僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
ガルフブルグで初めて会った相手はサヴォア家の遺臣だった。
「セリエ、お前か。まさかこんなところで会うとは」
そこそこ年配だ。50歳位だろうか。ちょっと太って見えるけど、よく見ると質素な服を筋肉が盛り上げていた。言い方は良くないのかもしれないけど筋肉だるまって感じで、デブってるわけじゃない。
顔にはいくつもの切り傷らしきものが刻まれている。坊主頭に髭面、片腕、筋肉質と何ともいかつい印象だ。東京であったらたぶん目を逸らしてる。
肩に革の袋をかけていて、そこからは野菜とか酒の瓶とかが見えるあたりが何ともミスマッチなんだけど。
「ご無沙汰しております、ヴァレン様」
知っている顔らしく、セリエが頭を下げる。なんかこういう状況では微妙に置いてきぼりな感じだ。ヴァレンと呼ばれた男がセリエをじっと見つめる。
セリエが膝をついて頭を下げなおした。ヴァレンが満足げにうなづく。僕は少しイラついた。何なんだ、こいつ。
「お嬢様をお守りするために奴隷になったと聞いたが、お嬢様はどこだ?」
そのお嬢様こと、ユーカは馬車の上で固まっていた。
「おいで、ユーカ」
声を掛けるとユーカが馬車から降りてきた。ヴァレンの顔がパッとほころぶ、が、やっぱり厳つい。
ヴァレンが荷物を下ろしてユーカの前で膝をつく。
「ユーカお嬢様。ヴァレンです。覚えておられませんか?」
気の毒なことに覚えていないらしく、ユーカが僕の後ろに隠れるように寄り添った。ヴァレンが一瞬沈み込んだ顔をして僕を睨む。
「……ところで君は誰だね?」
「アンタこそ誰だ。名を名乗れ」
ガルダほどではないけれど、なんとも偉そうだ。どこのどいつかはなんとなく想像がつくけど、僕が遜る義理はない。
「ご主人様、こちらはエルネスト・ヴァレン様。サヴォア家の執事で旦那様の側近であった方です」
元サヴォア家のお偉方か。そんなところだろうな。執事というより親衛隊長って感じだ。
しかし、なんか執事というと、細身で黒いスーツに身を包んだ上品なおじさん、というイメージなんだけど。これは僕のイメージが偏っているんだろうか。
「……エルネスト叔父さん?」
「はい。お嬢様」
ユーカの言葉にごつい顔をほころばしてヴァレンが笑った。
「ヴァレン様。こちらはカザマスミト様。今の私たちのご主人様です」
ヴァレンが僕の顔を見る。
「ということは、お嬢様はこいつの……」
気に食わない、という表情がありありと浮かんでいた。
まあ自分の仕えていた家の血を引く最後の子供がこんな若造に買われているというのは腹立たしいのかもしれないけど。もう少しポーカーフェイスってものを覚えたほうが良くないだろうか。顔に出過ぎ。
「……ヴァレン様、お言葉ですが、私たちはご主人様に救われました。
ご主人様がいなければ今頃私たちはラクシャス家に買われていて、その後どうなっていたかもわかりません」
「セリエの言っていることは正しいぞ。
お前さんが言いたいことは分からなくもないがな。スミトには感謝すべきであって恨み言を言う場面じゃない」
「アンタだって知ってるんじゃないか?塔の廃墟で二人の奴隷を救った探索者の話。こいつのことだぜ」
アーロンさんとリチャードがフォローしてくれた。
「まさかあの話はお嬢様の?」
「まあ一応そういうことらしいですよ」
ヴァレンが驚いたような顔になる。こうなるなら有名になるのも悪くはない。
「それは大変失礼した……」
「スミトです。カザマスミト」
「お嬢様、それにスミト君、ぜひ我が宿に来てほしい。いま私は細やかながら宿の主をしておりますので」
宿はアーロンさんに教えてもらおうと思っていたけど、そういうことならこっちに行くのもいいな。
「じゃあ遠慮なく。アーロンさんも一緒にどうですか?」
僕の言葉にアーロンさんが首を振った。
「俺たちは馴染みの宿があるんでな、そっちに行ってるよ。
あそこの深淵の止まり木亭って店だ。店で俺の名を言えば呼んでくれる。じゃあな」
「スミト、眼鏡を売るのは俺にも噛ませろよ」
「了解です」
アーロンさん達は広場に面した大きめの宿の方に歩いて行った。
「ユーカちゃん、またね」
「うん、お姉ちゃん」
レインさんが笑って手を振り、ユーカも振り返す。
「では参りましょう、お嬢様」
ヴァレンがユーカを促して歩き始めた。
◆
その宿は広場からすこし離れた通りに面した場所にあった。
「どうぞこちらへ、サンヴェルナールの夕焼け亭です」
白い石造りの壁。吹き抜けの3階建ての建物だ。
一階はテーブルが並べられて酒場風、二階より上は宿屋なんだろうか。大きな天窓から光が差し込んできていて、部屋の中は明かるい
