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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

スタバビルで貴族と異世界風ディナーを食べる。

 晩餐会は3日後、ということになった。
 どういう服を着ていけばいいか分からないので、とりあえずスーツを着ていくことにした。ガルフブルグの正装なんて持っているわけがない。
 今はネクタイの代わりにスカーフのようなものをセリエが結んでくれている。


「行かないの?セリエ」


 セリエ達は今回留守番だ。僕は皆で行こうと思ってたんだけど、セリエが拒否した。というか止められたという方が適切かもしれない。


「……ご主人様のおられた世界に奴隷はいないんですよね」
「いないけど」


「ご主人様。
お仕えしてからの私やお嬢様へのお心遣い……とても幸せです。お嬢様も明るくなられました」


 ユーカがセリエの手を握りつつ僕を見上げる。確かに身請けしてしばらくは時々おどおどした雰囲気があったけど、今は無くなっている。


「……でも今日は私の言葉を聞き届けていただきたく思います。
ガルフブルグで会食の場に奴隷を、客が同席させることはありえません。ましてや今回は貴族の方との晩餐です。
それにお嬢様は立場が少し特殊ですし……」


 僕の認識だと、スロット持ちの奴隷はどっちかというと傭兵とかに近いイメージなんだけど、こういう話を聞くと奴隷は奴隷で明確に身分の壁ってのはあるらしい。仕方ないのかもしれないけど、僕の感覚だと釈然としないものがある。
 ユーカは汚名を着せられた貴族の家の生き残りだから立場がちょっと複雑というのもあるようだ。


「今日の会食はご主人様にとっても大事な場になると思います。お邪魔はできません。
いってらっしゃいませ」


 有無を言わせぬ、という感じでセリエがいってお辞儀をする。


「……そっか。わかったよ。じゃ行ってくる」





「よく来てくれた、スミト君。
私は偉大なるガルフブルグ4大公エミリオ・ティレニエンテ・オルドネス公の代官としてこの地の探索を任されている。
ジェレミー・ヴァスコンヌ・キャンベルだ」


 スタバビルの二階で僕を手迎えてくれたのは、短めの黒髪と黒ひげに銀色の白髪っぽいものが混ざり始めている50歳くらいの男性だった。綺麗に刈り込まれたひげが似合う。
 この人がオルドネス公の代官、ということらしい。差し出された手を握る。穏やかな雰囲気だけど、握手がなんとも力強い。年は取っているけどなんというかすごくパワフルな感じの人だ。


 何度か入ったことがあるビルの二階。スタバの机とかは取り払われていて、広い部屋にはじゅうたんが敷かれ、ガラス窓に近いところに大きな長机が置かれていた。


 ガラス越しにスクランブル交差点が見える。スクランブル交差点は元の東京で見慣れた人波はなくて、巨大な紋章を書かれた天幕が張られている。ガラス越しにかすかに笑い声が聞こえてくる。
 いつもはあそこで夕食を食べているのに、今日はそれを見下ろしているんだからちょっと変な感じだ。セリエ達は今あそこに居るんだろうか


「では、この出会いを喜ぼう。まずは一献」


 机の上に置いてあった、たぶんどこかの百貨店から持ってきたんだろうなって感じのデキャンタからワインをグラスに注いで僕に渡してくれる。
 乾杯の作法はセリエが教えてくれた。


「では」
「ありがとうございます」


 一口ワインに口をつけてジェレミー公に右手でグラスを渡す。ジェレミー公もグラスをこちらに渡してくれるので左手でそれを受け取った。
 ガルフブルグでは一対一で乾杯するときは一口だけ口をつけてグラスを交換するのが正式な場でのマナーらしい。
 自分が飲むことによって毒が入ってないことを示し、相手のグラスを飲むことによって相手を信用しているということを示すのだそうだけど。僕の感覚だと間接キスっぽくて微妙だ。


 このときにグラスを触れさせたりすると敵意の表明になってしまうんだそうで、気を付けるように言われた。日本風の乾杯とはずいぶん違う。世界が変わればマナーも違う。 
 僕の対応にジェレミー公が満足そうにうなづく。


「作法も知っているようだな。実に素晴らしい」


 このあたりは元貴族の家に仕えていたセリエのお陰だな。


「では、かけてくれたまえ」


 席を進められるままに、椅子に腰かけた。
 僕等が席に着くと同時に、セリエが着ているような、メイドさんのような衣装に身を包んだ女の子が3人はいってきた。
 一人が籠に山盛りになったパンを、あと二人は銀のトレイに乗せた皿を持っている。
 パンが僕の目の前の小皿に置かれた。バターのようなものを塗ってくれる。
 まずはパンからいただいていいのか。ジェレミー公を見ていたら、そのままパンをちぎって食べたので、僕もそれに倣った


