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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

異世界にカレーを売る計画を立てる。

 渋谷から少し離れたコンビニをあさってみると、簡単な衣服や文房具、ドリンク類はなくなってた。この辺は比較的用途が分かりやすいものだから理解できる。


 一方でレトルト食品やカップ麺、電池、化粧品はほとんど手つかずのまま放置されていた。
 レトルト食品とかは作り方がわからなければ理解不能だろうし。電池とか、化粧品とかも使い方がわかっているからこそ価値がある。まあ僕も基礎化粧品の効果なんて分からないんだけど。


 化粧品もいずれ売れるかもな、と思いつつレトルトカレーの箱を手に取った。
 カレーよりもパスタとかの方が受けがいいだろうか。いくつかの箱を棚からとる。ついでにカップ麺も。


 とりあえず商品は確保したとして、次に考えるのは誰に売るか、ということだ。仮に売れるとしてもあまり大々的には売りたくない。自分で売るのは、ルートもノウハウもないので論外だ。
 できれば僕一人が作り方を知っていて、それを秘密が守れる商人にこっそり独占的に売る、というのが理想だ。
 セコイとは思うけど、安定した収入源は切実に欲しい。気ままな一人ぐらしが3人家族になったようなものなのだ。結婚して家族を養ってる人は本当に尊敬する。





 僕の伝手と言ったら……セリエたちを買うときに即金でお金を払ってくれたあの商人しか思いつかなかった。
 ギルドで頼んだら、彼にすぐに会うことができた。たまたま商談でギルドにいたらしい。これはツイてる。


「スミト様。またお会いできて光栄です」
「こちらこそ。あの時は有難う御座います。えっと……」


「ケルシーと申します。スミト様。またなにかお売りいただけるので?」


 そういえばあの時は夢中で名前を聞くのも忘れてたけど。ケルシーさんというらしい。
 年はアーロンさんと同じくらいっぽい。ちょっと長めに伸ばした茶色の髪と合わせたのか、茶色の外套を羽織っている。服の色の印象もあるのかもしれないけど落ち着いた雰囲気だ。
 あの時と比べてにこやかで愛想がいい……のはあの宝石がさぞかし高く売れたんだろう、多分。


「あるんですけど。できれば僕の部屋まで来てもらえませんか?」
「お安い御用です」


 情報を漏らしたくない、というのもあるけど、そもそもお湯を沸かさないといけないので、レトルト食品のプレゼンをするならホテルの部屋の方が都合がいい。
 僕のホテルの部屋まで来てもらって銀の袋を見せる。


「これは売れますか?」
「それは……」


 ケルシーさんが顔をしかめて口ごもる。


「知ってるんですか?」
「はい。塔の廃墟の小さな店に大量にありましたので。その袋を開けて中を食べたものもおりました」


 得体のしれない遺跡で見つけた得体のしれないものをよく食べる気になったな、と思うけど。でも、解毒の魔法とかがある世界だし、即死しなければ魔法である程度何とかなるってことだろうか。


「ただ、味が濃すぎる上に冷たくてとても食べれたものではないとのことで。
長期の探索を行うときの保存食にはなりそうでしたが、売り物にはならない、と聞いています」


 レトルトを温めずに食べたことは無いけど、温めないと美味しいものではないだろう。


「これはこうやって食べるんです」


 セリエに合図をすると、セリエが隣の部屋からあらかじめ温めたレトルトカレーを持ってきてくれた。カレーを器に注ぐ。ホテルの部屋に嗅ぎ慣れたスパイスの香りが満ちた。


 僕にとってはなじみのある美味しい味だけど、はたして異世界の人の口に合うのか。
 いちおうレトルトパスタソースはセリエ達には受け入れられたから、美味しいものは世界の壁を超えると思いたい。


「これは……初めてですが……たまらない香りですな。
……これは、あの銀の袋にスミト様が何らかの魔法でもかけられた、とか、そういうことでしょうか?それとも何らかの手順があるのですか?」


「そこらへんはいいから。まずは食べてみてください」


 ケルシーさんがおっかなびっくりというかんじでカレーをスプーンで掬い口に運ぶ。
 見た目は茶色のどろどろした液体だし、匂いがよくても食べるのに躊躇するのはまあわかる
 カレーを味わっているケルシーさんを見つめる。さて、どうなるか。一口のみこんだケルシーさんがほうっと息を吐いた。