壁には暖炉の上に大きな絵が飾ってあるだけで飾り気がない。絵は、大きな屋敷の後ろにそびえる山と、夕焼けの絵だった。店名はここからきてるらしい。
「あ、あれ……」
ユーカが絵を見て驚いたような声を上げた。
「屋敷もなにもかも奪われましたが、あの絵だけはなんとか持ちだせたのです」
ユーカが絵をじっと見ている。昔の家の絵なんだろうな。
「しばらくは私も探索者をしていたのですが、ご覧のように腕を失いまして……」
そんな話をしているところで奥から女の人が出てきた。
30半ばくらいって感じだろうか。背が高くって僕と同じくらいだ。すこしふっくらした感じで、栗色の髪を編んで結い上げている。ちょっと疲れた顔がこちらを見てぱっと明るくなった。
「……お嬢様?お嬢様ですか?それにセリエ?」
「レナ!」
「レナさん、またお会いできてうれしいです」
ユーカがレナさんに駆け寄って行って抱き着く。セリエとはかるくハグして頬寄せ合っていた。仲がいいんだろうな、という感じだ。
「……サヴォア家は無くなってしまいましたが、わが主が忘れ去られるのは我慢なりませんでしたのでな。
いつかユーカ様や奥様をお迎えできると信じて、ささやかですがここに店を構えておりました。夢がかないまして嬉しく思います」
こういう時は微妙に孤独感があるけど、ユーカやセリエの嬉しそうな様子を見ているとこっちも嬉しくなる。
罪を着せられて奴隷に落とされて、久しぶりにもどったガルフブルグでまさかの再会か。なんか幸先がいい。
◆
その後は夕食になった。
「へえ、アンタが噂の探索者なんだね。お嬢様を助けてくれてホントに感謝するよ」
若いのにやるじゃないか」
「ありがとうございます」
「お兄ちゃんはすごいんだよ。塔の廃墟のことを何でも知ってるんだから」
料理を運んできてくれたレナさんが僕の肩をバンバンと叩く。グラスを取り落としそうになった。
料理はどれも美味しい。渋谷スクランブルの探索者の酒場で見たことがある料理が多いけど、味はこっちの方が上だ。
「しかし……暇そうですね」
もう夕飯の時間だというのに、店内は閑散としている。
「今までお客だった探索者が塔の廃墟に探索に流れているのだ。
それに、表通りに近いところに1月ほど前に新しい店ができたのでね」
ヴァレンが苦々し気に言う。
「セリエ、レナ、食べないの?」
セリエはレナさんと一緒に僕らの後ろに控えているように立っている。
「私たちはあとでいただきますので」
なんか引っかかるけど、ここでの僕の立場は客だし何も言わないでおいた。
◆
「それは?」
食事もおおむね終わったら、レナさんが何かを丸い物を取り出してそれを見ながら、口の周りをぬぐっている。ていうか真ん中に穴が空いている円盤、これはCDか。
「塔の廃墟の鏡でしょ。知ってるんじゃないの?
真ん中に穴が開いてるから持ちやすくていいわよね。裏に書いてある絵も綺麗だし」
「見せてもらっていいですか?」
「いいわよ。これ、落としても割れないのがいいのよね」
CDがこんな風に使われてるとは。眼鏡に次ぐ勘違い使用法第二弾だな、眼鏡については間違っていたのはリチャードだけなんだけど。御丁寧に木の枠までつけられている。
まあでもガラスや鏡が貴重な世界では顔を映す文には十分に鏡として使えるか。
たしかスタバビルには大手のレコード屋が入っていたはずだ。CDも山ほどあっただろうからさぞかし一杯持ち込まれただろう。
「ところで、スミト君」
「はい」
「ご覧の通り、我がサンヴェルナールの夕焼け亭はこのような状況だ
先ほどからのお嬢様の話を聞くところによれば、君は塔の廃墟のことに詳しいというではないか。
なにか、塔の廃墟のものを使うなどして、お客を呼べるようなことはできないだろうか」
簡単にいってくれるな。
「知ってはいますけど、そううまく行くとは思えないんですけど」
「すでに色々と工夫はしてみたのだが、なかなかうまくいかんのだ」
「ご主人様、なんとかなりませんか?」
「お兄ちゃん……」
「……なんとか考えてみるよ」
二人にとって思い出の場所ではないんだろうけど、サヴォア家のあった最後の証みたいなものだ。なくなってほしくないのは分かる。
「それは有り難い。感謝するよ、スミト君。お嬢様、スミト君、お二人の部屋は3階です。こちらへどうぞ」
「お兄ちゃんとはいつも隣の部屋で寝てるの。だから今日もそうする」
ユーカの言葉を聞いたヴァレンがすごい目で僕を睨む。何を言いたいかは分からなくもないけど、なにもやましいことはしてないぞ。
「セリエは?一緒に寝よ」
セリエが困ったような顔をする。
「お嬢様、今日は一人でお休みください」
セリエが頭を下げる。ユーカが寂しそうな顔をして3階に上がっていった。僕も一緒に上がる。
「ねえ、お兄ちゃん。なんでセリエは一緒に寝れないのかな?」
「……なんでだろうね」
