話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ガルフブルグでの自分の立場を知る。有名になるのはいいことばかりじゃない。

「なんだ、汚いところにゲートを開けおって。もう少し私に相応しい場所を考えろ」


ゲートから貴族様が出てきた。
まだ6階はユーカの炎の余波でじっとり暑い。床を踏んだ時に灰が舞い上がった。仰々しい仕草でマントで口を押えている。


ゲートから続いてもう一人、40歳くらいの男が出てきた。こちらは中世の騎士が着るような重たげな灰色の金属鎧を上半身に着ている。ベテランの従者って感じだ。
右手には大型の手斧を持っていた。あれは多分スロット武器か。


「やあ、カザマスミト君。
その節は大変お世話になったね。私のことは勿論覚えているだろうな?」


芝居がかった態度でマントをひるがえして貴族様が言う。
勿論覚えているけど、そういえば名前さえ聞いてなかった気がするな。


「……名乗らせてもらおうか。私はガルダ・カルケティーオ・ラクシャス。
君のような田舎者は知らなかったようだが、ガルフブルグ4大公が一人、偉大なるバスキア公にお仕えするラクシャス家の者だ」


「自己紹介どうもありがとう。
で、僕らに何の用だ?あの時の仕返しってわけか?」


セリエは僕の後ろにいるけど、ちらりと振り返ると今にも泣きそうな顔をしていた。
僕がしっかりしなければいけない。気圧されてはいけない。冷静にならなければいけない。
息を吸って心を張り詰めさせる。


ガルダが手を左右に上げて首を振った。
なんかいちいち大げさな仕草がナルシストっぽくて鬱陶しいな。


「下々の物は復讐だの、仕返しだのそんなつまらぬことに拘泥するかもしれんが、我ら貴族はそのようなことにこだわりはしない。
我々はもっと壮大で高貴な目的の為に行動する」


表情を変えずにガルダが言う。
ただ、無理に無表情を作っている、という感じで、僕を睨みつける目には憎しみの色がありありと映っている。
ご主人様からのお仕置きは余程酷かったのか。


「ただし名誉を傷つけられれた場合は、相応の報いは受けさせる、貴族の誇りにかけてな」


素直に、あの時出し抜かれたことをやり返したい、と言えばいいのに。
お偉方も面倒なことだと思う。


「何がおかしいのだ、貴様!」


バカにしてる雰囲気が分かったのか、ガルダが怒りの声を上げて拳を降るってきた。
ゆっくりと迫ってくる拳をぎりぎりまで引き寄せ、頬にあたった所で後ろに飛ぶ。


「ご主人様!」
「お兄ちゃん!」


なるべく派手に見えるように吹き飛ばされた振りをして、あらためて周りを観察した。
ゲートから現れたのはあの貴族と、金属鎧で身を固めたいかにも騎士です、という感じの1人で2人だけ。門は消えているからこれ以上の増援はないっぽい。


さすがにこの場に来る以上は二人ともスロットを持っていて、魔法なり剣なりのなんらかの能力を持っていることは間違いないだろう。
こういう時は鑑定とかステータスのぞき見みたいな能力が欲しくなる。そんなものがあるのかどうかは知らないけど。


「どうした?ガルフブルグでも君の名は知れているのに口ほどにもないな。
抵抗しないのかね?」
「あ、そうなの?」


頬を抑えるふりをして立ち上がった。セリエが小走りに駆け寄ってきて、僕の側に寄り添う。
知らないうちにちょっと有名人になっているらしい。


「それとも、そんなにこの奴隷が大事かな?
ところで、謙虚にふるまって、さっさととどめを刺せ、だったかな、君が教えてくれたのは」


ガルダが懐からナイフを取り出してユーカの喉に当てる。
ユーカが怯えた顔になった。後ろでセリエが息をのむ。
胸の奥を締め付けられるような気がした。


「お止めなさい、貴族様。子供を傷つけるのは感心しないわよ」


黙っていたオルミナが口を開いて、ナイフの切っ先を指でつまんだ。


「……やめろ」


これもどこかで読んだけど、相手が確実に死なないなら相手の神経を逆なですることは言わないほうがいい。でないと、そいつが戻ってきたときに、それが倍になって帰ってくる、ってセリフがあった気がする。
前は勢いで挑発的なことを言ってしまったけど、今後は控えないといけない。
勝ち誇ったような顔が腹立たしい。


「ふむ。いい顔だな。
ま、この場で私の名誉を傷つけた君を八つ裂きにしても構わないが、安心したまえ。我がラクシャス家の主は寛大だ。お前に慈悲を与えよう」


「脅迫か?」
「いや、交渉だ。誇り高き貴族が脅迫などするはずがない」


ガルフブルグ流でこれが交渉だというなら、どういうのが脅迫になるのか教えてほしいところだ。


「我が主のために働きたまえ。悪い話ではあるまい。
まずは、此処に封緘シールを置く。
そして、お前にはガルフブルグでバスキア公とラクシャス家の為に封緘シールを置いた、と宣言してもらう」


「なんでそんなややこしいことをするんだ?
勝手に封緘シールでもなんでもおいていけばいいだろ?
僕らにかまうな。貴族様同士で内輪揉めがやりたければ僕らのいないところで心ゆくまでやれよ」


アラクネと戦ったりして苦労してここまで来たんだから、成果だけかっさらわれるのは腹立つけど、この状況で手柄に拘るつもりはない。
名誉が欲しければ好きにしてくれって感じだ。


