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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

なにかを守りたいと願うのならば。

 コツコツと足音を立てて6階からオルミナが姿を現した。ユーカも一緒だ。


「いい所に来たな。さすがだ、オルミナ」


 肩を抱くようにしてユーカを連れている。


「ははは、形勢逆転だな、スミト君。さっさと私にとどめを刺しておけばよかったのにな。
さあ、武器を捨ててもらおうか、君の大事な奴隷が死んでしまうぞ」
「さ、どうするの、スミト?」


 勝ち誇ったようにガルダが笑う。オルミナが僕を見て問いかけてくる。


「さあ、オルミナ!こっちに来てその小娘を渡せ」
「いいのかしら?スミト」


 オルミナが、ガルダの声が聞こえないかのように、もう一度僕に問いかけてきた。


「おい、私の話を聞いているのか?こっちにこい。お前は早く武器を捨てろ!」


 ガルダが苛立たし気に怒鳴る。セリエが黙って僕を見ていた。
 誰かを守るってことは、その誰かのための戦うことじゃなく、誰かのために手を汚してもいいと思うことだ。
 綺麗なままじゃ何も守れない。少なくともこの世界では。ここまで追い詰められないと覚悟が決まらなかった。


「……悪いね」


 肩の傷を押さえて立ち上がったガルダの胸を……銃剣で突き刺した。





 胸の傷を抑えて、ガルダが愕然とした顔をして僕を見た。
 なんとなく、こいつは僕が殺せないって思ってた気がする。
 剣の腕や場慣れした雰囲気からかなり修羅場をくぐってきてただろうし、僕の甘さというか温さなんて一目瞭然だったんだろう。
 銃剣を引き抜くと、ガルダがよろめいて呆然とした表情のまま倒れた。
 人を殺した。もちろん初めて。せめて苦しまずに死んだだろうか。吐きそうになって口を押える。


「へえ、やるわね……」


 オルミナがつぶやく。まだ終わってない。銃を向けてオルミナの額を狙う。


「……いくらもらったのか知らんけど、この距離なら僕は外さない。
やるなら命がけでやれよ」


 正直言って気力が尽きる寸前で、もう一発撃てるか怪しい、
 ゲーム的に言うならMPゼロで気絶寸前って感じだが、1発くらいは根性で撃ってやる。沈黙が流れた。


「そんなつもりはないわ。さ、行きなさい、ユーカ」


 オルミナがユーカの背中をポンと押す。
 ユーカがこっちにかけてきた。体を受け止めてしっかり抱き寄せる。あったかい体温と触れた時の感触がユーカの無事を教えてくれた。思わずため息が漏れる


「大丈夫か?怪我は?」


「うん。お兄ちゃん!だってあのひと怖くなかったもん……最初は怖かったけど」
「そういうことよ」


 オルミナが懐から出したナイフを僕の方に放り投げる。手で受け止めると、銀色に塗ってあるだけで刃がついてなかった。
 ……なんだこりゃ?


「少なくともユーカに危害を加える気はなかったわ」


「……どういうことか説明してもらいましょうか?」
「あら、いいじゃない、ユーカも解放したんだから……っていうのじゃ済まさないって顔ね」


「そりゃ勿論」


 正直何が何だか分からない。


「先に言っておくけど、最初は普通にあなた達に同行するつもりだったのよ。それは本当。
あいつらの依頼を受けたのは、ギルドであなたたちと会ってから。
と言っても信じられないでしょうから、虚言感知センスライを使ってもらってもいいわ」


 セリエに目配せしたけど、申し訳なさそうに首を振った。虚言感知センスライなる魔法は使えないらしい。


「……というより一緒に行けるように仕組んだの。あいつらが来たのはあたしにとっても想定外だったわ」
「なんです。それ?」


「あのとき、塔の廃墟で封緘シールを使えたのはアタシだけよ。
他の使い手は金をつかませてガルフブルグに戻ってもらった。男の使い手にはちょっとお願いしたら了承してくれたわ」


 男の使い手にちょっとお願い、が意味深すぎる。


「ごめんなさいね、こんなことをして。貴方がどんな男かを知りたかったのよ、カザマスミト」


 オルミナが手を顔の前で掲げる。薬指と中指に指輪がはまっていた。あれは……表参道でとってきた指輪か?


