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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ガルフブルグのトップチャートは……

 渋谷に着いて都笠さんの希望でスクランブル交差点の食堂に行った。何か食べたかった、というわけではなく、酒が飲みたかったらしい。
 頼めばいわゆる日本の普通のビールとかも出してもらえるんだけど、都笠さんがガルフブルグの酒を希望したのでその通りにしてもらう。


「じゃあ風戸君、乾杯!」
「乾杯……って乾杯してる場合なんですかね」


 ネコミミと猫尻尾のウェイトレスさんが運んでくれたガルフブルグのエールが入ったジョッキを軽くぶつけるあわせる。懐かしの日本式乾杯だ。
 セリエとユーカはジュースの入ったグラスをおずおずと触れ合わせた。


「味が濃くていいね。もう少し冷えてれば完璧なんだけど」


 エールを半分ほど飲んで都笠さんが感想を述べる。


「これがご主人様の世界の乾杯なのですか? 」
「そうだよ」


 そういえばガルフブルグ式の乾杯はグラスを当ててはいけないんだっけ。


「普通のビールじゃなくてよかったんですか?」
「当たり前よ。だってさ、今は日本以外の人が作ったビールを飲めるんだよ。じゃあ飲まなきゃ損でしょ。
それに郷に入れば郷にしたがえ」


 何ともポジティブだ。なんか珍しい海外に来た、位の感じだけど。自衛隊員だから海外任務とかでもあって慣れているってことなんだろうか。


「そういえば、風戸君。この世界ってどうなってるんだかわかる?」
「いえ、さっぱり。僕も新宿の地下で変な子供と話をしたらこうなってたんで」


 否応なくなじまざるを得なかったけど、なぜこんなことになっているのか、この東京が何なのかというのは全く分からないままだ。


「逆に都笠さんはこっちにくる間に、誰にも会わなかったんですか? 」
「会わなかったわ。
結構来る途中は誰かいないか注意してたのよ。災害とかじゃないかって思ったしさ。駐屯地にも寄ってきたんだけどね」


「そうですか」
「ところでさ、風間君のほうが年上なんだし 敬語やめない?」


 エールのジョッキを空けながら都笠さんが言う。初対面の女性だと何となく敬語になってしまうけど、言われてみれば僕のほうが一応年上か。


「まあそうですね。じゃあそうするよ」


 しかし、改めて考えてみると、この状況はいったいどういう理由で起こったのかは気になるところだ。
 僕も都笠さんも会ったあの子供は知っていそうだけど、誰だかわからないから探しようもない。


「セリエ、誰か知ってる人いると思う?」
「……この世界への門は神託があって開いたと聞いています。
ガルフブルグの高位の神官や学者なら何らかの知識を持っているかもしれません」


 高位の神官に会う伝手なんてもちろんない。ジェレミー公の紹介状を持ってオルドネス公に会えばなにか話が聞けるかもしれないけど、それはそれで面倒事になりそうだ。


「まあいいわ。
とりあえず今ここには日本人はいなくなってて、ほかの世界から来てる連中が宝探ししてるってわけか。わかってるのはそれだけね」


「そうで……じゃなくてそうだね」
「考えてもわかんないことに悩んでも仕方ないよ。飲もう」


 なんというかあっけらかんとしている。これは軍人流の割りきりなのか、本人の性格なのか。
 結局、その後は遅くまで飲み続け、渋谷で一泊した。





 翌日。
 都笠さんもこの世界で身元不明のままというわけにもいかないので、探索者ギルドに登録してもらうことにすした。
 というより渋谷はいまは探索者の街だし、ガルフブルグに行くには通行証がないといけない。通行証はギルドでないともらえないし、ギルドメンバー以外に発行はしてくれないだろう。
 さすがに僕の奴隷扱いです、というわけにもいけない気がする。ということでスタバビルの1階カウンターに着た。