なんとなく察しはつくんだけど、とりあえず言わないでおいた。
◆
翌日早朝。スマホのアラームで目が覚めた。時計は7時を表示している。この世界の時計と合わせたわけではないけど、参考にはなるだろう。
セリエとユーカは宿で休むことになったので、一人でアーロンさん達に会いに行った。
薄く朝霧がかかっていて肌寒い。日本で言うと秋も半ばくらいだろうか。石造り、レンガ造りだからなのか、朝はちょっと寒々しい感じだ。
朝は早いけどそれなりに人が歩いている。道を歩いていると、東京の物がいろいろ入ってきているなってのが分かる。洋服もそうだけど、見慣れたファッションブランドのロゴ入りの看板が建物にかかっていたりする。
自転車も入ってきているようで、ママチャリに乗った若い女の子があぶなっかしい運転で走って行った。あれは自転車通勤なのか。凸凹の石畳では自転車はすぐパンクしてしまいそうだけど、大丈夫なんだろうかとちょっと心配してしまった。
しばらく歩くと広場に出た。広場にはすでに人や馬車が行きかっていた。昨日と同じように屋台も出ていて、パンや肉の焼けるいい匂いがしてくる。
深淵の止まり木亭は広場に面していたので割と簡単にたどり着けた。ドアを開けると、作りはサンヴェルナールの夕焼け亭とほとんど同じだ。吹き抜け構造の宿で一回が酒場兼レストラン。ただし規模はこっちの方が大きいけど。
ちょうどよくレストランではアーロンさん達が朝ご飯を食べていた。
「おはようございます」
「おお、早いな、スミト」
「おはようございます、スミトさん」
「朝飯食うか?」
リチャードが皿を僕の方に押し出してくれる。
「今日はどうするんだ?何もないならパレアを案内してやってもいいが」
「それより相談なんですけど。ガルフブルグで宿を繁盛させるためにはどうすればいんですかね」
昨日のことを説明する。
僕は経営コンサルとかではないし、そもそもここは日本じゃないから、この世界の流行り物なんてわからない。
まわりを改めて見渡すまでもなく。閑散としていたサンヴェルナールの夕焼け亭とは全く違い、とてもにぎやかだ。何組もの探索者らしき人たちが居て食事をしたり、朝っぱらからワインを飲んでいたりする。
「……お前、相変わらず変なことに首を突っ込むよな」
「俺は探索者であって商人じゃないからな。わからん」
アーロンさんが肩をすくめる。
「だけどよ、いい宿って。お前、決まってんだろ、スミト。
うまい酒、うまい料理、そしてかわいこちゃん。これよ」
リチャードが指さした先には僕より少し年上っぽいウェイトレスさんがいた。赤毛の癖っ毛で、エプロンドレスをきているけど、服を着ててもナイスバディなのが分かる。
リチャードが手を振るとにっこり笑い返してくれた。かわいい、というより人なつっこい。看板娘って感じかな。
フォークを取り上げてソーセージを一本いただく。ハーブらしきものが練り込まれているようで、食べなれない風味だけど美味しい。東京の物にも引けを取らない味だ。
おいしい料理に美味しいお酒ってあたりは日本と同じだけど、すでにそれはやっているっぽいし。現状をすぐに打破するアイディアって感じではない。
「私としましては、ベッドが柔らかいところがいいですね」
レインさんがお茶を飲みながら女性らしい感想を述べてくれる。昨日のベッドは堅かった。
そういえば、東京のホテルでも外国製の高級マットレスを使ってます、ってのをアピールしているのは見たことがある。
「ただ、探索者は大体は拠点が決まってるからな。馴染みの店はそう変えたりしないぞ」
アーロンさんが言う。確かに馴染みになって信用できる店の方がいいに決まってるか。じゃあ探索者をお客にするのは厳しいってことなのかな。
「……しかし、なかなかそのヴァレンって男は大したもんだな」
「そうなんですか?」
なんというか、僕がユーカの主人ってのが気に食わないんだろうというのはなんとなく伝わってくる。まあそれは気持ちが分かるから我慢できる。
それより、セリエを軽んじるような態度が端々に見えて、それがなんだか腹立たしい。
「ふつうは主家が没落したらそこに仕えていた騎士や召使はもうその家とは縁を切るものだ。
特にサヴォア家は当主が罪を負わされて処刑されてるって話だしな。仕官のことを考えれば、そういう家に仕えていたっての隠したい過去だろう」
「旦那の言うとおりだ。この状況でまだサヴォア家に忠誠を誓ってるってのは、確かに大したもんだと思うぜ。前当主はよほど慕われていたんだろうな」
「まあ忠誠心とかそこらへんはいいんですけど。
正直言ってセリエへの対応が非常に腹立ったんですけどね。どうなんですか。アーロンさん」
アーロンさんが僕の言葉を聞きながらパンを一口かじる。
「……まあ怒る気持ちもわからんではない。が、残念ながらガルフブルグではそんなもんだ。