「自覚はないんでしょうけど、あなたはガルフブルグではかなりの有名人よ。
引き裂かれそうになった二人の可哀想な奴隷を救い出すため、単身で塔の廃墟の未踏地域に赴きデュラハンと戦った。
しかも貴族相手に脅えることなく意思を通した……ってことになってるわ。あと十年もしたら歌劇になるかもね」


 僕自身が知らないうちに、結構有名になっている、というか誇張された認識が独り歩きしているらしい。一度ガルフブルグに行ってみたくなってきた。あと、あらぬ誤解を解いておきたい。
 しかし、単身でって……


「あの……アーロンさんたちの存在が消されてるんですが……」


 オルミナが肩をすくめる。


「ま、噂話とかなんてそういうものよ。あきらめなさい
貴方の世界でもそうじゃなかったの?」


 そうかもしれないけどって……貴方の世界って今言ったか?僕の正体がバレてるんだろうか。でもとりあえず、今はそれは置いておく。 


「……じゃあなんであいつらの手助けをしたんです?」
「まあいろいろあったんだけど……貴方に興味があったって言ったでしょ?
人間の本当の姿は極限の状態で現れる。そういうこと」


「わざわざ僕等を追い詰めるためにやったってことですか?」


 返事をせずに意味ありげに微笑んでいるが、まあそういうことなんだろう。


「……もし僕があいつらの要求をのんでいたら?」


「お姉さんの見込み違いだったってことね。悲しいわぁ。
でもそうしたらアタシはあいつらから報酬をもらうだけだからね。あたしは損はしない。
それに、あなただって要求を呑む選択肢が全くなかったってことはないでしょ?」


 あの門を開く能力があれば、最悪一人で逃げるくらいは難しくない。どっちに転んでもいいようにしていたってことか。
 百歩譲って、セリエやユーカと一緒に居れる保証があったなら、ラクシャス家の下につく選択肢はなかったとは言えない。ただ、あいつがユーカの身柄を優先していた時点で、その選択肢は消えたけど。


「次です。あのゾラって騎士は貴方が切ったんですか?」
「だって、あいつ、あたしからユーカを取り上げようとしたからね。仕方なかったのよ」


「一応依頼人なんだから、渡せばいいんじゃないですか?」


僕の問いかけに、オルミナがフンと鼻で笑う。


「甘いわね。もしユーカを渡せばあいつらにとってアタシは用無しよ。その場で切られていても不思議じゃないわ。
どっちに転ぶにしても、この子をアタシが握っていることは必須。
あたしみたいなフリーの探索者は自分の身は自分で守らないければいけない。言ったでしょ?」


「あいつらを裏切ったってことじゃないですか?」
「……あらあら、おかしな子ね。あいつ等に忠実だった方がよかったの?」


「そうじゃないですけどね」


 なんかいろいろ引っかかるんだよな。


「裏切る奴は信用できないってことかしら?
……なら、あいつらがあたしに言ったことを教えてあげるわ。下賤な探索者め、報酬が欲しければ仕事をしてから言え、だっけかしら?
アタシとしてはあいつらの命令に従う義理なんてなかったのよ」


 なるほどね。前金とかそういうのも払わず、見下すような態度で接したわけだ。
 まあ、あいつなら言いそうではある。最後まで貴族の高慢が足を引っ張った結果か。


 しかし二重の裏切りをやりかけたというのに。悪びれもせずに。この女……
たしかにこいつが契約に忠実だったらどうなっていたかはわからない。その点では感謝すべきなのかもしれないけど。
 しかし結果的には助けてもらって言うのもなんだが、全然信用できん。


