僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
六本木通りでワイバーンとカーチェイスする。
「ワイバーンが一体接近してきます。車を足に持っています」
伝文でもあった通り、上から車で爆撃してくるつもりらしい。
こっちの世界に来たワイバーンがそういう戦法を覚えたのか、それとも、もともと岩とかそういうのを落とすような戦い方をする程度の知性はあるのか。
「セリエ、使い魔を戻すんだ」
「……もう少し監視します。スピードを上げてワイバーンがこちらに接近中。じき追い抜かれます」
「風戸君、セリエを抑えて!ユーカちゃん、しっかりつかまってなさい!」
ランクルのエンジン音が大きくなり、スピードが上がった。
「……車を落としてきました!」
セリエの警告の声から一瞬遅れて。
進行方向の道をふさぐように、首都高の高架に落ちてきた赤いミニバンがぶち当たったのが見えた。重たい衝撃音が響き、爆弾か何かが爆発したように灰色の煙が吹き上がる。
煙の中からコンクリの破片だの壊れた防音壁の残骸だの、ドアが外れてスクラップのようになったミニバンだのが降り注いできた。
道をふさがれた。
「捕まって!」
僕等の返事を待たずに都笠さんが右にハンドルを切った。
ガードレールとぶつかる音がして車体が縦に揺れる。ガードレールをなぎ倒して強引にランクルが車線変更した。
この辺はさすが車重のあるランクルだ。左右にスライドする車体を都笠さんが立て直す。
高架の真下の道に入って周りが暗くなった。
一息ついた瞬間、同時に真横で落ちてきた車が爆発した。まばゆい炎で一瞬明るくなり、爆風にあおられてランクルが傾く。
「きゃっ」
ユーカが悲鳴を上げてしがみついてくる。
とりあえず高架下にいる分には爆撃は避けられるけど、まだ上を取られている。それに首都高の高架の上には爆弾がわりの車はたくさん転がっているだろう。
余り状況は芳しくない。
「私が囮になります」
つないだセリエの手に力がこもる。
「こちらに向かってきました。今のうちに距離を稼いてください」
セリエが眉を顰める。おそらく上空でワイバーンの注意を曳こうとしてるんだろう。
「セリエ、危ないわ。使い魔ってのを戻しなさい」
都笠さんがハンドルを握りながら叫ぶ。
「もう少しなら……大丈夫です」
「いいから戻すんだ!今すぐ!」
「はい!」
たまりかねて怒鳴りつけた。
この先何が起きるかわからないのに、こんなところで無茶したあげく怪我されちゃかなわない。
「すみません!【輩よ、わがもとに戻り羽を休めよ】」
『六本木6丁目交差点です。右折専用レーンがあります』
場違いなカーナビのアナウンスが聞こえ、開けた大きな十字路が見える。その交差点に何かが舞い降りてきた。
体の高さはちょっとしたトラックぐらいだろうか。ごつごつとした角の生えたトカゲのような顔に、紺色っぽい鱗で覆われた体。前腕は恐竜を思わせる巨大な翼になっていいる。
短めの足とこれまたトカゲのような尻尾。恐竜、というより指輪物語の映画で見たな、あんなの。
あれがワイバーンか。
「横を抜けるわ!」
突っ込んでくる僕らを威嚇するように、ワイバーンが胸をはるように大きく翼を広げる。胸板が風船のように大きく膨らんだ。
「ブレスです!」
セリエの声を聴いて司さんがハンドルを大きく切る。ランクルがスキール音をたてて横滑りした。
車体が強風にあおられたかのように揺れて、同時に後ろから轟音とガラスが砕けるような音が響いた。
「なんだ?」
リアガラス越しに、なぎ倒された信号機のポールと、無残な姿になった鉄骨が見えた。あれは……地下鉄か地下道の入り口か何かか。
太い鉄筋が何かがぶつかったように折れ曲がり、後ろのビルにはクレーターのような大きな凹みができている。何だあれ?
