僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

裏原宿の路地裏で傭兵に絡まれる。

 約束の朝。二人が旅支度を整えてやってきた。
 厚手の布で作った動きやすそうな短めの上着に細身のズボン、鋲を打った頑丈な革靴。なんとなく登山者っぽいかんじだ。背中にはリュックのような背負い袋を背負っている。


「じゃあ行こうか」
「はい」


 広場から乗合馬車に乗って門のある村、ラポルテ村に向かう。
 馬車にはいかにも探索者って感じの装備で身を固めた男女が乗っていてちょっと狭い。


 前にアーロンさんが教えてくれたけど、塔の廃墟で探索をする人は出稼ぎみたいなもんで、わりとちょくちょくガルフブルグに戻っているってことだった。この人たちも休暇を終えてまた東京の探索に戻るって感じなんだろうか。
 セリエまではともかく、シャルちゃんやベル君はなんとも違和感があって目立っている。プロスポーツ選手の中に子供が混ざっているみたいなもんだ。


 ラポルテ村からは大量の箱を積んだ馬車がパレアに向かって行く。
 東京の品物を運んでいっているんだろうな。探索は順調に進行中らしい。


 ◆


 門のところで係官に怪訝な顔をされたけど、今回もジェレミー公の通行証が役に立った。


「一応このへんは安全ですけど、スミトさん、あなたが責任持ってくださいよ。
ここは探索者の町であって孤児院じゃないですよ」
「そこら辺は大丈夫。わかってます」


 渋谷スクランブル側の係官の人がやれやれといった顔でこっちを見る。


 スクランブル交差点の天蓋をかけたエリアはだんだん拡大しているようで、109に向かう道にも天蓋が追加されて、その下も酒場のようになっていた。明らかに前よりも人が増えている。


 ベル君とはお上りさんよろしく高いビルを見上げていた。


「すごいね。噂では聞いてたけど、どこまでも続く継ぎ目のない石畳。天にも届くガラスの塔。ホントだったんだね」
「ほんとに継ぎ目がないよ、すごすぎる。どうやって作ったんだろう」


「この塔も、レンガでも漆喰でもないよ。何の材料を使っているのかな」
「そもそもどうやってあんなに高いところまで作ったんだろうね。巨人がつくったのかしら」


「きっと建てるのに100年はかかってるよね」
「スミトさん、この赤いものは何です?」


 道端に立ってるポストを指さしてシャルちゃんが聞いてくる。


「ポスト。この中に手紙を入れると相手に届けてくれるんだよ」


「……貴族や商人でもないものが手紙を使っていたんですか?」
「まあね。そういう仕組みがあったんだよ」


 二人が驚いて顔を見合わせる。どうもガルフブルグには郵便システムはないらしい。


「すごいね。その仕組みを作ったこの世界の人はきっと天才だよ」
「神様かも」


 建物とかからみて文明レベルはおそらく少なく見積もっても500年分はくらいは違いそうだし、まあしょうがない。


「とりあえず行こう。
どうせガルフブルグに帰るときにはここを通るから、見物はその時にでもしようよ」


 放っておくと日が暮れるまで渋谷に居る羽目になりそうだったので二人を促した





 原宿へは山手線の線路を行きかう乗合馬車が整備されていたので楽に移動できた。来るたびになんか変わっているところがあるあたりは活気を感じさせてくれる。


 原宿は駅前の道に沿うように天蓋が張られていて、その下には渋谷と同じく酒場と、探索者ギルドのものらしきカウンターがあった。
 天蓋をわざわざ張るのはここが中心ですというアピールと、雨の時でも食事を楽しめるようにしているんだろう。


「久々の原宿だってのに面影ないなぁ」


 都笠さんが独り言を言ってる。
 そういえば新宿で会って、そのあと渋谷からガルフブルグに行ってるわけだから久しぶりの原宿なわけだ。 
 前見た時はこの東京になる前の、普通の原宿だっただろうし。そりゃ面影はないだろうな。


「どこに行くかは決めておられるのですか?」


 セリエが聞いてくる


「もちろん。当てもなく歩き回るつもりはないよ」


 大学生のころに時々行っていた原宿の自転車屋が確か固定ギアの自転車も扱っていたはずだ。
 社会人になって足が遠のいていたけど、時々HPを見る限り今も経営していたはずだ。といっても、このおかしな東京でどうなっているかは確実とは言えないけど。
 固定ギアの自転車は扱う店があまり多くない。当てもなく探すよりは、とりあえず行ってみる価値はあると思う。