「まあ私個人としては君をこの場で切り殺したいところだがね
君が言うことに価値がある、とわが主は考えておられる」


「どういうことだ?」


ガルダがあきれたような仕草で首をすくめる。


「君は本当に何も知らないのだな。芯まで田舎者のようだ。
この塔の廃墟の探索はオルドネスが主導している。だから、君のした行為もオルドネスの手柄と受け取られているのだよ。
これ以上、オルドネスの好きにさせるわけにはいかん、というのが我が主のお考えでな。
だからこそ、名の知れた君が言うことに意味がある、ということだ」


「僕にそんなつもりはないんだけど」


と言いたいところだけど、僕の意図してないところでそういう色がついてしまうことはあり得るとは思う。営業に行くときは会社の看板を背負っていると思えってのは、よく言われたけど。
でも今回のケースは僕にとっては迷惑としか言いようがない。僕の知らないところで勝手にそんな風に仕立てられたあげく、攻撃されるなんて勘弁してほしい。


「……セリエとユーカはどうなる?」
「安心したまえ。君の希望に沿うように寛大な処置をしていただくよう進言してやる」


ニヤニヤ笑いを浮かべつつガルダが言う。
……長いとはいいがたいサラリーマン時代、いろんな相手と営業交渉もしたもんだけど、これどほど信用できない返事は中々なかった。
ある意味わかりやすい。これだけ詐欺師が分かり安ければオレオレ詐欺に騙される人も減るだろうにな。
いずれにせよ、これでこいつに従うという選択肢はなくなった。


ただ、今この場で従う振りをしてもろくなことにならない。
もしユーカが完全にこいつらの手に落ちて、僕らと完全に切り離されてしまえば手の打ちようがなくなる。助けるなら今しかない。
位置関係は、僕ら、ガルダ、騎士、そしてユーカとオルミナ。二人が間に入っている。


「ご主人様…なんとかお嬢様を連れて逃げてください。私が囮になります」


セリエが耳元で囁くが無視した。そんなつもりはない。


この状況をどう打開するか。
ガルダと騎士がどんな能力か分からないけど、一人なら切り倒せるかもしれない。
でも一瞬で二人相手となると、厳しい。
というか相手の強さがまったく分からないのにそれをするのは流石に無謀だ。


魔弾の射手でオルミナを一撃で打ち殺せれば、それが一番いい。
だけど僕の魔法は、銃の引き金を引く、が発動イメージになっている。構えなくてもいいんだけれど、構えて狙わずに必中は難しい。
いっそ切りかかるほうが早いかもしれない。


「さっさと応えんか、下郎が!」


考えていたら、騎士が前に出てきて、襟をつかまれた。
そのまま腹を殴られる。さすがに今度は衝撃を逃がすことはできない。
重たい衝撃が腹から全身に広がる。朝食べたものを戻しそうになった。痛みで膝をつく。


「この場で貴様を八つ裂きにして替え玉を立ててもかまわんというのに、命まで助けてやろうというのだ。
これほどのご厚情で何を迷うことがある。這いつくばって礼を申すべきところだろうが」


クソ偉そうな声が頭上から降ってきた。覚えてろ、この野郎。


「ご主人様!」


セリエが僕をかばうようにしゃがみ込む。
見上げた時に天井が目に入る……一つ不意打ちのアイディアを思いついた。
セリエを軽く抱き寄せてなるべく小さな声でいう


「セリエ、少しでいいから気を引いてくれ。今から僕が『雨を降らす』。
そしたら前に飛び出して。ユーカを助ける」


「……わかりました、ご主人様」


一瞬訝し気な表情を浮かべたけど、すぐにいつものセリエに戻った。
雨を降らす、は全く意味不明だとは思うけど、何かが起きることを信じてくれたならそれでいい。


「ご主人様に手を触れないでください!」


セリエが立ち上って手を広げた。


管理者アドミニストレーター起動オン防災設備復旧エマージェンシーシステムコントロール


この後起きることに備えて、改めてガルダと騎士、ユーカとオルミナの位置を目に焼き付ける。
チャンスは一瞬。


「スプリンクラー稼働!」


体から独特の力が抜ける感覚がする。一呼吸程遅れてシュッと音がして、天井から冷たい水が降り注いだ。
まだ熱い灰に水が降り注ぐ。もうもうと水蒸気が上がった。


「なんだこれは?」
「雨だと?」


何が起きたのか理解できたのは勿論僕しかいない。
天井を見上げたガルダにタックルを食らわせた。よろけて転んだのを確認し、後ろに居た騎士に突っ込む。
振り回された斧を姿勢を低くしてかわして、銃床で脇腹を殴りつけた。さっきのお返しだ。


白い水蒸気の向こうに見えるオルミナのほうに走る。
一太刀で殺す。のどをめがけて銃剣を突き出す


「【鍵の主の名において。門よ開きなさい】」


さっきより門の形成が早い。一瞬で広がった黒い幕にオルミナとユーカが吸い込まれていく。
銃剣の切っ先はわずかに届かなかった。
黒い門が掻き消える。


「くそっ!」
「お嬢様!お嬢様!」


後ろを振り返ると、ガルダと騎士が立ち上がろうとしていた。


「いったん逃げるよ。セリエ」


まずはユーカの安全を確保するのが優先だ。セリエの手を引いてエスカレーターを駆け下り5階に戻った。
まだ明かりはついている。手近な店のバックヤードのドアを開けて一度身をひそめた。
オルミナがどこに逃げたのかは分からない。でもあいつらを合流させなければ……まだチャンスはある。





「僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く