「どうです?」


 ケルシーさんがスプーンをおいて、ハンカチで口の周りを拭いた。


「……素晴らしい美味です。
初めて頂く刺激的な味ですが、後からえも言われない美味しさが感じられる。パンにつけてもよく合うでしょう。
これを私に食べさせた、ということはもちろん商売の話なのでしょうな?」


 ケルシーさんの目と反応をみると、売り物になる、と考えているのはわかった。


「これをケルシーさんに売りたいんです。というより、作り方を教えます。簡単だからすぐわかるはずです。
ただし、僕が取ってくるんでそれを買ってほしいんです。それが作りかたを教える条件です」


 作り方が分かれば、自分で売ればいいわけで。ケルシーさんが自分で探索者を雇って自分でレトルト食品を集めることは難しくない。この条件を守ってもらわないと僕にはあまり意味がない。


「……独占ということですな。
結構です。私としても、この情報は出回らない方が都合がいいですからな。
抜け駆けは致しません。ただし」


「ただし?」


「一度そのものを頂いたうえでガルフブルグで売れるかを試させていただきたい。よろしいでしょうか?
その後値段の交渉をさせていただくということで、如何でしょう?」


 試供品をよこせ、ってことか。まあ当然の話だな。


「じゃあこれを」


 レトルトカレーとレトルトパスタの箱をいくつか渡す。


「この箱を開けると中に銀色の袋があります。これを沸騰したお湯に入れてください。時間は……そうですね、400を数えるくらいです」


 時計の概念がない相手に6分お湯につけてください、という説明はできない。


「なるほど、簡単ですな。これならばガルフブルグでも問題なく作れます。
わかりました。早速ガルフブルグに参ります」


 ケルシーさんがレトルトの箱を大事そうに背負い袋に入れるとホテルから出て行った。





「ご主人様、うまくいくといいですね」
「そうだね」


 ケルシーさんが帰った後、売れるかもしれない、ということで、コンビニ跡地のバックヤードからレトルトカレーとかの箱をいくつか回収してホテルの部屋に運び込んだ。
 その後は、いつも通り風呂を沸かして順番に入り、ユーカは先に寝てしまっている。


 いつも通りに風呂に入ってセリエが僕の部屋で待機してくれている
 こういう時はなんというか微妙に気まずい。すぐ寝てしまうべきなんだろうか


「そろそろ寝ようか?」


「……あの……ご主人様」
「どうかした?」


 セリエが唐突に口を開く。


「あの……失礼ながらお願いが……よろしいでしょうか」
「失礼ながらとか、気にしなくていいのに。で、なに?」


「でも……」
「あのさ、僕らの世界っていうか、東京で奴隷を持ってます、なんてやつはいないんだ。
だから僕もセリエやユーカを奴隷だなんて思ってない。言いたいことがあれば言ってくれたほうが嬉しい」


 当たり前の話だけど奴隷なんて持ったこともないし、ごく普通のサラリーマン家庭だったから召使いとかじいやとかがいた、なんて環境でもなかった。会社でも下っ端だったし。なので年下の女の子にかしずかれても正直気まずいというか、対応に困る。
 そこら辺はあまり気にしないように言ってあるんだけど。向こうも距離感が分かってないというか
つかみ切れていない感じだ。


「では、あの……お休みになる前に、口づけさせていただいてよろしいでしょうか」
「は?」


「あの……私、なにか粗相をいたしましたでしょうか?
あのあと口づけしていただけていませんでしたので。なにかご機嫌を損ねるようなことをしたんじゃないかと」


 真顔で聞かれる。そんなことを考えていたのか。
 率直に言って、キスしていいですか、とこっちが言いたいくらいだったんだけど。なんせ女の子の扱いが上手いなんて口が裂けても言えないので、どうしていいものやら、という感じだった。


「そんなことはないよ。そういうことなら、おいで」


 というよりむしろ僕がお願いしたい、とは言わなかった。一応紳士イメージで居たい。
 セリエの顔がぱっと明るくなってベッドの横に腰掛けてきた。
 触れ合う肩や手から体温が伝わってきて、心臓が早鐘のように打つ。こんなシチュエーションにはそんなに慣れてないです。