セリエはおそらくサヴォア家では身分が低い位置だったんだろうな。当主の側近からすれば格下ってことだ」
アーロンさんがこともなげに言う。
レインさんやセリエへの接し方に偉ぶったところもないアーロンさんからそういう風に言われるとは……それに。
「渋谷でそんなことはなかったじゃないですか」
セリエもユーカも奴隷だけど、渋谷の探索者の宿で身分を理由に見下されたり軽んじられたりってことは無かった。
「あそこは探索者の街だからな。
探索者にとって一番大事なのは、突き詰めれば実力だ」
「そういうことさ。身分なんて関係ねぇよ。強さがすべてさ。
それに、俺達探索者の中には奴隷とは言えないまでも貧しい環境から実力で這い上がってきた奴も少なくないからな」
「だが、ガルフブルグはそうじゃない。貴族が奴隷や召使に接する態度としてはそんなもんだろう」
こういう話を聞くと、東京というか日本とは明確に違う社会だ、ということを実感する。身分社会ってわけか。
「……しかし、お前は変わってるな」
「なんでです?」
「お前にはサヴォア家への義理もないし、そのヴァレンって奴に肩入れする理由もないだろ」
「でも、ユーカやセリエの頼みですからね」
なんというか、必要とされるってのは嬉しい。それに、いまは何をするにも自分で決められる。無理やりやらされているわけじゃないから別に辛くない。
「そこまでして奴隷の願いを聞く主人なんてのは普通はありえないぞ」
「いえ、アーロン様も同じくらいお優しいです!」
レインさんが言って、リチャードがやれやれといった顔で肩をすくめた。
色々と興味深い話は聞けたけど、残念ながら店をはやらせるようなアイディアは出なかった。
◆
何かあれば相談しに来い、というアーロンさん達を置いていったん外に出た。日が少し上ってちょっと暖かくなっている。
とりあえず、東京の人気店、といわれた店を思い出してみる。デートで行ったことがあるようなしゃれたお店、というかそれも遠い昔のように感じて現実感が無くなるんだけど。
美味しい料理、美味しいお酒、寝やすい寝具はウリにはなるけど即効性がない。この世界にないもので客を引けるのがいい。
考え事をしながら歩いていると、唐突にどこかで聞いたような音楽が聞こえた。
オーケストラだ。音の方向を見ると広場の一角に人混みが出来ていた。人混みの真ん中には商人風の男が立っている。
「どうだい、みんな。これは塔の廃墟の発掘品だ。
たった今、向こうの探索者から買い取ったものさ。この鍵盤をおすと……」
音が流れ出す。どこかで聞いたクラシックの演奏。曲名までは何かまでは分からないけど。
売り文句を言う男の手には小ぶりなラジカセが握られていた。
音楽は昔はCD、今はダウンロードって世代としてはカセットデッキはなんとも久しぶり感がある。電池式だから電源が無くても動くんだろうな。
スピーカーから流れる音に周りのギャラリーから驚きの声が上がる。
「この中には魔法で楽団が封じ込められてる。そういう風に発掘された場所には書付が残っていたらしい。
いつでも楽団が演奏してくれる。4大公だってそんな贅沢はそうできやしないぜ。どうだい、自分の家に塔の廃墟の魔法の品、おいて見ないかい?」
説明書が読めるわけはないから嘘っぱちだし、そもそも魔法で楽団が封じ込められてるって大げさ言うにもほどがある。
なんというか怪しいたたき売りだな、あれじゃ。
ただ、この時初めて気が付いた。今の渋谷のいるときも、この世界きてからも、深淵の止まり木亭でも何かたりないと思ってたけど、久しぶりに聞いてようやく気付いた。
音楽だ。
東京にいるときは何の気なしに聞いていた。どんな店に入っても、大体どこでも音楽が流れてた。
でも今は。
たまに渋谷の酒場では吟遊詩人みたいな人がバイオリンのようなものを弾いたり歌ったりしていたけど、基本的には探索者の集う冒険の最前線だからなのか、音楽を聴く機会がなかった。
こっちの世界で音楽が貴重なら、そして、僕らの世界の音楽もこちらでは受け入れられるのならば。音楽が流れる酒場ってのは売りになるかもしれない
「僕が買います」
「おお、若い兄さん、なかなかお目が高いね」
商人風の男が嬉しそうに言った。
「ええ、恋人へのプレゼントを考えてたんで」
「ほう。楽団を送ってもらえるなんて、世界一幸せなお嬢さんだな」
流石に塔の廃墟の発掘品なだけあっていい値段だったけど。支払いは手持ちで持っていた割符でかろうじて足りた。
「ところで、これって他にもあるんですか?」
「ここだけの話だけどね、いくつか動くものが見つかってるんだ。うまく売れるようなら今後は貴族様にも売り込もうと思ってるよ」
なるほどね。動かないものと動くものは電源の問題だろうな。