 パンは見慣れた白いパンではなく褐色だ。少し炙ってある様で、小麦の味が香ばしい。皮がパリッとしていて歯ごたえがある。味の濃い目のフランスパンって感じだ。
 パンを一つ食べ終わると、メイドさんがパンをさらに補充してくれた
 もう一人のメイドさんが銀のトレイに乗せたスープの皿とスプーンを置いてくれる。手つきが滑らかで音が全くしない。恭しく頭を下げてメイドさんが戻って行った。


 僕の前にはガルフブルグの野菜スープ。ジェレミー公の前にはカレーだ。
 せっかくだからガルフブルグ料理を食べてみたくて、そのようにお願いしたけど、カレーのにおいをかぐとカレーを食べたくなる。


「私はこのカレーが好きでな。色々と食べてみたが、特にこれが口に合う」


 ジェレミー公が見せてくれたのは、バターチキンカレーのパッケージだった。好みの差が出るくらいだから、よほどの数がガルフブルグに流れて言ってるんだろうなと思う。


 料理の食べ方のマナーはとにかく音を立てないこと、らしい。この辺は日本と同じだ。フォーマルな食事なんてあまり経験がないからうまく行くか分からないけど、努力はしよう
 とりあえず皿のスープをスプーンですくって口に運ぶ。スープは野菜をたっぷり使った、という感じの優しい味だ。
 スクランブル交差点の食堂で食べるガルフブルグの料理は、なんというか、とりあえず焼いただけとか煮ただけとかそういう単純な料理が多いけど、こっちはいかにも手間がかかってる。


 スープが終わると、次はグリルした野菜が出てくる。メイドさんが優雅な手つきでスープの皿を下げ、かわりに大きめの焼き野菜を綺麗にカットして皿に盛ってくれた。
 フォークでさして食べると、歯ごたえがあってなかなか美味しい。塩だけのシンプルな味付けだ。
 ジェレミー公はカレーの残り半分にパンを浸して食べている。ご飯の代わりって感じか。いずれ管理者アドミニストレーターでパックご飯でもサービスしてあげてもいいかもしれない。


 次に出てきたのはメインらしいステーキだった。メインは肉というのはあっちでもこっちでも変わらないらしい。
 ステーキは多分分厚い肉の塊にじっくり火を通して、周りの焼き過ぎた部分をカットしたという感じの豪勢な仕様だ。厚みがある四角形で、なんというかルービックキューブを思わせる。


 ナイフでひとくち大に切って食べると、暖かくて柔らかい肉汁の味が口いっぱいに広がった。豪華なステーキなんてあまり縁がなかった僕としてはちょっと経験のない味だ。
 ハーブのペーストのようなものをつけて食べると、脂の甘みが引き立つ。


 向かいではジェレミー公がレトルトハンバーグを食べている。ソースはデミグラスソースっぽい。飲み物は星のマークでお馴染みの日本の有名ブランドの缶ビール。
 なんというか、向かいにお偉いさんが座って缶ビールを飲んでレトルト食品を食べ、こちらはワインを飲みながら高級ステーキを食べている、という構図は気が引けるものがあるけど、ジェレミー公は満足そうだ。


「ところで、ケルシーによれば君がこのレトルト食品の作り方を教えた、ということだが。
なぜ作り方が分かったのだね?」
「はい。たまたまです。探索に出ていた時に食べ物を無くしまして、これを食べないと行けなくなったんですけど。
温めれば食べれるんじゃないかと思ったんです」


 この質問は来ると思ってたから準備済みだ。東京じゃ常識ですよ、などと言えるわけもない。ジェレミー公がこっちを探る様に見つめる。


「……なるほどな。実に慧眼だ
それに聞けば、1月ほど前にかなりの量の輝石を集めてきたのも君だそうだな。
オルドネス公への多大な貢献、感謝するぞ。実に優秀な探索者だ」


「お褒めいただき光栄です」


 そして、一連の食事を食べて、何故カレーが受けたのかがわかった。
 どの料理もおいしかったけど、何か物足りないと思ったら胡椒とかの香辛料の味が全然しないのだ。オリーブのようなオイル、岩塩のような荒い粒の塩、いろんな香草で味がつけられているけど、香辛料の味がしない。
 彼らにすれば、たしかに香辛料を効かせたカレーは全く未知の、文字通り異世界の味なんだろうな。





