僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
新宿三丁目駅の夜にて
「一つ聞いていいかしら?」
ランプを置いて明かりを取りながら見張りをしていると、オルミナさんが声をかけてきた。
結局この日はここで野営になった。野営といってもホームに敷布を敷いているだけだけど。
地下なので今が夜かどうかはわからない。スマホの表示によると、今は深夜1時過ぎだ。
セリエとユーカは見張りを終えて二人で寄り添うように寝ている
オルミナさんの張ってくれた簡易封緘なるもののおかげでゲートは発生しにくいらしく比較的危険は少ないとのことだけど、警戒は怠れない。
うっかり寝て、奇襲をうけましたでは笑い話にもならない。
「なんです?」
「さっきのことよ。なぜ戻ろうとしたの?」
質問の意図がよくわからない。
「なぜって言われても……どういうことです?」
「惜しくなったの?」
「何がですか?」
「ユーカよ。高かったでしょ、あの子」
高かった、というのが何のことかと一瞬考え込んでしまうけど。つまり、あれか。買値が高かったってことを言いたいのか。
「何が言いたいんですか?」
何となく口調がとげとげしくなってしまう。
金のため、と言われたようなもんだし、あまり気分がいい言い方じゃない。
「なぜ怒るの?
貴重なスロット持ちの奴隷を大事に扱うのは当然でしょう?まあ、それなら初めから連れてこなければいいとも思うけどね」
「そんなんじゃないですよ」
思わず声を荒げそうになったけど、我慢した。セリエたちを起こすのは悪い。
「ユーカに死なれたら嫌だってことです。それだけですよ」
「……ふうん……そう……」
オルミナさんが一瞬表情を変えて、そのまま口を閉ざした。
長い沈黙が下りる。普段は終電が終わるくらいでまだ人がいるはずの新宿三丁目駅だけど、今はユーカとセリエの寝息までも聞こえるくらい静かだ。
「……貴方は不思議な男ね、スミト」
「そうですか?」
長い沈黙を破って、オルミナさんが口を開いた。
まあ僕とオルミナさんは違う世界の住人なわけだし、感覚が違うのは当然ではあると思う。
「奴隷の主人はいろんな人が居るわ。優しい人も居るし、モノとしか見ない人も居る。
でも、優しい人でも、奴隷は命令を下す相手であることには変わりない。
奴隷を守るために行動を変えようなんて主人はいない。一緒に頑張ろう、なんていう奴隷の主人も居ないわ」
「……そういうもんですか」
一応立場的には奴隷とその主人なんだろうけど、僕の中にはそういう気持ちはない。上から目線で命令なんてするのは柄じゃない。
それにアーロンさんを見ていると、レインさんに命令してたり、とかいうこともないから、そんなものかと思っていた。
でも、ガルフブルグの常識がそうじゃないというのなら。いつか嫌なものを見せられる日が来るかもしれないな。
「それに若いのに随分戦いなれてるわね」
「いや、こんなもんじゃないですかね」
リチャードは僕とたぶん年はあまり変わらないと思うけど、僕の目から見ても勇敢でむしろ戦いを楽しんでいる感じさえある。
彼の戦いぶりを見ていると、一端の探索者なら僕くらいの年でこの位はできても不思議じゃない気がする。
「貴方くらいの年齢でも確かに強い子はいるけどね。どこかに弱さとか恐怖心とか、そういうのが見えるものなのよ。
でも貴方にはそういうのがあまり見えないわ」
そんなもんなのかどうなのか。自分ではわからない。
なんで僕は怖くなかったのか……怖くないわけじゃないけど、なんというかこういう冒険にあこがれていたってのはある気がする。攻撃がゆっくり見えて余裕があるとか、そういうのもあるけど。
戦っているときはゲームをしているような感覚があるのだ。RPGを楽しんだ世代としては、ゲームのように武器を取ってモンスターと戦うというというシチュエーションを夢見なかったといえば嘘になる。
まさかそのフィールドが無人になった新宿の地下鉄の駅とは思わなかったけど。だから怖さもありつつ、この状況を楽しんでいる感覚はある。
ただし、ガチで死にそうな経験をするとどうなるかは僕にも自信はないけど。
「だってあなた、精々18才位でしょ。セリエちゃんとほとんど同じくらいじゃない?」