電化製品を使って音楽をかけるにはいくつかクリアすべき問題もあるけれど、うまくいくだろうか。
そこそこ年配だ。50歳位だろうか。ちょっと太って見えるけど、よく見ると質素な服を筋肉が盛り上げていた。言い方は良くないのかもしれないけど筋肉だるまって感じで、デブってるわけじゃない。
顔にはいくつもの切り傷らしきものが刻まれている。坊主頭に髭面、片腕、筋肉質と何ともいかつい印象だ。東京であったらたぶん目を逸らしてる。
肩に革の袋をかけていて、そこからは野菜とか酒の瓶とかが見えるあたりが何ともミスマッチなんだけど。
「ご無沙汰しております、ヴァレン様」
知っている顔らしく、セリエが頭を下げる。なんかこういう状況では微妙に置いてきぼりな感じだ。ヴァレンと呼ばれた男がセリエをじっと見つめる。
セリエが膝をついて頭を下げなおした。ヴァレンが満足げにうなづく。僕は少しイラついた。何なんだ、こいつ。
「お嬢様をお守りするために奴隷になったと聞いたが、お嬢様はどこだ?」
そのお嬢様こと、ユーカは馬車の上で固まっていた。
「おいで、ユーカ」
声を掛けるとユーカが馬車から降りてきた。ヴァレンの顔がパッとほころぶ、が、やっぱり厳つい。
ヴァレンが荷物を下ろしてユーカの前で膝をつく。
「ユーカお嬢様。ヴァレンです。覚えておられませんか?」
気の毒なことに覚えていないらしく、ユーカが僕の後ろに隠れるように寄り添った。ヴァレンが一瞬沈み込んだ顔をして僕を睨む。
「……ところで君は誰だね?」
「アンタこそ誰だ。名を名乗れ」
ガルダほどではないけれど、なんとも偉そうだ。どこのどいつかはなんとなく想像がつくけど、僕が遜る義理はない。
「ご主人様、こちらはエルネスト・ヴァレン様。サヴォア家の執事で旦那様の側近であった方です」
元サヴォア家のお偉方か。そんなところだろうな。執事というより親衛隊長って感じだ。
しかし、なんか執事というと、細身で黒いスーツに身を包んだ上品なおじさん、というイメージなんだけど。これは僕のイメージが偏っているんだろうか。
「……エルネスト叔父さん?」
「はい。お嬢様」
ユーカの言葉にごつい顔をほころばしてヴァレンが笑った。
「ヴァレン様。こちらはカザマスミト様。今の私たちのご主人様です」
ヴァレンが僕の顔を見る。
「ということは、お嬢様はこいつの……」
気に食わない、という表情がありありと浮かんでいた。
まあ自分の仕えていた家の血を引く最後の子供がこんな若造に買われているというのは腹立たしいのかもしれないけど。もう少しポーカーフェイスってものを覚えたほうが良くないだろうか。顔に出過ぎ。
「……ヴァレン様、お言葉ですが、私たちはご主人様に救われました。
ご主人様がいなければ今頃私たちはラクシャス家に買われていて、その後どうなっていたかもわかりません」
「セリエの言っていることは正しいぞ。
お前さんが言いたいことは分からなくもないがな。スミトには感謝すべきであって恨み言を言う場面じゃない」
「アンタだって知ってるんじゃないか?塔の廃墟で二人の奴隷を救った探索者の話。こいつのことだぜ」
アーロンさんとリチャードがフォローしてくれた。
「まさかあの話はお嬢様の?」
「まあ一応そういうことらしいですよ」
ヴァレンが驚いたような顔になる。こうなるなら有名になるのも悪くはない。
「それは大変失礼した……」
「スミトです。カザマスミト」
「お嬢様、それにスミト君、ぜひ我が宿に来てほしい。いま私は細やかながら宿の主をしておりますので」
宿はアーロンさんに教えてもらおうと思っていたけど、そういうことならこっちに行くのもいいな。
「じゃあ遠慮なく。アーロンさんも一緒にどうですか?」
僕の言葉にアーロンさんが首を振った。
「俺たちは馴染みの宿があるんでな、そっちに行ってるよ。
あそこの深淵の止まり木亭って店だ。店で俺の名を言えば呼んでくれる。じゃあな」
「スミト、眼鏡を売るのは俺にも噛ませろよ」
「了解です」
アーロンさん達は広場に面した大きめの宿の方に歩いて行った。
「ユーカちゃん、またね」
「うん、お姉ちゃん」
レインさんが笑って手を振り、ユーカも振り返す。
「では参りましょう、お嬢様」
ヴァレンがユーカを促して歩き始めた。
◆
その宿は広場からすこし離れた通りに面した場所にあった。
「どうぞこちらへ、サンヴェルナールの夕焼け亭です」
白い石造りの壁。吹き抜けの3階建ての建物だ。
一階はテーブルが並べられて酒場風、二階より上は宿屋なんだろうか。大きな天窓から光が差し込んできていて、部屋の中は明かるい
壁には暖炉の上に大きな絵が飾ってあるだけで飾り気がない。絵は、大きな屋敷の後ろにそびえる山と、夕焼けの絵だった。店名はここからきてるらしい。
「あ、あれ……」
ユーカが絵を見て驚いたような声を上げた。
