僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
休暇を過ごしに異世界へ行こう
オルミナさんの開けた門をくぐると、出た所は渋谷の109の前の三叉路だった。なんかものすごく久しぶりに帰ってきた気がする。
道玄坂を下りると、いつもの渋谷スクランブル交差点の天蓋が見えた。
「とりあえず、ギルドに行って封緘を置いたことを報告するってことでいいのかな?」
「それでいいと思うわぁ。報酬も貰わないといけないしね」
オルミナさんが答えてくれる。が、ちょっと待て。
「……ちょっと待って。あなたもついてくるつもりですか?」
「そりゃもう、あたしだって仕事したでしょ?」
結果的にはそうかもしれんが。納得いかないぞ、なんか。
「……怖い顔ね。冗談よ。
あたしは目的を果たしたから満足してるわ。ね、スミト」
頬を寄せてくるのでちょっと後ずさる。
「あらあら、お姉さん、傷つくわぁ」
オルミナさんが肩をすくめた。モデルばりのエルフ美女に頬を寄せられるのは普段なら嬉しいけど、さすがに相手による。
「ま、いいわ。あたしのことについて、ギルドを責めないであげて。
いろいろあったけど、あたしは役に立つと思うわ。しばらくはガルフブルグに居ると思うから、よかったら声をかけて」
そういうと、オルミナさんはスクランブル交差点の方に歩いて行った。
本人の申告を信じるなら、あの時点で封緘使いはこの人しかいなかったらしいが……どうしたものか。
◆
スタバビルの前にはアーロンさん達が立っていた。
ガルフブルグの仕事とやらはもう終わったんだろうか。リチャードがこっちに気付いて手を振ってきた。僕も手を振り返す。
「旦那、スミトたちだぜ」
「おお、無事だったか!」
アーロンさんがこっちに歩いてくる。
ユーカが走って行って、レインさんに抱きついた。レインさんがユーカの髪をなでている。
「もう仕事は終わったんですか?」
「いや、仕事の依頼があるって聞いてガルフブルグに戻ったんだがな。ガセネタだった。どうも謀られたらしい。
そっちは何事もなかったか?」
「何事かはありましたよ、そりゃもう」
新宿で起きたこと、ガルダの奇襲、オルミナさんの裏切りまがいのことを話す。
「……そりゃ大変だったな。
ってことは、今回の仕事の依頼の嘘はラクシャス家か、それともそれより上か分からんが、そいつらが仕組んだんだろうな。まったく手が込んでるぜ」
「お前たちが無事で本当によかったよ」
ガルダ達以外にも新宿に封緘を置きに来た探索者もいたし、勢力争いの一環かもしれない。アーロンさんへの仕掛けもそれだったのか。それともラクシャス家の単独の策謀だったのか。
確証はないけど、ラクシャス家の仕込みかな、と思う。僕とセリエ、ユーカにアーロンさん達が加わった6人パーティならそれこそ相手も相当の人数を用意しなければいけないわけだし、策を練って切り離そうとしてくるのは分かる。
いずれにせよ、そこまで周到に策を練ってきたのはちょっと恐ろしい、生きて帰れてよかった。
「そしてオルミナか……」
アーロンさんがつぶやく。
「知ってるんですか?」
「妖怪ババアだぜ、ありゃ。俺の生まれる前から生きてるんだからな」
「まあ、エルフの探索者はあんまり多くないからな。それなりに有名だ。
気まぐれな奴で金にはうるさいが、契約をきちんとすれば仕事は確かだっていう話くらいは俺も聞いたことがある」
金にはうるさいっていうのは、最大限好意的に解釈すれば、プロとしての報酬をきちんと要求するってことと言えなくもない。
ガルダがきちんと金を払っていたらどうなっていたのかは考えたくないな。
「まあ、ともあれ無事でなによりだ」
「じゃあ僕は仕事が終わったことを報告してきますよ」
◆
スタバビルに入って受付のお姉さんに話すと、すぐに奥に通してくれた。
フェイリンさんが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、スミトさん。うまく行きましたかぁ?」
「仕事はしましたけど、それより言いたいことがありますよ」
本日二回目の、今回の顛末を説明する。フェイリンさんの顔色が変わった。
