僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
六本木でVIPの捜索を頼まれる
「今日君たちに来てもらったのはほかでもない」
かなり深刻そうな顔でジェレミー公が言った。
ここはスタバビルの2階の部屋だ。
以前会食した場所とは違う個室で、棚や立派な机や、社長が座るような大きなひじ掛け椅子がある。ジェレミー公の執務室って感じだ。
壁には杖と本と羽を意匠化した大きな紋章を染め抜いた旗が飾られている、多分オルドネス家の紋章とか何だろう。
今日は珍しいことにジェレミー公じきじきのお呼びが、サンヴェルナールの夕焼け亭までやって来た。
僕と都笠さんに用があるらしいとのことで、わざわざ渋谷まで戻ってきたわけだけど。
「なんでしょうか?」
メイドさんっぽいひとがお茶を出してくれて、そのあとは完全に人払いをされた。セリエとユーカも同席を拒まれた。
カーテンが引かれていて、部屋の中はコアクリスタルの明かりとカーテン越しに差し込んでくる明かりだけで薄暗い。カーテンを引く意味は余りないような気もするけど、気分の問題かな。
「内密に願いたいが……いいかな?」
「ええ」
お茶に誘うために呼んだ、なんてことはあるはずもない。なにか依頼があるんだろう。
この人の通行証には色々とお世話になったし、内容次第だけど受ける分には構わない。
しばらく沈黙していたジェレミー公が重い口を開いた。
「3日前のことだ。
私にとって、というかオルドネス家にとって非常に重要な方が塔の廃墟で消息を絶った。その人の捜索を君たちに頼みたい」
人探しか。
僕くらいの世代だと携帯電話があったから、人探しとか待ち合わせに苦労するなんて経験はあんまりない。
でも年配の先輩に言わせると、昔はどこで何時に待ち合わせってしてないと行き違いになって会うのが大変だったというし。今の状況では相手の携帯に電話して位置を確かめて話しながら合流、なんて手は使えない。
まさか当てもなく探索しろなんて話ではないだろうけど、結構大変かもしれない。
「手掛かりはあるんですよね」
「うむ。これだ。伝文が来ている」
ジェレミー公が取り出したのは、小さな短冊のような紙だった。
『救援を求める。
浮街道を東進中に飛行する魔獣に遭遇。空から落とされた鉄の箱に潰されサージが死亡した。そ
のまま我々は馬で逃亡した。
ライエルは我々を逃がすために戦った。生死不明。
浮回廊の交錯点を超えて地に潜る穴の直前で身を隠した。
生存者は私とメイベル』
そんな内容が、小さな紙に書きつけられていた。
「こういう状況だ」
「あのー、ちょっといいですか?」
都笠さんが口を開いた。
「なんだね?」
「……誰が届けたのかしらないけど……この手紙が来たんなら、そこに行けばいいんじゃないですか?」
都笠さんがもっともな発言をする。
どうやってこの手紙が来たのか分からないけど、届けてくれた人がいるなら、その人に案内してもらって救助隊を派遣すればいいだけな気がするんだけど。
「そういうわけにはいかんのだ」
「というと?」
「この手紙は、メイベルのスキル、伝書鳩で届けられたものだ。
どこにいるかはわからんのだ」
「なんです、それ?」
ガルフブルグのいわゆるスロットにセットするスキルってのは相当な数があるらしい。
この伝書鳩なるスキルも聞いたことがない。まあ積極的に勉強していないってのもあるけど。
「まあ言ってしまえば、術者とあらかじめ定めた場所とで伝書のやりとりをするというスキルだ。
文書を届けあうスキルだから、相手がどこにいるかまではわからんのだ」
「……メールみたいなものかな」
「……画像も送れればいいのにね」
都笠さんがいう。
確かに画像がれば場所の特定は簡単なんだけど、そもそもカメラがないから画像も何もあったものじゃない。
「なんだね、それは?」
「いえ、こっちの話です」
「それはともかく、我々にはこの文書では何が何だかわからんのだ。
