僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

原宿でゲート封印業務を行う。

 ラフォーレ6階。僕がいた東京ではミュージアムスペースだったけど、今は20体ほどのゴブリンがいた。
 落ちくぼんだ眼と短めの角。牙がのぞく口元。ごつごつした筋肉に覆われた大柄な体。なかなか迫力がある。


 ラフォーレはどういう経過か知らないがゴブリンの巣になっていて、5階までで散々切り倒したけど、6階も変わらなかった。
 ただ、6階のゴブリンは見た目は似ているけど、ゴブリンよりはサイズが大きい。
 それに武装も、うろこのような金属片をあしらった鎧や、大振りの斧をもっていて、申し訳程度の装備しかしていなかったゴブリンよりはきちんとしている。


「ホブゴブリンだ。ゴブリンよりは手ごわいぞ。注意しろ!」


 アーロンさんが叫ぶ。


「俺たちにかかればどうってことねぇよ、なあスミト!」
「ですよね!」


 ホブゴブリンがさび付いた斧を振り回してくるけど、相変わらずのスローモーションのようなスピードだ。
 振り下されるより前に、銃剣の切っ先をホブゴブリンの喉に突き立てた。乱杭歯の隙間から血がしぶく。
 恐ろしいもので、魔獣と戦うのもすっかり慣れてきた。人間、どんな環境でもなんだかんだで適応してしまうってことだろうか。
 リチャードの鞭がうなりをあげ、二体のホブゴブリンの首を切り飛ばす。


「【我が言霊がつむぐは炎。闇に住まう物を灰に還せ!】」


「【黒の世界より来るものは、白き光で無に帰るものなり、斯く成せ】」


 セリエとレインさんの呪文詠唱が終わり、白い光の帯と炎の玉がホブゴブリンを薙ぎ払う。


「一気に蹴散らすぞ!」


 アーロンさんが盾と剣を構えて切り込み、僕らもそれに続いた。


 ホブゴブリンは数が多いうえに、単体でも弱い魔獣ではないらしい。ただ、それでも僕らの敵ではなかった。
 すんなりと戦いは終わり、ラフォーレの6階のホールにはコアクリスタルが残された。
 原宿といえば、表参道で忘れもしないデュラハンに追い回されるという嫌な思い出があるけど、今日は楽なものだった。





 今はギルドの主導で探索範囲の拡大中だ。
 山手線の線路を歩き、各駅ごとに周辺の魔獣を掃討、その後ゲートの封印なる作業を行い拠点を作る、という感じで作業が進んでいる。


 此方の世界からガルフブルグに運ばれるレトルト食品とか化粧品とか、服とか、それ以外のいろんなこの世界の財物の需要は増すばかりらしい。
 でも、渋谷近辺の店をあさるだけでは、いずれは物がなくなってしまう。というか、もうなくなりつつあるわけだけど。
 そうなると必然的に探索範囲を広げて、宝物を探さなければいけない、ということになる。


 なんでも王様直々にオルドネス公に探索範囲の拡大が命じられたらしい。僕らが原宿にきているのもその一環だ。
 しかし王様自らのご命令とは。そんなにカレーが美味かったのだろうか。


 セリエやユーカ達と行ったときはまだあまり人が来ていない風であった恵比須も、今はおおむね掃討が終わって、売れるものからどんどん運ばれているそうだ。


 ゲートの封印というのは、封緘シールというスキルで行うもので、それをするとゲートが開きにくくなるらしい。
 できるだけ高い位置で封印を行う方が効果が高いものなんだそうで。そんなわけでラフォーレの最上階まで上がってくることになった。


 ヨーロッパの教会のように、ガルフブルグにも高い塔とかが必ずあるんだそうだけど、それは見栄えの問題というより封印を置く場所ということなのだそうだ。


「よし、封緘シールの術式が終わるまでは1時間ほどかかる。
俺たちは周囲を警戒するぞ。すでにいたやつらはほぼ狩りつくしたはずだが、油断はするなよ」


「あいよ、旦那」
「わかりました、アーロンさん」


 僕はもちろん、アーロンさん達も封緘シールなんて能力は使えないので、今回はギルドから使える探索者を斡旋してもらってる。
 ゲートの封印は魔法のように一瞬で発動するものではないらしいので、発動するまでは僕らが護衛しなくてはいけない。
 一応ここまでくる間に各階の魔獣はあらかた掃討したけど、いつゲートが開かないとも限らない。油断は禁物だ。


