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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

新宿駅ビル6階で遭遇戦、第三ラウンド。

「行くよ!」


僕が走り出すと同時にユーカもあとに続いてきた。
エスカレーターの方向には4体ほどの大型犬並みの大きさの蜘蛛がいる。昆虫系の魔獣は正直言って好きじゃない。あの黒い虫を見るときのような、生理的なおぞましさがある。


「えいっ‼‼」


ユーカがフランベルジュを振ると、切っ先から炎の帯が噴き出す。
床を這うように吹き抜けた炎を浴びた蜘蛛が次々と燃え上がった。蜘蛛って体から油でもだしているんだろうかという感じの盛大な燃え方だ。
燃える蜘蛛に銃剣を突き刺してとどめを刺す。
僕の魔弾の射手はどっちも単発の単体攻撃用なので、こういう雑魚をまとめて薙ぎ払ってくれるタイプの攻撃はありがたい。


エスカレーターにたどり着いたところで、エレベーターの方から轟音が響いた。ついにかごが落ちた。
後ろを振り向くと、エレベーターのドアからぞろぞろと蜘蛛が入り込んでくるのが見える。
大型犬くらいのサイズの蜘蛛が足音高く何十体も迫ってくるのはリアルホラー映画。電気がついているから怖さ倍増って感じだ。
ユーカの炎が蜘蛛の群れを薙ぎ払う。一瞬進撃が止まった。


「上に逃げよう。オルミナさん、セリエ、先に上がって」
「わかりました!」


セリエとオルミナさんが先にエスカレーターを上がる。ユーカがもう一度炎を飛ばして蜘蛛を牽制して上に上がる。殿しんがりは僕だ。
皆が上に上がるのを確かめて、僕もエスカレータを駆け上がった。
一番上でエスカレーターの手摺に触れる。


管理者アドミニストレーター起動オン電源復旧パワーレストレイション


エスカレーターが下りで動き始め、ざわざわと這い上がってきた蜘蛛がバランスを崩して次々と落ちていく。
天井とかにでもはりつける蜘蛛相手にはこんなのは気休めっぽいけど、時間稼ぎぐらいにはなるか。


6階はまたもや暗闇だ。ライトで照らすと、有名な雑貨店のロゴが見えた。
それと何かよくわからない、白い柱のようなもの。暗くて状況が分からない。


「【私の名において命じるわ、光よ灯りなさい】」


管理者アドミニストレーターで電気をつけようかと一瞬考え込んだところで、オルミナさんの呪文が聞こえた。
地下鉄でも見た光の精霊ウィル・オ・ウィスプのような光の玉が三つあらわれ、部屋をてらす。管理者で電気をつけるよりは暗いけど、とりあえずこれでなんとかなりそうだ。


「さっきのあれを連発するのはきついんでしょ?」
「助かります」


気力を温存して全滅するのは本末転倒だけど、見境なしに魔法連発ってわけにもいかない。
しかし、オルミナさんはなんとも落ち着ていて、探索者初心者の僕としてはとても頼れる。エルフなだけに見た目以上に長く生きていて経験豊富ってことなんだろうか。
改めて周りを見渡すと、化粧品や雑貨売り場の看板がかかっていた。フロア中に張られたは白い柱は……これは糸の束だ。というかこれは……


「これは……アラクネの巣です」


蜘蛛の巣に飛び込んでしまったわけか。
新宿でやたらとアラクネや蜘蛛に遭遇したのはここが原因らしい。
ここがアラクネの巣ってことは、さっきの蜘蛛は、成長したら上半身が脱皮して人間になってアラクネになるってことなんだろうか。
あの群れが全部アラクネになるのは正直言って勘弁してほしい。


暗がりから足音がする。
明かりに誘われるように糸の向こうからそこから現れたのは……3度目の対面となるアラクネだった。





今まで見たアラクネより、蜘蛛の体が大きく上半身の女の体もアマゾネスのような筋肉ムキムキな大柄な体格になっている。赤い目が爛々と光り、此方を睨みつけてくる。
体長は4m近い。天井に頭がつかえそうで、少しかがんでいる。足も長く、棘も前に見た時よりデカい。


