僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
六本木上空より敵機来襲
方針が決まったので一旦スタバビルに戻った。
「準備はできたかね?」
「ええ、まあ」
「では、これを渡しておこう」
ジェレミー公が小さな袋を渡してくれる。
中に入っていたのは、淡く光る宝石のようなものだった。親指の先ほどのサイズで、石の中に光が明滅している
青みがかったものと赤みがかったものがそれぞれ4粒。
「なんですか、これ?」
「ヒーリングジェムとパワージェムだ
青い方は傷を癒す。赤いほうは気力を回復させる」
ゲームとかでは定番の回復アイテム的なものか。つまんでみるとグミのようにほんのり柔らかい。
「ポーション的なものですか?」
「……よく知ってるな。塔の廃墟にもポーションはあったのかね?」
ジェレミー公が聞き返してくる。マジでポーションがあるのかい。
「いや、なかったですよ」
ゲームの中では定番でした、などといってもわかるわけもない。
現代科学はおそらくほぼあらゆる点でガルフブルグよりはるかに先を言っていると思うけど。いかに現代医療でも魔法のように傷を一瞬で直すことはできないし、そんな薬を作り出すこともできない。
この点は魔法はスゴイって話だと思う。
まあ魔法は使い手を選ぶし、魔法の薬、ポーションとやらもそこまで一般的なものではないだろうから一概にどっちが優れてるとはいえないんだけど。
「これはポーションの中身を凝縮させたものだ。
ポーションは瓶が大きいから持ち運びが難しい。こちらのほうが便利だと思って用意した。
数をそろえれなかったことについては……すまない。ジェムは精製に非常に手間がかかるのだ」
「いえ、十分ですよ」
僕らの中で回復魔法を使えるのはセリエだけだ。回復手段があるのはありがたい。
「で、どうやって使うんですか?」
「飲み込んでくれ。すぐに効く」
「効果は?」
「致命傷というほどの傷でなければ、傷は即座に癒える。
強力な回復魔法をかけられる、と思えばいい。毒も消してくれるぞ」
なるほど。本当に回復アイテムだな。
ただ、以前回復魔法をかけてもらった時に分かったんだけど、傷は治るけど、痛みは取れない。飲んだら即戦線復帰、ということができるかは怪しい。過信は禁物だ。
まあ回復アイテムがあるからと言って怪我してもいいや、とは思わないけど。
「あと、済まないが、一粒はゼ―ヴェン様の物だ」
「わかりました」
救助対象がいるんだから僕等で使い切るのも問題がある。
というか、彼のいる所にたどり着く前に僕等で使い切るようじゃ、任務成功はおぼつかないだろうな。
「そういえば、伝書鳩の返事は来ましたか?」
「ああ、これだ」
ジェレミー公が見せてくれたのは、白い上質な手触りのA4サイズの便せんのようなメモ紙だった。
『現在は白亜の塔に居る。今まで見たどの城より高い塔だ。
中は美しい調度品が飾られた広いホールのようになっている。私の目から見てもこれほどの豪華なものはあまり見たことがない。
高い塔であるが上に上る扉らしきものは閉ざされていて上る方法は分からない
何度か魔獣と戦い馬を失った』
白い高いビル、というのではほとんど情報としては価値がない気がするけど、紙に手掛かりがあった。
メモ用紙の上の方に金箔のようなものでWAJインターナショナルホテルの文字が捺されていた。
確か結構な高級ホテルだ。クリスマスのイベントか何かの時にロビーにだけ入ったことが有った気がする。
「豪華なところに逃げ込んだもんだね」
ともあれ、目的地が分かったのは収穫だ。
「で、どうすればいい?」
「そこから動かないようにいってください。もし動くようならすぐ連絡を」
僕等が行くまでその場にいてもらわなくてはいけない。
