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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

スロットシートが生んだある悲劇

 ミュージックバーとやらが無事に流行ってよかったぜ。俺も行ってみたがダンスが好きだな。昔を思い出す。


 そういえば、スミトはスロットシートを見て便利だっていってたな。
 だけど自分の才能が数値になるってのはいいことばかりじゃない。そんなちょっとした話をしてやるよ。


 実はよ、こう見えても俺は昔貴族だったんだ。どことは言わねぇがな。
 俺の家はいわゆる武門の家で、お偉い貴族っていうよりどっちかというと騎士に近かった。貴族と騎士の線引きは結構曖昧なんだが、戦争にかかわるのが騎士、政治にかかわるのが貴族って感じだな。


 まあいろいろ例外もあって、俺の実家みたいに戦争に携わる貴族もいるし、騎士であっても軍事武門の指揮官として政治にかかわる家もある。
 例えばユーカちゃんの実家のサヴォア家は貴族だが戦争の指揮にかかわってたようだから俺の家に近いかもしれない。ラクシャス家は確か礼法を司る貴族様だったと思う。


 ま、それはどうでもいいな。


 俺には一人兄貴がいた。3つ上の兄貴で剣術にも学問にも熱心な努力家、領民への気配りもできる本当に自慢の兄貴だったぜ。
 俺が勝ってたのは、このイケメン顔とかわいこちゃんのあしらい方くらいだったな。


 武門の家にとってスロット能力はすげえ大事だ。どれだけ鍛えても強力なスロット使いの前には及ばない。
 スロット能力はもともと魔獣と戦うための能力だからな。ただの鉄の剣でスロット武器の剣と戦っても勝負は見えてるだろ?
 武門の家の当主は弱くちゃダメなんだ。兵士たちの先頭に立って戦えなければ誰もついて来やしねぇからな。


 スロット能力は神からの賜り物だから、自分に与えられるかは分からねぇ。だが、使いこなすのは結局本人で、本人の技量がなければスロット能力も宝の持ち腐れになる。そんなわけで、俺も兄貴も小さいころから剣の修行にはげんだ。


 俺の家の当主は代々スロット武器を両手剣にする。それが伝統だ。だから兄貴は小さいころから両手剣の訓練をしてた。俺は弟だったからな、俺は片手剣だ。
 俺の家の紋章は平行に飾られた両手剣と片手剣だ。両手剣は当主の、片手剣はそれを補佐するものの象徴ってわけさ。





 兄貴にスロットがあることが分かったときは誰もが安心したと思う。兄貴がスロットシートに触れるとき、俺も息が止まるほど緊張したのを覚えてる。
 兄貴のスロットは攻防、魔法、回復、特殊のバランスがいい、万能型の魔法剣士タイプだった。数値も悪くなかった。突出してるって程じゃないがそんな奴はそうはいない。まあ少なくとも、武門の家の当主に足りるほどだった。


 親父は喜び、お袋は泣いてたよ。兄貴は嬉しそうだった。誇らしげに両手剣を構える兄貴を今も覚えてる。
 家の誰もが、この家はさらに発展する、優秀な若君のもとでさらなる武門の誉れは約束されたと思っただろうな。祝宴は三日間続いて、俺もうまいもんをいっぱい食べた。


 面倒が起きてしまったのは2年後、俺がスロットシートに触れた時だ。
 俺としては兄貴の補佐ができる程度のものがあれば十分だった。まったくないと悲しいなって思ってたくらいだったよ。武門の家で全くスロット能力がないのは結構みじめだからな。だが。
 スロットシートに表示された合計の数はほぼ同じくらい、そして攻防スロットは俺のほうが高かった。それが面倒の始まりだ。