「屋敷もなにもかも奪われましたが、あの絵だけはなんとか持ちだせたのです」
ユーカが絵をじっと見ている。昔の家の絵なんだろうな。
「しばらくは私も探索者をしていたのですが、ご覧のように腕を失いまして……」
そんな話をしているところで奥から女の人が出てきた。
30半ばくらいって感じだろうか。背が高くって僕と同じくらいだ。すこしふっくらした感じで、栗色の髪を編んで結い上げている。ちょっと疲れた顔がこちらを見てぱっと明るくなった。
「……お嬢様?お嬢様ですか?それにセリエ?」
「レナ!」
「レナさん、またお会いできてうれしいです」
ユーカがレナさんに駆け寄って行って抱き着く。セリエとはかるくハグして頬寄せ合っていた。仲がいいんだろうな、という感じだ。
「……サヴォア家は無くなってしまいましたが、わが主が忘れ去られるのは我慢なりませんでしたのでな。
いつかユーカ様や奥様をお迎えできると信じて、ささやかですがここに店を構えておりました。夢がかないまして嬉しく思います」
こういう時は微妙に孤独感があるけど、ユーカやセリエの嬉しそうな様子を見ているとこっちも嬉しくなる。
罪を着せられて奴隷に落とされて、久しぶりにもどったガルフブルグでまさかの再会か。なんか幸先がいい。
◆
その後は夕食になった。
「へえ、アンタが噂の探索者なんだね。お嬢様を助けてくれてホントに感謝するよ」
若いのにやるじゃないか」
「ありがとうございます」
「お兄ちゃんはすごいんだよ。塔の廃墟のことを何でも知ってるんだから」
料理を運んできてくれたレナさんが僕の肩をバンバンと叩く。グラスを取り落としそうになった。
料理はどれも美味しい。渋谷スクランブルの探索者の酒場で見たことがある料理が多いけど、味はこっちの方が上だ。
「しかし……暇そうですね」
もう夕飯の時間だというのに、店内は閑散としている。
「今までお客だった探索者が塔の廃墟に探索に流れているのだ。
それに、表通りに近いところに1月ほど前に新しい店ができたのでね」
ヴァレンが苦々し気に言う。
「セリエ、レナ、食べないの?」
セリエはレナさんと一緒に僕らの後ろに控えているように立っている。
「私たちはあとでいただきますので」
なんか引っかかるけど、ここでの僕の立場は客だし何も言わないでおいた。
◆
「それは?」
食事もおおむね終わったら、レナさんが何かを丸い物を取り出してそれを見ながら、口の周りをぬぐっている。ていうか真ん中に穴が空いている円盤、これはCDか。
「塔の廃墟の鏡でしょ。知ってるんじゃないの?
真ん中に穴が開いてるから持ちやすくていいわよね。裏に書いてある絵も綺麗だし」
「見せてもらっていいですか?」
「いいわよ。これ、落としても割れないのがいいのよね」
CDがこんな風に使われてるとは。眼鏡に次ぐ勘違い使用法第二弾だな、眼鏡については間違っていたのはリチャードだけなんだけど。御丁寧に木の枠までつけられている。
まあでもガラスや鏡が貴重な世界では顔を映す文には十分に鏡として使えるか。
たしかスタバビルには大手のレコード屋が入っていたはずだ。CDも山ほどあっただろうからさぞかし一杯持ち込まれただろう。
「ところで、スミト君」
「はい」
「ご覧の通り、我がサンヴェルナールの夕焼け亭はこのような状況だ
先ほどからのお嬢様の話を聞くところによれば、君は塔の廃墟のことに詳しいというではないか。
なにか、塔の廃墟のものを使うなどして、お客を呼べるようなことはできないだろうか」
簡単にいってくれるな。
「知ってはいますけど、そううまく行くとは思えないんですけど」
「すでに色々と工夫はしてみたのだが、なかなかうまくいかんのだ」
「ご主人様、なんとかなりませんか?」
「お兄ちゃん……」
「……なんとか考えてみるよ」
二人にとって思い出の場所ではないんだろうけど、サヴォア家のあった最後の証みたいなものだ。なくなってほしくないのは分かる。
「それは有り難い。感謝するよ、スミト君。お嬢様、スミト君、お二人の部屋は3階です。こちらへどうぞ」
「お兄ちゃんとはいつも隣の部屋で寝てるの。だから今日もそうする」
ユーカの言葉を聞いたヴァレンがすごい目で僕を睨む。何を言いたいかは分からなくもないけど、なにもやましいことはしてないぞ。
「セリエは?一緒に寝よ」
セリエが困ったような顔をする。
「お嬢様、今日は一人でお休みください」
セリエが頭を下げる。ユーカが寂しそうな顔をして3階に上がっていった。僕も一緒に上がる。
「ねえ、お兄ちゃん。なんでセリエは一緒に寝れないのかな?」
「……なんでだろうね」
なんとなく察しはつくんだけど、とりあえず言わないでおいた。
◆
翌日早朝。スマホのアラームで目が覚めた。時計は7時を表示している。この世界の時計と合わせたわけではないけど、参考にはなるだろう。