「ご主人様、失礼ながら申し上げます」
「どうかした?セリエ」


 階段の警戒をしていたらセリエが声をかけてきた。ユーカは戦闘能力なしなので今日は留守番をしている。


「ご主人様の戦い方は危なっかしすぎます」
「でも、今日も特に攻撃は食らってないし。別にいいでしょ」


 実際のところ、ゴブリン程度の攻撃だと遅すぎて食らいようがないレベルだ。さすがにデュラハンくらいになると余裕ではいられないけど。


「スロット能力に頼りすぎておられます。
ご自分が私やお嬢様にとってどれだけ大事か自覚して頂かないと困ります」


 あなたのことが大事です、と言われるのはうれしいんだけど、あまりに直球で言われると言葉に詰まる。あと人前でいわれると困る。


「妬けるねぇ、スミト」
「だがセリエの言うとおりだぞ。お前はきちんと槍術を学ぶべきだ」


 アーロンさんが言う。


「今はいいだろうが、お前と同じようなスピードの魔獣が現れたらどうする?
スロットの力はもちろん大事だが、最後にものをいうのは自分の肉体の鍛錬だ。
もどったらまた稽古だな」


 最近は、アーロンさんに武器の稽古をつけてもらい、代わりに皆に運転を教えている。
 ドライバーが1人なのは色々と不便だし、苦労を分かち合う相手が欲しいのだ。いつも一人で運転というのが精神的につらいのはドライバーならわかると思う。
 それにオートマ車なら操作はたいして難しくない。自動車は異世界の住人からすれば謎の乗り物だけど、操作自体は3日間程で理解できたようだった。


 アーロンさんの運転は安定している。操作を覚えたらすんなりと運転できた。乗馬の経験があるだけあって障害物のさばき方が上手い。
 リチャードの運転は一言でいうと、危なっかしい。本人は余裕綽々のつもりらしいが、助手席にいるとぶつかりそうでひやひやする。本当に余裕があると思っているか、それとも単に下手なだけかは不明だ。
 セリエやレインさんの運転は慎重。まあカーチェイスとかしなければこの運転で問題ないだろう、という感じである。


 そんなやりとりをしているうちに、特に何事が起きることもなく、ゲート封印の術式は終了した。
 ラフォーレ6階に僕にはよくわからない魔法陣のようなものが敷設され、ぼんやりと淡い光を放っている。
 何が変わったのかは僕にはわからないけれど、アーロンさん達がこれでいいと言っているんだから、たぶんこれでいいんだろう。


「じゃあ帰って、コアクリスタルを換金して、ちょいと早いが食事にでもしよう。
スミト、帰りも頼むぞ」


「了解です」


 1階まで階段で降りて、来た時に使ったミニバンに近寄った


管理者アドミニストレーター起動オン





 渋谷に戻って、コアクリスタルの換金はすんなりと終わったけど、ギルドの受付のお姉さんに呼び止められた。


「スミトさん、副ギルドマスターがお話ししたいといってますので、少し時間をいただけますか?」
「どうしましょう?」


 コアクリスタルの代金としてもらった割符を整理しているアーロンさん達に聞いてみる。


「わからんが別に悪い話じゃないだろう。先に行ってるぞ」
「早く終わらせて飲みに来いよ?」
「ユーカちゃんも呼んできますから」


「私はお付き添いいたします」


 まあ言われてみれば別に悪事を犯したわけでもなし。問題はないか。


 セリエと二人でカウンターの奥に案内される。その先には簡単な間仕切りで仕切られたスペースがあった。大きめの机が置いてあって、机の上には地図が広げられている。なんとなく会議室っぽい。
 机のそばには一人の女性が立っていて地図を眺めていた。この人が副ギルドマスターなんだろう。


「お連れしました」


 案内してくれた受付嬢が声をかけると、その人がこちらを向いた。 
 20歳半ばという感じの女性で、ウェーブのかかった栗色の長い髪からはにょっきりと短めの角のようなものが生えている。鹿か何かの獣人かな。
 ちょっと面長で、目は小さ目。顔には茶色の毛が薄く隈取りのように生えている。


 わりと背が低めでかわいらしい感じの犬の獣人であるセリエと違って、僕より背が高いすらりとした長身のアスリート体形だ。バレーボールの選手っぽい。


「ようこそ、スミトさん。私、ここで副ギルドマスターをしてます、フェイリンと申しますぅ」


 人懐っこいというか、親しげな笑みを浮かべながら手を差し出してくる。
 ホンワカとしたしゃべり方であまりお偉方には見えない。


「どうも、はじめまして。カザマスミトです
こっちはセリエ」


 差し出された手を握った。手にも毛が生えているようで、掌がチクチクした。


「今日はスミトさんにお聞きしたいことがありまして」
「なんでしょう?」


「アドバイスをいただきたいんですよぉ。
今後はどんな風に塔の廃墟の探索を進めればいいと思いますかぁ?」


 えらく藪から棒な質問だな。


「……なんでそんなことを僕に聞くんです?」


「やだなぁ。スミトさん、ギルドのために一つ力を貸してくださいよぉ。色々知ってるんでしょ?
噂になってますよ。最初からこっちにいた人じゃないかって。」


 いきなり直球の話が出てきて言葉に詰まった。
 一応今のところ僕の素性を知っているのはアーロンさん達と、セリエとユーカだけだ。


「……ここには誰もいなかったんですよね?」


 とりあえず、すっとぼけてみる。


「いままで会ってないってだけですものぉ。
これだけの街を作った人が誰も居ないなんてことないですよぉ。ねえ?」


「まあそうかもしれませんけど、僕とそれは関係ないでしょ?」


「あの車輪の着いた鉄の箱もそうです。
管理者アドミニストレーターのスキル自体は以前からありましたけどぉ、あのスキルがあれば誰でもあれをうまく動かせるってことはないと思うんですよぉ。
剣を持てるのと、それをうまく使いこなすことは別ですから。
だからスミトさんはこっちに最初から居た人なんじゃないかなって思うんですぅ。
違いますか?」