「あの……口づけしていただくときは目を閉じるものなんでしょうか?」
「はい?」


 セリエが聞いてくる。意図が分からんけど、わりと真剣な目だから真面目に答えたほうがよさそうだ。


「……できれば閉じててほしいかな」


 見つめられるとなんか目をそらしたくなる。


「目を開けたままではいけませんか……いえ、口づけいただいたら閉じますから」
「なんで?」


「ご主人様が口づけしてくださるのを確かめたいんです
……わたし、こういう風な口づけ、ご主人様にしていただくのが初めてで……今までは、あの……」
「……ああ、いいよ」


 もうわかった。本人の口から言わせるのはあまりに気が引ける


「あの、ご主人様……私汚くないですか?」
「そんなことない」


「……本当ですか?」


 返事の代わりにベッドの横に座ったセリエの腰を抱き寄せた。ふんわりと石鹸の香りが漂ってくる。


「いいかな?」
「はい……」


 首に手を回すとセリエが犬が甘えるように体を摺り寄せてきた。薄手のシャツ越しに胸のふくらみが当たる。個人的には大きすぎないところがいいと思う。
 緊張した感じで唇が震えている。吐息がかかる。見つめられるとすごく照れるので僕が目をつぶった。


 唇を合わせると、夕飯のサラダのオリーブオイルか何かの香りがかすかにした。
 僕が買う前はいろいろとひどい目にあわされていたのはなんとなく知ってる。できる限り優しく舌を絡めて、うなじや髪や獣耳をなでてあげる。やさしく、といっても、そこまで経験があるわけでないので、僕もこれでいいのかよくわからんのだけど。


 唇を離れるとセリエが大きく息を吐いて僕を見た。嬉しそうなはにかみ顔を見ると嬉しくなる。
 シャツからのぞく首筋まで真っ赤になってるのが可愛い。


「あの……ご主人様、お伺いしたいことがあるのですが」
「なに?」


「ご主人様は奴隷をお持ちじゃなかったのですよね……」
「持ってないよ。さっきも言ったでしょ」


「……ということはえっと……あの、この口づけは……」


 セリエがまたも口ごもる。


「いえ、いいです。失礼なことをお聞きしました。おやすみなさいませ、ご主人様」


 頭を下げるとセリエが部屋を出て行った。
 ここまでいろいろ聞いておいて、なぜ最後は逃げるのか。聞きたいことがあるなら最後まで聞けばいいだろうに……異世界の感覚は僕には良くわからん。


 しかし。こっちにきてほぼ半月。静かになった部屋で起きたことを思い出してみる。
 正直言って、この塔の廃墟に取り残されてから面倒なことばかりだ。


 魔獣と殺し合いをやる羽目になるし、生活費稼ぎに四苦八苦する羽目になるし。
 夜中にちょっとコンビニでおにぎりを買うこともできないし、疲れた時にスーパー銭湯でゆっくり足を伸ばして風呂につかることもできないし、好きだった漫画の続きも読めない。


 それに、もとの東京に戻れることはあるんだろうか。親や友達ともう二度と会えないんじゃないか、と思うと暗澹たる気分になることがある。
 僕はどうなっているんだろう。突然いなくなった、という風に扱われているんだろうか。それともどこかの小説で読んだような、はじめからそんな人居なかった状態になっているんだろうか。
 僕をこっちに引き込んだ、という表現が正しいのか分からないけど、あの新宿で会った子が何らかの形で関係しているんだろうけど、どこに居るのかも分からない。


 でもお休みのキスをしてくれる犬耳メイドがいるのは元の世界じゃありえないんで、悪い事ばかりではないな、と思う。





 ガルフブルグでレトルト食品は受け入れられそう、という報告がケルシーさんから来たのは、その二日後だった。
 とりあえず一箱の買値は100エキュトに決まった。結構いい値段だと思うけど、ケルシーさんはこれでも売れると判断したんだろう。


 この値段なら10箱売ればとりあえずその日の宿代と食事代にはなる。レトルト食品も無限じゃないけど、これに通常の魔獣狩りを合わせればそれなりに稼げる。サラリーマンが副業を持っているようなもんだ。
 これでレトルト食品を少しづつケルシーさんに流せば当面の生活品は困らなそうだ。少し気が楽になった。














……と思ったけど。二週間もしないうちに、それが甘い考えであることを思い知らされた。





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