「エアロブレスです」
ブレスっていえば炎、と思っていたけど。空気の塊みたいなのをはいたのか。ちょっとしたキャノン砲とかのようだ。
車がワイバーンをさけるように交差点を回り込む。
フロントガラス越しに、ワイバーンが長い首を動かしてこちらを睨み体をひねるような動きをするのが見えた。
「捕まって!」
都笠さんの声が響くと同時にガシャンと音がして車が揺れた。
「なんだ?」
「しっぽで殴られたわ」
ふっとんだバンパーが交差点に転がっていく。
「危ないわね、この!」
都笠さんがハンドルを左右にきってギアを入れ替える。揺れる車が辛うじて立ち直った。
ランクルが植え込みを強引に乗り越えてワイバーンの横をかいくぐった。
態勢を立て直したランクルがそのまま六本木通りに戻った。そのまま六本木交差点の方に向けて走る。
後ろを見ると、ワイバーンが翼を羽ばたかせて飛び上がった。地面すれすれを滑空するように追いかけてくる
「追いかけてくる!」
「そっちで何とかして!」
止まっている車を縫うように、2車線道路をランクルが駆け抜ける。
「了解!ユーカ、頼むよ」
「うん、お兄ちゃん!」
後部座席を乗り越えて後ろのハッチバックをけり開ける。
左右に開いた向こうにはもうワイバーンの巨体が迫っていた。速い。
こっちもかなりのスピードで走ってるはずなのにもうここまで距離が詰められたのか。ぎらつく目が迫ってくる。口から巨大な牙と滴る唾液が見える。
座った姿勢で膝で銃を支え狙いをつける。が、頭が動く上に車が左右に揺れて狙いにくい。
「【貫け、魔弾の射手!】」
狙いをきっちりつけたかっったけど、もう牙は間近。これ以上近寄らせるのは危険だ
引き金を引く。
至近距離から黒い弾丸が飛ぶが。着弾の瞬間顔を逸らされた。肩に弾丸が当たり、赤茶けた感じの血が噴き出す。
悲鳴が上がりワイバーンの姿勢が崩れた。
「よし!」
硬そうな鱗を纏っているけど、僕の銃でも貫通できないほどじゃない。
翼の先端や足が地面に付いた。コンクリの破片が飛び散り街路樹がへし折れた。ワイバーンが失速する。
「【大っ嫌い!!あっち行って!】」
僕の横でユーカがフランベルジュを突き出す。炎を象った刀身から赤い炎が噴き出し、切っ先からバスケットボールくらいの炎の塊が飛んだ。
動きがとまったワイバーンにぶちあたる。
吹き上がった火がワイバーンの上半身を包み込んだ。流石にこれは効いただろ。
叫び声が上がりワイバーンが炎を振り払うように上空に真っすぐ飛び上がる。はるか上から咆哮が聞こえた。あれは悲鳴っていうより……
「怒らせたっぽいかな」
怒りの咆哮だろう、どっちかというと。
ハッチバックから身を乗り出して上空を見ると、ワイバーンが旋回して、そのまま真上から急降下して来るのが見えた。
「ユーカ、座席につかまって。都笠さんスピード出して!上から来てる」
「了解!」
ガツンとはじかれたようにランクルがさらに加速する。
地面すれすれまで降下したワイバーンの爪が、今走り抜けた道のコンクリートを削りとった。もう少し遅かったら……車ごと持ち上げられてたかもしれない。
「【貫け!魔弾の射手】!」
引き金を引く。ワイバーンが羽ばたき、一瞬で上空に飛び上がった。弾は地面をえぐっただけだった。
デカい図体してるのにとんでもない機動性、僕の目から見ても相当な速さだ
高架の下をすり抜けるように飛んだワイバーンがまたランクルの後ろに張り付く。
「銃、貸そうか?」
都笠さんが聞いてくる。僕の魔法は連射は効かないから動き回る相手にあてるのは結構面倒だけど。
「いや、いい」
見よう見まねで実銃を打っても、ど素人の僕の弾が当たるとは思えないし。
落っことしたりしたらシャレにならない
「じゃあこれ使っていいよ。解放!」
後部座席にころころと転がってきたのは卵のような形の手榴弾だった。
「使い方わかるよね?」
「わかるっていうか……映画と同じでいいの?」
まあこれなら僕でも使えそうではあるけど。初めて持った手榴弾はずっしりと重い。