「ちょっと待ってください。僕は25歳ですよ?」
「え?」
オルミナさんが普通に驚いた顔をしてまじまじと僕を見る。
「若く見えるわねぇ。子供みたいよ」
日本人は若く見られる、ということなのか、それとも年の数え方が違うのか。
しかし僕が30歳過ぎとかで、20代前半くらいに見られるなら若く見えて嬉しい、とかになるのかもしれないけど、18歳くらいに見られるってのは、子供扱いされてるってことなんだよなぁ。
これはなんか傷つく。
「まあいいわ」
オルミナさんが、胸の谷間から細い袋を取り出すと中から細い煙管を取り出した。
火皿に葉を詰めるとマッチを擦って火をつける。マッチは小さな箱で、何かの店のロゴが入っていた。たぶんこっちの世界のものだろう。
「こっちには便利なものがあるわよね。着火の魔道具かしら。火種を持ち歩かなくていいのは楽よね」
オルミナさんがふうっと息を吐いた。嗅ぎ慣れた紙巻きたばことはちょっと違う、甘いような苦いような香りが漂い、煙が光に照らされてゆっくり登っていく。
ガルフブルグにもタバコはあるんだな。
「今から行くところにもタバコ屋はありますよ、確か」
確か紀伊国屋とか三越の地下にはそういうのを扱う店があった気がする。
僕は吸わないからどんなものかは知らないけど、何度か店の前は通った。何気なく見たショーウインドウの綺麗なケースに入ったライターやパイプの値段に衝撃を受けた覚えがある。
煙草といえば、コンビニや自販機で売ってる普通の紙巻き煙草しか知らない僕にとっては驚きだった。
「へえ、ずいぶん詳しいわね。まだ煙草は見つかってないって聞いたけど。何で知ってるの?」
煙管をもう一度口に運んで、オルミナさんがこっちを探るように見る。
思わず口が滑った。あまりしゃべりすぎないほうがいいか。
「この辺は一度ソロで来たんですよ。そのときに見たような気がするだけです」
「……ふうん。そうなの。気を使ってくれてお姉さん嬉しいわぁ。どんな御礼をしようかしら?」
オルミナさんが立ち上がって僕の隣に座った。ぴったりと横に張り付かれる。
胸元が見えそうで危険なので目を逸らしたら、今度はスリットから覗く引き締まった白い足が目に入ってしまった。
ほどいた金色の髪が肩や頬に触れる。タバコの香りと、香水か何かの甘い香りがする。服越しに体温が伝わってくる。
色々と理性がヤバい気がして少し距離を取った。
年上の美人お姉さんが真横にくっついてくるなんてシチュエーションは、情けないことだけど今までにはほとんど経験ない。無理やり連れていかれたクラブとかそんな時くらいだ。
「……いや、遠慮しときます」
「ふふ、あのかわいい子達が怒るものね。なら二人きりの時にね」
その後はなんか話しにくいまま時間が流れた。なんか気まずい。時々意味ありげに笑いかけてくるのもまた気まずい。
魔獣が出てこなかったのは幸いだったけど、いっそ出てきてくれた方が気分転換になったかもしれない、と思うほどだった。
明日で新宿につく。できれば一日でけりをつけたところだ。
ランプを置いて明かりを取りながら見張りをしていると、オルミナさんが声をかけてきた。
結局この日はここで野営になった。野営といってもホームに敷布を敷いているだけだけど。
地下なので今が夜かどうかはわからない。スマホの表示によると、今は深夜1時過ぎだ。
セリエとユーカは見張りを終えて二人で寄り添うように寝ている
オルミナさんの張ってくれた簡易封緘なるもののおかげでゲートは発生しにくいらしく比較的危険は少ないとのことだけど、警戒は怠れない。
うっかり寝て、奇襲をうけましたでは笑い話にもならない。
「なんです?」
「さっきのことよ。なぜ戻ろうとしたの?」
質問の意図がよくわからない。
「なぜって言われても……どういうことです?」
「惜しくなったの?」
「何がですか?」
「ユーカよ。高かったでしょ、あの子」
高かった、というのが何のことかと一瞬考え込んでしまうけど。つまり、あれか。買値が高かったってことを言いたいのか。
「何が言いたいんですか?」
何となく口調がとげとげしくなってしまう。
金のため、と言われたようなもんだし、あまり気分がいい言い方じゃない。
「なぜ怒るの?