 とりあえず竹下通りを抜ける。竹下通りのお店からは一通り物は持ち出されてしまっているようで、通りに立ち並ぶ店は空っぽになっていた。いかにも廃墟って感じで寒々しい。
 休日ならまっすぐ歩けないほどの人混みだけど、今日はときどき探索者とすれ違うだけだ。原宿駅に戻る探索者は戦利品をいれた袋や箱を持っている。


「魔獣と会いましたか?」
「いや、今日は何もなかったよ。静かなもんだったぜ」


 すれちがう探索者に聞いてみると、今日は平穏らしい。突然門が開く可能性があるから、気休め程度ではあるけど。


 竹下通りを抜けて竹下口交差点を渡る。此処は確かデュラハンに追い詰められた場所の近くだ。今日はあいつには会いたくない。
 ちょっと小走りになって原宿通りの細い路地に入った。


 この辺になると建物の背がだいぶ低くなって趣が変わる。和風住宅とかもぽつぽつと建っているので、いちいちベル君やシャルちゃんが珍しそうに足を止める。
 幸いにもゲートが開く気配はないけど、あまり長居したい場所ではない。


「どうしたの?お兄ちゃん」


 ユーカが心配そうに聞いてくる。


「大丈夫、なんでもないよ」


 デュラハンと戦ったことを知っているのは僕だけだ。ここで変に怖がらせることもない。
 ちょっと心配していたけど何事も起こらず、記憶を頼りにしばらく路地を歩くと目的の店に着いた。


◆ 


 前に来たときは白と青の外壁に磨き上げられたガラス、店の外には何台ものピカピカの自転車が展示されていたオシャレな店構えだったけど。
 今は看板は落ち、壁は汚れて傷が入っている。ガラスも砕けちっていて、以前の面影はなかった。


 店内は台はひっくりかえり工具が散らばり、整然と並べられていた自転車のフレームがひん曲がって床に散らかっている。壁もなにかの傷跡が残っていた。
 探索者が何かを取って行った、というより魔獣が踏み荒らした、という感じだ。まだここまでは探索の手が及んでいないなかもしれない。
 幸い目的の固定ギアの自転車は壊されないままのものが何台か残っていた。早速二人が走り寄る。


「ガラスで手を切らないようにね」


「こういう風になってるんだ。みて、ベル君。どうかな?」
「ふーん。これなら……何とか作れそうだね」


 僕の言ったのが聞こえたか聞こえてないのか、返事は帰ってこなかった。
 ベルとシャーリーが壁に立てかけた自転車の後輪ギアを見ながら真剣な口調で話し合っている。すっかりプロの技術者の顔だ。


「うん。意外に構造はシンプルね」
「あとは強度をどう出すかだよ。かなり頑丈に作らないといけないと思う」


「急ごう。ここは何が出るかわからないからさ。戦闘は避けたい」


 そういえば同じことを表参道ヒルズを捜索した時にアーロンさんに言われた気がする
 今は僕が言う立場になってるってのはちょっと不思議な気分だ。少しは場慣れして来たってことなんだろうか。


「はい」
「すみません」


 僕の言葉に2人が慌てて立ち上がる。
 シャルちゃんが無事な自転車からフレームの形が違う2台を選び、ベル君が床に散らかった工具や部品を袋に詰めはじめた。





「気づいてる?風間君」


 撤収作業をしている二人を見ていたら都笠さんが声をかけてきた。


「なにが?」


「……原宿駅から尾行されてるわ、多分。人数は分からないけど」
「おそらく5~6人です、スズ様」


 2人とも気づいていたらしい。全然気づかなかった……。


「セリエ、気づいてたんだ、やるじゃん」
「ご主人様やお嬢様をお守りするのが務めですから。もちろんです」


 セリエの獣耳がぴくぴくと震えている。獣人は感覚が鋭いのだろうか。
 その辺の訓練をしてそうな都笠さんはともかく、セリエより鈍いとは。まだまだ僕も未熟だな。


「間違いってことはない?」
「……同じ方向に歩いてきてるだけかと思ってたんだけどさ」
「まだいます。店の外で様子をうかがっているようです」


「……誰に用事かな?」
「さあ……」


 考えられるのは……それなりに有名になってしまった僕らか。
 それともこの子達だろうか。一応腕の立つ職人らしいし。
 まあ単なる追剥という可能性もなくはない。見た目は子供3人連れの、ここには似つかわしくない集団だから狙われても無理はない。
 ただ、原宿駅もそれなりに近いし、来る途中にも何人かの探索者とすれ違った。こんなところで追剥とかするんだろうか。