「同じだけど、ピンを抜いたら迷っちゃだめよ。映画みたいに間を取ったりとかしないで」
「OK!」
玄人ぶって自爆とかしたんじゃあまりにも間抜けだ。
魔獣と戦って全滅っていうなら諦めもつかなくはないけど、手榴弾で自爆では笑い話にもならない。
翼を羽ばたかせてワイバーンが突っ込んでくる。
タイミングを取って手榴弾二つからピンを引き抜く。抜いてすぐ、ワイバーンの鼻先に置くような感覚で手りゅう弾を投げた。
一瞬の間があって轟音が響いて爆発が起きる。
映画ではこれで死んでくれたりするけど。煙の中からワイバーンが飛び出してきた
顔の鱗に傷が入って口元から血が流れている。全然効果がなかったわけではなさそうだけど、大したダメージはなさそうだ。
顔や体にはさっきのやけどっぽい傷も見えるけど、動きに鈍った様子はない。現実は映画のように甘くない。
ワイバーンが口を大きく開けて怪獣のような咆哮を上げた。肌がびりびりと震える。口の中に並んだサメのような巨大な牙がおっかない。
「左の路地に入るわ!」
「わかった!」
「しっかりつかまってて!」
フルブレーキが踏まれてランクルがつんのめるようにスピードを落とした。
一瞬でほぼ90度方向転換し、そのまま車2台分の幅もない狭い路地に駆け込む。僕にはとても真似できない。
さすがにこの方向転換には着いてこれなかったらしい。ワイバーンが大きく羽ばたいて上空に上っていくのが見えた。
雑居ビルの谷間の細長い路地、置き去りにされたゴミ箱や自転車を跳ね飛ばしてランクルが走る。
ここなら翼を広げるスペースはないし電線も邪魔になる。ワイバーンが空中で大きく旋回した。
諦めたか?と思ったけど。短く咆哮をあげて翼をたたんで急降下してきた。狙った獲物は逃さないってことか。
だけど、今度はこっちに向けて真っすぐ急降下してきている。ビルの谷間に入ればさすがに急上昇も横に飛ぶこともできまい。
帰り道のことを考えれば……こことで落としておけるなら、その方がいい。
ハッチバックのギリギリに座って銃を構える。
上空から墜落するかのような猛スピードでワイバーンが迫ってくる。今度は外さない。
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王、ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる!】」
呪文を唱えて降下してくるワイバーンに狙いを定める。
「【大っ嫌い!】」
ユーカが声を上げ、フランベルジュが赤い炎に包まれた。
「【全部!燃えちゃえ!】」
まるで壁のように、狭い路地に巨大な火柱が吹き上がった。ユーカの攻撃拡張だ。
急降下して来たワイバーンが壁に突っ込み、真下から炎に煽られる。悲鳴が上がる。上昇気流に巻き込まれたのか、動きが止まった。
くたばれ。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
狙いすました赤い光弾が飛びワイバーンに命中した。
真っ赤な火球が膨らみ爆発音が轟く。雑居ビルにつけらえたお店の看板が吹き飛び、ガラスが砕け散る。電柱からちぎれた電線が蛇のように地面にぶつかり波打った。
車が揺れ左右に滑り、壁に車体がこすれる。転げ落ちそうになったユーカの手を取り、サイドバーにつかまって体を支える
「ありがとう、お兄ちゃん」
「止めるわ!」
都笠さんの声が聞こえる、ガリガリと車体が壁にこすれる音がして、ランクルが止まった。
慌てて外に出る。あれの直撃を受けいるんだから無事ではすまないと思うだけど。
まだ倒せたとは限らない。油断はできない
「死んだ?」
「どうかな……」
89式小銃を構えた都笠さんと、ブラシを構えたセリエも降りてくる。
炎と煙で様子がよくわからない。死んでくれていればいいな、と思ったけど。いつもの黒い渦が出ない、ということは……たぶん。
その時、すさまじい咆哮が上がった。煙が風に吹き飛ばされるように晴れ、翼を羽ばたかせたワイバーンのが巨体が空中に舞い上がる。
