僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

ホラー映画的にはエレベーターに乗るのは死亡フラグ。そんなことも忘れてました。

 パルメ公とやらに雇われた探索者が駅に消えてったのを確認して、僕らも南口広場から新宿駅改札に移動した。


 新宿駅南口のあたりは、上は全部ルミネビル、というイメージだ。
 多分厳密にいえば違うと思うんだけど、レディースファッションだらけのファッションビルの構造なんて男の僕にはよくわからない。
 ああいうところはオシャレ過ぎて、シングル男性立ち入り禁止の結界が張られてる気分になったもんだ。


 ともあれ、封緘シールは高い場所に置くほうがいいというなら最上階がいいだろう。
 確かルミネの最上階は、有名漫才団体のシアターになっていたはず。僕も改札前でカラフルなハッピを着たスタッフのお兄さんにチラシを貰った覚えがある。
 行ったことはないけど、ホールなら封緘シールの魔方陣を置くスペースはあるだろう、多分。


 階段を上るのはしんどいので、エレベーターのドアに手を触れる


管理者アドミニストレーター起動オン


 電源復旧の文字が頭に浮かんだ。エレベーターは使えるらしい。これは助かった。


電源復旧パワーレストレイション


 ポーン、と聞きなれた音がして、エレベーターのドアが開いた。中の電気もついている。
 華やかな色の壁にセールの広告やレストランの案内などが貼ってあって、なんともいえず空虚というかシュールだ。


「なんなの、スミト、これは?」
「エレベーターっていう建物を上下に移動する箱です。これで行きましょう」


「へえ、こっちの世界にもこういうのがあるのね」
「ガルフブルグにもあるんですか?」


 意外にも、というと失礼だけど、ガルフブルグにもエレベーターはあるらしい。
 文明レベルは中世並みというイメージだったんだけど。


「尖塔とかに上がるための昇降機があるわ。重りとか馬を利用したものだけどね」


 そういう用途か。それならわかる気がする。
 たしかに教会の尖塔とか王様のお城の高い階に上るならそういうのは必要だろう。えらい王様とか貴族様とかだと長い階段を上るのは嫌だろうしね。


「で、これの動力はなんなの?」
「まあそれはいいでしょ。さ、乗って」


 突っ込まれるのは分かっていたけど、階段を上るのはめんどくさい、というのと、途中での接敵リスクを考えると、エレベーターで最上階直行の方がいい。
 ということで、とりあえずここははぐらかしておく。
 僕がエレベーターに乗り込むと三人とも乗ってきた。


 閉まるのボタンと最上階の7階のボタンを押すとドアが閉まり、エレベーターがすっと上昇した。
 ここに関していうならいつもの新宿だ。中にいるのがエルフと獣人である点は違うにしても。


「すごいわね。昇降機って言ったら、ガタガタギシギシ音がして揺れるし遅いし、歩くよりはましってくらいのものなのだけど。どうしてこんなものを動かせるの?
というよりどうしてこんなものを知ってるの?」


「まあそれはいいじゃないですか」


 そんなことを言っているうちに、表示が5階に移る。そこでガタンと音を立ててエレベーターが止まった。
 何かにぶつかったように。


「どうしたのかしら、故障かしらね?」
「ご主人様……」


 微妙な沈黙がおりる。ボタンを押しても反応がない。
 そしてその時に思い出した。エレベーターを使うのは、確かに途中でゲートが開いて接敵するリスクは低いかもしれない。でもホラー映画的にはこれは死亡フラグっていうんじゃなかろうか。


 唐突に、ガンガンと天井を叩くような音がして、エレベーターが揺れた。電灯が点滅し、天井パネルが一枚落ちてくる。
 やはり死亡フラグだった。上に何かいる。この中にいると明らかに袋の鼠だ、


「きゃあ!」
「下がって!」


 エレベータのドアの隙間を銃の台座で思い切りぶん殴る。ドアがわずかに横に開いた。
 隙間に銃身を押し込んで無理やりこじ開けると、真っ暗な広いスペースが広がっているのが見える。
 5階の降り口でエレベータが止まっていたらしい。まだ運はある。フロアの途中で止まってたらどうしようもなかった。
 エレベーターからの光が暗いフロアを細く照らす。ファッションブランドのエンブレムが見えた。ここはまだ服屋さんのフロアか。


「下りるよ。何か来る。エレベーターから離れて!」


 開いたドアから皆が下りる。
 5階はエレベーターから漏れる光以外は真っ暗闇だ。マグライトとランプでまわりを照らす。
 丸い光に照らされて、なぎ倒されたような棚やハンガーが見えた。