携帯がない世代の先輩が言っていたけど。待ち合わせする時はお互いが動き回っていたら永遠に会えないから、どっちかがじっとしていて、片方がそこに行くようにするのが常識だった、らしい。
「わかった。すぐ伝えておこう」
◆
今は昼を少し回って2時くらい。何事もなければ、車で六本木までは大した距離じゃない。何事もなければ。
夜になる前に何とかゼーヴェン様とやらと合流したいところだ。
「じゃあ行こうか」
今回の足に選んだのは国産の傑作クロスカントリー、ランドクルーザーだ。
渋谷の近くを歩いて探し回ったら、ちょうどいいことに宮益坂から少し行った青山通りにぽつんと止まっていた。
管理者については知っている人は知っているとは言え、まだ大っぴらに使うのも微妙だから、あまり人が来ないところにあってくれて助かった。
今回はどういう風なところを走ることになるか予想がつかない。
速いだけならスポーツカー、見通しや対空攻撃のことを考えればオープンカーとかの方がいいんだろうけど。
今回はハイパワーで悪路になっても走れるほうがいいというのが都笠さんの意見だ。
「これもすごくいいんだけどさ、本当は高機動車かできれば軽装甲機動車が欲しいんだよね」
ランクルに触りながら都笠さんが言う
「魔獣が出る場所に行くにはちょっとおっかないわ」
「なにそれ?」
「自衛隊の車両。機会があったらさ、風戸君。自衛隊の駐屯地に行って車輛を取ってこようよ」
「この仕事が終わったらね」
そういえば、この人は魔獣が出る環境で奥多摩から1週間かけて新宿までの道のりを踏破しているんだっけ。改めて考えるとすごい話だ。
移動するときの困難さは僕よりはるかに知っているだろう。
しかし一番近い駐屯地ってどこだろう。市ヶ谷にあった気がするけど、そこに特殊車両はあるんだろうか。
ジェレミー公と、お付きの人らしき短めのマントに白いドレスシャツのようなものを着た人が何人か見送りに来てくれた。揃いの衣装がを着た人が多いから、あれは制服的なものかもしれない。
「その鉄の箱を動かすのかね?」
「これは鉄の箱じゃなくて自動車っていうんですよ」
「ふむ……ちょっと待ってもらえるか?おい」
ジェレミー公が目配せすると、僕よりちょっと若い感じの男の人が前に進み出てきた。
赤い短めの髪がツンツンと逆立っている。
羽織っているマントには、剣と蔦かなにかのきれいな紋章の刺繍がしてあって、腰には煌びやかな装飾の小剣をさしている。
服もワイシャツと思しき純白のシャツに金糸で刺繍がされていた。従者というより騎士とかちょっとえらい家の跡取りって感じだ。
僕を一睨みした後軽く一礼して車に手を触れる。
この人がジェレミー公の旗下で管理者を使える人なんだろう。無線機もこの人が動かすのかな。
「【遺されて眠りにつきしもの、我が声は鶏鳴。眠りから醒め、在りし日の力、我が前に示せ】」
呪文も僕と違うのがちょっと面白い。
呪文を唱え終わっても、残念ながら車はうんともすんとも言わなかった。
使い方が色々ややこしい電化製品と違って、車を動かせれば貴族とかお偉いさんの運転手とかになれそうだし、車を管理者で動かせればメリット大きいんだろうな、と思う。
「くそっ……だめです」
男が首を振って小さく舌打ちする。
ジェレミー公が手で僕に場所を譲るように指示した。悔し気な顔で僕をまた睨むと、車の前から男がどく。
「じゃあ僕がやりますけど、いいですか」
「ああ、頼む」
いつも通りに車に手を触れる
「管理者、起動。動力復旧」
僕が管理者を使うと、今まで通りエンジンがかかった。オーディオからは賑やかなロックが流れ始める。
周りで見ていたお付きの人やジェレミー公が歓声を上げる。ちょっと優越感だな。
さっきの赤髪の男が悔しそうな顔で僕を見るが……僕をそんな目で睨んでも意味ないぞ。
なんか妙に敵意を感じるけど、どこかで恨みを買っただろうか?