君達にはわからないかね?」
言われて、改めて文書を見る。
白いコピー用紙のような紙に、ペンか何かで書いたんだろうなって感じだ。どこかの建物の中に身を潜めているんだろう。
「……浮街道ってなんですか?」
「あの橋の上の石畳の道だ。
ここの近くに上るためのスロープと門がある。知っているだろう?」
橋の上の石畳の道ってのは……首都高の高架か。たぶん渋谷料金所から首都高に上がっていったんだろう。
東進した、ということは、首都高の高架をたどって六本木方面に向かったのか。
首都高の高架はかなり高い位置にある。飛び降りると無事じゃ済まない。
それに、山の手線の高架のように駅というか料金所が頻繁にあるわけじゃない。
道に迷わないのはいいけど、万が一今回みたいに空から攻撃を仕掛けてくるモンスターがいたりすると道の横にも逃げることもできず、一本道を走らざるを得ない。
そう考えると結構危険だ。
「地図、有りますか?」
「うむ。これでいいかな?」
ジェレミー公が棚から東京のガイドマップを出してくれた。地図で首都高の路線を確かめる。
仕事をしているとき、首都高を走ることはあまりなかった。というか、渋滞だらけだし、道は複雑だしで、あまり車で走りたい場所じゃなかった。
それに、たまに走るときはナビの言うとおりに運転しているだけだった。構造を理解しているとは言い難い。
「うーん」
地図をみる限り……渋谷の次の高樹町の出口を超えると、その先は霞が関まで出口はない。
浮街道の交錯点というのは、多分谷町ジャンクションのことかな。
浮街道が交錯するところを超えた、ということは……おそらく高樹町を超えたところで襲われて、そのまま首都高を走って逃げたって感じか。
谷町ジャンクションを抜けると霞が関インターの前に地に潜る穴、というかトンネルがある。そのあたりで高速から降りたんだろう。
「こんな感じじゃないかな」
「そうね、あたしもそう思うわ……結構遠いわね」
都笠さんも同意見らしい。そう。結構遠い。
車ならすぐなんだけど、今や東京は魔獣が徘徊する危険地帯だ。
「わかりそうかね?」
「確実に正しいとは言えませんけど……たぶん」
「……そういえばだれを助けるんです?」
都笠さんが聞く。そういえばそれを聞いてないな。
「すまない。それをは受けてもらわねば、教えることはできない」
ジェレミ―公がきっぱりという。
まあ当然の話だ。
誰だか知らないけどかなりの地位の人だろうし、名前だけ聞いてやっぱやーめた、というわけにはいかないんだろう。情報漏れされちゃかなわないってのもあるだろうし。
「……ちょっと相談させてください」
「構わんが……急いでくれよ」
◆
一旦部屋を出て、スクランブル交差点の酒場にいたセリエ達と合流した。
「で、どうするの?風戸君」
「色々と世話になってるからさ、手を貸してあげたいってのはやまやまなんだけど」
宿と食事代を持ってもらってる、というのもあるけど。
この世界で素性のしれない僕がセリエやユーカや都笠さんを連れてガルフブルグと東京を気軽に行き来できているのはあの人の出してくれた通行証によるところも大きい。
準騎士云々は置いておいても借りは返しておこうかなって気はする。
「受けるとしたら、いいかな?」
セリエとユーカにも一応意思確認はしておく。
「正直言いまして、ご主人様にはあまり危険なことをしていただきたくはありませんが……私はご主人様に従います、どこまでも」
「あたしも。
お兄ちゃんが行くところなら、どこでもついていくからね。おいてっちゃヤダよ」
まあそうなるか。
「都笠さんもいいかな?」
「あたしはいいわよ」
都笠さんがこともなげに答える。
「えらくあっさり言うね」
「……今後どうなるか分からないけどさ、今の環境でできる経験ってすごく得難いものだと思うからさ。
部屋に籠っているだけなんてもったいないでしょ」
なんというか、どこまでもポジティブだ。見習わないといけないな。