「何かいるよ、お兄ちゃん……」


 ユーカが震える声でいう。
 ライトに何か影が映ったけど、動きが早くて何かまでは分からなかった。
 周りでは何かが動く影と足音、後ろではエレベーターの天井を硬いものでぶったたくような音ときしみ音。パニックになりそうになる。


「ご主人さま……」


 セリエが僕に身を寄せてくる。その声と体温で少し落ち着いた。
 しっかりしないといけない。大きく息を吸って心を落ち着かせる。
 どんな相手がいるのか分からないけど、暗闇の中で戦うのは圧倒的に不利だ。疲れるからやりたくないんだけど……仕方ない。


「オルミナさん、魔力賦与ディストリビュートパワーって使えます?」
「大丈夫よお。お姉さんに任せなさい」


 レインさんにもかけてもらったことがある、気力回復の魔法だ。
 支援が受けれるなら多少は無理もできる。


「じゃあ今から明かりをつけますんで。その後にお願いします。
管理者アドミニストレーター起動オン電源復旧パワーレストレイションフロア全域オールフロア


 僕の声に合わせて、天井の電気が目映く光った。見慣れた白い電気の明かりがフロアを照らし出す。
 同時に一気にずっしりした疲労感が襲ってくる。ビルのワンフロアを照らすんだから、ホテルの部屋一室を照らすのとはわけが違うか。


 周りを見渡す。右手には服屋さん、左手にはカフェ。明るく照らされて分かったけど、どっちも荒れ放題でガラスが砕け机は倒れ、ブランドの服が床に散乱している。
 奥には吹き抜けのエスカレーターが見える。


「へえ、すごいわね。これもスミトの力なの?」
「ええ。一応」


「じゃあ。【私の名において命じるわ、アタシの力、この子に分けてあげなさい】」


 オルミナさんが僕の肩に手を置いて呪文を唱えると、萎えかけた気力が元に戻った。


「ふう」
「ご主人様、伏せて!」


 息をついたところでセリエの声が聞こえた。とっさに姿勢を低くする。
 頭の上で何かを叩くような音、そして壁に何かがぶつかるような音がした。セリエがブラシを構えて壁の方を睨みつける。


 壁の方に目を向けると、そこに居たのは大型犬くらいの巨大な蜘蛛だった。まだもがくように脚がざわざわと動いている。
 あまりの気持ち悪さに引きそうになるけど、心を無にした。立ち上がろうとしたところを銃剣で突き刺してとどめを刺す。
 噴き出した血がオシャレな壁紙にどす黒いシミを作った。
 しかしまた蜘蛛ですか。そんなに新宿は蜘蛛にとって適した生育環境なんですかね。


「囲まれます……」


 見ると、服屋の倒れたハンガーやカウンター、棚、カフェのテーブルの裏から何匹もの蜘蛛が現れる。
 オルミナさんがレイピアを、セリエがブラシを構えて身を寄せ合う。


「ユーカ……大丈夫だね?」


 ことここに至っては大丈夫じゃない、と言われても困る。ユーカが足手まといになれば下手すると仲良くここで全滅、蜘蛛の餌だ。


「……発現マテリアライズ


 ユーカの声とともに炎が渦巻き、フランベルジュが現れた。


「……大丈夫だよ、お兄ちゃん。信じて」


 フランベルジュの柄を抱きしめるようにしてユーカが言う。
 足が震えているけど、この状況で怖くない何てことはありえない。でも声に力がある。今なら大丈夫っぽい。


「うん。信じるよ」


 にっこりとユーカが笑う。
 エレベーターから聞こえるきしみ音はますます大きくなってきた。今はエレベーターのかごが蓋になっているような状態だけど、じき落とされてしまうだろう。そうすればシャフト内の何かもこのフロアになだれ込んでくる。
 前後をはさまれて乱戦になればセリエやオルミナさんを守り切れない。


「エスカレーターに向かって走るよ。ユーカ、一緒に前に出て。オルミナさんとセリエは着いてきて」


「お兄ちゃん……」
「ん?」


「エスカレーターって何?」


 ユーカが聞き返してきたのでずっこけそうになった。でも、そういえば通じるわけないな。


「あの階段のことだよ。いいね?」
「うん、お兄ちゃん!」


 エスカレーターまでは大した距離は無い。蜘蛛が何匹か僕らの行く手を遮るようにしているけど、この位の数なら蹴散らせる。
 後ろのエレベーターから聞こえる音が変わった。ギシギシと金属がこすれ合う音と歪むような音が大きくなる。エレベーターのかごはそう持たないな、と直感した。
 もう猶予はない。活路は前に、だ。


「行くよ!」





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