セリエとユーカは宿で休むことになったので、一人でアーロンさん達に会いに行った。
薄く朝霧がかかっていて肌寒い。日本で言うと秋も半ばくらいだろうか。石造り、レンガ造りだからなのか、朝はちょっと寒々しい感じだ。
朝は早いけどそれなりに人が歩いている。道を歩いていると、東京の物がいろいろ入ってきているなってのが分かる。洋服もそうだけど、見慣れたファッションブランドのロゴ入りの看板が建物にかかっていたりする。
自転車も入ってきているようで、ママチャリに乗った若い女の子があぶなっかしい運転で走って行った。あれは自転車通勤なのか。凸凹の石畳では自転車はすぐパンクしてしまいそうだけど、大丈夫なんだろうかとちょっと心配してしまった。
しばらく歩くと広場に出た。広場にはすでに人や馬車が行きかっていた。昨日と同じように屋台も出ていて、パンや肉の焼けるいい匂いがしてくる。
深淵の止まり木亭は広場に面していたので割と簡単にたどり着けた。ドアを開けると、作りはサンヴェルナールの夕焼け亭とほとんど同じだ。吹き抜け構造の宿で一回が酒場兼レストラン。ただし規模はこっちの方が大きいけど。
ちょうどよくレストランではアーロンさん達が朝ご飯を食べていた。
「おはようございます」
「おお、早いな、スミト」
「おはようございます、スミトさん」
「朝飯食うか?」
リチャードが皿を僕の方に押し出してくれる。
「今日はどうするんだ?何もないならパレアを案内してやってもいいが」
「それより相談なんですけど。ガルフブルグで宿を繁盛させるためにはどうすればいんですかね」
昨日のことを説明する。
僕は経営コンサルとかではないし、そもそもここは日本じゃないから、この世界の流行り物なんてわからない。
まわりを改めて見渡すまでもなく。閑散としていたサンヴェルナールの夕焼け亭とは全く違い、とてもにぎやかだ。何組もの探索者らしき人たちが居て食事をしたり、朝っぱらからワインを飲んでいたりする。
「……お前、相変わらず変なことに首を突っ込むよな」
「俺は探索者であって商人じゃないからな。わからん」
アーロンさんが肩をすくめる。
「だけどよ、いい宿って。お前、決まってんだろ、スミト。
うまい酒、うまい料理、そしてかわいこちゃん。これよ」
リチャードが指さした先には僕より少し年上っぽいウェイトレスさんがいた。赤毛の癖っ毛で、エプロンドレスをきているけど、服を着ててもナイスバディなのが分かる。
リチャードが手を振るとにっこり笑い返してくれた。かわいい、というより人なつっこい。看板娘って感じかな。
フォークを取り上げてソーセージを一本いただく。ハーブらしきものが練り込まれているようで、食べなれない風味だけど美味しい。東京の物にも引けを取らない味だ。
おいしい料理に美味しいお酒ってあたりは日本と同じだけど、すでにそれはやっているっぽいし。現状をすぐに打破するアイディアって感じではない。
「私としましては、ベッドが柔らかいところがいいですね」
レインさんがお茶を飲みながら女性らしい感想を述べてくれる。昨日のベッドは堅かった。
そういえば、東京のホテルでも外国製の高級マットレスを使ってます、ってのをアピールしているのは見たことがある。
「ただ、探索者は大体は拠点が決まってるからな。馴染みの店はそう変えたりしないぞ」
アーロンさんが言う。確かに馴染みになって信用できる店の方がいいに決まってるか。じゃあ探索者をお客にするのは厳しいってことなのかな。
「……しかし、なかなかそのヴァレンって男は大したもんだな」
「そうなんですか?」
なんというか、僕がユーカの主人ってのが気に食わないんだろうというのはなんとなく伝わってくる。まあそれは気持ちが分かるから我慢できる。
それより、セリエを軽んじるような態度が端々に見えて、それがなんだか腹立たしい。
「ふつうは主家が没落したらそこに仕えていた騎士や召使はもうその家とは縁を切るものだ。
特にサヴォア家は当主が罪を負わされて処刑されてるって話だしな。仕官のことを考えれば、そういう家に仕えていたっての隠したい過去だろう」
「旦那の言うとおりだ。この状況でまだサヴォア家に忠誠を誓ってるってのは、確かに大したもんだと思うぜ。前当主はよほど慕われていたんだろうな」
「まあ忠誠心とかそこらへんはいいんですけど。
正直言ってセリエへの対応が非常に腹立ったんですけどね。どうなんですか。アーロンさん」
アーロンさんが僕の言葉を聞きながらパンを一口かじる。
「……まあ怒る気持ちもわからんではない。が、残念ながらガルフブルグではそんなもんだ。
セリエはおそらくサヴォア家では身分が低い位置だったんだろうな。当主の側近からすれば格下ってことだ」
アーロンさんがこともなげに言う。