「じゃあ決まりかな」
「ところで、空を飛ぶ魔獣ってのはなんだろ、セリエ、知ってる?」
都笠さんの問いにセリエが考え込む。
「主だったところでは……グリフォン、ロック、ワイバーン、ガーゴイル、レッサーデーモン、ハーピィ……あたりでしょうか。
ただ今お聞きしたところ、あのご主人様が動かす車を落としてきたとのことですから……」
かなりの大物だよなぁ。ガーゴイルとかでは車は持ち上げれまい。
それなりに危険そうではあるが、まあやってみよう。
◆
「戻ったか。どうだね」
部屋に戻ると、待ちかねた、という感じでジェレミー公が聞いてきた。
「はい、受けます」
「そうか……感謝するぞ、スミト君、スズ君」
安心した表情を浮かべて僕等の手を握る。相変わらず力強い。
「じゃあ、救助対象を教えてください」
「ゼーヴェン・フロリアン=ニヴェオルドニ・ロヴァール様だ。
今生きているお付きはゼーヴェン様の奴隷でメイベル・クインシー」
「……えらく長い名前ですね」
ユーカのフルネームはユーカ・エリトレア・サヴォア。ミドルネームがない日本人にとってはこれでもかなり長く感じるけど、それ以上に長い。
「君の世界ではもっと短いのかね?」
「ええ、僕は風戸澄人。風戸が家族の名前、澄人が僕自身の名前です」
「なるほどな。
ガルフブルグでは、最初の個人名がその者の名前、次に字、最後に家名が来る。
字は貴族が親の名前の一部を取ることが多いが……4大公に近い位置にいるものは、その名の一部を頂くのだ」
なるほど。字にオルドニって入ってるってことは、エミリオ・オルドネス公とやらのかなり近しい親族ってところだろうか。
貴族は血縁を大事にするって話だし、確かに死なれては困るんだろうな。
「二人のスロット能力は?」
六本木、というか封緘がない場所では何が出ても不思議じゃないらしいし。スロット能力が無ければ魔獣には対抗できないだろう。
「ゼーヴェン様は攻防スロットをお持ちで、剣の腕もなかなかのものだ。メイベルはかなり強力な魔法を使える。
ただ、どちらも年が若く二人とも実戦経験が圧倒的に足りない。おそらく二人では長くはもたない。
サージとライエルはかなりの手練れだったのでこの二人が居ればよかったのだが」
……つまり悠長にしてる時間はないってことか。
スロット持ちでも魔獣の出る領域で孤立無援、補給なしの状態ではそうは持たないだろう。
「ところで、なんであたしたちに依頼したの?」
都笠さんが聞く。
確かに。かなりのお偉いさんなわけだし、手練れを総動員することもできるだろうに。
「一つは君らがここの誰よりも塔の廃墟に詳しいことだが……」
まあそりゃ僕等より詳しい人間はいないだろうな。
「私は君の動向を観察していた。準騎士の候補でもあるからな。
正直奴隷の扱いなどで理解できないこともあるが、名誉を重んじる騎士の資質がある、信用に足ると判断した」
「そりゃどうも」
騎士の資質、といわれてもピンとこないけど。どっちかというと、観察されてたって方が怖い。
「ゼーヴェン様は非常に重要な地位におられる。頼むぞ。
君たちが受けてくれて感謝している。十分な報酬と栄誉を用意させてもらう。
出来ればすぐ出発してほしい」
出発か。その前に確認したいことが一つある。
「その伝書鳩を僕らに飛ばしてもらうことはできませんか?」
相手の位置を特定できない以上、連絡が取れないと捜索の難易度は跳ね上がる。
携帯電話ほど便利じゃなくても、できれば直接連絡を取る手段が欲しい。
「済まない、それは無理だ」
だけど、それはあっさりと否定されてしまった。
「そうなんですか?」
「ああ。
伝書鳩は術者があらかじめ巣を設定して巣と術者の間を文書が往復する。
巣は今はわが居室だ。変更はメイベルにしかできん」
携帯電話のメールみたいに簡単に切り替えるってわけにはいかないか
連絡が取れない、というか、相手の情報が入らないのは問題ある。出発の前にこの点だけはクリアしておかないといけない。