「あらぁ、スミトさん。おはようございますぅ」


 副ギルドマスターのフェイリンさんが受付嬢と話していた。いつもほんわかした口調だけど、今日は朝早いせいか、いつもよりぽやっとした感じだ


「おはようございます」
「その方があれですか?新宿のニホンジンさん?スミトさんの同郷……っていうかこっちの世界の人なんですよね」


 僕が口を開くより前にフェイリンさんが言う。


「ええまあ」


 もう完全にバレてるので誤魔化す意味もない。諦めた。


「この人も探索者ギルドに登録してほしいんです。ついでにガルフブルグに行きたいっていうんで通行証も貰えませんか?」
「いいですよぉ。大歓迎です」


 フェイリンさんが即答してくれる。こっちから聞いといていうのもなんだけど、えらくいい加減だな。登録はともかくとしても、通行証まですぐ出るとは思わなかった。


「いいんですか?そんなにあっさりで」
「もちろんですよぉ。他ならぬスミトさんの頼みですし。このくらい当然です。
それに、スミトさんと同郷ってことは、この塔の廃墟のこと、よく知ってるんでしょ?頼りにしてますよぉ」


 なるほど。ここは以前の貸しが生きたってところかな。それに、今後いろいろ協力してねってことか。


「じゃあ手続きを願いしますね。あなたのスロット武器を教えてください」


 受付嬢が言う。都笠さんが複雑な顔をした。どうかしたかな。


「……スロット武器って、あの叫ぶと出てくるあれ?」
「そうだけど」


「なんていうかさ、モンスターと戦ってるときは気にしなかったけど、人前でやるのって恥ずかしいよね」


 まあ、気持ちはわかる。


「それは慣れるしかないから。慣れよう」


 魔法の呪文のほうがもっと恥ずかしいけど、もう慣れた。慣れると呪文を唱えるのもちょっと快感になるのがなんか嫌だ。


「まあそうね。じゃ、発現マテリアライズ!」


 都笠さんが叫ぶと。真っ黒い細い棒のようなものがあらわれた。長さは胸位の長さだから1m半くらいほどか。


「杖?」
「違うわ。これはかい。正確には長拐。中国武術の武器よ」


 よく見るとトンファーのような取っ手がついている。


「……変なものを選んだね」


 これについては人のこと言えない気がするけど。自衛隊ならナイフとか警棒とかの方があってる気がする。
 しかし僕の銃剣付きのマスケット長銃。セリエはブラシ、ユーカはフランベルジュ。なんとも普通じゃない組み合わせだ。


「昔、台湾に一年ほどいてさ。そのときに習ったんだ」


 都笠さんが軽やかにステップを踏みながらあざやかな手つきで長拐をあやつる。棍の様に振り回したかと思えば、取っ手を握って逆手に構え、流れるようにまた棍のような構えに戻った。中国武術の演武みたいだ。


「すごいね、お姉ちゃん!」
「見事ですねぇ。見たことのない構え方です」


 ユーカとフェイリンさんが感心したような声を上げる。都笠さんがちょっと照れくさそうに笑った。


「じゃあ登録が済み次第、通行証を発行しますので準備してきます。ちょっと待っててくださいねぇ」


 フェイリンさんが奥に引っ込んでいった。


 その後、登録は滞りなく終わり、通行証も発行された。
 秋葉原で買い出しをした観光客よろしくスピーカーとオーディオを入れた段ボール箱をキャリアに乗せて門をくぐった。異世界に興味津々という感じであたりを見回す都笠さんを促して馬車に乗るパレアに戻った。





 戻ってきたら、サンヴェルナールの夕焼け亭の前には20人ほどの人混みができていた。そして、ドアには臨時休業の札がかかっている。何事だ?


「ちょっと失礼」


 人混みをかきわけて中に入ろうとしたら、ドアの向こうからかすかに音楽が聞こえた。どこかで聞いたことがあるロックだ。
 ドアをノックする……が返事がない。もう一度。


「申し訳ありません。今日は休業です」


 中から声が聞こえた。レナさんの声だ。


「僕です。スミトです」
「ああ、待ってたわ、入って」


 ドアが開いて中から音楽が漏れる。机には100枚ほどのCDが積み上げられてた。結構集めたな。


「これはいったい何事ですか?」
「まっていたぞ、スミト君」


「どうせお客も来ないからさ、鏡を集めていろいろ聞いてたのよ。友達の鏡も使わせてもらってさ。それにどんなのが好きなのか分からなかったしさ」
「そうしたら、音を聴いた客が詰めかけてきてな」


 その結果がこの人だかりか。しかし、東京に居たのは3日ほどだったっていうのに。カレーの時も思ったんだけど、口コミのスピード早すぎないか?
 まあでもお客さんが来てくれそうなのは有り難い。チラシまいたり宣伝活動したりする手間は全く必要なさそうだ。


