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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ファンタジー異世界でリクルートされる。

 余りにも意外な遭遇だった。僕も都笠さんも、藤四郎さんも話したいことは色々ある。


 とりあえず落ち着ける場所に行こう、ということになり、皆でサンヴェルナールの夕焼け亭に移動することになった。
 まだ夢見心地なベル君とシャルちゃんに別れを告げて馬車に乗せてもらって移動する。


 サンヴェルナールの夕焼け亭はまだ開店前で、ウェイトレスさんがもう来て机を拭いたり床を掃いたりしていた。


「おかえりなさいませ、お嬢様、スミトさん、セリエさん」


 僕等の顔をみたウェイトレスさんが頭を下げてくる。ウェイトレスさんはほとんどが旧サヴォア家に仕えていた人たちだ。
 今日は確かバラードの日のはずだ。厨房からはいい匂いがしてくる。バラードが掛かる日はお客が多い。仕込みも大変だろう。面倒ごとを運んできた感があるのでちょっと気が引ける。


「ここが噂になっておる、楽師がおらぬのに音楽が聴ける酒場とやらか。
確かにだれもおらぬようだが。無論一曲聞かせてもらえるのであろうな?」


 ダナエ姫が僕らを追い抜くようにすたすたと店の中に入っていった。
 ウェイトレスさんがしばらくダナエ姫を見て、のどの奥で小さく悲鳴を上げて厨房に走っていく。
 奥から出てきたヴァレンさんがダナエ姫を見てあっけにとられた顔をして、あわてて膝をついて頭を下げた。


「そう堅苦しくならんでも良いぞ。楽にいたせ」


 ダナエ姫が言うが……楽にできる人は多分いないだろう。
 ヴァレンさんが僕を睨んで手招きしてくる。


「すみません、開店前なんですけど、ちょっとだけ音楽かけていいですかね?レナさんは?」
「……レナは今は買い出し中だ」


「じゃあ仕方ない。僕が動かします」
「……そんなことはどうでもいい。
スミト君。ブルフレーニュ家の姫君をお連れするなら先に言ってくれ」


 怒ってる、というわけではなく咎めるって感じの口調だけど、顔がマジだ。
 まあいきなり超大物を連れてきたわけで、怒るというか、勘弁してくれって思うのもわかる。


「……成り行きです。それより少し部屋を使わせてください」
「それは構わんが……」


「すみません。管理者アドミニストレーター起動オン


 レナさんがいないので僕が代わりに管理者アドミニストレーターを使う。
 積んであったCDから貴族に受けがいいオーケストラのものを選んでセットし再生キーを押す。スピーカーからバイオリンが流れ始めた。


「ほう。これは不思議なものじゃな」


 ダナエ姫が感心したような声を上げる。


「姫。申し訳ありませんが、少しこの者たちと話をいたしたく思います」
「好きにせよ。妾はここにおるゆえにな」


 ダナエ姫は当たり前のように空いてる椅子に腰かけてスピーカーから流れる音に聞き入っている。
 恐る恐る、という感じでウェイトレスさんが差し出したワインのグラスを受け取り、優雅な手つきで口に運ぶ。超美人なのでなんとも絵になる。


「セリエ、ユーカ、ごめん、ちょっと席を外して」
「はい……ご主人様」


 セリエは表情を変えずに会釈してくれたけど、ユーカはちょっと不満げな顔をする。でもとりあえずここは日本人だけで話をしたい。
 3階の僕の部屋に移った。





「久しぶりに同胞にあえて嬉しいよ。
まあここのことを聞いた時点でおそらく誰かがいるんだろうというのは分かったが」


 籐司朗さんが椅子に腰かけて言う


 確かにそうだろうな。
 僕等にとっては当たり前のオーディオだけど、これを正しく使うためには電源をまず確保しなくてはいけない。もしくは管理者アドミニストレーターで起動させる必要がある。
 CDとDVDは見た目は同じけど、CDプレイヤーではCDしか再生できないし。電化製品もガルフブルグの人から見れば、CDプレイヤーとかDVDプレイヤーとかの区別もつくわけがない。
 知識のない人間が使いこなすのは結構ハードルが高いと思う。


「で、動力はやはり何らかのスキルを使っているという噂は聞くが。君のスキルなのかね?風戸君」
「それはノーコメントで」


 管理者アドミニストレーターで電化製品を動かせることが知れたら、サンヴェルナールの夕焼け亭の優位は薄れてしまう。
 まあ機材をそろえるのは簡単じゃないと思うけど、それでも伏せておく方がいい。