「……あの時、スミトさんに紹介できる封緘使いはあの人だけでした。
普段なら何人かいるんですけど、あの時はオルミナさんだけだったんです。ホントです」
「……でも、あの人のことを知らなかったってことはないですよね?」
オルミナさんはそれなりに有名らしく、アーロンさんも彼女のことを知っていた。探索者ギルドが知らないとは思えない。
「うっ……えっと……それは、その……」
フェイリンさんが口ごもる。知ってたな。
「もっと安全というか、信頼のおける封緘使いを紹介してくれても良かったと思うんですけど。
少し間を置くとかできなかったんですか?」
「……この塔の廃墟の探索でギルドは確かに4大公の間で難しい立場にあるんですけど、やっぱりオルドネス公の発言力が強いんです。
早く探索を進めるように公から強い指示がありまして……でもこんなことになるなんて。
スミトさんが疑うのは当たり前です。でも信じてください。
今回の件は本当に私にはなんのことやらなんです」
フェイリンさんが背の高い体を折りたたむようにして頭を下げる。
いろいろと言いたいことはあるけど、ギルドとラクシャス家が結託していたなら、オルミナさんがガルダを裏切ることは無かっただろうし、そうなれば僕はここに戻ってはこれなかったわけで。
不手際に腹は立つけど、ここでこれ以上フェイリンさんを責めても仕方なさそうだ。
「……一応言っておきますけど。これは貸しですよ」
「ええ、勿論、わかってます」
ここはギルドに大きめの貸しを作れた、と思っておこう。納得いかない点はあるけど、今後のことを考えれば探索者の元締めに貸しを作れるのは悪くない。
◆
それから数日後。
「ほえー、こりゃすごいですね」
スクランブル交差点から井之頭通りのほうにかけて並ぶ箱。これは全部新宿方面から運ばれてきたものらしい。その横には箱詰めを待っている、山のように積み上げられた酒やレトルト食品、化粧品、服、装飾品。なかなかに壮観だ。
普段はスクランブル交差点は酒場になっているけど、今はテーブルやいすは取り払われて荷物の集積場になっている。箱を満載した荷車が次々と門の向こうに消えていく。
ガルフブルグに通ずる門は4トントラックが一台通れる程度のもので、荷物の運搬には結構時間がかかる。それに、輸送手段も馬車だけだ。
ダンプとかでまとめて持っていければはやいのかもしれないけど、それができるのは僕だけだし、そこまで手伝う必要もないだろう。
「お前が新宿に結界を張ってくれたおかげだぞ」
隣に立っていたアーロンさんが言う。
新宿と原宿をはさむ形になったことと、高い位置に封緘を設置できたことで、新宿界隈の安全性は格段に向上したらしい。苦労が実ってよかった。
代々木にもすぐに封緘が置かれて、渋谷、原宿、代々木、新宿と、山手線の線路を中心とした安全なエリアが広がった。
今後は高島屋の捜索をしつつ最上階に封緘を置く計画なんだそうで、新宿にも探索者の拠点が作られるとのことだ。
普段は探索者はそれぞれ思い思いに探索をして戦利品を売ったりしているようだけど、今は探索者総動員で新宿の物資集めをしている。
「そういえば、ギルドから報酬は貰ったか?」
「ええ」
僕もギルドから約束より大きい額の報酬をもらった。オルミナさんを紹介してトラブルになった詫び料も入ってるんだろう。
これでしばらくは金の心配はしなくてよさそうなのはありがたい。
まずはレトルト食品が運ばれて行き、次に宝飾品、化粧品とかシャンプーのような消耗品、次に衣服、という順で運ばれていくようだ。積み上げられた物資をみるとガルフブルグでの流行がわかって面白い。
箱におさめられずに、傍らにうず高く積み上げられているのは、優先順位が低いものらしい。それはまだガルフブルグでは用途不明かもしくは売れないものってことだ。
小型のかばんや財布はまだ向こうでは需要がないらしく、ひとまとめに積み上げられている。僕でも知っているような海外ブランドもあるんだけど。なんだかもったいない。
電化製品も一杯置いてあるけど、これも電源のないガルフブルグでは使い物にならなそうだ。電池やバッテリーで動くようなものは別だろうけど、充電できなければいずれは動かなくなるし。