「ところでその方は?」


 レナさんが都笠さんのほうを向いて聞いてくる。


「僕の同郷の人、まあ異世界の人です」
「都笠鈴です。よろしく」


 初対面だからなのか、きちっと折り目正しく頭を下げる。


「ともあれ、急いで準備をお願いしたい。たのめるだろうか?」


「ええ。じゃ、都笠さん、手伝いよろしく」
「もちろんよ」


 設置自体は割と簡単だった。普通なら電源も気にしなければいけないけど、今回は管理者アドミニストレーターで動かすから気にしなくていい。
 オーディオ本体はカウンターの奥に隠す。これは管理者アドミニストレーターを使っているところを見せないためだ。いずれはバレるにしても少しでも遅い方がいい。


「そういえばさ、電源ないのにどうすんのよ、これ。バッテリーでも使うの?」
「僕とレナさんのスキルの管理者アドミニストレーターで動かします」


「そんなことできるんだね。すごいじゃん、人間電池って感じ?」


 電気だけじゃなくて車も動かせるんだけどね。


 あとはスピーカー2台を広間に設置して長いケーブルでつなぐ。
 ケーブルには木の覆いをかぶせて目立たないように細工し、スピーカーも棚のような木枠で覆った。 
 そういえば、僕はもとはこういう仕事してたんだよな、と思い出す。なんというか、遠い昔のようだ。まだ3カ月ほど前のことだというのに。


 ヴァレンさんが店の前に集まっていた人たちに明日から開店する旨を告げて、ようやくその日は静かになった。





 新装開店だけど、お客の入りを心配する必要は全くなかった。
 ミュージックバーとしてリニューアルして3日目。初日は多少空きがあったけど、今日は満席になった。
 セリエとレナさんが忙しく店内を回って酒や飲み物を給仕している。僕と都笠さんも成り行きで手伝いだ。居酒屋でバイトしてた時を思い出す。
 ユーカは、お嬢様に給仕をさせるわけにはいかない、とヴァレンさんとセリエが難色を示したのでカウンターの裏で大人くしている。ちょっと不満げだけど、給仕をさせるには小さいし仕方ない。


 どうも第五階層グレードファイブ管理者アドミニストレーターはかなり対象物の近くに居ないと効果が出ないらしい。僕のは部屋とかの一定の区切られた場所ならどこでも効果が出るけど。ここら辺はスロットの差だな。


 初日はレナさんがオーディオの側にいたのだけど、お客が多すぎてさばき切れなくなり、今は僕の管理者アドミニストレーターでオーディオを稼働させている。
 店の状態が落ち着けばレナさんがオーディオの側にいて、接客はスタッフを入れてまわせるようになるだろう。


 国産メーカーの高級スピーカーだけあって、店内に響く音はラジカセに比べて桁違いに良い。ただ、ファンタジー世界のミュージックバーで鳴り響いているのが、日本の演歌ってのがシュールすぎるけど。
 一曲終わるとお客さんが大拍手をする。
 あの声の出し方というか歌い上げる感じがが讃美歌とかそういうのに通じるものがあるらしい。バラードも同じくらい受けたそうだけど、何となく両者には共通点があるような気もする。


「……これが一番受けたんですか?」
「見ての通りだ、スミト君」


 忙しそうに料理をしながらヴァレンさんが言う。厳ついルックスに似合わず、ヴァレンさんの料理は美味しい。片手なのが大変そうだけど、器用に料理している。


「ところでだな、皆で聞いたとき、これも人気があったのだが……」


 見せられたのは、オールディズのベスト盤CDだった。総じて僕らの時代の感覚だとちょっとレトロなものが受けるってことなんだろうか。
 まあ異世界で電子音を使いまくったダンスミュージックとかアイドルソングとかラップが流れてたら、それはそれでシュールすぎて頭痛がする。


「これを流すときは、テーブルを取り払って皆がダンスをできるようにしようと思うんだが、どう思うかね?
……わが主がご健在のころは、収穫祭とかのときは皆で踊ったものだ」


