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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

新宿駅南口でアラクネと戦う、3カ月ぶり2回目。

 見張りをしていても何も起きず、そのまま朝になった。
 といっても地下深くにいる上に、時間になったら地下鉄が入ってくるわけでもないので、スマホの時計が頼りだけど。
 

 軽めの朝食を取って、副都心線の新宿三丁目駅から丸の内線の新宿三丁目駅へ移動した。
 乗り換えで通り慣れた連絡通路も、電気が点いてないだけで全然違う場所に見えるけど。今やリアルダンジョンと化した新宿駅も地図を表示できるので問題はなかった。


 普通なら時刻表示を見ながら地下鉄を待つところだけど、今はそんなものは来てくれない。
 またもや線路に降りて歩く。しばらく歩くと新宿駅にたどり着いた。幸いにも今日は魔獣との遭遇は無かった。


 前は立川に住んでいて御茶ノ水で仕事をしていたから新宿は毎日のように通ったけど、久しぶりに来た。
 今の誰も居ない東京に投げ出されてからでは、アーロンさん達と出会って以来の2回目、大体3カ月ぶりってところだろうか。


「ここでよろしいのでしょうか?ご主人様」
「そう。これが新宿ってよむんだよ」


 新宿駅の壁の駅名表示を見ながら不思議そうに聞くセリエに答える。
 ただあまり色々言うとオルミナさんに正体がバレそうなので、こっちの話題はほどほどにしたい。


 電気がついていない以外は地下鉄の風景はいつもと変わらない。新宿では中央線の乗り換えがほとんどだったけど、地下鉄も何度も使ったことはある。 
 通り慣れた地下道を通り階段を上がっていくと、地上への出口が見えてきた。太陽の光が差し込んできている。


「本当に道がわかってたのね」


 オルミナさんが安心したような感心したような感じで言う。
 ガルフブルグの探索者にとっては新宿は未踏のエリアだし、僕がどこに向かっているかなんてわかるはずもない。そりゃ不安だっただろう。ちょっと申し訳ない気がする。
 階段を登り切るといつも通りの甲州街道、いつも通りの新宿南口改札にたどり着いた。


 いつもは人であふれかえっていて、ひっきりなしにスイカの確認の電子音がする新宿南口改札も今は誰もおらず閑散としていている。改めて見るとやっぱり物悲しい
 自動改札の機械や売店やガラス張りの窓口が壊れていて、どことなく廃墟風だ。
 甲州街道にはひっくり返った車や何かの足跡や爪痕らしきものがある。危険な場所であることは間違いない。ユーカが不安げに僕の手を握る。


「すごく高い建物ね。ここに封緘シールを置くのかしら?」


 オルミナさんがルミネビルを見上げる。
 少し離れればオフィスビルとかもっと高い場所もあるけど、新宿界隈をうろつくのは危険そうだし、線路を街道替わりに使うならまずは駅を安全な場所にした方がいいと思う。


「この上でいいと思います」
「上るのも大変そうねぇ」


 オルミナさんがそう言ったところで、爆発音と金属音、そして人の声が聞こえた。
 南口の広場の方だ。


「なんでしょう?」
「いってみよう」





 南口広場までは走ってすぐだ。
 階段と高島屋方面へつながる甲州街道の高架、フラッグスのビルに囲まれた広場。その高架をくぐるように人が広場に入ってきた。


 マントを纏ったやせた感じの男が先頭、その次に肩を貸しあった男女。怪我をしているようで足を引きずっている。
 最後に槍を持った男が広場に入ってきた。
 僕と同類のこの世界の人かと一瞬期待したけど、普通に探索者の姿をしている。


 そのあとを追うように高架をくぐって現れたのは。新宿駅地下街で遭遇した蜘蛛の体に女の上半身、アラクネだった。3カ月ぶり2度目。
 ものすごいスピードで、あっという間に槍の男との差が詰まる。
 男が迎え討とうとしたけど、振り返るのが遅かった。脚の一撃を受けて吹き飛ばされる。アラクネが残り3人の方を向いた。