レインさんやセリエへの接し方に偉ぶったところもないアーロンさんからそういう風に言われるとは……それに。
「渋谷でそんなことはなかったじゃないですか」
セリエもユーカも奴隷だけど、渋谷の探索者の宿で身分を理由に見下されたり軽んじられたりってことは無かった。
「あそこは探索者の街だからな。
探索者にとって一番大事なのは、突き詰めれば実力だ」
「そういうことさ。身分なんて関係ねぇよ。強さがすべてさ。
それに、俺達探索者の中には奴隷とは言えないまでも貧しい環境から実力で這い上がってきた奴も少なくないからな」
「だが、ガルフブルグはそうじゃない。貴族が奴隷や召使に接する態度としてはそんなもんだろう」
こういう話を聞くと、東京というか日本とは明確に違う社会だ、ということを実感する。身分社会ってわけか。
「……しかし、お前は変わってるな」
「なんでです?」
「お前にはサヴォア家への義理もないし、そのヴァレンって奴に肩入れする理由もないだろ」
「でも、ユーカやセリエの頼みですからね」
なんというか、必要とされるってのは嬉しい。それに、いまは何をするにも自分で決められる。無理やりやらされているわけじゃないから別に辛くない。
「そこまでして奴隷の願いを聞く主人なんてのは普通はありえないぞ」
「いえ、アーロン様も同じくらいお優しいです!」
レインさんが言って、リチャードがやれやれといった顔で肩をすくめた。
色々と興味深い話は聞けたけど、残念ながら店をはやらせるようなアイディアは出なかった。
◆
何かあれば相談しに来い、というアーロンさん達を置いていったん外に出た。日が少し上ってちょっと暖かくなっている。
とりあえず、東京の人気店、といわれた店を思い出してみる。デートで行ったことがあるようなしゃれたお店、というかそれも遠い昔のように感じて現実感が無くなるんだけど。
美味しい料理、美味しいお酒、寝やすい寝具はウリにはなるけど即効性がない。この世界にないもので客を引けるのがいい。
考え事をしながら歩いていると、唐突にどこかで聞いたような音楽が聞こえた。
オーケストラだ。音の方向を見ると広場の一角に人混みが出来ていた。人混みの真ん中には商人風の男が立っている。
「どうだい、みんな。これは塔の廃墟の発掘品だ。
たった今、向こうの探索者から買い取ったものさ。この鍵盤をおすと……」
音が流れ出す。どこかで聞いたクラシックの演奏。曲名までは何かまでは分からないけど。
売り文句を言う男の手には小ぶりなラジカセが握られていた。
音楽は昔はCD、今はダウンロードって世代としてはカセットデッキはなんとも久しぶり感がある。電池式だから電源が無くても動くんだろうな。
スピーカーから流れる音に周りのギャラリーから驚きの声が上がる。
「この中には魔法で楽団が封じ込められてる。そういう風に発掘された場所には書付が残っていたらしい。
いつでも楽団が演奏してくれる。4大公だってそんな贅沢はそうできやしないぜ。どうだい、自分の家に塔の廃墟の魔法の品、おいて見ないかい?」
説明書が読めるわけはないから嘘っぱちだし、そもそも魔法で楽団が封じ込められてるって大げさ言うにもほどがある。
なんというか怪しいたたき売りだな、あれじゃ。
ただ、この時初めて気が付いた。今の渋谷のいるときも、この世界きてからも、深淵の止まり木亭でも何かたりないと思ってたけど、久しぶりに聞いてようやく気付いた。
音楽だ。
東京にいるときは何の気なしに聞いていた。どんな店に入っても、大体どこでも音楽が流れてた。
でも今は。
たまに渋谷の酒場では吟遊詩人みたいな人がバイオリンのようなものを弾いたり歌ったりしていたけど、基本的には探索者の集う冒険の最前線だからなのか、音楽を聴く機会がなかった。
こっちの世界で音楽が貴重なら、そして、僕らの世界の音楽もこちらでは受け入れられるのならば。音楽が流れる酒場ってのは売りになるかもしれない
「僕が買います」
「おお、若い兄さん、なかなかお目が高いね」
商人風の男が嬉しそうに言った。
「ええ、恋人へのプレゼントを考えてたんで」
「ほう。楽団を送ってもらえるなんて、世界一幸せなお嬢さんだな」
流石に塔の廃墟の発掘品なだけあっていい値段だったけど。支払いは手持ちで持っていた割符でかろうじて足りた。
「ところで、これって他にもあるんですか?」
「ここだけの話だけどね、いくつか動くものが見つかってるんだ。うまく売れるようなら今後は貴族様にも売り込もうと思ってるよ」
なるほどね。動かないものと動くものは電源の問題だろうな。
電化製品を使って音楽をかけるにはいくつかクリアすべき問題もあるけれど、うまくいくだろうか。
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