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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

人の強さ。そして奴隷の主人であるということ。

 回復をしてもらった後、少し休憩を入れた。


 解毒カウントアクトポイズン回復ヒーリングはあくまで毒を消し、傷をふさぐだけで、肉体的なダメージをすべて取ってくれるほど便利じゃないらしい。
 実際、傷はふさがって痛みは引いたけど、毒の影響と思しき疲労感は抜けなかった。魔法をかければHPが回復して元気一杯になる、というゲーム的なものではないわけだ。


 幸いにも背むし猿ハンチバックのあとは何も現れなかった。
 時間はかかっているけれど、地上を行くほど魔獣に会わないんじゃないか、という僕の希望的予想は今のところ当たっている。
 足元の悪さに悩まされつつ、新宿三丁目駅まであと少しというところで。


「ご主人様、気配がします」


 セリエが警告を発した。もう何もない方がよかったがなかなか甘くはない。


 慌ててマグライトで前を念入りに照らすが魔獣は見てとれない。
 ゲートの開いた気配もないけど、スケルトンの時と同じくすでにゲートを開けてこっちにいる魔獣ならゲートの空く気配はないだろう。
 オルミナさんが光の玉をうごかしてあたりを照らそうとするより前に、天井のあたりに小さな赤い光が灯った。6つだ。
 オルミナさんの手の動きに合わせるように光の玉がふわりと上に飛ぶ。


「ガーゴイルです!」


 セリエが叫ぶ
 奥の天井にいくつも角の生えたトカゲのような顔をした魔獣が3体、蝙蝠のように釣り下がっていた。
 岩のようにごつごつした灰色の肌。ゲームではよく見かける、翼をもつ石像モンスターだ。そいつが赤く輝く目でぎょろりと此方をにらみ、翼を広げた。
 飛行能力を持つ魔獣で、しかも3体。僕一人で止めるのはさすがに難しそうだ。


「ユーカ、戦える?」
「……うん、お兄ちゃん」


 ユーカがフランベルジュを構えて僕の横に立つ。見るからに顔色が悪い。
 僕もさっきの傷の痛みが嫌な思い出として刻まれている。怖いけど、ユーカやセリエの前でみっともない真似はできない。銃剣を強く握る。


「セリエ、防御プロテクションを僕らにかけて。あとはオルミナさんと下がってて」
「はい、ご主人様」


 セリエがブラシを構えて呪文を詠唱しはじめる


「【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」


 僕とユーカの体に青白い光がまとわりついた。
 わざわざそれを待っていてくれたように、ガーゴイルが甲高い声をあげ、翼を広げる。


「来い!」


 天井を蹴るようにしてガーゴイルの一匹が空中に飛び出した。
 重そうな体の割には動きが軽い。空中でくるりと回って姿勢を整えると、威嚇するような金切り声を一つ上げ、羽ばたき音をさせながらこちらに突っ込んできた。


 いつも通り敵の動きはゆっくりに見える。爪を振り上げて突っ込んでくる隙だらけの顔に、銃剣を突き立てた。
 硬そうな岩のような皮膚で一瞬抵抗があったけど。突撃の勢いそのままにガーゴイルが銃剣で真っ二つになる。
 ガーゴイルが黒い血を噴きだしながら壁にぶつかった。大した相手じゃないな。まず一体。


 もう一体が弧を描くように飛び、ユーカに向かって行くのが見えた。


「ユーカ!落ち着いて。よく見て迎え撃つんだ!」


 スピードは僕のスロット武器の恩恵を踏まえても大したことはない。ユーカの能力なら十分捕らえられるはずだ……
 けど、ユーカが剣を構えたまま動かない。ガーゴイルの爪が振り上げられる。マズイ。


「ユーカ!」
「やだっ」


 ユーカがうずくまった。その上をガーゴイルの爪が通り抜ける。安心したのもつかの間、頭上を飛びすぎ、そのままガーゴイルがセリエとオルミナさんの方に向かった。
 前衛を崩された。セリエがブラシを構えて迎えうとうとする。


「させるか!【貫け、魔弾のデア・フライ


 銃を構えて打ち落とそうとしたが、後ろから風切り音がする。振り向くと、地面すれすれを飛び、もう一体のガーゴイルが迫ってきていた。


「くそっ」


 低い位置から振り上げられた爪を際どい所でかわす。反動で浮き上がるように飛び上がり、今度は足の爪が襲ってきた。これは銃身で受け止める。
 もう一発飛び上がりざまに、しっぽでの攻撃が来た。太い尻尾が顔をかすめる。
 三連攻撃とはなかなかやるな、雑魚っぽい魔獣の癖に、この野郎。


「やるな、この雑魚」


 セリエの方を見ると、ガーゴイルの爪をブラシで払いのけているけど防戦一方だ。オルミナさんが細身のレイピアのような武器を構えている。
 魔法使いの後衛組が乱戦に巻きこまれる展開、不味いぞ、これは。