かなり深刻そうな顔でジェレミー公が言った。
ここはスタバビルの2階の部屋だ。
以前会食した場所とは違う個室で、棚や立派な机や、社長が座るような大きなひじ掛け椅子がある。ジェレミー公の執務室って感じだ。
壁には杖と本と羽を意匠化した大きな紋章を染め抜いた旗が飾られている、多分オルドネス家の紋章とか何だろう。
今日は珍しいことにジェレミー公じきじきのお呼びが、サンヴェルナールの夕焼け亭までやって来た。
僕と都笠さんに用があるらしいとのことで、わざわざ渋谷まで戻ってきたわけだけど。
「なんでしょうか?」
メイドさんっぽいひとがお茶を出してくれて、そのあとは完全に人払いをされた。セリエとユーカも同席を拒まれた。
カーテンが引かれていて、部屋の中はコアクリスタルの明かりとカーテン越しに差し込んでくる明かりだけで薄暗い。カーテンを引く意味は余りないような気もするけど、気分の問題かな。
「内密に願いたいが……いいかな?」
「ええ」
お茶に誘うために呼んだ、なんてことはあるはずもない。なにか依頼があるんだろう。
この人の通行証には色々とお世話になったし、内容次第だけど受ける分には構わない。
しばらく沈黙していたジェレミー公が重い口を開いた。
「3日前のことだ。
私にとって、というかオルドネス家にとって非常に重要な方が塔の廃墟で消息を絶った。その人の捜索を君たちに頼みたい」
人探しか。
僕くらいの世代だと携帯電話があったから、人探しとか待ち合わせに苦労するなんて経験はあんまりない。
でも年配の先輩に言わせると、昔はどこで何時に待ち合わせってしてないと行き違いになって会うのが大変だったというし。今の状況では相手の携帯に電話して位置を確かめて話しながら合流、なんて手は使えない。
まさか当てもなく探索しろなんて話ではないだろうけど、結構大変かもしれない。
「手掛かりはあるんですよね」
「うむ。これだ。伝文が来ている」
ジェレミー公が取り出したのは、小さな短冊のような紙だった。
『救援を求める。
浮街道を東進中に飛行する魔獣に遭遇。空から落とされた鉄の箱に潰されサージが死亡した。そ
のまま我々は馬で逃亡した。
ライエルは我々を逃がすために戦った。生死不明。
浮回廊の交錯点を超えて地に潜る穴の直前で身を隠した。
生存者は私とメイベル』
そんな内容が、小さな紙に書きつけられていた。
「こういう状況だ」
「あのー、ちょっといいですか?」
都笠さんが口を開いた。
「なんだね?」
「……誰が届けたのかしらないけど……この手紙が来たんなら、そこに行けばいいんじゃないですか?」
都笠さんがもっともな発言をする。
どうやってこの手紙が来たのか分からないけど、届けてくれた人がいるなら、その人に案内してもらって救助隊を派遣すればいいだけな気がするんだけど。
「そういうわけにはいかんのだ」
「というと?」
「この手紙は、メイベルのスキル、伝書鳩で届けられたものだ。
どこにいるかはわからんのだ」
「なんです、それ?」
ガルフブルグのいわゆるスロットにセットするスキルってのは相当な数があるらしい。
この伝書鳩なるスキルも聞いたことがない。まあ積極的に勉強していないってのもあるけど。
「まあ言ってしまえば、術者とあらかじめ定めた場所とで伝書のやりとりをするというスキルだ。
文書を届けあうスキルだから、相手がどこにいるかまではわからんのだ」
「……メールみたいなものかな」
「……画像も送れればいいのにね」
都笠さんがいう。
確かに画像がれば場所の特定は簡単なんだけど、そもそもカメラがないから画像も何もあったものじゃない。
「なんだね、それは?」
「いえ、こっちの話です」
「それはともかく、我々にはこの文書では何が何だかわからんのだ。
君達にはわからないかね?」
言われて、改めて文書を見る。
白いコピー用紙のような紙に、ペンか何かで書いたんだろうなって感じだ。どこかの建物の中に身を潜めているんだろう。