慌てて都笠さんが引き金を引くけど、何発かがかすめただけだった。
見上げると……血を巻き散らしながらワイバーンが一気に飛び上がっていった。片足がえぐられたように無くなっている。
遠目にも翼に傷があったり、角が折れたりしているのは見えるけど、とどめにはなってない。芯ではなくて、脚にあたったのか。
ワイバーンがぐるりと上空を旋回して、咆哮を上げてヒルズの方に飛び去って行った。
羽ばたき音が遠ざかり、辺りに静寂が戻る……とりあえず何とかしのげたようだけど。
「助かったわねぇ」
さすがの都笠さんもちょっと顔が青い。セリエが安心したようにため息をついた。
◆
できれば一休みしたいところだったけど、息をつく間もなく、レシーバーの呼び出し音が静寂を破った。
ポケットから出して受信ボタンを押す。
「はい、こちらスミトです」
「ジェレミーだ。聞こえているか?」
「ええ、なんとか」
「そちらは今どのあたりだ?」
この路地を辿れば六本木交差点のあたりだろう……あの辺は美味しいイタリアンがあったんだよなぁ。バジルソースのパスタが食べたい、とどうでもいいことを考えてしまう。
まだ谷町ジャンクションまでさえ辿り着いていない。先は長い。
「今は……ワイバーンと戦ってました。目的地まではまだついていません」
「何?ドラゴンと戦ったのか?」
「ワイバーンですよ」
「……ガルフブルグでは、空を飛ぶ竜族を飛竜、飛ばないものを地竜というんです。
その上にいるのが上位古龍です」
小声でセリエが教えてくれる
「ああ、そうなんだ」
僕がパッとイメージするドラゴンと言ったら。巨大な翼をもち、火のブレスを吐き、魔法を使い知恵を持つ超強敵、という感じだけど、それは上位古龍になるのかな。
ガルフブルグのドラゴンは結構幅が広いらしい。
「……疲れているところを済まないが、今メイベルから連絡があった」
あまりいい知らせではなさそうだけど聞かないわけにはいかない。
「……はい」
「ゼーヴェン公が魔獣と交戦中らしい。さほど強力なものではないようだが……」
「……了解、なるべく急ぎます、以上」
休む間もなく、か。これはなんというか、思った以上にハードな仕事になりそうだ。
伝文でもあった通り、上から車で爆撃してくるつもりらしい。
こっちの世界に来たワイバーンがそういう戦法を覚えたのか、それとも、もともと岩とかそういうのを落とすような戦い方をする程度の知性はあるのか。
「セリエ、使い魔を戻すんだ」
「……もう少し監視します。スピードを上げてワイバーンがこちらに接近中。じき追い抜かれます」
「風戸君、セリエを抑えて!ユーカちゃん、しっかりつかまってなさい!」
ランクルのエンジン音が大きくなり、スピードが上がった。
「……車を落としてきました!」
セリエの警告の声から一瞬遅れて。
進行方向の道をふさぐように、首都高の高架に落ちてきた赤いミニバンがぶち当たったのが見えた。重たい衝撃音が響き、爆弾か何かが爆発したように灰色の煙が吹き上がる。
煙の中からコンクリの破片だの壊れた防音壁の残骸だの、ドアが外れてスクラップのようになったミニバンだのが降り注いできた。
道をふさがれた。
「捕まって!」
僕等の返事を待たずに都笠さんが右にハンドルを切った。
ガードレールとぶつかる音がして車体が縦に揺れる。ガードレールをなぎ倒して強引にランクルが車線変更した。
この辺はさすが車重のあるランクルだ。左右にスライドする車体を都笠さんが立て直す。
高架の真下の道に入って周りが暗くなった。
一息ついた瞬間、同時に真横で落ちてきた車が爆発した。まばゆい炎で一瞬明るくなり、爆風にあおられてランクルが傾く。
「きゃっ」
ユーカが悲鳴を上げてしがみついてくる。
とりあえず高架下にいる分には爆撃は避けられるけど、まだ上を取られている。それに首都高の高架の上には爆弾がわりの車はたくさん転がっているだろう。
余り状況は芳しくない。
「私が囮になります」