 攻防スロットが高いほうが単純な戦闘力だと高くなりやすい。今から思うと、確かに俺のほうが単独の戦闘能力では高くなっただろうな。
 タイマンでは攻防スロットとそれによってつくれられるスロット武器の効果は絶大なんだ。
 ただ、俺はその時その数字が示した意味がそこまではっきりと分からなかった。だから親父がなんで黙ったかもわからなかった。


「……両手剣を取れ、リチャード」


 長い重苦しい沈黙の後に、親父が言った。
 何でですか?両手剣はもう兄さんが持ってます……と言いたかったが口には出せなかった。そうすることが何を意味するか、あの時はガキだった俺にだってわかった。


 バカな親父だって思うだろ?まあ俺も正直そう思う部分はあるよ。あの時も、何を言ってるんですか、父さん、って言いたかったからな。
 ただ、親父は典型的な攻防スロットの高さを使って最前線で手柄を立て続けた武人ってやつだったんだ。親父にとっては我が家の家長たるもの強くあるべし、だから強さにこだわりがあったんだろう……と今ならわかる。


 あの時の俺は、ただ兄貴が当主に相応しい、俺がその場所を奪っちゃいけない、としか思えなかった。
 これは同情心とかじゃねぇ。兄貴のほうが明らかに当主として優れていた。勉強熱心で領地の民のことにも心を配り、領民からの信頼も厚かったからな。
 それに、回復魔法とかまで使える兄貴のほうが戦士としても優秀だったと今も俺は思ってる。強い弱いってのは単純に力があればいいってわけじゃねぇからな。


 だけど親父はそうは考えなかった。


「リチャード、さあ」


 親父がもう一度俺を促した。そして……俺は斬撃鞭を選んだわけだ。なんで鞭だったのか、これは俺にもわからねぇ。この家から出ていくためなら何でもよかったかもしれない。
 そして、親父は大激怒。3日後に俺を勘当したってわけだ。おふくろは泣いていて、兄貴は何とも言えない顔をしてた。


 これでよかったのか、今でもわからなくなるときはある。


 ただ、俺があの時、親父の言うとおりに両手剣を取ったら……ひどいことになっていただろう。一つの家に二人の当主は要らないし、戦士としてはともかく当主としては兄貴の方が優れていたわけだしな。


 片手剣を取っても、いずれはトラブルのタネになっただろう。俺の方が戦場で武功を立てたりするとな。もちろん、俺が片手剣を取って兄貴を補佐するって形でもうまくやれたかもしれないが。
 まあ、親父は貴族ってより一剣士で、俺は頭の悪いガキだったってわけさ。


 数字って奴は残酷で、上下を明確に示してしまう。
 親父だって、スロットが数字として見えなければあんなバカなことは言わなかったと思う。
 それに、探索者や単独で戦場に出られる程のスロットを持つのは、確率的にも200人に一人だ。兄弟そろって200人に一人レベルのスロットを持ってるなんて普通はありえない。俺が兄貴を超えかねないスロットをもってるなんて誰も予想しなかっただろう。


 俺のスロットの数が分かるまで、俺はずっと兄貴を補佐して生きていくとしか考えてなかった。
 実際、俺の能力が数字で見えたりしなければ……恐らく俺は今も貴族の次男坊で兄貴と一緒に戦ってただろうな。
 周りだって誰もがこう思っていたはずだ。生真面目で強い兄貴が家を継ぐ、そして弟がそれを補佐する、この家はこれで安泰だって。
 それが、スロットの数字が見えたってだけですべて崩れてしまった。





 家を出る朝は良く晴れていた。おふくろとメイドの中で一番仲のいいミーナって子だけが見送ってくれた。
 俺が大事にしてた馬だけは持って行くことを許された。


 俺はこの家が好きだったし、兄貴の力になりたいと思ってた。
 親父は……4日前までは好きだったな。クソ厳しいやつだったが。
 名残は惜しいが俺が選んだ道だ。しかたない。