「まあいいさ、詮索する気はないよ」
「それよりですね、籐司朗さんは……いつこっちに?」


 まずは僕等がこっちに来た経緯を説明する。僕らと同じように東京に取り残されたんだろうか。


「……私がここに来たのは4年前だ」


 4年前なら全然僕等とは違うな。たった一人で4年前から異世界に放り出されているとは。


「日本にいる頃は、私は禰津壁やつかべ一刀流という古流剣術の師範でね」


 なんとなく侍っぽさを感じるのはこの辺が理由だろうか。


「……こっちに来る直前の話だが、後継者である一人息子を事故で亡くしたんだ。正直言ってショックだったよ」


 いきなりなんとも深刻な話になった。部屋の空気がずしっと重くなった気がする。


「……わかります」


 都笠さんが深刻な顔をして言う。なにか思うところがあるんだろうか。
 僕は一人っ子だし幸い身内が死ぬってことを経験してないから、その感覚は想像するしかない。


「葬式を出して暫くしてのことだ。普段通り稽古をしてからなんとなく神社に寄ったんだよ。
で、お参りをして目を開けたら。周りが麦畑だった、とこういうわけさ」


「……子供に会いませんでしたか?」


 僕と都笠さんの共通点は、誰も居無くなった東京に取り残されたことと、取り残された前後に子供あっていることだ。都笠さんの話を聞く限りこの少年は同一人物っぽいのだけど。


「いや、会わなかったな。
なにがなんだかわからなかったのだが、私が飛ばされた場所がブルフレーニュ家の直轄領でね」


 日本側に取り残されたというか飛ばされた僕らと違って、籐司朗さんは直接ガルフブルグに飛ばされたのか。
 子供に会ってないことも含めて共通点がない。僕等とは別件なんだろうか。
 色々と謎が多いというか、この辺の事情は分からないことばかりだ。


「で、麦畑を抜けたところでたまたまあったのがブルフレーニュ家の郎党だったんだよ。
というか、あの姫様の護衛だな。非常に失礼な感じで誰何されてね」


 なんとなく想像がつくというか、この世界の貴族はガルダのイメージが強くて、どうも総じて感じ悪い印象がある。ジェレミー公は気さくな人なんだけど。


「まあ今から思えば妙な和服姿で木刀を持った、打ちひしがれた年寄りが貴族の直轄領をふらふら歩いていたのだからね、咎められるのも無理はないがね」


 そういって藤四郎さんが机の上の水差しから水を汲んで口に含む。


「でまあ、護衛の騎士に武器を捨てるように言われてね。
正直どうにでもしてくれという感じだったし、またその言い方が無礼でね。
拒んだら切りかかられたのだ。それで相手を叩き伏せたら……」


「ちょっと待って。騎士を倒したんですか?木刀で?スロット武器なしで?」
「当然だろう。そのときはスロットなんて知るわけもないからな」


 こともなげにいってくれるけど、ちょっと待て。
 僕自身使ってみてわかるけど、スロット武器の強さ、というか数値に応じた強化の効果は半端じゃない。僕の、敵の攻撃がゆっくり見えるってのもスロット武器の賜物だし。
 それを木刀一本で退けるなんて考えられないぞ。


「詳しいことはいえないが、古流には初見ではまず躱せない技というのがある。
日本の剣術は彼らにとっては未知の物だったのも幸運だったよ。
まあスロット武器は強力だが、結局は使うもの次第さ」


 ……化けもんかこの人は。まさに達人。


「……僕等はこっちに飛ばされたところで、スロット能力を貰ったというか、取らされたんですよ。
そういうの、なかったですか?」
「それは親切なことだな。私にはなかった。
ああ、無論今は私もスロット武器は持っているよ。姫の護衛も兼ねているからね」


 スロット持ちは5人に一人、探索者になれるレベルなのは200人に一人って話だけど。
 日本人はスロット持ちが多いんだろうか、それともそういう人がこっちに引っ張られているのか。


「……で、それがあの姫君の目に留まってね。
あの姫君の口添えもあって、今はあの方の剣術指南兼護衛というわけだ。
これが私がこっちに来てからの話だな」


「……帰りたいとか思いませんでした?」


 都笠さんが聞く。


「……妻を早くに亡くした私にとって息子は生きる意味の全てだった。それが亡くなってしまった時点で未練はなかったよ。
ただ、息子の菩提を守れないのはつらいね」
「そうですか……」