 その後、デザートらしいフルーツが出て、食事は終わった。とりあえず重大なマナー違反をやらかすことなく、滞りなかったのはよかった。
 料理は結構な量があったし十分に旨いものだった。この世界に残されて初めての豪華な食事って感じで満足度が高い。セリエやユーカにも食べさせてあげたかった。


 今は食後のお茶の時間だ。僕はメイドさんが注いでくれた紅茶のようなものを飲んでいる。はちみつのような風味があるけどちょっと甘すぎる。
 ジェレミー公は缶から継がれたカフェオレをカップに入れて飲んでいた。最初から最後まで東京の物で通してるな。


「それでだな、スミト君。君に一つ話があるのだ」
「なんでしょう?」


 ジェレミー公がカップを置いてこっちを見る。


「オルドネス公の準騎士にならんかね。公はそれを強くお望みになっておられる。
君は優秀な探索者であるし、それになんでも君は……よく知らないが非常にまれなスロット能力をもっているというではないか」


 僕がこの東京の住人であることは、正式にはアーロンさん達しか知らない。
 ただ、僕の正体はぼちぼちとばれつつある様で、ギルド関係者から東京について色々と聞かれることもある。
 一日で未踏地域の宝石かき集めて120000エキュトを稼いで、管理者アドミニストレーターのスキルで渋谷駅前に車で乗り付けたんだから仕方ない。


 管理者アドミニストレーター階層グレードにもよるようだけど、スロットの必要枠が大きいようで、今のところ僕以外に使い手がいない固有スキル状態になっている。
 リチャードの言葉を借りるなら、成り上がるなら力がすべて、という探索者業界では突出した何かがあるほうがいい。そういう意味では自分だけの能力がある今の状況は有難い。


「準騎士ってなんですか?」
「うむ。特に優れた市井の者を家柄にかかわりなく取り立てるための仕組みだ。
功績が著しければ領地が与えられ正式に騎士や貴族になることもできるぞ」


 騎士になる、ということは、オルドネス公の配下に入る、ということなんだろうか。
 異世界まできて宮仕えもなんだか面倒な気もする。ちょっと即答できるものじゃない。


「ちょっとよくわかりませんので、考えさせてもらっていいですか?」
「名誉な話なのだがな……まあよいだろう。早めに色よい返事を聞かせてくれよ」


 ジェレミー公は少し不満げではあるけど、意外にあっさり引き下がってくれて助かった。この状況ではきっぱり断るのは気が引ける
 多分いい話なんだろう、多分大企業に好待遇で引き抜きを掛けられてる的な感じかな。


「スミト君、準騎士の話はまあいいとして、何か望みはあるかね?
君に褒美を与えるようにわが主から言われているのだが」


 望みと言われると……当面は生活の話になってしまう。
 せせこましいとは思うけど、折角だしお願いしてみよう。社宅を借りてほしい、という希望のようなものだと考えよう。


「できればですね、宿と食事を保証して頂ければと思うんですが……」


 レトルト食品だの、化粧品だのと色々とガルフブルグに持ち込まれているのは知っているし、自分で言うのもなんだけど、その一部には貢献していると思う。でも実際に僕の懐に入ったわけじゃないのだ。


「その程度でいいのか?
しかし分からんな。それなら準騎士になればよかろう。
オルドネス公の準騎士になれば宿や食事などの心配などする必要はなくなるぞ。屋敷も下賜されるし十分な俸禄が与えられるというのに」


「……まだ僕は探索者として自分を鍛えたいと思っているんです。まだオルドネス公にお仕えするには早いかな、と」


 とりあえず適当なことを言っておこう。
 ジェレミー公が満足げな顔で大きくうなづく。


「なるほど。若さに似合わず謙虚だな。実にいい。
では十分な修行を積んで、時が来ればオルドネス公の準騎士を拝命するということだな」


 にこやかな、でも押しの強そうな笑顔でジェレミ―公が言う。なんか要らない誤解を与えた気が……


「……まあいずれは。考えておきます」
「よし。それで、宿と食事だったな。では。おい!」


 機嫌よさそうに手を上げて、横に控えていたメイドさんに声をかける。


「紙と筆、蝋封を持て」


 メイドさんが頭を下げて出ていき、しばらくして厚手の紙、たぶん高品質の和紙かなにかのようだけど、それとボールペンと赤い蝋燭を持ってきた。
 代官殿がそれを受取り紙に何かを書き込み蝋で印を押す。


「これを君の逗留している宿の主に渡したまえ。
天幕下の会食場の方にも話をつけておこう……しかし欲のないことだな」


「ありがとうございます」


 こうして、とりあえず職と宿は保証され、毎日の稼ぎに胃を痛める必要は無くなった。



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