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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

手を汚すという覚悟。

 バックヤードのドアをしめて鍵をかける。
 中は書類とか、在庫と思しき服とかが散らばっていた。
 蜘蛛は幸い居ない。親蜘蛛と思しきアラクネを倒したからなのだろうか。それともユーカが全滅させてくれたのか。


 しばらくして、バタバタと足音がした。ガルダとあの騎士だろう。壁越しに何か話しているのが聞こえるけど、内容は聞きとれない。
 息を殺していると足音が離れて行った。とりあえず一息つく。


 今から思うと……判断ミスをしてしまった。本当に悔やまれる。
 スプリンクラーを稼働させたときに、真っ先にガルダを狙っていればよかった。
 ユーカとオルミナがいなくなった時点で、その場に踏みとどまって戦うという選択肢もあった。あいつらの強さは分からないけど、あの状況なら先手を取れたわけだし、人質なしの2対2なら勝ち目はあったかもしれない。
 でも、もう後の祭りだ。ユーカを助ける、というので頭がいっぱいになっていた。


「……お嬢様、お嬢様……」


 セリエがうずくまってすすり泣いている。
 正直言って探索者キャリアが短いこっちが頼りたいくらいなんだけど、今はセリエはあまり役に立たなそうだ。ユーカと引き離されるとこれほどメンタルが崩れるとは思わなかった。
 こんなときアーロンさん達がいてくれれば、と思うけど、それを言っても仕方ない。


「落ち着いて」


 セリエの肩をつかんで引き起こす。いずれにせよ泣いていてもどうにもならない。


「セリエ。落ち着くんだ。いいかい?」


 肩を抱いて目を見る。


「今は僕たち二人だ。僕らが失敗すればユーカはどうなるか分からない。
ユーカを助けるために落ち着いて。僕一人じゃ無理だ。いい?」


 ぎゅっと手を握って目を見つめる。


「はい、ご主人様……」


 まだグスグスと鼻をすすっているけど、少しは落ち着いたようだ。いつもの目の光が戻ってきた。


「大丈夫かい?」
「……はい」


「よし。じゃあ聞くね。あのオルミナの能力は何だかわかる?」
「……おそらく、門番ゲートキーパー鍵の支配者キーマスターというスキルです。
自分の行ったことがある場所に門を開く能力だったはずです。
でも、どちらもとても稀なスキルなので……詳しいことまでは……」


 行ったことがある場所、ということはルミネなら5階か6階。もしくはビルの外か。でも、行ったことがある場所なら遠くでも無制限に飛び回れる、となるとお手上げだ。
 ただ、そこまで便利なものではないと思いたい。
 さっきの門は明らかに最初の時より形成時間が短かった。何らかの制約とか条件付けとかそういうのがある……と思う。


「セリエ、魔力賦与は使える?」
「……申し訳ありません。私には使えません。
旦那様は魔法はお使いにならなかったので」


 旦那様ってのは前の主人、ユーカのお父さんだろう。
 その人の役に立つために魔法を習得したから、必要のない魔法は習得しなかったわけか。


「気が向いたら僕の為に使えるようにしておいてほしい。いいね?」
「はい……申し訳ありません」


 MPを数値にしてみるような便利な真似はできないけど、あとどのくらい魔法を使えるかってのは疲労感でなんとなく分かるようになってきた。
 管理者アドミニストレーターはあと1回と魔弾の射手は2-3発。大火力の方だったら1発ってところか。僕の余力も少ない。


 とりあえず最優先は今の状況を把握することだ。
 最後の一回は温存したかったけど仕方ない。


管理者アドミニストレーター起動オン監視セキュリティカメラ復旧レストレイション


 声に応じて、目の前にディスプレイがあるかのようにカメラの画像が現れた。電気で照らされた6階が映る。
 イメージすると、スマホの画面を切り替えるように左右に画面がスライドした。
 画面を切り変えていくと、エスカレーターの下の暗闇に明かりが見えた。一人は下の階に行っているのか。


 とりあえずエスカレーターのことは置いておいて、5階の画面を次々と見ていく。
 蜘蛛が残した小さ目のコアクリスタル、床に散らばった服や小物、机。荒れ放題だけど動いているものは見えない。
 ユーカとオルミナはもうこの階にはいないのか。もう一人は6階に戻ったのか。


 とりあえず5階には誰も居ないようだけど、それだけでは情報としてはちょっと弱い。
 せっかく使った最後の一回の管理者アドミニストレーターは使い損だったのか、と思っていたら最後に予想しなかったものが映った。


「なんだ、これ?」


 映し出されていたのは、フロアの隅に横たわる騎士の姿だった。





 ズームで寄ってみるけど、多分間違いない。
 うつ伏せになっているから顔までは分からないけど、鎧は見覚えがある。
ていうか、ルミネに鎧を着たマネキンなんてものが転がってるとは思えないから、さっきのあの騎士だろう。
 画像が荒いからわかりにくいけど、血らしきものも床に広がっている。