「気の毒だが……帰ることは考えない方がいい。望み薄だ。4年間、私は帰る方法を探ってはみたがね。だが見当たらなかった。
オルドネス家には代々強力な空間移動の使い手がいると聞くが、まあ……」


 その時ドアがノックされた


「失礼します。お飲み物をお持ちしました」


 セリエが入ってきて、話が止まった。セリエがテーブルにお茶のポットとカップ、それと青いパッケージに入った日本のクッキーを並べてくれる。
 普段はてきぱきとしているセリエだけど、今日はちょっとゆっくりだ。
 きっとこの場にとどまって話を聞きたいんだろうけど、ちょっと今は遠慮してほしい。静かな部屋にセリエがカップを並べる食器同士が触れ合う音だけがする。
 黙っていると、セリエが頭を下げて出て行った。





「では、次はこちらの話をさせてほしいが……その前に、君たちはガルフブルグの政治の仕組みを知っているかね?」


 籐司朗さんがお茶を飲みながら言う。


「いえ……4大公と王様がいるくらいは知ってますけど」
「そういえば、あたしも知らないわ」


 こっちに順応するのが精いっぱいだった、というのもあるけど。選挙とかがあるわけでもないし、王様とかが民衆の前で挨拶するわけでもない。
 壁の向こうの新市街は貴族とかが済んでるらしいけど、僕らが行く機会はない。こんな感じであまり政治に触れる機会がなかった


「この国は4大公の上には王がいて、4大公との協議をしながら政務を取り仕切っている。
で、まあ、この王がね……またどうにもならない男でね」


 籐司朗さんが首を振る。


「そうなんですか?」
「その通り。どのくらい愚かかというとだね。
ガルフブルグ屈指の武将だったオーウェン・サヴォアをくだらない没落貴族の讒言に踊らされて処刑するくらいに、といえばわかるかな?」


「え?」
「それって……」


 意外な名前が出てきた。サヴォアってことは。


「その通り。ユーカ嬢の父君だ。
彼女の父上で、サヴォア家最後の当主でもある、オーウェン・エルドアン・サヴォアは鷹の目イーグルアイ鼓舞トライアンフを併せ持つ、ガルフブルグでも有数の武将だったのだよ。私は直接の面識はないのだが。
それほどの人材を、をほとんど弁明の機会も与えずに処刑したのだ」


 籐司朗さん苦々し気に言う。


「……彼の死で……どれだけの人生が狂ったことか。君にもわかるだろう」


 確かにその結果、ユーカのお母さんは奴隷にされて行方知れず。幸せに貴族として生きていけたであろうユーカも一時は奴隷にまで落とされた。
 ヴァレンさんを筆頭にして家臣は散り散りになり……セリエがユーカを守るためにどれだけ辛い思いをしたか、それは僕の想像もつかない。
 今も時々夜僕の部屋に来るときはある。かわいくキスをねだられるときはいいけど、真っ青な顔で震えてるときもあって。そんなときはどうしようもなくて、僕まで辛くなる


「まあ、それはさておき、君たちはこの世界で何か目的はあるかね?」
「目的?」


 なんか就職活動の時に聞かれたような質問だ。君は何をしたいんだっていう感じのことを聞かれた気がする。


「……帰れないと悟った時点で私はこの世界で何を為せるかを考えた。目的が無くただ生きるのもつまらんからね。
あの姫君はしかるべき地位に付き、この世界を変えようとしている。若気の至りかもしれないが、私はそれの力になろうと思っている。
まあ具体的にどうするか、までは詳しくは言えないがね」


 ブルフレーニュ家の当主を狙っているのか、それとも王か王子とかに嫁ぐとかそういうことを考えているのか。あれほどの美人で家柄も最高となれば、王の妃になっても不思議じゃない