 筋が通ってる推理だ。
 リチャードが運転したいというから運転させたら、アクセル踏みすぎでいきなり電柱にぶつかりそうになったし。スキルがあって動かせることと、使いこなせることは別物である。
 ただ、バレバレでも未確定であるのと、確定するのはまた少し色合いが違う。ここははぐらかすのが正解だろう


「いや、僕はガルフブルグ出身ですよ」
「副ギルドマスター様、ご主人様の詮索はやめてください」


 セリエが怖い顔でフェイリンさんを睨むけど、フェイリンさんは気にせず受け流した。


「わかりましたぁ。でもそれはそれとして、知恵は貸してほしいんですぅ」


 机の上にはカラーの地図が広げられている。なにかのガイドブックか情報誌からとってきたんだろうな、という地図だ。
 ここまで言われてるって時点でほぼ正体はバレてるようなもんだし、アドバイスの一つくらいはしても構わないか。


「……この線路を軸にして北上するのがいいでしょうね
目指すはこの辺りです」


 地図でいくつもの線路が交差している場所、新宿を指さす。


 アーロンさん達もやっていたが、移動するときに線路をたどるのはいいアイディアだと思う。道に迷わずにすむから街道の代わりになる。


 東京の道のつながりは複雑で、異世界の人からすれば町全体が迷宮みたいなものだ。僕だってなじみがないところでは結構道に迷う。
 GPS付きのスマホを見ながら歩くのとはわけが違う。道を当てもなく歩くのは効率的じゃないだろう。


 新宿は山手線や中央線、その他の私鉄線路の結節点で、いわば街道が交わる場所だ。拠点にするには都合がいいと思う。


「そうですかぁ。じゃあギルドから依頼しますね。
北上して、ここでゲートの封印をしてきてください」
「依頼しますって、僕に?」


「だって今目の前にいるじゃないですかぁ」
「いやギルドで正式に探索者に依頼をだせばいいでしょ?何で僕?」


「そりゃあねえ。その場所に行くのに、そこに詳しそうな人がいるんですよぉ。しかも実力も折り紙付き。
そうなれば頼むでしょぉ」


 気楽に言ってくれるな。というか、ここまでいうってことは、ほぼ僕はこっちの人間だってことは確信ありなんだろう。まあ間違ってはいないんだけど。


「それと、できれば、ここまで一気に行ってほしいんです」
「なぜ?」


 原宿でのゲートの封印は今日終わった。
 その次は代々木、そして新宿と行くのが順番としてはいいと思うけど。


「探索範囲の拡大を急ぐべし、というご命令なんです。
ギルドも色々としがらみがありまして」
「……しがらみって何です?」


「色々あるんですぅ。
今日と同じように、封緘シールのスキルを持っている人をギルドから派遣しますから。
報酬も弾みますし。お願いしますぅ」


 さてどうしたものか。





 とりあえず返事は保留してスタバビルを出た。


「ご主人様、この仕事を請けられるのですか?」
「まあそのつもりだけど」


 どうせ何かしらの仕事を請けているわけだし、割りがいい仕事なら断る理由はない。
 スクランブル交差点の方から、肉を焼くいい匂いがしてくる。
 セリエは何か言いたげだ。まあ察しはつくけど。


「……食事も住む場所もあるんだから無理しなくていいって?」
「……私はそう思います。危ない仕事を請けてご主人様になにかありましたら…」


「住む場所があって、食べていけるからって、何もしないでいるのは僕はよくないと思うけどね。あまりにも無気力すぎるよ。
それと……」


「それと?」


「貯金はあるに越したことないと思う。いつかガルフブルグにも行ってみたいしね」


 貯金しておかないと不安になるのは、なんとなく日本人気質だからなんだろうか。
 でも、生活の保障なんてない世界だし、手持ちを増やしておくに越したことはない。
 今はオルドネス公の好意で宿と食事は保証されているけれど、永続的なものではないし。


 あと、これは本人たちにはまだ言えないけど、いつかガルフブルグに行って、二人の故郷をもう一度見せてあげたい。


「まあ気を付けるからさ。セリエも頼りにしてるよ」
「勿論です!なにがあろうとお守りしますから!」


 ユーカが手を振っているのが見えた。
 とりあえず今日は一仕事終えたんだから、今日は休もう。















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