「大丈夫よ。きちんと払ってくれる依頼主を裏切ったりはしないわ。
スミトもあたしを使うときはきちんと報酬を払ってよね。できれば前金で」


 なんとなく事情は分かったけど、なんかこの人の思惑通りに動かされていた感じで、なんとも言えない気分だ。汚いぞ、この裏切り者!と罵りたい気もするけど、結果的には助けられたのも事実ではあるし。
 しかしガルフブルグの探索者はこういうもんなんだろうか。アーロンさんたちは余りにも折り目正しくてきちんとしていて、あれがスタンダードかと思っていたけど。どっちがどっちなんだかわからない。


「嘘だって思ってるわね」
「ええ、勿論」


「あたしは嘘は言ってないわ。さっきも言った通り、あたしは貴方に興味があった。
せっかくだから今後も長い付き合いをしたいわね」


「じゃあもう一つ。あの門を開く能力はなんですか?」
「……女に秘密を効くのは礼儀知らずよ」


 返事がわりに睨みつける。この期に及んではぐらかされちゃかなわない。
 やれやれ、といった感じでオルミナが肩をすくめた。


「ま、長い付き合いにしたいからね。特別に教えてあげるわ。
あたしの能力は鍵の支配者キーマスター。自分の知っているところに門を開ける能力よ。
遠い所や何人も通すような大きな門を開けるときは時間がかかるわ。距離の制限もあるからね、一応言っておくとディグレアまでひとっ飛びで行くのは無理よ」


 なるほど。
 あのガルダを通す門よりユーカを連れて逃げた時が門の形成が早かったのは近くに飛んだから、ということなんだろう。
 ただこの申告がどの程度信用できるかは分からない。帰ったらギルドあたりで詳しく調べよう。


「さて、もう質問はおわりかしら?終わったのなら封緘シールを敷くけど」


 そういえばそれが本来の目的だっけ。色々有りすぎてすっかり忘れてた。


「5階でやってもらいます。僕の目の前でお願いします」
「あらあら、信用がないわねぇ」


 当たり前だろこの野郎、という突込みは入れないでおいた。





「【中天に在りしは太陽の王。左に控えし月の姫。右に控えし星の巫女。
我、汝らに希うこいねがう
今此処に我らが城壁を築かん。其は路傍の石を積みたる城壁。
その尖塔が天に届いたならば。我らに安息の地を……】」


 6階でオルミナが床に魔法陣のようなものを書いて呪文を詠唱しはじめた。前にラフォーレに封緘シールを置いたときと同じだ。
 さすがにこの状況でラクシャス家の誰かを呼ぶようなことはしないだろう。一人で逃げることはあり得るけど、それはそれでこちらにはあまり被害はない。
 ただ、この人はいろいろと底が知れない、目を離さない方がいい。


「……あのね、お兄ちゃん」
「どうしたの?」


 オルミナの様子を見ていると、ユーカが話しかけてきた。


「……あのお姉ちゃんなんだけどね、あたしを守ってくれたのはホントだと思うの」
「なんで?」


「あのね、最初に門を抜けた後にね、あの安心しなさい、あなたを傷つけはしないはって」


 ……人質と仲良くしておいて警戒心を持たせず自分のコントロール下においておきたかっただけじゃなかろうか。もうことごとく信用できん。


「……そのあと、あの騎士の人と下の階で会ったんだ。
なんか難しい言い合いをしてたんだけどね、あのおじさんがあたしの髪を無理やり引っ張って連れて行こうととしたの」
「え?大丈夫だった??」


 ユ-カの髪はいつも通りの綺麗なブロンドで、怪我とかむしられたような感じとかは無かった。


「そしたらね。
お姉ちゃんが、その子に手を触れるなって、すごく怖い顔になって。あの細い剣を抜いて」
「……」


「2回か3回切りあっただけで、倒しちゃったんだ。ホントにすごかったんだよ」


 ……やっぱりよくわからない。
 魔法使いかと思っていたけど、あの騎士を剣で切り倒したのか。


 ただ、その場であのゾラとか言う騎士にユーカを引き渡されていたら……ガルダとの一騎打ちには持ち込めなかっただろう。
 ユーカを人質を取られた状態ではそもそも戦うことはできなかった。