貴重なスロット持ちの奴隷を大事に扱うのは当然でしょう?まあ、それなら初めから連れてこなければいいとも思うけどね」
「そんなんじゃないですよ」
思わず声を荒げそうになったけど、我慢した。セリエたちを起こすのは悪い。
「ユーカに死なれたら嫌だってことです。それだけですよ」
「……ふうん……そう……」
オルミナさんが一瞬表情を変えて、そのまま口を閉ざした。
長い沈黙が下りる。普段は終電が終わるくらいでまだ人がいるはずの新宿三丁目駅だけど、今はユーカとセリエの寝息までも聞こえるくらい静かだ。
「……貴方は不思議な男ね、スミト」
「そうですか?」
長い沈黙を破って、オルミナさんが口を開いた。
まあ僕とオルミナさんは違う世界の住人なわけだし、感覚が違うのは当然ではあると思う。
「奴隷の主人はいろんな人が居るわ。優しい人も居るし、モノとしか見ない人も居る。
でも、優しい人でも、奴隷は命令を下す相手であることには変わりない。
奴隷を守るために行動を変えようなんて主人はいない。一緒に頑張ろう、なんていう奴隷の主人も居ないわ」
「……そういうもんですか」
一応立場的には奴隷とその主人なんだろうけど、僕の中にはそういう気持ちはない。上から目線で命令なんてするのは柄じゃない。
それにアーロンさんを見ていると、レインさんに命令してたり、とかいうこともないから、そんなものかと思っていた。
でも、ガルフブルグの常識がそうじゃないというのなら。いつか嫌なものを見せられる日が来るかもしれないな。
「それに若いのに随分戦いなれてるわね」
「いや、こんなもんじゃないですかね」
リチャードは僕とたぶん年はあまり変わらないと思うけど、僕の目から見ても勇敢でむしろ戦いを楽しんでいる感じさえある。
彼の戦いぶりを見ていると、一端の探索者なら僕くらいの年でこの位はできても不思議じゃない気がする。
「貴方くらいの年齢でも確かに強い子はいるけどね。どこかに弱さとか恐怖心とか、そういうのが見えるものなのよ。
でも貴方にはそういうのがあまり見えないわ」
そんなもんなのかどうなのか。自分ではわからない。
なんで僕は怖くなかったのか……怖くないわけじゃないけど、なんというかこういう冒険にあこがれていたってのはある気がする。攻撃がゆっくり見えて余裕があるとか、そういうのもあるけど。
戦っているときはゲームをしているような感覚があるのだ。RPGを楽しんだ世代としては、ゲームのように武器を取ってモンスターと戦うというというシチュエーションを夢見なかったといえば嘘になる。
まさかそのフィールドが無人になった新宿の地下鉄の駅とは思わなかったけど。だから怖さもありつつ、この状況を楽しんでいる感覚はある。
ただし、ガチで死にそうな経験をするとどうなるかは僕にも自信はないけど。
「だってあなた、精々18才位でしょ。セリエちゃんとほとんど同じくらいじゃない?」
「ちょっと待ってください。僕は25歳ですよ?」
「え?」
オルミナさんが普通に驚いた顔をしてまじまじと僕を見る。
「若く見えるわねぇ。子供みたいよ」
日本人は若く見られる、ということなのか、それとも年の数え方が違うのか。
しかし僕が30歳過ぎとかで、20代前半くらいに見られるなら若く見えて嬉しい、とかになるのかもしれないけど、18歳くらいに見られるってのは、子供扱いされてるってことなんだよなぁ。
これはなんか傷つく。
「まあいいわ」
オルミナさんが、胸の谷間から細い袋を取り出すと中から細い煙管を取り出した。
火皿に葉を詰めるとマッチを擦って火をつける。マッチは小さな箱で、何かの店のロゴが入っていた。たぶんこっちの世界のものだろう。
「こっちには便利なものがあるわよね。着火の魔道具かしら。火種を持ち歩かなくていいのは楽よね」
オルミナさんがふうっと息を吐いた。嗅ぎ慣れた紙巻きたばことはちょっと違う、甘いような苦いような香りが漂い、煙が光に照らされてゆっくり登っていく。
ガルフブルグにもタバコはあるんだな。
「今から行くところにもタバコ屋はありますよ、確か」
確か紀伊国屋とか三越の地下にはそういうのを扱う店があった気がする。
僕は吸わないからどんなものかは知らないけど、何度か店の前は通った。何気なく見たショーウインドウの綺麗なケースに入ったライターやパイプの値段に衝撃を受けた覚えがある。
煙草といえば、コンビニや自販機で売ってる普通の紙巻き煙草しか知らない僕にとっては驚きだった。
「へえ、ずいぶん詳しいわね。まだ煙草は見つかってないって聞いたけど。何で知ってるの?」
煙管をもう一度口に運んで、オルミナさんがこっちを探るように見る。
思わず口が滑った。あまりしゃべりすぎないほうがいいか。
「この辺は一度ソロで来たんですよ。そのときに見たような気がするだけです」
「……ふうん。そうなの。気を使ってくれてお姉さん嬉しいわぁ。どんな御礼をしようかしら?」
オルミナさんが立ち上がって僕の隣に座った。ぴったりと横に張り付かれる。
胸元が見えそうで危険なので目を逸らしたら、今度はスリットから覗く引き締まった白い足が目に入ってしまった。
ほどいた金色の髪が肩や頬に触れる。タバコの香りと、香水か何かの甘い香りがする。服越しに体温が伝わってくる。
色々と理性がヤバい気がして少し距離を取った。
年上の美人お姉さんが真横にくっついてくるなんてシチュエーションは、情けないことだけど今までにはほとんど経験ない。無理やり連れていかれたクラブとかそんな時くらいだ。
「……いや、遠慮しときます」
「ふふ、あのかわいい子達が怒るものね。なら二人きりの時にね」
その後はなんか話しにくいまま時間が流れた。なんか気まずい。時々意味ありげに笑いかけてくるのもまた気まずい。
魔獣が出てこなかったのは幸いだったけど、いっそ出てきてくれた方が気分転換になったかもしれない、と思うほどだった。
明日で新宿につく。できれば一日でけりをつけたところだ。
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