「……浮街道ってなんですか?」
「あの橋の上の石畳の道だ。
ここの近くに上るためのスロープと門がある。知っているだろう?」
橋の上の石畳の道ってのは……首都高の高架か。たぶん渋谷料金所から首都高に上がっていったんだろう。
東進した、ということは、首都高の高架をたどって六本木方面に向かったのか。
首都高の高架はかなり高い位置にある。飛び降りると無事じゃ済まない。
それに、山の手線の高架のように駅というか料金所が頻繁にあるわけじゃない。
道に迷わないのはいいけど、万が一今回みたいに空から攻撃を仕掛けてくるモンスターがいたりすると道の横にも逃げることもできず、一本道を走らざるを得ない。
そう考えると結構危険だ。
「地図、有りますか?」
「うむ。これでいいかな?」
ジェレミー公が棚から東京のガイドマップを出してくれた。地図で首都高の路線を確かめる。
仕事をしているとき、首都高を走ることはあまりなかった。というか、渋滞だらけだし、道は複雑だしで、あまり車で走りたい場所じゃなかった。
それに、たまに走るときはナビの言うとおりに運転しているだけだった。構造を理解しているとは言い難い。
「うーん」
地図をみる限り……渋谷の次の高樹町の出口を超えると、その先は霞が関まで出口はない。
浮街道の交錯点というのは、多分谷町ジャンクションのことかな。
浮街道が交錯するところを超えた、ということは……おそらく高樹町を超えたところで襲われて、そのまま首都高を走って逃げたって感じか。
谷町ジャンクションを抜けると霞が関インターの前に地に潜る穴、というかトンネルがある。そのあたりで高速から降りたんだろう。
「こんな感じじゃないかな」
「そうね、あたしもそう思うわ……結構遠いわね」
都笠さんも同意見らしい。そう。結構遠い。
車ならすぐなんだけど、今や東京は魔獣が徘徊する危険地帯だ。
「わかりそうかね?」
「確実に正しいとは言えませんけど……たぶん」
「……そういえばだれを助けるんです?」
都笠さんが聞く。そういえばそれを聞いてないな。
「すまない。それをは受けてもらわねば、教えることはできない」
ジェレミ―公がきっぱりという。
まあ当然の話だ。
誰だか知らないけどかなりの地位の人だろうし、名前だけ聞いてやっぱやーめた、というわけにはいかないんだろう。情報漏れされちゃかなわないってのもあるだろうし。
「……ちょっと相談させてください」
「構わんが……急いでくれよ」
◆
一旦部屋を出て、スクランブル交差点の酒場にいたセリエ達と合流した。
「で、どうするの?風戸君」
「色々と世話になってるからさ、手を貸してあげたいってのはやまやまなんだけど」
宿と食事代を持ってもらってる、というのもあるけど。
この世界で素性のしれない僕がセリエやユーカや都笠さんを連れてガルフブルグと東京を気軽に行き来できているのはあの人の出してくれた通行証によるところも大きい。
準騎士云々は置いておいても借りは返しておこうかなって気はする。
「受けるとしたら、いいかな?」
セリエとユーカにも一応意思確認はしておく。
「正直言いまして、ご主人様にはあまり危険なことをしていただきたくはありませんが……私はご主人様に従います、どこまでも」
「あたしも。
お兄ちゃんが行くところなら、どこでもついていくからね。おいてっちゃヤダよ」
まあそうなるか。
「都笠さんもいいかな?」
「あたしはいいわよ」
都笠さんがこともなげに答える。
「えらくあっさり言うね」
「……今後どうなるか分からないけどさ、今の環境でできる経験ってすごく得難いものだと思うからさ。
部屋に籠っているだけなんてもったいないでしょ」
なんというか、どこまでもポジティブだ。見習わないといけないな。
「じゃあ決まりかな」
「ところで、空を飛ぶ魔獣ってのはなんだろ、セリエ、知ってる?」
都笠さんの問いにセリエが考え込む。