 それに、人質を抜きにしても、ガルダ一人であれだけ強かったわけで。2対2だと、消耗した僕等では勝てたかはかなり怪しい、というか勝てた気がしない。
 どんな思惑があったのかは分からないけど、その点については感謝すべきなのかもしれない。





 無事に封緘シールは敷かれた。
 オルミナも流石に消耗しているらしく、いったんここで休憩になった。僕もほぼ限界に近いレベルで魔法を使っているから、休憩してはおきたい。封緘シールが敷かれているから魔獣に襲われる危険もない


 オルミナは早々に部屋の隅で壁にもたれて寝てしまった。
 本当はこの人をどこかの部屋に閉じ込めて僕もゆっくり休みたいけど、この人の場合、閉じ込める意味がない。あの鍵の支配者キーマスターなる能力は便利だと思う。
 休みたいけど目を離す気にはなれない。眠い目をこすっていると。


「ご主人様……」


 セリエだ。まだ寝てなかったのか。


「休まなくていいの?ユーカは?」
「お休みになりました……失礼します」


 セリエが僕の横に座る。


「……ありがとうございます」
「なにが?」


「失礼ながら、ご主人様は……あいつを殺せないと思ってました。
ご主人様の住まわれていた世界は人を殺すなんてことは無いようでしたし」
「……まあね」


「……ですから、どうやったらお二人だけでも逃がせるか……考えてました」


 覚悟の無さはセリエにもバレバレか。


「私たちのためにつらい決断をしてくださってありがとうございます。
それに……」
「それに?」


 セリエが唇をかみしめてうつむき、口を開いた。


「あいつのラクシャス家は旦那様の敵でした。ですから……」
「そっか……」


 今回のことは色々セリエにも思うところがあるんだろうな、と思う。敵を自分の手で討ちたかったのかもしれないし。


「ただ……探索はいいけど、できればもう人は殺したくないな……」


 手を汚さないと守れないものがあるのは骨身に染みたけど、避けれるならできれば避けたい。魔獣を切り倒すのとはわけが違う。でも、ここに居る限りいずれは慣れてしまうんだろうか。


 突然、セリエが首に手を回して抱き着いてきた。ぴったりとはりついた体越しに体温が伝わる。


「……もう……お別れかと思いました……」


 涙声だ。
 こちらも抱きしめ返す。


 あの時迷っていたら、こんなことをするどころじゃなかった。セリエとユーカと引き離されて、死ぬほど後悔していただろう。そもそも、僕が死んでいたかもしれないし。


「……これからもお側にお仕え出来ますこと、幸せに思います。
ご主人様はお休みください。私が見張りますので」


「じゃあお言葉に甘えて休むよ。しばらくしたら起こして」
「あ……もしよろしければこちらに……」


 セリエが太ももを指す。膝枕しようかってことらしい。


「いやー……それはいいわ」


 さすがに恥ずかしくなったのでやめておいた。
 堅いフロアにジャケットを引いて横たわると、一瞬で意識が暗転した。





 翌日。何事もなくセリエに起こされた。
 帰りはオルミナさんに門を開けてもらうことにした。流石に、空間移動の魔法持ちがいるのに、もう一度地下鉄をたどるのは勘弁してほしい。
 オルミナさんはお姉さんをこき使うの?と不満げだったが、この位はしてもらってもいいだろう。


 新宿からギリギリまで南下して原宿駅、渋谷駅と門を開けたので、射程は3キロくらいなんだろうか。たくさんの人が通れる門を開くのは消耗するようで、4人用の門を開くのは大変そうだった。
 渋谷に帰ったときにちょっと疲れた顔をしてるのをみて、少し溜飲が下がった。



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