レジとか計算機とかは使えれば便利そうだけど、まだ価値が理解されていないらしい。
眼鏡やサングラスも箱に入れたまま置いてあった。これも高価なブランドの物が混ざってる。
「おう、スミト」
眼鏡を手に取ってみていると、リチャードが声をかけてきた。サングラスをしている。
元が金髪のイケメンなのでスリムなスポーツサングラスが似合っている。顔だけ切り取れば海外のスポーツ系ブランドのモデルのようだ。
ただ、衣服がいつもの革の胴鎧なので、全体で見ればコスプレっぽい。
「似合ってるよ」
「スミト。
お前、お前が元いた場所では戦闘なんてしてないっていってたけどよ、そりゃ嘘だな。そうだろ?」
「はあ?」
「だってよ、これは戦闘の訓練用のものだろ?道理でお前、随分強いと思ってたんだよな」
「何それ?」
ドヤ顔で言われても、何を言ってるのか分からん。
「この黒いガラスの覆いはあれだろ、視界を暗くして夜に山賊に襲撃されたとか、そういう状況の訓練をするためのものだ、違うか?」
「……」
「そして、これは」
といいながら別の眼鏡を取り上げてかける。こっちは女物っぽいので全然似合ってない。
「視界をゆがませることによって、視界を奪われた時の戦闘に備えた訓練をするためのものだ。
どうよ、この俺の冴えた推測は」
「……とりあえず、それつけたまま剣の訓練とかするのはやめたほうがいいと思うよ」
間違って顔に攻撃が入ったらガラスが割れて怪我するぞ。
「違うのかよ?」
「全然違う。それは目が悪くなった人のための道具だよ」
ガルフブルグにはどうやら眼鏡はないらしい。
よく考えればここにいるのは現役の探索者なんだから、眼鏡が必要なレベルで目が悪い奴なんているわけはないのか。
「……ガルフブルグには目が悪い人っていないの?」
僕の問いかけにリチャードが考え込む。
ガルフブルグの人の視力がみんな1.5とかではないだろうし。眼鏡的なものはあっても不思議じゃないはずだけど。
「……目を毒でやられるとかそういう意味か?」
「……たぶん、魔法の研究者とか役人とかのことではないでしょうか?視界がゆがんだりぼやけたりするんです。
病気治癒でも治らないし、解呪でも治らない方もおられます。
悪魔が目に幕をかけた、っていわれてますね」
レインさんが教えてくれる
なるほど。いわゆる目が悪い状態ってのは、たしかに病気じゃない。病気とか、魔獣の毒とかは治癒できても、視力の低下を健康な状態に戻すのは無理なわけだ。
「そういう人の為に作られたものだよ」
「じゃあ、そういう連中の目が又見えるようになるわけか?酷い奴らは付き人がついてないと生活できないレベルだぜ。
まあ役人どもはカネ持ってやがるし、研究者はたいてい弟子がいるから何とかなってるみたいだけどな」
「そりゃあね。そういう風に作られてるわけだし」
こういう風に、ガルフブルグに持ち込まれても使い方がわからないものは結構あるんだろうな、と思う。レトルト食品も最初は食べ方が分からなかったわけだし。
「じゃあよ、それをもってガルフブルグに行ってみないか?一儲けできるかもしれないぜ。
この眼鏡ってのは、ガルフブルグじゃ塔の廃墟の置物扱いで、好事家が安く買ってるくらいだからな」
「そりゃ、なんとも勿体ないなぁ」
ギルドから報酬はもらってそれなりに潤ったから、あわてて稼ぐ必要はなくなったけど。
でも、日本から持ち込まれたものがガルフブルグのような剣と魔法の異世界にどんな影響を与えているか、ちょっと興味がある。
シビアな戦いが続いたのもあるから、骨休めするのも悪くない。リゾート気分で行くのがファンタジー風異世界ってのも面白いな。
「セリエ、ユーカ、ガルフブルグに行ってみる?」
「うん、行ってみたい。こっちに連れてこられてからずっと帰ってないんだ」
「私はご主人様が行かれるところにお供するだけです」
「よし、じゃあ決まりだな。ギルドで手続きしようぜ。なに、お前なら問題ねぇよ」
リチャードが僕の肩を叩く。
ガルフブルグか。いろんなファンタジー世界を舞台にしたゲームはやったけど、まさかリアルで剣と魔法のファンタジー世界に行ける日が来るとは思わなかった。