「ご主人様!」


 セリエの声に我に返った。MMORPGの他のパーティの戦闘のギャラリーをしている気分になってたけど、それどころじゃない。


「どうするんですか?」
「勿論助けるよ」


 目の前で人が食われるのを見るのはさすがに遠慮したい。
 銃を構えて呪文を唱える。


「【新たな魔弾と引き換えに!狩りの魔王ザミュエル!彼のものを生贄に捧げん!】」


 アラクネの背中に狙いを定めた。


「焼き尽くせ、魔弾の射手デア・フライシュッツ!」


 呪文を唱え引き金を引いた。
 銃口から赤い弾丸が飛び、狙い通りにアラクネの背中に着弾する。


 赤い火球が膨れ上がりアラクネの上半身が爆発で吹き飛んだ。すさまじい悲鳴がこちらまで聞こえる。
 蜘蛛の体が崩れ落ちて消滅し、そのままいつも通りコアクリスタルが残された。
 デュラハンに当てた時はかろうじてとどめになった、という感じだったけど、アラクネは一撃で倒せるわけか。


「やるわねぇ」


 オルミナさんがほめてくれる。
 何が起きたか分からない、という顔をしている探索者たちに銃を掲げて合図を送った。





「だいじょうぶですか?」


 階段を下りて彼らの方に歩み寄った。


 渋谷では見たことのない探索者のパーティだ。
 見たところ、戦士らしき鎧を着て斧を持った男1人は重傷だ。座り込んでいるけど、肩や足に切り傷が幾筋も走っているのが分かる。灰色の服もあちこち血で汚れている。


 辞典のような厚い本をもって動きやすそうな服を着た女の子の方は、服は血で汚れていたけど、多分この仲間の血が付いただけだろう。本人は軽傷で少し足を引きずっている程度だ。
 しかし、この本がスロット武器なんだろうか。まさか角で殴るとか、そんなことはないと思うけど。本が武器ならば魔法使いなのかもしれない。
 最初に広場に入っててきたひょろりとした男は1人は無傷だった。雰囲気的にあまり戦いには向いてない感じがする。


 アラクネの足の一撃を受けた槍を持った男はとっさに攻撃を受け止めたのか、吹っ飛ばされた時の切り傷や擦り傷があちこちにできているものの軽傷だった。
 重傷者の戦士っぽい男にセリエが回復魔法をかけている。さすがにキスはせず、手を傷口にかざしているけど。


「助かりました、ありがとうございます」
「まさしく命の恩人だ。アンタたちは何しにここへ?」


 女の子が頭を下げてきた。槍を持った戦士風の男が安心したように笑って聞いてくる。


 男の方はたぶん僕よりちょっと上っぽい。20代後半って感じか。顔にいくつも傷がある。短く刈り込んだ金髪と細マッチョ風の鍛え上げた体がシャツの間から見える。
 アーロンさんほどの貫禄はないけど、精悍な印象で、歴戦のベテラン、という感じだな。
 女の子の方は手にしていた本は消えていた。やはりあれがスロット武器らしい。


 とりあえずその質問には答えずに、相手のパーティというか、無傷の男を観察する。
 魔法使いとか探索者というより、学者というかギルドの係官のような感じだ。以前原宿で封緘シールを行った人と雰囲気が似ている……気がする。
 彼も戦闘能力は皆無で、封緘シールを行うだけの人だった。オルミナさんはそれなりに戦えるけどどちらが例外なのかはわからない。


「皆さんは、もしかして封緘シールを置きに来たんですか?」


 カマをかけると、男がぎょっとした顔をした。


「え……いや……あの」
「……何のことかな。俺たちは何か宝物でもないかと。最近流行りのレトルトをさがしにだな」


 しどろもどろで返事をしてくれる。2人そろって隠し事ができないタイプっぽいなぁ。


「……一応命の恩人ですよ、僕ら。それに、それだけ傷を受けていてこのビルを上るんですか?」


 近くのビルを指さす。ルミネビルに上るにせよ、フラッグスに上るにせよ今はエレベータで最上階まで一息ってわけにはいかない。怪我人には結構しんどい作業だと思う。


「誰の依頼ですか?」


 もう一度聞いてみる。
 二人がなにかひそひそと話して、槍の男がこちらを向いた。相談がまとまったらしい。


「……教えるのはかまわない。今回は俺たちは下りる。
これ以上進むには消耗しすぎてるし、命があっただけありがたいよ」


 賢明な判断だ。


「ただ、できれば帰り道を教えてほしい。交換条件を提示できる立場じゃないのは分かってるが……。
此処は線路がありすぎてどこをたどればディグレアに戻れるのかわからん」