「クイーンです。注意してください」


足元に散らばった小物や棚を踏み散らし、足音を立てながらアラクネがこちらに向かってきた。射撃姿勢を取ろうとしたけど、詠唱が間に合わない。銃剣で迎え討つ。


「かかって来い!相手になってやる!」


声を出して気合を入れる。
銃剣を構えようとしたら柔らかい感触がした。


「ん?」


見ると切っ先が糸の束に穂先に絡みついている。引っ張ってみるが伸びるだけで外れない。
アラクネが地響きのような音を立てつつこちらに向かってくる。
もう一度銃剣を引くが、糸がゴムのように伸びて取れる気配がない。


「なんだこりゃ」
「動かないで、スミト!」


オルミナさんがレイピアを振う。糸が断ち切られて銃剣が自由になった。


「ありがとう!」
「注意しなさい!アラクネの糸は厄介よ」


アラクネがこちらに向かってきて、脚を振り上げた。一歩前に出てその前に立ちふさがる。
上からいつも通りゆっくり降り降ろされた足を、力任せに銃身で払いのけた。
バランスを崩したところを銃剣を横に薙ぎ払う。まずは足一本貰う。
狙い通り足に銃剣が当たった、が……ゴムでなぐったかのような感触が手に伝わってきて、銃剣が弾かれた。
銃剣の穂先にトリモチのように糸が絡んでいる。これじゃ切れない。


「……確かにめんどい能力もってるな、この野郎」


もう一発振り上げた足を銃床でぶん殴る。胴を狙って踏み込もうとしたがちょっと距離が遠い。
足の攻撃は速さは前に新宿で戦った普通のアラクネと大して変わらないから避けるたりする分には問題ないが、サイズの差が地味に大きい。間合いが遠くて切り込めない。


「燃えちゃえ‼‼」


ユーカがフランベルジュを振ると、切っ先から赤い炎が帯のように伸びてアラクネに襲いかかる。
炎を浴びてアラクネが悲鳴を上げた。人間型の上半身にやけどのような傷が残る。赤く光る目が憎々し気にこちらを見た。
ユーカの炎が部屋の蜘蛛の糸をだいぶ焼いてくれた。床でくすぶる火に銃剣の切っ先を近づけると糸がどろりと溶ける。この糸は熱には弱いっぽいな。


アラクネが叫び声をあげて威嚇するように足を踏み鳴らす。下の階から聞こえる蜘蛛の足音が大きくなった。
仲間というか子供を呼ぶ的な能力か。挟み撃ちにされるのはまずい。


「ユーカ、後ろを頼む。セリエ、ユーカをフォローして!」


「はい、ご主人様!」
「お兄ちゃん、あたし頑張るからね!」


援軍を待つかのように、アラクネが糸をくぐるように部屋の暗がりへするすると後退していく。


「逃がすか。【貫け!魔弾の射手!デア・フライシュッツ】」


銃を構えて引き金を引く。胸を狙ったがわずかに狙いが上にそれて肩を撃ち抜いた。
アラクネが悲鳴が上げる、と同時に黒い液が飛んできた。
ゆっくり飛んでくる黒い液をかわす。液体が床に落ちて、落ちたところから焦げるような刺激臭と煙が上がった。酸の体液とか毒液とかそんなのか。


怒りとも苦痛とも分からない叫び声をげながらアラクネが次々と酸の液と蜘蛛の糸が飛ばしてくる。でも、ゆっくり見えるからかわすことは難しくない。
ただ、この距離で撃ち合いをするのは圧倒的に不利だ。というより僕にはほとんどやることがない。近づかないと厳しい、


「【私の名において命じるわ、盾よ、あの子を守りなさい】」


オルミナさんの呪文が聞こえて僕の体に青い光がまとわりつく。
前にセリエがかけてくれたことがある。防御プロテクションだ。
援護をもらったので銃剣を構えて前に走ろうとしたら、酸の体液をバケツで水を撒くようにまき散らしてきた。エイリアンか。
床や壁にかかった体液が刺激臭を上げる。


「危ないな、こいつ!」


仕方なくいったん下がると、次は糸と酸の体液を吐き出してくる。敵ながら攻防バランスがいいじゃないか、この野郎。


盾でもあれば強引な突撃もできるかもしれないけど……飛んでくる糸や体液を避けて一度距離を取る。
バックステップしたところで、べちゃりと何か柔らかいものを踏んだ感触があった。


見ると、着地点に糸の塊を置かれてた。さっき吐いてきた奴だ。
足を上げようとするけど糸が伸びて剥がれない。どこかの漫画のキャラじゃないけど、ゴムというかガムというかそんな感じ。これはまさか狙い撃ちされた?