どんな所か。これは楽しみだ。
道玄坂を下りると、いつもの渋谷スクランブル交差点の天蓋が見えた。
「とりあえず、ギルドに行って封緘を置いたことを報告するってことでいいのかな?」
「それでいいと思うわぁ。報酬も貰わないといけないしね」
オルミナさんが答えてくれる。が、ちょっと待て。
「……ちょっと待って。あなたもついてくるつもりですか?」
「そりゃもう、あたしだって仕事したでしょ?」
結果的にはそうかもしれんが。納得いかないぞ、なんか。
「……怖い顔ね。冗談よ。
あたしは目的を果たしたから満足してるわ。ね、スミト」
頬を寄せてくるのでちょっと後ずさる。
「あらあら、お姉さん、傷つくわぁ」
オルミナさんが肩をすくめた。モデルばりのエルフ美女に頬を寄せられるのは普段なら嬉しいけど、さすがに相手による。
「ま、いいわ。あたしのことについて、ギルドを責めないであげて。
いろいろあったけど、あたしは役に立つと思うわ。しばらくはガルフブルグに居ると思うから、よかったら声をかけて」
そういうと、オルミナさんはスクランブル交差点の方に歩いて行った。
本人の申告を信じるなら、あの時点で封緘使いはこの人しかいなかったらしいが……どうしたものか。
◆
スタバビルの前にはアーロンさん達が立っていた。
ガルフブルグの仕事とやらはもう終わったんだろうか。リチャードがこっちに気付いて手を振ってきた。僕も手を振り返す。
「旦那、スミトたちだぜ」
「おお、無事だったか!」
アーロンさんがこっちに歩いてくる。
ユーカが走って行って、レインさんに抱きついた。レインさんがユーカの髪をなでている。
「もう仕事は終わったんですか?」
「いや、仕事の依頼があるって聞いてガルフブルグに戻ったんだがな。ガセネタだった。どうも謀られたらしい。
そっちは何事もなかったか?」
「何事かはありましたよ、そりゃもう」
新宿で起きたこと、ガルダの奇襲、オルミナさんの裏切りまがいのことを話す。
「……そりゃ大変だったな。
ってことは、今回の仕事の依頼の嘘はラクシャス家か、それともそれより上か分からんが、そいつらが仕組んだんだろうな。まったく手が込んでるぜ」
「お前たちが無事で本当によかったよ」
ガルダ達以外にも新宿に封緘を置きに来た探索者もいたし、勢力争いの一環かもしれない。アーロンさんへの仕掛けもそれだったのか。それともラクシャス家の単独の策謀だったのか。
確証はないけど、ラクシャス家の仕込みかな、と思う。僕とセリエ、ユーカにアーロンさん達が加わった6人パーティならそれこそ相手も相当の人数を用意しなければいけないわけだし、策を練って切り離そうとしてくるのは分かる。
いずれにせよ、そこまで周到に策を練ってきたのはちょっと恐ろしい、生きて帰れてよかった。
「そしてオルミナか……」
アーロンさんがつぶやく。
「知ってるんですか?」
「妖怪ババアだぜ、ありゃ。俺の生まれる前から生きてるんだからな」
「まあ、エルフの探索者はあんまり多くないからな。それなりに有名だ。
気まぐれな奴で金にはうるさいが、契約をきちんとすれば仕事は確かだっていう話くらいは俺も聞いたことがある」
金にはうるさいっていうのは、最大限好意的に解釈すれば、プロとしての報酬をきちんと要求するってことと言えなくもない。
ガルダがきちんと金を払っていたらどうなっていたのかは考えたくないな。
「まあ、ともあれ無事でなによりだ」
「じゃあ僕は仕事が終わったことを報告してきますよ」
◆
スタバビルに入って受付のお姉さんに話すと、すぐに奥に通してくれた。
フェイリンさんが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、スミトさん。うまく行きましたかぁ?」
「仕事はしましたけど、それより言いたいことがありますよ」
本日二回目の、今回の顛末を説明する。フェイリンさんの顔色が変わった。
「……あの時、スミトさんに紹介できる封緘使いはあの人だけでした。
普段なら何人かいるんですけど、あの時はオルミナさんだけだったんです。ホントです」