「どうする?」


 困ったことにこの辺は細い路地が続いている地区だ。横道に逃げたりできない。
 店の外に目をやってもそれらしいのはいないけど、セリエと都笠さんが二人ともいうなら間違いないだろう。そんなあからさまに待ち伏せなんてしているわけもない。


「道は狭いし、たしか横道がないんだ、この辺は。はさまれるとまずいな」


 探索者の強さも結構ピンキリだ。
 アーロンさんやガルダのようなのはさすがにあまりいないらしいけど、相手がどのレベルなのかはわからない。
 人数で負けてるのは確かだし今回は非戦闘員が二人いる。それにやっぱり人と戦うのはあまり気が進まない


「ここはポジティブに考えましょ。狭い道のほうがあたしの銃が当てやすいわ」
「……撃てる?」


 こともなげにいう都笠さんに聞く。
 僕も人と戦うときはかなり抵抗があったし、今もある。都笠さんは大丈夫だろうか。元自衛官とはいえ。


「なんかいろいろ言われてるけどさ、自衛隊は人殺しの訓練をしてるわけじゃないからさ。
抵抗がないってわけじゃないけど……解放オープン


 真剣な口調で言いつつ、兵器工廠アーセナルからハンドガンを取り出す。


「……でも、やらなきゃいけない時には躊躇わないわ。そのくらいの覚悟はしてる。
それに今回はこの子たちがいるからね……守らなきゃ」


 口調に迷いはなかった。僕よりよっぽど腹が座ってるな。


「とりあえず知らないふりをして店を出ましょ。
もし追いかけてきたらまずはあたしが撃つわ。挟み撃ちされたらもう一方はよろしく」
「できれば捕まえて相手を吐かせよう」


 久しぶりの対人戦だ。気は進まないけど、腹をくくろう。





 店を出て、僕とユーカが先頭に立ち、真ん中には自転車を押すベル君とシャルちゃん、後ろをセリエと都笠さんが固めるような隊列にした。
 もしかしたら尾行されているかもしれない、と教えたので、ベル君たちも強張った表情だ。何事もないならそれに越したことはないけど。


「来たわ!」


 残念ながらそう甘くはなかった。
 都笠さんの声で振り向くと、アパートとブティックに挟まれた狭い路地を二人の男が走ってくるのが見える。
 一人は盾とメイス、もう一人は槍というか薙刀のような武器を持っている。その後ろのもう一人。
 こっちが気付いたのを見てスピードが上がった。


「止まりなさい!」


 都笠さんのハンドガンを構えて警告を発する。その声を無視して、二人が並ぶ様に走ってきた。


「警告したわよ!」


 都笠さんのハンドガンが火を噴いた。路地に銃声がこだまする。二人が足を撃ち抜かれた。血がしぶき、二人が悲鳴をあげて前のめりに倒れる。
 後ろの一人が慌ててアパートの生垣に身を隠す。銃のことは勿論しらないだろうけど、何かが飛んできたってくらいは分かったんだろう。


「後ろからも来ています!」


 セリエが警告の声を上げる。通りの出口をふさぐように3人の男の姿が見えた。


「僕が抑える。行ける、ユーカ?」
「うん、おにいちゃん。大丈夫」


「ご主人様、お嬢様、お気をつけて。
【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ!】」


 僕とユーカに同時に防御プロテクションの光がまとわりつく。二人分だからか、いつもより少し光が薄い。
 3人は通りの出口のところにいる。一人が盾を構えて路地に入ってきた。その後ろにもう一人。


「行くぞ!」


 気合を入れて走る。ここで全員倒して第二波をなくしておきたい。
 構えた大型の盾に銃床で一撃をお見舞いする。男が吹っ飛び壁にぶち当たる。
 もう一人が片手剣を振り回してくるが、遅い。一歩下がって受け流す。切り返してくるけどガルダの時のような鋭さはない。
 銃床で剣を払い落として足の甲に銃剣を突き刺した。


「ぎゃあ!」


 あと一人。少し離れたところにいるもう一人が宝石のようなものをあしらった短めの杖を振る。


「【礫は我が拳なり!砕け散れ!】」


 ……魔法だ。詠唱が短い。
 コンクリートが砕けて石が地面がから飛び出し、男の前に砲丸のような石の礫が出来た。
 一瞬の間をおいて、礫がピッチングマシンのボールのようにように飛んでくる。とっさに横に飛んで躱す。防御プロテクションがかかってても食らいたくないものは食らいたくない。
 石の塊が僕の後ろのコンビニのガラスを打ち砕いて店内の棚をなぎ倒す。結構な威力だな。