しかしさすがに彼の顔は見覚えがない。まあ取り合えず今はいいか。
「素晴らしい。この任務が終わったら今度こそ準騎士になってほしいのだがな」
「……考えておきますよ」
ドアを開けながらいう。中を見て今更気づいたけど、今時古風なマニュアル車だった。
「運転はあたしがやろうか?」
「マニュアルだけど大丈夫?」
「あたしを誰だと思ってるのかな?」
「誰かはしらないけど、よろしく」
僕の運転はペーパーではないってだけの、ごく普通の免許もちのレベルにすぎない。
一応免許はマニュアルでとったけど、教習所依頼運転してない。そもそも車も持ってなかったし。陸自で訓練を積んだ都笠さんにはとてもかなわないだろう。
保険やガソリン代もそうだけど駐車場の料金がバカにならない。東京で車を維持するのは結構大変なのだ。
僕とユーカは後席、セリエが助手席に座った。
「みんな、シートベルトを締めておいてね。何が出るか分かんないけど、荒っぽい運転になるかもしれないからさ。
ユーカちゃん、セリエ、ベルトの締め方わかる?」
「うん、お姉ちゃん」
「大丈夫です」
ユーカとセリエは東京で探索しているときに何度か車に乗ってるからベルトの締め方も手馴れたもんだ。
「頼むぞ。増援を派遣できるように手配しておく」
「こちらからも連絡します。なにかあったら無線で連絡してください」
「じゃあ、行くわよ」
都笠さんがギアを入れてアクセルを踏む。
ガタつくかと思ったけど、クラッチのつなぎ方も手馴れたもので、スムーズにランクルが走り始めた。
◆
閑散とした青山通りを少し走って右の路地に入った。
第3階層では権限外だったナビも働いていて、現在位置が分かる。
しばらく走ると都道412号線に合流した。この辺はまだ高架ではなく首都高は谷間のように低い位置を走っている。
トンネルを抜けたあたりから高架になった。上の視界が遮られる
窓を開けて上空を見上げるけど、今のところ特に何も見えない。
というか窓から見える範囲が狭い。箱乗りスタイルにでもしないと上空の警戒は無理か。
「セリエ、じゃあ頼めるかな?」
「はい」
まだこの辺は危険は薄いんだろうけど、偵察というか警戒は早めにして置く方がいい。
セリエが胸に手をあてて何度も深呼吸している。
「……お兄ちゃん」
セリエの様子を見ていると、隣に座っているユーカが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「あのね……セリエの手を握ってあげてほしいの」
「なんで?」
「前にも使い魔を使ってるとき、セリエ、凄く怖そうだったんだ。だから……」
いわれてみればそりゃそうか。
視界を鳥のものにするってことは高空から見下ろす視点になる。そんな視界になれている人間はいるわけがない、というか高所恐怖症ならとても使いこなせまい。
「じゃあいい?」
「えっと……よろしいでしょうか?」
前の座席の間からセリエが手を伸ばしてきた。なんというか見られてると気恥しい。
手を取ると、セリエの指が絡みつくように僕の手を握ってきた。
「ありがとうございます……じゃ、いきます」
セリエが息を吸い呪文の詠唱を始めた。きゅっと握る手がこわばる。
「【境界なき天を舞うものに請う、しばしわが輩となれ。わが耳は汝の耳、汝の眼はわが眼。斯く成せ】」
呪文が終わると、セリエの目の前に光の粒子のようなものがあつまり、白い鳩のような鳥が出来上がった。
窓からその鳥が飛び出していく。あれが使い魔か。
「……走っている車が見えます……今のところ周囲には特に気配はありません」
しばらくして、目を閉じたままセリエがあえぐように声を出す。
ちょっと息が荒い。消耗が激しい、という話だったけど。本当にそうらしい。
六本木通りを車が走る。効果とビルで上の視界は良くないけど、上空はセリエにまかせておけばいいだろう。
周りのビルはそこまで高くないけど張り出した街路樹の葉が案外じゃまだ。
街灯、電線、信号。あまり意識したことはなかったけど、改めて見ると、東京の空を遮るものは多い、
青看板がまっすぐ行けば六本木であることを知らせてくれる。ところどころに車が有ったり瓦礫で道がふさがっていたりする。
いまは左側通行を守る必要もないので、ガードレールの裂け目や交差点を使って車線を変えながら都笠さんが運転する。
ガードレールの裂け目を抜けるときはコンクリのブロックを乗り越える。車高の高いランクルにして正解だったかもしれない。
時々裂けたガードレールが車体にこすれて、がりがりと音がする。
「ああ……もったいないわ」
都笠さんが嘆き声をあげる。自分の車じゃなくても傷がつくのは嫌なもんだ。
時々六本木方面から歩いて戻ってくる探索者とすれ違う。
この辺はオフィス街かマンション街だからあまり探索しても実入りはなさそう、と思っていたけど。
応接セットらしき大きめのソファだの家具とかを馬車で運んでいた。何ともたくましいけど、引っ越し屋さんのようでなんか笑える。