「……でも、あの人のことを知らなかったってことはないですよね?」
オルミナさんはそれなりに有名らしく、アーロンさんも彼女のことを知っていた。探索者ギルドが知らないとは思えない。
「うっ……えっと……それは、その……」
フェイリンさんが口ごもる。知ってたな。
「もっと安全というか、信頼のおける封緘使いを紹介してくれても良かったと思うんですけど。
少し間を置くとかできなかったんですか?」
「……この塔の廃墟の探索でギルドは確かに4大公の間で難しい立場にあるんですけど、やっぱりオルドネス公の発言力が強いんです。
早く探索を進めるように公から強い指示がありまして……でもこんなことになるなんて。
スミトさんが疑うのは当たり前です。でも信じてください。
今回の件は本当に私にはなんのことやらなんです」
フェイリンさんが背の高い体を折りたたむようにして頭を下げる。
いろいろと言いたいことはあるけど、ギルドとラクシャス家が結託していたなら、オルミナさんがガルダを裏切ることは無かっただろうし、そうなれば僕はここに戻ってはこれなかったわけで。
不手際に腹は立つけど、ここでこれ以上フェイリンさんを責めても仕方なさそうだ。
「……一応言っておきますけど。これは貸しですよ」
「ええ、勿論、わかってます」
ここはギルドに大きめの貸しを作れた、と思っておこう。納得いかない点はあるけど、今後のことを考えれば探索者の元締めに貸しを作れるのは悪くない。
◆
それから数日後。
「ほえー、こりゃすごいですね」
スクランブル交差点から井之頭通りのほうにかけて並ぶ箱。これは全部新宿方面から運ばれてきたものらしい。その横には箱詰めを待っている、山のように積み上げられた酒やレトルト食品、化粧品、服、装飾品。なかなかに壮観だ。
普段はスクランブル交差点は酒場になっているけど、今はテーブルやいすは取り払われて荷物の集積場になっている。箱を満載した荷車が次々と門の向こうに消えていく。
ガルフブルグに通ずる門は4トントラックが一台通れる程度のもので、荷物の運搬には結構時間がかかる。それに、輸送手段も馬車だけだ。
ダンプとかでまとめて持っていければはやいのかもしれないけど、それができるのは僕だけだし、そこまで手伝う必要もないだろう。
「お前が新宿に結界を張ってくれたおかげだぞ」
隣に立っていたアーロンさんが言う。
新宿と原宿をはさむ形になったことと、高い位置に封緘を設置できたことで、新宿界隈の安全性は格段に向上したらしい。苦労が実ってよかった。
代々木にもすぐに封緘が置かれて、渋谷、原宿、代々木、新宿と、山手線の線路を中心とした安全なエリアが広がった。
今後は高島屋の捜索をしつつ最上階に封緘を置く計画なんだそうで、新宿にも探索者の拠点が作られるとのことだ。
普段は探索者はそれぞれ思い思いに探索をして戦利品を売ったりしているようだけど、今は探索者総動員で新宿の物資集めをしている。
「そういえば、ギルドから報酬は貰ったか?」
「ええ」
僕もギルドから約束より大きい額の報酬をもらった。オルミナさんを紹介してトラブルになった詫び料も入ってるんだろう。
これでしばらくは金の心配はしなくてよさそうなのはありがたい。
まずはレトルト食品が運ばれて行き、次に宝飾品、化粧品とかシャンプーのような消耗品、次に衣服、という順で運ばれていくようだ。積み上げられた物資をみるとガルフブルグでの流行がわかって面白い。
箱におさめられずに、傍らにうず高く積み上げられているのは、優先順位が低いものらしい。それはまだガルフブルグでは用途不明かもしくは売れないものってことだ。
小型のかばんや財布はまだ向こうでは需要がないらしく、ひとまとめに積み上げられている。僕でも知っているような海外ブランドもあるんだけど。なんだかもったいない。
電化製品も一杯置いてあるけど、これも電源のないガルフブルグでは使い物にならなそうだ。電池やバッテリーで動くようなものは別だろうけど、充電できなければいずれは動かなくなるし。
レジとか計算機とかは使えれば便利そうだけど、まだ価値が理解されていないらしい。