「主だったところでは……グリフォン、ロック、ワイバーン、ガーゴイル、レッサーデーモン、ハーピィ……あたりでしょうか。
ただ今お聞きしたところ、あのご主人様が動かす車を落としてきたとのことですから……」
かなりの大物だよなぁ。ガーゴイルとかでは車は持ち上げれまい。
それなりに危険そうではあるが、まあやってみよう。
◆
「戻ったか。どうだね」
部屋に戻ると、待ちかねた、という感じでジェレミー公が聞いてきた。
「はい、受けます」
「そうか……感謝するぞ、スミト君、スズ君」
安心した表情を浮かべて僕等の手を握る。相変わらず力強い。
「じゃあ、救助対象を教えてください」
「ゼーヴェン・フロリアン=ニヴェオルドニ・ロヴァール様だ。
今生きているお付きはゼーヴェン様の奴隷でメイベル・クインシー」
「……えらく長い名前ですね」
ユーカのフルネームはユーカ・エリトレア・サヴォア。ミドルネームがない日本人にとってはこれでもかなり長く感じるけど、それ以上に長い。
「君の世界ではもっと短いのかね?」
「ええ、僕は風戸澄人。風戸が家族の名前、澄人が僕自身の名前です」
「なるほどな。
ガルフブルグでは、最初の個人名がその者の名前、次に字、最後に家名が来る。
字は貴族が親の名前の一部を取ることが多いが……4大公に近い位置にいるものは、その名の一部を頂くのだ」
なるほど。字にオルドニって入ってるってことは、エミリオ・オルドネス公とやらのかなり近しい親族ってところだろうか。
貴族は血縁を大事にするって話だし、確かに死なれては困るんだろうな。
「二人のスロット能力は?」
六本木、というか封緘がない場所では何が出ても不思議じゃないらしいし。スロット能力が無ければ魔獣には対抗できないだろう。
「ゼーヴェン様は攻防スロットをお持ちで、剣の腕もなかなかのものだ。メイベルはかなり強力な魔法を使える。
ただ、どちらも年が若く二人とも実戦経験が圧倒的に足りない。おそらく二人では長くはもたない。
サージとライエルはかなりの手練れだったのでこの二人が居ればよかったのだが」
……つまり悠長にしてる時間はないってことか。
スロット持ちでも魔獣の出る領域で孤立無援、補給なしの状態ではそうは持たないだろう。
「ところで、なんであたしたちに依頼したの?」
都笠さんが聞く。
確かに。かなりのお偉いさんなわけだし、手練れを総動員することもできるだろうに。
「一つは君らがここの誰よりも塔の廃墟に詳しいことだが……」
まあそりゃ僕等より詳しい人間はいないだろうな。
「私は君の動向を観察していた。準騎士の候補でもあるからな。
正直奴隷の扱いなどで理解できないこともあるが、名誉を重んじる騎士の資質がある、信用に足ると判断した」
「そりゃどうも」
騎士の資質、といわれてもピンとこないけど。どっちかというと、観察されてたって方が怖い。
「ゼーヴェン様は非常に重要な地位におられる。頼むぞ。
君たちが受けてくれて感謝している。十分な報酬と栄誉を用意させてもらう。
出来ればすぐ出発してほしい」
出発か。その前に確認したいことが一つある。
「その伝書鳩を僕らに飛ばしてもらうことはできませんか?」
相手の位置を特定できない以上、連絡が取れないと捜索の難易度は跳ね上がる。
携帯電話ほど便利じゃなくても、できれば直接連絡を取る手段が欲しい。
「済まない、それは無理だ」
だけど、それはあっさりと否定されてしまった。
「そうなんですか?」
「ああ。
伝書鳩は術者があらかじめ巣を設定して巣と術者の間を文書が往復する。
巣は今はわが居室だ。変更はメイベルにしかできん」
携帯電話のメールみたいに簡単に切り替えるってわけにはいかないか
連絡が取れない、というか、相手の情報が入らないのは問題ある。出発の前にこの点だけはクリアしておかないといけない。
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