「いいんじゃないですか?
日によって曲を変えていけばお客さんも楽しいでしょうし」


 ディスコとかクラブのような感じだな。そうこうしてううちに一皿できあがったらしく、皿に肉野菜いためのようなものが盛られた。いい香りがする。
 そういえば今日はまだ夕ご飯をまだ食べてないな。


「……この恩、決して忘れない。お嬢様をお迎えできる場所を守れたのは君のお陰だ」


 しんみりしたセリフではあるけど、料理の皿を渡されながら言われるとどうにも締まらない。


「それに、セリエにも済まないことをした」
「というと?」


「お嬢様に忠誠を捧げ奉公するのは我ら家臣の務めでそれは当然だ。
だが、わが主も家も失ったにもかかわらずセリエの忠誠は不変だった。そして、その忠誠に従ってお嬢様をお守りしたことは称賛すべきだった」
「そうですか」


「……今もサヴォア家の筆頭騎士だったときの考えのままだったよ。愚かだった」


 なんかまだ身分云々の感覚があると感じるけど、これについてはそういう社会構造だからいきなり変わるのは無理だろうと思う。
 ただ、考えが多少なれども変わって、セリエを認めてくれるなら。それはいいことなのは間違いない。


「礼を言わせてくれ。ありがとう」
「……僕に言うんじゃなくて本人に言ってあげてください」


「セリエは今の主は君だ。君に言い、君がセリエに伝えるのが作法だ」


 ガルフブルグではそういうことなのか。


「いえ、本人に直接言ってあげてください」


 ちょっとイヤミの一つでも言いたくなった。


「それとも昔は自分の下に居たセリエに謝るのは嫌ですか?」
「とんでもない。私は誤ちを犯した。それは速やかに改めねばならない。
君が許してくれるならセリエに直接伝えよう」


 ヴァレンさんが真顔できっぱりという。
 ここら辺は正々堂々というか、誤りをきちんと認めるのは騎士のプライドなのかもしれない。高慢で間違いを認めないような鼻持ちならない人じゃなくてよかった。


「じゃあセリエに直接いってあげてください。
謝るんじゃなくて褒めてあげてください。きっとそのほうがセリエも喜びます」
「ああ、そうさせてもらう」


 そんな話をしていると、エプロン姿の都笠さんが空の器をトレイに重ねて厨房に入ってきた。


「風戸君、何をさぼってんの。さっさとそれ運んで。あと、お酒はこぶの手伝いなさい」


 疲れた感じで怒鳴られる。僕は慌てて料理を運び、ヴァレンさんは料理に戻った。





 ミュージックバーの評判がガルフブルグ新市街に知れ渡るのに5日もかからなかった。
 ある時は演歌やバラードをかけ、ある時はオーケストラ、ある時はオールディズとかでダンスホール風と、日によってかける音楽を変えているのがいいらしい。
 今は店の前に一週間の予定を書いたボードを置くようになった。


 演歌やバラードの時はちょっと大人というか年齢層の高い客や親子連れが多い。
 一方、オーケストラの時は身分高めって感じの人たちが中心だ。おつきの人を従えて顔をベールとかで隠してくる人もいる。貴族とかなのかもしれない。
 ダンスホール風の時は若者中心で、掛ける音楽によって客層が分かれるのもなんか日本とちょっと共通点を感じる。ダンスホールの時は皆が躍っていてくれるので、接客の手間が無くて楽でいい。


 ヴァレンさんによると、楽器をたくさんそろえて演奏するような音楽は貴族的な趣味で、歌を歌うのは庶民的な娯楽らしい。
 楽器も安くないからってことだろう。庶民の音楽は打楽器とか手拍子とかそういうのなのだそうだ。


 2週間経った頃には、店の外でまで聞く人が現れる有様になった。
 仕方ないので店の前にタルやスタンドのテーブルを置いて立ち飲み席を作り、ついでに近所の酒場にも手伝いをお願いした。
 広場から離れてちょっと裏路地風味だったサンヴェルナールの夕焼け亭の周辺は賑やかになった。


 親も家も主君も無くしてしまったユーカやセリエにとって帰る場所があるのはとてもいいことだと思う。
その場所が消えてしまわなくてよかった。 
 セリエもヴァレンさんへのちょっと引け目を感じたようなしぐさがなくなって少し明るくなった。しっかり伝えることを伝えてくれたんだろう。


 ファンタジー異世界への第一歩としてはなかなか幸先がいいな。

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