皆がなんだこれ?という目でこっちを見て車の道を開けてくれる。都笠さんが軽く手を振った。
「この辺はまだ安全みたいね」
「そうだね」
馬車を持ち込めるくらいだから、この辺は封緘の効果範囲内、というか比較的安全なエリアなんだろう。今のところ、危険な兆候はない。
伝文を見る限りだと高樹町を超えるあたりからは要警戒だ。
しかし東京の探索をすると思うことだけど。いつものビル街の景色なのに、車のエンジン音も音楽も横断歩道のチャイムも聞こえないのはいつになっても慣れない。
たった一人で取り残されたってのを感じる瞬間だ、今は一人ではないのは救いか。
『青山7丁目を通過しました』
ナビがさわやかな女性の声で現在位置をアナウンスしてくれる。
首都高の案内の緑色の看板が目に付き始める。そろそろ高樹町だ。
「今のところ異常はありません」
セリエがさっきより落ち着いた声で教えてくれる。ちょっと慣れたんだろうか。
時々見かけていた探索者の姿も消え、僕等の車のエンジン音だけが響く。
周りの建物も、探索された感じはなく、ガラス越しにまだ物が残っているのが見える。
この辺はまだ探索の手が入っていないところであり、つまり魔獣がいつ出てもおかしくない危険地帯でもあるってことだ。
都笠さんがオーディオを切った。車内が静かになる。ちょっと空気が張り詰めてきた。
◆
直進している高樹町の料金所にあがるスロープが見えた。
左の道に入ってそのまま412号線を直進する。一段と張り出した首都高の高架の陰に入った。車内が少し暗くなる。
西麻生の交差点にさしかかると張り出した高架がなくなり、少しは空が広く見えるようになった。
首都高の高架の柱とビルに挟まれた細い坂道を上る。右手の方の首都高の向こうにそびえたつ六本木ヒルズが見えた。
あの伝文を見るかぎり、魔獣が襲ってきたのはこのあたりだと思うんだけど。
魔獣だっていつも出てくるわけじゃない。案外このまま行けちゃったりはしないだろうか、などと一人で考えていたら。
「あ……」
僕の手を握るセリエの手に力が入ったのが分かった。
「どうしたの?」
「大きな塔の方から……何か来ます!」
目をつむったセリエが警告を発する。何事もなくたどり着ける、なんてことはないか。
「お客様のお越しみたいね」
「流石に甘くないなぁ」
ユーカが緊張した顔で後ろを見る。
「あれは……ワイバーンです!」
「準備はできたかね?」
「ええ、まあ」
「では、これを渡しておこう」
ジェレミー公が小さな袋を渡してくれる。
中に入っていたのは、淡く光る宝石のようなものだった。親指の先ほどのサイズで、石の中に光が明滅している
青みがかったものと赤みがかったものがそれぞれ4粒。
「なんですか、これ?」
「ヒーリングジェムとパワージェムだ
青い方は傷を癒す。赤いほうは気力を回復させる」
ゲームとかでは定番の回復アイテム的なものか。つまんでみるとグミのようにほんのり柔らかい。
「ポーション的なものですか?」
「……よく知ってるな。塔の廃墟にもポーションはあったのかね?」
ジェレミー公が聞き返してくる。マジでポーションがあるのかい。
「いや、なかったですよ」
ゲームの中では定番でした、などといってもわかるわけもない。
現代科学はおそらくほぼあらゆる点でガルフブルグよりはるかに先を言っていると思うけど。いかに現代医療でも魔法のように傷を一瞬で直すことはできないし、そんな薬を作り出すこともできない。
この点は魔法はスゴイって話だと思う。
まあ魔法は使い手を選ぶし、魔法の薬、ポーションとやらもそこまで一般的なものではないだろうから一概にどっちが優れてるとはいえないんだけど。
「これはポーションの中身を凝縮させたものだ。
ポーションは瓶が大きいから持ち運びが難しい。こちらのほうが便利だと思って用意した。
数をそろえれなかったことについては……すまない。ジェムは精製に非常に手間がかかるのだ」
「いえ、十分ですよ」
僕らの中で回復魔法を使えるのはセリエだけだ。回復手段があるのはありがたい。
「で、どうやって使うんですか?」
「飲み込んでくれ。すぐに効く」
「効果は?」
「致命傷というほどの傷でなければ、傷は即座に癒える。
強力な回復魔法をかけられる、と思えばいい。毒も消してくれるぞ」
なるほど。本当に回復アイテムだな。
ただ、以前回復魔法をかけてもらった時に分かったんだけど、傷は治るけど、痛みは取れない。飲んだら即戦線復帰、ということができるかは怪しい。過信は禁物だ。
まあ回復アイテムがあるからと言って怪我してもいいや、とは思わないけど。
「あと、済まないが、一粒はゼ―ヴェン様の物だ」
「わかりました」
救助対象がいるんだから僕等で使い切るのも問題がある。
というか、彼のいる所にたどり着く前に僕等で使い切るようじゃ、任務成功はおぼつかないだろうな。
「そういえば、伝書鳩の返事は来ましたか?」