 相手との距離は10歩ほど。踏む込むか、それとも撃つか。一瞬迷う。
 僕の迷いを察したかのように男が身をひるがえして逃げようとした。仲間を置いてく気か、こいつは。


「待て!」
「【燃えちゃえ!】」


 ユーカがフランベルジュを振ると、コンクリートから炎の壁が立ち上がった。火の壁に突っ込む目前で男があわてて止まる。ナイス援護。


「逃げるな。殺すつもりはないよ。降伏しな」


 銃剣を突きつけながら言うと、さすがに男が観念したように手を上げて杖を地面に落とした。ふう。
 改めて見るとあと二人も傷を負って戦意喪失って感じだ。


「どう?お兄ちゃん」
「うん、お見事。修行の成果だね」


 頭をぽんとしてやるとユーカが嬉しそうに笑う。
 最近は練習のせいもあって、フランベルジュの精霊の追撃エレメントチェイスもかなりコントロールできるようになってきた。今までは剣から炎を出すくらいしかできなかったけど。
 場慣れするにはまだ時間はかかるだろうけど。まあこれは僕もひとのことは言えない。


「ごめん、一人逃げられちゃった」


 都笠さんとセリエ、ベル君とシャルちゃんがこっちに来た。
 わき道はないけど、人ひとりなら塀を乗り越えて逃げることはできるだろう。まあ仕方ないか。


「しかし、あまりにも手ごたえなかったな……」
「子供3人連れだし油断したんじゃない?」


 まあたしかにベル君とシャルちゃんは戦力外ではあるけど。
 ガルダとの切り合いも記憶に新しい僕としては何とも歯ごたえがなかった。まああっさりケリがつくならそれに越したことはない。


「で、あんたたち何者?
ここに置いてかれたくなかったら答えた方がいいわよ。この辺は魔獣も出るんでしょ?」
「はい、スズ様」


 都笠さんとセリエがちょっと怖い笑みを浮かべながら男たちを尋問している。


「ディグレアで雇われたんだ。顔を隠した奴に。なんか偉そうな奴だった」
「子供を連れて来いって言われたんだ。それだけだ、ほんとだ」


 男たちが青ざめてしゃべる。まあ金で雇われただけなら義理堅く口を閉ざすこともないか。
 子供の該当者は3人。現状では目的はわからない。
 ベル君とシャルちゃんの立場はよくわからないけど、自転車をほぼ再現できるくらいだし相応に腕の立つ技師だろうとは思う。


「他に二輪鉄馬を作ってる工房ってある?」
「……あります」


 ベル君が答える。流石に戦闘の後だからか、ちょっと声が震えてる。
 他の工房も自転車を作ってるのなら、そこの妨害ってこともあり得なくはないのか。


 ガルフブルグ、というかパレアでは警察役の衛兵がいて喧嘩とかトラブルを起こすと取り締まられる。
 でも、こっちではスクランブル交差点とかのような皆が集まるエリアならともかく、探索中に私闘があったり、そこで死んだりしても誰の目にも届かない。邪魔者を消すには悪くない環境とは言える。


 子供、というならもちろんユーカも該当する。
 ラクシャス家はガルダは倒したけどどうなんだろう。しばらく音沙汰がないけど、あの家のことについてはいずれ情報を集めてみないと。


「すごいね、ユーカちゃん、ほんとに戦えるんだね」
「うん……ありがとう」


 そのユーカはシャルちゃんに褒められて照れくさそうにしている。


「ともかく、急いで戻ろう」


 この程度の相手なら第二波が来てもなんとかなるかもしれないけど、危険は避けるに越したことはない。





 とりあえず止血だけして、捕らえた5人は原宿駅前の探索者ギルドの係員に引き渡した。


「こいつらは……ギルドメンバーでも、賞金首とかでもありません……単独スロットシングルスですね」


 全員の顔を改めたギルドの係官が言う。


「なにそれ?」
「スロットを一つとかしか持たないもののことです。
レナ様にようにスロットを活用しないものもおられますが、攻防スロットや魔法スロットを1つでも持つものは傭兵や護衛になるものもいるのです」


 セリエが説明してくれる。
 たしかに攻防スロット一つとかだと探索者とかになれるほどじゃないけど、スロット武器を作れる分、なにもないよりは強い。
 スロット持ち自体は結構いるみたいだし、こういう人も珍しくないんだろうな。


「おそらく商人の誰かの護衛かなにかだと思うんですが……最近はどうしても出入りが多くて把握しきれません。お手数をおかけしました」


 こいつらはオルドネス公の管理下に置かれるらしい。
 僕らも目的を果たしたので、とりあえず渋谷に戻ることにした。









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