眼鏡やサングラスも箱に入れたまま置いてあった。これも高価なブランドの物が混ざってる。
「おう、スミト」
眼鏡を手に取ってみていると、リチャードが声をかけてきた。サングラスをしている。
元が金髪のイケメンなのでスリムなスポーツサングラスが似合っている。顔だけ切り取れば海外のスポーツ系ブランドのモデルのようだ。
ただ、衣服がいつもの革の胴鎧なので、全体で見ればコスプレっぽい。
「似合ってるよ」
「スミト。
お前、お前が元いた場所では戦闘なんてしてないっていってたけどよ、そりゃ嘘だな。そうだろ?」
「はあ?」
「だってよ、これは戦闘の訓練用のものだろ?道理でお前、随分強いと思ってたんだよな」
「何それ?」
ドヤ顔で言われても、何を言ってるのか分からん。
「この黒いガラスの覆いはあれだろ、視界を暗くして夜に山賊に襲撃されたとか、そういう状況の訓練をするためのものだ、違うか?」
「……」
「そして、これは」
といいながら別の眼鏡を取り上げてかける。こっちは女物っぽいので全然似合ってない。
「視界をゆがませることによって、視界を奪われた時の戦闘に備えた訓練をするためのものだ。
どうよ、この俺の冴えた推測は」
「……とりあえず、それつけたまま剣の訓練とかするのはやめたほうがいいと思うよ」
間違って顔に攻撃が入ったらガラスが割れて怪我するぞ。
「違うのかよ?」
「全然違う。それは目が悪くなった人のための道具だよ」
ガルフブルグにはどうやら眼鏡はないらしい。
よく考えればここにいるのは現役の探索者なんだから、眼鏡が必要なレベルで目が悪い奴なんているわけはないのか。
「……ガルフブルグには目が悪い人っていないの?」
僕の問いかけにリチャードが考え込む。
ガルフブルグの人の視力がみんな1.5とかではないだろうし。眼鏡的なものはあっても不思議じゃないはずだけど。
「……目を毒でやられるとかそういう意味か?」
「……たぶん、魔法の研究者とか役人とかのことではないでしょうか?視界がゆがんだりぼやけたりするんです。
病気治癒でも治らないし、解呪でも治らない方もおられます。
悪魔が目に幕をかけた、っていわれてますね」
レインさんが教えてくれる
なるほど。いわゆる目が悪い状態ってのは、たしかに病気じゃない。病気とか、魔獣の毒とかは治癒できても、視力の低下を健康な状態に戻すのは無理なわけだ。
「そういう人の為に作られたものだよ」
「じゃあ、そういう連中の目が又見えるようになるわけか?酷い奴らは付き人がついてないと生活できないレベルだぜ。
まあ役人どもはカネ持ってやがるし、研究者はたいてい弟子がいるから何とかなってるみたいだけどな」
「そりゃあね。そういう風に作られてるわけだし」
こういう風に、ガルフブルグに持ち込まれても使い方がわからないものは結構あるんだろうな、と思う。レトルト食品も最初は食べ方が分からなかったわけだし。
「じゃあよ、それをもってガルフブルグに行ってみないか?一儲けできるかもしれないぜ。
この眼鏡ってのは、ガルフブルグじゃ塔の廃墟の置物扱いで、好事家が安く買ってるくらいだからな」
「そりゃ、なんとも勿体ないなぁ」
ギルドから報酬はもらってそれなりに潤ったから、あわてて稼ぐ必要はなくなったけど。
でも、日本から持ち込まれたものがガルフブルグのような剣と魔法の異世界にどんな影響を与えているか、ちょっと興味がある。
シビアな戦いが続いたのもあるから、骨休めするのも悪くない。リゾート気分で行くのがファンタジー風異世界ってのも面白いな。
「セリエ、ユーカ、ガルフブルグに行ってみる?」
「うん、行ってみたい。こっちに連れてこられてからずっと帰ってないんだ」
「私はご主人様が行かれるところにお供するだけです」
「よし、じゃあ決まりだな。ギルドで手続きしようぜ。なに、お前なら問題ねぇよ」
リチャードが僕の肩を叩く。
ガルフブルグか。いろんなファンタジー世界を舞台にしたゲームはやったけど、まさかリアルで剣と魔法のファンタジー世界に行ける日が来るとは思わなかった。
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