「ああ、これだ」
ジェレミー公が見せてくれたのは、白い上質な手触りのA4サイズの便せんのようなメモ紙だった。
『現在は白亜の塔に居る。今まで見たどの城より高い塔だ。
中は美しい調度品が飾られた広いホールのようになっている。私の目から見てもこれほどの豪華なものはあまり見たことがない。
高い塔であるが上に上る扉らしきものは閉ざされていて上る方法は分からない
何度か魔獣と戦い馬を失った』
白い高いビル、というのではほとんど情報としては価値がない気がするけど、紙に手掛かりがあった。
メモ用紙の上の方に金箔のようなものでWAJインターナショナルホテルの文字が捺されていた。
確か結構な高級ホテルだ。クリスマスのイベントか何かの時にロビーにだけ入ったことが有った気がする。
「豪華なところに逃げ込んだもんだね」
ともあれ、目的地が分かったのは収穫だ。
「で、どうすればいい?」
「そこから動かないようにいってください。もし動くようならすぐ連絡を」
僕等が行くまでその場にいてもらわなくてはいけない。
携帯がない世代の先輩が言っていたけど。待ち合わせする時はお互いが動き回っていたら永遠に会えないから、どっちかがじっとしていて、片方がそこに行くようにするのが常識だった、らしい。
「わかった。すぐ伝えておこう」
◆
今は昼を少し回って2時くらい。何事もなければ、車で六本木までは大した距離じゃない。何事もなければ。
夜になる前に何とかゼーヴェン様とやらと合流したいところだ。
「じゃあ行こうか」
今回の足に選んだのは国産の傑作クロスカントリー、ランドクルーザーだ。
渋谷の近くを歩いて探し回ったら、ちょうどいいことに宮益坂から少し行った青山通りにぽつんと止まっていた。
管理者については知っている人は知っているとは言え、まだ大っぴらに使うのも微妙だから、あまり人が来ないところにあってくれて助かった。
今回はどういう風なところを走ることになるか予想がつかない。
速いだけならスポーツカー、見通しや対空攻撃のことを考えればオープンカーとかの方がいいんだろうけど。
今回はハイパワーで悪路になっても走れるほうがいいというのが都笠さんの意見だ。
「これもすごくいいんだけどさ、本当は高機動車かできれば軽装甲機動車が欲しいんだよね」
ランクルに触りながら都笠さんが言う
「魔獣が出る場所に行くにはちょっとおっかないわ」
「なにそれ?」
「自衛隊の車両。機会があったらさ、風戸君。自衛隊の駐屯地に行って車輛を取ってこようよ」
「この仕事が終わったらね」
そういえば、この人は魔獣が出る環境で奥多摩から1週間かけて新宿までの道のりを踏破しているんだっけ。改めて考えるとすごい話だ。
移動するときの困難さは僕よりはるかに知っているだろう。
しかし一番近い駐屯地ってどこだろう。市ヶ谷にあった気がするけど、そこに特殊車両はあるんだろうか。
ジェレミー公と、お付きの人らしき短めのマントに白いドレスシャツのようなものを着た人が何人か見送りに来てくれた。揃いの衣装がを着た人が多いから、あれは制服的なものかもしれない。
「その鉄の箱を動かすのかね?」
「これは鉄の箱じゃなくて自動車っていうんですよ」
「ふむ……ちょっと待ってもらえるか?おい」
ジェレミー公が目配せすると、僕よりちょっと若い感じの男の人が前に進み出てきた。
赤い短めの髪がツンツンと逆立っている。
羽織っているマントには、剣と蔦かなにかのきれいな紋章の刺繍がしてあって、腰には煌びやかな装飾の小剣をさしている。
服もワイシャツと思しき純白のシャツに金糸で刺繍がされていた。従者というより騎士とかちょっとえらい家の跡取りって感じだ。
僕を一睨みした後軽く一礼して車に手を触れる。
この人がジェレミー公の旗下で管理者を使える人なんだろう。無線機もこの人が動かすのかな。
「【遺されて眠りにつきしもの、我が声は鶏鳴。眠りから醒め、在りし日の力、我が前に示せ】」
呪文も僕と違うのがちょっと面白い。
呪文を唱え終わっても、残念ながら車はうんともすんとも言わなかった。
使い方が色々ややこしい電化製品と違って、車を動かせれば貴族とかお偉いさんの運転手とかになれそうだし、車を管理者で動かせればメリット大きいんだろうな、と思う。
「くそっ……だめです」
男が首を振って小さく舌打ちする。
ジェレミー公が手で僕に場所を譲るように指示した。悔し気な顔で僕をまた睨むと、車の前から男がどく。
「じゃあ僕がやりますけど、いいですか」
「ああ、頼む」
いつも通りに車に手を触れる
「管理者、起動。動力復旧」
僕が管理者を使うと、今まで通りエンジンがかかった。オーディオからは賑やかなロックが流れ始める。
周りで見ていたお付きの人やジェレミー公が歓声を上げる。ちょっと優越感だな。
さっきの赤髪の男が悔しそうな顔で僕を見るが……僕をそんな目で睨んでも意味ないぞ。
なんか妙に敵意を感じるけど、どこかで恨みを買っただろうか?