「ご主人様?」
「……」


「……お嬢様は?」
「いや、見つかってないけど、さっきの騎士が倒れてる」


 あれはさっきの騎士なんだろうか?
 そうであったとして、なぜ倒れているんだろう。
 僕たちを誘い出すためのワナか、と思ったけど、僕が監視カメラを操作できることはあいつらが分かるはずはない。
 死んだふりして罠をはるなんて手間のかかる真似はしないだろう。


 蜘蛛の残りがいて不意でも打たれたんだろうか。でも周りに動くものは見えない。
 さっきの腹への一撃が実は内臓に大きなダメージを与えていて……なんて都合のいい話はたぶんないな。


 手ごたえはあったけど、鎧越しだったし。骨折とかにはなっていたとしても即死するようなものにはならないと思う。
 それとも、誰か第三勢力がいるんだろうか。でもカメラの画像にはだれも映っていない。


「どう思う?」


 と聞いてもセリエは考え込むだけだ。そりゃわかるはずもない。僕にもわからんけど。
 色々と想像をめぐらしたけど、今は考えるのをやめた。分からないことを考えていてもしょうがない。
 敵が一人減ったんだからそれでいい。今は割り切ろう。





 改めて、さっきのエスカレーターの下の方から見えた光を思い出す。
 たぶんガルダは下の階を探しに行ったんだろう。一方でオルミナの姿は捕らえられない。粘れば見つかるのかもしれないけど。
 一人敵が減ったとすると、オルミナとガルダとどちらを攻めるかってことになる。
 さっきは判断ミスをした。もうやらかすわけにはいかない。


「……あのガルダを狙う。2対1ならなんとか……」
「え……お嬢様をお助けしないのですか……」


 セリエが震えた口調でいう。気持ちは分かるんだけどね。


「今はユーカがどこにいるか分からない。
あと、恐らくだけど、オルミナはたんなる雇われだ。ガルダを倒せれば律儀に任務を遂行する理由がない。
それに、生け捕りに出来れば人質交換もできる」


 そもそもオルミナがどこに居るのかわからないってもあるけど。
 オルミナに攻撃を仕掛けるなら、ユーカを抑えられている以上は不意打ちが必須になる。
 さっきのスプリンクラーを使った不意打ちは我ながら完ぺきに近い奇襲だと思ったけど、それでもかわされた。
 年の功なのか何なのか分からないけど、正直言って底が知れない。
 それに比べればあの高慢なガルダの方が隙がある、と思う。


 あいつの強さは分からない。偉そうなのは口だけなのか、それとも言うだけの強さを持っているのか。
 ただそれより問題なのは。


「ご主人様?」


 あいつと戦うってことは、人間に刃を向けることになるってことだ。
 戦いになったら、あいつは殺すつもりで僕を攻撃してくるだろう。
 今までこの東京で魔獣とは何度も戦って、それはだいぶ慣れてきた。でも人と殺しあうのは初めてだ。
 探索者同士はあまり争わない。少なくともここでは。ガルフブルグではわからないけど。


「……ご主人様?」


 僕は人を殺せるのだろうか。
 セリエが黙り込んでしまった僕を心配そうに見つめてくる。


「大丈夫ですか?」
「……勿論さ。僕の強さは知ってるでしょ?」


 無理やり笑顔を作る。
 正直言って自信はない。でもここで、勝てるように前向きに頑張るよ、なんて言えるわけもない。前向きに頑張るよ、じゃだめだ。
 絶対に負けられない戦いがそこにある、ってキャッチフレーズは何度も聞いたけど、まさに今がそれだ。絶対に負けられない。
 ……腹をくくろう。殺さずに済むならそれに越したことはないけど。
 ユーカの為なら。銃身を強く握る。


「いいかい。おそらくあのガルダは今4階にいる。
上がってくるのを待って、僕があいつを倒す。セリエは援護して。
もしオルミナが現れたら、セリエ……」
「わかっています。命に懸けましても私が……」


 最悪なのは僕があっさりガルダにやられることだけど、次点は戦っているうちにオルミナが現れることだ。人質を突きつけられればどうしようもない。
 そうなれば、あのいけ好かない、典型的なお前のためなんかに働きたくない上司って感じの貴族様の下で言いなりになるしかなくなる。セリエとユーカだってどうなるか分からない。
 合流する前に絶対にケリをつけなくてはいけない。


「あと、一応誰かがいるかもってのにも注意しておいて」
「はい」


 あの騎士を倒した謎の誰かがいる可能性もある。


 視界の端で開けっぱなしにしておいた監視カメラ画像に、エスカレーターの下の方から明かりがまた見えた。どうやら上がってくる。
 バックヤードのドアのカギをゆっくりあける。静かな中でかちゃりという金属音がやけに大きく響いた。
 この期に及んで武士道精神なんてものを守るつもりはない。不意打ちで制圧できるのがベストだ。
なるべく静かにドアを開け、姿勢を低くしてエスカレーターの方に向かった。



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