つないだセリエの手に力がこもる。
「こちらに向かってきました。今のうちに距離を稼いてください」
セリエが眉を顰める。おそらく上空でワイバーンの注意を曳こうとしてるんだろう。
「セリエ、危ないわ。使い魔ってのを戻しなさい」
都笠さんがハンドルを握りながら叫ぶ。
「もう少しなら……大丈夫です」
「いいから戻すんだ!今すぐ!」
「はい!」
たまりかねて怒鳴りつけた。
この先何が起きるかわからないのに、こんなところで無茶したあげく怪我されちゃかなわない。
「すみません!【輩よ、わがもとに戻り羽を休めよ】」
『六本木6丁目交差点です。右折専用レーンがあります』
場違いなカーナビのアナウンスが聞こえ、開けた大きな十字路が見える。その交差点に何かが舞い降りてきた。
体の高さはちょっとしたトラックぐらいだろうか。ごつごつとした角の生えたトカゲのような顔に、紺色っぽい鱗で覆われた体。前腕は恐竜を思わせる巨大な翼になっていいる。
短めの足とこれまたトカゲのような尻尾。恐竜、というより指輪物語の映画で見たな、あんなの。
あれがワイバーンか。
「横を抜けるわ!」
突っ込んでくる僕らを威嚇するように、ワイバーンが胸をはるように大きく翼を広げる。胸板が風船のように大きく膨らんだ。
「ブレスです!」
セリエの声を聴いて司さんがハンドルを大きく切る。ランクルがスキール音をたてて横滑りした。
車体が強風にあおられたかのように揺れて、同時に後ろから轟音とガラスが砕けるような音が響いた。
「なんだ?」
リアガラス越しに、なぎ倒された信号機のポールと、無残な姿になった鉄骨が見えた。あれは……地下鉄か地下道の入り口か何かか。
太い鉄筋が何かがぶつかったように折れ曲がり、後ろのビルにはクレーターのような大きな凹みができている。何だあれ?
「エアロブレスです」
ブレスっていえば炎、と思っていたけど。空気の塊みたいなのをはいたのか。ちょっとしたキャノン砲とかのようだ。
車がワイバーンをさけるように交差点を回り込む。
フロントガラス越しに、ワイバーンが長い首を動かしてこちらを睨み体をひねるような動きをするのが見えた。
「捕まって!」
都笠さんの声が響くと同時にガシャンと音がして車が揺れた。
「なんだ?」
「しっぽで殴られたわ」
ふっとんだバンパーが交差点に転がっていく。
「危ないわね、この!」
都笠さんがハンドルを左右にきってギアを入れ替える。揺れる車が辛うじて立ち直った。
ランクルが植え込みを強引に乗り越えてワイバーンの横をかいくぐった。
態勢を立て直したランクルがそのまま六本木通りに戻った。そのまま六本木交差点の方に向けて走る。
後ろを見ると、ワイバーンが翼を羽ばたかせて飛び上がった。地面すれすれを滑空するように追いかけてくる
「追いかけてくる!」
「そっちで何とかして!」
止まっている車を縫うように、2車線道路をランクルが駆け抜ける。
「了解!ユーカ、頼むよ」
「うん、お兄ちゃん!」
後部座席を乗り越えて後ろのハッチバックをけり開ける。
左右に開いた向こうにはもうワイバーンの巨体が迫っていた。速い。
こっちもかなりのスピードで走ってるはずなのにもうここまで距離が詰められたのか。ぎらつく目が迫ってくる。口から巨大な牙と滴る唾液が見える。
座った姿勢で膝で銃を支え狙いをつける。が、頭が動く上に車が左右に揺れて狙いにくい。
「【貫け、魔弾の射手!】」
狙いをきっちりつけたかっったけど、もう牙は間近。これ以上近寄らせるのは危険だ
引き金を引く。
至近距離から黒い弾丸が飛ぶが。着弾の瞬間顔を逸らされた。肩に弾丸が当たり、赤茶けた感じの血が噴き出す。
悲鳴が上がりワイバーンの姿勢が崩れた。
「よし!」
硬そうな鱗を纏っているけど、僕の銃でも貫通できないほどじゃない。
翼の先端や足が地面に付いた。コンクリの破片が飛び散り街路樹がへし折れた。ワイバーンが失速する。
「【大っ嫌い!!あっち行って!】」