しかしさすがに彼の顔は見覚えがない。まあ取り合えず今はいいか。
「素晴らしい。この任務が終わったら今度こそ準騎士になってほしいのだがな」
「……考えておきますよ」
ドアを開けながらいう。中を見て今更気づいたけど、今時古風なマニュアル車だった。
「運転はあたしがやろうか?」
「マニュアルだけど大丈夫?」
「あたしを誰だと思ってるのかな?」
「誰かはしらないけど、よろしく」
僕の運転はペーパーではないってだけの、ごく普通の免許もちのレベルにすぎない。
一応免許はマニュアルでとったけど、教習所依頼運転してない。そもそも車も持ってなかったし。陸自で訓練を積んだ都笠さんにはとてもかなわないだろう。
保険やガソリン代もそうだけど駐車場の料金がバカにならない。東京で車を維持するのは結構大変なのだ。
僕とユーカは後席、セリエが助手席に座った。
「みんな、シートベルトを締めておいてね。何が出るか分かんないけど、荒っぽい運転になるかもしれないからさ。
ユーカちゃん、セリエ、ベルトの締め方わかる?」
「うん、お姉ちゃん」
「大丈夫です」
ユーカとセリエは東京で探索しているときに何度か車に乗ってるからベルトの締め方も手馴れたもんだ。
「頼むぞ。増援を派遣できるように手配しておく」
「こちらからも連絡します。なにかあったら無線で連絡してください」
「じゃあ、行くわよ」
都笠さんがギアを入れてアクセルを踏む。
ガタつくかと思ったけど、クラッチのつなぎ方も手馴れたもので、スムーズにランクルが走り始めた。
◆
閑散とした青山通りを少し走って右の路地に入った。
第3階層では権限外だったナビも働いていて、現在位置が分かる。
しばらく走ると都道412号線に合流した。この辺はまだ高架ではなく首都高は谷間のように低い位置を走っている。
トンネルを抜けたあたりから高架になった。上の視界が遮られる
窓を開けて上空を見上げるけど、今のところ特に何も見えない。
というか窓から見える範囲が狭い。箱乗りスタイルにでもしないと上空の警戒は無理か。
「セリエ、じゃあ頼めるかな?」
「はい」
まだこの辺は危険は薄いんだろうけど、偵察というか警戒は早めにして置く方がいい。
セリエが胸に手をあてて何度も深呼吸している。
「……お兄ちゃん」
セリエの様子を見ていると、隣に座っているユーカが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「あのね……セリエの手を握ってあげてほしいの」
「なんで?」
「前にも使い魔を使ってるとき、セリエ、凄く怖そうだったんだ。だから……」
いわれてみればそりゃそうか。
視界を鳥のものにするってことは高空から見下ろす視点になる。そんな視界になれている人間はいるわけがない、というか高所恐怖症ならとても使いこなせまい。
「じゃあいい?」
「えっと……よろしいでしょうか?」
前の座席の間からセリエが手を伸ばしてきた。なんというか見られてると気恥しい。
手を取ると、セリエの指が絡みつくように僕の手を握ってきた。
「ありがとうございます……じゃ、いきます」
セリエが息を吸い呪文の詠唱を始めた。きゅっと握る手がこわばる。
「【境界なき天を舞うものに請う、しばしわが輩となれ。わが耳は汝の耳、汝の眼はわが眼。斯く成せ】」
呪文が終わると、セリエの目の前に光の粒子のようなものがあつまり、白い鳩のような鳥が出来上がった。
窓からその鳥が飛び出していく。あれが使い魔か。
「……走っている車が見えます……今のところ周囲には特に気配はありません」
しばらくして、目を閉じたままセリエがあえぐように声を出す。
ちょっと息が荒い。消耗が激しい、という話だったけど。本当にそうらしい。