「どうだね?もしまだ君たちが此処で何か為すべきことを見いだせていないなら……我が姫に仕えてみないか。
私がいうのもなんだが、仕えるに値する方だぞ」


 籐司朗さんが面接官よろしく静かに僕等を見つめる。


「……あたしはいいわ。あたしはいろいろ思うところがあるけど、やりたいことはあるし」


 都笠さんがはっきりした口調で答えた。都笠さんにはそういうのがあるのか。


「では君はどうだね?スミト君」


 じゃあ僕はなんだろう。こっちに来た時のことを思い出す。


「僕も初めはそう思ってました。世界を変えたい、よりよくしたいって……」
「ならばどうだね?」


 でも。たぶん不安そうな顔をしながら僕を待っているであろう二人を思う。


「……今は。
そういう大それたことより僕は、まずは……かかわった人の人生を少し良くしたい……と思ってます。今はあの二人を」


 なんだかんだで半年近い時間を共に過ごして、僕にとってあの二人はとても大事になっている。
 しばらくの沈黙があって、籐司朗さんが口を開いた。 


「……そうか。身近な人間の幸せにすることは、世界をよくすることにつながる。
それは立派な、君の生きる目的だよ」


 籐司朗さんが残念そうなとも、感心したとも何とも言えない表情で言う。
 そういえば……アーロンさんにも似たようなことを言われた気がするな。


「しかし、言われなかったかね?奴隷のためになぜそこまでする?って」
「あー、言われましたね」


 ガルダにも、リチャードにも言われたな。


「まあ、この世界に人間にとって奴隷は道具に過ぎないからな。理解されないだろうな」
「そうかもしれないですよね」


 ちょっと厳めしい感じだった籐司朗さんがわずかに微笑む。


「そういえば、あの姫様の和服は籐司朗さんの趣味?」


 いたずらっぽく笑いながら都笠さんが聞く


「私としてはどうでもいいのだが。姫が勝手に真似をしたのだ。着付けの仕方はお教えしたが。
羽織は東京からの持ち込み品から姫が選ばれた」
「へぇー」


 意味ありげな顔で見るが、籐司朗さんはまるで動じない。都笠さんの意図に気付ていてスルーしているのか、それとも気づいていないのか。
 真似をしたってのはその通りなんだろう。なんとなく良い師弟なんだろうな、と思った。


「さて、そろそろ姫もお待ちだろう。私はお暇するが、その前に……一つ忠告しよう、風戸君」
「なんですか?」


「君は自分がそこそこ有名人であることくらいはしっているな?」
「ええ」


 大変不本意なんだけど。ベル君やシャルちゃんも知ってたくらいだし。


「有名になる、ということはいいことばかりではない。
君を利用しようとするもの、君を取り込もうとするもの。そして、君に敵意を持つもの、様々なものが現れるだろう」
「あなたもそうじゃないですか?」


「まあそれは否定しないがね。
君はサヴォア家最後の血族であるユーカの主でもある。
君を取り込めば、サヴォア家の血脈や、最近パレアの話題をさらっているサンヴェルナールの夕焼け亭や、サヴォア家の元郎党にも影響を及ぼせる、と考える者もいるだろう」


 言われてみるとそうかもしれない。


「……いずれにせよ貴族の庇護下にいることは悪いことではない、と言いたいのだ。
この世界は我々の世界とは違う。貴族の権力の前に法は簡単に捻じ曲がる……心しておき給え」
「ありがとうございます」


 なんか実感がこもってる。4年間で色々理不尽な目に遭ったんだろうな。


「では、仕官をしてくれなかったのは残念だが。
同郷のよしみもある。いつでも頼ってくれたまえ」


 籐司朗さんがそう言って扉を開けた。
 ドアの向こうから前に聞いたチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の音が飛び込んでくる。
 三階から見下ろすと、ダナエ姫は黙って聞き入っていた。横にはお付きのようにレナさんがワインの瓶をもって直立不動で控えている。
 しばらく待っていると一曲が終わり、部屋に静けさが戻る。ダナエ姫がこちらを見た。


「終わったのか、ソウテンイン」
「はい、姫。残念ながらこの二人は今は仕官する意思はないそうです」


「で、あるか」


 優雅に足を組んでを聞いていた姫がワインを飲み干して立ち上がる。


「それは残念な事じゃ。だが、汝ら、気が変わったらいつでも妾のもとに参れ。
お主等のような有為なものは仕える主を誤ってはならぬぞ」


 自分に仕えるのが当然、という自信満々のセリフで一歩間違うと高慢ちきにしか聞こえないけど、イヤミが感じられないのがスゴイ。


「素晴らしい体験であった。礼を言う。ソウテンイン、参るぞ」
「はい、姫。
ではまた会おう、風戸君、都笠君」


 籐司朗さんが階段を降りて袂から何枚かの割符を取り出してカウンターに置き、ヴァレンさんに会釈する。
 二人が出ていき、ウェイトレスさんの誰かがほっと溜息をつく。


 あまりにも密度の高い日がようやく終わった。



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