなのだ?何で動いているのかね?
コアクリスタルのようなものがこちらにもあったのか?」
「うーん。まあ、有ったといえばありましたけどね」


 僕らの世界の根幹を支えるエネルギーは電気と石油だ。
 コアクリスタルに一番近いのは電池だと思うけど、コアクリスタルはモンスターから奪っている、という意味では獣油に近いということもできるかもしれない。
 共通点はなくはないけど、まあやっぱり別物だよな。


「君は作れるのかね、これを。
もしできるなら、いずれガルフブルグの工房で作る指南をしてほしいのだが」
「あ、それは無理です」


 これについては即答できる。
 機械は、それを作るためには何百点もの部品の材料をそろえて加工しなければいけない。
 それに、その加工のためにはさらに工具や工作機械がいる。
 仕事柄構造は知っているし修理もできる。でも1から作れるわけじゃない。


 電話じゃないけど、いろんな人たちの整えたいろんなものの上に僕たちの生活は成り立っている。
 自転車は作っていたけど、電子機器やエンジンをガルフブルグで作るってのは……まだ相当に遠い先の話だろうと思う。











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