六本木通りを車が走る。効果とビルで上の視界は良くないけど、上空はセリエにまかせておけばいいだろう。
周りのビルはそこまで高くないけど張り出した街路樹の葉が案外じゃまだ。
街灯、電線、信号。あまり意識したことはなかったけど、改めて見ると、東京の空を遮るものは多い、
青看板がまっすぐ行けば六本木であることを知らせてくれる。ところどころに車が有ったり瓦礫で道がふさがっていたりする。
いまは左側通行を守る必要もないので、ガードレールの裂け目や交差点を使って車線を変えながら都笠さんが運転する。
ガードレールの裂け目を抜けるときはコンクリのブロックを乗り越える。車高の高いランクルにして正解だったかもしれない。
時々裂けたガードレールが車体にこすれて、がりがりと音がする。
「ああ……もったいないわ」
都笠さんが嘆き声をあげる。自分の車じゃなくても傷がつくのは嫌なもんだ。
時々六本木方面から歩いて戻ってくる探索者とすれ違う。
この辺はオフィス街かマンション街だからあまり探索しても実入りはなさそう、と思っていたけど。
応接セットらしき大きめのソファだの家具とかを馬車で運んでいた。何ともたくましいけど、引っ越し屋さんのようでなんか笑える。
皆がなんだこれ?という目でこっちを見て車の道を開けてくれる。都笠さんが軽く手を振った。
「この辺はまだ安全みたいね」
「そうだね」
馬車を持ち込めるくらいだから、この辺は封緘の効果範囲内、というか比較的安全なエリアなんだろう。今のところ、危険な兆候はない。
伝文を見る限りだと高樹町を超えるあたりからは要警戒だ。
しかし東京の探索をすると思うことだけど。いつものビル街の景色なのに、車のエンジン音も音楽も横断歩道のチャイムも聞こえないのはいつになっても慣れない。
たった一人で取り残されたってのを感じる瞬間だ、今は一人ではないのは救いか。
『青山7丁目を通過しました』
ナビがさわやかな女性の声で現在位置をアナウンスしてくれる。
首都高の案内の緑色の看板が目に付き始める。そろそろ高樹町だ。
「今のところ異常はありません」
セリエがさっきより落ち着いた声で教えてくれる。ちょっと慣れたんだろうか。
時々見かけていた探索者の姿も消え、僕等の車のエンジン音だけが響く。
周りの建物も、探索された感じはなく、ガラス越しにまだ物が残っているのが見える。
この辺はまだ探索の手が入っていないところであり、つまり魔獣がいつ出てもおかしくない危険地帯でもあるってことだ。
都笠さんがオーディオを切った。車内が静かになる。ちょっと空気が張り詰めてきた。
◆
直進している高樹町の料金所にあがるスロープが見えた。
左の道に入ってそのまま412号線を直進する。一段と張り出した首都高の高架の陰に入った。車内が少し暗くなる。
西麻生の交差点にさしかかると張り出した高架がなくなり、少しは空が広く見えるようになった。
首都高の高架の柱とビルに挟まれた細い坂道を上る。右手の方の首都高の向こうにそびえたつ六本木ヒルズが見えた。
あの伝文を見るかぎり、魔獣が襲ってきたのはこのあたりだと思うんだけど。
魔獣だっていつも出てくるわけじゃない。案外このまま行けちゃったりはしないだろうか、などと一人で考えていたら。
「あ……」
僕の手を握るセリエの手に力が入ったのが分かった。
「どうしたの?」
「大きな塔の方から……何か来ます!」
目をつむったセリエが警告を発する。何事もなくたどり着ける、なんてことはないか。
「お客様のお越しみたいね」
「流石に甘くないなぁ」
ユーカが緊張した顔で後ろを見る。
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