アラクネがチャンスとばかりに声を上げてこちらに向かってきた。虫並みの脳みそでも獲物が動けないっていうくらいは分かるのか。
銃剣の穂先を刺しても切れない。まずい。
慌てて銃を構えて射撃姿勢をとった。大火力の方は詠唱の時間がない。狙いをしっかり定める。


「【貫け!魔弾の射手!デア・フライシュッツ】」


近づいてくるアラクネに向けて引き金を引く。黒い弾丸が今度は狙い通り胸を貫通した。人間なら心臓直撃。
悲鳴が上がり、アラクネが棹立ちになった。頭がぶつかり天井のパネルが崩れ、ライトが落ちて派手な音を立てて砕け散る。
黒い血が噴水のようにまき散らされ酸の体液で煙が上がる。どうだ?


そのまま倒れてくれるのを期待したけど、そう甘くはなかった。女の上半身が傷口を一瞥すると怒りの表情でこっちに向かってくる。
とどめにはならなかった。どういう構造をしてるんだ、こいつは。
アラクネが迫る。あと20m程度。銃剣を構えて攻撃のタイミングを計る。足が動かないが、攻撃を止めるくらいなら何とかなる。


「お兄ちゃん!」


そのときユーカの声が後ろから響いた。


「お嬢様!いけません!」


続いてセリエの制止の声。
後ろを振り返るとユーカがフランベルジュを構えている。刀身から真っ赤な炎が高々と吹き上がる。
……このあと何が起きるかなんとなく察しがついてしまった。


「オルミナ様!ご主人様に防御プロテクションを!」
「わかったわ」


2人が後ろで呪文詠唱を始める。
最後の希望を込めてもう一度足を動かそうとしたが無理だった。
視界の端でアラクネが迫ってくるのが見える。あと10m。


「【大っ嫌い‼‼】」


「ご主人様、気を強く持ってください!
【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」


「【私の名において命じるわ、盾よ、あの子を守りなさい】」


青い防御プロテクションの光が僕にまといつく。


「【全部燃えちゃえ‼!】」


ユーカの声があがる。と同時に目の前に迫っていたアラクネが炎の渦に包まれた。
天井まで吹き上がる火柱。凄まじい悲鳴が上がり、熱風が吹き付けた。
思わず顔を押さえる。
一瞬の間をおいて炎の渦が膨らみが僕も押し包んだ。


「ずわっちぃ!!!!!!!」


視界が真っ赤に染まった。周りで渦巻く炎がなんというかCGのようで現実感がない。
アラクネの凄まじい悲鳴をかき消すように炎の轟音が耳を打つ。
2人分の防御プロテクションが青い光で僕を守ってくれていた。青白い光が炎を押し返している。
銃身を握って息をつめる。サウナの一番前の席でストーブの前に居るようだ。刺すような熱が肌を焼く。
足に絡んでいた糸が溶けているのに気付いたので、慌てて火柱のなかから飛び退った。


火の外に飛び出すと、ばきばきと硬いものが焼ける音と人外の悲鳴がフロア全体に響く。炎に包まれたアラクネがもがくように足を踏み鳴らし床に穴が開いた。


恐ろしく長く感じた時間がすぎ、目の前で荒れ狂っていた炎が消えた。アラクネは消し炭のように黒焦げになって横たわっていた。
さすがにこれはもう警戒する必要はないだろう。銃剣を下ろしたところでアラクネが灰の様に崩れ落ち、コアクリスタルが残された。