 ディグレアは渋谷のガルフブルグでの呼び名だ。犬の神、とかそういう意味らしい。


「線路を歩いたんですか?」
「ああ、そうだ」


 なるほど。
 地上を歩いてきたらしい。この有様をみると、やはり地上の方が魔獣と遭遇しやすいんだろうか。それとも僕等の運が良かっただけか。


「で、向うの建物からこっちに来ようとしたんだがな。ここで立て続けに魔獣とぶつかってな」


 指さす方向は代々木だ。
 渋谷から線路伝いに代々木まで来て、そこからこちらに歩いたんだろう。だから高島屋方面から逃げてきたわけか。


「この階段を上ってください。そこに、建物の入り口があります。
その中の緑の看板がある階段を下って。その下の線路をたどれば戻れますよ」


 南口の向こうに見える山手線の案内板を指さす。歩きで行くなら内回りも外回りも関係ないから、緑の看板がある、というのでわかるだろう。
 地下を行くルートの方が安全かもしれないけど、地下鉄のつながりを知らない彼らにはたどれない。かといって口で案内できるルートじゃない。
 帰り道も危険はあるけど、怪我は治ったしあとは自力で何とかしてもらうしかないな。


 男が何やら驚いた顔をする。


「……ずいぶんあっさり教えてくれるんだな……」
「別に減るもんじゃないですしね」


「……ありがたい。助かるよ」


 槍の男と本の女の子がもう一度深々と頭を下げる。


「で、誰の依頼ですか?」
「ああ。俺たちはパルメ公のご命令でここに封緘シールを置きに来たんだ」


 予想通り知らない名前だ。少なくとも渋谷でほかの探索者の話を聞く中で出た名前じゃない。
 オルドネス公の依頼を受けた別動隊、ということも考えたがそういうことではなかった。
 まあ、オルドネス公の依頼ならそもそも隠す必要がないからそれ以外だろうな、というのはなんとなく予想できていたけど。


「誰か知ってる?」
「……ガルフブルグ4大公はオルドネス公、ルノアール公、ブルフレーニュ公、バスキア公です。
パルメ公は確かブルフレーニュ公の旗下の中位貴族であったと思います」


 オルミナさんが肩をすくめて知らない、というアピールをし、ユーカは勿論知らなそうではあるけど。セリエが知っていたようだ。
 すらすらと名前が出てくるあたりは、さすが元貴族の家につかえていただけある。


「その通り。その方の依頼でね。これでいいかな?」
「いいですよ。気を付けて」


「感謝するよ。ディグレアで会ったら一杯おごらせてほしい。必ず戻ってきてくれよ」
「ありがとう。気を付けて」


 4人が階段を上り、南口改札の方に消えていった。流石に付き添うわけにはいかないから、無事を祈るしかない。


「どう思う?」


 4人が行ってしまってからセリエに尋ねる。


「あくまで推測ですけど……おそらく4大公の間での勢力争いが生じているのではないかと。
この世界からの宝物の流入でオルドネス公は相当に潤ったと、アーロン様は仰せでした。
オルドネス公だけにこの世界の探索の主導権を握らせまい、とする他の貴族が居ても不思議ではありません」


 なるほどね。つまり貴族様同士の勢力争いか。これがリチャードの警告してくれていた、魔獣以外の邪魔ってことだろうか。
 たまたまアラクネと戦っている所を助けたけど、無傷での遭遇になっていたら……向こうの出方次第では戦闘になっていた可能性もある。


 東京からガルフブルグに流れているものがどういう風に扱われているのか、はっきりとは分からないけど、そういうのが起きるのはもっともかもしれない。
 ただ、そういう面倒ごとはこちらに持ち込まず、ガルフブルグで好きにやってほしい。
 ともあれ今は仕事を終わらせて早く帰る方がよさそうだ、というのはわかった。









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