「母上、申し訳ありません」


 俺はあの時こんな風に言った。あの時は俺もちっとは貴族の礼節ってのを持ってたわけさ。


「……貴方のことはいつまでも愛してる。無事でいて……いつかまた戻ってきて」


 おふくろが頬にキスしてくれた。おふくろは親父を説得してくれたらしかったが、まあ無理だっただろうな。
 おふくろの横でミーナが頭を下げる。今も顔を思い出せる。金色の長い髪がきれいなお姉さんだった。


「俺を追ってきちゃだめだぜ、ミーナ。兄貴を頼むぜ」
「頼まれても追ってなんて行きませんから」


 ミーナの体を抱き寄せる。ミーナも俺を抱き返してくれた。 


「……リチャード様、ご無事で。武運をお祈りします」
「ああ、ありがとな」


 それだけであっけなく別れは終わり、俺は馬にまたがった。勘当される場面を領民に見られるのもばつが悪いしな。さっさと領内から抜けたかった。
 とりあえずパレアに向かえばいいかと思って街道に馬を走らせ。そして、街道に抜ける森のはずれに兄貴がいた。





 あの日以来俺は兄貴と話す機会はなかった。正直言って兄貴は怒ってるんじゃないかって思ったよ。
 怒っても仕方ないよな。全部俺が勝手にやったことだし。
  俺になめられたんじゃないか、憐れまれたんじゃないかってな。誇り高い奴だったし。俺はそんなつもりはなかったんだが。


 どうすればいいのか分からなかった。何を言えばいいのかもわからなかった。
 どっちからも口を開かなくて。鳥の声と風の音と木の葉の葉擦れの音がやたらとよく聞こえたのを覚えてる。


「……正直言って、さ」


 先に口を開いたのは兄貴だった。


「……譲られたって思ってさ。腹立ったよ」
「……」


「でも、お前のほうが何倍もつらい思いをしてるんだよな……」
「……」


「リチャード、今は気持ちの整理がつかないんだ。
だが、何も言わずにお前と別れたくなかった」


 いつも兄貴らしい、堅物でクソ真面目で誠実で率直な言葉だったのを覚えている。


「……いや、気にすんなよ、兄貴。
こんなちゃらんぽらんな男が当主になっちゃみんな迷惑だろうぜ」
「そんなことはないだろ……」


「また会おうぜ、兄貴。おれは探索者になって名をあげてやるからよ
きっとこっちのほうが性に合うぜ」


「……お前に恥じないような当主になるよ。
いつか一緒に飲もう」


 兄貴が手を差し出してきたから俺はそれを握り返した。


「じゃあな、兄貴」
「……ああ」


 なんとなく、今は無理でもいつかわだかまりなく会える日が来る、と握手して思った。世界中の誰もがわかってくれなくても、兄貴がわかってくれれば俺はそれでよかったのでそれでよかった。


 それ以来兄貴には会ってない。あれからもう10年ほど経った。
 俺の家は親父が隠居して兄貴が継いだらしい。時々手柄を立てたって噂が聞こえてくる。元気でやってるようでよかったぜ。
 貴族様の地位に未練はねぇが、いつか故郷に戻って、おふくろとミーナにただいまは言いたいかもな。親父には……今なら気持ちは分かるぜっていうかな。





 ちなみに、スロット武器を鞭にしてとんでもない苦労をした。俺は片手剣の訓練しかしてなかったからな。生きるためには探索者か傭兵くらいしか思いつかなかったから、何か月か死ぬ思いで訓練したよ。
 で、ある探索の時にアーロンの旦那と会ったってわけだ。堅物だがなんとなく気があってその後一緒に組んでる。


 俺がスミトを好きなのは兄貴と似てるからかもしれない
 妙に生真面目で面倒見がよくて、関係ないことに首を突っ込むあたりがな。


 まあ、これで俺の話は終わりだ。数字で能力が見えてしまうってことはいいことばかりじゃないってこったな。わかってもらえたかい?





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