火事になるんじゃないかと心配したけど、可燃物を根こそぎ焼き払ったのか壁や床にちらちらと残り火が燃えているだけだった。
しかし、なんともまあ恐ろしい火力。アラクネと仲良く黒焦げにならなかったのは……セリエとオルミナさんのおかげだな。
火あぶりという刑罰を考えた人類の残虐さは半端ないと思う。おそらく炎の中に居たのはほんの短い時間だっただろうし魔法で守られていたけど、それでも余裕で死の世界が見えた。熱でやられてのどが熱い。


「ご無事ですか?ご主人様?」
「大丈夫?お兄ちゃん」


「ああ、大丈夫……」


無事ではあるけど、精神的にはかなり恐ろしい思いをした。
炎にとりまかれていたというのに、背中は冷や汗で冷たい。


「これってなんだったの?」


「お嬢様の攻撃拡張アタックエクステンションです。
特殊スロットのスキルの一つで、単純に申し上げますと、スロット武器による攻撃を瞬間的に拡大するものでして」


要は、あの剣を降った時に出てくる炎をそのままスケールアップしたものってことかな。


「……お嬢様の攻撃は……なんといいますか、加減が……ちょっと……」


この状態では戦闘経験が少なくて危なっかしい、というのとは別の意味で前衛には出せない。
強力ではあるけど制御が甘い攻撃、というのは仲間を巻き添えにしかねない、というかするだろう。
いままで戦わせなかったことといい、連れていくことを渋ったことといい、セリエの判断は適切だったわけか。


「ユーカ……」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。お兄ちゃんが食べられちゃうって、危ないって思ったから……。
でもね、あの蜘蛛だけ狙ったんだよ、ホントだよ」


ユーカがちょっと涙目になりつつ言う。


「……うん。ありがとう。でも帰ったら一緒に修行しようね」
「……ごめんなさい」


プロテクションが間に合わなかったら僕も丸焦げの可能性があったので、正直言って笑えない。
が、ここで怒っても仕方ない。


「あら、ユーカ、貴方怪我してるわよ、こっちにいらっしゃい」


オルミナさんが言うとユーカがそちらに走って行った。
代わりにセリエが僕の方にやってきて顔に手を触れてくる。


「ご無事ですか?お怪我は」
「大丈夫。二人分の防御プロテクションが無いと危なかったかもしれないけど」


フロアの半分ほどが焼き尽くされた6階をぐるりと見渡す。
雑貨とか化粧品とか、それなりに売れそうなものもあったかもしれないけど、勿体ないことに、すべて灰になってしまった。火は付いてないけどまだ熱が残っている。


ここのエスカレーターは6階どまりだ。
7階のホールへはエレベータを使わないといけないようだけど、エレベーターを使うのは流石にもうやめておきたい。
封緘シールを置くのは7階の方がいいんだろうけど、6階でも大した差はないだろう。
幸い広々としたスペースも取れたし、ここでいいか。


「じゃあ、ここに封緘シールをおいてもらいます。オルミナさん、お願いできますか?」


「それがね、スミト。あたしはその前にやることがあるのよ」


振り向くと、オルミナさんがユーカを後ろから抱くようにして喉にナイフを突きつけていた。





一瞬状況が理解できなくてぽかーんとしてしまう。何やってんだ、この人。


「お嬢様!」


セリエの叫び声で我に返った。
セリエがブラシを握って一歩前に出る。


「どういうつもりですか?」
「ごめんね、これも仕事なのよ」


封緘シールをするのが仕事でしょ」
「もちろんそれはするわよ。でも、もうひとつ仕事をうけてるのよね」


オルミナさんが意味ありげに笑う。もう一つってなんだ?


「【鍵の主が命ずるわ。門よ、開きなさい】」


オルミナさんが呪文を唱える。後ろの空間に墨を流したような黒い何かが現れた。
黒いものがゆっくりと範囲を広げ、オルミナさんの後ろに黒い鏡か丸い幕のように大きく広がる。
魔獣が出てくるときのゲートをもっと大きくしたような感じだけど渦を巻いていない。
黒い何かの表面がゆらめいた。誰か出てくる。


「ふん、随分待たせたてくれたものだな、ええ?」


声とともにそこから合われたのは。
浅黒い肌ととがった耳、高慢な笑みを張りつかせた顔。偉そうな仰々しい黒のマント。
見覚えのある、あのセリエ達を買いに来た貴族だった。











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