 天井近くまで飛び上がったガーゴイルが再びこちらに向かって飛んでくる。
 セリエを助けるか、迎え撃つか。ユーカはまだうずくまったままだ。


 迷うな。一つ一つけりをつけていくんだ。こういうところは仕事と同じ。
 まずはこいつを仕留める。


 飛び込んできたガーゴイルを十分引きつけて思い切り銃剣を横に薙ぎ払った。
 銃身から重い手ごたえが伝わって、ガーゴイルが壁にたたきつけられる。


 あと一体。セリエが辛うじてガーゴイルの爪を受け止めている。


「今行く!」


 セリエがブラシで爪を払いのけて出来たすきをついて、オルミナさんのレイピアがひらめいた。
 一太刀目で肘の内側を切り裂き、返す刀で鋭い突きがガーゴイルの喉に突き刺さる。鮮やか!


 動きが止まったガーゴイルの背中に銃剣を突き刺すと、ガーゴイルが硬直しそのまま倒れた。
 オルミナさんがこともなげにレイピアを振って血を払う。なんとも綺麗な太刀裁きだった。


「怪我は無い?」


「大丈夫です、ご主人様」
「アタシは大丈夫よ」


 とりあえず二人とも何事もなくてよかった。


「やりますね、魔法使いなのに」
「アタシは魔法使いだけど攻防スロットも持ってるからねぇ。武器でそれなりに戦えるのよ。
アタシみたいなフリーの探索者は自分の身は自分で守れないとね」


 ユーカは地面にうずくまったままだ。
 腕時計をみると、今は4時ごろ。ちょっと早いけど……


「もう少し行ったら新宿三丁目駅だ。そこは広くなってるし、一旦そこで休もう」





 その日はもうストップ、ということで新宿三丁目駅で休むことになった。というよりユーカが動ける状態じゃなかった。
 新宿三丁目駅のホームに上がり、野営の準備をする。といっても周囲の構造を確かめて食事と寝具の準備をするくらいだけど。
 ユーカはまだセリエにしがみついたままだ。


「……こうなることを恐れていました……」


 簡単な食事を終えたところでセリエがつぶやいた。


「強い魔法を持つこと、強い武器を使えることと、その人が強いことはまた別なのです……」


 言われてみればそうだ。
 武器をふるうのも、魔法を使うのも結局はその人次第だ。ゲームのようにボタン一つで剣が振えたり魔法が飛ぶわけじゃない。
 たとえ防御プロテクションがかかっていようと、目の前にナイフのような爪が迫って来れば怖いものは怖い。
 どんな強い武器も魔法も、使い手がおびえてしまえば宝の持ち腐れだ。


「どうしようかな……」


 正直言ってあの状態ではユーカが戦力になるかは怪しい。というか無理だろう。
 この先は、新宿三丁目駅から新宿線の線路を伝ってJR新宿駅まで行くつもりだった。予定通りならあと半日もあれば目的の新宿駅ビルに行けるだろうけど……


 この先、アラクネのようなモンスターと会わないとも限らない。
 ガーゴイルは単体では僕の銃剣の一撃で倒れる程度の大したものではなかったけど、それでも隊列を崩されるとかなり際どい展開になってしまった。
 強いモンスターと対峙した時、僕1人で前衛を張れるのか、そしてユーカを守り切れるのか。


「一度戻ろうか……」


 セリエにしがみついているユーカがびくっと体を震わせる。
 あのスロット武器の火力を見るとなんとかなるか、と思ったけど。そりゃあ13歳くらいの女の子にいきなり魔獣と戦えと言っても無理がある。


 中学生に剣を取って戦えって言ってるようなものなんだし。これは強いのとは関係がない。始めから気づくべきだった。
 来た道をもどるなら完全一本道だから、新たにゲートがあいて魔獣が出てこない限り危険はないはずだ。


「お兄ちゃん…ごめんなさい」


 ユーカの目にうっすら涙が浮かんでいるのが見えた。死ぬ思いを文字通りしたんだからそりゃ泣きたくもなるだろう。


「無理しないでいいよ。戻ろう。新宿は逃げたりしないし」
「……今度は頑張るから……嫌いにならないで……」


「いや、そういうことじゃなくてね」
「あの……ご主人様」


 黙っていたセリエが口を開いた。


「なに?」
「少し、よろしいですか?」


「いいけど?」


 なにか言いたいことがあるんだろうか。


「……お嬢様」


 僕に何か言うのかと思ったら。セリエがユーカの手を握った。


「私たちはご主人様とともに探索者として生きていかなくてはいけません。お分かりですか?」


 セリエがユーカの目を見つめる。いつもの優しく見守る眼とはちょっと違う。


「お嬢様のお父様、サヴォア公は勇敢な方でした。
戦場で傍にお仕えしましたが、10倍の敵にもひるむことはありませんでした」


 ユーカは黙って聞いている。真剣な口調だ。僕も口を挟める空気じゃない。


「奥様も同じです。とても勇気のあるお方でした。
お二人の血を引くお嬢様が魔獣ごときに後れを取ろうはずは御座いません」


「……」
「お二人から受け継がれた勇気をお持ちください。それさえあれば大丈夫です」


 ……正直言って驚いた。


 セリエはユーカを一度安全な場所に返すことを優先すると思った。
 僕と一緒に居る以上は、探索者でいる以上は守られるお嬢様ではいけない、ということを言いたいのだろうか。
 いずれにせよ、親代わりのセリエが父や母のことをユーカに伝えるという、なんとも絵になる場面だ。