僕の横でユーカがフランベルジュを突き出す。炎を象った刀身から赤い炎が噴き出し、切っ先からバスケットボールくらいの炎の塊が飛んだ。
動きがとまったワイバーンにぶちあたる。
吹き上がった火がワイバーンの上半身を包み込んだ。流石にこれは効いただろ。
叫び声が上がりワイバーンが炎を振り払うように上空に真っすぐ飛び上がる。はるか上から咆哮が聞こえた。あれは悲鳴っていうより……
「怒らせたっぽいかな」
怒りの咆哮だろう、どっちかというと。
ハッチバックから身を乗り出して上空を見ると、ワイバーンが旋回して、そのまま真上から急降下して来るのが見えた。
「ユーカ、座席につかまって。都笠さんスピード出して!上から来てる」
「了解!」
ガツンとはじかれたようにランクルがさらに加速する。
地面すれすれまで降下したワイバーンの爪が、今走り抜けた道のコンクリートを削りとった。もう少し遅かったら……車ごと持ち上げられてたかもしれない。
「【貫け!魔弾の射手】!」
引き金を引く。ワイバーンが羽ばたき、一瞬で上空に飛び上がった。弾は地面をえぐっただけだった。
デカい図体してるのにとんでもない機動性、僕の目から見ても相当な速さだ
高架の下をすり抜けるように飛んだワイバーンがまたランクルの後ろに張り付く。
「銃、貸そうか?」
都笠さんが聞いてくる。僕の魔法は連射は効かないから動き回る相手にあてるのは結構面倒だけど。
「いや、いい」
見よう見まねで実銃を打っても、ど素人の僕の弾が当たるとは思えないし。
落っことしたりしたらシャレにならない
「じゃあこれ使っていいよ。解放!」
後部座席にころころと転がってきたのは卵のような形の手榴弾だった。
「使い方わかるよね?」
「わかるっていうか……映画と同じでいいの?」
まあこれなら僕でも使えそうではあるけど。初めて持った手榴弾はずっしりと重い。
「同じだけど、ピンを抜いたら迷っちゃだめよ。映画みたいに間を取ったりとかしないで」
「OK!」
玄人ぶって自爆とかしたんじゃあまりにも間抜けだ。
魔獣と戦って全滅っていうなら諦めもつかなくはないけど、手榴弾で自爆では笑い話にもならない。
翼を羽ばたかせてワイバーンが突っ込んでくる。
タイミングを取って手榴弾二つからピンを引き抜く。抜いてすぐ、ワイバーンの鼻先に置くような感覚で手りゅう弾を投げた。
一瞬の間があって轟音が響いて爆発が起きる。
映画ではこれで死んでくれたりするけど。煙の中からワイバーンが飛び出してきた
顔の鱗に傷が入って口元から血が流れている。全然効果がなかったわけではなさそうだけど、大したダメージはなさそうだ。
顔や体にはさっきのやけどっぽい傷も見えるけど、動きに鈍った様子はない。現実は映画のように甘くない。
ワイバーンが口を大きく開けて怪獣のような咆哮を上げた。肌がびりびりと震える。口の中に並んだサメのような巨大な牙がおっかない。
「左の路地に入るわ!」
「わかった!」
「しっかりつかまってて!」
フルブレーキが踏まれてランクルがつんのめるようにスピードを落とした。
一瞬でほぼ90度方向転換し、そのまま車2台分の幅もない狭い路地に駆け込む。僕にはとても真似できない。
さすがにこの方向転換には着いてこれなかったらしい。ワイバーンが大きく羽ばたいて上空に上っていくのが見えた。
雑居ビルの谷間の細長い路地、置き去りにされたゴミ箱や自転車を跳ね飛ばしてランクルが走る。
ここなら翼を広げるスペースはないし電線も邪魔になる。ワイバーンが空中で大きく旋回した。
諦めたか?と思ったけど。短く咆哮をあげて翼をたたんで急降下してきた。狙った獲物は逃さないってことか。
だけど、今度はこっちに向けて真っすぐ急降下してきている。ビルの谷間に入ればさすがに急上昇も横に飛ぶこともできまい。
帰り道のことを考えれば……こことで落としておけるなら、その方がいい。
ハッチバックのギリギリに座って銃を構える。
上空から墜落するかのような猛スピードでワイバーンが迫ってくる。今度は外さない。