「出過ぎた真似をしました。
ご主人さま、何かお言葉をお願いします。」


 いい場面だな、と思いながら見ていたら、突然こっちに話が飛んできた。


「え、続き?僕が言うの?」


「勿論です。ご主人さまは私たちのご主人さまなのですから」


 改めてセリエを見るけど、僕を試している、という目ではない、というかそういうタイプじゃない。
 純粋に主人としてのお言葉をくださいって感じの目だ。
 奴隷を買う、奴隷の主でいるってのは簡単なことじゃない、と改めて思いしらされた。アーロンさんが買った以上は責任がある、といったのはこういうのも含むんだろう。


 奴隷といっても僕にとって都合のいい人形なんかじゃない、黙っていても無条件で愛してくれてかしづいてくれるわけじゃない。心の有る人間だ。尊敬される主になれるかどうか、それは僕次第ってことか。
 もちろん制約コンストレインがかかっている以上命令は聞いてくれるだろうけど。


 自分の事を思い返してもそうだ。この人の為に頑張ろうっていう上司とかもいたし、正直言ってとりあえず適当に命令だけ聞いとけばいいや、って人もいた。
 会社では一番の下っ端で部下なんて持ったことはないし、もちろん子どもなんていない。
 大学のサークルでもあまり責任ある立場にいなかったからどうすればいいのか正直ピンとこない。
 何とも言えない、今までに感じたことがないプレッシャーがのしかかってくる


 でも……僕もこの二人の主である以上、尊敬される主でありたい。ここはしっかり言わないと。自分の言葉で。


 ユーカが涙をにじませた目で僕を見上げてきた。
 肩に手を置いて目を見つめる。


「ユーカ、いいかい?」


 まだ何を言うべきかまとまってないけど、自分がサラリーマンやってた時に言われて嬉しかったことを思い出そう。
 それに、肩を抱いてから躊躇してはいけない。


「僕と一緒にいてくれるならしばらくは探索者として戦うことになる
僕やセリエの帰りを宿で待ってる方がいい?」


 ユーカが黙って首を振る。


「そうだよね。でも探索者として生きていこうとするんなら勇気を出して。
怖いのはわかるよ。僕だって怖くないわけじゃない。ユーカのお父さんだって、お母さんだって。
それに、セリエも、オルミナさんも。アーロンさんやリチャードだって、レインさんだって」


「……うん……でも」
「わかるよ。いきなり強くなるなんて無理だよね」


 唇を噛んでユーカが僕を見上げる。


「……でも僕がついてる。ユーカが戦うときは僕が必ず隣にいる。セリエが後ろにいる。
あの交差点で僕を吹き飛ばしたのを思い出して。
落ち着いて戦えば魔獣なんて怖くない。ユーカを倒せる魔獣なんていないよ」


 仕事してるときは、俺がケツは持ってやるから頑張れって、先輩に言われたときはうれしかった。
 僕がついてるって、我ながらなんというかクサいことを言ってるな、と思うけど。こういう時はストレートに言う方がいいと思う。


「……本当にそう思う?」
「もちろんさ」


 涙で少しうるんだ青い目が僕をまっすぐ見る。
 なんというか、こんなに純粋すぎる目で見つめられると、なんか気まずくて目をそらしたくなる。
 でも、ここは目を逸らしてはいけない場面だってことくらいは分かる。まっすぐユーカを見つめ返す。目は口程に物を言う、だ。


「……うん、お兄ちゃん」


 ユーカが唇をきゅっと結んで僕を見る。さっきまでの震えた感じではない。はっきりとした口調だ。


「頑張る。あたし、お父様やお母さまに負けないように頑張る」
「よし。もう大丈夫だね」


 僕が笑顔を作ると、ユーカもにっこり笑った。


「勇気を出して。一緒に頑張ろう」
「ね、お兄ちゃん、がんばるから……ちゅってして」


 ユーカが上目遣いで僕を見る。
 オルミナさんが、あらあらうふふ、って顔して顔をそらす。


 僕は人前でキスするのは抵抗あるんだけど、セリエもあまり気にしなかったし、ガルフブルグはラテン系気質なんだろうか。


「……頑張って帰ったらね」
「約束だよ、お兄ちゃん」


 ユーカが抱き着いてきたので胸元に抱き寄せてあげる。
 その肩越しにセリエがにっこり笑って深々と頭を下げてるのが見えた。どうやらこれで良かったらしい。ちょっと安心した





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