「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王、ザミュエル!彼の者を生贄に捧げる!】」
呪文を唱えて降下してくるワイバーンに狙いを定める。
「【大っ嫌い!】」
ユーカが声を上げ、フランベルジュが赤い炎に包まれた。
「【全部!燃えちゃえ!】」
まるで壁のように、狭い路地に巨大な火柱が吹き上がった。ユーカの攻撃拡張だ。
急降下して来たワイバーンが壁に突っ込み、真下から炎に煽られる。悲鳴が上がる。上昇気流に巻き込まれたのか、動きが止まった。
くたばれ。
「焼き尽くせ!魔弾の射手!」
狙いすました赤い光弾が飛びワイバーンに命中した。
真っ赤な火球が膨らみ爆発音が轟く。雑居ビルにつけらえたお店の看板が吹き飛び、ガラスが砕け散る。電柱からちぎれた電線が蛇のように地面にぶつかり波打った。
車が揺れ左右に滑り、壁に車体がこすれる。転げ落ちそうになったユーカの手を取り、サイドバーにつかまって体を支える
「ありがとう、お兄ちゃん」
「止めるわ!」
都笠さんの声が聞こえる、ガリガリと車体が壁にこすれる音がして、ランクルが止まった。
慌てて外に出る。あれの直撃を受けいるんだから無事ではすまないと思うだけど。
まだ倒せたとは限らない。油断はできない
「死んだ?」
「どうかな……」
89式小銃を構えた都笠さんと、ブラシを構えたセリエも降りてくる。
炎と煙で様子がよくわからない。死んでくれていればいいな、と思ったけど。いつもの黒い渦が出ない、ということは……たぶん。
その時、すさまじい咆哮が上がった。煙が風に吹き飛ばされるように晴れ、翼を羽ばたかせたワイバーンのが巨体が空中に舞い上がる。
慌てて都笠さんが引き金を引くけど、何発かがかすめただけだった。
見上げると……血を巻き散らしながらワイバーンが一気に飛び上がっていった。片足がえぐられたように無くなっている。
遠目にも翼に傷があったり、角が折れたりしているのは見えるけど、とどめにはなってない。芯ではなくて、脚にあたったのか。
ワイバーンがぐるりと上空を旋回して、咆哮を上げてヒルズの方に飛び去って行った。
羽ばたき音が遠ざかり、辺りに静寂が戻る……とりあえず何とかしのげたようだけど。
「助かったわねぇ」
さすがの都笠さんもちょっと顔が青い。セリエが安心したようにため息をついた。
◆
できれば一休みしたいところだったけど、息をつく間もなく、レシーバーの呼び出し音が静寂を破った。
ポケットから出して受信ボタンを押す。
「はい、こちらスミトです」
「ジェレミーだ。聞こえているか?」
「ええ、なんとか」
「そちらは今どのあたりだ?」
この路地を辿れば六本木交差点のあたりだろう……あの辺は美味しいイタリアンがあったんだよなぁ。バジルソースのパスタが食べたい、とどうでもいいことを考えてしまう。
まだ谷町ジャンクションまでさえ辿り着いていない。先は長い。
「今は……ワイバーンと戦ってました。目的地まではまだついていません」
「何?ドラゴンと戦ったのか?」
「ワイバーンですよ」
「……ガルフブルグでは、空を飛ぶ竜族を飛竜、飛ばないものを地竜というんです。
その上にいるのが上位古龍です」
小声でセリエが教えてくれる
「ああ、そうなんだ」
僕がパッとイメージするドラゴンと言ったら。巨大な翼をもち、火のブレスを吐き、魔法を使い知恵を持つ超強敵、という感じだけど、それは上位古龍になるのかな。
ガルフブルグのドラゴンは結構幅が広いらしい。
「……疲れているところを済まないが、今メイベルから連絡があった」
あまりいい知らせではなさそうだけど聞かないわけにはいかない。
「……はい」
「ゼーヴェン公が魔獣と交戦中らしい。さほど強力なものではないようだが……」
「……了解、なるべく急ぎます、以上」
休む間もなく、か。これはなんというか、思った以上にハードな仕事になりそうだ。
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